俺には関係の無い秘密
昨日からレイラの事ばかり考えている。クレイはああ言っていたが、俺にはとてもレイラが隠し事をしているようには思えなかった。だからこの事は直接聞いてしまったサリアスさんと魔王様以外の他の連中にはまだ伝えていない。
「ふぉうしたんすか? グレゴリーふぁま?」
飯を食う俺の手が止まっていたのに気付いたバートンが、頬をいっぱいに膨らませながら聞いてくる。特にこいつには知らせない方がいいな。いつボロを出すか分からん。
「……口に入ってる時に喋るんじゃないよ。何でも無いから気にすんな」
そう答える俺を、隣にいたサリアスさんは少し心配そうに窺っている。昨日から俺が高い頻度で上の空なのがサリアスさんとしては心配らしい。
そんなサリアスさんだが、実は……というほどでも無いけど、人間の事はあまり好きでは無い。だからクレイの話をを聞いて、“レイラさんはきっと隠し事をしているに違いない” くらいは言うかと思っていた。しかし、意外な事に彼女の口から出てきた言葉は真逆だった。
“レイラさんが我々を裏切っているとは思えません。きっと隠し事があったとしても大したことでは無いと思います”
俺がどう思うか意見を聞く前に、サリアスさんはこう進言してきた。人間界に来る前の彼女からは考えられない事だ。身近でずっとレイラに接してきたから、レイラを人間という大きな枠組に無造作に放り込むことは出来なかったんだろうと思う。
それ以前にあの胡散臭いクレイを信じる方が嫌だったのかも知れないけど。
そんなこんなで結局レイラが何を隠しているのかは全く分からないままだ。今日は、レイラの秘密を探りたくてバートンとレイラの二人を呼んで一緒に食事をする事にしたが、今のところどう聞いたら秘密を引き出せるかは思いついていない。
なんか俺に隠し事してない? じゃただのバカだしなぁ。かと言って曖昧な聞き方をしてもなんか適当な世間話みたいになっちゃって秘密にたどり着く事はできないと思う。かなり難しいぞ。
そもそもどんな事を隠してるのか方向性も定まらないのに聞き出そうって言うのが無理な話だよな。
クレイは意図的にレイラをあの洞窟に来るように誘導したと確かに言っていた。だからそこら辺から考えた方がよさそうだ。でもいったい何の為に? クレイがわざわざ策を弄すような何かがレイラにあるって言うのか? いったいどんな……
ああ、だめだ全然考えがまとまらない。どうやったら聞き出せるか考えようとすると、あのレイラがいったいどんな……という感じで思考が初めに戻っちゃうのだ。こんなんじゃ全然集中できない。
「はぁ……どうしたもんかな」
「何がどうしたもんかなの?」
「うひゃぁ!?」
いつの間にか横にいたレイラに話しかけられて変な声が出てしまう。
「ちょっと、なんて声出してるのよ……」
「い、いや戻ってきたのか。気付かなかったもんだからびっくりしちゃってさ」
「別に驚かすつもりなんて無かったわよ。え、私ってそんなに影薄い? サリアスさん、気付かなかった?」
「いえ、私は気付いてましたけど……」
サリアスさんってば、グレゴリー様本当に気づかなかったんですか? みたいな感じで俺を見ている。ただ普通にお手洗いから戻ってきただけのレイラに気付かないなんて、どうやら俺はかなりの“重症”らしい。
「あーいやなんかすまんな。ボーッとしちゃって」
「そうっすよ。グレゴリー様、なんか嫌な事でもあったんすか?」
いやバートン、なんでお前が聞いてくるねん。俺とサリアスさんが謎の相手と話してきた事自体は知ってるだろ! 天然か? 天然なのか? それともわざとか?
「……まぁそんなとこだ」
「俺っちで良かったら相談に乗るっすよ!」
できるか馬鹿! というかよく考えたらバートンの前でレイラから秘密を聞き出すとか無理だな! 俺はなんでこんな場をセッティングしたんだろう……馬鹿は俺だったわ。
ええい! 撤退だ、撤退! 戦略的撤退だ!
「……すまんが、ちょっと頭が痛いんで先に戻らせてくれ。金は払っとくから」
「ちょっと大丈夫なの?」
「ああ、なんか呼んどいて悪いな。あとは3人で楽しくやってくれ。じゃあ」
そう方便を言ったら、なんだか本当に頭が痛くなってきた気がする。結局何も進展が無いまま、俺はその場を後にして家に向かった。
ーーー
帰り道、雲の隙間から覗く星空を眺めながらぼんやり歩いていると、後ろから誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。
「グレゴリー」
振り返ると心配そうな顔をしたレイラの姿が目に入ってくる。
「あれ? どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。病人を一人で帰らせるほど私は薄情じゃないわ」
「ああそうか……あとの二人は?」
「サリアスさんとバートンはもう少ししてから戻るって言ってたわ」
サリアスさんがレイラと俺を二人きりにするのを了承したってわけか。らしくないな。いつものサリアスさんなら、引き止めて代わりに自分が来そうなものなのに。
「今日寒かったから体冷やしちゃったんじゃないの? ちゃんとあったかくしなきゃだめよ?」
俺を心配してくるレイラを見て俺は全てを悟った。サリアスさんがらしくないんじゃない。サリアスさんはもうレイラを仲間だと信じきっているんだ。だから、ごく普通に仲間に頼むように俺のところに行くのを見送った。おかしいのは俺の方か。
「……どうしたの黙っちゃって。今日のあなたちょっと変よ?」
「その……ちょっとあってさ……ごめん。大丈夫だから」
何故だか急に心が苦しくなった気がした。これは罪悪感だ。俺をこんなに気遣ってくれるレイラを疑ってたなんて我ながら酷い奴だっていうそういう罪悪感。
それもこれも全部あのクレイとかいう悪党が悪いんだよ。疑うべきはあいつだ。そうに決まってる。もう俺はレイラを疑ったりなんかしないぞ。きっと隠し事があったにしても俺達とは直接関係ない事だろうし。
「なぁ……レイラ。何か俺に言ってない事って無い?」
だからってわけじゃ無いが、言う気はなかったのにふとそんな言葉が口をついて出てしまった。あ、しまったと思った時には遅く、レイラは黙って俺の真意を探ろうと見つめている。
「……今日変だったのはそれのせい?」
「まぁ半分くらいは」
後の半分はクレイの野郎のせいだな。
「もし、あるって言ったら……?」
「そうだな……」
さっきまでの俺だったらなんとか聞き出そうとしたかもしれないけれど、今はもう不思議と気にはならなかった。というよりかは、それが何か人に言えずに困っているような事だったら協力したいとさえ思った。
「その……実はレイラが大きな病気をしてて近いうちに死んじゃうとかじゃないよな? そういうのだったら嫌なんだけど」
レイラは一瞬キョトンとした顔をして、ついで声を上げて笑い出した。
「あっはっは! なんで私が死ななきゃならないのよ。全然違うわ! そんなんじゃないから安心して」
そりゃそうか。我ながら変なことを聞いてしまった。
「まあなんか分かんないけどさ。本当に困ったりしたら頼ってくれよ。なんか俺でも出来る事があるかもしれないし」
「ふふ、ありがとう大丈夫よ。これは私個人の問題で貴方には関係無い事だし、もう終わったから」
「そうか」
ならいいや。そう晴れやかな気分で歩いていると、気が大きくなってきて、今俺達の秘密を全て打ち明けてもいいかもな、なんてふと思った。けれど今日はもう遅いし、急に言われても混乱するだろうからちゃんと日を改めてしっかり時間をとって説明する事にしようと思い直した。
それから俺達は黙ったまま前を向いて並んで歩いた。それは気まずさから来る沈黙では無く、お互い言葉にしなくても分かっているから何も言わない、そんな沈黙だった。
俺たちの頭上を、星空がキラキラと瞬いていた。