コードギアス ナイトメア   作:やまみち

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2014.05.29 追記

第三章第03話にて、ミレイの過去設定に関する一文を修正しました。


第三章 第03話 10年愛

 

『本日は全ての授業をキャンセルして、剣術大会を執り行う。

 各クラス、男女4名づつの代表を午後までに選出せよ。尚、選出方法は各クラスに一任。大会開始は午後12時からとする』

 

 2時間目の授業中、学園理事長『ルーベン・アッシュフォード』によって、それは唐突にアッシュフォード学園高等部の生徒達へ告げられた。

 当然の事ながら、生徒達は戸惑い、教師達はもっと戸惑った。その様なイベントがあると今朝の職員会議の段階で伝えられていなかったからである。

 だが、間もなくして、高等部校舎の玄関前にある中庭に小高いステージが作られて、赤いカーペットが貼られた中央にいかにもな貴賓席が置かれると、生徒達と教師達の間に様々な憶測が飛び交った。

 

『本国から相当のVIPが視察に来るのではなかろうか?

 それこそ、皇族、大貴族の可能性がある。あの理事長がここまで強引に事を運ぶのだから……。』

 

 その中でも特に有力視されたのが、これである。

 そして、それは正鵠を得ていた。そのVIPは大会開始の10分前にアッシュフォード学園高等部へ到着。

 ルーベンを先導にして、ミレイがVIPの隣に列んで立ち、帯剣した少女が一歩遅れて付き従う姿を目の当たりにして、誰もが驚愕した。

 なにしろ、ルーベンは隠居したとは言え、このアッシュフォード学園という街を牛耳り、エリア11の政治に関与するほどの力を持つ人物。

 孫のミレイとて、歳こそは20歳と若いが、常日頃からルーベンの業務に携わり、その後継者と既に幅広く知られて、政財界に影響を持ち始めている。

 そのルーベンとミレイがエスコート役を担い、特設されたステージでも椅子に座らず、VIPの左右傍らに立ち控えたのだから、その事実を以てしてもVIPの地位の高さが伺い知れた。

 また、VIPの背後に立つ少女は軍服を着ていないにも関わらず、帯剣を許されているのは選任騎士の証であり、選任騎士を持つ者は皇族か、よっぽど高位の貴族しか居ない。

 それだけに剣の腕に覚えがあり、剣術大会へ出場した者達はある期待を胸に抱いて、大会を盛り上げてゆく。これは新たな選任騎士を選ぶ為の剣術大会に違いない、と。

 

 

 

 ******

 

 

 

「それまで! 赤!」

 

 その瞬間、金髪碧眼の少年『ルキウス・カストゥス』は突きを放った体勢のまま、主審を務める体育教師が掲げた赤旗を眺めて、万感の思いに浸った。

 彼は剣の才能が自身に有ると知っており、その才能を腐らせない為、幼い頃より日々の鍛錬を欠かさず行っていたが、それはほぼ惰性。もうずっと剣に興味を持てずにいた。

 だが、それを初めて後悔した。何故、もっと真面目に日々の鍛錬を行っていなかったのか。試合を重ねる毎、次第に重くなってゆく剣を必死に振って、初めて勝利を貪欲に求めて戦った。

 しかも、今日の大会で採用されたルールはフェンシングのスポーツルールでは無い。その一歩先にあるブリタニアの正式な決闘ルール。   

 盾の所持は自由。ショートソード、ロングソード、ツーハンドソード、レイピアの4種類の模擬剣の中から1本を選び、定められた円の中でたった一回の先取勝利を奪い合うもの。

 刃引きされている模擬剣とは言え、危険は有る。一歩間違えば、大怪我の可能性も十分に有ったが、ルキウスは恐怖をねじ伏せて果敢に戦い抜き、遂に男子の部における優勝を掴み取った。

 

「優勝は3年D組、ルキウス・カストゥス!」

 

 その努力を讃えて、主審がルキウスの優勝宣言をすると共に割れんばかりの歓声と拍手が湧き起こる。

 ルキウスはレイピアを鞘へ戻して、疲労感と達成感からくる溜息をつくと、戦いの最中に乱れた長髪の髪を掻き上げて直した。

 学園ランキングの1位、2位を争う容姿端麗なルキウスである。その仕草は貴公子然として様になっており、たちまち女子生徒達から黄色い悲鳴があがる。

 普段のルキウスなら、女生徒達へ手を軽く上げて応え、愛想笑いの一つもしたが、今のルキウスの耳に彼女等の声は残念ながら届いていなかった。

 何故ならば、今日のルキウスの熱意は全てがこの時の為にあった。大会主催のルーベンより名前が呼ばれ、ルキウスは胸をドキリと高鳴らせる。

 

「ルキウス・カストゥス、前へ!」

「はっ!」

 

 この大会が開催された理由が色々と噂されていたが、ルキウスはどうでも良かった。

 姿勢を正して、ステージへ歩み寄ると共に席を立ち上がったVIPと目が必然的に合い、改めて思う。あまりに美しい、と。

 まるで濡れた様に輝き、癖無く腰まで伸びた黒い髪。冷たさを感じさせながらも妖しく光るエメラルドの瞳。抱き締めたら、すぐに折れてしまいそうな細い腰。何もかも目を奪われた。

 残念ながら胸だけは薄かったが、髪の両サイドに白いリボンを飾り付けて、紫色を基調としたドレスに身を包んだ姿は気高き薔薇。不用意に近づいたら、その刺に刺されそうだった。

 それでも、ルキウスは一歩でも近づきたかった。彼女の目の前に立ち、一時でも良いから、その視線を独占したかった。要するに一目惚れである。

 

「エリア3、カストゥス子爵が三男。ルキウスと申します。

 もし許されるのであれば、その御尊名をお教え願えませんでしょうか?」

 

 ルキウスはステージへ上がり、VIPの二歩手前で片跪くと、頭を垂れた。

 本音を言えば、もう一歩近づきたかったが、彼女から滲み出ている気品の高さに自然と片跪き、それ以上は近づけなかった。

 だが、逸る恋心がルキウスを突き動かす。この出会いを次の出会いに繋げたいという強い願いから、許しが出ていないにも関わらず、その想いが口をついて出た。

 そう、この段階に至って、VIPである彼女の名前は未だ明かされていなかった。

 

「無礼ですよ。……察しなさい。

 この御方はやんごとなき御方。今、このエリア11が騒がしくなっている以上、その存在を知られる訳にいかないのです。

 今日の視察とて、本来なら中止するところ。それを御厚意に甘えて、来て頂いたのですから……。

 皆さんもよろしいですね! 大会開始前にも言った通り、隠し撮りは一切許しません!

 もし、ネットに流失した場合、アッシュフォードの名に賭けて、その不届き者を最後まで追いつめます! その場合、不敬罪の適応も有り得ますから、その覚悟でいて下さい!」

 

 しかし、その願いは届かない。VIPに代わり、ミレイが一歩前進して、ルキウスを戒めると、会場全体をグルリと見渡しながら声を張り、アッシュフォード学園高等部の生徒達もきつく戒めた。

 その言葉によって、ますますVIPが皇族か、高位貴族である噂の信憑性がより増し、生徒達がヒソヒソと囁き合うが、ルキウスにとって、そんな事はどうでも良かった。胸中にあるのは落胆であり、無念。垂れ続けている頭の下で奥歯を悔しさに噛み締める。

 

「ルキウス・カストゥスよ。実に見事な剣だった。

 お前が弛まぬ努力を続けるなら、また相見える事もあるだろう。

 その時の為、お前の名をこの胸に刻んでおこう。……さあ、褒美だ。受け取れ」

 

 そんなルキウスの頭上から天上の調べが舞い降りる。

 それは女性の声としては低く、女性の言葉としては勇ましかったが、ルキウスの空虚となった胸を喜びで満たした。

 この瞬間、ルキウスは決意する。卒業後の進路を迷っていたが、彼女が居るだろう高みへ一歩でも近づく為、剣の才能を最も生かせる軍人になろう、と。

 

「有り難き幸せ! このルキウス・カストゥス、必ずや御身の前に再び参上する事を誓います!」

 

 ルキウスは滂沱の涙を流して、感激のあまり出てこない声を懸命に振り絞り、頭を更に深々と垂れながら両手を恭しく差し出して、彼女が差し出す剣を受け取った。

 

 

 

「おい、どうしたんだ? あいつ、泣いているぞ?

 この大会は学園内限定のもので……。何の権威も無かったんじゃないのか?」

 

 拍手が溢れる中、ルキウスがステージより去り、VIPは貴賓席に座り戻る。

 今一度、ルキウスへ視線を向けると、仲間達に囲まれながら今も泣いており、その心がどうしても解らず、右隣に立つミレイへ助言を求める。

 

「ウフフ……。当然ですよ。

 恐らく、生徒達は殿下を皇族か、高位貴族かと噂しているでしょうからね。

 なら、その殿下の前で優勝を修めたのですから、これほど名誉な事は有りません。

 付け加えるなら、殿下は彼の名前を憶えておくとまで言いました。だったら、尚更というものです」

 

 ルキウスがVIPへ恋心を抱いているのは誰の目にも明らか。

 ところが、VIPはソレが解らないらしい。ミレイは頬がニヤニヤと緩みそうになるのを懸命に堪えながら、真実を半分だけ告げる。

 何故ならば、その方が色々と面白そうだから。VIPを間に挟んだ反対側にて、ルーベンが睨み付けて窘めていたが、ミレイは嘘は言っていないと気にしない。

 

「そういうモノなのか? どうも違う様な?」

「ほら、また足が開いていますよ。はしたないから閉じて下さい」

「おおうっ……。」

 

 納得が今ひとついかないVIPだったが、ミレイの奸計が炸裂。男らしく開き座っていた両脚を慌てて閉じ、気を逸らされてしまう。

 だが、女らしさを強いられた結果、今度は別の疑問が湧き起こり、VIPは自分自身の姿を見下ろして、溜息を深々と漏らした。

 

「なあ、今更だが……。

 本当にここまでする必要があったのか? もっと別の方法が有ったんじゃないのか?」

 

 そう、既にお気づきかも知れないが、このルキウスを虜にしたVIPの正体はカラーコンタクトを着けて女装したルルーシュである。

 カラーコンタクトはともかくとして、ルルーシュが何故に女装をしているかと言えば、次のミレイの言葉が全てを物語っていた。

 

「何度も言いましたが、ナナリー様は殿下とマリアンヌ様を……。その……。

 ですが、どうしてもお会いになりたい。そう仰ったのは殿下御自身に御座います。

 でしたら、多少の我慢をして頂かなくては……。

 しかも、マリアンヌ様の剣をナナリー様へ御自身で手渡したいとなったら、この方法しか無いと断言を致します」

 

 ルルーシュは口を『へ』の字に結び、何も言い返せずに口籠もるしかなかった。

 旅立ちに辺り、ルルーシュはどうしてもとマリアンヌから涙ながらに頼まれたものがあった。

 それはマリアンヌが現役時代に使用していた愛剣。アーニャへ授けたモノと対になっている1本をナナリーへ手渡して欲しいと言う超難題。

 この超難題をルルーシュは今朝に至るまで何度も頭を悩ませたが、解答はまるで見えず、ミレイから剣術大会の開き、その優勝商品とする提案が出された時は『それだ』と飛びついた。

 こちらの目論見通り、ナナリーが無事に優勝する事が出来るかという不安はあったが、その点はルーベンが太鼓判を押した。

 しかし、それに付随して行った女装に関しては未だ納得しきれていなかった。お祭り好きのミレイの悪い癖が出たと半ば呆れながらも一旦は呆れたが、時間が経てば経つほどに後悔ばかりが沸いていた。

 

「殿下は御自身がどれだけ有名人なのかをご存じない。並の変装をしたところで誰かしらが必ず気付きます。

 そうなったら、もうお終いです。たちどころに話題となり、それをナナリー様が知ったら……。

 恐らく、わざと負けるか、何らかの理由を付けての不戦敗。マリアンヌ様の剣を渡せる機会は二度と訪れないかも知れません。

 ですから、女装です。これなら欠片も疑いは持たれません。

 幸いにして、殿下は女の私が羨むほどの美貌の持ち主。ドレスも良くお似合いです。ナナリー様だって、絶対に気付きやしませんよ」

 

 その苦悩がルルーシュの顔に表れ、ミレイは今すぐ腹を抱えて笑いたいのを堪えて、ここぞと叩き込む。

 実際、ナナリーは気付いていなかった。ルルーシュを頻りに何度も見ては首を傾げていたが、その度、あの厳しい父にも認められている優秀な兄が特殊な性癖を持っている筈が無いと、自分の有り得ない勘違いに苦笑していた。

 

「それなら、良いんだが……。」

 

 だが、ルルーシュの気分は曇りっぱなし。閉じていた脚を組み、皺を眉間に寄せて、口元を開いた羽根扇子で隠しながら再び深い溜息をつく。

 ルルーシュは知らない。ルルーシュが物憂いそうにすればするほど、その何気無い仕草の一つ、一つに妙な色気が漂い、もう誰一人として、ルルーシュを女性だと疑っておらず、男子生徒達と一部の女子生徒達を悶えさせているのを知らない。

 

「それまで! 白!」

「優勝は1年B組、ナナリー・ランペルージ!」

 

 そうこうしている内に女子の部の決勝戦があっさりと終わる。

 試合開始早々、いきなり喉元へ突きを放ってきた対戦相手の剣先に剣先を合わせて巻き取り弾き、ナナリーがつんのめって体勢を崩した対戦相手の後頭部へ剣を振り下ろしての決着。

 つまり、ナナリーは試合開始から試合終了まで一歩も動いておらず、対戦相手に合わせて振り向いただけ。圧勝と言える勝負内容であり、それはまるで大人が子供へ剣の手ほどきをしている様だった。

 

「こう言っては何だが……。呆気ないな」

 

 ところが、ルルーシュを代表とする剣の才能に乏しい者達から見ると、ナナリーが強すぎるのか、対戦相手が弱すぎるのかが解らない。

 極論を言ってしまえば、対戦相手がただ単に自滅したのではなかろうか、そう感じてしまうほど。呆気なさ過ぎて、盛り上がれないでいた。

 それこそ、ナナリーがアッシュフォード家に連なる者であり、ルーベンのお気に入りであるのは周知の事実。対戦相手が手心を加えているのではなかろうか、と邪推する者すら居た。

 なにしろ、ナナリーが行った試合は決勝戦の様な秒殺試合が殆ど、その全てが1分以内での勝敗が着いている上、ナナリーから仕掛けた試合は1戦も無かった。

 だが、裏を返すと、剣の才能をある程度以上持っている者達にとって、ナナリーの試合は十分に見応えのあるモノであり、その圧倒的な強さは舌を巻くものであった。

 事実、男子の部で優勝を修めたルキウスはようやく周囲が見える様になり、ナナリーの試合を初めて目の当たりにして言葉を失い、口をポカーンと半開きにした間抜け顔を晒している。

 

「殿下、私めは言った筈です。学園内程度では負け無し、と……。

 だから、ミレイの案に乗ったのです。普通に戦えば、ナナリー様が優勝するのは確実ですからな。

 まあ、万が一と言う事も有りますから、適当な剣を蔵から持って参りましたが、やはり必要は有りませんでしたな」

 

 また、剣の才能を持っていなくとも、ルーベンやミレイの様に観戦経験が豊富な者達もナナリーの圧倒的な強さを理解していた。

 実を言うと、ルーベンは以前から剣術か、フェンシングの大会出場をナナリーへ何度も勧めていたが、ナナリーは頑なに首を縦に振らず、その剣の才能が日の目を見ずに埋もれているのを惜しいと感じていた。

 贅沢を言ったら、こんな非公式の小さな大会ではなく、もっと大きな権威と歴史の有る公式大会を望んでいたが、ルーベンは髯をさすりながら胸を張り、大満足のほくほく顔。

 

「その分、出来レースっぽくて、何と言うか……。女子生徒達へ申し訳ない事をしたかなぁ~~っと」

「それなら、準優勝の彼女を後日に別の形で報いてやるべきだな。さて……。」

 

 ミレイも苦笑いはしていたが、そのナナリーを見つめる目は優しく、心底に嬉しそうだった。

 ルルーシュは嬉しかった。我が事の様に喜んでいるミレイとルーベンの様子にナナリーがとても大事にされていると実感。満足に微笑みながら頷く。

 そして、いよいよ優勝したナナリーを迎える為、ルルーシュがやや緊張した面持ちとなって、席を立ち上がろうとしたその時だった。

 

「ほう、面白い! やる以上、負けは認めないぞ?」

 

 その右肩を押さえて待ったがかかる。

 ルルーシュが何事かと振り返ってみると、アーニャがルルーシュを真っ直ぐにジッと見つめていた。

 

「んっ……。」

 

 ただただ、見つめるだけ。言葉も無ければ、表情も素のまま。

 しかし、それは他者から見た場合のみ。ルルーシュはアーニャが珍しく興奮しているのを知って驚きながらも、なるほどと納得する。

 アリエス宮の中だけで剣の腕前を磨いてきたアーニャにとって、知っている剣はマリアンヌ、ジェレミア、コーネリアの3人とおまけのジノのみ。

 最後の1人を除けば、いずれも格上の剣であり、性別も一緒なら年齢も一緒のナナリーはとても気になる存在なのだろうとルルーシュは推測した。

 

「ならば、行け! 我が騎士よ!」

「イエス・マイ・ロード!」

 

 アーニャは許可を与えられて、左腰に差した2本の剣の内、1本を抜き放つと、その口元にうっすらと微笑みを浮かべながら決闘場へと進み出て行く。

 ルルーシュが推測した通り、アーニャはナナリーの剣の腕前が気になってはいたが、それ以上にナナリーばかりが褒められているのが我慢ならなかった。

 つまり、ただの嫉妬である。この場において、最も強いのは自分であり、自分こそが最もルルーシュの騎士に相応しいとルルーシュの前で証明したかった。

 

「お、お待ち下さいっ!? い、今、言った通り、ナナリー様は……。」

「そ、そうですっ!? も、もし、アールストレイム卿が負けたら……。」

 

 この予定に無い突然の事態に驚いたのが、ルーベンとミレイ。

 大小を問わず、こういった場において、選任騎士が敗北した場合、それは仕える主の恥に直結する。

 ナナリーの剣の技量を知り、アーニャの剣の技量を知らない2人は止めるべきだと慌てて訴えるが、ルルーシュが自信満々にニヤリと笑って制する。

 

「大丈夫だ。安心しろ。

 お前達がナナリーの腕前を保証するなら、アーニャの腕前は母上が保証済みだ」

「「え゛っ!?」」

 

 嘗て、『閃光』の二つ名で呼ばれ、武名を欲しいままにしたマリアンヌ。

 その才能を受け継いだ者とその手ほどきを受けた者。今後、ライバルとなる2人の戦いはこの時から始まった。

 

 

 

 ******

 

 

 

「今、殿下はどちらへ?」

「客を迎えるから、部屋を貸してくれって……。多分、彼女じゃないかしら?」

「ああ、なるほど……。殿下は本当にナナリー様の事を大切に思っているのだな」

「……上手くいかないものね」

 

 剣術大会が無事に終わり、ルルーシュとアーニャ、ルーベンとミレイの4人はアッシュフォード邸へと場所を変えた。

 ここはルーベンの執務室。ルルーシュとアーニャは別の用事で居らず、ルーベンは執務机に座って、ミレイは応接セットのソファーに座って、紅茶を飲みながら剣術大会の熱狂に疲れた心を休めていた。

 

「さて、ミレイ。お前、殿下をどう思った?」

「一言で言うなら、聡明……。

 いいえ、それ以上ですね。はっきり言ってしまえば、異常です」

 

 ルーベンは寄りかかっていた本革張りの椅子をギシリと鳴らして、リクライニングを戻すと、マガホニーの机に両肘を突きながら両手を組んだ。

 その瞬間、弛緩していた雰囲気が引き締まり、それを合図に休憩時間が終わりを告げて、ルーベンとミレイの関係は祖父と孫から上司と部下へ変わる。

 

「うむ……。人格や才能と言ったものが形成された後でなら解る。

 だが、当時の殿下は8歳だ。とても優秀ではあったが、所詮は子供の域に過ぎなかった。今の殿下はとても8歳の子供には見えぬ」

「なら、偽物でしょうか?」

「今の整形技術なら、それも可能だろう。

 ましてや、殿下の顔はつい先日まで知られていなかったからな。誤魔化そうと思えば、幾らでも出来る。

 だが、それは有り得ない。気品というモノは生まれた時から育てねば、芽は決して出さない。あの殿下の気品は本物だ。

 それ以上に血の繋がりを持つ御子達ですら興味を持たない陛下が、全くの他者をあれほど溺愛するとは思えぬ。

 あの謁見中継を見る限り、陛下が殿下を溺愛しているのは、才は当然として、殿下がマリアンヌ様の血を引いているからに他なんだろう」

「では、本物だと?」

 

 無論、その話題はルルーシュに関するもの。

 あのルルーシュの覚醒を前触れもなく伝えたシャルルとルルーシュの謁見中継はルーベンとミレイを驚かせた。

 だが、その興奮が冷めてみると、2人はルルーシュの異常性を感じずにはおれず、その感覚は実際に会った事でますます増した。

 特にルーベンは幼少の頃のルルーシュと実際に何度も会った事がある為、その感覚はミレイと比べて強い。

 

「その通りだ。殿下は本物、それは間違いない。

 しかし、儂等が知らない何かを隠しておられる。それも間違いない。

 だから、ミレイ。お前へ釘を刺しておく。秘密があって、知らされないと言う事は知らないで良いという事だ。

 ブリタニア皇族に関わる秘密は闇が深い。

 その深淵を覗いてしまったが為、家を途絶えさせてしまった者の何と多い事か。……好奇心は猫を殺す。この戒めをしかと心得よ」

「……はい」

「つまり、今日の様な無茶は慎め。

 幸い、殿下が受け入れてくれたから良い様なもの……。殿下を女装させるとは何事だ! 肝が冷えたわ!」

 

 しかし、その疑問に対する好奇心をルーベンは無理矢理に封じ込めた。

 その理由は今言った通り、メリットよりデメリットが多すぎ、この話題を敢えて出したのも好奇心と行動力に富むミレイを戒める為だった。

 事実、ルルーシュの異常性に関して、ミレイは強い関心を持っており、婚約者という立場を利用して、今日はルルーシュへ軽いジャブを何度も繰り出していた。

 その中の一つが女装というとんでもない提案。ルルーシュがどの様な反応をするのかを試したものだったが、それ等がルーベンに見破られているとは思ってもみなかった。

 しかも、ルーベンは怒号を轟かせながら机を右拳で思いっ切り叩き、ミレイは思わず身体をビクッと竦めて、その拍子にソファーに座ったまま少し跳ねる。

 

「いや、その……。ええっと……。

 あはははは……。申し訳有りませんでした。以後、気を付けます」

 

 一拍の間を空けて、ミレイがルーベンの様子を恐る恐る窺うと、そこに有ったのは鋭く突き刺さる様なルーベンの睨み。

 慌てて視線を反らし戻すが、一度感じてしまったルーベンの睨みは突き刺さったまま。笑って誤魔化そうとするも耐えきえず、ミレイは姿勢を正すと、頭を深々と下げて詫びた。

 

「だが、その代わり、殿下の人となりが解ったのは大収穫だ。

 有益と見れば、部下の提案を素直に受け入れられる度量。目的の為なら、どんな屈辱さえも耐えられる精神。そのどちらも得難い資質だ。

 そして、あの覇気……。今朝、お会いした時に一目で解った。殿下こそ、シャルル陛下の気質を最も受け継いでいる。

 儂は殿下へ賭けると決めたぞ。アッシュフォードは全力を以て、ルルーシュ殿下を支援する。ルルーシュ殿下が沈む時はアッシュフォードもまた沈む時だ」

 

 ルーベンはまだ不安はあったが、今日はこのくらいにしておくかと頷き、表情を一変。口元をニンマリと歪めた獰猛な笑みを浮かべて、肩をくつくつと震わせる。

 その鬼気迫るモノに気圧されて、ミレイは生唾をゴクリと飲み込むと共に思い知る。ルーベンの補佐を行う様になってから、先人達から『ルーベン老も丸くなった』と何度も聞かされていた話が事実だった、と。

 同時に父が祖父を苦手とする理由が良く解った。この10年間、父は未だ祖父の影響が強く残るアッシュフォード家を自分色に染めようと懸命になっていたが、父と今の祖父を比べたら、娘から見ても格が段違いすぎる。

 恐らく、祖父が本気となった今、再びアッシュフォードは祖父の色で染まりきり、実質的な頭首は祖父となって、このエリア11に祖父が居る以上、今後はここがアッシュフォードの中心となってゆくだろう。

 それ故、自分の役割は祖父と父の仲立ちとなる事。ルルーシュが覚醒して、本国との往復が少なくなると思いきや、これまで以上に往復する必要があるのではなかろうか。

 そこまで考えが及び、ふとミレイは気付く。ルーベンが再び表情を一変させて、ナナリーへ向ける様な目で己を見つめているのを。

 

「ただ、これはあくまで儂の勝負だ。

 お前や……。出来れば、ナナリー様も巻き込むつもりは無い。

 今なら、一生を困らないくらいの財産を分けてやれる。オーストラリア連邦へ亡命すれば、難も逃れられるだろう。

 だから、ミレイ。お前はどうする? ヴィ家との誼を繋げておく為、殿下とお前を婚約させておいたが、お前が嫌と言うのなら……。」

 

 ミレイと目が合い、すぐに目を申し訳なさそうに逸らしたのはルーベンだった。

 あの『アリエスの悲劇』によって、ナナリーを筆頭に生き方をねじ曲げられた者は多いが、アッシュフォード家もアリエス宮へ人員を多く派遣していた為に当然の事ながら責任を追求された。

 ルーベンが家督を譲ったのも、そういった一環の中の1つであり、アッシュフォード家とヴィ家の繋がりはこの時、完全に途切れる一歩手前まで至った。

 それが辛うじて切れずに保たれたのは、ルルーシュが誕生した時に結んだミレイとの婚約があったからこそなのだが、この婚約をルーベンはずっと申し訳なく感じていた。

 なにしろ、ルルーシュは永い時を眠り続けた。今でこそ、目を醒まして、その期間が約10年と確定されたが、つい先日まではいつ目を醒ますかの保証など何処にも無かった。

 即ち、それはモノを言わぬ人形に対して、ミレイは人生を捧げていたも同然。誰もが異性を気になり始める思春期と恋を実際に始める青春期、この人生における黄金期を少なくとも無駄に浪費したのは事実だった。

 ところが、ミレイは不満を一切漏らさず、本国とエリア11を何度も往復してはルルーシュを健気に見舞っていた。その土産話を聞く度、ルーベンはずっと迷い続けていた。婚約を解消するべきだと考えながら、それを決断する事が出来ずにいた。

 裏話を明かすと、ルルーシュが目を醒ます数日前。ミレイを不憫に思ったマリアンヌから婚約解消の提案があり、それに後押しされて、ルーベンもまた決意を固めつつあった為、ルルーシュとの婚約に関してを問わずにはいられなかった。

 

「お爺様……。私は殿下が目を醒ますのをずっと待っていました

 どんな声で喋るのだろうか? どんな目で私を見てくれるのだろうか?

 性格は? 相性は? ……そう想像しながら、この時をずっと待っていました。

 例え、実際に目を醒ましてみたら、気にくわなかったり、相性が悪かったとしても、それはそれで別に構わない。

 貴族の義務だけは果たして、本当の恋愛は別でする。有り触れた何処にでも良くある話です。……そう割り切ってもいました」

 

 ミレイは悪事を懺悔する罪人の様に言葉を辛そうに重ねるルーベンの姿に目を丸くさせた。

 まさか、その様な考えをルーベンが持っているとは思ってもみなかった。同時に思い出す。前回、本国を旅立つ当日にアリエス宮を訪れた際、マリアンヌもまた似た様な雰囲気で婚約解消を提案してきたのを。

 しかし、ミレイにとって、それは今更だった。最も身近な友人『シャーリー・フェネット』が恋愛にあれだ、これだと騒いでいるのを見て、何故に自分は同じ様に恋愛をしてはならないのだろうと嘆き悩み、貴族の娘に生まれた自分を呪っていた約5年前頃だったら、その提案を受け入れたかも知れない。

 ところが、長い長い苦悩の末、ミレイはとっくに達観してしまっていた。他者から見たら歪かも知れないが、ミレイはミレイなりにルルーシュへ恋をしていた。眠り続けているルルーシュへ自分の理想像を着せ替え合わせて。

 また、貴族としての意識が強かったのも理由の1つとして挙げられた。両親の間に自分以外の子供が恵まれなかった以上、ミレイは自分がアッシュフォード家を継ぎ、より発展させなければならないと常々考えていた。

 余談だが、これはミレイだけの極秘中の極秘。アリエス宮の留守を預かっていた際、ミレイはルルーシュの介護中、過去にたった一度だけ魔が差してしまい、介護の目的から離れて、青春期特有の抗えない好奇心からルルーシュのアレをおっかなびっくりに二度、三度と触れてしまう過ちを犯していた。

 もっとも、その過ちの結果として、ルルーシュが今も起きずに眠り続けていたとしても、ソレな反応がちゃんと有るのを知っている為、ミレイは反応が有ると言う事はその先も可能なのだろうと、ルルーシュとの間に子供を作る点に関しては心配していなかった。

 

「解った。なら……。」

 

 それはあまりにも悲しい告白であり、ルーベンはミレイが一人抱えていた胸の内を知り、改めて後悔の念に沈むしかなかった。

 最早、躊躇いは無かった。今日の様子を見た限り、婚約を解消したとしても、ルルーシュがアッシュフォードを軽んじる事は無いだろうという自信もあった。

 だが、それを今正に切り出そうとした瞬間、ミレイが待ったをかけた。

 

「慌てないで! お爺様!

 はっきり言うわ。……殿下は私の想像以上よ。

 それに殿下となら、上手くやっていけると思うのよね。何て言うか……。今まで胸に欠けていたモノがストンと填った様な……。」

 

 そう、ミレイにとって、実際に会ったルルーシュは生涯の伴侶として申し分ない相手だった。

 特に大きな決定打となったのが相性。ミレイは容姿とスタイルに自信を持っていたが、性格に難があると自分自身で承知していた。

 それも悪い意味で難なら改善のしようもあったが、強いリーダー気質といった良い意味での難である為、ミレイの隣に立つ者はどうしても高い水準が求められた。

 実際、言い寄ってくる男はたくさん居たが、男という生き物は基本的に女を従えたい生き物。ミレイに勝てないと知ると大抵の者は去ってゆき、残った者も長く続いた試しが無い。

 唯一、高校時代から好意を表し続けている男が1人居るのだが、ミレイは物足りなさを感じ、男友達としてならともかく、恋人としては受け入れられないでいた。

 その点、ルルーシュは破天荒なミレイの性格を受け入れる度量とミレイ以上の強いリーダー気質を持ち、元々が恋していた相手だけにこれ以上ない相手であった。

 

「まあ、殿下が合わせてくれていた様だが……。

 相性は悪くないどころか、長年を連れ添った夫婦の様に合ってはいたな」

 

 ルーベンもルルーシュとミレイの相性に関しては不思議に思っていた。何故、こんなに相性が良いのだろうか、と。

 今日、ルーベンがミレイを怒鳴ろうと思った回数は数多となるが、思っただけで一度も実行する事は無かった。

 それと言うのも、ルルーシュがミレイの無礼をまるで当たり前の様に受け止め、子供の駄々を聞く様に仕方がないなと苦笑しながら、何処か嬉しそうにしていたからである。

 もしや、女に弱いのかと疑ったが、スタイルの良い容姿端麗なメイドを傍に置いてみたが、ルルーシュは特に興味を示さなかった。 

 

「そう、それ! やっぱり、お爺様もそう思ったんだ!」

「だが、本当に良いのか? それと確かめた訳ではないが、殿下が進む道を考えたら、普通の女としての幸せは望めんぞ?」

 

 ミレイは同意を貰い、嬉しそうな満面の笑みを浮かべながら柏手を打つが、ルーベンの表情は未だ晴れなかった。

 何故ならば、ルーベンとミレイはある共通の見解を持っており、ルルーシュと実際に会った事によって、その確信をより強めていた。恐らく、ルルーシュが帝位を目指しているだろう、と。

 無論、その見解に達するきっかけとなったのは、あのシャルルとルルーシュの謁見中継に他ならない。どう考えても、ルーベンやミレイといった聡くて勘の良い者達から見たら、あの謁見中継は帝位に最も近いとされるシュナイゼルへ対する宣戦布告としか見えなかった。

 もし、ルルーシュが皇帝となった場合、アッシュフォード家は当然の事ながら重臣の一つに数えられ、その恩恵は絶大なモノとなるだろうが、アッシュフォード家の幸せとミレイ個人の幸せはイコールで繋がるとは言い難い。

 その理由はブリタニアが帝政であるが故、血統を残す為、友好を結ぶ為、反乱を防ぐ為、ルルーシュは様々な理由から多く者と婚姻を結ばなければならず、ミレイだけの夫では居られない。

 つまり、ルーベンの心配は我が孫の行く末を心配する言葉通りのものに加えて、我の強いミレイが公然の浮気を許せるかと問う2通りの意味があった。

 

「ええ、そうね。でも、正妃の座は私が貰うわよ」

「ふっ……。我が孫ながら、殿下も大変な女に目を付けられたものだ」

 

 だが、ミレイは自信満々に胸を張り、ルーベンの懸念を荒い鼻息で軽く吹き飛ばす。

 それはとてもミレイらしい答えであり、たまらずルーベンは肩を揺らしながら苦笑ではあるが、ようやく表情を晴らした。

 

 

 


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