「私共のような右も左も分からぬ軍人を雇っていただけるとは大変有り難く───」
「ああ、もういいっていいってそういうのは。全く知らない仲って訳でも無いんだし。まぁとにかく座ってよ」
今日、俺はグレゴリー商会で新しく雇う事になる元軍人さんと顔合わせをしていた。彼は補給科のリヨン中佐の元部下であり、俺が補給科にお邪魔した時には何度か会ったこともあった。
「まあ一応自己紹介ということで、俺は会長のグレゴリーだ。よろしく」
「私はデリウス陸軍メルスク……いや、今はもうただのカーターですね。よろしくお願いします」
もうなんかいきなり暗い感じである。
「……まぁ自己紹介なんて今更か。リヨン中佐からは聞いてるか知らないけど先に言ってしまうとね。紹介された4人は雇うつもりだから。カーター君含めて全員ね」
「はい。私も中佐もその事には大変感謝しております」
「ところでうちの業務内容はどの程度知ってる?」
「回復ポーション類の開発、製造、販売、辺りでしょうか。今度王都にも二店舗目を出す、という風に聞いておりますが」
まぁ当然知ってるか。一緒に仕事してたんだし。一応確認しただけだ。
「そうそう。君達には王都で販売やら営業やらをやって貰いたくてね。カーター君はどうかな? 嫌だってんなら何か考えるけど」
カーター君はふむと一瞬だけ逡巡した様子を見せて質問に答えた。
「喜んでやらせて頂きます。他の3人も王都で働けるというのならば喜ぶでしょう」
「へー、王都になんか思い入れでもあるの?」
「私とケニスとサルトンは王都に実家があるのです。マイクだけは実家がメルスクですが、彼はいつもこの街に対して愚痴を言っていましたから。“ここには何にも無い” と」
む、何にも無いことはないんじゃないかな? 美味しいケーキ屋さんとかあるし? いや、他にパッとは思いつかないけど。
「なるほど、ありがとう。君は随分と落ち着いてるね。仲間を気遣う余裕もある」
「有難うございます。ただ、仲間を気遣うのは元軍人としては当然であります。他の者も口には出さないかもしれませんが同様に心配しているはずです」
カーター君はそんなかっこいい事をキリッと言って締めくくった。
やっぱり軍人さんというのは仲間を気遣うもんなんだろうか。そう思いながら残りの3人とも面接をしたけど、ケニスとサルトンは緊張でガチガチになっていて他の仲間を気遣う余裕は無かった。そしてマイクに至っては王都に行けると聞いて舞い上がっていたので、そんな話が出てくるどころか素振りも見せなかった。
結局、仲間を話題に出したのは4人の中ではカーター君だけだった。
うん、彼を新入社員のまとめ役にするのが良さそうだな。色々気が付きそうだし。
ーーー
そうして少し経った頃、そう言えば最近なんか忘れてるなと思ったらバートンだ。レジア湖のタマちゃんの生体調査にあいつを送り出した後、こっちで勇者騒動があったんで、すっかり失念していた。
それにしてもあいつは一体何をやってるんだ。あれから結構経ったけどまだ終わらんのだろうか。電話でも掛けてみるか。
そう思った俺だったけど、先にちょっと確認しておきたいことがあったので、ステイシアに話を聞いた後にバートンに電話をする事にした。
「ステイシアって小型の通信機みたいなの持ってたよな? それでシリウスさんと連絡取ってるって認識でいいの?」
「ええそうです。元々私はお母様との連絡役として派遣されてきたので。それがどうかなさったのですか?」
勿論連絡役としてだけで無く、俺達が裏切らないかどうかの監視も含めてステイシアはシリウスさんに送り込まれた。本人がそう言ったわけじゃ無いので、俺が勝手にそう思っているだけだけど。
「いや、ステイシアはシリウスさんに俺達の正体の事を話したのかなと思ってね。ちょっとレジア湖に行ってるバートンに連絡しようと思ったんで一応確認だけ」
「ああ、その事ですか。迷ったんですが、母がどう思うか予測が付かなかったのでまだその事は話してはおりません」
「そりゃあ助かる。別に広めて欲しいわけじゃ無いんでね」
「はい。それに伝えるとするならば私からでは無く、グレゴリー様からの方が良いかと思いましたので」
「そうだな。その方がいい」
気が利くなぁ。あんな山奥のホテルで眠らせとくには惜しい人材だ。付いてくるのを断らなくて良かったぜ。案外シリウスさんもそう思って俺に彼女を付けたのかもしれないな。
会話を終えてステイシアと分かれた俺は、魔王シアターを取り出してバートンに電話をかけた。
「もしもし? バートン?」
『あ、ビックリした〜グレゴリー様かぁ。ギルスおじさんかと思ったっすよ〜』
俺だったらタメ口で良いと思ってるらしいなコイツは。まぁ本当に別にいいんだけど。
しかし、ギルスおじさん? こいつが魔王様をそっちの名前で呼ぶって事はそこに他に誰か居るのかね?
「俺で悪かったな。まぁいいや、そっちはどうだ。いつまで経っても連絡が無いからこっちから連絡したんだよ。そろそろ調査は終わんないのか」
『もうほとんど終わったっすよ〜、実は明日あたりグレゴリー様に連絡しようかと思ってたとこっす』
本当かー? 実は結構早めに終わってて今まで遊んでたとかじゃ無いだろうな?
まぁあの勇者騒動のゴタゴタがある時に帰ってこられても困った事になっていたと思うので、ちょうどいいタイミングだったとも言えるか。ラッキーな男だよ、ホント。
「お前、ちゃんと“タマちゃんは安全です”って書いただろうなぁ? そうじゃなきゃお前を送った意味がないんだからな」
『大丈夫っすよ〜。ちゃんとオーナーのシリウスさんにも目を通してもらったっすから〜。あ、ちょうど今隣に居るっすから代わるっすか?』
ああ、やっぱり隣にいたのか。なら久しぶりだし代わってもらおう。
「そうか。じゃあ頼む」
やがて使い方を説明するバートンの声が少し聞こえた後、シリウスさんが電話口に出る。
『あら、これは今聞こえているのでしょうか?』
「聞こえていますよシリウスさん。お久しぶりですね」
『これはお久しぶりで御座います。グレゴリー様。こんな小さな板でも随分とはっきり聞こえるのですね?』
「ええ、我が社の優秀な技術班が作った物ですからね。性能は文句無しです。そちらはお変わりありませんか?」
『ええ、お陰様で平穏そのものです。ところで娘は……ステイシアはグレゴリー様のお役に立っておりますか?』
「いやぁ彼女はとても優秀ですね。いつも助けられておりますよ」
俺が明るくそう伝えたら、シリウスさんは幾分かホッとしたような感じで、安堵の声を漏らした。
『そう言っていただけると幸いです。本人もそのような事を申しておりましたが、なにぶん自己評価ですので私としては心配で」
シリウスさんは随分と心配しているが、彼女はしっかりやってくれている。あ、でもそういやケイオス君の調査はめっちゃ嫌がってたな。まぁそれは言わないでおいてあげよう。
「ご心配なさらないでください。本当に助かっていますから。ところでそこのバートンの調査報告書はご覧になられましたか?」
『ええ、拝見させて頂きました。その……とても個性的ですがよく纏まっていると思います。これならば安全であると思う人が増えて、却って良いかも知れません』
個性的……あいつ、いったいどんな報告書を書いたんだ。ホントに大丈夫かな? やっぱりバートンに行かせたのは不味かっただろうか。まぁでも内容なんてあって無いようなもんだし危険じゃないってことが分かれば別にいいか。
「ははは……個性的なのは許してやって下さい。それで……ちょうどいいですし今後の計画について軽くお話しさせて貰っても?」
『ええ、構いません』
咳払いひとつした俺は、タマちゃん作戦の第二段階にあたる計画を簡単に説明した。
概要はこうだ。バートンが報告書を持ち帰ってギルドで精査した後、トールがお触れを出す。勿論内容はタマちゃんを狩猟してはならない、という物だ。
その後、俺達で少しだけ噂を広める。この間ギルマスからお触れが出されたレジア湖の新種の生き物は、とってもキュートで可愛いらしいよと。
良い感じに噂が広まり始めた段階で、俺達が店を出してる商店街の人達を連れて、シリウスさんの所に団体旅行に行く。そこで触れ合い体験、とまでは言わないけどみんなにはしっかりタマちゃんの可愛さを目に焼き付けて帰ってもらおうと思う。
帰りのお土産にタマちゃんグッズなんかも持って帰って貰ったら尚良いかもしれない。
「そんな感じで何度かツアーみたいな事をやるつもりですが、軌道に乗れば我々が手を回さずとも観光客は増えるかと思います」
俺の予想ではうまく行くはず。後はタマちゃんをどうにかしてやろうという輩が出てこないように、しっかり見張っておけばいい。
「というわけで、その前にタマちゃんを人に慣らさせて、しっかり躾けておいてください」
『色々と考えていらっしゃるのですね。やはり』
そりゃあそうよ。そこはしっかり押さえとかないと秘密をばらされちゃうかもしれないからね。ステイシアに。
「勿論ですよ。なにかあったらステイシア経由でご連絡ください」
『そうさせて頂きます。実は私も色々と考えておりまして、考えが纏まったら少しだけお願いするかもしれません』
ほう? 何をお願いされるんだろうか。まぁできる範囲で叶えてあげよう。
俺は了承の意を伝えて電話を切ると、早速カリウス会長の元に団体ツアーの話をつけに向かった。