コードギアス ナイトメア   作:やまみち

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第二章 第04話 就任式 - 前 -

 

「ふっ……。」

 

 どんな運命の悪戯か、ルルーシュはもしやと考えながらも、その渡された服に袖を通して、姿見に写った自分の姿に思わず口の端をニヤリと吊り上げた。

 何故ならば、多少の違いは装飾の細部に有るが、その服はルルーシュが『悪逆皇帝』を演じる為に着ていた服そのものだった。

 但し、『悪逆皇帝』のモノはホワイトをメインとしていたが、こちらはサテンブラックをメインとしており、こちらの方がよっぽど『悪逆皇帝』らしいと言える代物。

 だが、それは詰まるところ、悪役っぽく見えるという事であり、こんな格好で良いのだろうかと隣へ視線を向けてみれば、どうやら好評らしい。

 

「良くお似合いですよ」

「……格好良い」

 

 使用人の老人はニコニコと笑い、アーニャは目をパチパチと瞬きさせて見惚れていた。

 褒められて悪い気はしない。ルルーシュは『そうか』と呟いて頷き、右肘を左手で持ちながら、広げた右の人差し指と親指を顎へ置いてのポージング。

 元々、黒はルルーシュの好きな色。次第に満更でもなくなり始め、『ミステリアスさを演出する為に眼帯が欲しいな』と悪い病気が鎌首をもたげる。

 ちなみに、この衣装が今後はルルーシュの公式の場における衣装となり、黒はルルーシュを象徴する色として、敵味方を問わず広く認知される様になってゆく。

 

「ところで、この服はどちらが?」

「マリアンヌ様に御座います」

「母上が?」

 

 当然、気になってくるのが、この衣装を選んだ人物。

 ルルーシュが老人とアーニャへ視線を交互に向けて尋ねると、老人から返ってきた答えは第三の人物。思わず背後を振り返る。

 

「き、気に入って貰えたかしら?」

「ええ、まあ……。」

 

 目は見えなくとも、ルルーシュ達の様子を嬉しそうに微笑みながら見守っていたマリアンヌ。

 向けられたルルーシュの意識に気付き、期待しながらも怖ず怖ずと尋ねるが、素っ気ない返事をルルーシュに返され、たちまち表情を曇らせて悲しそうにシュンと項垂れる。

 ルルーシュが覚醒して、既に一週間と1日が経過していたが、ルルーシュとマリアンヌの親子関係は未だとても寒いものだった。

 食事は一緒に摂っているが、その食卓に会話は無い。廊下で擦れ違ってもお互いに無言。せいぜい交わすのは朝の挨拶くらいのみ。

 アーニャと使用人の老夫婦が間に立ち、2人の関係を何とか良い方向へ向かわせようと努力を行ってはいたが、その全てが徒労に終わっていた。

 なにしろ、ルルーシュは自分とナナリーを含める数多の老若男女に行った倫理から1歩どころか、10歩以上も外れたマリアンヌの非道の数々を全て知っている。

 それ故、気を絶対に許してはならない相手として、ルルーシュは警戒しており、その警戒度はシャルルやV.V、シュナイゼルを遙かに凌ぐほど。

 ところが、この世界のマリアンヌは目と足に障害を負って、常に車椅子生活をしており、それはルルーシュが知るナナリーの姿をどうしても彷彿させた。

 その上、ご覧の通り、あのCの世界で再会したマリアンヌとはまるで別人。大人しく控えめであり、これがまたナナリーの姿を彷彿させてしまい、ルルーシュはマリアンヌへ対する態度を微妙にさせていた。

 

「ルルーシュ様、帽子」

「ああ……。済まないな」

 

 気まずい沈黙が漂い、息苦しさを感じる雰囲気が広がりかけるが、すかさずアーニャが両手に持っている帽子をルルーシュへ差し出す。

 ルルーシュが振り向き戻って、空気が一新。老人は胸をホッと撫で下ろして、姿見の鏡越しにマリアンヌの様子を盗み見るが、マリアンヌは悲しそうに項垂れたまま。

 その様子に心を痛め、老人は溜息をこっそりとつく。何故、ルルーシュはマリアンヌだけに冷たいのだろうか、そう考えるも、すぐに過ぎた事だと考えるのを止める。

 

「では、征くか! 最初の我が戦場へと!」

「はい!」

 

 一方、ルルーシュは帽子を被り終えると、既に気持ちを切り替えていた。

 不敵にニヤリと笑い、マントを芝居じみた仕草でバサリと翻して、アーニャを付き従わせながら颯爽と歩き出した。

 

 

 

 ******

 

 

 

「やれやれ……。

 このエリアへ来て、随分と経つと言うのにこの暑さは慣れないな」

 

 神聖ブリタニア帝国の一地方として、エリア22と名を変えたエジプトのカイロ。

 東と西を繋げるスエズ運河を守る要所として、地中海侵攻の要となるアレキサンドリアを守る要所として、ここは中東を制したブリタニアの前線軍事拠点となっていた。

 その中東の全部隊を纏めて、エリア22総督とEU東南戦線司令官を兼任するのが、『魔女』の二つ名で知られるブリタニア第2皇女『コーネリア・リ・ブリタニア』であった。

 今はお昼を過ぎて、午後3時前。ようやく暑さが衰え始めているが、まだまだ十分に暑い。換気を促す巨大なプロペラが天井でゆっくりと回っているが、気休めにもなっていない。

 書類が積み上げられた総督の執務机に座り、コーネリアはボールペンを置いて、裁可を一休み。軍服の襟と第一ボタンを外して、胸元を引っ張り開け、そこへ涼を少しでも取ろうと右手を団扇代わりに風を送り込む。

 

「姫様、はしたのう御座いますぞ。

 皇族たる者、その立ち振る舞いは下々の模範とならねばいけませぬ」

 

 そのだらしない姿を諫めて、顔を左右にやれやれと振る男性。

 執務机前のソファーセットに腕を組んで座る彼の名前は『アンドレアス・ダールトン』、右額から左頬へ走る傷痕が特徴的な今年で50歳を迎える歴戦の猛者。

 コーネリアが軍属となった時から補佐兼教育係を務めているコーネリアの腹心中の腹心であり、コーネリア不在の時は代理権限を持つ将軍である。

 

「ほーーー……。なら、将軍は良いというのか?」

 

 だが、その歴戦の猛者もカイロの暑さの前に白旗を振るしかなかった。

 上着とシャツを脱ぎ、50歳とは思えない鍛え抜かれた上半身を晒して、下はズボンを膝まで巻き上げ、裸足の足を水の張ったタライに付けている有り様。

 当然、その理不尽さに苛立ち、コーネリアが眉をピクピクと跳ねさせながらダールトンへ白い目を向ける。

 

「将軍たる者、兵の気持ちを理解せねばなりません。

 なら、将軍の私が率先して、この様にしていれば、兵達も気兼ねなく涼をこうやって取り、任務に励めるというものです」

「だったら、皇族も下々の為にそうするべきではないのか?」

「然り……。ですが、姫様のソレは中途半端でだらしないだけ。

 しかし、私のコレは堂々としており、いっそ痛快です。

 何でしたら、姫様も我慢なさらず、服をお脱ぎになったらどうです? それこそ、兵の士気は上がりますぞ?」

 

 しかし、ダールトンは歴戦の猛者。屁理屈も達者だった。

 さすがに足を水に付けているのはやり過ぎとしても、ダールトンの言葉は概ね正しく、コーネリアはもう言い返せない。

 この地がブリタニアの版図に加わって、既に約4年が経過。コーネリアがエリア総督として着任してから、約1年が経過しているが、一時は半分を失いながらも巻き返しに成功している中東北部戦線と比べて、アフリカ北部戦線は一進一退を繰り返すばかりで4年前から前線が膠着状態に陥っていた。

 その理由は多々あれども、この暑さこそが最たる原因であり、兵士達の著しい士気低下を招いて、アフリカ北部戦線の深刻な問題となっていた。

 名誉ブリタニア人によって、その殆どを占める下士官以下の兵士達に問題は無い。後方から送られてくる者も居るが、大半はこの暑さで育った現地人の志願兵故に弱音を吐く事は無い。

 問題は上士官以上、ブリタニア本国北部出身地の者にあった。彼等は暑さに対する耐性を持っておらず、この地へ着任した当初は気力が充実しており、それで耐えていたが、1ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、1年が過ぎてゆくと完全にバテ始めた。

 それどころか、この毎日の暑さに嫌気がさして、ホームシックにかかっている者が少なからず居るとの報告が医療班よりコーネリアの元へ届いていた。

 だが、エリア22より西のアフリカ北部と地中海はEUの勢力圏内。本国へ帰国するとなったら、アラビア海、インド洋、太平洋を経由する長旅となる。

 しかも、インド洋は停戦協定を結んでいる中華連邦との取り決めで航空機の使用は禁じられており、移動手段は船舶のみ。ここを通過するだけで日数が随分とかかる。

 それ故、リフレッシュの為、帰国休暇を交代で取るという手段は使えず、頭を悩ませたダールトンが考え出した打開策は、厳しい事で有名なコーネリア麾下の規律を少し緩める事だった。

 即ち、暑かったら脱げという極めて単純なもの。この案を初めて提示された時、コーネリアは効果が有るのかと疑ったが、これが意外なほど効果を発揮する。

 何故ならば、コーネリアは女性。この案が有ろうと、無かろうと、そう簡単に人前で服を脱げる筈もなく、最初から対象外。軍服を必然的に着たまま。

 もっとも、それでは部下達が遠慮して脱げないのだが、コーネリアの腹心中の腹心であるダールトンがソレを率先して実践しているなら話は別となる。

 そして、コーネリアの部下達はこう思うのである。トップのコーネリアが軍服を着たまま頑張っているのだから、裸の俺達が弱音を吐いて良い筈が無い、と。

 

「くっ……。ギルフォードはまだか! 私のアイスはどうなっている!」

 

 只でさえ、暑さに苛立っているところに屁理屈で苛立ちを重ねられ、激昂して机を右拳で叩くコーネリア。

 その言葉の中にある『ギルフォード』とは、コーネリアの専属騎士にして、親衛隊隊長も兼任する『ギルバート・G・P・ギルフォード』の事であり、長い髪を後ろで束ねた眼鏡のイケメン。

 年齢はコーネリアと同い年の29歳。最初はコーネリアの遊び相手から始まった付き合いも既に20年。コーネリアが行く先へ常に付き従い、それだけにコーネリアが向ける信頼は厚く、部下達からも慕われており、コーネリア麾下のNo3と言える存在。

 但し、皇族のコーネリアと年長のダールトンの前では悲しき『パシリ』となる事が多々あり、今もコーネリアとダールトンの為にアイスクリームの買い出し中。

 

「そう言えば、遅いですな。

 ……っと、姫様、そろそろ時間ですぞ?」

「おお、そうだったな」

 

 そんなコーネリアを宥めながら、ダールトンは壁の掛け時計へ視線を向けると、ソファーに掛けてあったシャツと上着を手に取り、それを急いで着始めた。

 その様子にダールトンの言葉先を悟り、コーネリアは席を立ちあがって、乱れた襟元を正し整えた後、机の上に置かれたリモコンのスイッチを押して、テレビの電源を点ける。

 

『神聖にして、不可侵。遍く大地の支配者。

 神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア様、御入来!』

 

 まず映ったのは、帝都ペンドラゴンの青空にはためく神聖ブリタニア帝国の国旗。

 その映像がアナウンスと共に切り替わり、一度見たら忘れられない髪型の男が玉座脇の舞台袖から現れ、玉座へと歩いてゆく姿が映される。

 TV越しとは言えども、皇帝を前にして、だらしない姿でいる訳にもいかず、ダールトンは捲っていたズボンを下げて、靴を履き、大慌てで身だしなみを整えてゆく。

 

「しかし、何でしょうな?」

「いきなり本国から通知が来たと思ったら、『全てのブリタニア国民は必ず視聴せよ』との事だからな。

 しかも、この謁見の間を見ろ。本国内の貴族全員に召集がかかっているに違いない。よっぽど重要な発表なんだろうな」

 

 シャルルが玉座へ座り、カメラのアングルが引かれると、コーネリアは目を見開いて驚いた。

 謁見の間に集っている貴族の数が尋常でない。玉座のある舞台と玉座へ伸びる謁見の間の中央に敷かれた赤絨毯以外は人がびっしりと埋め尽くしており、隙間が全く見えない。

 皇族であるコーネリアもこの場へ列席した経験が何度もあるが、これだけの大人数が謁見の間に集っているところを未だ嘗て見た事が無かった。

 

『続きまして……。

 第17皇位継承者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様、御入来!』

「えっ!? ……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~っ!?」

 

 しかし、それを遙かに超える驚きがコーネリアを襲う。

 コーネリアは我が耳を疑って、驚きのあまり茫然と目が点。口をポカーンと開ききっての間抜け顔。

 一拍の間の後、扉が重い音を立てて開き、黒ずくめの少年が映し出され、コーネリアが開ききっていた口から驚愕を叫び、TVへ一歩でも近づこうと机を両掌で叩きながら身を乗り出したその時だった。

 

「姫様、お待たせしました!  買ってきました!

 姫様の好きなチョコミントで御座います! さあ、さあ! どうぞ!」

 

 気温36度の炎天下の中でも、我らが姫様の為ならとアイスクリームの買い出しからギルフォードが帰還。

 ダールトンとは違い、コーネリア同様に軍服を着用しているにも関わらず、よほど急いで走ってきたのだろう。この暑さの中、コーネリアへ差し出されたアイスクリームの箱にはまだ霜が付いていた。

 その代償として、トレードマークのオールバックヘアーは乱れて、全身は汗まみれ、見るのも暑苦しいほどに汗を額から滴らせている。

 

「うるさい! 黙っていろ! それと前に立つな!」

「痛っ!? ひ、姫様、何をっ!?」

 

 それは実に麗しき忠誠心であったが、今だけはタイミングが最悪だった。

 コーネリアは忠誠の証を受け取ると、返す刀で思いっ切り投げ付け、ギルフォードは理不尽な仕打ちを受けて涙目となるしかなかった。

 

 

 

 ******

 

 

 

「おおおおおおおおおおっ!?

 ルルーシュ様! ルルーシュ様! ルルーシュ様ああああああああああ!」

 

 エリア11は夜の10時を過ぎたところ。周囲のビル群が闇に包まれている中、市ヶ谷即応軍司令部基地だけは昼間の如く明るかった。

 その理由は現在放送中の玉音放送を皆で拝聴しようという忠誠心の溢れる有り難い指示が基地司令代理から有った為である。

 おかげで、勤務シフト外の者達は残業、休出を半ば強制されて、自分のアンラッキーさに嘆きながら特設されたグランドの巨大スクリーン前に集い、これを拝聴中だった。

 

「このジェレミア・ゴットバルト! この日を! この日を!

 たたひたすらにお待ち申し上げていましたあああああああああああああああ!」

 

 ところが、この企画の発案者たる基地司令代理のジェレミアはスクリーンに黒ずくめの少年が現れた途端、発狂したかの様に吠えまくり。

 プロジェクターが投影する光の前に立ち、巨大な土下座の影絵をスクリーンに何度も何度も作り、今は号泣していた。

 一週間前の着任以来、規律にとても厳しい基地司令代理のこの狂乱ぶりに集った者達は茫然と目が点。つい直前まで、私語をしようものなら、その場で腕立て伏せを命じていただけに。

 

「一体、どうしたと言うんだ? ジェレミアの奴は?」

 

 キューエルもまたその1人だった。ジェレミアとは士官学校以来の長い付き合いだが、ここまで取り乱すジェレミアを一度も見た事が無かった。

 余談だが、8日前にあった『ブラック騒動』と呼ばれるパレードにて、失態を犯したキューエルが受けた罰は、3階級降格という非常に厳しいものだった。

 その上、左遷先として、EU戦線最前線のナイトメアフレーム小隊隊長の人事も決まっていたが、これに待ったをかけたのが市ヶ谷即応軍司令部基地の新たな基地司令代理に着任したジェレミアであった。

 ジェレミアは総督のクロヴィスへキューエルの有能さを懇々と説き、1階級降格と1年間の50%減棒。その処罰に止めて、キューエルを現職のまま市ヶ谷即応軍司令部ナイトメアフレーム隊隊長に据え置く事に成功した。

 もちろん、キューエルはジェレミアへ泣いて感謝したが、その一方で厳しい減棒処分となった為、今までの様な頻度でナナリーの元へ通えなくなり、とても辛い思いをしていた。

 今日の夕方も『わんだぁ~らんど』の前までは訪ねるが、入店はせずに外の物陰から小一時間ほどナナリーの姿を見守っている最中、巡回中の警察官から職務質問を受けて慌てて逃げていた。

 

「……解りません。

 ですが、ジェレミア卿がここまで取り乱す理由は1つしか無いかと」

 

 ヴィレッタも困惑していたが、さすがは出世欲が強いだけあって、情報収集を欠かしておらず、ジェレミアの豹変ぶりの原因にすぐ気付いた。

 ちなみに、ヴィレッタもキューエル同様に『ブラック騒動』と関連して窮地に陥り、ジェレミアによって救われた1人である。

 あの騒動の直後、市ヶ谷即応軍司令部基地へ帰還したヴィレッタを待っていたのは、麻薬『リフレイン』の取引関与疑惑による逮捕拘禁だった。

 そう、生け贄であるスザクを逃してしまった失態により、パレードの3日前にあったナイトメアフレーム強奪事件。その際に取引を持ち掛けてきた三宿駐屯基地司令『クラーク・バーゼル』中将に切り捨てられたのである。

 無論、ヴィレッタは無実を訴えたが、バーゼル中将の子飼いで固められた拘留所は誰もヴィレッタの話をまともに取り合わず、頼りになる筈の上司のキューエルは失脚中。もう絶望しかなかった。

 そんなヴィレッタの前に現れたのが、軍のデーターベースに登録された住所に居らず、無断欠勤をしているキューエルの居場所に心当たりは無いかと尋ねにきたジェレミアであった。

 ヴィレッタの訴えを聞き、ジェレミアは義憤に駆られると、市ヶ谷即応軍基地司令代理の権限を余すところ無く発揮。総督のクロヴィスを説き伏せて、三宿駐屯基地司令『クラーク・バーゼル』中将を即日で逮捕。

 その後、不正を防ぐ為、ジェレミアは直々に取り調べを立ち会い、バーゼル中将から麻薬『リフレイン』の取引に関する自供を3日というスピードでもぎ取り、ヴィレッタの釈放に成功していた。

 また、この事件はここでジェレミアの手を離れ、司法の手に委ねられる事となるのだが、知る者が少ない後日談が存在する。

 この軍の将官クラスが麻薬『リフレイン』に関わった事件は大きく取り沙汰され、本国の警察が動く事となり、バーゼル中将は約1ヶ月後に本国へと移送される。

 しかし、その移送途中、バーゼル中将は乗った飛行機内で謎の突然死を遂げてしまい、事件の真相は闇へ葬られてしまう。

 

「ヴィ・ブリタニア……。

 そうか! マリアンヌ皇妃の皇子か! あの御方は!」

 

 キューエルもヴィレッタのヒントにようやく解答を得る。

 なにしろ、ジェレミアの皇族へ対する忠誠心、特に『ヴィ』家へ対する忠誠心は軍内外を問わずに有名な話。

 例えば、こんな話がある。欧州におけるブリタニアの版図が今より広かった3年ほど前、EU戦線に派遣されてたジェレミアはナイトメアフレーム大隊を率いて、目覚ましい戦果を挙げていた。

 その恩賞を授ける為、欧州の統治者たるユーロブリタニア大公がジェレミアを招いての祝賀会を開いた際、その人柄に惚れて、是非とも直属の部下になってくれないかと申し込んだが、ジェレミアはこれを即決で断っている。

 

『大公様の御言葉、身に余る光栄に御座います。

 されど、私などは単なる無骨者。何処にでも転がっている只の1本の剣に御座います。

 ただ、どんな無銘の剣とて、生まれた時から対となる鞘が有ります。

 そして、大公様が幾ら金銀を積まれましても、その鞘を私が譲る事は絶対に有りませぬ。それとも、大公様は剣だけをお望みですかな?』

 

 その時の断り文句がこれである。下手したら不敬罪になりかねない言葉だったが、ユーロブリタニア大公はジェレミアの忠誠心にいたく感激して、『お前という名剣には劣るが、これもなかなかの名剣だ。褒美に与えよう』と言って、その時に帯剣していた剣をジェレミアへ下賜している。

 この話に加えて、まだあまり知られていない話だが、皇帝直属のナイト・オブ・ラウンズの加入も断っている事実を考えると、ジェレミアのマリアンヌへ対する忠誠心はマックスを振り切っていると言っても過言では無い。

 それだけに今のジェレミアの前でマリアンヌの名前を出してしまうのは禁句。その狂喜乱舞の炎に油を注ぐ様なものであり、キューエルの大失敗だった。

 

「おお! キューエルよ! 解ってくれるか!

 我らの皇子が遂に目をお醒ましになられたのだ! これほど嬉しい事は無い! そうだろ!」

「……そ、そうだな」

 

 案の定、マリアンヌの名前が挙がった途端、ジェレミアは目を輝かせながらキューエルの元へ駆け寄り、その肩を掴んで揺すりまくり。

 キューエルは首を横へ振れなかった。ジェレミアに恩が有る手前、仕方なしに頷くが、『我らの』と言われて困り果てる。

 なにせ、マリアンヌは表舞台から既に退場して久しく、顔をぼんやりと憶えている程度。今、スクリーンに映っている黒ずくめの少年に至っては完全な初見。

 だが、キューエルが頷いてしまったが為、ジェレミアは新たな同志を得たと言わんばかりに更なるヒートアップ。恐ろしいほどの無茶を言い放つ。

 

「ヴィレッタ、酒だ! 酒を用意しろ!」

「は、はぁっ!? な、何を仰っているのですか!」

「鈍い奴だな! 祝い酒だ! 祝い酒!

 ルルーシュ殿下のお目覚めを祝って、今夜は宴だ! 振舞酒だ! 無礼講だ! 今日は皆で飲み明かすぞ!」

 

 ヴィレッタはビックリ仰天。我が耳を疑って聞き返すが、それは聞き間違いでは無かった。

 キューエル同様に恩がある手前、ヴィレッタが何も言い返せずにいると、ジェレミアは背後を振り返り、グラウンドに居並ぶ兵士達へ向かって、声高らかに宴会の開催宣言。

 

「オール・ハイル・ブリタニア! オール・ハイル・ルルーシュ!

 ……って、どうした? さあ、皆も続け!

 オール・ハイル・ブリタニア! オール・ハイル・ルルーシュ!」 

 

 そして、市ヶ谷の街に木霊するルルーシュを讃える声。

 最初は戸惑っていた兵士達もどうやらタダ酒が飲めるらしいぞと次第に盛り上がり始め、ジェレミアのかけ声に合わせて唱和する。

 残業、休出を強いられて、だだ下がりだった兵士達のテンションは急上昇。ここがビジネス街でなかったら確実に苦情が来るほどに盛り上がってゆく。

 

「駄目だ。もう俺には止められん……。

 ヴィレッタ、クロヴィス殿下へ連絡を頼む。私はバトレー将軍へ連絡する」

「はい……。その方が良さそうですね」

 

 そのお祭り騒ぎに顔を青ざめさせながら立ち眩みを覚えるキューエル。

 ヴィレッタも同様だった。2人はふらつく足取りで基地の司令部へと急ぎ駆ける。このアホなお祭り騒ぎを一刻も早く止める為に。

 当然である。キューエルとヴィレッタはもう後が無い。先日の失態に続き、ここで問題を連続で起こしたら、降格、左遷どころか、懲戒免職による除隊の可能性すらも十分に有り得る。

 神聖ブリタニア帝国において、徴兵は行われていないが、春と秋に募集があり、その際はブリタニア人、名誉ブリタニア人を問わず、志願する者達は後を絶たない。

 何故ならば、ブリタニアは建国以来、富国強兵の政策を継続している為、入隊直後の二等兵でさえ、給与面においても、福利厚生面においても、一般職より遙かに優れていた。

 その上、出世して、階級の枠が変われば、生活は一変するほどの給金が貰え、名誉ブリタニア人は3年間以上の従軍経験を以て、戸籍から『名誉』の冠が消え、家族の本国移住が可能となる。

 また、軍人は世間から一目が置かれており、退役した後も従軍経験年数に応じて、あらゆる信用審査が一般に比べて優遇されている。

 その反面、契約満了による退役や傷病による除隊以外の理由で軍を辞めた、辞めさせられた者へ対する世間の風当たりはとても冷たい。

 それこそ、『非国民』呼ばわりされ、社会的地位は名誉ブリタニア人の下のエリア民扱い。このエリア11で例えるならイレブン扱いとなり、そこから這い上がるのは困難を極める。

 

「オール・ハイル・ブリタニア! オール・ハイル・ルルーシュ!」

 

 そんな2人の切羽詰まった気持ちに気付かず、ジェレミアは夜空に喜びの咆吼を轟かせ続けた。

 

 

 


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