これは俺がレイラと一緒に人間界に帰ってきてからしばらく経った頃のお話である。
レイラが勇者だと判明してからも、人間界に来ている魔族のみんなの態度はそれほど大きくは変わらなかった。少なくとも表面上は。
これは俺と魔王様がレイラが味方になった事を、人間界に来ている魔族の連中に伝えたのも大きかったと思うし、レイラ自身が黙っていた事を一人一人謝って回ったのも大きかったと思う。
ただ、俺とレイラが付き合いだした事は流石に誰にも言っていない。というか言えなかった。
言えば、どうしてという疑問を持つ奴が出てくるだろうと思ったからだ。それにサリアスさんみたいな人間嫌いが拒否反応を示す可能性だってあった。
それに別にわざわざ喧伝するような事でも無いのだ。
だから外、というかみんながいる前ではレイラは普段通りそっけない感じで俺に接していた。
その代わり、というよりかは反動なのか、俺と2人きりの時だけはレイラは結構デレるようになった。
とは言ってもレイラ自身、恥ずかしいみたいで、自分から先に甘えてくる事はまずもって無い。
そんなレイラがどういう感じでデレるのかというと、それはだいたい、1号店の2階にレイラがやってくるところから始まる。
「暇だったから来たわ」
「おう、いらっしゃい。もうちょっとだけ待ってな? これだけ書いちゃうから」
「分かったわ」
レイラは、いつも俺の仕事がひと段落つくまで、部屋の隅にあるちょっと大きい1人用のソファに座って本を読み始める。
そこが彼女の定位置だ。ここに来た時にはレイラは必ずそこに座る。
部屋の中を俺のペンの音だけが支配する。その間、俺もレイラも別に何ともないですよ、という顔をして自分の作業に没頭する。
けれどもそれはやっている振りだ。レイラは本に隠れてチラチラ俺の様子を窺っているし、俺もレイラが気になってしょうがない。なのでお互い全然集中は出来ていないのだ。
「終わったよ」
「そう」
俺はペンを置いて立ち上がる。勿論魔王シアターをポケットから出して机に置くのも忘れない。ここからは俺とレイラだけの時間だ。
俺が作業を終えても、レイラは決して喜んだような態度は見せない。そうなると、俺一人が馬鹿みたいにはしゃぐのもなんかちょっと悔しいので負けじと普通を装う。
でもレイラがこれから起こる事に期待しているのは、あの狭いソファの右半分を空けていることからも明らかなのだ。
「何読んでんの?」
聞きながら空けてあるソファの右側に座る。明らかに狭い。
もしもレイラが真剣に本を読んでいたとしたら、ちょっと狭いからやめてよ、なーんて言ってくるところだろう。けれどそういうことは絶対に言わない。そして澄ました顔で質問に答えてくれる。
「剣術の本。どんな敵にどんな技が有効かとか指南書みたいなやつよ」
「へー、そうなんだ」
まぁ聞いといてなんだが、本当は内容なんてどうでもいいのだ。多分レイラだって頭には入っていないだろうし。
「あ、今日も着けて来てくれたんだ」
レイラの胸元にネックレスが光っているのが目に留まる。あの日、渡す事が出来なかったレイラへの誕生日プレゼント。それを先日、改めて渡したのだ。
普段レイラはそれを外で着ける事は無いが、俺の所に来る時だけは
レイラの胸元のネックレスに触れようと、俺はゆっくり手を伸ばす。
「んっ……」
胸に触れたところで、レイラがちょっとエロい声を漏らす。正直今すぐ抱きつきたいけどここは我慢だ。もうちょっと耐えればレイラのもっと可愛いところが見られるはずだから。
「レイラ……凄いドキドキしてない?」
触れた部分から早鐘のような鼓動が伝わってくる。あれー? 運動したわけでもないのに何でだろうねー? みたいな感じで無知を装って指摘する。すると、レイラは真っ赤になってそっぽを向いてしまう。
ここまで来ればあともう一押しだ。
「今日も可愛いよレイラ」
耳元で囁くとキュー、と音が聞こえてきそうなほど顔が真っ赤になる。そんなレイラを充分堪能したところで、横を向いた状態の可愛い彼女に魔法の言葉を囁く。
「いつもの、しよっか?」
すると、レイラは持っていた本をすぐ側のテーブルに置いて、するすると体勢を変える。そして俺の膝に対面で跨がるのだ。その間、相変わらず顔は見せてはくれない。
だが、これでいつものポジション取りは完了した。やがてレイラが俺の胸に倒れ込んでくる。ふわっと良い匂いが漂ってきて、全身で柔らかさと温かさを感じる。
やがてレイラはもじもじしながらポツリと呟く。
「きょ、今日は時間あるから……」
つまり、たくさん出来ると言いたい訳だ。
こんなに可愛いところを見せられるとむくむくと嗜虐心が高まってきて、へー、時間一杯したいんだ? なんて言ってついイジめたくなってしまう。でも、あんまりやり過ぎると拗ねちゃうから今日はやらない。
「そうだね。いっぱい出来るね。レイラ、こっち向いて?」
言いながらレイラの腰に手を回す。レイラも顔をこちらに向けながら俺の首のあたりに腕を回してくる。彼女の瞳は潤んでいてこれから始まる事を期待しているのが丸わかりだ。
やがて目を閉じた俺達はどちらからともなく唇を重ねる。レイラはギュッと抱きついてくるし、俺も同じくらい強く抱きしめる。まるでお互い触れ合う面積を少しでも増やそうとしているかのように。
そうしてレイラの温もりを感じながら今度は舌に意識を集中させる。時には追いかけたり、時にはクルクルと周りを這わせてみたり、押したり押されたり。
最初こそすぐに息が切れたていたが、鼻で息をする事を覚えたお陰で、長い時は一回で10分以上続くようになった。
飽きないのかって? これが困った事に全然飽きない。俺達はこのちょっとイケナイ行為に明らかにハマってしまっていた。
しかし、ここまでしているのにどうしてかセックスをしようという事にはならなかった。
ちゃんと話し合ったわけではないから分からないけど、結婚してもないのに子供が出来たらまずいよね、というのが理由の一つだろうと思う。
更に言えば、今の環境が生まれてくる子供のためにならないから敬遠しているというのも多分ある。
記録によると過去に数例だが魔族と人間のハーフが存在していた事もあったようだ。だから子供が作れるらしいという事は分かっている。
だけど、どの事例も幸せとは言えない一生を送ったようだった。
俺もレイラも、自分の子供にそんな一生を送ってほしくないと考えるのは当然だった。
まぁ現状結婚する事すら許されないからそれをなんとかするのが先ではあるけれど。
あともう一つの理由として、肉欲を否定することで、俺とレイラの関係が純粋な愛である事を強く証明できるような気がしたから、というのもあるかもしれない。
そういうような事も重なって、俺はまだDTです。そんな事がどうでもいいやと思えるくらい幸せなので、全然平気ではあるんだけど。
窓から斜めに差し込んだ橙色の夕陽が部屋の奥を淡く照らす。幸せな時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうものだ。
そっと唇を離すと、唾がツーっと二人の間に橋を作る。
「今日はもう終わろっか」
「うん……」
とても名残惜しそうにゆっくりと立ち上がって、俺から離れていくレイラ。
この部屋でしか俺とレイラが愛し合えない事を考えると、これでも足りないくらいだ。本当はもっと外でデートとかしたいけれど、互いの種族の違いがそれを許さない。
「レイラ」
だからというわけでは無いけど、部屋を出て行こうとするレイラを後ろからそっと抱きしめる。ごめんね、という意味を込めながら。
そしてレイラもそれが分かっているのか、いいのよと呟いて、俺の腕に手を重ねて体重を預けてくる。
「もう行くわね」
離れるときにどうしても不安になってしまう。次に出来るのはいつなのか。いつまでこんな風に隠れて付き合わなければならないのか。本当にこんな世界を変える事が出来るのか。
「ああ、また」
早く、人間と魔族が共存できる世界を作らなければ。俺はそう心に誓った。
勢いで書いた。