魔王の部下も楽じゃねえ!   作:普通のオイル

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海の魚と川の魚

 

 事の顛末を聞き終えたマゴス君が深いため息をついた。

 

「信じられませんね。まさかあのレイラさんが……」

 

「レイラが急に強くなったようだ、っていうのはあの場を見てた全員の一致した見解だ。だからまぁ信じられないかも知れないけど、レイラはそういう事なんだと思う」

 

 夕方頃、なんとか街に戻ってきた俺は、集められる奴を全員集めて何が起こったのかという詳細を説明した。

 事前にサリアスさんが負傷した事は携帯で連絡していたが、話を聞くのと実際に目にするのとでは大きく違ったらしい。ボロボロのサリアスさんを見てみんな事態の深刻さを理解したようだった。そのサリアスさんはというと、今は自室で安静にしてもらっている。

 

「俺はこの後すぐに魔王城に戻らなきゃいけなくなった。万一に備えてこっちでも警戒は厳重にしてほしい」

 

 マゴス君が不安そうに口を開く。

 

「彼女が正気に戻って帰ってきたなら万事解決でしょうが、もし失ったまま戻ってきたら? ここにいる戦力だけではどうにもならないですよ」

 

 レイラが狂ったまま全てを破壊するべく戻ってきたらそれはもうおしまいだ。サリアスさんはダウンしてるし、バートンはレジア湖なのだ。他は戦闘は得意じゃない連中ばかりだから、戦うなんてもっての外。

 そもそも戦って欲しいとも戦えるとも思ってないけど……

 

「その可能性に備えて、全員街のどこかのホテルに一時的に避難してもらおうと思ってる」

 

 とにかく、この建物に留まり続けるのは危険すぎる。財産はともかく、せめて生命に危険がないようにだけはしなければ。

 

「他の従業員も全部家に返して工場と社宅は空にするし、店も臨時休業にするつもりだからみんなそのつもりで準備してくれ」

 

 みんなが慌ただしく作業を開始したのを見届けた俺は、自分も準備をしようとしたところで、スッと近づいてくるマゴス君に気づいた。

 

「グレゴリー様、ところで彼女が正気に戻るという確証はあるのですか?」

 

「……いや無い。トールっていう前例はあるけど、その一件がレアケースの可能性もあるからなんとも言えない」

 

 正直考えてなかった。いや、正確には正気に戻って欲しいという願望がその思考に至る事を邪魔していた。

 

「でしたらその場合、どのような作戦が───」

 

 マゴス君は俺に、どのような方策が今回の勇者に対して()()か、という事を淡々と語って聞かせてくれた。その中にレイラを正気に戻そうと試みる方法はただの一つも無い。俺はそれをただただ黙って聞いていた。

 

 俺は冷静に振る舞っていたけど、心の底では深い悲しみに包まれていた。ああ、やっぱりレイラを助けようと考える奴はここには居ないんだ。人間はあくまで人間で、魔族とは別。どこかに線が引かれていて、表面上では仲良くしていてもいざとなれば切って捨てる。

 何故だか急に景色が色褪せて見えた。

 

「───もういい。よく分かったよ。参考にさせてもらう。自分の準備を進めてくれ」

 

「はい。ありがとうございます!」

 

 善意で説明してくれたであろうマゴス君が笑顔で去っていく。そんな彼を見てふと嫌な考えが頭を過ぎる。もしかしたら俺の方がおかしいのかもしれない。

 

 転生者である俺はこの世界にとって言わば異物だ。俺の考え方は基本的に前世を元にしている。更に言えばその考え方は先進的で、この世界の考え方が遅れているのだとも思っていた。

 

 魔族と人間がいがみ合っているのはお互いを知らないからで、実際に会って話してしまえば良い関係は築ける。この考えに基づいて行動してきたのは前世の記憶があったからこそだ。

 

 でも、もしもこの世界にとってその考えが最善でないとしたら?

 

 姿形も生態も違う種族がいて、地球よりも差異があるこの世界。そんな世界でみんな一緒に生活するなんてそんな事が本当に可能なのか。

 

 この世界からすれば、人間と魔族が分かれて暮らすことこそがあるべき正しい姿なのかもしれない。見た目は似ていても海水魚と淡水魚が同じ場所で暮らせないように。

 

 そう思ったら急に見知らぬ異国にやって来たかのような気分になって、俺は逃げるようにその場を後にした。

 

 

 ーーー

 

 

「現在勇者に対する、ある重要な作戦が進行中だ。よってその作戦に沿って行動指針を作成した。不可解な点はあるだろうけれど、魔族の未来のためと思って実行してほしい」

 

 魔王城にワイバーンでひとっ飛びで戻ってきた俺は、勇者が魔族領に侵入してきた時に対応する3つの部隊の隊長に“時間稼ぎ作戦”の概要を説明していた。

 

「するってえと……つまり、攻撃するなって事ですかい?」

 

「いや、攻撃はしても良いけど当てるな、という事だよ」

 

「そりゃ参っちまいますなぁ……」

 

 3部隊の中でも一番最初に対応する事になるであろうカーグ隊長が困った顔で頭を掻いた。

 

「牽制攻撃だけってのは難しかないですかい? 下手をすると無視される可能性もある気がしますがね」

 

「うーん。僕もそう思うな」

 

 もう1人の隊長、ミルコ君もその意見に同調する。

 

「その場合はどうすれば良いのかな? 生捕りとかは試さないのかい?」

 

「そりゃ勿論可能であれば生捕りが最善だけど、多分無理だと思うから基本的には時間稼ぎに徹して欲しい」

 

「ま、いずれにせよワシらはお主の意見に従うまでじゃ。それが軍人というものよ」

 

 古株のグラン爺が一応承諾はしてくれたが、疑問に思っているのには間違いなさそうだ。

 

「そんな訓練はしていないのも、無茶な事を言っているのもよく分かってる。それでもこれは必要な事なんだ。どうか頼む」

 

 俺が頭を下げると3人とも慌てた。本当は上官がこういう事をするのは断れなくなるから良くないのは分かっている。しかしこの頼み事自体、私情がほとんどだから申し訳なくて頭を下げずにはいられなかった。

 

「近いうちに来る可能性は高い。だからそれまでに万全の体勢で待機していてくれ」

 

 ふと、この前夜にレイラと並んで歩いて帰った時のことを思い出す。“私の悩み事はあなたには関係の無い事だから”。確かにあいつはそんな事を言っていた。

 

 俺に関係の無い事。もしもレイラが自分のいた世界に帰るつもりだったら、確かに俺には関係が無い。そしてそういうつもりで言っていたのであればレイラは必ずここに来る。

 

 サリアスさんはレイラが俺の事を好きだとか何だとか言っていたけれど、あの夜にレイラと交わした言葉のせいで俺は自信を無くしていた。

 

 それからキリキリと胃が痛くなるような日を数日間送った。その間、どうか頼むから来ないでくれと俺は願い続けた。しかし、その願いをあっさりと打ち破るようにレイラは国境近くの魔族領に姿を現した。レイラが覚醒したあの日から2日後の事だった。

 

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