魔王の部下も楽じゃねえ!   作:普通のオイル

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そして幸せな日々は突然崩れ去った

 

「おはよう」

 

「おはようさん。誕生日おめでとう」

 

「ありがとう」

 

 朝、街の入り口でレイラと待ち合わせをしていた俺は、眠い目を擦りながら欠伸をした。今はまだ6時前で辺りは薄暗い。

 

「早いね。いつもこんな早いの?」

 

「そうね。というか普通よ。あなたが朝遅いだけじゃない?」

 

「いや、お前ら冒険者組が早いだけだから」

 

 とはいえ、確かに冒険者組でない他の連中も結構朝早いからそう言われたらそうかもしれない。

 ところで、その朝が早い冒険者組がもう一人来るはずなのにまだ来ない。どうしたんだろう。

 

「サリアスさん遅刻かな? 珍しい事もあるもんだ」

 

「え? ちょっと待って」

 

 手のひらを前に突き出して止まれの格好でレイラが聞いてくる。

 

「サリアスさんが来るの? 私、聞いてないんだけど」

 

 ありゃ? おかしいな。サリアスさん、自分から伝えておきますねって確かに言ってたと思うんだけど。もしかして話してなかったのか?

 

「え? サリアスさんから何も聞いてない?」

 

 ちょうどその時、通りの反対から噂のサリアスさんが慌てた様子で走ってきた。

 

「すみません、ちょっと用意に手間取ってしまって……」

 

「ああ、まだ時間前だし大丈夫だよ。そう言えばサリアスさんが一緒に来るってレイラが知らなかったらしいんだけど……」

 

 俺がそう言うと、サリアスさんはあっ! という顔をして謝罪し始めた。

 本当に珍しいな。あの完璧超人なサリアスさんでもそういう事あるのか。

 

「ごめんなさいレイラさん! 私ったら伝えるのをすっかり忘れていました。今日は護衛としてご一緒させていただきます」

 

「護衛? 私がいるのに何で?」

 

「いや、ほらいつもはレイラってバートンと二人のペアじゃん。でもそのバートンが今日は居ないだろ?」

 

 バートンはタマちゃんの生体調査をする為にレジア湖に行ったのでしばらく帰ってこない。

 

「で、サリアスさんに大丈夫かなって聞いたら私も行きますってなったわけよ」

 

 俺がそう言うとレイラが反論してくる。

 

「でも私、バートンが居ないここ数日は一人で狩りに行ってたわ。だから別に大丈夫だと思うんだけど。何よりこの程度のことにサリアスさんを付き合わせるのは悪いと思うの」

 

 それに対してそんなことありませんよ、という雰囲気でサリアスさんはニコニコしながら答える。

 

「いえいえ、私の事は気になさらないで下さい。それに、勿論貴方一人だけだったら心配はしていません。ですが今日は非戦闘員のグレゴリー様も一緒でしょう? まだ貴方の実力では戦えない人を守りながらの戦闘は難しいですよ」

 

 サリアスさんが理由を述べると、レイラはほんの一瞬だけ悔しそうな顔をして、すぐに元の表情に戻った。

 

「……分かったわ。なら早く行きましょう?」

 

 

 ーーー

 

 

 元々腕を見る、という話だったから倒す敵はいつも通りなのかと思いきや、今日は俺が居るからいつもよりも若干弱い敵を狙うようだった。

 

「じゃあ今日はどんな奴を狙うんだよ」

 

「ホーンブルクよ」

 

 名前を言われても分からないので聞くと、どうやら角が生えたイノシシみたいなものらしい。俺なんかからすると、危険そうに思えるけど、熟練の冒険者からすれば結構弱い部類に入るのだとか。

 

「ホーンブルクなんて狩っても本当はしょうがないんだけど、あなたが居るし今日はそいつで良いかなって。私だって一応はちゃんと考えてるのに……」

 

 どうもレイラはサリアスさんがついてきたのがまだ少し不服のようだった。

 まぁ成長したところを見て欲しいのに、超熟練者に見られながら戦うというのは緊張しちゃって嫌なんだろうと思う。

 

 午前中、森の中を探し回ったが何故かホーンブルクは見つからず、あえなく昼休憩になった。

 

「私の鞄頂戴」

 

「ああ、はい。そういやこの中って何が入ってんの?」

 

 割と重めの袋を荷物持ちさせられていた俺はレイラに渡しながら訊ねると、レイラは少し困ったような顔をして教えてくれた。

 

「その……お昼ご飯なんだけど、サリアスさんが来るなんて聞いてなかったから、二人分しか無いの」

 

 あれ? ちょっと待って。そういえば俺のお昼ご飯はサリアスさんが作ってくれるって言ってたな? そもそも今日ついてくる事自体言ってなかったんならそれも勿論伝わってないよな?

 そう思って振り返ったら、案の定サリアスさんがバツの悪そうな顔をしていた。

 

「サリアスさーん……もしかして?」

 

「そのぉ……はい。私も二人分作ってきてしまいました」

 

 うーむ、困ったぞ。ここには3人しかいないのに、飯は4人分ある訳だ。

 何となく気まずい空気になってしまったこの場を解決する方法はただ一つ。俺が2人分食うしかねえ。

 

「あー、なんか今日は凄く歩いたからー、とってもお腹が減ったなー、今なら2人分食べられるような気がするなー」

 

 それを聞いたサリアスさんは相変わらず申し訳なさそうな顔をしているし、レイラは若干呆れたような顔を見せている。

 ただ、こうなってしまったのは俺がきっちり確認していなかったのが原因でもあるので、ちゃんと責任は取らないといけないと思う。

 そうでなかったとしても美人二人が俺のために昼飯を作ってきてくれたんだぞ。食わなきゃ失礼ってもんだろ。

 

「という事で俺が二人分食べます! はい、解決! お昼にしよう!」

 

 適当な場所を見繕ってお弁当を広げる。どれどれ……ほう? レイラはオーソドックスなサンドイッチを作ってきたらしい。サリアスさんは……サリアスさんは何だこれ?

 

「サリアスさんは何を作ってきたのそれは」

 

 今日は随分大きな鞄を背負ってるなと思ってたけど、中から出てきたのはでっかい弁当箱、それも重箱の一段分くらいの箱が現れる。その中に色々な種類のおかずを詰め込んできたようだ。

 こういうのあるあるだと思うんだけど見ても名前はさっぱりわからないのよね。

 

「ちょっと張り切りすぎちゃいました」

 

「でしょうねぇ……」

 

「それ、本当に2人分……?」

 

 レイラの言葉で気づいたけど、どうも2人分以上あるように見える。

 

「その、張り切りすぎてしまいました……」

 

 張り切りすぎましたか。これあれかな? 俺1人で3人分くらい食わないといけないやつかな? 流石に3人前は無理だぜ。

 俺が困った顔をしていると、結局食べられるだけみんなで食べましょうという事になった。

 

 美味しそうなものを適当に取って食べる。レイラのサンドイッチは見た目通り普通に美味しかった。

 

「美味しいよ。ありがとうな、わざわざ俺のために作ってくれて」

 

「美味しい? 良かった。ちゃんと作れてたみたいで」

 

 しかし、本当にヤベーのはサリアスさんだった。何ですかこれ。あなたは帝国ホテルの料理長か何かしてたんですかと言いたくなるレベル。もしかしたらサリアスさんって天才なのでは? 完璧超人だとは思っていたけど、料理もここまで完璧にこなすとは思わなかったわ。

 

「これ、普通に金取れるんじゃないの? 今度飯屋でも開くか」

 

「ふふ、喜んでもらえて嬉しいです」

 

 俺は正直ちょっと引いていたが、レイラも若干気圧されているようだった。

 

「凄いわね……」

 

 ぽつりと呟いたレイラがチラリと自分の作ってきたお弁当に目をやる。

 サリアスさんのと自分のを比べて、ちょっと落ち込んでいるのかもと思った俺は慌ててフォローに回る。

 

「いやいや、レイラのだって普通に美味しいからね? サリアスさんが異常なだけで」

 

「ええ!? 異常ですか? 割と普通寄りに作ったと思いますけど……」

 

「これで普通!? 嘘じゃん!?」

 

 サリアスさん恐ろしい子……まだ底が見えないなんて。

 

 結局あれだけあったお弁当は全部食べ切った。ただ、レイラが最後の方は無言のまま、黙々とサリアスさんのお弁当を食べていたのが気になった。

 個人的にはサリアスさんの銀座で食う3万のディナーみたいなのじゃなくて、レイラの作ってくれたサンドイッチの方が庶民的で好きだぞって言いたいけど今は言わない。言うにしてもサリアスさんがいない時にこっそりとだな。

 

 そして俺はこの時、すぐにそう言わなかった事を、後に少しばかり後悔する事になる。

 

 

 ーーー

 

 

「やぁっ!」

 

 たった今、レイラがホーンブルクにトドメを刺した。俺の横でそれを一緒に見ていたサリアスさんが感想を述べる。

 

「ふむ。初めの頃に比べたら、彼女は格段に動きが良くなりましたね。ですがまだ少し甘いです」

 

 へー、あれでもまだダメなんか。正直今のレイラのどこが悪かったのかさっぱり分からない。やっぱり素人が見てもあんまり意味は無かったような気がする。いや、勿論見れて良かったけどさ。

 

「ふぅ、まぁこんなとこかしら」

 

「おつかれ! 正直言うと、すげえくらいしか感想が無い!」

 

 我ながらひっどい感想だが、仕方ない。例えるなら達人同士の剣道の試合でどっちの方が強いかみたいな話。素人からすればどっちも凄く見えるし、なんならあれは審判も凄いと思う。いかん、話が逸れた。

 

「すまんな素人で。こっち方面はさっぱりでさ」

 

「はぁ……近年稀に見る適当さね」

 

 そんなこと言ったってなぁ? 強いて言うならビュンビュン動き回るレイラはまさに戦う人、って感じで尊敬するって事か。サリアスさんとしてはまだまだらしいが、俺は一生分からないと思う。更に言えば、結構激しく動いていたというのに息が切れていないのにも感心する。流石はほぼ毎日山に入ってるだけはあるな。

 

 俺がそう言いかけたら少し離れた場所の茂みがガサガサと揺れ動く。

 

「うお! なんかいるぞ!」

 

 俺がそう声を上げた時には2人はとっくに臨戦態勢を取っていた。

 やがて姿を現したのはちょっと大きめのホーンブルクだった。いや、俺はそう見えたというだけで実際にはちょっと違ったらしい。レイラの呟きでそれは判明した。

 

「ドスブルク……大丈夫。やれるわ」

 

「いえ、今度は私がやりましょう」

 

 そう呟いた瞬間、サリアスさんはあっという間にそのイノシシもどきに肉薄する。彼我の距離は20mほどあったというのにだ。そしてその勢いのまま自慢の槍で貫いた。

 一瞬時が止まったように静寂が辺りを支配する。ドサリとイノシシの巨体が倒れ伏した音でもう一度時が動き出した。

 

「もう大丈夫ですよ。倒しましたから」

 

「……あれ? 終わった?」

 

 サリアスさんが安心させるように言うが、実際かかった時間は数秒というところだ。心配する時間すら無かった。気づいたら終わっていたと言う感じ。

 

「一突きで? そんな簡単に倒せるもんなの?」

 

「うーん。並の冒険者では難しいでしょうね。ただ、無駄に苦しませるのも可哀想ですから」

 

 出来るならそうやって倒した方がいい。わざわざ最後まで言いはしないけれど含む所はそういうことなんだろう。

 それは先程のレイラの戦闘を真っ向から否定しているのと同じ事だった。気づかれないようにチラッとレイラを窺うと、やっぱり思うところがあるのか、彼女は唇を噛んで地面を見つめていた。

 サリアスさんは無自覚なのかもしれないけど、これじゃあレイラが可哀想だ。どうやってフォローするか考えていると、何かゾワリとした空気がレイラの方から発せられた。

 

「あなたさえ……あなたさえ居なければっ!!」

 

 おかしい。何かがおかしい。それはレイラが急にキレた事がじゃない。空間をねじ曲げるかのように、彼女から“見えない何か”が発せられている事がだ。

 

「どういう、意味ですかそれは」

 

 サリアスさんが、恐らく無意識に、槍を構える。俺の懐で携帯がブルブル震え出す。俺は一歩も動けない。

 

 ───ある日突然───もの凄いオーラを感じて───

 

 いつかトールから聞いた言葉が頭を過ぎる。そんなまさかな。あり得ない。どんな冗談だ。

 

 俺が頭で必死に否定しているのを嘲笑うかのように、レイラは剣を構えた。何だこれは。なんで2人ともお互いに武器を向けあってるんだ?

 

 次の瞬間、レイラはサリアスさんに向かって、さっきのサリアスさんよりも早く、瞬間移動した。少なくとも俺にはそう見えた。ガキン! という鋭い音がして、レイラの振り下ろした剣をサリアスさんの槍が防ぐ。

 

「くっ……これは!」

 

 サリアスさんが押されている! あの無敵とも思える四天王のサリアスさんが! いつか聞いたサリアスさんの言葉を思い出す。

 

 ───私でどうにもならないのは勇者くらいのものですよ───

 

「止めろレイラッ! サリアスさんッ!」

 

 俺が叫んだちょうどその時、サリアスさんの持っていた槍がレイラの剣で弾かれた。運の悪い事にその槍はぽーんと真っ直ぐ俺に向かって飛んでくる。

 

「うわっ!」

 

 俺は思わず目を閉じて手で前方を覆った。そしてそんな行為が何かの役に立つはずもなく、槍は俺を───

 

 パリィン!

 

 ───貫く事はなかった。刺さる直前、何かが割れるような音がして俺の体が槍を弾き落とした。そして同時に俺の体から何か青いガラスの破片のようなエフェクトが散っていく。

 

「!?」

 

 一瞬自分でも何が起こったのか分からなかったが、そのエフェクトを見てようやく思い出す。これは魔王プロテクションだ。掛けた者の防御力が上がるという魔王の力。しかし、どうやらたった一発防いだだけでその力を使い切ってしまったらしい。

 

「あ……」

 

 派手な音とエフェクトで、戦っていた2人がこちらを向いた。サリアスさんが逃げてくださいと何とか絞り出すように俺に伝える。そして隣にいたレイラと目があった。

 レイラの目はまるで俺を見透かすかのように見ていて、そしてその後すぐに絶望に染まった。

 

「ま……ぞく……?」

 

 俺は悟った。レイラはたった今、勇者固有の力である“真実の目”を使ったに違いない。そして俺が魔族だと知ってしまったのだ。

 今のレイラは勇者に覚醒した直後なせいか話も通じそうに無い。そして頼みの綱のサリアスさんは武器を弾き飛ばされて無力化されてしまった。

 

 俺はここで死ぬのか? レイラに殺されて?

 

 改めて考えたら急に恐怖が湧き起こってくる。どうしてこんな事になっちまったんだ。俺はただ普通にレイラと狩りに出かけただけなのに!

 何かを言わなければと思うが、恐怖のあまりパクパク口が動くばかりで声がうまく出せない。

 

「っ!」

 

 そんな俺を見たレイラは何故か逃げるように急に踵を返して、森の奥何処かへと走り去っていった。

 

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