魔王の部下も楽じゃねえ!   作:普通のオイル

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レジア湖の守り神

 

 今日は社員旅行の最終日だ。

 

 結論から言うと、湖の中に潜んでいる生物の正体は、最終日になっても分からずじまいだった。

 

「もうお手上げ。やっぱり短すぎよ、期間が」

 

 そう話すレイラは、もう完全に諦めたのかスッキリした表情をしている。サリアスさんもそれは同じようで、あまり悔やんでいる感じでは無い。

 

 問題なのはこの男である。

 

「グレゴリー様〜、頼むっスよ〜! あと1日だけでいいっスから〜!」

 

「ダメだって俺最初に言ったよな? 延長はしないって」

 

 遠くでこのやりとりを見ているオーナーのシリウスさんも少し困ったように微笑んでいる。

 

「明日の朝出発は変わらないから。我慢しなさい」

 

「えー、そんなぁ」

 

 駄々をこねるバートンを押しやりながらレストランに入る。今日がこのホテルで食べる最後の夕食だ。

 

「やっぱり今日も魚が出てきたな……」

 

 結局、夕飯の内容も最終日まで大きく変わることはなかった。

 現代日本人として育った俺からすれば、未知の巨大生物がいる湖で漁をさせるなんて危機管理がなってないと思ってしまうところだけど、ここは異世界。まあそういうこともあるのかもしれない。

 

 夕食を食べ終えて、デザートを待っていると向こうの席からレイラがスタスタやって来た。

 

「ねぇ、この後時間ある?」

 

「ん? あるよ。どうした?」

 

 3日前に言い合いをしたあの日から、なんとなく話しづらい雰囲気だったので、ちょっとだけ驚く。

 

「どうしてもあなたに見てもらいたいものがあるの。だからちょっとだけ付き合ってよ」

 

「いいよ。分かった」

 

 驚いていたのもあって、つい二つ返事で承諾しちゃったけれど見せたいものって何だろうか?

 

 

 ーーー

 

 

「なぁレイラ。どこまで行くんだよ」

 

「あとちょっと!」

 

 ここは深い森の中……ではなく、ホテルの北側にある湖に向かう散歩道。俺はレイラに連れられて、その真っ暗な散歩道をおっかなびっくり進んでいた。

 

 ランタンの明かりだと数メートル先までしか届かない。しかもこのランタン、光源が直で目に入ってくるせいで逆光みたいになっちゃって正直足元も覚束ない。

 

「ここってどこらへん? まだかかる感じ?」

 

「もう着いたわよ」

 

 そう言われて周りを見回すけれど、それらしい物は何もない。というかここがどこなのかもさっぱり分からんぞ。

 

「この辺かしらね……ほら、明かり貸して」

 

「は?」

 

 俺が承諾する間もなく、レイラは俺からランタンを奪いとると明かりを落とした。

 

「うわぁ! 真っ暗になっちゃったじゃねえか!」

 

「煩いわね。ちょっとすれば目が慣れてくるわよ」

 

「そんなわけ……って、おお本当だ……」

 

 レイラの言う通り初めは真っ暗だったが、少しすると周囲の様子がぼんやりと浮かび上がってくる。

 

 今まで気づかなかったけど、月明かりを反射した水面が少し先から目に飛び込んできた。そしてちょうど湖と同じ方向に、ホテルの部屋からも見える山々が朧げに映る。

 

 どうやらこの場所は湖の北端に位置する場所らしかった。

 

「こんなとこまで来たのか……しかし綺麗だな。山と湖がちょうど一緒に見える」

 

「ここに座るとよく見えるわよ」

 

 レイラが指差す倒木に、へぇと思いながら一緒に座る。夜なのに今日は月が明るいおかげで全体がよく見える。

 

「来てよかったでしょ?」

 

「うん? ああ、そうだな……」

 

 ふと隣を見てドキッとする。遠くを眺めて自慢げにしているレイラを何故か直視できず、目を逸らす。

 

 ……まぁ何故か直視出来ないってのは嘘だ。俺だって馬鹿じゃ無いからこの感情がどういうものかは知ってる。ただあんまり認めたくないってだけだ。だってレイラだしな?

 

 気づかれないようにレイラの横顔を見つめる。ああクソ、可愛いなぁ。今まで意識したことなんてあまり無かったのに。

 

「良い眺めでしょう?」

 

「ああ……本当にな」

 

 俺はレイラに分からないようにコッソリと身に付けていた魔王シアター改を取り出して、横に置いた。こんな時間だ。魔王様が見ている筈が無いとは思うけど、今俺が見ているこの光景だけは誰にも見せたくなかった。

 

 それからしばらくの間、黙って湖を見続けた。馬鹿みたいな話だが、俺は照れ臭くて声をかけられなかったのだ。

 

 まごまごしているうちにレイラが俺の肩を掴んでバッとこちらを向いた。え、いや、そんな急に来られるとお兄さんちょっと困っちゃう。

 

「しっ! 何かこっちに来るわ……!」

 

 え? っと思って耳を済ますと、湖のほとりの方からガサガサと音が聞こえてくる。レイラは俺の肩に力を入れて無理やり俺を屈ませると、腰の剣をサッと引き抜いた。

 

 良い雰囲気だったのに一瞬で空気が変わった。ド素人の俺は何も出来ずになすがままだ。レイラだけが音を立てずに物音の正体を探るために体を滑らせる。

 

 直後、ピーというかキーンというような甲高い高周波が辺りに響いた。恐らくガサガサしていた見えない相手が発した音だ。

 

 その音に呼応する様に、というか明らかに呼応して湖の水がぐわっと盛り上がる。

 

 次に見た光景に俺は息を呑んだ。恐らくそれは隣で見ていたレイラも。ゴゴゴと盛り上がった湖からザバァと姿を現したのは見たこともないほど大きな白い饅頭だった。

 

 いや、饅頭なはずはないんだけども第一印象はそうだったってだけ。ちゃんと見ると、それは何か大きな生物の頭部らしかった。

 

 水音に乗じて少し体勢を直すとガサガサしていた音の主も見ることができた。この1週間で何度も見た後ろ姿。それはホテルのオーナーであるシリウスさんの後ろ姿だった。

 

 隣で絶句しているレイラに小声で話しかける。

 

「……なぁ、見せたいものってもしかしてアレもなのか?」

 

 俺が白い大きな饅頭とシリウスさんを指差しながらそう冗談を飛ばすと、レイラは全力で首を横に振って否定した。

 

「んなわけないでしょ……! 私だって気が動転してるんだから……!」

 

 ちょっと場を和ませようと思ってそんな事を言ったけど、正直俺自身も混乱は収まっていない。

 

 だいたいなんなんだアレは。俺は魔物には詳しく無いけど、レイラの様子を見るにメジャーな存在じゃないらしい。ていうかどう見てもシリウスさんが呼び出してるし余計に意味が分からん。

 

 ……よくよく考えたらこれはスクープじゃないか? というか大スクープじゃねえか! この五日間の謎がひょんな事で解けちゃいましたよ! どうすんだこれ!

 

「どどど、どうしよう……! どうする!?」

 

「あなた、例の板は持って無いの……! 記録できる板……!」

 

 あー! そういやサリアスさんと魔王様が連携して魔王シアター改で録画みたいな事してたって聞いたな! そうだ! 俺も呼び出しボタン連打して魔王様を叩き起こそう! それで録画なりなんなり……あれ? 魔王シアター改どこやったっけ?

 

「そうだ、そこに……」

 

 今まで座っていた倒木の脇にポンと置いたのを思い出して、ちょっと屈んだ状態から手を伸ばす。そしてバランス感覚の無い俺は、変な態勢だったのもあって思いっきりよろめいた。あっ、アカン。

 

 ズシャア! ゴリッ!

 

 思いっきり顔から地面にブッ刺さった事で豪快に音を鳴らす。これでバレないわけがねぇ。すかさず茂みの向こうから反応があった。

 

「ッ! そこに誰か居るのですか!」

 

 レイラがめちゃくちゃ困ったように茂みの向こうと俺を交互に見る。いや本当にドジですまん。

 

「見つかっちゃったからにはしょうがねぇ……行くしかねえよ」

 

「そうね……」

 

 俺達は2人でガサガサとシリウスさんの元に向かって行った。

 

「グレゴリー様にレイラ様でしたか……まさかこんな所にいらっしゃったとは……いつから気付いていらっしゃったのですか?」

 

 でっかい白い饅頭型の生き物を従えてそう淡々と話すシリウスさんはどこか恐ろしい。

 

「いや、信じて頂けないかもしれないですが、本当にたまたまなんです。ただ二人で夜景を見にきていただけで……別に暴いてやろうというつもりは無かったんです」

 

 まぁ俺はね? という感じでチラッと隣に目を向けると、レイラも慌てて否定した。

 

「ちょっと! 確かに私達は謎の生物の正体が知りたくて調査をしてたけど、こんな事までは私も知りたくなかったわよ!」

 

 その剣幕たるや凄まじい物があった。なんというか私だけ売ろうとするんじゃないわよ! という感じ。別にそういうつもりで見たわけじゃないんだけどな。

 

 シリウスさんがそんなレイラの必死の訴えに反応する。

 

「ご安心ください。お二人をどうこうしようとは露にも思っておりませんから」

 

「だってよ。良かったなレイラ」

 

「あー! 何よ! あんたもビビってたくせに!」

 

 うるせえ。ビビっとらんわ! 武者震いだ武者震い!

 

 ……しかしこれで見られてしまったからには……という最悪の事態は避けられたみたいだ。シリウスさんは嘘を言うタイプじゃ無いっぽいから大丈夫だろう。というかそう信じたい。

 

「それでその……説明してもらえますよね?」

 

「はい……」

 

 一応そうは聞いてはみたけど、ちゃんと落ち着いて考えてみたら何となく全体像が分かってきた気がするぞ。

 

 もちろん細かい部分までは分からないけど、何というかこのレジア湖のホテルに来てからの小さい違和感みたいなのが一つ一つ繋がっていく感じ。

 

 まぁでもまずはそのでっかい饅頭の正体を聞いてからだわな。

 

「それで、そいつはいったい何なんです?」

 

「はい。この子はこのレジアの湖の守り神なのです。恐らく正式な種としての名前は付いておりません」

 

「……確かにそんな真っ白な生き物なんて聞いた事無いわ」

 

 魔物にそこそこ詳しいレイラが知らないという事は本当なんだろう。

 

「そして我々の一族は代々この “ムルクー” 。私達はそう呼んでおりますが、このムルクーを人目に付かないように隠してきました」

 

 人目につけば新種の生き物がどうなるかなんて分かったもんじゃない。良ければ学術調査の対象になって身体中いじくり回されるくらいで済むかもしれないけど、悪ければ殺されて解体されるのがオチだ。

 

 だからこそシリウスさん達は隠し続けてきたんだろう。しかしそうなると、これでひとつホテルの謎が解けたかもしれないぞ。

 

「……だからあのホテルには湖を見られる窓が全然無いんですね? それどころかこの景色の良い北側にホテルを造らなかったのも全てはそのムルクーを隠すため……」

 

 レイラが俺の言葉を聞いてハッとする。

 

「じゃあもしかして初めから全部知ってたどころかホテルの成り立ちからしてそもそもこの生き物の為に?」

 

「……まだ何も申しておりませんのにそこまでお気付きとは流石ですね」

 

 やっぱりか。代々と言うからには相当前から隠してきたんだろう。それもホテルが造られるよりも前から。

 しかし、時代と共に、隠すためにも生活するためにも何かしらの稼ぐ手段が必要になってきてしまったのだ。

 

 曰く、実際にシリウスさんのご先祖様も都市部に行って商売でも始めようかとは思ったそうだ。だがシリウスさんの一族はあまり人数が多くなく、そんな少ない一族を分けるのは得策ではないと考えたらしい。

 

「ホテルを建てるのは苦渋の決断だったようです」

 

 そりゃまぁそうでしょうね? 人の目に付かないようにするどころか、ホテル経営を始めて人を呼んじゃうだなんて。また随分と思い切ったことをしたもんだなと俺でも思う。

 

 理解できなくて俺が額にしわを寄せていると、そんな俺にシリウスさんがクスッと微笑んだ。

 

「意外と気づかれないものなのですよ? 隠そう隠そうとすると人は知りたがるものですが、開けっぴろげにしていると逆に大して気にならないものですから」

 

「そんなもんですか」

 

 確かにそうかもしれない。俺達魔族が冒険者登録して人間界で活動してるのとちょっと似てる。ある意味人の心理をついているのかもしれないな。

 

 ああいかん。話が逸れた。

 

「ちょっと話を戻しますが、その守り神ことムルクーは()()()()()()()()()?」

 

 わざわざ匿ってるからには普通の生き物のはずはない。何かシリウスさん達に利があるはずなのだ。

 

 俺がそう核心部分を訊ねると、シリウスさんは警戒感をあらわにした表情で言い淀んだ。

 

「いえ、特に何も……」

 

 そんな訳あるか。何も無いのに匿ってるなんてそっちの方があり得ない。そんな顔されるとむしろ気になっちゃうじゃないか。

 

「いくら何でもそれは無理があるでしょうシリウスさん。2、3日前から思っていたが、あなたは隠しごとはどうも慣れていないように見える」

 

 レイラ達が湖の調査を始めた時から、どうもシリウスさんは挙動不審だった。俺がその事を指摘すると、シリウスさんはとうとう観念したように語り出した。

 

「えぇ、おっしゃる通りです。この子には……万能薬のような物を生成出来る能力があるのです。万能薬と言うとちょっと語弊がありますが……」

 

 シリウスさんが言うには、このムルクー。身体を正常な状態に戻す効果がある物質を体内で作り出すらしい。この物質のすごい所はあらゆる毒物に効果がある事だ。

 

 商会(うち)で出している回復薬は、何針も縫うような怪我でも治す事ができるけど、毒物を解毒する効果はない。

 

 毒と言えば魔物が多く種類を持っているが、毒の種類なんて生物ごとに違うので、それぞれ狩りを行う敵に合わせて解毒薬を持っていくのが冒険者の中では常識だった。

 

 つまり、全ての毒に対応できる物質というのは万能薬と言っても言い過ぎでは無いのだ。

 

「随分ととんでもないのを作り出すわね。そのまんまるちゃんは」

 

 まんまるちゃんこと、ムルクーは相変わらずその巨体を少し揺らしながら、大人しく俺達を見つめていた。

 

「というか随分と大人しいですね。結構時間経ってるけど暴れたりしない。いつもこうなんですか?」

 

「えぇ。この子はとても利口なので私の言うことをよく聞いてくれます。ですが……最近困っていることがあるのです」

 

 凛としてそう告げたシリウスさんは、どうやら何か腹を括ったようだった。

 

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