コードギアス ナイトメア   作:やまみち

11 / 29
第一章 第05話 ギアスと魔女

 

「よっ!? はっ!? ほっ!?」

 

 アッシュフォード学園高等部体育館、その隣の金網を隔てた6面のテニスコートとの間にある通用路にて、ナナリーは奇妙な遊びを行っていた。

 体育館の屋根の上へテニスボールをテニスラケットで打ち上げて、それが転がり落ちてくるのを待って、再び打ち上げると言うもの。

 説明を聞いただけでは簡単そうに感じるが、その実は相当の難易度。

 通用路の幅は約5メートル。体育館の屋根端の高さは約13メートル。完全に真上を見上げる体勢となって、見るのも屋根の端のみ。その屋根もフラットなアーチ型の為、落下予想地点を予想するのはかなり難しかった。

 

「ふっ!? はっ!? ほっ!?」

 

 ところが、これを簡単にクリアし続けて、テニスボールを次第に1つづつ増やして、難易度を上げてゆき、今や5つを同時に行っていた。

 しかも、最初はテニスラケットのガット面で打っていたが、これが容易になると、今度は上下を逆に持ち替えて、グリップ部分で打ち上げているのだから驚くしかない。

 無論、ナナリーが幾ら身体能力に優れていようが、こんな曲芸紛いを早々に出来るはずも無い。

 テニスボールを打ち上げる力加減によって、ある程度の軌道制御は行えるだろうが、見えない部分である屋根の上でテニスボール同士がぶつかる偶然の産物までは計算が出来ない。

 なら、如何にして、この曲芸紛いを成功させているかと言えば、その正体は『ギアス』だった。

 そう、ナナリーは昨日の出来事の最中で得た不思議な力の検証を行っていた。

 

「ぬっ!? はっ!? ほっ!?」

 

 テニスボールを打ち上げて、屋根の上へ消える瞬間にギアスを発動。

 そのギアスで導き出された結論に従い、最も最初に落ちてくるテニスボールの地点へ先回りをして、テニスボールを屋根の上へ再び打ち上げる。

 これを繰り返して、既に約15分弱。ナナリーはテニスボールを一度たりとも落とさず、100%の成功率を維持し続けていた。

 

「へっ!? ……うきゃっ!?」

 

 しかし、その100%が唐突に崩れる。ラケットを振り上げた先、わずかボール1つ分を空けて、テニスボールが落下。

 ナナリーは今までが100%成功率だっただけに驚き、茫然とラケットを振り上げた体勢のまま固まる。

 だが、屋根から次々と落ちてくるボールは待ってくれない。2つ目、3つ目、4つ目、5つ目と落ちて、それぞれがコンクリートの床を跳ね飛び、やや間を空けて、有り得ないはずの6つ目がナナリーの頭上へと落ち、その傷みにナナリーは涙目。その場へ頭を抱えてしゃがみ込む。

 

「ふっふっふっふっふっ!

 さすがのナナリー君も6つ目は駄目だった様だね? うん?」

「アリスちゃん……。」

 

 そんなナナリーへ勝ち誇り、響き渡る高笑い。

 ナナリーは唇を尖らせて、笑い声がする背後を振り向くと、アリスが両手を腰に突きながら胸を張って、テニスコートに立っていた。

 ちなみに、テニスコートの周囲は金網で囲まれており、その内部へ入る出入口は一箇所のみ。校舎側と正反対のクラブハウス側にある。

 つまり、アリスは校舎とクラブハウスを繋ぐ通用路の最短路を通らず、テニスコートを金網沿いに大きくグルリと遠回り、ナナリーの邪魔をする為だけにわざわざ無駄な労力を使っていた事となる。

 当然、邪魔をしてくれた事実も含め、ナナリーのアリスを見る目は自然と呆れたものとなり、白くなってゆく。

 

「……と言うか、1時間目に出たっきり、授業をサボって、何をしているかと思えばだよ。

 ほら、フライングでカツサンドを買ってきたからさ。まだチャイムは鳴っていないけど、お昼にしよ?」

「カツサンドっ!?」

 

 だが、アリスが手に持っていた買い物の白いビニール袋を挙げて見せた途端、ナナリーの目はたちまち輝いた。

 どの学校にも、人気が集中して、なかなか手に入れづらい学食メニューというのは有るもの。

 アッシュフォード学園高等部において、それは冷めても肉が柔らかでジューシーなトンカツだった。

 特に持ち運べて、残しても後で食べられるカツサンドは女子生徒に人気があり、お昼休みのチャイムが鳴って、5分もしない内に売り切れる幻の一品。

 それを食べられるなら、今先ほど程度の嫌がらせなど、どうでも良い些細な事。ナナリーは満面の笑顔で勢い良く立ち上がった。

 

「……えっ!?」

「ナ、ナナリーっ!?」

 

 ところが、立ちあがった途端、視界が一気にブラックアウト。その場へナナリーは力無く崩れ落ちた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「ナナリー様、これから買い物へ出かけて参りますが……。

 今夜、何か食べたいものはありますか?

 お倒れになられたのですから、力を付ける為にも、お好きな物をご用意させて頂きますので」

 

 お昼前、ナナリーが意識を失った後、自力で運べないアリスがクラブハウスで授業をサボっていた不良達に手伝って貰い、ナナリーを保健室へ運ぶまでは、学校生活にありふれた風景の1コマだった。

 しかし、ナナリーがこの街を牛耳るアッシュフォード家の親戚と知る保険医から高等部校長、高等部校長から学園運営管理室、学園運営管理室からルーベンの元へ連絡が届けられた途端、学園を騒がす大騒ぎとなった。

 剣術を嗜み、稽古による打撲などの外傷はあっても、日々の鍛錬の賜物か、今まで風邪はおろか、病らしい病を患った経験のないナナリーが倒れた上に意識が戻らないと聞き、ルーベンは慌てた。

 持っている人脈の限りを尽くして、トウキョウ在住の最高権威と呼ばれる外科から肛門医までの医師団をすぐさま結成。

 突如、高級車が続々とアッシュフォード学園高等部へ集結し始め、学生、教師を問わず、何が起こったのだとわざめき、午後の授業はストップ。

 

「では、お刺身を。ほら、この前に食べた白い奴をお願いします」

「ああ……。『えんがわ』ですね。解りました」

「はい、楽しみに待っています。いってらっしゃい」

 

 そして、ルーベンが、ミレイが、アリスが、ナナリーと親しい者達が保健室前へ急遽集められ、まるで大手術を行っているかの様な祈りが捧げられた。

 救急救命士が移動式ストレッチャーと共に待機。ドクターヘリも砂煙を撒き散らしながら高等部校庭へ着陸。次の手がいつでも打てる準備が整った直後、立入禁止札が貼られ、締めきられていた保健室のドアが遂に開く。

 現れる白衣を着た二十数人の男女。老いた者も居れば、若き者も居た。そのいずれもが沈痛な面持ちをしており、それを見た誰かが叫んだ。『まさかっ!?』と。

 ミレイは息を飲み、認めないと言わんばかりに顔を左右に振った。アリスはその場へ崩れ落ち、耐えきれずに声を殺して泣き出した。

 その様を眺めて頷き、ルーベンはこれが自分の役目と神妙な面持ちでナナリーの容体を尋ね、医師団代表の外科医が酷く疲れた様な溜息混じりにこう応えた。

 

『只の疲労です。一応、ビタミン剤は打っておきました』

 

 ルーベンは殴られた。ミレイに殴られた。もうボッコボコのボコボコである。ルーベンが集めた夢の医師団は無駄にならず、ルーベンはドクターヘリに運ばれていった。

 その後、ナナリーはアッシュフォード家の屋敷の離れとなっている自宅へ運ばれ、ナナリー専属のメイドによって、寝間着に着替えさせられてから、ベットへと寝かされた。

 やがて、ミレイやアリスといった見舞客が帰り、ナナリーはつい先ほど目を醒ましたが、ベットから起き上がるのをメイドの強い言い付けで許されていなかった。

 

「はい、いってきます。くれぐれも起きたりなさいません様に」

「解ってますって」

「では……。」

 

 その過保護なメイドの名前は『篠崎サヨコ』、ナナリーが中等部に入学したのを機にして、アッシュフォード家本邸より独立。この離れの屋敷を自宅とした時からナナリーに仕えている女性。

 掃除、洗濯、炊事のあらゆる家事技能をオールマイティーに備え、いざという時はナナリーの護衛も可能なパーフェクトメイドだが、たまに大ボケな天然がある困ったさん。

 余談だが、この離れの屋敷は平屋ながらもバストイレ、駐車場付きの3LDK。サヨコも一緒に住んでおり、空き部屋は物置部屋に使って、駐車場はナナリーのバイクとサヨコの軽自動車が列んでいる。

 

「……さてと」

 

 頭を深々と下げるサヨコがドアの向こう側へ消え、目を瞑るナナリーが耳を澄ます事暫し。

 駐車場に停まっている軽自動車のモーター音が聞こえるや否や、ナナリーは布団をはね除けて、すぐさまベットから下りた。

 家の周囲が森なのを良い事に警戒心を持たず、裏庭と隣接するベランダ窓のカーテンを開けたまま、ピンクのミニネグリジェをベットへ脱ぎ捨て、オレンジのパンツ一丁で部屋を闊歩。

 

「サヨコさんってば、ちょっと心配性すぎるんだよね。

 ……って、もう5時半。まあ、半日も気絶してたんだから、無理ないかな?」

 

 まずは勉強机の脇に置かれたデスクトップパソコンの電源を入れて、部屋の壁に掛かる時計を一瞥。

 その後、壁と一体型になっているクローゼットを開き、収納棚から取り出した白いTシャツを着て、クローゼット扉の内側に貼られた姿見を見つめる。

 

「でも、この不思議な力に関して、色々と解ったし……。結果、オーライかな?」

 

 右の瞳の中、淡く輝く赤い紋章。

 この謎の紋章『ギアス』に気付いたのは、ナナリーが今朝、顔を洗っている時の事だった。

 そして、この瞳の紋章が昨日の不思議な現象を起こした原因だとすぐに気付くと、このギアスの性能、性質を知る為、ナナリーは様々な検証を行い、今現在は以下の事が解っていた。

 1つ、この右眼の紋章は他人には見えず、写真や映像にも映らず、自分だけが鏡に写して見える。

 2つ、この紋章の力を使って可能となるのは、自分が願う未来への模索。発動条件はソレを強く願う事。

 3つ、模索が可能なモノは時に関与するモノ、つまりは動きや変化があるモノに限られ、ただ停止しているモノを見たとしても、最初から答えは1つしか見えない。

 例えて言うと、チェス盤を幾ら見たところで結果は変わらず、通常の思考でしかないが、その差し手を見る事によって、次に何の駒を動かそうとしているのかが解り、事前に対応策を練れる。

 4つ、模索が可能な範囲は視界内と感覚で捉えている範囲のみ。その範囲以外からイレギュラーが加わると、模索結果とズレが生じる。

 5つ、模索によって、可能となる時間幅は決して長くないが、模索を連続して行う事により、時間の延長が結果的に可能となる。

 6つ、どうやら使用毎に感じ取れない疲労度の様なモノがあり、それが蓄積されてゆき、限界を超えると唐突に意識を失ってしまう。

 7つ、6の観点から、複雑な模索、度重なる使用、連続した使用に難があると考えられる。

 その検証結果を纏めて考えていると、パソコンが立ちあがったらしい。スタートアップの音楽が流れているのに気付き、ナナリーは椅子へ座ると、ネットワーク接続を行ってゆく。

 だが、ソフトが要求してきた空欄に埋められてゆく文字列は、ナナリーが持つアカウントIDとは違った。

 

「あとはクロヴィスお兄様のアカウントを使って……。」

 

 幾つかのキーボードを叩いた末、ディスプレイに表示されたものは、本来なら閲覧は勿論の事、そこへ辿り着くのも不可能なエリア11政庁のデータベース。

 何故、クラッキングといった高度な情報処理技術を持たないナナリーがソレを実現させているかと言えば、神聖ブリタニア帝国という国そのものの特性と単なる偶然が生んだ産物が理由だった。

 今更、言うまでもないが、神聖ブリタニア帝国は帝政の独裁国家である。言論や思想の自由は憲法で一応は保証されているが、それも度を超えて、国益を損なうと判断されれば、犯罪となり、摘発の対象となる。

 その判断を内務省の秘密警察機関『社会秩序維持局』が担っているのだが、インターネットが発展、普及してゆく初期段階にて、これがTVやラジオ、新聞といった既存のメディア以上に危険なものだと社会秩序維持局は察知した。

 評議会と元老院を通さず、皇帝へ直談判を行い、勅命を以て、インターネットサービスプロバイダを完全な公共事業化。社会秩序維持局の管理下の元、戸籍と接続アカウントを直結する事によって、情報の規制を計った。

 つまり、ブリタニア人、名誉ブリタニア人は戸籍の拾得と共にインターネットのアカウントIDが与えられ、匿名掲示板に書き込もうとも、利用する者同士は匿名であっても、社会秩序維持局の前では本名、本籍、現住所が丸裸となる仕組みを作った。

 この件に関して、今も評議会は議論を大いに賑わせているが、インターネットサービスプロバイダの公共化に伴い、その使用が税金で賄われて、完全無料となり、ネットを介した犯罪が減少傾向にある為、大半の国民は賛同している。

 これに伴い、当然の事ながら、ブリタニア国内でのインターネットサービス利用は国営の物以外は認められておらず、偽造アカウントIDの使用や独自インターネットサービスプロバイダの開設は重罪となっている。

 この様な事情から皇族の皇子、王女は特別枠のアカウントIDが用意されており、その出生順にナンバーが割り振られ、皇族の皇子、王女であるなら、相手の出生順さえ知っていれば、アカウントIDを簡単に知る事が出来た。

 もっとも、アカウントIDが解っても、肝心なパスワードが解らなければ、接続は不可能。その誤操作を何度も繰り返せば、社会秩序維持局に目をつけられる結果となり得るのだが、ここに運命の悪戯とも言える偶然があった。

 エリア11の現総督にして、神聖ブリタニア帝国の第3皇子『クロヴィス・ラ・ブリタニア』、彼の初恋はマリアンヌだった。

 無論、マリアンヌが皇妃となってからは、その恋心も無くなっていったが、敬愛する想いは今も残り続けていた。

 あのアリエスの悲劇と呼ばれる事件が起こるまでは、実母から何度も止められながらもアリエス宮へ足繁く通い、幼少の頃のルルーシュやナナリーと親交を深めてもいる。

 また、大貴族の出身の実母は名誉やしきたりといったモノに厳しく、そんなピスケス宮での暮らしに窮屈さを感じていたクロヴィスにとって、自由で溢れるアリエス宮は憧れでもあった。

 いつしか、それはいつか自分もこんな家族を作るんだという想いへと変わり、周囲からの猛反対があった為、マリアンヌと当人同士の非公式な口約束ではあったが、クロヴィスとナナリーは婚約を結んでさえもいた。

 実際、クロヴィスは当時の想いを未だに引きずっているらしく、ナナリーの名前こそは出さなかったが、5年前の総督初心表明にて、エリア11へ対する恨みを冒頭で語っている。

 その他にも、エリア11政庁の最上階にアリエス宮を模した屋敷と庭園を造り、クロヴィスがそこに住居を構えているのはあまりにも有名な話である。

 その様な背景があって、3年ほど前の出来事。パソコンを買い換えたナナリーがネットワーク初期設定を行っている際、ふと湧いた悪戯心に『まさかね』と考えながら、クロヴィスのアカウントIDのパスワードに自分の名前を入力したところ、これがどんぴしゃりの大正解。

 しかも、クロヴィスはインターネットを趣味としていないどころか、興味すら持っていないらしく、アカウントの同時使用が今まで一度も無かった為、不正使用がバレず、ナナリーはクロヴィスのアカウントIDでやりたい放題だった。

 なにしろ、クロヴィスは皇族であり、第3皇子の上にエリア11総督。その権限で閲覧が出来ない情報はまず有り得なかった。

 

「フフっ……。フフフっ! やれるじゃない! やれる! やれるわ!

 フフフフフっ……。あぁ~~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!?」

 

 キーボードを数回叩くだけで簡単に開示される数多の国家機密。

 ナナリーは笑いが止まらなかった。このインチキな情報力と新しく得た力さえ有れば、どんな事だって出来るという万能感に興奮しまくり。

 

「あまり褒めたものじゃないな」

「……はっ!?」

 

 しかし、そんなナナリーを呆れた様に水を差す者が1人居た。

 突如、現れた背後の気配に驚き、慌ててナナリーは笑ったままの大口を開けた間抜けな顔で振り返り、続けざまにビックリ仰天。

 ソレもその筈。部屋の出入口に腕を組んで立っていたのは、昨日の地下鉄構内で死んだはずの女性『C.C』なのだから無理もない話。

 

「年頃の娘が口を開けて笑うなんて、育ちが知れるぞ?

 さて……。それより、風呂だ。次は飯、シーフードピザだ。そう決めていた」

「えっ!? あっ!? おっ!? うっ!? いっ!?」

「じゃあ、頼んだからな」

 

 ところが、C.Cはナナリーなどお構いなし。

 歩きながら着ている物を次々と投げ脱ぎ散らかして、とうとう真っ裸になると、クローゼットを勝手に開けて、収納棚も更に開け放ち、まだタグの付いた新品の白いショーツを見つけて、それを手に持ちながら要求を一方的に告げて、部屋から出て行く。

 

「……って、待ちなさい!」

「うるさいな……。長旅で疲れているんだ。後にしろ、後に」

「いやいや、そうじゃなくって! 貴女は昨日……。」

 

 慌てて我に帰り、ナナリーはC.Cの肩を掴んで止め、事情の説明を求めるが、C.Cはあくまでマイペース。

 心底、煩わしそうに溜息をつきながら頭を掻くと、ナナリーへ向き直って、存分に見るが良いと言わんばかりに両手を大きく広げた。

 

「死んだはず……。そう言いたいのだろ?

 だったら、良く見ろ。この私の何処が死んでいる様に見える?」

「それは……。」

 

 ナナリーは視線をC.Cの額へと向ける。

 ところが、昨日の記憶を探るまでもなく、記憶に印象強く残っている銃弾の痕は何処にも無かった。

 記憶とあまりにも食い違う現実。そもそも、額に穴を空けられた者が生きていられるはずが無かった。

 だったら、昨日のアレは見間違いだったのか、そんな考えが浮かんでくるが、今のナナリーにとって、それ以上に気になるモノがあった。

 

「それより、私のやった力は……。

 んっ!? どうした? 別に珍しいモノではあるまい? お前とて、風呂で毎晩見ているモノだろ?」

「えっ!? あっ!? い、いや……。そ、その……。」

 

 その気になるモノとは、たわわに実った見事なC.Cの胸。

 ナナリーの嫉妬アイが捉えた目測データーによると、それはCカップ。正しく、2つが列び、C.C。

 しかも、形と言い、張りと言い、かなりの美乳。中心のピンクのぽっちも大きすぎず、小さすぎず、ナナリーの理想を全て具現化したソレが目の前にあった。

 ナナリーは思わず目線を下へ向けて、自分のモノと見比べるが、そこに有るのは申し訳程度に膨らんだ平原と言ってもいい丘。遮るモノが無い為、足の爪先どころか、足の甲、足首まで見える悲しさに下唇をそっと噛む。

 

「ははぁ~ん……。なるほどな」

「な、何ですか? ……えっ!?」

「まあ、羨むのも仕方有るまい。この貧相な胸さではな」

「ひ、貧相っ!? ……し、失礼なっ!? 

 わ、私にはまだまだ希望がっ!? ……って、キャっ!?」

 

 その哀しみに浸るが故、ナナリーは気付かなかった。

 嘲りを含んだ声色に眉を跳ねさせて、視線を上げるが、睨んだ先にC.Cの姿は無かった。

  いつの間にか、背後に立ち、C.Cはナナリーの肩へ顎を乗せて、先ほどナナリーが絶望した光景を覗き込んでいた。

 

「お前……。何だ、これ? この何処に希望が有るんだ?

 確か、16歳だったよな? あの貧弱なルルーシュだって、もうちょっと胸板があるぞ?」

「えっ!? お、お兄様っ!?」

「しかし、マリアンヌの娘だしな。一応、素質は……。うむぅ~~……。」

「お母様までっ!? 貴女、一体っ!?」

 

 ナナリーの両脇から腕を差し入れ、そのちっぱいを遠慮無く揉みまくるC.C。

 無論、ナナリーは抵抗を試み、身を捩らすが、C.Cの口から連続して出てきた思わぬ名前に驚き、目を見開いて固まる。

 おかげで、C.Cは思う存分に揉み放題なのだが、その揉みごたえの無さにあっさりと飽きてしまい、ふとTシャツの上に自己主張を始めたナナリーのソレに気付いて、ソレを興味が赴くまま摘み上げた次の瞬間だった。

 

「ナナリー様、失礼します。

 お伝えし忘れていたのですが、実はC.Cと名乗る御方が……。」

「ぁんっ!?」

 

 サヨコが急遽帰宅。ドアが開けっ放しの出入口に姿を現した。

 同時にナナリーが甘い声をあげながら、堪らずと言った様子で顎を反らして、背も弓なりに反らす。

 夕陽が射し込み、赤く染まった部屋。畳む時間さえも惜しんで投げ捨てられた衣類と下着。全裸の女に背後から抱き締められ、その胸を揉まれて、甘い声を漏らすTシャツ下着姿の少女。

 果たして、それ等の光景をサヨコがどう捉えたのかは解らない。

 

「大変、失礼を致しました」

 

 ただ言えるのは、サヨコは目を丸くさせていた表情をすぐに素へ戻すと、ナナリーへ深々と一礼。何事も無かったかの様に去って行った。

 

 

 

 ******

 

 

 

「貴女の事は良く解りました。

 そのギアスとやらをくれたのも感謝します。

 ですから、行くところが無いなら、この家に置いてあげます。ですが……。」

 

 その後、ナナリーはサヨコの後を追いかけたが、その誤解を解くには至らなかった。

 むしろ、弁解を重ねれば重ねるほど、サヨコは勘違いを逆に深めてしまい、とても辛そうな表情で『打ち明けられず、お辛かったんですね』だの、『私はナナリー様のお味方です』だの言って、ナナリーを慰める始末。

 挙げ句の果て、夕飯を作り終えると、サヨコは『急遽、祖母が倒れまして』と取って付けた様な嘘で休暇を取り、軽自動車に乗って、何処かへと消えた。

 恐らく、サヨコなりに気を効かせたのだろう。ナナリーは取りあえずの説得を諦めた。サヨコの天然ボケは今日に始まった事では無い。時間をかければ、きっと解ってくれると信じていた。

 

「お前、さっきから何をカリカリとしているんだ? せっかくの夕飯が不味くなるだろ?」

「誰のせいですか! 誰の!

 人の電話を勝手に出て! サヨコさんに加えて、アリスちゃんにまで!

 明日、学校へ行ったら、どう説明したら良いんですか! アホですか! 馬鹿ですか!」

 

 ところが、サヨコの相手に疲れ果てたナナリーを待っていたのは更なる悲報だった。

 ナナリーがサヨコへ弁解している間、無視しても、無視しても、鳴り続ける携帯電話に辟易としたC.Cは着信。

 一方、聞き覚えのない女性の声に驚いた発信者のアリスは、間違え電話だと判断して、電話を一旦は切るが、ディスプレイに表示されたナンバーが正しいと知り、すぐさま電話をかけ直して、こう怒鳴った。

 

『あなた、誰ですか! それ、ナナリーの電話ですよね!』

 

 もしかしたら、ナナリーが携帯電話を紛失してしまい、それを拾った誰かが悪用している。そう考えたアリスの熱い友情による憤りだった。

 この問いかけに対して、C.Cは包み隠さず、正直にこう応えた。

 

『ああ、間違いない。あいつの電話だ。

 そして、私はあいつと将来を約束した関係だ』

 

 そう言い放つ場面を目撃したナナリーが、慌ててC.Cから携帯電話を奪うも既に時遅し。

 C.Cの言葉によって、アリスの妄想という名の風船はパンパンに膨らみきってしまい、とても辛そうな口調で『ごめん。気付いてあげられなくて』だの、『私はナナリーの味方だよ』だの言って、ナナリーを慰める始末。

 ナナリーは取りあえずの説得を諦めた。対サヨコ戦で消耗しきっていたナナリーに連戦する体力はとても残っていなかった。時間をかければ、きっと解ってくれると信じていた。

 

「そうは言っても、私は別に嘘は一言も言っていないしな」

「もっと別の言い方があるじゃないですか!

 それをあんな風に言って……。誰だって、誤解しますよ! どうするんですか!」

「まあ、その辺りは追々と考えれば良いさ。……お前がな」

「少しくらい考えて下さい! 自分の不始末じゃないですか!」

 

 しかし、不満と憤りは当然の事ながら残った。

 リクエスト通り、お刺身が夕飯に列んでいるが、以前ほど美味しく感じられないナナリー。

 一口食べては怒鳴り、一口食べてはテーブルを叩き、先ほどから食器がガチャン、ガチャンと跳ねまくり。

 

「あ~~~……。もう五月蠅い奴だな。ほら、TVでも見て、落ち着け」

「誰のせいですか! 誰の!

 大体、うちでは食事中にTVは点けない事にしているんです!」

「固い事を言うな。見ろ、昨日の事をやってるぞ」

 

 C.Cは小言を幾ら列べられても堪えはしなかったが、うんざりとはしていた。

 リクエスト通り、デリバリーのシーフードピザを食べているが、やはり罵詈雑言がBGMでは美味しくない。

 その昔、乗っていた旅客機が太平洋のど真ん中で墜落。とても苦労した経験があるC.Cは、自分が操縦する航空機以外は基本的に信用していない。

 それ故、C.Cがブリタニア本国からエリア11へ渡るのに選んだ手段は船であり、それも遊覧が目的でない為、エリア11直行の軍の貨物船だった。

 当然、軍の貨物船だけに密航である。調理室から食料を盗んでは腹を満たして、ただひたすらにエリア11への到着を貨物の1つに潜み隠れながら待った。

 幸いと言うか、永い時を生きているC.Cはこういった各種サバイバル術を当たり前の様に身に着けており、船の乗組員達は最後までC.Cの存在に気付いていない。

 ただ、C.Cが失敗したのはエリア11到着日に寝坊してしまい、銃声に驚いて起きたら、既にC.Cが寝床にしていた貨物コンテナは大型トラックへ積まれており、レジスタンスとブリタニア軍のカーチェイスが始まっていたという間抜けな事実。

 即ち、このエリア11へ到着するまでの約10日間は自制、自制、自制の連続であり、C.Cは今日という日を指折り数えて待っていた。まず最初に何を食べようか、と言う脳内会議は何度行ったかが解らないほど。

 そんな夢にまで見た感動の食事だと言うのにも関わらず、目の前の小娘は力を与えた自分へ感謝するどころか、出会った時からピーチク、パーチクと喚き立てて、気が滅入る事この上なかった。

 C.Cは手近にあったTVのリモコンを手に取り、ナナリーの気を逸らそうとスイッチオン。

 

『……下さい。これが今日の昼に撮影されたシンジュクゲットーの様子です。

 昨日の軍部による出動の爪痕を残すかの様に、まだ各地で火の手が上がっています』

 

 その作戦は見事に成功。たまたま昨日の出来事に関するニュースが放送中。

 ナナリーが興味を持ち、小言と食事の手を止めて、放送されている映像に魅入り始める。

 ヘリコプターからの空撮だろう。シンジュクゲットーからナカノゲットーまでを一望に収めた光景は凄惨を極め、一昨日まで廃墟の街だったものが、今は瓦礫の街と化していた。

 ナナリーとC.Cが思わず無言になっていると、不意に速報を合図するチャイムが鳴り響いて、映像が切り替わり、放送局スタジオの女性ニュースキャスターの姿が映る。

 

『たった今、新しいニュースが入りました。

 昨今、社会で問題となっている麻薬『リフレイン』が有りますが……。

 これを軍部のネットワークを使って、エリア11へ持ち込み、テロリストへ供与していたとの罪で三宿駐屯基地所属の名誉ブリタニア人が捕まりました』

 

 そして、速報ニュースが読み上げられてゆき、再び映像が切り替わる。

 映し出されたのは、何処かの建物の出入口。速報であるにも関わらず、既に多数の報道陣が画面端に詰めかけているのが見える。

 やや間があって、屈強な軍人に両脇を抱えられた軍服姿の少年が出入口から現れ、報道陣達が一斉にフラッシュを何度も焚く。

 

『名前は枢木スザク伍長。

 そうです。枢木のファミリーネームで憶えている方もおられるのではないでしょうか。

 嘗て、ナイト・オブ・ラウンズのヴァルトシュタイン卿より国士と讃えられた元日本最後の首相『枢木ゲンブ』の息子、枢木スザク伍長です』

「な゛っ!?」

 

 数多の閃光に白く霞む映像。ズームアップされ、一時停止された画像に映ったのは、ナナリーがこの10年間ずっと想い続けてきた少年の成長した顔だった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。