コードギアス ナイトメア   作:やまみち

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序章前 第03話 8月10日

 

 ___ 皇歴 2010年

 

 

 

「うむ、良いぞ! 

 どうやら鍛錬は欠かしていない様だな! 以前より踏み込みが早くなっている!」 

 

 富士山が見える静岡県某所。現内閣総理大臣『枢木ゲンブ』の生家、枢木神社。

 入道雲が背伸びをし始めた夏の早朝。山の深緑に囲まれた境内にて、竹刀が打ち合う音と砂利を蹴る音が響き、その合間に威勢の良いかけ声が上がっていた。

 声の主の名前は『藤堂鏡志朗』、公式の剣道連盟が定める剣道の腕前は三段だが、枢木神社の麓にある生家『藤堂流道場』の皆伝と印可を持つ当代の剣豪と言っても過言ではない人物。

 本来は日本軍に所属しており、少佐の階級を持っているが、ゲンブと生家が近所同士という縁を買われて、現在は警視庁警備部へ出向中。ゲンブの専属護衛任務に就いている。

 

「次はここだ! ここを狙え!

 但し、いつも言っている様に抜きを忘れず、攻撃は常に二段構えで! さあ、打ちなさい!」

 

 藤堂はこの神社へ訪れる度に思う。自分はなんと恵まれているのだろうか、と。

 約1年前、ゲンブと共に帰省した際、たまたま境内で素振りの鍛錬をしていたところ、それを見ていたスザクからせがまれ、最初は自分自身の暇潰しで手解きを始めたのがきっかけだった。

 ところが、枢木ゲンブの息子『枢木スザク』とその婚約者『ナナリー・ヴィ・ブリタニア』の2人は輝かんばかりの煌めく才能を持っていた。

 しかも、2人はまだ子供。指導者として、真っ白な状態から染める事が出来るのはこの上ない喜びだった。やはり才能が幾らあっても、最初の大事な段階で誤ってしまえば、修正は難しくなり、大成もし難い。

 ただ残念なのが、今の任務の都合上、指導が出来るのは多忙を極めるゲンブが帰省した時のみという事。

 もっとも、それはそれで別の喜びがあるのも事実。普通の子供なら辛いか、飽きるかして、投げ出してもおかしくない鍛錬。藤堂が不在の間、それをスザクも、ナナリーも真面目にきちんと行っており、帰省する度に2人の成長が目に見えて取れた。

 生家の道場へ通う同年齢の小学生達と比べてみても、2人の実力は圧倒している。スザクは中学生、ナナリーは小学校高学年と良い勝負が出来るまでになっている。

 どうしても国を護りたいと言う志があって、軍隊へ入り、生家の道場は弟へ譲ったが、この煌めく才能達を育てる為、今の任務が済んだら除隊して、道場を開くのも悪くないと藤堂は今では考えていた。

 

「ほら、甘い!」

「キャっ!? ……い゛っ!?」

「抜きを忘れるなと今言ったばかりだ! だから、打たれる!

 さあ、すぐに構えて! 構えが遅ければ、それだけ相手に時間を与える事になるぞ!」

「はい!」

 

 ナナリーの悲鳴があがり、途絶える竹刀の打ち合い。

 だが、それも束の間。ナナリーは打たれた痛みに思わず落とした竹刀をすぐさま拾うと、中段を構え、竹刀の打ち合いを再開。これがまた藤堂の喜びだった。

 藤堂達が行っているのは、麓の道場で藤堂の弟が近所の子供達相手に行っている『剣道』ではない。藤堂家に古くから伝わる『剣術』である。

 身に着けているのは胴着と袴のみ。剣道の様に防具は着けておらず、竹刀を使っているとは言え、打たれれば、かなりの痛みがある。

 普通の子供なら泣くか、嫌がるものだが、スザクも、ナナリーもへこたれず、打たれても前へ進み出る気概を持っていた。

 このまま指導を誤らず、鍛錬を怠らず、成長すれば、自分を越える剣士になれるはずだと藤堂は考えていた。

 しかし、その前に一つの懸念があった。それは日本と神聖ブリタニア帝国の関係である。

 常にゲンブの傍にある藤堂は知っていた。日本と神聖ブリタニア帝国、その両国の緊張が既に引き返せないほど最悪な段階にまで至っている事実を。

 開戦したら、スザクとナナリーはどうなってしまうのか。それを考えると、藤堂はやるせなくて仕方が無かった。

 

「痛てててて……。 藤堂先生ってば、容赦ないよなぁ~~……。」

 

 一方、藤堂とナナリーが打ち合いをしている今、手持ち無沙汰なスザク。

 賽銭箱前の神社本殿へ上る階段に腰掛けて、胴着の左袖を捲り上げ、竹刀を打ち据えられて、赤く腫れ上がっている腕へ息をフーフーと吹きかけていた。

 そこへ現れる初老の女性。彼女は枢木家に住み込みで働いているお手伝いさんであり、母を既に亡くしたスザクにとって、母親代わりの人物。

 

「スザクさん、ゲンブ様がお呼びですよ」

「父さんが? ……何だろう?」

 

 あと15分もしたら朝食の時間。その時に顔を合わせるにも関わらず、わざわざの呼び出し。

 スザクは変だなと思いながらも、尻の埃を叩き払って立ち上がった。

 

 

 

 ******

 

 

 

「父さん、何? ……って、えっ!?」

 

 社務所を兼ねる枢木家本邸。父親の呼び出しに軽い気持ちで訪れた奥座敷、スザクは襖を開くなり、思わず歩を止めた。

 紋付き袴姿、いつも朝食後まで浴衣姿でいる父がである。こんな前例は記憶を幾ら探っても見当たらない。

 しかも、部屋の上座、その裾をきちんと揃えて、座布団の上に腕を組みながら正座。表情は険しく、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 

「どうした? 早く座れ」

「う、うん……。」

 

 顔どころか、視線すらも向けず、前を真っ直ぐに向いたままのゲンブに促され、スザクは戸惑いながらも部屋へ入る。

 仰々しい雰囲気に飲まれ、ゲンブの前に置かれた座布団へ正座。居心地の悪さに辺りをキョロキョロと見渡す。

 そして、気付く。普段は放置されて、昨日まで埃だらけだったはずの奥座敷が隅々まで清められ、床の間には色鮮やかな生け花と初めて見る掛け軸が飾られていた。

 

「スザク……。」

「は、はいっ!?」

「ナナリー君はお前の許嫁だ」

「う、うん……。」

「なら、正直に応えろ。……好きか?」

「えっ!? ……ええっ!?」

 

 そこへ脈絡もなく突然のこの質問。スザクは大混乱。

 最初は何を言っているんだと呆け、一呼吸を置いてから理解。顔を紅く染めて驚き、大口を開けての間抜け顔。

 その様子が愉快で堪らず、ゲンブは吹き出してしまい、顔を背けて耐えるが耐えきれず、肩をプルプルと震わせる。

 

「ぷっ!? くっくっくっくっくっ……。」

「な゛っ!? ……ち、違うってっ!? 

 ナ、ナナリーはっ!? そ、その……。だ、だから……。そ、そう! い、妹! い、妹みたいなもので!」

「はいはい……。解った、解った……。」

「い、いや、父さんは解ってない! ぼ、僕は!」

 

 ますますスザクは混乱を深めて、暫く間抜けな顔で固まっていたが、答えを言わずとも本心を悟られたと知る。

 慌てて我に帰り、弁解を捲し立てるが、己の秘めた想いを知られた事実は変わらず、言葉を列べれば列べるほど、ゲンブの肩の震えは大きくなってゆくばかり。

 挙げ句の果て、ゲンブは隠すのを止めて、愉悦にニヤニヤと笑い、スザクは羞恥と怒りに顔を真っ赤っかに染めて、片膝を立てる。

 

「だったら、言い方を変えよう。

 お前はナナリー君の事を大事に思っている。それは間違いないな?」

「えっ!? あっ!? う、うん……。」

 

 しかし、スザクが立ち上がりきる直前、ゲンブがスザクをギロリと強く睨み、雰囲気を再び真剣なものへと一変させた。

 スザクは気圧されて勢いを失い、立ち上がりかけた体勢のままで躊躇いながらも頷く。

 

「なら、これを受け取れ」

「な、何さ。……え゛え゛っ!?」

 

 更に間一髪を入れず、驚愕がスザクを襲う。

 ゲンブが袖の袂から取り出して、畳の上へ置いた茶封筒。スザクは正座に座り戻って、それを受け取り、その中身を見るなり言葉を失った。

 茶封筒がパンパンに膨らむほどの札束。何処を捲っても、福沢諭吉しか居らず、千円札より上の札が財布へ入った経験のないスザクにとって、それは未知の領域過ぎた。

 茶封筒からゲンブへ視線を弾かれた様に上げると、ゲンブが正座をしたまま距離を詰めて、スザクの肩に両手を置く。

 

「時間が無いから、一度しか言わないぞ?

 今日、学校へ行ったら、そのままナナリー君を連れて、裏口から逃げるんだ。

 監視が緩むのは、その時しかない。

 バスでも、電車でも良い。とにかく、その金を使って、西を目指せ。

 博多まで行き、その封筒の中に入っている紙に書かれた場所へ行け。そこでお前達を待っている人が居るはずだ」

「……ど、どういう事?」

「日本とブリタニアは戦争になる。それも今日、明日中にだ」

「っ!?」

 

 間一髪を入れず、次から次へと放たれる衝撃。それはスザクの理解を超えていた。あまりにも超え過ぎていた。

 日本とブリタニアの関係が悪化しているのは知っていた。そう言った類のテレビ報道が頻りに放送されており、周囲の大人達の声を聞いていれば、意味が解らずとも把握できた。

 また、食料自給率が悪く、輸入に頼らなければならない日本は、ここ数年の食料物価がブリタニアの締め付けで上昇。スザクが好きな駄菓子『うんまい棒』も値段が上がっており、目で解るモノもあった。

 今、そうした事実から日本国内ではブリタニア差別が蔓延しており、スザクが常に見張ってはいるが、いじめまでいかないにしろ、ナナリーは学校で嫌がらせを度々受けていた。

 階段を下りて、すぐ麓に剣道道場があるのにも関わらず、スザクとナナリーがそこへ通わず、藤堂から指導を受けているのはそう言った理由からだった。

 しかし、そう言った事情を知ってさえいても、スザクは『戦争』と言うモノが信じられず、想像がまるで付かなかった。

 無論、それがどんなモノかは知っているが、『戦争』は映画や漫画、アニメの中での出来事。現実にあっても、それは遠い国々での出来事だと考えていた。

 スザクは父親がそんなキャラではないと知りながらも、今すぐ『なぁ~んちゃって! 嘘だよ~ん!』と戯けて舌を出すのを期待したが、ゲンブの真っ直ぐな目は嘘を言っていなかった。

 そして、ふと思い出す。その目を何処かで見た記憶がある、と。

 

「詳しい事情は省く。子供のお前に言っても、まだ解らないだろうし……。その時間も無い。

 だが、これだけは理解しろ。

 ナナリー君は日本、ブリタニアのどちらに捕まっても、良い結果が待っていない。

 そして、どちらにせよ、お前とナナリー君は二度と会えなくなる。

 だから、お前がナナリー君を護るんだ。とにかく、博多まで逃げろ。

 そこまで行けば、安心だ。お前達の亡命を受け入れる様に中華連邦とは話を付けてある。

 良いな? もう一度だけ言うぞ? ……スザク、お前がナナリー君を護るんだ。絶対に護るんだ」

「……う、うん」

 

 ゲンブはスザクへ言い聞かせながらも解っていた。

 まだ子供のスザクには難しいどころか、ほぼ不可能に近いと解っていたが、スザクに頼るしか手段が他に無かった。

 本来なら、ゲンブはスザクの役目を藤堂へ頼もうと考えていた。藤堂なら腕が立って、スザクとナナリーも懐いており、その役目は藤堂以外に有り得ないと思えるほど適任だった。

 ところが、ところがである。昨日、東京を離れる際、自分不在の代役を任せられる側近中の側近がゲンブの耳元で囁いた。藤堂は『桐原』と繋がりが有り、決して信用してはいけない、と。

 『桐原』とは、一般的に知られていないが、古くから天皇家を支え、今も政財界に多大な影響を持つ枢木家を含めた京都六家の一つであり、桐原家は今代の京都六家の纏め役。その当主とゲンブは以前から対立関係にあった。

 しかし、代役を探している時間も、躊躇っている余裕も無いほどにブリタニアとの状況は切迫していた。

 最初は予定された軍事演習であり、いつもの示威行動だとばかり考えていた日本の思惑は外れる。

 ブリタニア本国のバンクーバー基地から出撃した艦隊が北太平洋のウィスロウ島付近でアラスカのアンカレッジ基地を出撃した艦隊と合流。

 ほぼ同じ頃、ブリタニア本国のロサンゼルス基地を出撃した艦隊がハワイ基地へ向かっているのが解り、まさかという緊張が走った。

 その後、ミクロネシア基地とフィリピンのマニラ基地から艦隊が出撃した時はもう間違いないとされ、ゲンブの元へ連絡が届いたのは約1時間前。

 最早、ブリタニアが時間差で日本包囲網を作ろうとしているのは明白。ブリタニア各艦隊が日本の領海へ入るのも時間の問題とされた。

 そう、ゲンブは内閣総理大臣として多忙を極め、帰省などしている余裕は無いのだが、このスザクとの約束をする為だけに帰省していた。

 余談だが、この様にナナリーをとても想い、その行く末を心配しているが、ゲンブは親ブリタニア派ではない。

 むしろ、その正反対であり、日本に拡がりつつあった反ブリタニアの機運に乗って、裏舞台から表舞台の国会議員となり、超タカ派と知られながら内閣総理大臣にまで至った人物である。

 それこそ、『ブリタニアが何ほどのものだ! 日本は絶対に屈しない! 戦争、大いに結構!』と政治家でありながら過激に息巻き、今ほど世間が反ブリタニアに染まる以前はマスコミから極右と散々叩かれ、政治家の資格無しとまで言われていた。

 当然、ブリタニア皇女の日本留学がブリタニアから申し込まれた時は鼻で笑った。時勢が時勢だけにていのいい人質なのは明らかであり、皇女である点を以てしてもハニートラップであるのが明らかだったからである。

 ゲンブは特に興味も持たず、詳しい詳細も聞かずにブリタニアの申し出を了承した。

 

『自分は妻以外に興味は無い。だが、くれると言うなら貰ってやる。

 最近はスザクも成長して、手がかかる様になってきたから、その相手をさせるのに丁度良いだろう。

 それにスザクが年頃になったら、男になる手ほどきをして貰う相手としては、ブリタニアの皇女なら格として申し分ない』

 

 その程度の軽い気持ちだったが、ゲンブは来日した皇女をいざ前にして驚き、その心を次第に変えてゆく。

 まず驚いたのが、申し込みから来日までの期間がたったの三日。一般人の旅行でさえ、チケットの手配やらで準備にもっと時間がかかる。国のVIPともなれば、尚更というもの。

 次に驚いたのが、皇女が乗ってきた飛行機が一般の旅客機であり、その座席がエコノミークラス。皇族だけに専用機で現れるものだと考えて、VIPエリアで到着を待っていた為、到着した皇女を約1時間も待ちぼうけさせてしまった。

 更に驚いたのが、皇女の随行員がたったの1人っきり。その1人も待ちぼうけさせてしまったが為に時間が無かったらしく、ゲンブからサインを書類に貰うと、折り返しの飛行機に乗り、さっさと帰ってしまう始末。

 極めつけが、皇女の年齢がまだ5歳。それも荷物が手提げ鞄1つしか持っていなかったという事実。

 それは誰がどう見ても『敵地に置き去られた少女』の図。挨拶を蚊の鳴く様な小さな声で交わしたっきり喋らず、こちらを不安そうな揺れる目で見続けている少女は、父親であるブリタニア皇帝に捨てられたのだと、すぐに理解した。

 ゲンブは義憤に駆られ、ゲンブと共に皇女の出迎えに来た側近達も口々にブリタリアを罵った。

 そして、ブリタニアへ抗議の電話を入れていた背後の側近の1人がゲンブを呼び、送り返すかという意味で『どうしますか?』と問い、また捨てられるのかと怯える皇女が身体をビクッと震わせた時、ゲンブは皇女の受け入れを決意。皇女と目線を合わせる為にしゃがみ込み、その名前が『ナナリー』だと初めて知った。

 ただ困ったのは、早すぎる来日だった為、決まっているのはゲンブが世話をする事のみ。ナナリーを受け入れる準備が1つとして整っていないという事だった。

 ここへ来る道中、人質だと解らせる意味合いを込めて、寝泊まりは自宅裏の土蔵で十分だろうと適当に考えていたが、その様な仕打ちを親に捨てられたナナリーへ出来るほど、ゲンブは鬼ではなかった。

 無論、この件は息子のスザクへまだ伝えておらず、ゲンブの影響を受けて、スザクは反ブリタニアだけに心配だった。

 子供だけに事情を説明するのは難しい。例え、事情を理解したとしても、その事情を理由にナナリーを虐めるかも知れない。そんな風に育てたつもりは無いという自信はあるが、それを試す勇気は持てなかった。

 その結果、2人が対面する直前まで悩みに悩んで出てきたのが、スザクに『誰?』と問われ、『お前の許嫁だ』と言う事実無根な咄嗟の嘘。ナナリーが婚約者なら、ブリタニア人でも多少は優しく扱うのではなかろうかという苦し紛れの策であった。

 そんなゲンブの心配と苦労を余所にして、さすがに最初の数日はぎこちなかったが、スザクはナナリーをあっさりと受け入れる。

 一度、そうなったら、子供同士だけに仲の進展は早かった。スザクはナナリーを彼方此方へと連れ回して元気付け、ご近所から仲の良い兄妹だと次第に言われるまでになってゆく。

 政務が忙しいゲンブは数日ぶりの帰省する度、笑顔を少しづつ取り戻してゆくナナリーの変化に驚き、それを成している息子を誇りに思った。

 ナナリーが枢木家に住み始めて、3ヶ月が過ぎた頃。ナナリーから『義父様』と照れくさそうに呼ばれた時など、胸にグッと来るものが有り、涙が嬉しさにホロリと零れた。

 今や、ナナリーは完全に枢木家の家族であり、最近は忙しすぎて、週単位の帰省がやっとだが、ナナリーと一緒にお風呂へ入り、入浴後はナナリーから肩を叩いて貰い、ナナリーと一緒の布団で寝る。それが最近のゲンブにとって、最高の癒しだった。

 ちなみに、ゲンブが帰宅する度、『男女七歳にして席を同じうせず』と叱られて、9歳のスザクはナナリーと一緒にお風呂へ入れず、自分の部屋で独り寝。スザクにとって、ゲンブの帰省は不評だったりする。

 

「良し……。これで思い残す事は何も無い」

「と、父さん?」

 

 それまで厳しかった表情を不意に緩め、微笑みを浮かべるゲンブ。

 その瞬間、スザクは先ほどの父親の目に漠然と感じて、ずっと頭にちらついていたモノの正体が解った。

 それは数年前の事、母が病気で亡くなった時、泣き喚く自分を抱き締めてくれた時の目だった。

 

「……ブリタニアは強大だ。

 恐らく……。いや、日本は確実に負けるだろう。

 その時、誰かが責任を取らなければならない。……だから、スザク。これが今生の別れだ」

「うっ……。ううっ……。」

 

 ようやくではあるが、スザクは悟った。

 今、父親が話してくれた事は全てが事実であるという事を。

 その結果、父親は死を覚悟しており、もう二度と会えないのだという事を。

 たまらずスザクの瞳に涙が溜まり始め、ゲンブはスザクを引き寄せると、その頭を抱き締めて、胸へ力強く押し付けた。

 そろそろ、ナナリーと藤堂が鍛錬を終え、戻ってきてもおかしくない時間。ここでスザクの嗚咽を聞かれるのはまずかった。

 

「泣くな。泣いたら、気取られるぞ。

 ナナリー君だって、変に思う。……最後は家族全員で笑い、朝食を食べよう」

 

 その意図が通じ、スザクは嗚咽を懸命に堪えて、息苦しいながらも温かい父親の胸の中で頷いた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 ゲンブが予想した通り、その日の午後0時を以て、神聖ブリタニア帝国は日本へ宣戦布告。

 北海道釧路港の沖で最初の砲火が上がり、ブリタニア軍はたった1時間で日本軍釧路基地を制圧。数分後、ブリタニアとの開戦を伝えるニュースがここで初めて全国へ流れる。

 その時、スザクとナナリーは京都駅に居たが、緊急特別警報が日本政府より発令され、乗っていた新幹線がストップ。この後、徒歩、自転車を駆使して、西へと向かう。

 しかし、日本人とブリタニア人の子供という組み合わせはあまりにも目立ちすぎた。

 半年後、本州と九州を繋ぐ関門橋を抜け、九州へ上陸した直後、目的地の博多を目前にして、マリアンヌの筆頭後援貴族であるアッシュフォード家のナナリー捜索部隊によって、スザクとナナリーは捕まった。

 

 

 

 


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