コードギアス ナイトメア   作:やまみち

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第三章 第01話 勇侠青春謳

 

 

 

『私の名前は枢木スザク。今はエリア11と呼ばれている嘗ての日本最後の総理大臣『枢木ゲンブ』の息子です』

 

 エリア11にて、放送権を持つHiTV。

 その日、TV局の夕刊とも言える6時のニュース番組が始まると、まず最初に挨拶と共に映る筈の馴染みのキャスターは居らず、画面一杯の完全な黒が映った。

 その上、そのままの状態で無音が十数秒ほど続き、番組の大半の視聴者である夕飯を作っている最中だった主婦達は思わず手を止めて振り返り、こう考えた。TVの故障だろうか、と。

 ところが、故障の確認にチャンネルを試しに変えてみようと、リモコンへ手を伸ばしかけた瞬間、メタルハイドランプ特有の点灯音が3連続で鳴り響き、スポットライトを3方向から浴びて、一人の少年が姿を現した。

 彼の名前は『枢木スザク』、自己紹介をせずとも、今やエリア11に住む者達なら誰もが知っている有名人だった。

 

『皆さん、憶えているでしょうか?

 父が過激派の極右と呼ばれ、ブリタニアとの徹底抗戦を常日頃から訴えていたのを……。

 その父が半分は占領されたとは言え、まだ十分に戦えた筈にも関わらず、降伏という屈辱を選んだのは何故か!

 そうです! 完全な0となるよりは、たったの1でも良い! 日本という国を、心を、証を、次の世代へ残したかったからです!』

 

 エリア11総督府による箝口令発令によって、約2週間前に起きた『ブラック騒動』と呼ばれる事件は公で語る事を固く禁じられた。

 その成果は次第に表れ、ブリタニア外のインターネットでは未だ盛り上がりを見せていたが、当のエリア11に住む一般市民達は『ブラック騒動』の記憶をゆっくりと埋没させてゆき、今週は今週で別の話題に盛り上がりをみせていた。

 しかし、自分達が住むエリアで起こった事件である。当然、興味はあったが、その後に関する話題が一切提供されないのだから、一般人は成す術が無かった。

 

『だから、私は名誉ブリタニア人となり、ブリタニア軍へ入隊しました。

 例え、裏切り者と誹られようが背後を振り返るよりは前へ進んでゆく事こそ、父が残してくれたモノをより多く次の世代へ受け継げると考えたからです。

 皆さんもご存じの通り、ブリタニアの国是は弱肉強食。

 なら、強くなれば良い。強さを証明して、上を目指せば良い。

 そう、今は辛くても、10年後、20年後、30年後……。ブリタニアの中から新しい形の日本を作れば良いと決意しました。幸いにして、志を共に出来る仲間も存在しました』

 

 その様な隠れた世論がある中、このスザクによる告発が何の予告もなく放送され、チャンネルを『HiTV』にたまたま運良く合わせていた者達はTVへ揃って釘付けとなった。

 それこそ、幾人もの主婦達が揚げ物の途中だったのを忘れてしまい、あわや大惨事となる事件がエリア11の各地で起こり、消防車が実際に出動する事例数が通常時の3倍強にまで達したほど。

 また、視聴率も相当なものだった。6時の時点では番組の平均視聴率である12%を記録していたが、時を重ねる毎に急上昇。最終的に38%超えという夕方の報道番組では有り得ない脅威の数字を叩き出す。

 

『しかし、その希望は裏切られた! これをご覧下さい!

 悪魔の薬、リフレイン! これこそ、私達が育てていたささやかな芽すらも摘み取ろうとする明確なブリタニアの悪意です!』

 

 もちろん、エリア11の政府上層部や軍上層部の中にも、これを視ていた者は居た。

 だが、あまりにも突然すぎるスザクの告発放送に驚きを通り越して茫然となってしまい、即座に動けた者は極めて少なかった。

 しかし、その話題がリフレインへと移り、何処かの廃工場と思しき場所。スザクの背後に新たなスポットライトが点けられ、スザクの背丈よりも高く山積みとなったリフレインの現物が映った瞬間、慌てて我を取り戻した。

 

『専門家の話によると、これだけで末端価格は数億ポンドになるとか!

 では、この数億ポンドになる麻薬が何処から見つかったのか! それはブリタニア本国から送られてきた軍の積み荷からです!

 しかも、これだけでは有りません! そう、これは氷山の一角に過ぎないのです!

 私はこの目で見た! つい先日あった新宿ゲットー、中野ゲットーの壊滅作戦の最中、これと同量のリフレインが軍のトラックに積まれていたのを!』

 

 ジェレミアの活躍によって、明るみとなったクラーク・バーゼル中将による大規模なリフレイン密売。

 この事実をエリア11の政府上層部と軍上層部は本国へ未だ伝えておらず、伝えるつもりも無かった為、本国へ知られるのは非常にまずかった。

 なにしろ、『ブラック騒動』という大失態を起こしてしまった直後である。この将官クラスの大スキャンダルが本国へ知られたら、『ブラック騒動』を遙かに超える大問題となるのは必至。その責任を取らされて、多くの者達が左遷させられるだろう事は目に見えていた。

 例え、自分が左遷を上手く逃れたとしても、エリア11総督であるクロヴィスの更迭が十分に考えられる為、それだけは何が何でも避けなければならなかった。

 但し、それは残念ながらクロヴィスへ対する忠誠心からでは無い。政治も、軍事も、二流、三流でしかないクロヴィスはとても都合の良い総督だったからである。

 そう、彼等にとって、クロヴィスの目などザル同然。不正はやり放題であり、サクラバブルが途絶える気配すら見せずに湧き続けるエリア11の利権という名の甘い汁は何処よりも具沢山で美味すぎた。

 

『もっとも、その証拠はもう何処にも有りません。

 一昨日、その目撃地へ確認に行ってみましたが、既に証拠は焼き払われて、何も残ってはいませんでした。

 ですが、この私こそが証拠です! そのリフレインを見てしまったが為、ブリタニアは卑怯にも私へ麻薬密売という濡れ衣を着せた!

 あまつさえ、殴る蹴るの暴行を行い、その後は皆さんもご存じの通り、晒し者にまでした!

 あの時は声を封じられていて言えませんでしたが……。今、ここではっきりと断言します! 私は麻薬密売などやってはいない! 無実だ!』

 

 小悪党共は血相を変えて慌てた。

 すぐさま放送を中止させるべく関係各所へ連絡を取ったが、幾人もが電話を一斉にかけたものだから当然繋がらない。

 リダイアルを何度も、何度も行っている内に焦りは苛立ちへと変わってゆき、そうこうしている間もスザクの告発は続き、とうとうブリタニアの闇が懇切丁寧に大暴露される。

 

『皆さん、一緒に考えてみて下さい。

 私は確かに『枢木ゲンブ』の息子ですが、ただそれだけです。

 言ってみれば、過去の名声に過ぎず、その名声も父のモノ。私はただのおまけに過ぎません。

 今年で歳は18歳。ブリタニア軍へ入隊して、3年目。

 最近、ようやく伍長に出世しましたが、歴としたブリタニア人から見れば、出世コースから大きく外れた補給基地の下士官です。

 その単なる一下士官がこれだけ大量のリフレインを密売する事が出来ると思いますか?

 不可能です。密売するどころか、仕入れる事すらも出来ません。

 なにせ、名誉ブリタニア人の軍人は自分の身を守る銃ですら、厳しく管理されており、戦地へ赴いてから与えられるほどです。

 訓練においても、使用する弾数が決まっており、たった一発の銃弾ですら数が合わなければ、厳しい処分を受けます。

 その管理下の中、リフレインを密売するなんて、論外。以ての外です。

 なら、誰がそれを行っているのか。これだけ大量のリフレインを仕入れ、軍の積み荷に紛れ込ませるとなったら、それ相応の地位が……。それこそ、将官クラスの者が何人も関わっている筈です!』

 

 小悪党共は絶望のあまり、その場へ茫然と膝を折るしかなかった。

 最早、放送中止命令を出したところで無駄の一言。ネット社会の今、『ブラック騒動』がそうだった様に幾ら削除しても、インターネットの拡散は防ぎようが無く、この大スキャンダルが本国へ知られるのは時間の問題だった。

 もっとも、小悪党共が上手く立ち回り、スザクが大暴露するよりも早く放送中止命令を出していたとしても、その願いが叶えられる事は決して無かった。

 その理由は極めて単純なもの。このスザクの告発を放送するに辺り、GOサインを出した番組プロデューサーが小悪党以上の大悪党だったからである。

 

『だから、私は訴える! ブリタニアは国家ぐるみでリフレインの密売をやっていると!

 皆さん、これはブリタニアの第二の侵略です! リフレインに、ブリタニアに屈してはいけません!

 日本人にとって、今は辛く耐え難い時代! なら、リフレインは嘗ての日本を思い出させてくれる便利なモノかも知れません!

 しかし、それこそがブリタニアの思う壺なのです! 貴方がリフレインを買えば、買うほど、その金は憎むべきブリタニアへと流れてゆく!

 そう、貴方は知らず知らずの内、憎んでいるはずのブリタニアを支援していると言う皮肉な結果に繋がっているのです!

 勿論、それだけでは有りません! 麻薬は簡単にヒトを壊します! そして、壊してしまえば、ヒトの支配など容易い!

 皆さんも一度は必ず何処かで聞いた事がある筈! 最初は只の興味本位だったのが、いつの間にか染まってしまい、ソレ欲しさのあまり、犯罪に手を染めてしまう悲しい例を!』

 

 エリア11に放送権を持っているTV局は、国営1社と民営の5社。合わせて、6社がある。

 それ等、TV局へありふれた定型最小の白封筒の郵便物が届けられたのは、日勤者達がそろそろ帰ろうかと帰宅の準備に急ぐ夕方の頃だった。

 ところが、消印が切手に押されているところを見る限り、その白封筒は郵便局をきちんと通過しているが、差出人の表記が書かれておらず、宛先も『報道部プロデューサー様』と明確では無かった為、3社は取るに足らないモノとして、その中身の確認を明日へ先延ばした。

 また、白封筒を開けてみたが、その中に入っていたのはUSBメモリーのみ。それ以外はメモすらも無かった為、コンピューターウィルスを警戒。残った3社の内、1社は安全確認の作業を面倒臭がり、USBメモリー内のデーター確認を結局は明日へと先延ばしてしまう。

 つまり、白封筒が郵便物として届き、その中身をすぐに確認したのは最終的に2社であり、2人だった。

 

『私は悔しい! しかし、それ以上に恥ずかしい!

 これ等の事実に気付かず、父が命を賭してまで残してくれたモノを育てるどころか、逆に日本を壊す片棒を知らず知らずの内に担いでいた自分が!』

 

 その2人はUSBメモリーの中に入っていた動画を見るなり仰天。目を見開いて見入り、ふと気付いたら動画は終わっていた。

 なにせ、世間の誰もが気になっていた『ブラック騒動』のその後に関する特ダネである。報道に関わる者へ驚くなというのが無理な話。

 但し、特ダネは特ダネでもブリタニア軍の大スキャンダルを含んでおり、その取り扱いは慎重に慎重を要した。

 当然、1人はまだ帰宅していなかった報道部員を全て召集した上、既に退社して帰宅途中だった上司すらも呼び戻して、その日の午後10時から始まる報道番組にて、どの様に放送するかの緊急会議を開いた。

 ところが、もう1人は違った。もう一度、動画を再確認して見終わると、すぐさまTV放送の全てを司る放送調整室へ息を切らしながら全速力で走った。

 そして、今正に6時のニュース番組が始まる約3分前だったにも関わらず、その場に居る者達の反対を強引にねじ伏せて、スザクの告発を放送するのに踏み切った。

 

『実を言うと……。恥ずかしさのあまり、いっそ死のうかとも考えました。

 ……でも、死ねませんでした。

 だって、そうじゃないですか! どんな顔をして、父へ会いに行けばいいのか!

 いや、私が逝く先はきっと地獄……。父が九段に居るであろう事を考えたら、会いにすらも行けません』

 

 挙げ句の果て、政府から放送中止命令が届くのを予想して、内線電話のラインを切断。つっかい棒として、モップをドアノブに噛ませて、放送調整室への侵入を防いだ。

 それ等の遅延策に加えて、その者は放送調整室へ駆けてくる道中、廊下に立ち並ぶロッカーを幾つも倒しまくって、放送調整室へ至る道を塞いでいた。

 その結果、出入口のドアが力任せに壊されて開き、放送中止命令が放送調整室へ届いたのは、USBメモリー内の動画を最後まで放送しきった約6分後。放送調整室の面々が全てをやり遂げた達成感に沸いているところだった。

 

『ですが、そんな情けない私へこう言って励ましてくれた人が居ます。

 知らなかったとは言え、罪は罪。その烙印は二度と消せない。

 しかし、罪を知って尚、それを改めようとも、贖おうともしないのは明確な悪だ、と。

 だから、私は恥を承知で皆さんへ訴える事を決意しました。あとは皆さん次第です。

 もし、私の話に少しでも共感して貰えたのなら、彼の言葉にも耳を傾けてみて下さい。

 そう、これ等の隠された真実を教えてくれ、私の命を救ってくれた『ブラック』の言葉を!』

 

 この一件は当然の事ながら大問題となり、エリア11支局から本国にあるHiTV本社へと飛び火。

 小悪党共の思惑を打ち破った大悪党『ディートハルト・リート』は本国の役員会議に呼び出され、吊し上げの説教を喰らう事となる。

 だが、前代未聞の大スクープを独占したのも事実。役員会議の後、ディートハルトは会長と社長から密かに褒め称えられた。

 

 

 

「ほほう……。」

 

 スザクの告発が終わると、画面は暗闇に染まった。

 十数秒後、スポットライトが再び灯されて現れたのは、軍服を連想させる黒いジャケットを身に纏い、サングラスをかけた男女の若者達だった。

 その横一列に列んだ男女の若者達の前に立つ襟高な黒いマントを羽織った黒づくめ。先ほどのスザクの発言と立ち位置から、その黒づくめがブラックだとすぐに解ったが、その装いが先日の『ブラック騒動』とは違っていた。

 そう、ブラックを特徴付けていた例の仮面が中世の騎士兜風に変わっており、それに合わせてだろう。やはり特徴的だったベルトが無くなり、胸部はプロテクターからブレストプレートの甲冑に変わっていた。

 ルルーシュは感嘆の溜息を漏らす。その装いもそうだったが、最も目が惹かれる騎士兜風のフルフェイスマスク。その上げられたバイザー中心にさり気なく飾られた角のワンポントがルルーシュのセンスを特に擽った。

 

「ださっ……。」

「これ、格好良いと思っているんですかね?」

 

 ところが、ルルーシュの左右に座るアーニャとマリーカのブラックへ対する評価はとても厳しいものだった。

 ソレもその筈。マスクとブレストプレート、マントは西洋風でありながら、ブラックは服装は左腰に日本刀を差しての和装。どう考えても、それはちぐはぐな感が否めなかった。

 もっとも、そのちくはぐ感が素晴らしいとルルーシュは気に入ったのだが、残念ながらルルーシュはあの『ゼロ』を生み出した特殊なセンスの持ち主。アーニャとマリーカの反応が世間一般の反応であった。

 

「……えっ!?」

「「えっ!?」」

 

 ルルーシュは驚きに目を見開き、慌てて視線を左右に向ける。

 しかし、アーニャとマリーカから返ってきた反応は『どうしたんですか?』と言わんばかりの不思議顔。

 

「んんっ……。いや、済まない。何でもないんだ。続きを見よう」

 

 ルルーシュは返す言葉が見つからず、咳払いをして誤魔化した。

 

 

 

『神聖ブリタニア帝国、並びに日本の国民達へ告げる!

 我々の名はブラック・ナイツ! 悪に立ち向かう尖兵なり!』

 

 この瞬間、マリアンヌから『もしかしたら』と言われていたブラックの正体。ルルーシュはナナリーであると確信した。

 スザクが重要な部分に関わっている時点で根拠は十分すぎていたが、結成したレジスタンス組織の名前が『ブラック・ナイツ』という事実が加われば、ナナリー以外にブラックの正体は考えられない。

 ルルーシュが前の世界で結成したレジスタンス組織の名前は『黒の騎士団』であり、『ブラック・ナイツ』とは和名か、英名かの違い。もう完全に血の繋がりを感じるしかなかった。

 

『ブリタニア皇帝は言う! 弱肉強食こそ、唯一無二の正義だと!

 確かに間違ってはいない。強者によって、弱者が駆逐されるのは自然の摂理。

 それは国とて、同じ事。いつかは滅びるのが道理……。敗者は潔く勝者へ道を譲るべきであろう』

 

 ブラックの背後に列んでいる数人の男女にしても、サングラスをかけてはいるが、見覚えが有り過ぎた。

 なにしろ、ブラックの右隣に立つパーマの男と画面左端に立つ親友を自称していた男に関して、土壇場の土壇場で裏切られた苦い経験が有る。

 どの様な経緯があって、ナナリーと行動を共にする様になったのか。もしや、これが運命と呼ばれるものなのか。

 まるで自分が歩んできた歴史を外から見ている様な現実。いずれ、自分がそうだった様にあの時の辛さをナナリーもまた味わうのではなかろうか。ルルーシュは不安の疼きを感じずにはいられなかった。

 しかし、その一方でこうも考える。彼等の人となりは十分に良く知っており、それを利用して切り崩してゆくのは簡単だ、と。

 今更、歩み出した道を立ち止まるつもりは毛頭無いが、今度こそはナナリーと共に優しい世界を作ろう決意していたルルーシュである。自分の運命を呪うしかなかった。

 

『なら、この日本から抵抗が未だ消えぬのは何故か。それを私は日々考え続けた。

 日本復活の志を胸に抱きながら、戦いの業火に焼かれていった者達の事を……。

 そして、今もまた敢えて苦難の道を選び、その火中へ飛び入ろうと決意して続く若者達の事を……。』

 

 ふとアーニャがルルーシュの左腕へ腕を絡め、その身をルルーシュへ預け寄せる。

 長年、ルルーシュの看病を付き添った経験から、それと表していなくとも、アーニャはルルーシュの苦渋を何となく感じ取り、その行動を意識せずに自然と取っていた。

 そして、ルルーシュはアーニャから伝わってくる温もりが嬉しくも有り難かった。散り散りに乱れかけた心をニュートラルに戻して、ブラックへ意識を再び集中させる。

 

『決まっている! ブリタニアが悪だからだ! ブリタニア皇帝は弱肉強食の意味を履き違えている!

 自然界の動物達は必要以上の狩りはしない! 勿論、強者が弱者を一方的に嬲る様な事もだ!

 先ほど我が同志『枢木スザク』が告発した麻薬による侵略に至っては、悪魔の所業と言っても過言ではない! この悪を誰が否定できようか!』

 

 ブラックが被っている中世の騎士兜風のフルフェイスマスク。

 そのバイザーは上げられているが、スモークシールドが覗き窓の目線に張られており、ブラックの眼は見えない。

 だが、スモークシールド越しに感じ取れるほどの鋭く強い眼差し。ルルーシュはそこまで駆り立たせているナナリーの復讐心の理由が知りたかった。

 無論、皇帝である父親に捨てられたのだから、ブリタニアを憎む気持ちは解る。

 当時、6歳で単独という事実を考えたら、その苦労は自分が経験したもの以上だったのだろう事も解る。

 しかし、ルルーシュが解るのはそこまでだった。全ては勘違いだったとは言え、自分自身がブリタニアへ対する復讐を決定付けたモノ。アリエスの悲劇は防げた筈であり、母親であるマリアンヌは障害を負ったが生きており、ナナリーに至っては五体満足なのだから。

 その上、マリアンヌの話によると、ナナリーの憎しみはシャルルのみならず、母親のマリアンヌと兄の自分にも向けられているらしく、ルルーシュはもう何が何やら訳が解らなかった。

 

『省みよ! イレブンと蔑まれる家畜としての安寧よりも日本人としての誇りを! 何故、あの枢木ゲンブが割腹までして降伏を受け入れたかを!

 10年、我々は耐えた! もう十分だ! 最早、我らの中に躊躇いや諦めは何処にも無い!

 我らブラック・ナイツは悪の帝国『ブリタニア』へ反旗を掲げると共に……。今、この時を以て、宣戦を布告する! 

 日本人よ! まやかしの平和に惑わされてはならない! 今こそ、他の誰でもない自分自身の為に立ち上がるのだ! ……くだばれ! ブリタニア!」

 

 画面一杯に広げられたブリタニアの国旗を斬り裂き、日本刀を高々と掲げつつ元日本人達へ奮起を促すブラック。

 その様子に溜息を深々と漏らして、ルルーシュは思い悩む。どう考えても、楽しみにしていたナナリーとの再会は難しいと言わざるを得なかった。

 

 

 

「まずいな。これは……。」

 

 今現在、ルルーシュとアーニャ、マリーカの3人は皇族専用の航空機にて、エリア11へ移動中。

 その空の旅は皇族専用機だけあって、快適そのもの。窓の外の景色を除けば、機内は横長の豪華なスイートルームと言って良かった。

 唯一、窮屈だったのは離陸の際にシートベルトを締めて座った時のみだが、それも通常の旅客機で言ったら、ファーストクラスの広々とした一人掛けの椅子であった。

 それ以降は機内での行動が自由となり、ふかふかのソファーが置かれたリビング、キングサイズのベットがある寝室、足を伸ばせる風呂があるバスルームがあり、添乗員というよりは使用人のメイドが要望に応じて、食事やドリンクを用意してくれる至れり尽くせりの状態。

 無論、警備も万全。有事に備えて、航空機の前後左右を4機の戦闘機が常に随行していた。

 

「同感です。後半の宣戦布告だけなら、テロリスト共が何をおこがましいと単なる笑い話で済みましたが……。

 前半のリフレイン疑惑は危険です。真偽はどうあれ、その影響が全エリアへ広がると予想されます。

 また、それと合わさって、後半の宣戦布告にも意味が生まれ、各地でのテロ行為が活発化する可能性も有ります」

「実際のところ、どうなんだ? 軍によるリフレインの密売と言うのは?」

 

 ペンドラゴンの空港を出発したのが、午後4時。一旦、随行する戦闘機が交代する関係でホノルルへ寄り、飛行時間は約12時間。エリア11到着は翌日の午後8時の予定。

 ルルーシュは離陸が済むと、リビングのソファーでくつろぎながら映画2本を鑑賞した後、時差ボケを防ぐ為、既に日常となってしまった麻痺した感覚で当然の様にアーニャを風呂へ誘って、その後もこれまた当然の様にアーニャを寝室へ誘い、2人で一眠りについた。

 おかげで、ルルーシュへ仕えて、今日が第一日目のマリーカはビックリ仰天。もしかして、ルルーシュとアーニャはチョメチョメな関係なのかと想像してしまい、世界各地をラウンズの親衛隊として飛び回り、時差調整は慣れている筈が眠るに眠れなくなった。

 何故ならば、マリーカは26歳という女盛りの年齢でありながら、幼い頃から決められた婚約者も居たが、お互いが多忙な軍人である上に極めて奥手同士だった。

 つまり、その経験を未だ持っておらず、いずれはと言う憧れから一応の知識は仕入れて耳年増だった為、悶々としてしまうのも無理はなかった。

 しかし、眠れないマリーカが暇を持て余して、気を仕事で紛らわそうと、これから赴くエリア11をネットで調べた結果、恐らくは発動されるだろう箝口令によって、ネットから削除されるよりも早く、今先ほどまで視ていたスザクの告発から始まるブラック・ナイツ決起の動画を入手する事が出来たのだから大手柄と言えた。

 

「動画の彼が言っていた様な例は知りませんが……。

 小金稼ぎをする様な小さい例なら、割と良く有ります。

 ……と言うのも、実を言うと、リフレインは軍内部においては珍しい物では有りません。

 前線兵士なら、誰もが所持しているメディックキット。その中にある痛み止めを兼ねた高揚剤の正体がソレですから。

 但し、それはリフレインと呼ばれていませんし、その濃度もリフレインの1/10にも満たない薄められたもの。管理だって、厳しくされています」

「だが、存在する以上、十分に有り得るか」

「はい、残念ながら……。」

 

 ルルーシュはリモコンを手に取り、用が済んだリビングの100インチモニターの電源をオフ。

 マリーカと会話を交わしながら思案する傍らで思い知る。自分の考えを読み、それを助言してくれる参謀の有り難さを。

 前の世界で反逆を行っていた際、藤堂は戦術面において、ディートハルトは諜報面において、頼れる参謀だったが、双方共に戦略面に疎く、2人とも口を出してくる事は滅多に無かった。

 他の幹部の面々は代案を持たずに反対するだけであり、組織運営や外部交渉といった戦略面はルルーシュがほぼ1人で行い、常に余裕が欠けていた。

 あの頃、マリーカの様な戦略面で頼れる参謀が居たら、違った未来もあったのだろうかと考えるが、所詮は『もしも』の詮無き想像だと考えるのを途中で止めて、ルルーシュは今を満足して頷く。

 

「まあ、その辺りはシュナイゼル兄上の仕事だ。今の俺にどうする事も出来ん。

 だが、テロリストが活発化するだろう可能性を知っていながら、ただ黙っているのも心が痛む。

 先ほどの動画を貼付して、各エリアの総督へ警告だけでもしておくか。その返事で俺へ対する心象も解るしな」

「解りました。文面は私に任せて頂いても?」

「ああ、よろしく頼む」

「イエス・ユア・ハイネス」

 

 一方、マリーカもモニターとノートパソコンを繋いでいるラインを片付けながら満足していた。

 ようやく副官らしい仕事が出来て、ルルーシュと会話を重ねる度、その聡明さを改めて知り、前の主であるルキアーノとは違った魅力を持った仕え甲斐のある主だと胸を張って言えた。

 不意打ちを食らい、ルルーシュとアーニャの関係に驚いてしまったが、よくよく考えてみたら、主と騎士が異性同士の場合は良くある話。そうなのだと受け止めてしまえば、何の問題はない。

 

『機長より御連絡を致します。

 もう間もなく、エリア11ヨコハマ空港へ到着の予定に御座います。御座席の方へ戻り、シートベルトをお願い致します』

「やれやれ、ちょっとしたバカンスのつもりだったが、少し忙しくなりそうだな」

 

 そして、いよいよエリア11到着を告げるアナウンス。

 ルルーシュは気合いを入れる様に膝を両手で叩き、ソファーから勢い良く立ち上がった。

 

 

 


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