コードギアス ナイトメア   作:やまみち

12 / 29
第一章 第06話 開幕のベル

『昨日、大井埠頭にて、テロリストのナイトメアフレーム強奪事件がありました。

 しかし、我がブリタニア軍はテロリストをシンジュクゲットーへ誘導。見事、殲滅に成功しました』

 

 トウキョウ、サイタマ、ヨコハマを中心とした西関東を主な活動の場とするレジスタンス組織『ネリマダイコン』の本拠地。

 但し、本拠地と言っても、これまで幾度もあったブリタニア軍の摘発から学び、一定の場所に留まらず、月毎の移動が可能な大型キャンピングカーが真の本拠地となっており、それを駐車する工場跡地が今月の本拠地となっている。

 

「けっ!? 何が誘導だよ! 俺達を必死に追いかけてきただけの癖によ!」

「まあ、お前は途中で転んだけどな」

 

 今、ネリマダイコンは未だ嘗て無い絶望感に包まれていた。

 昨日、実行したナイトメアフレーム強奪作戦は見事に成功。奪った6台の大型トラックの内、4台が本拠地へ到達。

 その戦果がキャンピングカー隣に堂々と鎮座している。まだブリタニア軍内部でも満足に行き届いていない完全新品最新型のナイトメアフレーム『ヴィンセント』が3機。

 しかも、その内の1機は指揮官用のカスタム機というおまけ付き。誰が搭乗する予定だったのか、パーソナルカラーが施されており、その色はオレンジ。

 過去、ナイトメアフレームを何度か奪った事はあるが、そのいずれもが第4世代ナイトメアフレーム『グラスゴー』であり、稼働を5年以上経過した中古品。

 現在、ブリタニア軍に普及して、一般機となっている第5世代ナイトメアフレーム『グロースター』と比べたら、力負けは無いが、速さで劣り、大抵はすぐに乗り捨てる結果となっていた。

 その点、『ヴィンセント』は第7世代。昨日は数で圧倒的され、撤退を余儀なくされたが、この3機の活躍があってこそ、撤退する時間を大幅に稼げたと言っても過言でない。

 それに加えて、大型トラックのコンテナにはヴィンセント用の各種兵装と整備パーツまで入っており、実に至れり尽くせり。

 ネリマダイコン結成以来、今までにない大戦果であり、大勝利である。ネリマダイコン本拠地にナイトメアフレームが3機以上列ぶのは初めてだった。

 ちなみに、本拠地へ到達した4台中の1台はナイトメアフレームが積まれておらず、別のモノが積まれていたのだが、これに関する説明は後程とする。

 

「うっせぇぞ! 吉田!

 俺があそこで転んだから、お前達は助かったんじゃねぇ~か!」

「玉城、さっきからうるさい! 少しは黙ってられないの!」

「う゛っ……。だ、だってよぉ~~……。」

 

 なら、この漂う絶望感は何が理由なのか。

 それは今朝から各放送局がひっきりなしに伝えているニュースにて、何度も映っている人が住めなくなったシンジュクゲットーとナカノゲットーの瓦礫の山と化した姿に原因があった。

 旧山手線西側とそこから伸びる旧東北本線を境として、東西をブリタニア人居住区と旧日本人居住区に分けて、租界とゲットーが明確に色分けされた理由は、日本が敗戦時にブリタニアと結んだ条約による結果である。

 ところが、ここ数年、移民に継ぐ移民によって、膨張し続ける租界の広がりが社会問題となっており、これに伴う地価高騰が要因となって、この条約を撤廃するべきだという動きがエリア11のみならず、ブリタニア本国でも活発化していた。

 詰まるところ、昨日の空爆すら用いた大規模で徹底的な破壊ともなれば、軍部だけの独断では到底できない。

 これに政庁が関わっているのは明らかであり、テロリスト壊滅作戦に託けたシンジュクゲットーとナカノゲットーに住み着いていた旧日本人達の追い出しに違いなかった。

 そして、ルールというモノは一度でも破られたら、あとは前例を盾にしたルール破りのドミノ倒しが続き、やがてはルールそのものが意味を成さなくなるのは世の常。

 恐らく、ブリタニアはシンジュクとナカノの租界化を始めるだろうし、これを手始めの一歩として、その範囲を西へ伸ばし始めるのは目に見えていた。

 即ち、ネリマダイコンはナイトメアフレーム強奪という戦術では大きな勝利を収めたが、大きな視野と将来で見た戦略では手痛すぎる敗北となったのである。

 

「ねえ、お店の方は大丈夫なの? 私も、貴方も休んじゃってさ?」

「確かに心配だが……。

 こんな時に行く気分じゃないからな。お前もそうだろ? 井上」

「それはそうだけど……。」

 

 その上、昨日の出来事から丸一日が経ったにも関わらず、ネリマダイコンのリーダー『紅月ナオト』が未帰還。連絡すら未だに無いのも、更なる絶望となっていた。

 レジスタンス組織は全国各地に大小様々あるが、紅月ナオトほどの若いリーダーが全国区で知られる者は他にいない。

 最も活動に厳しい首都圏で勢力を伸ばしてきた実績から、全国のレジスタンス側からは一目も、二目も置かれ、ブリタニア軍からは高額賞金首の扱いさえ受けている。

 彼は29歳、ブリタニアと日本の開戦時は三流大学の経済学部へ通う一学生でしかなかったが、この約10年でその才能を大きく開花させた。

 もし、ブリタニアと日本が戦争となっていなかったら、今頃は新進気鋭の若手社長として、経済界を賑わしていたのではと思わせるほどの才能があった。

 元々、10名も居なかった『練馬大根』の保護育成活動を行うだけだった小さな農業団体をレジスタンス組織化。

 『練馬大根』の復活を旗印にして、トウキョウ、サイタマ、ヨコハマに点在していたレジスタンス組織を次々と吸収。たった10年で西関東におけるレジスタンス最大勢力へ至る。

 ただ残念だったのは、彼の才能は組織の運営と拡大に長けていたが、武装勢力としての戦略眼、戦術眼に乏しく、それを補う人材にも欠けていた事だった。

 これは元日本軍が前身のレジスタンス組織『日本解放戦線』の本拠地が東関東の千葉にあり、嘗ての戦争を生き残った上士官以上の軍人達がこちらへと合流してしまったが為と言う理由が大きい。

 もし、ネリマダイコンと日本解放戦線が手を結び、お互いの交流を深めて、技術交換を行っていたら、関東に巨大なレジスタンス組織が出来上がり、日本復活の夢が夢で無くなる可能性もあった。

 しかし、紅月ナオトは若すぎ、日本解放戦線のリーダーである『片瀬少将』は老いすぎ、お互いのプライドが邪魔をして、頭を下げるのを良しとせず、2つの組織が交じり合う事は無かった。

 それでも、紅月ナオトが傑物であるのは変わりない。そのカリスマによる影響力は大きく、ネリマダイコン幹部は彼の未帰還をトップシークレットとして、その事実を一般レジスタンス員達へ伏せていた。

 

「はぁぁ~~~……。」

「杉山、どうだった?」

「難しいな……。紅月が居れば、一発だけど、俺だけだとな」

「……そうか」

 

 昨日の逃走劇にて、彼が最後尾の大型トラックを運転して、操作を誤り、旧都営大江戸線地下鉄線路跡へ消えたのは解っていた。

 その後を追い、逃走劇の途中から参加した女性ライダーが旧都営大江戸線地下鉄線路跡へ通じる地下鉄出入口跡へ消えたのも解っていた。

 だが、解っているのはそこまでだった。ネリマダイコンの一員だとばかり考えていた紅月ナオトのその後の鍵を握る女性ライダーは、その正体を実は誰一人として知らず、何処の誰だかが全く解らない状態。

 今、『紅月ナオト』の妹『紅月カレン』が旧都営大江戸線地下鉄線路跡の様子を単独で探りに行っているが、その結果はあまり期待できない。

 一週間も経てば、話は別だが、ブリタニア軍がまだ警戒して、巡回を行っているだろう事は容易く予想が出来た。恐らく、旧都営大江戸線地下鉄線路跡へ近づく事すら難しいに違いない。

 本来なら、捕まるリスクを考えて、行かせるべきでは無いのだが、ネリマダイコンの幹部に兄を想う妹の気持ちを止められる者は居なかった。

 

「カレン……。遅いわね」

「何、心配すんなって! その内に……。って、どうした? 扇」

 

 正直、ここまで帰還が遅くなると、考えられる可能性は3つしかない。

 まず最初はブリタニア軍に捕まったという可能性だが、その場合だとブリタニア軍が盛大にソレを公表しないのはおかしい。それだけの価値が紅月ナオトには有る。

 次の可能性としては、脱出は成功したが、何らかの理由で怪我を負ってしまい、それが原因で連絡が取れない状態にある。

 そして、最後は最悪の可能性。そこまで考えるが、すぐさま頭に浮かんだソレを慌てて打ち消すかの様に顔を左右に振る垂れ目なパーマの青年

 彼の名前は『扇カナメ』、紅月ナオトとは中学校からの親友であり、その縁によって、ネリマダイコンのNo2に収まっている男。

 日本とブリタニアが開戦する前は教師を目指していたせいか、高い教養を持ち、性格は温和で小さな集団なら高い指揮力を持っているが、紅月ナオトと比べたら、決断力と大胆さに欠けており、やはり凡人と言わざるを得ない。

 それは扇自身も自覚しており、日々成長して大きくなってゆくネリマダイコンの中で不安に揺れ、No2を誰かに譲りたい気持ちがあるのだが、それを言い出せないでいる。

 それでも、その人当たりの良さから、中間管理職としての組織内の和を保つ事は得意として、それなりに人望は持っている。

 しかし、組織のNo2であるからこそ、本来は考えなければならない今先ほど考えた最悪の可能性とその先にある問題。そこまで至れず、思考をストップさせてしまう辺りが彼の器としての限界だった。

 

「みんな、飯にしよう!

 腹が減ってるから、気が立ってくるし、気も滅入ってくる。それに腹が減っては戦が出来ぬとも言うしな」

 

 その結果、今朝から結論を先延ばしする事しか出来ず、扇は自分の不甲斐なさを染み入り感じながら、親友からの連絡を切実に待っていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「おい、鳴ってるぞ?」

 

 速報ニュースが読み上げ終わり、次のニュースへと移っても、茫然と席を立ちあがったままのナナリー。

 すぐ間もなくして、電話がかかってくるが、ナナリーはピクリとも動かず、C.Cの二度、三度の呼びかけも無視。TVを虚ろな目でぼんやりと眺めているだけ。

 

「ちっ……。」

 

 C.Cはピザの油が付いた指先を舐め、更にウエットテッシュで拭き取り、舌打ちして立ちあがる。

 但し、電話へ勝手に出たのを叱られたばかり。受話器を持ち上げるも応じず、ナナリーへ向けて無言のまま差し出すと、ようやくナナリーがのろのろと動き出して、受話器を手に取った。

 その間、耳へ受話器を当てずとも聞こえてきた叫び声から、電話の主は先ほどの娘『アリス』だろうと推測を立てながら、C.Cは溜息混じりにやれやれと席へ戻る。

 

「うん……。うん……。大丈夫、私は大丈夫だよ。

 だって、スザクさんがあんな事をするはずないから……。うん……。うん……。ありがとう。アリスちゃん」

 

 そして、ピザのサービスで付属してきた500ml缶のコーラを喉を鳴らして呷るC.C.

 喉をピリピリと焼く炭酸の刺激に細めた目でナナリーを盗み見るが、その言葉とは裏腹にちっとも大丈夫そうに見えない。

 一切の感情を削ぎ落としたら、こうなるのだろうかという無表情でありながら、見る角度によって、憤怒と悲哀が見え隠れしており、その声も平坦ではあるが、爆発寸前の静けさの様でもあった。

 C.Cは缶に隠した下でほくそ笑む。只の偶然か、ギアスを得た者の運命か、都合の良い展開となり始めているのは確かだった。

 この先、ナナリーは何度も傷つき、その度にギアスを幾度も使い、更なる先へと突き進んで行くに違いない。今、その二度と立ち止まる事を許されない茨の道の入口へ立ったナナリーをC.Cは祝福する。

 

「げぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~っ……。」

「な゛っ!? ……有り得ない! 有り得なさ過ぎる!

 いきなり何なんですか! ゲップするならするで、トイレにでも行ってして下さいよ! 汚い!」

 

 しかし、電話を切ったナナリーは、その祝福が気に入らなかったらしい。

 まずは目を白黒させて驚くと、次に表情を不快そうに顰めまくり、口元を右手で覆いながら上半身を反らして、一歩後退どころか、二歩、三歩と後退。

 

「調子を取り戻したじゃないか? 慰められて、元気が出たか? ……んっ!?」

「くっ……。」

 

 だが、C.Cは全く気にした素振りを見せないどころか、意地悪そうにニヤニヤと笑うだけ。

 その言葉が真実だけに何も言い返せず、ナナリーはC.Cを鋭くキッと睨み付けて、リビングを無言で出て行く。

 

「案外、打たれ弱いと言うか……。

 激情的なところがあるんだな。……んっ!? 美味いな。これ」

 

 リビングに1人残ったC.Cは溜息をやれやれとつくと、先ほどから実は興味津々だった刺身をナナリーが居ないのを良い事に素手で摘み食い、その味に舌鼓を打った。

 

 

 

 ******

 

 

 

「なあ、井上……。お前って、カレーしか作れないのか?」

「うるさい! 嫌なら食べないで良いのよ! 玉城!」

 

 カレーライス、それはインドで生まれ、日本で改良された神秘の魔法である。

 元日本人なら、それを嫌いという者は殆ど居らず、調理は凝りさえしなければ、簡単である上に大人数向き。立派なご馳走ともなって、誰もが笑顔となる。

 事実、ネリマダイコンの本拠地に作り置いたカレーの匂いが漂い始めると、誰もがウキウキ、ソワソワし始め、今は誰もが笑顔を自然と零していた。

 

『只今、ニュース速報が入りました。

 麻薬『リフレイン』の密売容疑で三宿駐屯基地所属の名誉ブリタニア人が逮捕された様です。

 名前は枢木スザク伍長。元日本最後の首相『枢木ゲンブ』の息子、枢木スザク伍長です。……と、ここで現場と中継が繋がった様です』

 

 しかし、このニュース速報が放送された途端、和気藹々としていた場が一瞬にして沈黙。空気が凍った。

 当然である。日本復活を志して、反ブリタニアを掲げるレジスタンスにとって、『枢木』の名はあまりにも特別すぎた。

 嘗て、日本と神聖ブリタニア帝国との間にあった約10年前の戦いは、その舞台となった日本のみならず、全世界の予想を裏切り、一方的すぎるモノだった。

 それほど、装甲車の機動力、戦車の装甲力、戦闘機の地形を選ばない対応力、その3つを兼ね備えて、状況と場所に合わせた兵装を選べるブリタニアの新兵器『ナイトメアフレーム』は驚異的なモノだった。

 正しく、戦争の歴史が塗り替えられた瞬間であり、それは例えるなら、1575年に起こった長篠の戦い。当時最強を誇った武田騎馬軍団が最新兵器『鉄砲』の前に成す術なく敗北した様に近かった。

 開戦より約1ヶ月が過ぎ、日本の領土の半分がブリタニア色に染まった時、内閣総理大臣『枢木ゲンブ』は決断を下す。

 このまま抵抗をし続けても、完全玉砕するのは明らか。そうなったら、国民、国土、天皇家に多大な被害が及び、日本は二度と立ち直れなくなる。

 それならば、降伏という屈辱を今は甘んじて受け、国力と戦力を温存。ブリタニアとの技術格差が埋まって、いつか訪れるであろう捲土重来に備えるべきだ、と。

 無論、軍部から強い反対があったが、枢木ゲンブは自身の一命を以て、これを説得する。古式作法に則り、見事な三文字の切腹を果たして、自身の一念を日本全国民へ訴えたのである。

 この様子は全世界にも発信され、日本の『ハラキリ』という文化を初めて知った世界中の度肝を抜き、その後に世界地図から日本が消えても、全世界の者達へ日本と言う存在を強く印象付けた。

 また、これに伴い、日本占領作戦における総司令官を務めていたナイト・オブ・ラウンズの第一席『ビスマルク・ヴァルトシュタイン』は枢木ゲンブを国士と讃えて、全軍の進軍停止を命じると、日本へ一週間の猶予を与えた。

 尚、この枢木ゲンブの声明へ対して、ブリタニア皇帝たるシャルルは以下の様な発言を残している。

 

『ふっはっはっはっはっ! 敗北は認めても、屈服はせんと言う事か!

 愉快! 痛快! 大ぉぉいに結構! 日本人よ、存分にぃぃ反逆せよ!

 その熱意が! 戦いが! 闘争が! 我が国をぉぉ、よりぃぃぃ強くさせる!

 そう、それこそが我が国の国是よぉぉ! オール・ハイル・ブリタああああああああああニア!

 遠慮はするな! 日本人だけではぁぁないぞ!

 勝てると思うなら、誰でも挑んでくるが良いぃぃ! 皇帝の椅子は最も強き者が座るべきなのだからな!』

 

 一週間後、日本は神聖ブリタニア帝国へ降伏。

 だが、枢木ゲンブの声明がシャルルへ好印象を与えた結果、既存の征服されたエリアでは当たり前となっていた無条件降伏ではなく、ささやかながらも日本側の要求を飲んだ条件付き降伏となった。

 前述にあったゲットーと租界の境界線も、そうした条件の内の1つであり、反ブリタニアを掲げるエリア11のレジスタンス組織の中には枢木ゲンブを神格化しているところも少なくはない。

 ちなみに、ネリマダイコンの大義はあくまで練馬大根の復活。枢木ゲンブの神格化は行っていないが、その影響力はやはり大きい。

 

「嘘だ!」

「ああ、有り得ない!」

 

 だからこそ、そのニュース速報が信じられなかった。誰もが思わず口をポカーンと開け放ち、食事の手を止める。

 一拍の間の後、それだけでは飽きたらず、2人の男が激昂して叫び、席を蹴って立ちあがる。

 1人は着ているフリーサイズのTシャツが胸も、肩も、腕もパンパンな引っ張られて、筋肉がモリモリなプロレスラーの様な坊主頭。

 名前は『マルガリータ・吉田』、荒事に向いていそうな外面とは裏腹に気がとても弱く、ネリマダイコンの庶務と経理、後方担当を務める元新宿二丁目出身のイイ男。

 1人は黒いジャケット、黒いスラックス、意味もなく第2ボタンまで外した白いシャツをどんな時も常に着ている長髪の二枚目。

 名前は『ケーン・杉山』、ネリマダイコン準構成員を増やす渉外役と支部、他組織との交渉役を務める元新宿のとあるホストクラブのNo1実績を2年連続で持つ男。

 余談だが、準構成員とは、実際のレジスタンス活動は行わないが、ネリマダイコンの大義に賛同して、資金提供や情報提供などを密かに行ってくれている協力者達の事である。

 

「じゃあさ、あのコンテナに積まれているのって……。やっぱり?」

 

 夕飯がカレーライスだけに各々の前に用意されたお冷や。

 荒ぶった感情を冷やす為、それを一口飲み、キャンピングカーの窓から見えるコンテナを指さすセミロングの女性。

 彼女の名前は『井上ナオミ』、ヨーロッパへ留学するが、ブリタニアとECが戦争状態となり、無念の帰国。25歳と若いながらもネリマダイコンの実質的No3であり、全ての部署で補佐的な役割を務める才媛。

 

「……だろうよ。

 どうせ、ニュースはお得意のでっちあげだろうが……。

 あれがゲットーに蒔かれていたらと思うと、胸くそが悪くなるぜ!」

 

 井上の問いかけにコンテナを憎々し気に一瞥して吐き捨てると、頬を膨らむほどにカレーライスを掻き込みまくる無精髭の髪を逆立てた男。

 彼の名前は『玉城シンイチロウ』、チンピラな風貌をしているが、実際に元チンピラ。アンダーグラウンドに顔が効き、ネリマダイコンの武器調達を担っている。

 

「しかし……。アレ、どうする?

 捨てるにしても、おいそれと捨てられないし……。持っているのはもっと問題があるしな」

 

 扇もまた食事の手を止めて、件のコンテナへ視線を向ける。

 そのコンテナこそ、ナイトメアフレームが積まれていなかった大型トラックの積み荷である。

 最初、その扉を開けた時、ナイトメアフレームが入っておらず、誰もがガッカリと落胆した。

 それでも、幾つもある木箱から歩兵用の火器弾薬が見つかり、これはこれで悪くないと皆で慰め合っていた時だった。扇が1つの木箱からソレを発見したのは。

 無針注射器用のアンプル。扇が何だろうと首を傾げて、ソレを思わず割ろうとした瞬間、玉城が目をギョッと見開き、怒鳴り止めた。

 玉城は勘と経験から、ソレが麻薬『リフレイン』だと即座に判断。ソレが何千、何万本と入っている木箱の蓋を釘で打ち付けて封印すると、その木箱だけをコンテナの中へ入れて、絶対に誰も触るなと厳命。今は常に誰かの目に届く位置へ置き、ヴィンセント以上の厳重管理が行われていた。

 

「……だな。

 その辺りも、紅月が帰ってきたら早く決めないとな」

 

 本心を明かしてしまえば、扱いに持て余している予想外の強奪物。

 南が扇の意見に頷き、結局のところ、ネリマダイコンのリーダー『紅月ナオト』の帰還に全ての問題が集約する結果となり、誰もが黙り込んでしまう。

 ちなみに、この6人と紅月ナオトの妹『紅月カレン』がネリマダイコンの幹部であり、いずれも1人1人の能力は高いのだが、リーダーである『紅月ナオト』1人に頼り切っている部分が大きくあった。

 そんな中、鳴り響く南の携帯電話。タイミングがタイミングだけに、誰もが思わず期待に南へ視線を集める。

 

「はい、南です!」

 

 南も期待に声を弾ませるが、返事は返ってこない。

 一呼吸、二呼吸、三呼吸、幾ら待っても無反応。南は携帯電話を耳から離して、そのディスプレイを確認するが、発信者のナンバーは非通知。

 その様子から朗報ではないと悟り、南以外の者達が落胆して、食事を再開しようと、それぞれが思い思いにスプーン、皿、コップを手に取ったその時だった。

 

「……って、何だよ。間違い電話かよ。

 いや、待てっ!? あんた、もしかして……。Xっ!? Xじゃないのかっ!? そうなんだろうっ!?」

 

 突如、南の頭に天啓が舞い降りた。

 南は切りかけて下ろした携帯電話を慌てて両手で持ち直すと、オンフック機能のボタンをオン。天啓に従って、電話の相手へ矢継ぎ早に正体を尋ねた。

 その瞬間、南以外の者達は息を飲んで動きを止め、顔を見合わせると、再び視線を南へと集める。

 

『……そうだ。

 週末毎、君の店のポストへ情報を提供していた者を『X』とするなら、私がその『X』だ』

 

 静寂がキャンピングカー内に満ちてゆき、点けっぱなしのテレビの音が何処か遠くの世界から聞こえてくる様な錯覚を覚える中、数拍の間を空けて、電話の向こう側で男が肯定する。

 目を見開ききった驚愕の表情を見合わせる6人。扇が人差し指を顔の前へ立て、井上が無言でテレビを指さす。それに応えて頷き、杉山がテレビのリモコンを手に取って、無音ボタンを押す。

 

「意外と若い声だな……。ぐへっ!?」

 

 そこまでお膳立てをされていながら、玉城はうっかりと私語を漏らす。

 すぐさま吉田がラリアットを放ち、そのままソファーへ袈裟固め。玉城は強制的に沈黙した。

 

「やはり! ずっと、ずっと貴方に礼が言いたかったんだ! ありがとう!」

『礼には及ばない。私は私の信念と私の目的の為にやっていただけに過ぎない』

「それでもだ! 貴方のおかげで随分と助かっている! 本当に感謝している!」

 

 そして、南は興奮しまくっていった。

 なにしろ、今まで感謝したくても、それが出来たかった相手からの電話である。

 例え、その相手が目の前に居らずとも、立ち上がり、頭を下げてしまうのは日本人の性か。南は何度も、何度も、頭を下げる。

 

『しかし、今回はイレギュラーが起きた。

 そこで君達の力を借りたい。今、ニュースは見ているか?』

 

 それに対する電話の男の声は何処までも平坦だった。

 だが、『しかし』と扇は考える。今まで正体を隠していたにも関わらず、声だけの一端とは言え、その正体を明かしてまで何故に連絡を取ってきたのか。それ相応の理由が有るはずだ、と。

 電話の男の言葉に釣られて、テレビへ視線を向けると、枢木スザクらしき少年が護送車へ押し入れられる場面が映っており、それを見た瞬間、まさかと言う考えが扇の頭を過ぎる。

 

「む、無理だ……。出来っこない!」

 

 扇が思わず席を蹴って立ちあがり、茫然とした表情で口をワナワナと震わせる。

 一体、何事かと皆が扇へ視線を集めていると、電話の男がまるでキャンピングカーの様子を何処かで見ているかの様に含み笑いを響かす。

 

『くっくっくっくっくっ……。どうやら、勘の良い奴が居るみたいだな。

 だが、それを行う前から諦めていては成せるものも成せん。そう、君達が願う日本復活と同じだよ』

 

 謎の男からの電話。それは扇がまかさと考え、すぐに不可能だと否定した『枢木スザク奪還作戦』の申し込みだった。

 

 

 

 ******

 

 

 

「ほぉ~~……。今はこんな玩具が売っているのか。面白いな」

 

 赤い蝶ネクタイを口へあてがいながら、その裏にあるダイヤルを興味深そうに回すC.C。

 その途端、C.Cの声が次々と変化。老人っぽい声、子供っぽい声、男性っぽい声、より高くなった女性っぽい声と何でもござれ。

 

「だが、どぉぉうする気だ?

 声を幾ら変えたところでぇぇ、お前の見た目ではぁぁ無理だろぉぉ?」

 

 やがて、とある男性の声を気に入り、C.Cは満足そうにウンウンと頷いて、敢えて巻き舌を用いて喋る。

 しかし、自室のクローゼット奥を四つん這いとなって漁っているナナリーにとって、その声はとても不快なものだった。

 それもその筈。その声はブリタニア国民なら誰もが知っている現ブリタニア皇帝の声であり、ナナリーの不倶戴天と言える声。

 

「その声、止めてくれる?」

「何ぁぁ故だ? もしや、この程度で動揺したとでもぉ~……。言うのか?

 だぁとするなら、お前に復讐など、無理ぃぃ、無駄ぁぁ、無茶ぁぁ、無謀ぉぉぉぉぉ!」

「くっ……。」

 

 心底、嫌そうな顔を振り向かすが、C.Cはニヤニヤと笑って、変声を止めようとしない。

 それどころか、更に興が乗ったらしく、ノリノリに叫んでの物まねを披露。ナナリーは下唇を噛み締めて、C.Cの見えないところで右拳をギュッと握って作り、怒りを懸命に我慢する。

 本音を言えば、今すぐC.Cへ駆け寄り、うっかり与えてしまった赤い蝶ネクタイを強奪してやりたいところだが、それは悪手と考えた。

 その選択肢を選んだが最後、C.Cは今後も何かと事ある毎に同様の事を行い、自分をからかってくるに違いない。まだ数時間の短い付き合いではあるが、その数時間で見たC.Cの性格から、そう結論付けた。

 果たして、それは正解だった。ナナリーが相手をしてくれないと見るや否や、C.Cは赤い蝶ネクタイをつまらなそうに投げ捨てて、その手元を覗こうとナナリーの背後へやって来る。

 

「……で、お前はさっきから何を探しているんだ?」

「フフっ……。コレを今年のハロウィンに使おうかと拾っておいて本当に良かった」

 

 ナナリーがクローゼットの奥から取り出したのは『愛媛のいよかん』と書かれた段ボール2箱。

 その箱の中からまず取り出したのは、スポーツ用のファールカップ。

 本来は男性のアレを守る為の代物だが、それを股間に装着。この上にツータックの黒いスラックスを履けば、股間は自然にもっこり。

 次に箱の中から取り出したのは、やたらバックルの装飾が派手なベルト。

 その派手さにどうしても目がバックルへ行き、ベルト自体が幅広で厚いのも加えて、女性特有の腰の細さをある程度は誤魔化せる優れもの。

 更に箱の中から取り出したのは、手首までを完全に覆う革製のぴっちりとした黒いグローブ。

 これさえ着ければ、女性特有のほっそりとした指先は瞬く間に消えてしまい、男らしさを逆に感じさせるワイルドな逸品。

 続いて、箱の中から取り出したのは、バイク用のプロテクター。

 肩、胸部、膝と装着すれば、気分はすっかり特殊部隊兵。モデルガンを片手に街を歩けば、警察官からきっと職務質問をされるだろうデンジャラスな装備。

 最後に箱の中から取り出したのは、何とも形容し難いデザインの黒いフルフェイスマスク。

 この極めつけのマスクを被り、剣術の師から賜った日本刀を左腰に差して、クローゼットに吊してある襟高の黒いマントを羽織れば、上から下まで黒づくめの怪しい男が堂々完成。

 ナナリーは振り返って、両手を腰に突きながら C.Cへどうだと言うわんばかりに胸を張る。

 

「確かに……。それなら、お前と解らないな」

「でしょ! でしょ!」

 

 さすがのC.Cも、これにはビックリ仰天。茫然と目をパチパチと瞬きさせる。

 半ば呆れながらも、こんな物を用意していた周到さを素直に感心して、小さく拍手。

 その反応に気を良くしたのか、ナナリーはマスクの中で満面の笑顔を浮かべると、ベットへ跳び乗った。

 そして、右手を勢い良く振り上げて、マントをバサリと翻し、続けざまに左手を勢い良く振り上げて、再びマントをバサリと翻して高笑い。

 ちなみに、その声は赤い蝶ネクタイと同じ変声機をマスクの中に仕込んでいるらしく、男性の声であり、何と言う運命の悪戯か、ナナリーも、C.Cもこの時点では知る由も無かったが、その声色は成長したルルーシュの声にそっくりだった。

 

「フッハッハッハッハッ! 我が名はゼロ!

 混沌より生まれし、漆黒の魔王!

 弱き者よ! 我を讃えよ! 強き者よ! 我を恐れよ!

 我が名はゼロ! 悪を断つ剣なり! ……フッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 

 挙げ句の果て、日本刀を抜き放ち、上段、中段、下段と連続に振り、最後に血振るいの動作を行って、日本刀を納刀すると、内なる高揚感を爆発させて更なる高笑い。

 しかし、期待の眼差しをC.Cへ向けるが、C.Cは目を大きく見開いたまま、固まって無反応。その反応の薄さを怪訝に思い、ナナリーが高笑いを緩めてゆき、それが完全に途絶えたその時だった。

 

「お前……。馬鹿だろ?」

「な゛っ!?」

 

 C.Cが強烈な一撃を放つ。先ほどは半ば感心する気持ちもあったが、今度は完璧な100%で呆れていた。

 その半眼となった白い眼差しを受けて、ナナリーが胸を右手で押さえながら仰け反る。

 しかも、C.Cはこれ見よがしに深々と溜息をついたかと思ったら、何か微笑ましいモノを見守る様なとても良い笑顔を浮かべて、更なる追い打ちを容赦無く放った。

 

「……と言うか、やっぱりマリアンヌの娘だな。

 あいつも若い頃は鏡の前で似た様な事を良くやっていたよ。自分自身で『閃光』とか言ってな」

「ぐはっ!?」

 

 それはナナリーにとって、致命傷となる一撃だった。

 よりにもよって、憎悪を抱いている母親と似ていると告げられ、ナナリーはもう立っていられなかった。

 

「……で、お前は『漆黒の魔王』か。まあ、あいつの『閃光』よりは強そうだな」

「や、止めてぇぇ~~~っ!? 

 も、もう止めてっ!? わ、私が悪かったからっ!? お、お願いだから、忘れてぇぇ~~~っ!?」

 

 だが、C.Cの容赦無い攻撃はまだまだ続き、ナナリーはベットの上を右へ、左へと転がり、のたうち回り、最後は布団を頭から被って泣いた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。