コードギアス ナイトメア   作:やまみち

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第一章 第02話 モザイク

「神前に礼! 師に礼!」

 

 サイタマ県飯能市の端の端、人里から少し距離を置いた小山と小山の間にナナリーが通う剣術道場はあった。

 但し、道場と言っても、壁に設置された門下生表は空席だらけ。嘗ての繁栄を残す広さだけがあり、名前が書かれた木札はナナリーのものが1枚だけ掛かっている。

 つまり、ただっ広い道場に2人。胴着姿のナナリーは正座をして座り、同じく胴着姿で正座する師匠である白髪白鼻髭の老人と向かい合っていた。

 

「ちと待て」

「えっ!?」

 

 朝稽古が済んだ後の朝食の準備は弟子の仕事。中等部の頃、ナナリーが自分で包丁を持つ様になってから、ナナリー自身が勝手に作った決まり事である。  

 それに従い、ナナリーが朝食を作るべく立ち上がりかけるが、老人が右掌を突き出して制する。

 朝早くからの稽古を済ませた後だけに空腹感はマックス。今まで朝食を催促する事はあっても、待てと言われた経験がないナナリーは戸惑い、思わず目をパチパチと瞬きさせる。

 しかし、そんなナナリーを余所にして、老人はかけ声を『よっこらしょ』とかけて立ち上がった。

 そして、背後の神棚の下、床の間へ置かれた日本刀棚に飾られている濃紫色の鞘に包まれた古びた日本刀をナナリーへ放り投げる。

 

「ほれ、免許皆伝の証だ。もう来週からは来んで良いぞ」

「えっ!? ……キャっ!?

 とっ、とっ、とっ……。きゃんっ!? ……ど、どういう意味ですか?」

 

 慌ててナナリーは膝立ち、日本刀を危ういながらもキャッチ成功。

 だが、慌てるあまり手の上でお手玉。滑り落ちかけて、日本刀を胸に抱えながら倒れ、床との正面衝突を避ける為に腰を素早く捻り、仰向けとなって倒れた。

 その様子が滑稽で堪らず、老人は再び正座で座り、肩を震わせて笑う。

 

「くっくっくっ……。何だ? 嬉しくないのか?」

「い、いえ、嬉しいです。も、勿論、嬉しいんですけど……。

 そ、その……。な、何て言うか。い、いきなり過ぎて……。え、ええっと……。」

「本音を言えば、まだ少し早いんだがな」

「で、でしたら、何故?」

 

 すぐさま身を起こして、正座へ戻るナナリー。

 師が正座しているにも関わらず、だらしない格好をいつもでも晒している事は出来なかった。

 しかし、形を幾ら整えても、その心は驚愕と戸惑いに溢れまくっていた。

 なにしろ、師が告げてきたのは、弟子としての到達点『免許皆伝』の称号。

 その上、胸に抱く日本刀は、師が師の師から受け継ぎ、師の師は師の師の師から受け継ぎ、そうやって流派の後継者が代々受け継いできたもの。

 だからこそ、問わずにはいられなかった。

 

「実を言うと、四国に住んでいる孫夫婦から一緒に暮らさないかと前々から誘われていてな。

 儂も来年で80だ。なら、暖かいところへ移り住むのも悪くないと考えてな。申し出を受ける事にしたんだ」

「そう……。ですか」

 

 その結果、返ってきた答えはとても寂しいものだった。

 さすがに四国はバイクでも遠すぎる。行けるとしたら、長期休暇の時くらいしかない。

 当然、今までの様な細かい指導は受けられない。ナナリーは手に持つ日本刀を本当に受け取って良いのかが不安になってきた。

 実際、ここ最近、新しく教えて貰った技の数々は、ようやく頭の中にだけは入ったところ。とても身に付いたとは言い難い。

 

「なに、安心しろ。

 この三ヶ月間、お前に教えていたのは口伝。高弟にしか教えない我が流派の秘中の秘だ。

 そして、先ほど教えたのが、その最後の一手。

 つまり、お前に教えられる事は全て教えたという事になる。

 なら、あとは時間の問題だろう。お前と来たら、黙っていても勝手に鍛錬を始める奴だからな。

 今はぎこちなくても、これまでがそうであった様に鍛錬を繰り返して行えば、いずれはお前の血となり、肉となろう」

「はい」

 

 そんなナナリーの不安を感じ取り、老人は顎を右手でさすりながら苦笑する。

 それでも、ナナリーの不安は消えない。胸の前で捧げ持つ日本刀をジッと見つめて、やはり返した方が良いのではなかろうかと思い悩む。

 

「ただ、儂が心配しているのは……。お前の剣に潜んで隠れている憎しみだ」

「っ!?」

 

 だが、次の瞬間。不安など瞬時に消し去るものが告げられる。

 ナナリーが目を驚愕に見開き、伏せていた顔を弾かれた様に上げると、出迎えたのは老人の殺気が籠もった鋭い眼。

 そう教え叩き込まれたナナリーの身体が即座に反応する。腰を捻りながら右膝を立てて、左腰に構えた日本刀を居合い抜く。

 

「ふっ……。気付かないとでも思ったか?

 剣と剣の向かい合いは、心と心の向かい合いと教えたはずだ。

 どれだけ上手く隠そうが、滲み出てくるもの。それが剣に生きるという事だ」

 

 ところが、刀は1ミリも鞘走らない。

 何故ならば、老人が突き出した左人差し指の指先によって、刀の柄尻が押さえられているからである。

 しかも、老人は先ほど同様に顎をさすったまま、余裕綽々にニヤニヤと笑っていた。

 

「お前が篠崎の紹介で我が流派の門を叩いたのは、6年前。10歳の時であったな」

「……はい」

「強くなりたい。超えたい相手が居る。……あの時、そう言ったな?」

「……はい」

「儂は嬉しかったよ……。

 なんせ、こんなご時世だ。

 剣に憧れる子供など、とっくに居なくなっていると思っていたからな。

 しかも、お前ほどの才能を持つ奴が超えたいという相手だ。

 当然、相手も相当なものだろう。そう考えたら、何十年ぶりにワクワクした。

 お前とそいつ、2人が居れば、日本から剣術が消え去る事は無い。そう確信した。

 ところがだ。お前と何度も向かい合っている内、それは違うと気付かされた。

 そう、お前の剣は己を高め、人を導き、未来へ進む剣ではない。

 お前の剣は己を切り捨て、立ち塞がる者も悉く切り捨て、過去にしか戻れない剣だ」

 

 ナナリーは自分と師の間にそびえ立つ壁の高さを知り、打ち拉がれる。

 日本刀を返すか、どうかの問題以前だった。免許皆伝を与えられて思い上がり、浮かれていた自分を恥じる。

 日本刀を自分の前へ置き、肩を震わせながら正座する両膝に爪を立てて握り締め、師の顔を見れずに項垂れる。

 

「ナナリーよ……。いや、ナナリー・ヴィ・ブリタニアよ」

「……はい」

「殺すか? この世に自身を生み出してくれた父母を、血の繋がった兄を……。」

「っ!?」

 

 だが、顔を上げずにはいられない問いかけが老人より放たれ、ナナリーは驚愕のあまり目をこれ以上なく見開く。

 何かを喋ろうとするが、言葉は口まで上っては喉へ引っ込みを繰り返して、ただただ半開きの口を上下させる。

 ちなみに、老人がナナリーの本名を知っているのは、ナナリーが師へ嘘は付けないと、中等部の頃に明かしたからだが、その生い立ちまでは明かしていなかった。

 

「どうして、それを? と言う顔だな。

 馬鹿にするでない。儂とて、頑張れば、インターネットくらい出来るわい。

 幸いにしてと言うか、お前は有名人らしいな。

 図書館のお姉さんの言う通り、ボタンを押したら、すぐに解ったわい。

 だが、問題はそこではない。

 解っているのか? 親殺しが古来からの禁忌だという事を……。

 しかも、お前の父は世界の覇者だ。そもそも、どうやって、それを成すつもりだ?」

「師匠……。それでも、私は……。」

 

 皺を眉間に深く刻み、真っ直ぐな力強い眼をナナリーへ向ける老人。

 たまらずナナリーは視線を逸らした上に顔も背ける。その眼で覗き込まれていると、己の醜いモノが何もかも晒し出される様な気がしてならなかった。

 そして、その言葉は今までナナリー自身が何百、何千、何万と問いかけ、未だ答えに至らないもの。言葉を詰まらせるしかなかった。

 

「まっ……。好きにしたら良い。お前の人生だしな」

「えっ!? ……ええっ!?」

「何だ? 止めて欲しかったのか?」

「い、いや、だって……。は、話の流れとしては……。あ、あれぇ~~?」

「アホか! 免許皆伝だと言ったではないか!

 なら、儂はお役御免。ここに居るのは、四国のミカン農園で働く事となった只の爺だ」

 

 ところが、ところがである。突如、まるで膨らみきった風船から空気が抜ける様にプッシューと緊張感が一気に霧散。

 ナナリーは顔を上げて、茫然と目が点。いつの間にか、老人は胡座をかいており、先ほどまでの真剣さは何処へやら、耳を穿っていた。

 挙げ句の果て、トラウマをえぐるほどに追い込んでおきながら、投げっぱなしで済まされ、ナナリーは大口をアングリと開けて固まった。

 

「えっ!? 待って下さい。

 ミカン農園って……。剣を止めるのですか?」

「仕方あるまい。そう言うご時世だ」

「師匠ほどの方が……。残念です」

 

 だが、その罵倒の中に隠された意味を知り、慌ててナナリーが尋ねると、老人は深々と溜息をついて、寂しそうに苦笑した。

 戦後、約10年が経ち、剣術と剣道、柔術と柔道、空手などの日本固有の格闘技を教える者は極端に少なくなり、それを習うのは今や困難となっていた。

 ナナリー自身、先ほどの会話の中にもあるが、今の師を紹介されるまでは、藤堂の教えの守った鍛錬をするしかなく、その先へ進めない苦労を経験していた。

 何故、その様な状況になっているかと言うと、それ等の習練がテロリスト活動の下地になると考え、ブリタニアが厳しい弾圧と規制を行っているからに他ならない。

 この道場とて、表向きはとっくに閉鎖しており、道場の玄関に看板はかけられていない。無論、鍛錬を行う時間にも気を使っており、早朝から朝食までの朝稽古のみ。

 それ故、この6年の間、アッシュフォード学園から飯能市は遠い為、ナナリーは土曜の夜に師の家を訪れて泊まり、翌朝の鍛錬を行って帰宅という苦労を毎週重ねていた。

 また、飯能市の隣に元日本軍入間基地があった為、この周辺も戦場となって徹底的に破壊されてしまい、今も開発が遅れて、元日本人達が住むゲットー地区となっており、モノレールが通っていない。

 当然、移動手段として、アッシュフォード家を頼り、送り迎えに車を出して貰っていたのだが、ナナリーはこれが非常に心苦しかった。

 なにせ、毎週の土曜夜と日曜朝である。運転手は代わる代わるの交代ではあるが、担当となった運転手の週末は必ず潰れてしまう。

 その心苦しさを解消する為、ナナリーはバイクの免許を取ろうと決意したのだが、まさか、まさか、免許皆伝をこんなにも早く貰い、来週からは通う必要が無くなるとは思ってもみなかった。

 

「お前の兄弟子達は、どいつも、こいつも10年前の戦争で英霊となった。

 だから、お前が儂の最後の弟子だ。

 出来れば、我が流派を後世へ伝えて欲しいと思っている。

 しかし、お前の性格を考えたら、止めろと幾ら言ったところで無駄だろう。だったら、無駄な事はせん」

 

 耳を穿るのを止めて、腕を組み、訓辞を改めて重ねてゆく老人。

 その雰囲気がやるせないものから真剣なものへと変わった事に気付き、ナナリーは正座を座り直して、背筋を伸ばす。

 

「だが、しかと心得よ!

 我が流派は全てが必殺! 本気を出せば、相手は必ず死ぬ!

 但し、剣を抜くという事は、己もまた斬られるやも知れぬと言う事!

 ならば、誇りも、覚悟も要らぬ! 抜くと決めたら躊躇うな! 死人となり、修羅となり、生き残れ!

 例え、武運拙く、路地裏で倒れようとも、前のめりだ! 笑って、死ね!

 そして、お前は女だ! 当然、その敗北は悲惨なものとなろう! だったら、下着は己が纏う最後の鎧! 陵辱に備えて、常に清潔とせよ!」

「はい! 師匠の最後の教え、しかと承りました!」

 

 そして、その一語、一語を心にしっかりと刻みつけてゆく内、ナナリーは今日が師との別れとようやく実感して、涙を瞳に溜めていた。

 この6年間の感謝を籠めて、両手を突き、額を床に押し付けて、頭を下げる。とうとう涙がポタポタと零れ落ち、道場の床を濡らしてゆく。

 

「良し! 朝飯とするか!」

「はい!」

 

 老人は立ち上がり、丸まったナナリーの背中を優しく叩き、立ち上がる様に促すが、ナナリーは頭を下げたまま、暫くは立ち上がれそうになかった。

 

 

 

 ******

 

 

 

「ふふん、ふっふ~ん♪」

 

 道場からの帰り道。ナナリーはバイクを運転しながら浮かれていた。

 その理由は言うまでもない。師から免許皆伝のお墨付きを貰い、その証として流派で受け継いできた日本刀を得たからである。

 今朝、自分の浮かれを一度は反省したナナリーだっが、やはり嬉しいものは嬉しい。その感情は隠しきれず、ハミングを自然と口ずさんでいた。

 今、日本刀は黒い風呂敷に包まれて、背中にしっかりと紐を括り付けて背負われており、その姿は忍者を連想させるが、肝心のナナリーの姿は白いノースリーブシャツとチェックオレンジのミニスカート。どう見ても、ちぐはぐであり、見る者を惑わせていた。

 もっとも、今のナナリーにとって、傍目など全く眼中に無い。今のナナリーにとって、大事なのは背中に背負われた日本刀の実感。

 それこそ、その実感を少しでも長く味わいたいが為、通常なら飯能から川越へ行き、そこから関越自動車道、東京外環、首都高と乗り換えて、アッシュフォード学園へ最短路で帰るところを今日はちょっと遠回り。

 川越とは反対方向の青梅へ行き、そこから多摩川沿いに下道を旅気分で下り、二子玉から首都高へ乗って、今はアッシュフォード学園を目指していた。

 そして、前方に整備された租界の町並みが見え始め、左手にゲットーの廃墟同然の光景が、右手にブリタニア軍基地施設が列ぶ光景が流れてゆき、池尻を通り過ぎた直後だった。

 

「キャっ!?」

 

 大型車の力強いモーター音が聞こえたかと思ったら、スリップ音が続いて聞こえ、ハイウェイ入口から大型トラックが猛スピードで現れる。

 しかも、スピードを持て余して、ハイウェイへ入ったは良いが、スリップを継続。ナナリーが運転するバイクへ極端な幅寄せをしてきた。

 

「いきなり何なのよっ!? 危ないじゃないっ!?」

 

 慌ててナナリーはアクセルを緩めて、ハンドルを切る。

 難は逃れたが、怒りは収まらない。聞こえないと解っていながらも、思わずヘルメットのバイザーを上げて怒鳴り付ける。

 だが、傍迷惑な大型トラックはナナリーなど目もくれず、スピードを全く緩めず、その姿を引き離してゆく。

 

「な゛っ!? ……有り得なくないっ!?」

 

 ナナリーは我が目を疑い、ノーマナーな大型トラックドライバーにカチンと怒髪天。

 すぐさまエンジンを噴かせて、ギアをトップへ上げてゆき、アクセル全開で大型トラックの後を追って走り出す。

 

「えっ!? ……な、何なの?」

 

 ところが、背後で再び聞こえるスリップ音。同種の大型トラックがまたもや幅寄せ。

 ナナリーは仕方なしにアクセルを緩めると、今度はクラクション音がけたたましく何度も鳴り、バイクを車道の端に寄せて走らせながら、背後を何事かと振り返って驚く。

 同種の大型トラックが更に続いて、4台。それぞれが法定速度を遙かに超えた速度で走っており、ナナリーを次々と追い越してゆく。

 

「あれ? まさか、今のって……。」

 

 その中の後ろから2台目。一瞬の出来事だったが、追い越してゆく際、ナナリーはその助手席に知った顔を見た様な気がした。

 好奇心に導かれるまま、アクセルを回して、目的の大型トラックの横へ併走。もう一度、助手席を確認する。

 

「……て、店長っ!?」

 

 やはり、それは見間違いではなかった。助手席に座っているのは、ナナリーがアルバイトをしているコスプレ喫茶『わんだぁ~らんど』の店長『南』だった。

 どうして、南が暴走トラック集団の一員なのか。それを驚きと混乱する頭で考え、ナナリーはすぐに答えへ至る。

 そう、ナナリーがアルバイト先のお便りコーナーを介して、南へ提供している在エリア11ブリタニア軍の作戦行動予定表の中に答えはあった。

 と言うか、ナナリーは免許皆伝の嬉しさにすっかりと忘れていた。特記事項として、ナナリー自身が丸を赤ペンで描き、南が所属するレジスタンス組織へ今行っているであろう行動を暗に促していたのを。

 

『本日、貨物船が東京湾へ到着。

 午前8時、大井埠頭より12機の人型兵器ナイトメアフレームが荷揚げ。

 午後11時30分、R316からR317を通って、在エリア11ブリタニア軍三宿駐屯基地へ搬入予定』

 

 その特記事項の内容はこれである。

 即ち、これほどの大物を逃す手は無い。基地へ搬入する前に奪ってしまえというもの。

 余談だが、どの様にして、ナナリーは南がレジスタンス活動を行っているのかを知ったかと言うと、それは偶然もあったが、とても下らないきっかけからであった

 コスプレ喫茶『わんだぁ~らんど』では、当然の事ながら仕事をする上で幾つかの決まり事があり、その中の1つに事務所の電話は社員である店長の南か、事務の女性『井上ナオミ』しか取ってはいけないと言うのがある。

 ところが、ナナリーがまだ務めて間もない頃の話。これ等の決まり事をまだ憶えきれておらず、つい事務所の電話を取ってしまった。

 

『よう、俺だ。玉城だ。

 明日の集合、向こうさんの都合で11時から10時に変更だ。今度こそ、ブリキ野郎へ派手にぶちかまそうぜ』

 

 この時、ナナリーは特に疑問を感じなかった。

 その誰が受話器を取ったのかを確認もせず、告げるだけ告げて、電話を一方的に切った様子から、ナナリーは連絡役の人が急遽変更になった何かの予定を仲間内に急いで廻しているのだろうと考えた。

 だが、この連絡を南へ告げて、ルール違反を叱られている時、ナナリーは奇妙な違和感を初めて感じる。

 

『マリアちゃん、ダメじゃないか。

 事務所の電話は絶対に出ちゃ駄目だと、アルバイト教育の時に教えただろ?

 取引先専用のものだから、俺か、井上が居なければ、鳴りっぱなしにしといて良いんだよ。

 でも、まあ……。今回はありがとう。

 電話をかけてきた相手は、俺が入っているサバイバルゲームのチームメイトでね。

 明日はその試合だったんだけど、これで遅れずに済むよ。

 ……と言っても、女の子へサバイバルゲームって言っても解らないかな? サバイバルゲームって言うのはね』

 

 南は焦りを隠そうとしていたが、それが言葉の端々に見え隠れして、その言葉自体もまるで暗記したものを読み上げる様で薄っぺらかった。

 しかも、取引先専用と言いながら、私用電話がかかってきている矛盾は明らかにおかしい。

 その上、南は頼んでもいないのに自身のロッカーからモデルガンを取り出して見せてくれたのだが、これが新品同様。愛銃と言う割りには、南が説くサバイバルゲームでの過酷さを経験していない様に見えた。

 ここに至り、新たな疑問が生まれる。それは伝言主が言っていた『ブリキ野郎』という元日本人が使うブリタニア人へ対する差別用語について。

 この時、ナナリーは南とまだ数日の付き合いしか無かったが、南がブリタニア人を差別している様子は全く見られなかった。

 だからこそ、違和感を逆に感じた。何故、南がブリタニア人へ差別意識を持っている人物と交流を持っているかと言う点において。

 それでも、この時点であったのは、妙に引っかかりを覚える程度の違和感に過ぎなかった。

 

『本日、午前10時30分頃。クロヴィス記念美術館の落成式にて、エリア11総督『クロヴィス・ラ・ブリタニア』殿下を狙ったテロリストの襲撃がありました。

 しかし、我がブリタニア軍はこれを素早く鎮圧。50人を超えるテロリストの捕縛に成功したとの事です。

 尚、テロリスト集団は『不当な手段で取り上げられた日本の文化財を取り戻す為の聖戦』と言う声明を発表しており……。

 これに対して、エリア11総督『クロヴィス・ラ・ブリタニア』殿下は落成式の挨拶の中で『甚だ遺憾だ』と言う言葉を漏らして、テロリスト集団を激しく非難。次の様な言葉を残しています』

 

 しかし、次の日の学園にて、緊急速報が入り、そのニュースを授業中でありながらも傾聴する様にと放送され、上記のソレを聞いた時、ナナリーの違和感は疑惑へと変わった。

 そして、その疑惑も確信へすぐに変わる。事件当日、南と井上が店を急遽休んだのである。

 古参のアルバイト曰く、こんな事は初めてらしい。南と井上の2人だけが正社員である為、お互いの休日をカバーし合い、どちらかが必ず出勤するのが、店開店以来の習慣との事。

 おかげで、店は大混乱。一応、その古参の彼へ南から電話があり、店長代理の要請があったが、彼は厨房担当の上、基本的に無愛想で喋りを苦手としていた。

 ナナリーは『実は生理日でキツいんです』と一計を企み、まんまと事務所の電話番へ収まるのに成功。サバイバルゲームにて、必要だったはずの南の愛銃がロッカーの中に置かれたままなのを確認している。

 最後に決定的となったのは、事件日から翌々日、ようやく店へ出てきた南が怪我を右足に負っていると解った時。恐らく、事件で負傷したのだろう。

 南は怪我を隠して、傍目には解らない様に振る舞っていたが、剣術を嗜んでいるナナリーにとって、重心が崩れており、右足を庇って歩いているのが明白だった。

 数日間、ナナリーは随分と悩み、アリスから心配されながらも結論を出す。

 その手始めとして、まずは欲しているであろう在エリア11ブリタニア軍中央即応部隊の作戦行動予定表を店のお便りコーナーのポストを介して、南へ試しに渡してみた。

 するとブリタニア軍のトウキョウ、サイタマにおけるテロリスト検挙率が週を重ねる毎に低下。南とそのレジスタンス組織がナナリーの情報を活用しているのが解った。

 それは考えていたよりも随分と早い信用ぶりであり、ナナリーは何故なのかを考え、美術館襲撃事件によって、レジスタンス組織が大きなダメージを受けており、自分の情報を活用するしかない状況なのだろうと結論付ける。

 実際、南が店のお便りコーナーのポストを気にする素振りを見せ始め、更なる情報提供を求めているのが解ると、ナナリーはここぞと更なる信用を稼ぐ為に情報を送った。

 南が所属するレジスタンス組織はどれくらいの規模があり、何が出来て、何が出来ないのかを調べる為、情報提供の幅を変えながら。

 それまで中央即応部隊の作戦行動予定表だけだったのを各方面軍や各師団のものを混ぜてみたり、政界、財界の情報、マフィアの情報、海外の情報など多種多様にさせた。

 その結果、解ったのが、南の所属するレジスタンス組織は市民が集まって出来たものであり、あまり武力行使を得意とせず、実行部隊の人数も少ない。

 但し、前身が市民組織だけに様々な職種の者が居り、組織を支える後方活動が優秀。意外なところで意外なコネを持っている。

 活動の場としては、トウキョウとサイタマ、ヨコハマを主としており、エリア11主要都市に繋がりを持っている様だが、あくまで持っているだけ。システムはあるのに、それをどうも活用しきれていない様子があった。

 今、ナナリーはこれ等の絞り込みを行っている最中であり、その為に手頃そうな次の活動はと選んだのが、今正に目の前で起こっている出来事だった。

 

「……って事は、げげっ!?」

 

 ナナリーは導き出した答えから、次に予想される当然の答えに気づき、背後を怖ず怖ずと振り返って絶望に叫ぶ。

 聞こえてくるサイレンの音。暴走トラック集団を追い、現れるブリタニア軍特有のネイビーブルーカラーの車両群。その後ろには人型兵器ナイトメアフレーム『グラスゴー』の姿もあった。

 すぐさまナナリーは正面へ振り向き戻り、ヘルメットのバイザーを下ろして、バイクの車体へ張り付く様に極端な前傾姿勢になると、アクセルを全開まで一気に開いた。

 むしろ、ナナリーと暴走トラック集団の繋がりを知る者はナナリー自身のみ。関係の無さをアピールする為、スピードを逆に緩めるべきなのだが、決定的な問題が1つだけあった。

 それはナナリーが浮かれる原因となり、遠回りした結果、この騒動に巻き込まれる事となった背中に背負う『日本刀』である。

 今から1世紀前、20世紀初頭から中期にかけて、列強各国が帝国主義に狂乱。二度にも渡る世界大戦があった。

 そんな中、日本は国土は狭いながらもサクラダイト産出国として名を馳せて、極東の無視は出来ない重要な国として、第一次世界大戦では連合国側、第二次世界大戦では枢軸軍側で参戦。その屈強さを世界へ知らしめた。

 特にブリタニアとは第一次、第二次と連続して覇を争い、太平洋という広大な海を間に挟み、お互いに一進一退の攻防を繰り広げている。

 その長い戦いを通じて、ブリタニアが日本に最も恐れたモノは、世界一の巨大戦艦を建造した工業力でも、世界初の音速を超える戦闘機を開発した技術力でも無く、膨大なエネルギー源を持つが故の各国への影響力でも無い。

 

『生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ』

 

 この戦陣訓を代表とする日本の歴史が生んだ死へ対する独特の価値観。侍の心、武士道と言ったモノだった。

 

 それ故、サクラダイトの最大算出国である日本を常に欲し続けていたブリタニアは、第二次世界大戦終結後も日本を研究し続けた。

 約10年前の戦争とて、その勝利は全く疑っていなかったが、占領後に必ず起こるであろう強い抵抗活動に頭を開戦前から悩ませていた。

 そうした日本人の心を折る為、ブリタニアが施行した特別法案は幾つもあるが、その中でも特に代表的なモノが3つある。

 1つ目は、日本人の精神的主柱である天皇家と天皇宮家の解体。

 例外を問わず、身分を庶民に落とされ、終戦当時15歳以上の者は全員がブリタニア本国へ移送。各地に分散され、終身幽閉刑となっている。

 2つ目は、約400年前の戦国時代より武門の頂点に君臨する日本軍最大軍閥の長である織田家のブリタニア貴族化。

 終戦当時、軍属だった者は等しく死罪。本家のみが伯爵位を得て、分家は全て庶民に落とされ、今現在はEU戦線にて、新頭首と共に祖国日本と天皇家の為に最前線で従軍中。

 3つ目は、ブリタニアが最も恐れた侍の心、武士道の象徴である日本刀の没収。

 別名『刀狩り』と呼ばれ、国宝指定されていた貴重な品ですら例外とされず、徹底的に没収。その全てが溶鉱炉へ投げ入れられて融かされている。

 しかも、その様子は全国放送され、ブリタニアは日本の敗戦と植民地化を日本人へ印象づける事に大きく成功していた。

 無論、以後の日本刀製作は厳禁とされ、これを破った者は死罪。既に有るはずのない日本刀を隠し持っているのも死罪と問答無用で決まっている。

 恐らく、アッシュフォード家の力を使えば、死は免れるだろうが、確実に正体は明るみとなり、日本刀も没収される。そのどちらも選べないナナリーの選択は前進有るのみだった。

 

「でも……。この先、どうするんだろう?」

 

 ナナリーの乗るバイクがモーター音を一際唸らせて、暴走トラック集団と併走。

 ヘルメットの隙間から入る風が轟々と鳴り、ちょっとでも操作を誤れば、転倒して、大惨事を起こすのは必至なスピードの中、ナナリーはぼんやりと考える。

 自分は二輪車故に小回りが利く。ハイウェイを次の分岐で下り、下道から更に枝道へ入れば、幾らでも逃げ切れる。

 だが、暴走トラック集団が逃げ切るのは難しいと言わざるを得ない。

 と言うのも、進めば進むほど、租界の中心へ向かってゆくだけ。当然、ブリタニア軍が非常線を張り、待ち構えているのは目に見えていた。

 逃げ切るには真逆の方向、ゲットーの方向へ向かわなければならない。

 それを考えると、下道へ下りるしかないのだが、大型トラックの小回りの利かなさから道なりに大きく曲がってゆくしかないのだが、どう足掻いても租界の中心を通らなければならない。

 そもそも、どう考えても、悪手。何故、この道を選んでしまったのか。何らかのイレギュラーがあったのだろうか、と悪態をついていると、環状モノレール線『シブヤ駅』が眼下を通過。

 ナナリーは心苦しさに『ごめんなさい』と小さく呟いて、アクセルを緩め、間もなく現れる分岐点に備えて、ギアを落としたその時だった。

 

「えっ!? ……す、凄いっ!?」

 

 先頭の大型トラックが分岐点から下道へ暴走したまま突入。

 下道との合流地点にて、車体を傾けながらスリップ音を強烈に鳴らして、前輪運転手側のタイヤを軸にコンパスが円を描く様にトラック後部を逆時計回りに振り、見事すぎる角度100度の超高速ドリフトを完成。そのまま横道へと進んで行く。

 その芸術的な超絶テクニックの一部始終を目の当たりにして、ナナリーは目を見開きながら息を飲む。刹那ではあったが、赤毛の女性を運転席に確認。同じ女として、尊敬の念を抱く。

 しかし、その様な超絶テクニックが誰にでも出来るはずもなく、続いた2台目の大型トラックはドリフトに失敗。

 その腹を見せながら転がり、そのまま滑ってゆくと思いきや、荷台の屋根を突き破って現れたナイトメアフレームが滑り止めとなって、T字路内に止まる。

 おかげで、この横転した大型トラックが上手い具合にストッパーとなり、後続車達を助ける大きな役割を果たす事となる。

 3台目の大型トラックもドリフトに失敗するが、横転して腹を見せている大型トラックへ車体をぶつけて、強引にドリフトを完成。ふらつきながらも横道へと進んで行く。

 

「よっ!? はっ!? とうっ!?」

 

 当然、ナナリーも前方を塞がれていては同じ進路を取らざるを得ず、ハンドルを切る。

 後輪がスリップ音を鳴り響かせると共に暴れ始めるステアリング。つい先日、叱られたばかりだと言うのに、惜しげもなくミニスカートから披露している右足で横転しているトラックの腹を蹴り、体勢を3ステップで整えて、アクセルを噴かす。

 

「店長は……。大丈夫みたいね」

 

 ナナリーは背後を振り返り、4台目の大型トラックが無事に曲がれたのを確認。今はまだ事件に巻き込まれた意識は無いまま、前方の大型トラックを追いかける。

 ちなみに、『どうして、俺ばっかりぃ~~!』と言う何処かで聞き覚えのある声が聞こえてくるも気にしない。

 後日、ナナリーは時たま考える。この日、家へいつも通りに帰っていたら、自分の人生はどうなっていただろうか、と。

 そう、ナナリーの運命はすぐ目の前に迫っていた。

 

 

 


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