牽制攻撃ではとても勇者の侵攻を止められない。交戦後すぐに部隊長のカーグから上がってきた報告はそれだった。
魔族領に侵入したレイラは街道に沿って徒歩で首都方面に進んでいた。
それならばと、カーグは街道に近い林で待ち伏せして、まず生捕りが可能かどうかを試した。具体的には麻酔矢を放って気絶させるという方法だ。彼の部隊にはワイルズ率いる工作班がいるのでもしかしたら……と思っていたけど失敗に終わってしまった。
報告によると、レイラに矢が当たる直前に見えない壁に弾き落とされたらしい。人間の魔道士がよく使う魔法障壁のようなものだそうで、下手すると全周を覆っている可能性もあるとか。
『勇者があっしに気付いてこっちを睨んだ時は終わったかと思いましたよ』
結果的に攻撃を受けたレイラはひと睨みしただけだった。その後、すぐに無視してまた歩き出したから良かったものの、殺す意思があればあっさり犠牲者が出ていたかもしれない。
はぁ……ただでさえ勇者化して強くなっているのに、魔法まで使えるようになっているなんて気が滅入る話だ。レイラがどんどん知らない何かになっていくようで、本当に正気に戻ってくれるんだろうかという不安で心が揺れる。
『あの様子じゃ、ちょっと攻撃したくらいではとても傷つきそうも無いと思いますがね?』
確かに魔道士が使う魔法障壁ならば、半端な攻撃では通らない。飽和攻撃で貫通するくらいの事はしなければならないけど、貫通するということはレイラに不意の大ダメージが入るという事になる。それは絶対ダメだ。
「なら、貫通しない程度に障壁に当て続けるという方針でいこう。それなら恐らく無視はされないだろうから」
『了解』
第二次攻撃はミルコ隊が請け負った。
ミルコ隊が取った方法は、レイラが進む方向とは逆の方向から遠距離攻撃を仕掛ける事だった。もしも釣れたら煙幕を張って即離脱。無視されるようだったら、攻撃を続ける。これならある程度安全に戦える。
ミルコ隊の精鋭が矢を射かけた所、予想通り攻撃は無効化された。攻撃を受けて立ち止まったレイラは、表情を変えずに、障壁に当たって弾かれた矢を拾うと全く同じように魔法で撃ち返してきた。
警戒はしていた為、矢に当たって怪我をする者はいなかったが、危険だと判断して離脱。肝心のレイラは追っては来なかった。
『能力が未知数だから長々とは撃ってられないね。確かすごい速さで移動できるんだろう? 今は勇者の反撃の意思が希薄だからこの程度で済んでいるけど、もしやる気になったら……』
「そうだよな。やっぱり難しいか……これ以上どうしたもんかな」
第三次攻撃は危険と判断して中止。しばらくは遅滞行動に努めるのみとした。
俺は状況を説明する為に魔王様の元に向かった。
「状況は厳しいです。運の無い事に彼女……今度の勇者は例年よりも力を増しているようです」
今現在も時間稼ぎをしているがほとんど効果は無い。レイラ自身がまだハエを追い払う程度の対応しかしていないから何とかなっているけど、本気でここ魔王様の元を目指そうとすればあっさり突破されるだろう。
「いったいどれくらい時間をかければ彼女が正気に戻るか、いや、そもそも本当に正気に戻るかも分からない。ですからもしかすると、止められないかもしれません」
魔王様はそれを聞いてもたいして気にならないようで、ふーんと適当に返事をしてから突然思いもよらない事を言い出した。
「なぁお前、彼女の事はどう思ってる」
急に話が変わって少し動揺するが堪える。
随分と難しい質問だなそれは。こうなってしまった以上、本心をそのまま伝えるわけにもいかない。情ではなく、理性と打算で動いてると思ってもらわなければ。
「どうって……もしあの状態で味方になってくれるのなら魔族側にとってプラスになります。トールのような協力者が増える事になるんですから」
俺としては満点の解答だと思ったけど、魔王様は納得しなかった。
「本当にそれだけか? どうもお前の今回の一連の動きはそれだけとは思えないんだがな」
背中を冷たいものが駆け抜ける。
やはり厳しいか。勇者に傷をつけるな、と言うのは流石にやり過ぎたかもしれない。情が入っていると疑うのも仕方が無いか。
だからあえてわざと少しだけ隙を見せた返事をする。
「……勿論大切な仲間だとも思っていますよ。あれだけ長い時間を共にしたのですから無理もない話でしょう。ですが、それだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「いいや、嘘だな」
俺の苦し紛れの返答は、バッサリと斬って捨てられる。全く予想していなかった俺はしどろもどろになった。
「なん……で、です? いったい何だってそんな事言うんですか?」
魔王様はジッと俺の目を見つめながら頬杖をついた。
「お前……自分では気づいていないのかもしれんが、彼女がいれば必ず彼女の事を目で追っていたぞ。見てたからよーく分かる」
「……!」
え!? いや、そんな筈は……まさか無意識のうちに追っていたとでも言うのか。好きな子を目で追っちゃうとか物語の中だけの話だろ? でも確かに魔王様は俺の目を通して見てたわけだから本当かもしれない。何より俺自身が本当にレイラのことを好きなので、完全に否定出来るだけの確証が無い。どうする? シラを切るか? それとも───
「彼女を好きだと認めたら───無傷で制圧して捕まえてやるよ。俺様自身の手でな」
俺は混乱した。好きだと認めたら? それでなんでレイラを止めてくれるって言うんだ。
確かに無力化さえしてしまえば正気に戻るまでいくらでも待つことはできる。しかし、だからって乗っていいのかこの提案に。それとも試されてるのか。俺の参謀としての資質を。
「グレゴリー。お前も少しは分かってるんじゃないのか? 俺様の本当の目的を」
魔王様の本当の目的。元々俺は、裏から操って勇者召喚を止める為に人間界に送られた。ところがこの話の流れだと、それは
いや、俺だって薄々は察していた。魔王様が掲げてきた、人間界とは争わないという目標。これの行き着く先は人間との融和だ。停戦協定を結んで正式に国交を結ぶ。本当のところはそのあたりが目的なんじゃないかと。
だけど本当にそれだけか?
停戦協定を結んで勇者召喚を止めさせるだけなら今の情勢でいけば結構簡単に行くように思う。デリウス王国が頼んでもいないのに軍縮するくらいだ。魔界を脅威とは思っていないことの証左とも言える。
だからこそ、それだけの為に人間界を操るのはちょっとオーバーすぎるような気がしていたのだ。
何かあるはずだ。本当の目的はもっと別にあると思った方がいい。いや、別と言うよりかはもっとその先を見据えているのかもしれない。そしてそれは人間界を裏から操らないと達成できないような何かだ。
「グレゴリー、俺様の真の目的の為に協力してはくれないか? それにはお前が必要なんだ」
俺はその言葉でカチリと全てのパーツがはまるような感じがした。
ああ、そうか。だからこそ魔王様は俺を人間界に送り込んだのか。俺自身が直接行く事に意味があったんだ。
ここが勝負どころだ。俺は腹を括った。
「……俺はレイラの事を愛しています。彼女を失いたくありません」
真っ直ぐに魔王様を見て言うと、魔王様は不敵に笑った。
「フッフッフ、まぁ分かってたがな。約束通り彼女を傷一つつけずに無力化してやる。全部隊すぐに戦闘を中止して勇者をここに誘導しろ」
「え、いやしかし……」
戦ってるみんながどう思うか。ただでさえ元々無茶な命令を出しているのだ。それを朝令暮改で変更するんだから、最悪理由を言わなければ納得しない者も出てくるだろう。
「“魔王様が最強格の勇者と直接一対一で闘いたいと言い出した” これならどうだ?」
「……ありがとうございます。助かります」
レイラを救ってくれるどころか、戦闘バカを演じて“理由”まで作ってくれた。こんなに理解ある上司も珍しいと思う。こんなの一生ついていくわ。
「その……ところで本当の目的というのは何なのですか? 何となく予想はついてますが」
「それは無事全部うまくいった時に教えてやる」
その返答で俺は俺の予想がそれほど間違っていない事を確信した。