コードギアス ナイトメア   作:やまみち

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第一章 第03話 契約

 

 

「テロリスト共はこの先に居る。間違いないな?」

「「はっ! 間違い有りません!」」

 

 大井埠頭から始まったカーチェイスは新たな局面を迎えていた。

 暴走トラック集団は井の頭通りを北上。遂にシンジュクゲットーへの逃亡を成功させる。

 ここまで来てしまえば、レジスタンス側の作戦成功と言っても過言はでない。

 レジスタンス側にとって、元新宿から西へ広がる広大な廃墟は自分達の庭。幾らでも隠れる場所は有るし、自分達を助けてくれる者達も大勢いる。

 しかし、その庭先の旧都庁跡を過ぎた直後、最後尾を走っていた大型トラックが運転を瓦礫を踏み、前輪の運転手側タイヤがパンク。ハンドルを右へ、右へと取られてしまい、道路が崩壊して、地上へ露出している旧都営大江戸線地下鉄線路跡へと落下。その行方が解らなくなる。

 一方、暴走トラック集団を追いかけていたブリタニア軍は、これ以上の前進は敵地とも呼べる場所だけに危険と判断して応援を要請。

 元新宿中央公園に臨時の前線基地を設けて、旧都営大江戸線地下鉄線路跡へ消えた大型トラックの奪還と運転手の捕縛を最優先として、部隊を展開させていた。

 

「各出入口の封鎖は?」

「間もなく、旧新宿駅に部隊が到着! 近辺は既に済ませてあります!」

「全ての出入口に3名以上を配置! ご命令通り、突入せずに待機しています!」

 

 大型トラックが消えた先にあるのは、都営大江戸線都庁前駅跡。地下と地上を繋ぐ出入口は8つ。

 その上、そこは嘗ての首都の行政を行っていた場所だけに地下通路は東西南北へ延びて、各地下街と繋がっており、その中でも東へ行けば、別名『魔窟』と呼ばれる旧新宿駅があり、構内は迷宮の如く複雑さを持っており、出入口は数え切れないほど存在する。

 当然、こうなってくると、現場は人の手だけが頼り、歩兵の出番となる。

 

「よろしい。では、お前達は待機だ」

「「イエス、マイ……。えっ!?」」

「どうした? 不服か?」

 

 ブリタニア軍において、ブリタニア人の兵卒は極めて少ない。

 何故ならば、ブリタニア人の兵卒期間は入隊後にある半年間の教習期間のみ。その後は修了と同時に余程の成績不良でない限りは下士官となり、兵卒を率いる立場となる。

 では、兵卒は誰が担っているのかと言えば、名誉ブリタニア人が大半を占めている。

 その上、人が嫌がる様な危険だったり、面倒だったり、汚かったりする任務を従事させられる事が多く、忠誠心を試すと言う名目の元、捨て駒的な無茶を要求される事も多い。

 今現在、行っている任務が正にそれである。もし、ここでテロリストを取り逃がしでもしたら、それが自分達の責任範囲に関わらないとしても、『元日本人同士で結託していたに違いない』と理不尽な暴言を浴びせられ、訓練という名の壮絶なしごきを与えられるのは目に見えていた。

 しかし、ブリタニアの国是は弱肉強食。常に強者を求めているブリタニア軍の給与は優れており、出世をすればするほど、世界が変わって見えるほどに待遇が良くなる。

 

「中尉、御一人で行かれるのですか?」

「危険です。我々も同行した方が……。」

「うるさい! イレブンは黙って従え!」

「「イエス、マイ・ロード!」」

 

 だが、現実は厳しく、そう上手くはいかない。

 どんな世界でもそうだが、実績をきちんと評価してくれる上司に恵まれなければ、上には行けない。

 ところが、名誉ブリタニア人を差別する風潮がブリタニア人にはあり、軍人はこれが特に多い。残念ながら、この時点で出世は難しいと言わざるを得ない。

 事実、名誉ブリタニア人は大抵が下士官止まり。下士官と士官の間に大きな壁があり、上司によどほ恵まれない限り、士官へ到達する者は滅多に存在しない。

 この様な事情を考えると、地下鉄跡へ突入する為、暗視ゴーグルを装備しているこの2人の名誉ブリタニア人兵はかなり優秀と言えた。

 その理由は年齢にある。名誉ブリタニア人は大抵が下士官止まりと上記にあるが、そこへ到達するのとて、長い兵歴を必要とするのだが、この2人は若かった。無視できない実力と実績で出世してきた証である。

 『軍曹』の襟章を付けている者は見た目が20代半ばの青年であり、『伍長』の襟章を付けている者に至っては、まだ少年の面影を明らかに残している10代後半だった。

 

「解ったら、それを早く寄こせ!」

「はっ! どうぞ!

 ……って、手柄の独り占めかよ。ちっ……。

 こっちは夜勤あがりに呼び出されて出張ってるってのによ。……んっ!? どうした?」

 

 青年から暗視ゴーグルを引ったくり奪い、アサルトライフルを構えながら地下鉄出入口を小走りで駆け下りてゆくブリタニア人士官。

 それを敬礼で見送るが、その背中が暗闇の中へ消えた途端、青年は侮蔑を吐き捨てて舌打ち、あからさまにやる気を無くしての大欠伸。両腕を上げての伸びをする。

 

「いや、やっぱり1人は危ないんじゃないかな?」

「お前って奴は全く……。

 放っとけ、放っとけ。善意で行ったとしても、向こうは解っちゃくれねーぞ?」

「でもさ~?」

 

 だが、少年はブリタニア士官が消えた先の暗闇を心配そうに見つめたまま。

 その生真面目さに苦笑して、青年は諭すが、少年は意見を変えようとはせず、逆に目で後を追おうと訴えてくる。

 

「ほら、外しておけって……。ずっと着けたままだと疲れるだろ?」

「わっ!? 駄目だってばっ!?」

 

 青年は苦笑を苦笑を深めながら、196cmの高身長を生かした実力行使に訴え、176cmの少年が着けている暗視ゴーグルを取り上げて、頭上へ高々と掲げた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 

「ほら、しっかりして!」

 

 ナナリーは旧都営大江戸線地下鉄線路跡へ消えた大型トラックの行方を追った。

 何故、危険であると承知していながら、その選択を選んだのか、今となっては解らない。

 ただただ、その時は夢中となっており、大型トラックの行方を追うのは、小回りが効くバイクを運転するナナリーのみが可能ではあった。

 

「いや……。無理だ。何となく解る……。」

「諦めたら駄目! 足を前へ出して!」

 

 落下地点より東へ約500メートル。

一本道の地下鉄線路跡だけに、大型トラックはすぐに見つかった。

 しかし、大型トラックの運転手の運は残念ながらそこまでだったらしい。

 地下鉄構内の壁沿いに車体を擦り付けながら進むが、崩落した天井の大きな瓦礫に前を塞がれて、慌ててハンドルを切るも間に合わず正面衝突。その衝撃の強さを物語る様にフロントガラスは粉砕され、運転席はまだしも、助手席は完全に押し潰されていた。

 そして、ナナリーが現場へ到着した時、その身をエアバックに守られてはいたが、運転手である赤毛の青年はハンドルへ寄りかかって自力で動けずにいた。

 しかも、ナナリーが歪んだ運転席のドアを開けると、赤毛の青年が座っている座席と足下は血の海が広がっている状態。

 慌てて赤毛の青年を引きずり出して、明るい場所へ寝かせてみれば、銃で撃たれた痕が右肩と右太股にあり、その傷口から血が溢れ、上着とズボンを赤々と染めて濡らしていた。

 カーチェイスの際、銃撃戦となっていない事実から考えると、大型トラックの乗車前に受けた傷だろう。

 致命傷となる場所は避けていたが、法定速度を遙かに超える速度でのカーチェイスで激しい緊張を強いられて、血流が増してしまい、結果的に致命傷となっていた。

 即座にナナリーは止血を試みた。肩には日本刀を包んでいた風呂敷を使い、太股には自分が着ていたノースリーブのシャツを使って。

 ところが、止血を施したそばから、そのどちらも真っ赤に染まってゆき、赤毛の青年の様態は悪化してゆくばかり。顔色から血の気が加速的に失われてゆく。

 本来なら、赤毛の青年をこの場から動かすのは以ての外だが、ブリタニア軍が今すぐにでも現れるかも知れない状況を考えたら、そうも言っていられなかった。

 幸いにして、バイクがある。それで東へ進み、旧新宿駅跡へ行けば、幾らでも逃げ切れるとナナリーは考えていた。

 なにしろ、半壊した旧新宿駅跡は都会にありながら魔窟の別名で呼ばれるほどの迷宮であり、冒険者達の名所。

 ここを踏破しようとする血気盛んな勇者は後を絶たず、遭難したと言う報道が半年に1回は必ず流れ、アッシュフォード学園でも『旧新宿駅探検部』という人気サークルがあるほど。

 だが、それなりに鍛えていても、やはり女の細腕。自力で立てない脱力しきっている成人の男性を持ち上げるのは厳しかった。

 ナナリーは赤毛の青年の左腕を首へ回しながら左肩を持ち、歩こうとするのだが、まるで前へ進めず、時間を無駄に浪費していた。

 

「それより、どうして? 何の関係もない君が?」

 

 赤毛の青年は戸惑っていた。

 最初は自分の仲間が助けに来たのかと思えば、明らかにブリタニア人の少女。

 日頃、租界内で行っている表の顔『移動ホットドック屋』の常連さんかと思いきや、記憶にさっぱり無い初対面。

 その上、自分の出血を止める為の止血として、少女がシャツを躊躇わず脱ぎ、下着姿となった時に至っては、身体中に走る激痛を暫し忘れるほどに唖然とした。

 見ず知らずの男へ肌を見せるのが、どれほど難しい事か。それを少女と同年代の妹を持つ赤毛の青年は知っていた。

 つい先日、風呂から上がったところ、脱衣所で下着姿の妹と遭遇。激しく罵声を浴びせられて、爪で引っかかれ、殴る蹴るの暴行まで受けた上、3日間の無視まで喰らう出来事があったばかり。

 どう考えても、非は妹側に有るとしか思えないのだが、仲間達はお前が悪いの一点張り。女性陣など、冷たい視線を浴びて、妹を逆に慰める有り様だった。

 だからこそ、問わずにはいられなかった。これほどの献身をしてくれるのは何故なのかと。

 

「関係なくなんか! ……ない」

 

 その問いに思わず激昂しかけるが、ナナリーは言葉尻を落として、視線も落とす。

 そう、赤毛の青年は知るはずもないが、ナナリーは今の事態を引き起こした根元である。関係は大いにあった。

 ナナリーは父や母、兄への憎しみが乗じて、ブリタニアそのものを憎む様になり、ブリタニアを破壊したいという復讐心を持っていたが、剣の師に問われるまでもなく、それを本気で成せるとは考えていなかった。

 その諦めは歳を取ると共に世の中という現実を知ってゆき、中等部へ進学する頃には既に持っていた。

 せいぜい出来た事と言えば、自分に父母は居ないと言う反発心。絶対に会ってやるもんかと言う子供じみた決意であり、アッシュフォードが本国へ帰ろうと何度も勧めるのを断る事だけだった。

 いつしか、そうした諦めと無力感は自分自身へ対する苛立ちへと変わってゆく。

 そんな鬱屈とした日々を重ねている中、ナナリーは偶然にも南の存在を見つけて歓喜した。

 それこそ、その日は家へ帰っても興奮しきって眠れず、深夜の街へ飛び出して駆け回り、笑い声を自然とあげてしまうほどに歓喜した。

 ところが、一夜明けて、冷静となり、ナナリーはそれまで以上の虚無感を味わう事となる。

 相手は世界の1/3を支配する巨大国家。本来なら、入手不可能なブリタニアの情報を知れば知るほど、それを破壊するなど夢のまた夢。このエリア11を1つ取っても、不可能だと考えざるを得なかった。

 しかし、どうしても諦めきれないナナリーの心は黒い感情を生み育ててゆく

 

『そうだ。こんな私でも嫌がらせくらいは出来る』

 

 レジスタンスの活動がどの様なモノかは知っていた。

 その活動が行われる度、ブリタニア側にも、レジスタンス側にも、時には何の関係もない民間側にも様々な被害が出るのを知っていたが、それはデーター上の数字だけでしかなかった。

 週末毎、南へ提供する情報によって、レジスタンス組織が動き、その結果がブリタニア軍のデーターの中で反映されて動く数字を端末の前で一喜一憂。ナナリーはほの暗い喜びに浸り、ゲーム感覚でいた。

 だが、偶然ではあるが、レジスタンス活動に巻き込まれてしまい、今正に人が死にゆこうとする様を直視させられ、今更ながら自分が行っていたモノの責任の重大さを実感していた。それが今のナナリーを突き動かしていた。

 

「……そうか。

 ブリタニアの中にも、俺達の日本を好きでいてくれる奴が居てくれるんだな」

 

 赤毛の青年は急に意気消沈したナナリーを怪訝に思うが、ふとナナリーの左腰に日本刀が差してあるのを気付いて、笑顔を嬉しそうに零す。

 なにせ、ブリタニアの『刀狩り』は元日本人なら誰もが憎み知る悪法。所持しているだけで死罪となる日本刀を持ち歩いているのだから、日本を愛していないはずがないと考えた。

 しかし、ナナリーは何も応えない。返す言葉を持っていなかった。

 ナナリーが日本刀を持っているのは偶然の産物であり、それを得た理由も自分が強くなりたいという利己的なものだった為である。

 無論、日本は自分が育った地。愛着はあったが、赤毛の青年が考えている様な日本へ対する愛国心は持っていなかった。

 

「ははっ……。

 おかげで、安心したよ。俺達がやってきた事は無駄じゃなかったんだって……。うぐっ!?」

「ほら、喋らないで! 今は歩く事だけを考えて!」

「いや、聞いてくれ……。ナイトメアを操縦した経験はあるか?」

 

 だが、赤毛の青年にとって、十分過ぎる理由だった。

 己を献身的に助けようとしてくれ、武士の魂と言われる日本刀を持つ少女は、ブリタニアから奪ってきたとっておきの宝を託す相手として。

 

「ええ、ある! あるわ!」

「それなら、話は早い。俺が運転していたトラックにナイトメアが入っている。

 それなら、君は逃げ切れるはずだ。……そして、出来たらで良い。それを俺の仲間達へ届けてくれないか?」

 

 その言葉に息を飲み、目をハッと見開かせるナナリー。

 どうして、それを知っていながら忘れていたのか。ナイトメアなら、その手に赤毛の青年を持って、この場をバイクより簡単に脱出が出来る。

 そう考えて、焦っていたとは言え、自分の間抜けさを後悔しながら、赤毛の青年を肩から下ろして、瓦礫を背もたれに座らせる。

 

「解ったわ! だから、ここに居て! すぐに戻るから! 良いわね!」

「ああ……。ちゃんとここに居るよ」

 

 少しでも場を離れるのが不安なのか、ナナリーは赤毛の青年へ何度もビシッ、ビシッと人差し指を突き付けての確認。

 その様子がまるで子供へ言い聞かせて躾る様でおかしく、たまらず赤毛の青年は苦笑しながらウンウンと頷く。

 そして、止めどなく広がってゆく血溜まりの中、暗闇の中へ駆け消えてゆくナナリーの背中を見送り、着ているシャツの胸ポケットを動く左手で探る。

 ところが、今朝はあったはずの物が無くなっているのを知り、残念そうに溜息をつこうとするが、喉の奥から逆流してきた鮮血が邪魔をする。

 

「……悪くない。悪くないな。

 最後はきっと絞首刑か、野垂れ死にか、そう思っていたのに……。

 あんな可愛い娘に看取って逝けるなんて……。悪くない。

 贅沢を言えば、煙草を最後に吸いたかったけど……。扇……。カレン……。あとは頼む……。」

 

 更に二度、三度と咽せ込み、赤毛の青年は視界が急速にぼやけてくるのを感じ、光を探して見上げると、崩壊した天井の隙間から射し込む光の中で埃が新雪のパウダースノーの様にキラキラと光り舞っていた。

 

 

 

「う、嘘っ!?」

 

 気ばかりが先行して、焦りに手間取る手を叱咤しながら、ようやく開けたトラック荷台の扉。

 だが、そこにあったのは絶望だった。お目当てのナイトメアフレームの姿は何処にも見当たらず、有ったのは詰まれていた木箱が崩れ、その中身だった銃器や銃弾が散乱している様子。

 これはこれでレジスタンス組織の力を強める有り難い物資ではあるが、その貴重さはやはりナイトメアフレームとは比べものにならない。

 

「えっ!? ……な、何っ!?」

 

 命からがら、奪取してきたはずの物が期待と違った。

 その残酷な事実を赤毛の青年へ告げられるはずもなく、ナナリーが茫然と佇んでいると、荷台の中から甘そうな香りが漂い溢れ、鼻孔を擽った。

 目の前の散乱している品々が軍の運搬品だけに毒ガスの可能性が有ると考え、ナナリーは口と鼻を右手で咄嗟に覆い、すぐさま後ろへ飛び退いた。

 

「う゛っ!?」

 

 しかし、その効果は間もなく現れる。

 鼓動が強くドクンと打ち響き、反転を何度も繰り返して、グニャリと歪む視界。

 たまらずナナリーは日本刀を杖代わりに突き、その場へ片膝を折る。

 

「うううううっ……。」

 

 ところが、視界の歪みは治まるどころか、酷くなるばかり。

 鼓動の早さも加速的に勢いを増してゆき、こめかみがズキズキと痛むくらいに脈打ち、ナナリーが日本刀を手放して、頭を両手で抱えた時、それは起こった。

 

「ぃ゛っ!?」

 

 身体が仰け反るほどの強い痺れが脳天から背筋へ突き抜け、歪んでいた視界が真っ白に染まる。

 そして、始まる記憶のフラッシュバック。ナナリーが幸せを感じた過去の光景が蘇り、次々と切り替わって、過去へ過去へ戻ってゆく。

 脳はエンドルフィンを大量に放出。A10神経を刺激して、ナナリーを激しい性的快感と多幸感で包む。

 

「はひっ……。はひっ、はひっ……。」

 

 女の子座りをして、両手をダラリと脱力しきり、腰を時たまビクビクッと痙攣させるナナリー。

 焦点の合っていない瞳で虚空をぼんやりと眺めながら、だらしなく開ききった口から舌を出して、涎を垂れ放題。

 とても見れたものではない光景が暫く続いたが、その様子が不意に一変する。

 

「……ち、違うっ!?

 わ、私は……。わ、私は……。わ、私は……。わ、私はぁぁ~~~っ!?」

 

 過去へ遡っていた光景が幼児期へと至った途端、ナナリーは自分が感じている幸福感を拒絶した。

 髪を振り乱しながら頭を猛烈に振って、シャルルやマリアンヌ、ルルーシュの姿を振り払おうとするが、そこに幸せを感じる深層心理は嘘をつかない。

 振り払っても、振り払っても、シャルルやマリアンヌ、ルルーシュの姿は追いかけて現れ、それをまた振り払うを繰り返す。

 その感情を無理矢理に押し付ける行為が苦しみとなり、ナナリーは激しい頭痛に襲われて、頭を両手で抱えながら蹲る。

 

「ふぅ~~……。やれやれ、やっとか。

 しかし、軍が麻薬を運ぶとはな。相変わらず、あいつにはろくな部下が居ない」

 

 そんな時だった。トラックの荷台の奥にて、木箱が1つが跳ね除けられ、その下から人影が現れたのは。

 その人物は衣服の埃を叩き払い、ナナリーを謎の症状へ変えたガスの充満する荷台の中を悠々と歩いて、トラックの荷台から下りる。

 世界広しと言えども、この様な芸当を出来る者はたった2人しかいない。その内の1人はアリエス宮で今も眠り続けている為、答えは必然的に『C.C』となる。

 

「まっ……。懐かしい顔ぶれと久々に出会えたから許してやるか。

 んっ!? ……なるほどな。

 日本へ着いた途端、やたら揺れると思ったら、お前のせいか。

 ふっ……。あいつなら、こう言うだろうな。全ては因果の流れの中に、と……。」

 

 トラックの荷台から出たにも関わらず、薄暗い周囲。

 C.Cは夜なのかとまずは上を見上げて、天井があると知り、次は辺りをキョロキョロと見渡す。

 そして、ナナリーの姿を見つけて驚き、目をパチパチと瞬きさせた後、何やら一人納得してウンウンと頷くと、蹲って苦しんでいるナナリーの前髪を左手で掴み、顔を強引に上げさせて、その額へ右人差し指を押し付けた。

 

「ひぎっ!?」

 

 その途端、ナナリーの願い通り、幸せな幼少期の光景が掻き消える。

 但し、その代償として、先ほど感じた痺れとは比べものにならない強い電流の様な痛みが脳天から背筋へ突き抜けて、全身へと広がり、ナナリーが背を限界まで弓なりに反らして、身体を痙攣にビクビクッと震わす。

 そして、再び始まる記憶のフラッシュバック。今度はナナリーが心の奥底にしっかりと刻みつけている記憶を選んで蘇り始める。

 

「ほう……。悪くないぞ。なかなかの憎しみじゃないか。

 正直、お前を侮っていたよ。

 だが、お前にそれを成せるかな?

 所詮、只の小娘にしか過ぎず、アッシュフォードに守られていなければ、生きてさえいられないお前に……。」

「っ!?」

 

 たちまち表情が憎悪へ変わったナナリーの様を眺めて、C.Cは愉悦に口の端をニヤリと歪め、もう一押しと言わんばかりにナナリーを責める。

 効果は覿面だった。ナナリーにとって、その『生かされている』と言うニュアンスの言葉はトラウマを抉るキーワードだった。

 ナナリーの目に映るC.Cの姿があの日のシャルルの姿へと重なってゆく。

 そう、まだ幼かったナナリーを満座の中で貶して怒鳴り付け、今はエリア11と名を変えた元日本へ捨てると告げた時の神聖ブリタニア帝国皇帝シャルルの姿に。

 だが、今のナナリーはあの時のただただ怯えるだけだったナナリーとは違う。奥歯をギリリと噛み締めながらシャルルを睨み付け、その首を絞めようと、未だ痺れて震える両腕を懸命に伸ばす。

 

「そうか、あくまで戦うと言うのだな?

 なら、力が欲しいか? 世界を変えるほどの力が……。」

 

 その鬼気迫る様子を満足そうに頷き、C.Cは表情を素へと戻して、開いた右掌をナナリーへ翳す。

 一呼吸の間を空けて、C.Cの額に浮かび上がり、淡く輝き始める赤い紋章。

 

「これは契約だ。力をお前へ与える代わりに私の願いを1つだけ叶えて貰う。

 そして、お前は人の世で生きながら、人とは違う理で生きる様になる。

 異なる摂理、異なる時間、異なる命……。王の力はお前を孤独にする。お前にその覚悟があるなら……。」

 

 突然だった。直前まであった苦しみも、憎しみも、痛みも、全てが消え去り、ナナリーは一糸纏わぬ姿でそこに居た。

 立っている感覚はあるが、足下に大地はなく、上も、下も、前も、後ろも、右も、左も、見渡す限りが暗闇で何もない空間。

 だが、何かの意思、流れ、方向といったものを確かに感じ、男なのか、女なのか、近いのか、遠いのか、自分自身の中心へダイレクトに語りかけてくる声が心の渇望を甘露で埋めてゆく。

 

「ええ、結ぶわ! その契約を!」

 

 しかし、甘露はあと一滴で全てが満たされると言うところで唐突に途切れ、ナナリーが堪らないもどかしさに叫んだ次の瞬間だった。

 突如、色彩が視界に戻り、ナナリーは我を取り戻して、元の地下鉄構内に居るのを自覚。同時に耳が痛くなるほどの轟音が狭い地下鉄構内に反響して鳴り響く。

 

「……えっ!?」

 

 ナナリーは何が起こったのか、頭の処理が追いつかない。

 いつの間にか、目の前に見知らぬ女性が立っており、それを知ると共に女性は額に穴を空けて倒れてしまい、ただただ茫然とするしかなかった。 

 

 

 


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