「この度、陛下より畏れ多くも辺境伯の爵位を賜り、その報告を申し上げに参りました」
嘗て、ここには輝きが溢れていた。
嘗て、ここには笑顔が溢れていた。
嘗て、ここには暖かさが溢れていた。
それだけに嘗てのここを知る者達は戸惑う。ここは本当にあのアリエス宮なのか、と。
屋敷や庭の手入れは後宮故に欠かさず行われており、姿形こそは以前と何ら変わらないが、アリエス宮全体が陰気に包まれ、静けさに満ち満ちていた。
無論、その理由は宮の主であるマリアンヌにある。あのアリエスの悲劇の後、盲目となり、車椅子生活を強いられてか、それまでの活発さは形を潜めて、マリアンヌは屋敷へ引き籠もる様になった。
最低限だった外出の宮中行事に出席する頻度も年々減ってゆき、今や皇帝の召集があっても病気療養を理由に欠席。遂に今年は新年の挨拶に数分だけ出仕しただけに止まっている。
また、その逆にアリアス宮を訪れる者達も減っていた。第5皇妃の座に未だ在るが、皇帝の寵愛が完全に薄れた為、取り入ろうとする貴族達が1人、2人と減ってゆき、アッシュフォード家とその一派だけが残った。
そのアッシュフォード家も当主の考えが前当主と差異が有るらしく、挨拶こそは欠かさないが、最近は積極的に訪れるという事が無くなっている。
それでも、マリアンヌ個人を尊敬して慕い、アリエス宮を訪れる者達は数人居る。
「辺境伯……。何処へ?」
「クロヴィス殿下のお手伝いに、で御座います」
2階の自室と隣接しているベランダの手摺り前、電動の車椅子に座り、閉じた瞼を夕陽へと向けて佇むマリアンヌ。
その背後で片跪き、頭を垂れる青年の名前は『ジェレミア・ゴットバルト』、マリアンヌ個人を尊敬して慕い、アリエス宮を今も訪れる数少ない1人。
ジェレミアはマリアンヌの質問に対して、次の赴任先であり、自分の領地となった場所を『エリア11』とは言わず、敢えて遠回りの表現で応える。
その理由は言うまでもない。エリア11はマリアンヌの娘『ナナリー』が没した地だからである。
「そう……。出世ね。おめでとう」
「有り難き、お言葉。恐縮に御座います」
ジェレミアからマリアンヌの表情は見えない。見えるのは、夕陽の逆光を浴びる車椅子の背中だけ。
だが、その声が刹那だけ沈んだのを感じ取り、ジェレミアは床に突く右拳を力強くギュッと握り締め、その力を持て余して、肩をブルブルと震わせる。
決して悲しませるつもりは無かったが、結果的に悲しませてしまった自分の愚かさに憤りながら、改めて決意する。
戦後10年が経ったが、反抗組織による活動が未だ絶えないエリア11。『これ以上、ナナリー様が眠る地を騒がせてはならない。その鎮魂の為、反逆者は悉くを殲滅してやる』と戦意をメラメラと燃やす。
「ねえ、ジェレミア」
「はっ!」
「貴方の忠誠はもう十分に解ったわ。だから、これを機会に貴方は貴方の人生を……。」
「何を仰います! マリアンヌ様!
忠誠に限りなど御座いませぬ!
例え、領地を賜ろうとも、私が帰ってくるのは、ここに御座います!
貴方様とルルーシュ殿下を御護りする事こそが、我が生涯の使命ならば!」
そんなジェレミアへ告げられる離別の言葉。
すぐさまジェレミアは激昂して立ち上がり、やや涙ながらに叫び訴える。
ちなみに、半ば世捨て人と言えるマリアンヌにやや異常とも言える忠誠をジェレミアが捧げているのには理由があった。
実を言うと、アリエスの悲劇があったあの夜、ジェレミアもまたアリエス宮に居たのである。
当日の警備責任者でありながら眠りこけて、賊の侵入にすら気付かず、害をマリアンヌとルルーシュへ及ばせてしまった事実を非常に悔いていた。
実家が子爵家故に重い処罰は免れたが、責任を感じ続け、その悔いと責任感はマリアンヌとルルーシュ、ナナリーの『ヴィ』家へ対する狂信にも似た忠誠となった。
それこそ、本人はアリエス宮の警護を望んでいるが、優秀な軍人故に各地の紛争に駆り出され、その任務と任務の間。本来、休暇である期間をアリエス宮で過ごして、警備役を勝手に買って出るほどだった。
実際、今回あった『辺境伯』という褒美も『ナイト・オブ・ラウンズ』の地位を固辞した為である。ジェレミアの忠誠はブリタニア皇帝ではなく、ヴィ家へ向けられていた。
「……勝手にしなさい。
全く……。本当に馬鹿ね。貴方は……。」
「はっ! 馬鹿に御座います!」
暫くの間が空いて、マリアンヌが諦めた様に溜息をつくと、ジェレミアはそれはもう嬉しそうに目を輝かせて、再び片跪いて頭を垂れた。
「やはり、ここに居たか。アーニャ」
「んっ……。」
マリアンヌとの挨拶を済ませたジェレミアは、もう1人の主『ルルーシュ』の部屋を訪れて、いつ来ても変わらない光景に思わず苦笑する。
幾つかの窓が開け放たれ、適度な風が舞い込む部屋の中央。天蓋付きのベットの中、点滴を右腕に刺しながらルルーシュは穏やかに眠っていた。
そして、その傍らに椅子を置き、読書をするメイド服姿のアーニャ。彼女もまた、あのアリエスの悲劇があったあの夜を共にした者として、『ヴィ』家へ忠誠を誓う様になったジェレミアの同志とも言える存在。
但し、アーニャの場合、その忠誠は『ヴィ』家と言うより、命を救って貰ったと感じているルルーシュ個人へ大きく傾いていた。
12歳の頃、実家の意向を無視して、アリエス宮へ家出同然に転がり込み、義務教育の中学卒業後は進学せず、ルルーシュの看護と護衛の為に付きっきり。就寝もドアで繋がる隣室にて、ドアを開けたまま行っているほど。
「殿下のご様子はどうだ?」
ジェレミアは苦笑を消すと、ベットの隣に立って、一礼。ルルーシュへ期待の籠もった目を向けるが、アーニャは顎先を小さく左右に振るのみ。
余談だが、ルルーシュはこの部屋に約7年前より居り、目を一度も醒ます事は無く、ずっと眠り続けていた。
そう、不老不死の証であるコードを所有していながら、年齢を重ねて、栄養が点滴投与とアーニャが口移しするサプリメントのみだけに細身だが、年相応の成長した姿となって。
無論、ルルーシュが成長していると最初に気付いたのは、その秘匿性故に世話を1人で行うしかなかったC.Cだった。
あの悲劇から1年が経とうとした頃、C.Cは風呂へ入り、ルルーシュの身体を洗いながら、ふと『おや?』と違和感を感じた。
有り得ないと考えながらも、ルルーシュの成長記録を開始するが、子供の成長は著しく、誤差で済む範囲を完全に超え、更に1年が経った頃。ルルーシュは間違いなく成長していると確信した。
当然、C.Cはコードを持ちながらも成長を続けるルルーシュに期待した。ようやく自分の願いがかなえられるのではと。
ところが、ルルーシュは眠り続けたまま。成長するなら問題は無いと、このアリエス宮へルルーシュを移して、あらゆる方法を試みたが、ルルーシュが目を醒ます事は無かった。
「そうか……。
だが、諦めるな。必ずや、殿下は目をお醒ましになられる。
私はそう信じている。……だから、アーニャ。お前も信じるのだ」
「当然、私はルルーシュ様の騎士だもの」
「ふっ……。そうであったな。愚問であった。
どれ、剣の稽古を久々に付けてやるか。
いずれ、殿下は戦場に立つ。その時、お前が不甲斐なくては殿下が恥をかくからな」
ジェレミアは右拳を作って見せながら、アーニャを励ます一方で自分自身を奮い立たせる。
それに応えて、アーニャは本を閉じて置き、立ち上がると、メイド服の左腰に差す剣を手で叩き、ジェレミアと顔を見合わせて、お互いに笑い合う。
ちなみに、アーニャが腰に差している剣は、アリエス宮を訪れる数少ない人物の1人、コーネリアがルルーシュへ対するアーニャの忠誠心に感心して与えたもの。
「最近はマリアンヌ様にも教えて貰っている。負けないよ」
「なんとっ!? それは何たる贅沢っ!?」
2人はルルーシュへ一礼。剣の鍛錬をする為、部屋と繋がるバルコニーから庭へと出た。
「アーニャよ! 腕を上げたな!」
「くっ……。当然!」
「はっはっはっ! だが、踏み込みがまだまだ甘い!
お前は小柄だ! 力も大事だが、スピードをもっと大事にしろ!」
「きゃんっ!?」
すぐ階下から聞こえてくる剣撃の音。
それを聞きながら、マリアンヌは自分自身の在りし日を思い出して、頬を緩めていた。
「相変わらず、暑苦しい男だな」
「ええ……。私には勿体ないくらいよ」
そんなマリアンヌの元へ歩み寄り、車椅子の隣に立つC.C。
入室を告げる声も、ノックもなく、その足音すら無かったが、マリアンヌの感覚はC.Cがアリエス宮へ足を踏み入れた時から、その存在を捉えていた。
盲目でありながら、それが可能なのはマリアンヌが戦場で嘗て育てた類い希な感覚を持っているが故にだが、そもそも人自体がこのアリエス宮には居なかった。
何故ならば、皇帝の寵愛が薄れた今、来客が皆無な理由もあって、マリアンヌへ許された歳費は皇妃として最低限のもの。
自分自身とルルーシュ、アーニャの3人を賄うので精一杯。他に老夫婦の使用人が居るが、この2人はアッシュフォード家から派遣された者達であり、このたった5人がアリエス宮の住人だった。
「これなら!」
「むっ!? 今のは良いぞ! もう一度、突いてみろ!」
「えっ!? こうかな?」
「そう、それだ! エニアグラム卿を彷彿させる良い突きだ! 今後はそれを伸ばすと良い!」
普段、姿を隠しているC.Cがわざわざ会いに来たのだから、それは重要な話があると言う事に他ならない。
それにも関わらず、C.Cは何も喋らずに黙ったまま。階下で行われているジェレミアとアーニャの鍛錬を眺めていた。
「それで? 貴女も行くのかしら?」
「……すまない」
「ルルーシュの事はもう良いの?」
だからこそ、長年の友であり、盟友のマリアンヌはC.Cが何を言い躊躇っているのかが解ったし、解ったからこそ、これを問わずにいられなかった。
この部屋の真下で今も眠り続けるルルーシュ。シャルルやマリアンヌ、C.Cにとって、その存在はイレギュラーが過ぎた。
C.Cが持つ裏技。アカシックレコードとも呼べるCの世界、この世の理を全て記すモノを用いても、ルルーシュの存在は謎に尽きた。
そこに在るが、そこに在らず、世界から半歩外れた存在となっており、永き時を生きるC.Cでさえ、その様な存在を見た経験が無かった。
だが、何も解らないからこそ、ルルーシュが目覚めれば、全てが解り、その末に己の願いを叶えられるかも知れないと、C.Cはルルーシュへ多大な期待を寄せていた。
「解っているんだ。自分が焦っているのは……。
だけど、どうしても待てない。待てないんだ。
お前達より永い時を生きていながら、何を今更と思うかも知れないが……。このチャンスを逃したくは無い」
「確かに、ナナリーの因子は高いけれど……。
やっぱり、ルルーシュほど確実ではないわ。分の悪い賭になるわよ?」
「……それでもだ。
恐らく、今の時期を逃してしまったら、お前の娘は完全に諦めてしまう」
「残念だけど、そうね。ミレイちゃんの話を聞く限り、半ば諦めているのでしょうね」
「だから、行くと決めた」
マリアンヌは苦渋に満ち満ちたC.Cの声に重ねて問うが、返ってきた答えに苦笑して納得する。
この会話で解る通り、アッシュフォード家は当人の希望でナナリーの存在をひた隠しているが、マリアンヌも、シャルルも、C.Cもナナリーが生きて、アッシュフォード家の庇護下に在るのをとっくに知っていた。
なにしろ、前述で説明した通り、C.CがCの世界を用いれば、隠し事は基本的に出来ないのである。
つまり、マリアンヌも、シャルルも、C.Cも知りながら放置しており、その理由はそれぞれが持つある計画の為だった。
「そう、解ったわ。
貴女が居なくなると、少し寂しいけど……。さよなら、C.C……。」
「ああ、お前達も達者で暮らせ……。
……と言うのは、変か。まあ、上手くゆくのを祈っているよ」
マリアンヌとC.Cは微笑み合い、握手を交わす。長年の盟友の幸せを祝福して。
そして、歴史は動き出す。嘗て在り、今も有り得たかも知れない歴史から2年の時を遅れて……。