コードギアス ナイトメア   作:やまみち

28 / 29
第三章 第05話 閃光の影

 

 

 

「ザ・スピード」

 

 アリスが口の中で小さく呟いた次の瞬間だった。

 タイヤがスリップする様な甲高い音が鳴り響き、廊下の窓は全て閉まっているにも関わらず、まるでアリスが立っていた場所に台風が一瞬だけ現れたかの様に強い突風が吹き荒れて、廊下を突き抜けゆき、窓や教室の扉を大きくガタガタと揺らす。

 

「「な゛っ!?」」

 

 アリスの前後を挟み撃ちにして、攻撃を繰り出そうとしていた男子生徒2人は我が目を疑った。

 突如の突風を受けて、両手を反射行動に顔の前へ翳し、それを下ろすまでの1秒にも満たない刹那。その僅かな間に目の前に居た筈のアリスは姿を消していた。

 そして、驚きを乾かす暇もなく次の瞬間。ガラスの割れる音が廊下に鳴り響き、男子生徒Aが音の発生源である背後を何事かと振り返り、男子生徒Bが目をギョッと見開かせて、届かないと解っていながらも思わず右手を伸ばす。

 

「えっ!?」

「ま、待て! む、無茶をするな!」

 

 男子生徒2人が居る場所から50メートルほど離れた廊下の突き当たり。

 アリスは交差させた腕を顔の前へ置きながら、飛び込み前転を行う様に窓へ飛び込み、ガラスをぶち破って、3階の高さから外へ飛び下りた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「ほらほら、どうしたの! がっかりさせないでよね!」

「くっ!?」

 

 右正拳突き、左正拳突きと続き、後ろ回し蹴りの三連コンビネーション攻撃。

 3階から飛び下りた後、クラブハウス棟へ向かう道中、体育館裏で待っていた敵を相手にして、アリスは防戦一方の足止めを喰らっていた。

 なにしろ、目に見える敵の姿はナナリーであり、耳に聞こえる敵の声もナナリーの声。それは変装とか、声帯模写などのレベルを遙かに越えており、ナナリーそのもの。

 今もハイキックの際にチラリと覗いたオレンジ色のモノとて、先日の買い物で一緒に買ったお揃いの下着。アリス以外は誰も知らない筈のモノ。

 その為、攻撃に転じたとしても、力加減に躊躇いがどうしても生じてしまい、狙いも知らず知らずの内に甘くなり、アリスにとって、目の前の偽ナナリーはやりにく過ぎる相手だった。

 

「さあ、もう一度! 1、2、3っと!」

「ば、馬鹿にして! ……くぅっ!?」

 

 そして、それに重ねての問題。偽ナナリーの攻撃が妙に当たってしまうという謎があった。

 アリスは決して弱くは無い。刀を所持した時のナナリーほどの打倒力はさすがに持っていないが、無手と軽業に秀でており、突破力ならナナリーをも凌ぐ。

 そんなアリスから見て、偽ナナリーの攻撃は長年の研鑽を感じはさせるが、明らかに格下。特に脅威を感じるものでは無かった。

 ところが、間合い見切り、余裕を持って避けているにも関わらず、偽ナナリーの攻撃は見切った筈の手元でグンと伸びて当たり、これがやりにくさを二重にしていた。

 その上、この現場を一般の生徒達に見られたら、騒ぎとなるのは必至。それがアリスの焦りを誘い、苛立ちを三重に重ねる結果となっていた。

 そもそもの発端は剣術大会が始まり、クラス代表に選ばれたアリスが名前を呼ばれ、一回戦の決闘場へ進み出た時の事だった。

 不意に視線を感じた。それもまとわりつく様な粘着した気持ちの悪い視線であり、ソレは試合中もずっと続き、アリスは集中力を乱して、あっさりと一回戦を敗退する。

 その視線は試合後も続き、試しに剣術大会が行われている野外から校舎内へ入ってみるも消えず、さすがに女子トイレの中までは追ってこなかったが、女子トイレから出た途端、視線が待ってましたと言わんばかりに再びまとわりつく始末。

 当然、アリスは苛立ったが、相手の目的が解らない以上、気付かないフリを続け、平静を装いながらも視線の発生源を探して、探して、探しまくり。ようやく、ソレを見つける。

 美術室や理科実験室などの特殊教室が列ぶ校舎の屋上、ほぼ真上を見上げなければならない死角の位置に見知らぬ男子生徒が居るのを鏡代わりにした黒い壁紙の携帯電話のディスプレイの中に見つけた。

 その瞬間、アリスは大きな勘違いの可能性にふと気付く。もしかしたら、この視線は自分を狙ったものではなく、常に一緒に居たナナリーを狙ったものなのではなかろうか、と。

 しかし、それならそれで気配察知に長けているナナリーが気付いていない筈が無いのだが、今日のナナリーにソレを求めるのは無理だった。

 何故ならば、傍目には普段通りにしか見えないが、実のところ、ナナリーは初めての大会参加に少し緊張しており、その証拠にアリスはトイレへ何度となく誘われていた。

 それ故、アリスは決勝戦を次に控えている今、ナナリーへ余計な邪念を与えてはならないと単独での行動を決意。苦悶の表情を浮かべて、お腹を右手でさすり、腹痛を装いながら女子トイレへ駆け込み、そのまま女子トイレの窓から外へ出た。

 思惑通り、女子トイレを経由した事によって、まとわりついていた視線は消え去り、アリスは誰の目にも触れない様に校舎の窓ガラスの位置より腰を低くして駆けると、美術室や理科実験室などの特殊教室が列ぶ校舎の屋上へと急いだ。

 

「甘いよ!」

「ぐふっ!?」

 

 偽ナナリーの猛ラッシュを浴び、アリスは両腕を身体の前に立ててのガード。

 だが、上段へ対する攻撃が続いた為、ガードは自然と上がり、その隙を突き、偽ナナリーが踏み入れた左膝を落としながら腰を右に捻り、下から突き上げる右拳をアリスの鳩尾へ放つ。

 アリスは目が飛び出すほどの激痛を味わうと共に呼吸を詰まらせての悶絶。脳が急速な酸欠状態となり、後方へたたら踏んで倒れそうになるが、頭を左右に素早く振って持ち直す。

 屋上で出会ったのが、先ほどの男子生徒2人。普段は出入りが固く禁じられており、南京錠とチェーンが施されている筈の屋上へ出ると、アリスを待っていたのは明確な敵意と問答無用の攻撃。

 多勢に無勢。アリスは即座に逃げを選び、彼等の追跡を攪乱しようと、3階の社会科資料室へ一旦は潜伏したが、あの嫌な視線が再びまとわりつくと、あっさりと発見されてしまい、その後は冒頭へと至る。

 

「おっ!? やるじゃん? 今ので倒れないなんてさ?」

 

 星がチカチカと瞬き、歪んで見える視界。アリスは奥歯を噛み締めて、意識を無理矢理に保ち、笑う膝に力を入れて踏ん張る。

 言うまでもないが、アリスは自棄になって、3階の高さから飛んだ訳ではない。飛ぶ先にクラブハウスへ至る道が有り、そこにクッション代わりとなる並木が有ると知っての事だった。

 但し、その並木は2階をやっと超える程度の高さしかなく、飛び下りた3階の窓からは見下ろす位置、アリスが駆けた3階の廊下からは見えない位置にあった。

 また、それ以上に問題だったのが、並木と校舎の間に存在する距離。走り幅跳びの世界記録を軽く超える距離が有り、常識的に考えて、アリスの決断は無茶無謀すぎた。

 だが、その無茶無謀を覆す術をアリスは持っていた。それが『ザ・スピード』、アリスが追っ手である男子生徒2人の目の前から唐突に消えた理由『ギアス』である。

 

「でも、聞いていた話とは随分と違うね?

 これじゃあ、ちっとも面白くないよ。拍子抜けって感じ」

 

 追撃の余裕は十分過ぎるほど有るにも関わらず、余裕を見せ付けて、嫌味にニヤニヤと嘲り笑う偽ナナリー。

 その笑みが決定打となり、アリスは決断する。力ある言葉『ザ・スピード』を小さく紡ぎ、左の瞳の中に赤い紋章を輝かせた。

 『ザ・スピード』とは、誰にでも等しく流れている時の概念を引き延ばして、その感覚の中、アリス自身とアリスが触れている物は通常と変わらぬ動きが出来る能力である。

 例えるなら、アリスが時の流れを5倍速に設定すると、アリスにとっての5秒が通常者の1秒となり、その引き延ばされた5秒の中をアリスは通常と変わらない1秒を過ごす為、周囲から見たら、アリスが通常の5倍の速さで動いている様に見える。

 

「あっ!? ……ぐううううっ!?」

 

 偽ナナリーが何かに気付いて血相を変えるが、時既に遅し。

 アリスの姿が不意に掻き消えたかと思ったら、対峙していた5メートルほどの距離を瞬時に詰めて、アリスは偽ナナリーの目の前に現れ、先ほどのお返しと言わんばかりにすれ違い様の右膝を偽ナナリーの鳩尾へ深々と突き刺していた。

 『ザ・スピード』の優秀なところは、その時を引き延ばす倍率は一旦固定されたら解除するまでは不変だが、発動前は任意の倍率を選べる点に尽きる。

 それこそ、極論を言ってしまえば、拳銃が放った銃弾すらも止まって見える様な倍率さえも設定可能だが、それと引き換えに2つのデメリットが存在する。

 まず1つ目のデメリットは体力の問題。倍率を上げれば、上げるほど、同じ100メートルを走るにしても、その消費体力は大きくなってゆく。

 次の2つ目のデメリットは肉体の耐久力の問題。一説によると、人間とは自身の肉体を壊さない為に枷を知らず知らずの内に課しており、どんなに力を振り絞ったとしても潜在能力の3割しか出せないらしい。

 ところが、その枷を『ザ・スピード』のギアスは容易く外す。5倍速に設定すれば、5倍の動体視力を、5倍の腕力を、5倍の脚力を、5倍の跳躍力を得る事が出来る。それが1秒という時の中を5秒分動ける正体である。

 即ち、この2つの限界を超えた瞬間か、またはギアス発動と共に分泌される脳内麻薬が切れた途端、ギアスを使用した反動が一気に現れる為、過度の連続使用や極端な高倍速はとても危険な一面を持っていた。

 

「真似るなら、しっかりと真似なさいよね。

 ナナリーは弱者を嬲って笑ったりは絶対にしないから……。

 ……って、ああ……。そういう仕掛けだったのね。手品と一緒か」

 

 偽ナナリーは苦悶の表情を浮かべて、口をパクパクと開閉。

 身体を『く』の字に曲げて、一歩、二歩、三歩と蹌踉めいて後退すると、その場に膝をつき、そのままコンクリートの大地へ倒れ伏した。

 その途端、偽ナナリーの姿はアッシュフォード学園高等部女子制服から見慣れぬ灰色の制服へと変わり、その体付きも、容貌も男のモノへと変わる。

 アリスは倒れ伏した男の身長がナナリーよりも10センチくらい高いと知り、欺かれていたのが容姿や声だけではなく、攻撃の間合いもまた欺かれていた事に気付く。

 つまり、身長がナナリーよりも高い分、この謎の男の本来の間合いはナナリーより広くなり、実際と見た目の差異が生まれて、見切りを誤らせる結果となり、攻撃の際にあった手元でグンと伸びる様な感覚もこれが原因だった。

 

「ええっと……。良し、あそこにしよう」

 

 アリスは辺りをキョロキョロと見渡した後、謎の男の両脚を持って引きずり、近くのベンチに乗せて寝かせると、いかにも昼寝をしています風のポーズを取らせる。

 本音を言ったら、手足を拘束させて、その目的を聞き出したかったが、この場へ一般の生徒がいつ現れるか知れず、それを聞いている暇は無かった。

 

 

 

 ******

 

 

 

「……やっぱり、怪しい」

 

 クラブハウス棟の最も端にある男子ラグビー部の部室に潜伏して、アリスはチャンスを窺っていた。

 目指すは高等部の南に隣接するアッシュフォード邸。その敷地を囲む森は目前にあったが、最後の十数メートルの距離が詰められず、アリスは既に約10分以上もこの場に潜伏中。

 その理由は磨りガラスの窓を少しだけ開けた隙間から見える男子生徒。高等部と森の間にある見通しの良い道路にて、先ほどから行ったり、来たりを繰り返す様は明らかに不自然であり、誰かを待ち伏せているとしか見えなかった。

 屋上で出会った男子生徒2人も、ここへ来る道中で戦った者も、特殊能力を持っていたが為、目の前の男子生徒もまた何らかの特殊能力を持っていると十分に考えられ、それがアリスを躊躇わせていた。

 ちなみに、アリス自身が『ザ・スピード』という特殊能力を持っており、数多の特殊能力を過去に見た経験が有る為、敵が特殊能力を持っている事実に関しての驚きは無い。

 しかも、障害は怪しい男子生徒だけでは無かった。高等部の敷地を囲む金網があり、その高さは3メートルほど。それを上るのは容易だが、上る際に音が必ず鳴り、気付かれてしまうのは必然だった。

 

「それにしても……。何なの! この臭い!

 臭すぎるよ! しかも、こんなに散らかして!」

 

 当然、冷静さを必要とする場面なのだが、この部室はアリスの冷静さを崩す上に苛立たせる原因が数多にあった。

 一言で言ってしまえば、ゴミの山。細長い部室は片方の壁にロッカーが列び、そのロッカーの前に獣道の様な隙間が有るだけで足の踏み場が無かった。

 特に部室中央のテーブルに山積みされた汚れ物からは酸っぱい男臭さが漂っており、この部室に潜伏してから約10分が経っているにも関わらず、未だ鼻が曲がりそうなくらい臭かった。

 つい苛立ちから足下のゴミを蹴飛ばしてみれば、いつからそこにあったのか、菌糸類が繁殖したエメラルドグリーン色のコンビニの弁当箱が発掘され、同時に数匹の『G』が姿を現して、音をカサカサと立てながら素早く散ってゆく。

 

「ひぃっ!? ……んぐっ!?」

 

 その瞬間、アリスは思わず全身を強張らせて爪先立ち。既に部屋の隅に立っているが、ゴミとの距離を1ミリでも離れようと、より部屋の隅へ後退してへばり付く。

 また、思わず悲鳴をあげそうになったが、即座に己の胸を右拳で思いっ切り叩き、息を無理矢理に詰まらせるという方法で危うく堪えている。

 

「ほ、保安部は何してるのよぉ~~……。

 い、いつまで経っても連絡は来ないし……。も、もう、どうなってるのっ!?」

 

 今や、その姿は隠れて見えなくなったが、この部室にソレが居ると知ってしまった今、その嫌悪感と恐怖心は消せない。

 アリスは鳥肌を全身に立たせて、そのザラザラとした両腕の肌を手で擦りながら背筋を走る寒気に堪える一方、この部室から今すぐ出ていきたい心境に駆られる。

 ところが、例の怪しい男子生徒はこちらへ向かっているところ。アリスは様々な感情を飲み込んで自重するが、やり場の無い怒りだけは飲み込めず、それがボヤきとなって現れる。

 アッシュフォード学園はルーベンが所有する土地ではあるが、アッシュフォードの領地ではない為、当然の事ながら国の警察機関が配置されている。

 だが、それとは別にして、アッシュフォード私設の保安部という機関も存在しており、アッシュフォード学園という巨大な学園都市の治安維持を同じく担っていた。

 その設立理由は本国、各エリアから留学生を迎えており、その中には貴族の子弟子女が多く居る為、警備面を強化する必要があったから、と表向きはなっているが、真実は違う。

 このアッシュフォード学園はルーベンがナナリーの為に作ったモラトリウムであり、ナナリーを護る為の要塞。孫のミレイすら含めて、その他はナナリーのおまけでしかない。

 だからこそ、アリスにしたら、これほどの騒ぎがナナリーの身近で起こっているにも関わらず、保安部が何のリアクションも返してこないのは異常だと言わざるを得なかった。

 例え、高等部の各所に設置されている隠しカメラの映像を監視担当員が見逃していたとしても、アリスが特別教室棟の3階廊下の窓を割った時点で侵入者警報が保安部の本部で鳴っている筈だった。

 その上、アリス自身も携帯電話の電源を切る事で兼ねているエマージェーシーコールを発していたが、これに対する反応も無し。アリスがナナリーの直接護衛役を担っているが故、全てにおいて優先される筈のエマージェーシーコールがである。

 それ故、考え悩んだ末、アリスは本来なら向かうべき先の高等部地下に存在する保安部本部へ向かわず、アッシュフォード邸を目指していた。保安部本部が敵の手に墜ちたという最悪の事態を考えて。

 

「でさぁ~~……。」

「だよねぇ~~……。」

 

 壁に張り付いているからこそ、ふと壁越しに聞こえてきた微かな声。

 アリスは目をハッと見開かせた後、目を瞑りながら耳を澄ますと、隣の女子サッカー部だけでは無かった。クラブハウス棟周辺の気配がゆっくりと増えつつあるのが解った。

 恐らく、剣術大会が終わったのだろう。この部室の住人達が次の瞬間にも現れるかも知れないという可能性がアリスの焦りを加速させる。

 なにしろ、怪しい男子生徒を見つけて、その様子を探る場所としては絶好の位置だったが、ここは男子ラグビー部の部室。女であるアリスがここに居るのはどう考えても不自然すぎた。

 部室へ侵入する前は、マネージャーとしての入部希望を言い訳に考えていたが、この部室の有り様を見た今となっては絶対にノーサンキュー。嘘でも言いたくは無かった。

 最早、躊躇っている暇は無かった。この『G』が隠れ潜む部室から一刻も去りたいという思いも手伝って、アリスは窓を勢い良く開け放ち、口の中で小さく『ザ・スピード』と呟く。

 その設定速度は禁断の10倍速。嘗て、それを行った時は12秒で両脚の肉離れが起こり、ギアスが勝手に解除された事を考えると、アリスに与えられた時間はたったの10秒。

 

「っ!?」

 

 扉が開く音に反応して振り向き始めた怪しい男子生徒を目の前にして、アリスは窓を乗り越える。

 そして、両腕を振りながら両膝を一気に屈伸させてのその場跳び。金網を上らず、金網そのものを飛び越えてしまう。

 心の中のカウントは既に6つ目。背後を振り返って、怪しい男子生徒の様子を確認する余裕は無く、アリスは着地と共にすぐさま森へ駆ける。

 

「うわっ!?」

 

 カウントは遂に10へ到達。アリスが木の影に隠れて、ギアスを解除させた次の瞬間。

 男子ラグビー部の部室から森までのアリスが通った道のりにて、突風を越える暴風が巻き起こり、窓が、金網が、森の枝が一斉に激しく揺れる。

 その暴風を間近で浴び、怪しい男子生徒は思わず驚き声をあげて、あまりの風圧に堪えきれず尻餅をつく。

 

「何、今の凄い風? ……って、キャっ!?」

「い、いや……。そ、その……。す、済みませんでした!」

 

 同時に女子サッカー部の部室でも幾つかの悲鳴があがり、好奇心に促された1人の女子生徒が窓を開ける。

 その直後、すぐ目の前に居た怪しい男子生徒と必然的に目が合い、女子生徒は思わず悲鳴をあげて驚き、一歩後退。

 現代社会において、こういった場面に直面した場合、男は弱い。女性へ対しての免疫を持たない者なら、それは尚更の事だった。

 謝る必要も無ければ、逃げる必要も無いのだが、女子生徒の視線に耐えきれず、慌てて男子生徒は立ち上がると、その場から一目散に逃げ出す。

 その様子を眺めて、アリスは予想外の大成功に驚きながらも、これなら追って来る心配はあるまいと一安心。森の奥へと向かう。

 

「よしよし……。これでもう大丈夫かな?」

 

 だが、アリスは大事な事を忘れていた。先ほどアリスが起こした暴風の始まりがあの男子ラグビー部の部室内からだったのを。 

 そう、暴風が狭い部室内に吹き荒れた結果、ゴミの山の下で息を潜めていた何百、何千という大量の『G』が一斉に覚醒。

 その侵攻は数分後に隣の女子サッカー部へと及び、クラブハウス棟は阿鼻叫喚の地獄絵図となり、翌日は立ち入りが禁止されての大バルサン大会が開催。

 一週間後、男子ラグビー部は『G』の大量繁殖の責任を追及されて、同好会に格下げされると共に部室を失った。

 

 

 

 ******

 

 

 

「はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。」

 

 アリスは息を絶え絶えに顎を上げて、足下をふらつかせながら森の中を駆けていた。

 その姿はまるで豪雨に打たれたかの様に汗だく。上着のブラウスは肌にべったりと張り付き、オレンジ色のブラジャーが完全に透けている状態。

 時たま、脹ら脛が大きく痙攣を起こし、その度に倒れかけながらも懸命に踏ん張り、アリスは決して足を止めようとはしなかった。一度でも止めたら、もう立ち上がれないと解っていたからである。

 アッシュフォード邸を囲む森は租界の中に作られた人工の森。決して深くはないのだが、木の配置に工夫が施されており、その法則を知らない者が森へ入ると、幾ら進んでも奥へは行けず、逆に外へ、外へと向かう不思議な仕組みとなっている。

 だが、その法則さえ知っていれば、普通の森と変わらない。直線に進めないだけであって、森の何処から入っても、約300メートルほど歩くと、アッシュフォード邸へ到達する事が出来る。

 なら、このフルマラソンを走ったかの様な激しい消耗は何故なのかと言えば、これこそが『ザ・スピード』の代償だった。

 もっとも、真の代償は明日の朝になって現れる筋肉痛。その痛さたるや、壮絶なモノがあり、強いて例えるなら、寝ているアリスの上にお相撲さんがドスンと乗っかり、コサックダンスを踊っている様な痛み。

 

「はぁ……。はぁ……。くっ!?」

 

 ようやく森の先に光が見え、アリスは最後の気力を振り絞って、奥歯を噛み締めながらダッシュ開始。

 そして、とうとうアッシュフォード邸の裏庭に到着。アリスは己の幸運に感謝した。正面の玄関口へ回るまでもなく、使用人達が出入りする為の裏口が開いているのを見つけて。

 

「も、申し上げます! こ、高等部に正体不明の敵が……。」

 

 更なる猛ダッシュ。裏口を目の前にして、遂に体力も、気力も尽き果てるが、その寸前で踏み切って飛び込む。

 その際、前回り受け身を行う事によって、三半規管が揺すられて、只でさえ朦朧としている視界が更に朦朧となる。

 しかし、周囲に確かな人の気配を感じ、アリスは床に俯せて倒れたまま、今正にアッシュフォード学園高等部で起こっている異常を叫び訴えた。

 

「「「おめでとう! アリス!」」」

「侵入……。へっ!?」

 

 ところが、それを遮って舞い降りる盛大な拍手喝采。

 当然、意味が解らないアリスは怪訝を表情に浮かべるしかなかったが、身を起こして、思わず茫然と目が点。混乱大パニック。

 

「アリス、良く頑張ったわね!」

「ええ、誇らしいわ! これで誰も文句を言わない筈よ!」

「うんうん! はい、お水!」

 

 アリスが見上げると、そこには嬉しそうに微笑む3人が居た。

 約5年ぶりの再会。お互いに成長はしていたが、それぞれが幼い頃の面影を残しており、アリスは一目見るなり、3人が誰なのかが解った。

 嘗て、同じ部屋で暮らしていた3歳年上の姉『サンチア』と2歳年上の姉『ルクレティア』と1歳年下の妹『ダルク』、アリスの姉妹である。

 但し、姉妹と言っても、サンチアは東洋系の黒髪黒目、ルクレティアはブリタニア系の金髪碧眼、ダルクは南米系の銀髪蒼目。その見た目で解る通り、4人に血の繋がりは無い。

 

「あ、ありがとう……。

 ……って、違う! 何なのよ! これ!

 どういう事! どうして、姉さん達とダルクがここに居るの! おめでとうって、何! 何なの!」

 

 目の前に差し出されたグラスは氷入りの冷水に満たされて、その表面は結露した水滴が滴り、今のアリスにとったらソレは最大のご馳走だった。

 アリスは引ったくり奪う様に受け取って、一気飲み。喉を美味そうにゴクゴクと鳴らして、気が逸るあまり、口の端から水が零れ、胸元を濡らしてゆくが気にしない。

 そして、飲みきったところで我に帰ると、その口から出てきたのは疑問ばかり。怒りと苛立ちにグラスを床へ思いっ切り叩き付ける。

 なにせ、親友であり、護衛対象のナナリーを置き去りにしてでも、高等部の異常を一刻も早く伝えねばと息も絶え絶えに来てみれば、エリア11に居る筈の無い姉妹達の歓迎である。

 しかも、改めて良く見ると、姉妹達が着ている服装はパンツとスカートの違いはあるが、その上着は偽ナナリーの正体が着ていたものと同じデザイン。アリスが怒るのも無理のない話。

 

「それについては俺が説明しよう」

 

 そこへ見計らったかの様なタイミングで現れるルルーシュ。

 ちなみに、剣術大会が終わった今、女装は既に解いており、その服装は今日のアッシュフォード訪問がお忍びである為にカジュアルなもの。

 

「「「きょ、饗主様っ!?」」」

「え゛っ!? ……きょうしゅさま?」

 

 サンチアとルクレティアとダルクの3人は即座に部屋の隅まで足早に後退り、片跪きながら頭を深々と垂れる。

 だが、アリスにとって、饗主とはV.Vであり、C.Cの2人。意味がさっぱり解らず、視線をルルーシュと3人へ交互に向けて混乱しまくり、再び茫然と目が点。

 

「な、何をしてるの! ぶ、無礼でしょう!」

「ア、アリスちゃん! きょ、饗主様の御前よ!」

「きょ、饗主様だよ! あ、新しい饗主様!」

 

 そんなアリスに目をギョギョッと見開き、顔色を蒼白にさせる3人。

 一拍の間の後、その声を潜めながらも怒鳴る3人の指摘にルルーシュが何者であるかを理解して、アリスは自分の知らない約5年間にビックリ仰天。

 

「も、申し訳有りません!

 ご、ご無礼を! ご、ご無礼をお許し下さい!」

 

 すぐさま跳び起きると、アリスもまたダルクの隣に列び、エリア11での生活で憶えた最大の礼『土下座』をルルーシュへ捧げた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。