例のごとくあまりにも難産。
鏡の前に立つ。
ベッドの上には脱ぎ捨てられたクソゲー・オブ・ザ・イヤーTシャツ。手に持っているのは複数の洋服。最近はもう見慣れて着ることに一切抵抗を感じなくなってしまった女の子の着るそれを、姿見越しに自分の前で構え、「うーん…」なんて悩みながら今日着ていく服を決める。
男だったころは自分の服装に毎回毎回悩んだりはしなかったが、今となってそうもいかない。女子は大変なのだ。毎度適当な服を着ていては周囲から残念な目を向けられ、毎度お気に入りの服を着まわしていればそれはそれで残念な目を向けられてしまう。
……順当に女子に染まってきてるなぁ。
なんて感慨にふけっていたのももうずいぶんと前の話。今ではこの状況に違和感すら覚えなくなってしまった。人の慣れというのは本当に怖い。
「ぅぅぅ」
まぁ、女子としての習慣に慣れつつある私でも、やっぱり女子としての感性にはなんだかんだ疎い。女子の服におけるファッションセンスなんてものは当然なく、鉛筆からもらった(らしい)コーディネートをいくつか並べてみたが、ぶっちゃけ何となくかわいい程度の感覚しかなく、やっぱりこんなのを毎日考えている女子は本当に偉大だ。
「……よし、これでいいや」
結局選んだのは綺麗にコーディネートされているようで結構ラフなセット。オシャレを意識しているようであまり意識していないような簡素な奴。ほら、センスがないなりに必死に頑張ってる感を出したくないというか……
……って彼氏に会う前の乙女か!!
「……」
言ってて自分で突っ込みに窮する。少なくとも今日会う
ラブクロックで結局ピザ留学に行ってしまったヒロイン達も、こっちがタイムキーピングに必死になっている間にこんな気持ちで必死にデート衣装を考えていたんだろうか。そう考えると、時間の事しか考えずにデートイベントをこなしたのが申し訳なく思えてくるな。まぁそういうプレイイングを強要されることこそがあのゲームがクソゲーと言われる所以なんだけどな。
ぴろん。
確認すれば、差出人は玲ちゃん。待ち合わせ場所の確認だった。時計を見る。まぁ、早めに行って時間でも潰そうかな。
私は鼻歌交じりに家を出た。
「……」
「……」
「……ぷっ」
「こ、こんにちは楽羽さん」
「うん。おはよ」
ただいまの時刻11時40分。待ち合わせの時間13時00分。これからどこかで軽食でも取りながら時間をつぶそうかと考えていた矢先、案の定というか、出会ってしまった。この
…………ほんと、早めに家を出ておいてよかったぁ。
「楽羽さん、もう体調は大丈夫なんですか?」
「うん。もうばっちり」
「よかったです……無理はしないでくださいね?まだ病み上がりなんですから」
「大丈夫大丈夫!」
頬にひやりとした手が添えられ、真正面から顔を覗き込まれる。今でこそ当たり前になったこの玲ちゃんと同じくらいの高さの目線だが、やっぱり私が男だった時の玲さんとの身長差よりも今の方がより近くに玲ちゃんを感じてしまえて。少し頬が熱くなった。心地いい。
この感覚にもっと浸っていたいとさえ思えるが、ずっとこうしているわけにもいかない。
「ところで玲ちゃん、もう昼ご飯は食べた?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、どこかで食べちゃおっか」
「あ。それでしたら、楽羽さんが学校を休んだこの数日の間にオープンして学校で話題になっていたカフェが大通りの方にあるんですよ。そこに行きませんか?」
「いいね!」
そうと決まれば早速と歩き始めようとすると、ふいに後ろから手を握られた。
「あの、ら、楽羽さん!」
「??」
振り返れば少し頬を朱に染めた玲ちゃん。かわいい。風に吹かれて前髪を揺らした玲ちゃんの顔は本当に絵になるななんて少し呆気にとられてしまった。まぁ、学校であれだけの人気を誇るあの斎賀玲だ。当たり前と言えば当たり前の話だ。
「その……楽羽さんはすごいですよね、今日の服装も本当によく似合っていて、いつも、センスを感じると言いますか」
「あぁ……そこはほら、玲ちゃんも知っての通り、私にはファッションセンスにかけてはこの国随一の友人やらあの悪魔に汚染され切った妹とかがいるからさ」
「よく考えたらあの天音さんにコーディネートしてもらえてるってすごいですよね」
「だねぇ……玲ちゃんも今度頼んでみたら?」
「わ、私は大丈夫ですよ」
「まぁ、玲ちゃんは今のままでも十分かわいいけどねぇ」
「んなッ!?!?……そんな、楽羽さんだってそんなにもかわいいじゃないですか……」
「んぐゅッ……!!」
玲ちゃんがいつものバグに入りかけて油断してたら唐突なカウンターがッ……!!女の子歴が浅くて言われ慣れていない私に「かわいい」の4文字は効くぅ……!!さっきまでの洋服選びの少しの時間が地手も有意義に報われた気がしてとても嬉、嬉、嬉しぁぁあばばばばばばば!?!?
「こ、この話はここでやめようか……」
「そ、そうですね……」
そのまま二人で件のカフェへと向かって歩き出した。
二人の口数はちょっと少なかった。
◇
「んっっっまかったぁ…………」
二人で食べたのはオリジナルソースが売りのちょっとお高めのハンバーガーセット。某ハンバーガーチェーン店のハンバーガーよりも一回り小さくて、一回り分厚い小洒落たハンバーガーに小さなバケットにおされアボカドサラダが付いたやつ。これが本っっっ当に美味かった。そりゃオープン数日でも学校で話題にもなるわな。納得の味だった。
「ぅぅ……食べ過ぎました……」
玲ちゃんは多少食べ過ぎても脂肪は胸に行くし大丈夫でしょ。多分。
「その妙に生暖かい視線はなんですか……」
「いや、なーんでも」
「ぅぁぅぅ……」
これは最近気づいたことだが、玲ちゃんは私の視線に弱い。弱いというのはもちろん物理的な意味ではない。なんていうか、耐久的な意味で。上手く説明できないけど。普通に会話してる分にはいいけど私が『見てるぞ~』って気配を飛ばすと割と高確率で固まる。
そしてもう一つ、それに付随して気づいたことがある。玲ちゃんの方を見た時に思ったよりも目が合うのだ。玲ちゃんはどうやら普段から結構私のことを見てくれているようだ。私もつられて玲ちゃんのことを目で追うようになってしまっ……ええい照れくさい!!
……それは置いといて、そんな変化が私たちにあった結果、私は以前なら『バグった』の一言で済ませていたであろうその顔をより細かく見るようになった。玲ちゃんは照れるときに俯きがちになるのだが、女子になって身長差がなくなってからその顔がすごい見やすくなった。
「……??」
「……!!」
そして固まった玲ちゃんをこうやってより低いとこから覗き込んでみるのが地味なお気に入りだったりする。
「ぅっ……ら、楽羽さん!!」
「あはは、ごめんごめん」
これ以上は玲ちゃんのメンタルが持たないのでここでいったん笑って流しておく。実は前に一回それでも見つめ続けるってのをやったことがあるんだけど……うん、あれはヤバかった。何がとは言わないけど。
「ほらほら、固まってると先行っちゃうよ」
「あっ、ま、待ってください今行きます!!」
顔を赤らめながらもすぐ後ろをついてきてくれる玲ちゃんの足音を聞いて、嬉しいなぁ……なんて頬が緩む。もちろんこんな顔は玲ちゃんには見せないけど。昔の俺と玲さんだったらきっと玲さんがバグった時点でコミュニケーションが止まってしまって、今の私達みたいにこうやって二人で笑って歩き出すなんてできなかっただろう。
気が付いたら二人手をつないで、次はどこに行こうかなんて話しながら。
そんな私達二人の距離感が、どうしても。
楽しくて。
嬉しくて。
心地よくて。
ちょっぴり、罪悪感を感じた。
もうちょっとだけ続くのです(次がいつになるかはわからないけど頑張って書きます(書けるとは言ってない))。