リリカルBASARA StrikerS -The Cross Party Reboot Edition-   作:charley

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今回から、リリバサ初の連続長編『家康・幸村決闘編』に入ります。

オリジナル版ではまだ『4』も発売されていなかったのでオリキャラとして登場した後藤又兵衛ですが当然リブート版では…それは読んでのお楽しみに!

シグナム「リリカルBASARA StrikerS 第十章、出陣する!」


家康・幸村決闘篇
第十章 ~家康VS幸村 激突する虎の魂~


この日、機動六課・訓練所には、それまで観たことがなかった空間シュミレーターの景色が広がっていた。

学校の体育館一棟分に相当する広さを誇る板間が敷かれた四方形の櫓がおよそビル10階分の高さまで組まれ、その周囲にはそれに合わせて日本の城の天守風の物見櫓が幾つも聳え並んでいる。

まるで闘技場のような櫓の上に立つのは2人の“虎の魂”を胸に宿りし男達…

 

「行くぞ、真田。準備はいいか?」

 

「おう!」

 

お互いに、一人の男から教え、導かれ、そしてそれぞれにその魂を受け継いだ二人の男達…“徳川家康”と“真田幸村”―――

二人は各々手にした力とプライドを掲げ、決意を固めた面持ちで向かい合い、対峙していた。

 

「真田。 ワシは負けんぞ! 生まれた国は違えども…互いに“虎”の魂を受け継いだ者として、今日ここでお前と…決着を着けたい!」

 

「うむ! それはこの幸村も同じく! 誰の意志でもなく、己の意志で戦おう! 共にお館様の心を継ぎし…そなたと!」

 

二人は互いの目を見つめ合い、相手の意志の強さを確認すると、それぞれ目を細め、闘志を高めながら、それぞれ拳と二槍を構える。

 

「いくぞ! 甲斐の“虎”!!」

 

「参られよ! 三河の“虎”!!」

 

2人の“虎”は咆哮のような掛け声を上げながら、踏み込み、おのが拳と槍を互いに目掛けて突き出した。

 

 

「……っていきなりどういう状況ッ!!?」

 

家康、幸村のいる櫓より少し後方に、彼らを見下ろせる程に高く組まれた10畳程の広さの小さな櫓の上から、この様子を見ていたティアナが混乱に満ちた表情で叫んだ。

櫓には他に、スバル、なのは、フェイト、はやて、ヴィータ、シグナム、エリオ、キャロ、そして政宗、小十郎、佐助が思い思いに…スバル、エリオ、はやて、シグナムは目を輝かせ…政宗、小十郎、ヴィータは興味深そうに…なのは、フェイト、キャロは心配そうに…各々この戦いを見守っていた。

 

事の始まりは今朝―――

フォワードチームが朝食を食べ終え、午前の訓練に向けて軽くウォームアップしていたところへ、突然はやてがやってきて「今日の午前は皆で模擬戦を観戦して研修や!」と言われ、無理矢理訓練所に引っ張り出されたと思ったら、訓練所がいつもの廃墟の街ではなく謎の櫓の背景となっており、そこで突如、家康と幸村が決闘を始めたのだった。

 

「うっひゃぁぁぁぁぁっ!! よぅ子供の頃に大河ドラマとかでは見てたけど…まさか、本物の“徳川家康”と“真田幸村”の決闘が、生で見られるなんて感激やわ!! 私、ミッドチルダで魔導師やっててこれほどよかったって思った事ないで! ほんま!」

 

「はやてちゃんったら。改めて言うまでもないけど、あの家康さんや幸村さんは、私達の知ってる世界の徳川家康、真田幸村じゃないんだからね」

 

一際ハイテンションになっているはやてが、いつの間に用意していたのかビデオカメラを使って決闘の模様を撮影するのを、横から窘めるなのは。

 

「どこの世界から来たかて“徳川家康”と“真田幸村”には代わりないやろ? 本物の戦国武将同士のぶつかり合いなんて、滅多に…否、絶対に見られるもんやないから、なのはちゃんも、フェイトちゃんもしっかりこの決闘は目に焼き付けとき! 今目の前で繰り広げられとるのは『リアル大坂夏の陣』ならぬ『クラナガン夏の陣』や!!」

 

「そんな呑気な……」

 

フェイトが不安を隠せないような苦笑を浮かべながら呟くが、彼女の傍で戦いを見守っていたシグナムは違う観点からこの決闘に目を離せない様子だった。

 

「『リアル大坂夏の陣』どうこうはさておいて…この決闘自体は我らとしても、しかと注目するだけの価値はあると思うぞ。テスタロッサ」

 

「どうしてですか? シグナム」

 

フェイトが尋ねた。

 

「我々はまだ、家康達の世界の人間同士の戦いというものを見た事がなかった。魔力を有さずに、あれだけの戦果を上げる“戦国武将”同士がぶつかりあった時、それはどんな戦いになるか? フッ…騎士としては少なからず探究心をそそられると思わないか?」

 

「…やれやれ。またシグナムの悪い病気が始まったみてぇだな」

 

ヴィータが呆れるように頭を振りながら、ぼやいた。

ベルカの騎士であるシグナムは、その武人然とした性格から、ことに戦闘関係に関しては時に普段の冷静沈着なキャラを崩す程に熱くなる事さえある。所謂戦闘狂(バトルマニア)と呼ばれるタイプであった。

 

「…まるで誰かを見ているようですな? 政宗様」

 

「んなっ!? 小十郎! からかうんじゃねぇよ!」

 

フェイト達のやり取りから、シグナムの性格を察した小十郎がからかうようにそう言うと政宗は赤面しながら窘めた。

一方、スバルとエリオは櫓の端まで身を寄せ、熱心に戦いの様子を見守っていた。

 

「すごい! 家康さん、あんな早い槍の動きを完全に見切ってるよ!」

 

「幸村さんも、あんな長い槍を2本も持って、まるで自分の手足のように使いこなしてますよ!」

 

それぞれ歓声を上げるスバルとエリオを他所に、一人この状況をどうしても理解できないティアナがビデオカメラを回していたはやてに詰め寄った。

 

「どういう事ですか!? はやて部隊長! あれ明らかに模擬戦とか訓練じゃなくて本物の決闘ですよね!? …っていうか、なんで家康さんと幸村さんが決闘してるんですか?!」

 

説明を求めるティアナに、はやては一旦ビデオカメラを収めると、徐に口を開いた。

 

「ん~と…ティアナは日本の歴史わからんからしっくりこぅへんかもしれへんけどな。家康君と“ゆっきー”って、戦国の世では宿敵(ライバル)同士やって、あぁしてぶつかり合ってきた仲らしいんよ」

 

「いや、だからってなんで機動六課(ここ)で、決闘なんて始める事になっちゃったんですか!?」

 

尚もしつこく、説明を求めるティアナを見かねたのか、傍に居た佐助が二人の間に割って入ってきた。

 

「しゃあねぇなぁ。え~と…ティアナ…だったっけ? …俺が代わりに説明してやるよ。 まぁ、なんていうか…昨日の事だったんだけどね…」

 

 

 

時は遡り、昨日の昼下がり―――

 

昼食を食べ終えた家康、政宗、幸村、小十郎、佐助の5人は、突然はやてから、部隊長室へと呼び出される事となった。

何事かと思い、やってきた5人を待っていたのは、自分のデスクの上に5つの箱を並べて嬉しそうな表情を浮かべていたはやてと、それを若干苦笑しながら見守るなのはとフェイトであった。

 

「Ah?なんだよはやて。変なSmile浮かべやがって…」

 

「俺達に何の用だ?」

 

政宗と小十郎がはやてに聞くと、はやては黙って目の前に並んだ箱の中のひとつに手をかけ、そっと蓋を空けた。

すると、箱の中には綺麗に折りたたまれた男性用の管理局の制服と、機動六課の紋章のバッチが一緒に収納されていた。

 

「?…なんだそれ?」

 

政宗が聞いた?

 

「決まっとるやろ。家康君や“政ちゃん”や“ゆっきー”、それに小十郎さん、佐助さんの六課での制服やで」

 

はやては箱から取り出した制服の上着を家康達に見せながら話す。

ちなみに“政ちゃん”とは政宗の事で、“ゆっきー”とは幸村の事である。

このあだ名は二人が機動六課へやってきた当日、結局家康同様しばらく六課に身を寄せる事が決まった二人への「友好の証」と称して、はやてが命名したものであった。

ちなみにはやては、小十郎や佐助にもあだ名を付けたがっていたが、それぞれから「もし変な呼び方付けたら斬る!」と言わんばかりに牽制された為、仕方なく普通に呼ぶことにした。

 

「だからやめろって言ってんだろ!その呼び方! 大体、そんなOfficial clothesもいらねぇ!」

 

「政宗様。せっかくの八神の厚意を受けたのに、その物言いは無礼過ぎます」

 

小十郎が政宗を注意している一方、佐助はまじまじと制服を見つめる。

 

「う~ん…機動性を重視してる俺様から見たら、ちょっと動きずらいかもねぇ…はやてちゃん、これせめて半袖に改造してもらえる?」

 

「いやぁ…それはちょっと無理な注文やわぁ」

 

やんわりと佐助の申し出を却下するはやてに、なのはとフェイトが横から注意する。

 

「はやてちゃん。やっぱり家康君達は今の服の方がいいような…」

 

「うん。それになんで今になって急に家康さん達の制服を?」

 

フェイトの質問に、はやての目が光り輝いた。

 

「何言っとるんや!? 制服局員がおるっちゅう事は、それだけ本局から下りてくる経費も増えるって事やで! 民間人協力者(制服なし)委託局員(制服あり)とでは貰える手当も全然違うんよ。

いくら臨時でも5人は立派な六課のメンバーなんやし、それに私らは食い所と寝床提供して養っとる身なんや。 家康君達にはしっかりこういう事には役に立ってもらわんとえぇ事無しや!」

 

「は…はやてちゃん。それ本人達の前で話す事じゃないと思うんだけど…」

 

「つ~か。はやてちゃんって意外と腹黒いんだな…」

 

なのはと佐助は、はやての守銭奴な一面に軽く引いた。

 

「まぁ、とにかくだ。 政宗様の態度も良くないが、正直俺達にはその形状の服は向かない。折角新調してもらっておいて申し訳ないが…」

 

「小十郎の言う通りだ。 それに俺はこのBlew armorに愛着があるんだよ。家康だってそうだろ? お前もこんな堅苦しい服は気に入らねぇだろ?」

 

政宗がそう言って家康の方を向くと…

 

「えっ? 何か言ったか? 独眼竜」

 

家康は自分の分の制服を取り出し、上下キチンと着こなして、襟元には紋章も取り付けていた。

 

「いや、バッチリ着こなしてるのかよ!」

 

「それ気に入ってたの!? 家康君!」

 

「ってか何時の間に着替えたの!?」

 

政宗を先頭になのは、佐助が連続して家康にツッコむ。

 

「徳川…お前ってそんな人間だったか?」

 

小十郎も少し見ない間にボケるようになった家康に、冷や汗を浮かべながら呆れ顔を見せた。

そんな彼らのやりとりを苦笑しつつ見ていたフェイトだったが、ふと幸村の方を向くと、彼だけは皆のやりとりの中へ入らず、下を俯いて何やら気難しい表情を浮かべていた。

 

「あの…幸村さん? どうかしたんですか?」

 

フェイトが心配そうに幸村に声をかけると、騒いでいた家康達やはやて、なのはも彼の方へと顔を向ける。それでもなおも、幸村は俯いて複雑な面持ちを浮かべている。

迷い、葛藤……憂鬱な気持ちが表情に全面的に出ていた。

 

「? 幸村さん?」

 

フェイトが幸村の顔をそっと覗きこむと、ようやく気が付いたのか幸村がはっと我に返った。

 

「ふぇ…フェイト殿!? も…申し訳ござらぬ! 少し考え事をしていて…」

 

「どうかしたんですか?幸村さん」

 

「た……大したこ…事ではござらんよ! ほんの些細な事で…」

 

心配そうに尋ねてくるフェイトに対し、幸村はそういって誤魔化そうとするが、動揺のせいか、うまく言葉にできないせいか、舌が思うように回らず、狼狽える。

すると、そんな幸村の違和感に長年彼の忠臣として仕えてきた佐助が何かを察したように、真剣な眼差しになって尋ねてくる。

 

「大将……もしかしてアンタ…『このまま六課(ここ)に身を寄せていいのか』って迷っているんじゃないのか?」

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」」

 

「な…何を申すか佐助!?其はそんな理由で悩んでなど…」

 

佐助の指摘に慌てふためきながら否定しようとする幸村だったが佐助は容赦しない。

 

「いいや。 残念だが大将。 俺の推測は図星みたいだな。 その慌てぶりが何よりの証拠さ」

 

佐助はそう言うと、幸村を鋭い視線を投げかけ、追い詰める。

例え主君であっても言うべき時は言い、時には鉄拳制裁をも辞さない側近の指摘に、とうとう観念した幸村はなのは達の方を向いて、静かに語りだした。

 

「実は………佐助の申す通り……其は今…この機動六課(部隊)に身を寄せるべきなのか、迷っているのござる」

 

「どういう事なの? 幸村さん」

 

なのはが幸村に問うと、幸村はその場に膝と手を着き黙ってはやてに向かって頭を下げた。突然の事に驚き、戸惑うはやて、なのは、フェイト。

 

「ちょ…ゆっきー!どうしたんや?!」

 

「はやて殿! 貴殿や機動六課の皆々様の手厚い心遣いにはこの幸村、感謝しているにござる! 行く充ても帰る手段もなかった其や佐助に宿を与えるだけでなく、一兵として雇ってもらえるように取り計らっていただけるなど、よほどの慈悲深きお方でなければできない事でござる!……ただ…!」

 

「ただ?」

 

「ただ……其も、未熟ながらも武家に生まれ、お仕えするさる御方の為に武勲を振るってきた誇りを持っているのでござる! 故に、つい先日まで敵対…それも日ノ本の未来をかけた大戦にて、互いに奮闘を誓った宿敵同士である政宗殿や、その総大将の家康殿と共に同じ軍閥に属しようというのは…武士(もののふ)として“義”に悖る振る舞いではないかと思うのでござる」

 

幸村は、そう言いながら自分の心中をゆっくりと語りだした。

 

「過日お話したとおり…某は甲斐武田家当主・武田信玄公の重臣 真田家の次男であったが、幼少期より、主君・信玄公に預けられ育てられたのでござる。その信玄公が病に倒れた事で、某が武田の軍配を託されたのでござるが…某の未熟さ故、武田家の手綱をうまく握ることができず、一時は政宗殿からも失望され、家康殿とも器の違いに悩んだことがござった…

しかし、思い悩んで本来の自分を失いかけながらも、多くの武士(もののふ)達と話し、そしてぶつかり合う事で、ようやくお館様が教えたかった事の真意がわかった某は、新たな自分へと進む為、そして某なりに出した“答え”を示す為に、あえて政宗殿や家康殿達と戦う道を選び、凶王・石田三成殿と同盟を結び、西軍へつく決心をしたのでござる」

 

「真田………」

 

幸村の話を家康は静かに聞いていた。

 

「でも、幸村さん。ここは幸村さん達の世界の“日ノ本”じゃないんだよ?」

 

フェイトが諭すように言うが、幸村は頭を横に振る。

 

「確かにここは日ノ本とは異なる異郷の地……ここにいる限り、某に家康殿や政宗殿達と戦う理由はござらぬ。しかし、一人の武士(もののふ)としての答えを見つける事のできた某が、一度は自分が剣を交える事を誓った人間と、簡単に手を組んでしまっては、それこそ武士としての矜持もないのではと考え……」

 

「Ha! お前も随分、総大将らしさが板についてきたじゃねぇか。真田幸村」

 

政宗はそう言って、かつて武田軍大将代行になったばかりの頃と違い、一軍の主君らしい考えを抱き始めた好敵手に喜びの笑みを浮かべた。

 

かつて、大将の座を継いだばかりで、軍の長としての身の振り方がわからなかった頃の幸村と相対した政宗は、武人としての誇りを無くしかけ、ただ無情の槍を振るうばかりの幸村を見て失望し、彼を付き放した事もあった。

しかし、この世界に来るきっかけになった上田合戦の時といい、今の幸村といい、その時見せた軟弱者としての面影は全くなかった。一人の武人…いや一人の大将としてあろうとする崇高な姿だった。

 

「い、いや。でもな、ゆっきー… せや言うて、ゆっきー一人だけ別の部署に置くっちゅうわけにもいかへんねん。 他の部隊の人達は、私達と違ってゆっきーの事は知らんし…何よりゆっきーが抜けたら六課の人材費が一人分減ってまうやないか!」

 

「はやてちゃん! 結構今シリアスな会話なんだから、さり気なく自分の欲を言わないで!!」

 

なのはがはやてのエゴむき出しの説得にツッコむと、彼女に代わって幸村を説得しようとする。

 

「幸村さん。私達は―――家康さん?」

 

「家康殿…?」

 

そんな彼女に手を差し伸ばし、制止したのは黙って話を聞いていた家康だった。

家康は幸村の正面に立つと、不意にある提案を持ちかけてきた。

 

「真田……ワシと“勝負”をしないか?」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

突然の家康の発言に幸村をはじめ、部屋にいた全員が驚いた。

 

「い…家康殿…今…なんと…?」

 

「あぁ、もう一度言おう。 ワシと“勝負”をするんだ」

 

幸村が問い直した言葉に毅然とした面持ちで頷き、返しながら家康は語り出した。

 

「お前は信玄公と同じで、昔から自分の考えを曲げようとしない人間だ。ここで、なのは殿達が口でいくら説得してもお前は納得しない筈…」

 

「……………」

 

「だからこうしよう。 ワシとお前とで、気が済むまで決闘をして、まずはお互いに“気持ち”だけでもケリをつけようじゃないか。その勝負がワシとお前、どちらに勝敗を与えるにしろ、後の事はお前自身の判断で決めればいい」

 

「………家康殿」

 

家康は拳を差し出しながら、幸村に挑戦するように語りかける。

幸村は、家康の話を唖然とした表情で聞き入っていた。すると、それを聞いたフェイトが心配そうに話しかけてくる。

 

「でも家康さん……」

 

「フェイト殿。勝手な話なのは重々承知だ。 だがこの男は、ワシが知る中では恐らく“日ノ本一、武士らしい心を持った武士”なんだ。だからこそこの男を説得する為に一番いい方法は“ぶつかり合う”事なんだ」

 

家康は拳を翳して見せながらそういうと、幸村へ改めて問いかける。

 

「どうだ真田? それだったらお前も納得の行く方法ではないか?」

 

家康はジッと幸村の目を見る。

幸村もそんな家康の顔を茫然と眺めていたが、やがて少しずつその瞳に炎が燃え上がってくる。

 

「家康殿……貴殿の申し入れ……この幸村受け入れるでござる!」

 

そう叫んだ幸村は、すかさず立ち上がって家康の挑戦に答えるかの如く、彼に向けて指を指す。

 

「家康殿! 思わぬ形であるかもしれぬが…貴殿との長年の戦い…ここで決着をつけてみせようぞ!!」

 

「うむ!その意気だ真田!どちらが真の『虎の魂』を持つのか…この戦いで雌雄を決しようじゃないか!」

 

互いに決闘への意欲を出し始めた家康と幸村だが、それに驚いたのはなのはとフェイトである。

 

「ってちょっと! 家康君! 幸村さんも何か話がおかしな方向になってるよ!」

 

「そうだよ! これってあくまで幸村さんが六課に入るのか否かを決める為の模擬戦でしょ?! なんか2人の会話からだとどう見ても、命を賭けた真剣勝負する空気になってるような…」

 

なのはとフェイトが慌てて二人を止めようとすると、傍観していた政宗が二人を制する。

 

「How naive! 判ってねぇな二人共。 俺達の決闘に『模擬戦』なんて甘ちゃんなチャンバラごっこなんかねぇ! 互いに命を賭けた雌雄決するBig partyだ!」

 

「い…“命を賭けた”って!?…そんな事だめだってば! は、はやてちゃん! はやてちゃんからもなんとか言ってよ!」

 

半ば殺し合いを容認するかのような政宗の発言に、なのはは思わず声を張り上げ、部隊長であるはやてに助力を求めた。

しかし、はやては冷静な面持ちで頷いた。

 

「…わかった。そこまで言うなら、家康君達のやりたいようにやったらえぇ」

 

(はやてちゃん!?)

 

(ちょっと!はやて何を言って…)

 

なのはとフェイトは、一瞬自分達が聞き間違いでもしたかのように思った。

例え敵対者であろうとも命を粗末にする事を良しとしないはやてにとって、家康の提案した事は『仲間同士の抗争』というタブーともいえる事である筈だった。

予想に反し、それをあっさりと容認してしまったはやての判断に、驚愕の声を念話で送った。

だが、はやては小さく頭を振りながら2人を宥めるように念話を返した。

 

(落ち着いて、なのはちゃん、フェイトちゃん。 私かて、本当はこんな形で決着なんてつけてほしくない…けどな。 家康君の目…あれは間違いなく一人の「武士」としての目やわ)

 

((武士の目…?))

 

(そう。目や…あの目には私達でさえも経験した事のないようないろんな修羅場をくぐり抜けてきた強者としての強い念が籠もっとる。つまり…家康君はそれだけ本気やっちゅう事や。あれは私達、外野の人間がとやかく口を挟んだりしてはいけないわ…)

 

(で…でも…)

 

なのはが尚も懸念しようとするも、それに答える代わりにはやてが家康に提案した。

 

「家康君、ゆっきー。二人共よぅ聞いてな。二人がお互い気持ちにケリをつけたいなら、ぶつかりあって、お互いの気持ちを分かり合うとえぇよ。それについては私達は、余計なちゃちゃ入れなんてせぇへんから安心して。せやけど…ひとつだけ“条件”を聞いて欲しいんよ」

 

「なにかな?」

 

家康が尋ねた。

 

「家康君達のおった戦国の世は、『戦って死ぬ』事が当たり前な世界やったのは、わかっとる。そんな殺伐した世界に生きてきた家康君やゆっきー達にしてみれば、私もこの機動六課も、色んな意味で甘いかもしれへん……せやけどな。このミッドチルダは、群雄割拠の戦国乱世の世界とは違う。 “死ぬ”のが当たり前なんて事は決してない太平の世なんや。せやから…2人にもここで“決闘”するのなら、この世界の“ルール”にだけは従って行ってほしいんや」

 

「この世界のルールとは…」

 

「……“絶対にお互いを殺さないこと”」

 

「「!?」」

 

「今、言うたように家康君達からしてみれば、『甘い』考えやって蔑まれるのはわかっとる。けど、私は仲間の皆の前で誰かが死ぬなんて光景見せたくない。せやから…このルールだけは絶対に守って。お願いや!」

 

今まで見せた事がない程の真剣な眼差しでそう言いながら、頭を下げるはやてに、家康も幸村もお互いに顔を見合わせ、意思を確認する。その様子をなのは、フェイトも心配そうに見守っていた。

 

「はやて殿。要望の趣、承知した」

 

「同じく。互いに決着はつけども、命は取らぬ。それは約束する故に安心めされよ」

 

「…おおきに」

 

要望を受け入れた家康と幸村に、ホッと胸を撫で下ろしたはやて。

なのはもフェイトも安堵の笑みを浮かべた。

 

「なんだよ。つまらねぇな…命を張ってこそhotになれるpartyだってあるのによ」

 

「政宗様。此度の事は八神の方が十二分に理に適っています。それにご冗談にしては少々過ぎます」

 

僅かにつまらなそうにボヤく政宗だったが、すかさず小十郎に窘められた。

 

「よかった。それなら俺様も真田の大将を守る為に、色々仕掛張る必要もなさそうだね」

 

そう佐助も安心したように軽い調子で呟いた。

一先ずこれで話が決まった事を察したはやては、いつもの軽快な調子に戻ると、早速家康と幸村に告げた。

 

「決まりやな。家康君、ゆっきー。 ほな、2人の決闘は、さっそく明日行う事にしようか」

 

「本当か、はやて殿!? よし! そうと決まれば互いに特訓だな! 真田!」

 

「うむ!必ずやこの武田の武門の名誉を守ってみせるよう、今から槍を念入りに磨き、精進するでござる!」

 

そう言うとさっそくそれぞれ訓練の為に部隊長室を出ていく、家康と幸村。

 

「あっ! ちょっと、大将! 気合入れるのはいいけど、六課の皆さんに迷惑だけはかけないようにね!!」

 

佐助が幸村に窘めるも、その言葉が届く前に部隊長室のドアが閉まった。

佐助はため息を吐きながら苦笑を浮かべた。

 

「まぁ…命取られる心配はなくなったとはいえ…真田の大将も徳川のおぼっちゃんも、どっちも熱が入ると収拾つかないからなぁ…さてどうなる事やら…」

 

「まぁまぁ佐助さん。いくら2人とも熱が入るとめっちゃ熱くなるタイプとはいえ、それこそ土地100坪丸々吹っ飛ばしちゃうような破天荒な事なんてないやろ?」

 

「いや…それが、あながち十分にありえちゃうから怖いんだよね…」

 

かなり軽視した様子で話すはやてに、冷や汗を浮かべながら呟く佐助。

すると、話を聞いていたなのはが政宗に尋ねた。

 

「政宗さん。よかったのですか?」

 

「Ah? なにがだ?」

 

「幸村さんは政宗さんのライバルなんですよね? その幸村さんが別の人と決闘をするのは政宗さんとしては…」

 

「おいおいなのは。 Rivalっつうのは恋人じゃねぇんだよ。たまにはrival同士のpartyをwatchingすんのも悪かないだろ?」

 

「ハハハ…そうですか…」

 

そう話しながらなのはは…

 

(ほんと…戦国時代の人達って考えが豪快っていうか…)

 

家康や幸村といい、政宗といい、自分が今まで出会ってきた人間とは異質な思考や価値観を持つ彼らに、軽くカルチャーショックを抱くのであった。

 

 

 

「…ってな感じの事があったわけ」

 

「なるほど。それでこういう事に……」

 

話を聞いたティアナが納得したのか、そうでないのか、なんとも複雑な面持ちを浮かべていた。

 

「それにしても、仲間に加わるか納得させる為の方法が、“決闘”なんて…なんて物騒な話なのよ」

 

「いや。私は徳川や真田の言い分も尤もであると思うぞ。時に口で通じぬ時には、拳や剣で語りあうのも効果的な事はある」

 

「家康達みたいな殺伐とした世界を生き抜いてきた奴らなら、尚の事言葉より手で語り合うのが性に合うんだろうよ」

 

自身も守護騎士(ヴォルケンリッター)として、人生の多くを戦いに投じてきたシグナムやヴィータは家康達に賛同する意見を述べた。

 

「あっ! 見てください!!」

 

その時、決闘の様子を見守っていたキャロが声を上げた。

皆の視線が、家康と幸村の方に再び注目される。

 

決闘が始まってからしばらくはお互いに牽制を図るように、それぞれ打撃と刺突の応酬を繰り返す事に徹していた家康と幸村であったが、お互いに身体が温まってきたのを見図い、それぞれ大技を繰り出しはじめていた。

 

「大・烈火ぁぁぁ!!!」

 

幸村は踏み込みながら、穂先に炎を纏った二槍を疾風のごとき速さで突き出してきた。

それを家康は同じ速さで拳を繰り出し、ひとつひとつ刺突を手甲で弾いていく。

家康は少しずつ後ろに退きながらも、幸村の繰り出す槍を冷静に見定めて、そして僅かに見せた攻撃の隙きを見出すと、防御に徹していた拳に金色の光が宿った。

 

「一撃だッ!!」

 

家康は突き出された槍をアッパーで弾くと、幸村の姿勢が僅かに崩れたのを見て、すかさず光纏ったボディーブローを放つ。

幸村は身体を後ろに仰け反らせながら、地面を蹴り、華麗なフォームでバク宙を決めながら家康の拳を回避し、距離をとった。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

幸村が地面を蹴り、滑空するように家康との距離を縮めながら、再び二槍を突き出してくる。

家康も突き出す拳を更に速め、それぞれ手甲、槍が空を切る音が後方にいるなのは達の耳に聞こえてくる程だった。

 

それぞれが魔導師ランクで裁量するとすれば『AAAクラス』が付く事は確実であろう。否、そもそも魔法を抜きに戦闘技術だけで見てみれば、なのは、はやてはおろか、フェイト、ヴィータ、シグナムのような六課の中でも特に白兵戦に優れた魔導師をも凌いでいるのは間違いなかった。

それぞれが『猛将』の栄名に相応しい手練ぶりを見せていた。

その激闘にスバル達フォワードチームは勿論の事、なのは達教官勢や、2人の戦いを見ているのはこれが初めてではない政宗や小十郎、佐助でさえも思わず目を見張って見入ってしまう程だった。

 

「す、すごい……僕が今までで知る槍術とまるで違う……力強く…それでいて、繊麗された突筋、槍捌き…これが“武士(もののふ)”の戦い……」

 

中でも一際、目を奪われていたのはスバルでもなのはでもなく、エリオだった。

家康が機動六課にやってきた事で、自らが憧れる“騎士”と似て非なる兵…“武士”の存在を知ったエリオだったが、初めは“武士”という存在をよくわからず、なのはやはやて達の世界で言う騎士みたいなもの、という程度の認識しかしておらず、決して見下していたわけではないが、どこか軽んじた考えを抱いていた事は否めなかった。

だが、自分と同じ槍を…それも2本同時に操るという紅き若武者 真田幸村が現れた事で、エリオの中にあった『武士』への興味が、日に日に強くなっていっていく事にエリオ自身も自覚せずにいた。

そして、今目の前で繰り広げられる幸村の戦いが、徐々にエリオの心に熱が与えられていくかのように、その興味を『羨望』の念へと昇華させていた。

 

「もらった! 陽岩割り!!」

 

その時、家康が地面を蹴って宙に飛び上がりながら、光り輝く右拳を振りかざし、幸村目掛けて落下しながら拳を叩き込む。

家康の固有技のひとつ“陽岩割り”は直接相手に届かずとも、地面を突く事で、その衝撃で周りにあるものを軽々と吹き飛ばすだけの威力を持っていた。

それを見ていた者達の誰もが、後ろに回避するしか防ぐ手はないと思った。

しかし…

 

「させぬ! 虎炎!!!」

 

皆の予想とは裏腹に幸村は二槍をその場に突き立てると、右拳に炎を宿しながら、“気”を溜め、飛びかかってきた家康に目掛けて拳を燃えたぎる繰り出し、派手なアッパーをかました。

 

「ぐぅっ!!」

 

「ぐふっ!!」

 

それぞれ光と炎をまとわせた拳が相手の頬を直撃する。それぞれの拳の重みに顔を歪ませながら、幸村、家康ともに大きく後ろに吹き飛ばされた。

数回バインドしながら、地面に転がり倒れた2人はそれぞれ、すぐに立ち上がり、相手を睨む。

 

「……ハハハッ…今のはなかなか効いたぞ………本当に強くなったな…真田……!!」

 

「貴殿こそ………その力の籠もった重い拳…これは紛れもなくお館様の拳……!!」

 

そういうと、家康も幸村も不敵な笑みを浮かべる。それぞれの顔からは心底この勝負を楽しんでいる事が伝わってきた。

そして、2人はお互いに地面を蹴って、風に乗って滑るように駆け抜けていく。狙いは両者の…間を隔てるように地面に突き立てられた二槍―――

 

すると、家康は二槍の片割れの一本に手をかけると、そのまま地面から引き抜いて、その場で手慣れた手つきで回し、振りかざしてみせた。

幸村も残る片割れの槍を手に取ると、同じように振りかざしてみせる。

 

「はぁっ!」

 

「おぉっ!」

 

 

ガキィィィィン!!

 

 

そして、二人は間合いをとりながら、それぞれ槍を構えると、踏み込みながら力強い一突きを決めた。槍の穂先がぶつかり合い、赤白い火花が飛び散る。

それから柄、石突と、槍の全ての箇所を駆使しながら、2人は刺突と薙ぎ払いの応酬を繰り返し、その度に火花と共に衝撃の波が円形を描くようにして起こる。

 

「す、すごい…家康さんって槍も得意だったんだ」

 

観戦していたスバルは、家康が初めて武器を手にとって見せた姿に唖然としていた。

そんな彼女に補足するように政宗が言った。

 

「お前は知らないだろうがな、家康はガキの頃は槍使いだったのさ。 腕前は…まぁ『ordinary personよりはマシ』って程度だったんだけどな……『武器を捨てた』って宣ってたくせに、ちゃっかり(あっち)の腕も随分上達してんじゃねぇか」

 

相変わらず皮肉るような物言いだが、それでも政宗なりに称賛の意図を込めていた。

一方、ティアナは少し顔を青ざめさせながら、なのはに尋ねた。

 

「あ、あの…なのはさん…家康さん達って、本当に非魔力保持者なんですか……? 実はちょっとくらい魔力持ってたりして…?」

 

「うぅん。 既に検査したけど、家康君も幸村さんも政宗さんも…全員間違いなく、魔力保有指数は“0”の筈だよ…?」

 

「二人があれだけ戦えるのは、その“気”という未知の力と、二人の経験の賜物って事…」

 

「どんだけデタラメな世界なんだよ…アイツらの故郷って……」

 

なのはだけでなく、フェイト、ヴィータもその常識を逸する様な強さに半分引いている程だった。

特になのはやフェイト達にしてみれば、家康達が歴戦の猛将であることは分かっているが、やはりこれだけ常識外れな動きと、激闘を見せられてしまっては開いた口が塞げずにいた。

 

なのは達の会話を聞いていたエリオは、いつの間にか武者震いしていた。

幸村の槍捌き…猛々しく、自分の信念に一点の迷いのない真っ直ぐなそれは、まさに自分が憧れ、目指さんとする“戦士”としての姿、そのものだった。

まだ幸村とゆっくり話した事はない。だが、その戦いぶりから幸村が血の滲むような努力と多くの苦難を経験し、そして乗り越えた事で、あの強さがある事がその背中から感じ取る事ができた。

 

スバルもまた、家康の新たな武人としての才能を見た事で、ますます慕う気持ちが強くなっていく思いがした。

共に戦い、そして教えを請う中で何度かその常識外れなまでの戦闘技術、能力を見せつけられてきたが、それまで自分が見た事なかった一面を出し切ってまで、ここまで熱く戦う家康の姿を見たのは初めてだった。

 

「……………………」

 

そして、そんなスバルとエリオの姿を見ていたティアナがほんの一瞬だけ、その眉を顰ませながら、その顔に嫉妬と焦りの念が浮かんだのを、佐助だけが気づいていた。

 

ガキィンッ!!

 

一際大きな金属音を響かせながら、家康と幸村はそれぞれに握った槍の穂先を組み合うようにして、鍔迫り合った。

 

「…流石は“三河の虎”…ッ!!」

 

「お前もな…“甲斐の虎”!!」

 

“虎”達は更に高ぶる闘志を隠すことなく、自分が認め合う男を称賛し合い、そしてぶつかり合う。

 

「……………」

 

その為、彼らのいる櫓の端にある高欄の上に、黒紫の不気味な色の小鳥が止まって、じっと家康達の方を向いていた事に気づかずにいた…

 

 

 

 

家康と幸村の激しい戦いが繰り広げられ、なのは達がその様子を見入っていた時…

機動六課隊舎の向かい側、クラナガンの湾岸エリアの人気のない波止場に複数の影があった。

 

「……予想通り。真田と徳川が争っているみたいだね。これは絶好の好機だよ…フッフッフッ…」

 

この無機質な光景には相応しくない綺羅びやかながらも不気味な色合いの和服に身を包んだ女…皎月院は手に持った薄紫色に光り輝く髑髏の紋章の浮かんだ水晶玉を手に不敵な笑みを零した。

 

「いいかい? 手はず通り、アンタ達にはこれからこの海を隔てた先にある機動六課に潜入して、真田、そして徳川の動向を探ってきてもらうよ」

 

そう指示を送る皎月院の先にいたのは、2人の男達だった―――

一人は、目が見えない程に長く伸ばした前髪に、袖の破れた服…最大の特徴は、両手に巨大な鉄球の付いた枷を嵌められている事だった。

その傍らに屈んでいたもう一人の男は、月の前立の付いた兜に、薄汚れた袖のない羽織に爬虫類を思わせるデザインの甲冑を纏った、如何にも陰湿そうな雰囲気を漂わせた蜥蜴の様な狡猾で禍々しそうな輝きのない瞳で皎月院を睨みつけていた。

 

「ぐぅっ…いきなりこんなわけのわからん土地に飛ばされた上に、半ば誘拐同然に西軍に組み入れられたと思いきや、最初の仕事が斥候ったぁ…小生も安く見られたもんだな!」

 

「あぁ!? それはこっちの台詞だってぇの、阿呆官! なぁんで俺様が、テメェなんかと一緒にこんな二束三文なチンケな仕事引き受けにゃなんねぇんだよ!?」

 

それぞれに露骨に不平不満を述べる男達に、皎月院は子供が駄々をこねるのを拱く親のように、肩を竦めた。

 

「だから何度も言ってるじゃないかい。この仕事を上手く果たしたら、アンタを『五刑衆』に昇格させる話…わちきから刑部に口利きしてやるって。それが報酬だよ。“後藤”」

 

「五刑衆“主席”だ。同じ豊臣の最高幹部でも石田なんかの下につくなんざ、俺様はごめんだぜ? ケーッケッケッケッケッ!!」

 

皎月院相手にも臆する事なく不遜な物言いで返す陰湿な男…豊臣傘下“黒田軍”臣下 “後藤又兵衛”は、不気味な笑い声を上げながら、三日月の様に歪に曲がった巨大な刀身の剣『奇刃』を愛でるように撫でた。

 

「っておい! 又兵衛! 何勝手に小生を差し置いて、豊臣の直参になろうとしてんだよ!? お前さんはこの“黒田官兵衛”の一番家臣だろうが!!」

 

枷付きの大男…黒田軍大将にして元豊臣軍臣下 “黒田官兵衛”が慌てながら、堂々と自分の目の前で下剋上を宣言する又兵衛を窘めた。

だが、又兵衛は露骨に反抗心と不愉快の念を表情に出しながら反論した。

 

「あぁっ?! だぁれが“一番家臣”だっつぅの! テメェの部下で終わるなんざ真っ平御免だわ! ここで名を上げて、“五刑衆”のてっぺんの座を手に入れて、テメェも石田も俺様の顎で使ってやるんだよぉ!」

 

「んなっ!? お前さん、今目の前にいる奴が誰かわかってるのかよ!? 小生はまだいいとして、三成に取り入ってる皎月院(コイツ)の前でそんな事言ってみろ! すぐに三成の耳に入ってお前さんは打首獄門だぞ!」

 

必死に家臣の無礼を注意する官兵衛だったが、当の皎月院はさして気にしていない様子だった。

 

「構わないよ。寧ろ、後藤ぐらいに露骨に功名心が強い奴程、案外良い働きをしてくれるものさ。どこかの誰かさんみたいに虎視眈々と天下を横取ろうなんて考えてる腹の見えない奸物よりはよっぽど宛にできるものさ」

 

皎月院がそう言いながら、官兵衛に向けて嫌味ったらしい視線を投げかけた。

黒田官兵衛はその将としての並ならぬ才覚とは裏腹に、豊臣派の勢力の中でもその評価は極端に低く見られがちであった。

 

かつて覇王・豊臣秀吉が率いる豊臣軍が絶対的覇者の地位を得て、日ノ本を謳歌していた頃―――

秀吉の右腕にして、その天才的な知略の持ち主だった名将“竹中半兵衛”とともに「二兵衛」と称された天才軍師であり、かつて関東を制覇していた覇者 北条氏の居城である難攻不落の小田原城を無血開城させるなど、類い稀な知略で豊臣軍の天下統一に貢献していた。

だが、秀吉に対して絶対的な信頼と義を持って接していた半兵衛と違い、官兵衛は豊臣の覇業の一手を担う一方で、天下を狙い虎視眈々と計略を図り、仕込みながら、時を伺っていたという所謂『獅子身中の虫』なタイプの策略家であった。

 

そして、秀吉、半兵衛が相次いで倒れた後、その策謀を遂に実行せんとした直前、三成と大谷に全てを勘付かれた官兵衛は、手勢と所領を没収されると同時に、畿内から九州へと飛ばされ、さらに九州にあった豊臣傘下の鉱山の総監督という名目で強制労働に従事され、穴倉暮らしを強要されてしまう事となったのだった。手に嵌められた枷と巨大な鉄球はその時の名残である。

 

後藤又兵衛は、官兵衛が九州送りにされた後に再び自身の手勢を立て直そうと密かに各所から集めた、ならず者の中の一人だった所謂、“浪人上がり”の武将である。

貧しい民の家に生まれ、地の底を這いつくばる様な過酷な環境で生き抜いてきた壮絶な半生故に、豊臣という天下を我が物にせんとする一大勢力に傘下といえど加われた事は、又兵衛にとっては至極の名誉であると同時に、自分の人生を巻き返す為の大きな好機であった。

そのためか、主君である官兵衛に対しても堂々と「阿呆官(アホカン)」と蔑む程に反骨精神と、自己顕示欲、功名心が強く、とにかく手柄を上げる事に固執していた。

 

こんな調子で忠義心や連携力など微塵も感じさせないかみ合わせの悪すぎるこの主従には、この任務がお誂えと考えた皎月院は、まだ直接相対していない家康の新たなる味方『機動六課』の戦力を図るに相応しい相手として、此度の任務の遂行者に選出したのだった。

 

「おい、怪尼!! 言っておくが、小生は又兵衛(コイツ)と違って、直臣にも“五刑衆”にも興味はねぇ! 小生が欲しいのはな――――」

 

「わかってるよ。コイツだろ?」

 

皎月院はそう言いながら、女髷の中から一本の古びた鍵を取り出して、官兵衛に見せた。

 

「上手く事を運び、手柄を上げた方……黒田にはその枷の“鍵”…後藤には“豊臣直臣の位と“五刑衆”への取り立て”を褒美としてやるよ。わちきも女がてらに二言はないよ」

 

皎月院の言葉を聞いて、黒田主従の髪で見えない目と陰気な目が、それぞれ一瞬だけ光って見えた。

 

「ほ、本当だな!? 聞いたか、又兵衛! お前さんには悪いが、小生が自由になる為だ! ここは譲ってもらうぞ!!」

 

「はぁっ!? ふざけんじゃねぇよ! だぁれが阿呆官なんかに譲るか! 俺様が手柄上げて、テメェの部下からおさらばしてやるからよぉ!!」

 

「なんだと! 偶にはご主人様を立てるって武士としての忠義心が、お前さんにはないのかよ!?」

 

「だぁれが『ご主人様』だ! 気持ち悪いっつぅの! テメェなんざ『阿呆官』で十分だろ!」

 

「なんだと!? この阿呆兵衛!」

 

「黙れ、阿呆官!」

 

「いやいや、お前さんのが阿呆だ!」

 

「いやいやいや、テメェのが阿呆だろ!!」

 

「いやいやいやいや…」

 

…っと言った傍から早速、子供じみた痴話喧嘩を繰り広げながら、任務にかかりに向かう官兵衛と又兵衛を見送りながら、皎月院は珍しく冷や汗を浮かべながら、ボソリと呟くのだった。

 

 

「人選……やっぱり間違えたかねぇ………?」

 




改めて見てみると連載開始当初(今もあんまり代わってないけど…)の自分の文章力の疎さに我ながら見返して恥ずかしくなりました(苦笑)

次回はさらに大きく改変しなきゃならない部分がたくさんあると思います。
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