リリカルBASARA StrikerS -The Cross Party Reboot Edition- 作:charley
鍵を握るのは、豊臣が天下を把握する直前に上杉軍で起きた国全体を揺るがさんばかりの大きな内乱…そして、謙信の懐刀であり、佐助とも旧知の仲であったある女忍者(くのいち)が大きく関わっていた……
宗茂「リリカルBASARA StrikerS 第三十一章 出陣です! (この口上もワンパターンになってきたなぁ…何か捻り入れた方がいいかも…?)」
時は
小田原では北条氏制圧を推し進めていた豊臣本軍を奇襲しようとした奥州伊達軍が、豊臣直参の石田軍によって返り討ちに遭い、壊滅的な打撃を受け撤退…
甲斐では武田軍当主 武田信玄が病に倒れ、その後継として選ばれた信州真田軍の若き将 真田幸村の未熟な采配が仇となり、武田軍は周辺諸大名の相次ぐ侵略にさらされ、その弱体化は否めない状況にあった…
だが、それと時同じくして…万年白一色の雪景色に染まった北日本・越後の国を治めていた日ノ本有数の戦国大名『上杉家』もまた…その存亡に関わる大きな波乱の渦中に立たされようとしていた――――
越後上杉家総本山 春日山城・本丸
当主・上杉謙信の座敷――――
「隠居するだってっ!? じょ、冗談だろ!? おじき!!」
ある日突然、春日山城に呼び出された景勝は、自身の
謙信は歴代上杉家一門の中でもまさに最高峰といっても過言でない程に将としても人としても良くできた人間であると景勝だけでなく、知る者皆が認めていた。
雪のように白い頭巾で頭を覆い隠したその顔は、一見女性の様に美しく、声もまるで男装の麗人の如く清く澄んだもので、上杉一門の間でさえも謙信の性別は謎とされていた。
その長身に氷の様に鮮麗な戦装束を着こなし、氷柱のように鋭い長刀を帯刀した凛々しくも勇ましい姿もまた、見る者を軒並み魅了した。
中には元々敵対していた者でさえもその美貌に惹かれて、上杉に寝返させてしまった事さえもあるという。
世継ぎのいなかった謙信から、後継者として選出された“息子”の景勝もまた、その人柄に心底惚れ込んだ1人であった。
元々は上杉家のとある分家の姫であった自分でさえも遠く及ばぬその美しさ、そしてそんな美貌に反した武人としての圧倒的な完成度…女ながら、その類まれなる武人としての腕っぷしの強さと男に引けを取らぬ豪胆さに武将としての素質を見いだされ将としての教育を謙信から直々に受ける事になりながらも、全てにおいて謙信には及ばないと見た彼女が選んだ道は…『“女”を捨てる』事だった…
女ではなく、1人の武人として、軍神・上杉謙信の後継に相応しい将となるべく、“女”としての生き方を完全に放棄した彼女は…“景勝”と名乗り、上杉軍随一の猛将へと成り上がっていった。
それでも、今の自分はまだまだ謙信には遠く及ばない…それを自覚していた景勝だからこそ、今この場で謙信から告げられた話は文字通り“寝耳に水”であった。
「じょうだんではありませぬ。
声を張り上げる景勝に対し、謙信は、いつもどおりその人を落ち着かせるような声で諭すように答えた。
今、この座敷には謙信と景勝の他にもう1人しかいなかった。
謙信の座る上座の脇に控えるようにしゃがんだ1人の
胸元から臍辺りにかけて、やや露出の多いボディスーツのような黒い忍装束を身に纏い、日ノ本では珍しい金髪のもみあげ部分だけを長く伸ばした不思議な髪形と金色の瞳を持った美しいその女性の名は“かすが”…謙信に仕える忍だが、実質的に世話役も兼ねた忠実な側近であった。
だが、謙信を心酔し、謙信のやることなす事全てを肯定する彼女もまた、謙信の此度の決意は思う事があるのか、2人の会話に耳を傾けるその面持ちはいつになく暗い。
「そんな!? …なんでまた今なんだよ!? 軒猿*1共の話じゃ、小田原じゃ遂に北条が豊臣に潰されちまって、漁夫の利を狙ってた伊達も返り討ちにされて壊滅状態だって言うし…これで
納得がいかない景勝は
「それに! 甲斐ではオレ達上杉にとって宿命の相手であると同時に、おじきにとっても最大の宿敵!“甲斐の虎”・武田信玄も病に倒れちまって、武田は今揺れに揺れてる状態! 今こそおじきが先頭に立って、甲斐を攻めちまえば今の武田なんて――――」
「おろかものっ!!」
謙信の
珍しく声を張り上げた謙信に、普段肝の据わった景勝でさえも思わずたじろいでしまう。
だが、流石は氷を自在に操る武将だけあってか、謙信の一瞬昂った言葉もまた、すぐに元の落ち着いた声に戻っていった。
「わが
「は、はぁ!? つまり…あの
景勝は明け透けな物言いを言い放った。
「そんな敵に塩でも送る様な理由で―――」
「若様ッ!」
今度は控えていたかすがから叱声が飛ぶ。
「謙信様のお心の空虚さがわからないのですか? 謙信様は、宿敵である
かすがは長年仕えていたからこそ、謙信の気持ちを察し、そして本心に反しその意志を尊重しようとしていた。
かすがが、謙信に仕える事になったのには、少々変わった経緯がある。
元々、かすがは上杉と敵対するある忍の里の出身であり、ある時、忍衆の雇い主から謙信の暗殺を命ぜられ、春日山城に潜入するが、そこで目の当たりにした謙信の美しく気高い姿に思わず見惚れ、隙を見せてしまった彼女は迂闊にも城内の警備兵に見つかり、捕らえられてしまう。
謙信直々の詮議にかけられ、拷問の果ての打首を覚悟していたかすがであったが、そんな彼女の予想に反し、謙信は彼女の縄を解き、なんと自分の下で仕える気はないかと誘ってきた。
謙信もまた、かすがの美しさに魅入られ、刺客である彼女を自分の懐刀にしようと考えていたのだ。
そして、お互いの意志双方の合意の下に2人は主従関係を結ぶこととなり、今に至ったわけである。
そんなエピソードに代表されるように、一見完璧超人な謙信であるが、時に柄にもなく破天荒な決断や振る舞いをする事は、養子である景勝にとっても理解に苦しむ事があり、此度の隠居宣言も久々にその悪い虫が騒いだように思えた。
「そ、それじゃあ…諦めちまうってのかよ!? 上杉による天下統一は…? おじきを信じ、今日まで御家の為に頑張ってきたオレ達の“義”は?! どうなっちまうんだよ!?」
「だからこそ…おまえをここへよんだのです。
宥めるように謙信が言った。
「えちごのあすは、おまえにたくします。 わたくしにかわって、
「………つまり…自分はもう天下取りに名乗りを上げるつもりはない…っと」
景勝が尋ねた。
謙信は静かに頷き、そして詠うように話し始めた。
「……“かいのとら”がふたたび
「…………」
「……ですが…“かいのとら”はけっしてこのまま
「……おじき…」
謙信の固い決意を前に、景勝はこれ以上何も言えなかった……
「ったくよぉ…おじきも勝手な事言いやがって……」
春日山から麓にある自らの屋敷に戻る道中、雪積もる山道を景勝はブツブツと文句を溢しながら歩いていた。
謙信からの命を受けたかすがが、景勝の護衛として同行する事となった。
景勝としては護衛の必要はないと断ったものの、念の為にという謙信の心遣いを無駄にするなというかすがの半ば強制的な物言いに圧される形で受け入れる事となった。
とはいえ、景勝にとってもかすがと二人きりで話したい事があったのもまた事実であった。
「なぁ、かすが? 結局のところお前は納得してんのかよ? 今回のおじきの隠居を…」
春日山の細い山道を歩きながら景勝が尋ねる。
その脇に控えるように歩きながら、かすがは謙信の前で見せていたお淑やかな側近としての顔ではなく、無愛想な顔つきで景勝を睨みつけた。
「納得しているわけがないだろう。私も謙信様から此度のお話を伺ってから何度も考え直すよう説得した。けど…
そう景勝に話しかけるかすがの言葉遣いや態度は、謙信の御前で見せた敬ったものとは違い、よく言えば気軽な、悪く言えば不敬にも見える程に馴れ馴れしいものであった。
かすがは、敬愛する謙信に対する時と、それ以外の人間に対する時とで言葉遣いや声質が大きく異る二面性を有していた。
一応は謙信の養子であり、後継者である景勝に対しても、謙信のいる場では一応は「若様」と呼んで立てる様に振る舞っているが、謙信がいない場ではこのようにズケズケと物を言い、呼び方も「景勝」と呼び捨てになる。
だが、景勝としては変に敬われた態度で接せられるよりは、素っ気ない応対の方がかえって肩の荷をおろして話せるので都合が良かった。
「正直…跡取りのお前なら謙信様のお心を変えられる事ができるかと期待していたのだが……どうやら、謙信様も此度の決心は本当にお固いようだ…」
「……面目ねぇ」
景勝が乱雑に後頭部を掻きながら謝った。
「…お前を責めているつもりはない。それに、仮にもお前は謙信様が後継者とお認めになった程の奴だ。お前が上杉家の後を継ぐ事自体に私は異論もなければ、懸念する事もない。できる事なら、もう少し女性らしい振る舞いを身につけてもいいとは思うがな…?」
生真面目なかすがにしてみれば、珍しくからかうような事を言い加えてきた。
「黙れ。変態くノ一」
「お前こそ黙れ」
「オレは上杉のこれからを心配してんだから、黙るわけにはいかねぇんだよ」
軽口を叩き合いながら、二人は静かに雪道を歩いていく。
見上げると曇天の空から再び雪が降り出してきていた。
「しかし…謙信様のお心は決まっているとはいえ……果たして他の上杉一門が黙ってあの御方のご決断を受け入れるかどうかが不安だ…今でさえ、謙信様がお前を後継と選んだことを容認しかねる輩もいるようだからな…」
「……どうせ “景虎”の野郎だろ?」
景勝は上杉家一門衆の中では自分と双璧を成す幹部 “上杉景虎”の青白い肌に底しれぬ野心を隠さない貉の様な目つきの顔を思い浮かべていた。
景虎は景勝と共に謙信の後継者候補としてその養子となった上杉一門の1人である。
景勝が非凡なまでの豪腕の持ち主であるのに対し、景虎は養父・謙信譲りの居合の達人、そして知略を誇る男だった。
以前より景虎は、一応は同じ謙信から親子の契を交わした事で結ばれた“兄弟”である景勝に対して一方的な敵愾心を向け、事ある毎に陥れようと様々な企てを働いてきた。
とある戦に出向いた折りには敵の襲撃と偽装して危うく命を狙われた事なんて1度や2度ではない。
そんな野心を隠さぬ性格とその為には手段を選ばない過激な思想が仇となって、かすがを始めとした上杉家の家臣の大半は景勝を後継として推す事となり、やがて景虎の問題ある素行は謙信の耳にも届く事となり、流石に腹に据えかねた謙信は正式な後継を景勝とする事を以前から決心していたという。
実はかすがの入手した情報によると、景虎側もその事実を薄っすらと把握しているようで、万一にも景勝に優位な事が起きれば、すぐにでも行動を起こす準備をしているという噂まであった。
その上で、此度の謙信の隠居と景勝への正式な家督相続…それが公になればあの上杉家随一の野心家である景虎が黙っていない事は確かである。
「オレはハナッから
「……まぁ、私も少なくとも
「………だから、お前はいつも一言多いんだっての…」
ジロリとかすがを睨みつけながらも、景勝は彼女の少し棘の含みながらも温かい励ましを嬉しく思った。
だが、それと同時に自分が上杉の家督を継ぐ事で彼女をはじめとする上杉の家臣や領民達に何か災いが起こるのではないかという一握の不安が拭えなかった…
それから間もなくして…この時抱いていた景勝の不安は最悪な形で現実となってしまう――――
*
数日後…
謙信は春日山城に上杉家の家臣一同を集めて評定を開き、先に景勝とかすがにだけ告げていた自身の隠居と景勝への家督相続の意志を打ち明けた。
当然、家臣団からは戸惑いと懸念の声が上がり、その場は騒然となった。特に上杉軍一番隊隊長(更に言えば一番隊“唯一”の隊員)の“直江兼続”に至っては、滝のような涙を流すわ、やたらと「無敵! 無敵! 無敵!」ばかり叫んで、とうとう「うるさい」と痺れを切らした筆頭家老の命令で評定の場からつまみ出されてしまうくらいだった。
しかし、幸い景勝の将としての才覚は謙信には遠く及ばないとはいえ、一定以上のものである事は大概の家臣達からも認められていた為、最終的に謙信が時間をかけて説き伏せたおかげで渋々ながら納得してくれる事となった。
意外だったのは、景勝の家督相続反対の第一人者であった上杉景虎と彼の一派が景勝やかすがの予想に反して、その場では特に大きな反発の声を挙げなかった事だった。
あれだけ、景勝を出し抜いてまでも欲していた上杉家の後継者の座を目の前で正式に景勝に譲る事になったにも関わらず、特に反論する事のなくその宣言を聞き入れた事に景勝、そしてかすがは不穏な気配を感じていた。
当然、それからしばらくの間、謙信、そしてかすがは景虎派が怪しい動きを見せる事がないか目を光らせていた。
景勝を春日山城に入れ、周辺警護を固める事でその身の安全を確保していた。
しかし、そんなかすが達の警戒とは裏腹に景虎派は特に景勝への攻撃はおろか、挑発的な行動を起こす事もなく、順調に家督継承の行程は進んでいき、謙信は春日山城を出て、正式な隠居先が決まるまでの仮の住居として上杉軍の支城のひとつ
しかし、それから1ヶ月後――――
沈黙を貫いていた景虎派が、突然その密かに研ぎ澄ませてきた牙を剥き出したのだった。
「景勝様! 大変です! 景虎殿とその一味の者達が大軍を率いて、謙信様の御滞在先の御館を占拠されました!!」
ある夜、春日山城・本丸の寝所で寝ていた景勝の許にそう火急の知らせを持ってきたのは、謙信直属の軒猿衆の忍の1人だった。
「畜生! やっぱり黙って家督を譲る気はなかったのか! 景虎のクソったれ!! それで、おじきは無事か!?」
寝所から飛び起き、戦装束に着替え、愛武器の大斧刀『砕鬼丸』を引っ張り出しながら景勝は、伝えにきた忍に尋ねた。
「今現在、かすが様と遊撃部隊「雪組」…それから“ついでに”直江様が、謙信様を御屋敷の奥の屋に匿い、景虎方の軍勢からお守りいたしております。しかし何分、敵方も相応の兵を揃えている様で、戦況は芳しくないと…とにかく急ぎ救援を……」
報告を聞くや否や、景勝は大斧刀を肩に担いで、早馬を用立てると、それに跨り、制圧軍の準備が整う前に春日山城の本丸を飛び出していった。
馬を走らせながら、景勝は景虎の狡猾さを改めて忌々しく思っていた。
あの評定で謙信に反論しなかったのも、今日まで自分に攻撃や挑発を仕掛けてこなかったのも、全ては水面下で準備を整え、謙信自身に直接反旗を翻す為…
度重なる“義”に背く振る舞いを見かねた謙信からは愛想を尽かされたも同然の景虎にしてみれば、最早、景勝を亡き者にしたところで自分に後継者の座が回ってくる可能性は低い。
ならば、いっその事、完全に継承される前に謙信自身を狙う形で下剋上を果たし、上杉家を掌握しようと考えたというところか…
どこまでも己の野心に執心する景虎に景勝は腸が煮えくり返る想いに駆られた。
春日山城から北東へ数里程麓に降りた先に上杉軍の支城にして政庁のひとつ『
御館の城館の前では、既に景虎が密かに編成していた大軍の兵達が城を取り囲み、城は火に包まれようとしていた。
「ハハハ! さしもの“軍神”も、最期は呆気ないものになったな!」
「あんな跳ねっ返りの小娘を男に見立ててまで後継にせずに、素直に景虎様をお世継ぎに選んでおけば、こんな惨めな顛末迎えずに済んだのによぉ!」
景虎派の兵達は自分達の主君である筈の謙信の事を言いたい放題に毒づいていた。
「へへへ…!あとは春日山城を落として、景勝の野郎を討ち取れば、上杉の御家も越後の国も、皆、景虎様のものになる!」
「おいおい“野郎”じゃなくて、“
そう景勝の事を女としてもバカにする兵士達だったが…
「ほぉ…随分でけぇ口叩くじゃねぇか……だったら捻り潰してみろよ…?」
「あぁっ?……ッ!? お、お前は―――グフェッ!!?」
聞き覚えのある声が聞こえ、後ろを振り向いたその兵士は背後に立っていた人物に驚く間もなく、鈍重な大斧刀で頭を一撃で叩き割られてしまう。
突然の事に、そこにいる者は皆、何が起こったのか、すぐに理解できなかった。
「テメェら…よくもおじきに刃向けやがって……全員、ドタマかち割られる覚悟はできてんだろうなっ!!?」
そう言って、血の滴る大斧刀を肩に担いだ景勝が、屋敷を取り囲む景虎派の軍勢相手にも少しも怯むことなく鋭い眼光を光らせながら、叫んだ。
「か、景勝!? おのれ! のこのこと―――ガバァッ!!?」
「雑魚共に用はねぇ!」
まさかの人物がたった1人で現れた事に景虎派の兵士達は動揺するが、すぐに声を荒げながら息巻き始めた。
だが、その中で一際大きな怒声を上げようとしていた陣大将も景勝の大斧刀で文字通り鎧甲冑ごと真っ二つに割かれてしまった。
「景勝ぅ! 飛んで火に入る夏の虫たぁこの事だな!!」
「春日山城まで攻め込む手間が省けたってものだ! 皆の者! こやつの首を我が殿、景虎様に差し出せ!!!」
兵士達は次々に刀の鋒や槍の穂先を景勝に向けて構えてくる。しかし…
「雑魚共に用はねぇっつってんだろうが!!」
「「「「「ッ!!?」」」」」
景勝の殺気の籠もった怒声に一喝され、思わず怯んでしまう。
その隙に景勝は青白く光る気のオーラを纏わせた大斧刀を大きく振りかぶると…
「
技名を唱えながら、大地に突き立てる。
すると突き立てられた大斧刀から前方へ奥義を描くようにして巨大な氷柱が形成され、それは瞬く間に城館の大手門の前を制圧していた兵士達の許まで広がっていった。
「ぎゃあぁっ!!?」
「ぐわぁぁぁぁっ!!?」
「ぎえっっっ!!?」
その途中にいた景虎派の兵士達が次々と串刺しになって絶命していく。
そんな中を、景勝は再び馬に跨ると、大斧刀で形成されたばかりの氷柱の森を薙ぎ払いながら城館へと向かっていく。
「死にたくなけりゃとっととどきやがれ!!この不義理者共がああああぁぁぁぁ!!!!」
城館の周囲を固めていた兵の数は少なく見積もっても5000人は超えている筈だった。
だが、景勝はそれをあっという間に掻い潜って、御館の城館へと乗り込む事に成功したのだった……
立ちふさがる景虎派の軍勢を蹴散らしながら、景勝が御館の城館の敷地内に乗り込んだ時には既に謙信達が立てこもっていた本丸の御殿はもうもうたる炎に包まれていた。
燃え上がる本丸の前では謙信をどうにか守ろうと奮闘した直属の戦闘部隊『雪組』の面々が這々の体で膝を付き、彼らの前で手傷を負った謙信とかすがが疲労困憊の身体に鞭を打ちながらも、凛とした態度を崩さない様に佇んでいた。
ちなみに一行から少し離れた場所にある木には上杉軍一番隊隊長(更に言えば―――※以下略)直江兼続が、下半身だけ露出させる形で身体が刺さり、気絶していた。
彼はこの戦闘が始まって早々に「俺は無敵の主人公! 一年かけて名を上げた! 上杉一番隊・直江兼続! 貴様ら謀反人風情に負けてたまる―――」と啖呵を切りながら向かって行っていく最中に景虎方の“足軽”1人に一撃で吹き飛ばされ、「無敵なのにやられたぁぁぁぁぁぁぁ!!」と意味不明な断末魔を叫びながら木に突き刺さったのだった…
「誠に残念です謙信様……私も本当はこんな事などしたくなかったのに……貴方が跡継ぎを景勝になんて選んだばかりに、“軍神”の最期がこんな幕引きになるとはね……」
「……………」
「………おのれ、景虎…!」
謙信、かすがは燃え盛る御殿の炎が照りつける熱を背に浴びながら、目の前に対峙する男を睨みつけた。
そんな2人の鋭い眼光に対し、男…この乱の首謀者 上杉景虎は、それを悠然とそれを眺めて笑みを浮かべていた。
「……おまえが
「勿論、私も最初は謀反を起こす気などありませんでした。邪魔な景勝さえいなくなれば、自ずと謙信様も私を後継とお認めになると…しかし…そこのくノ一が余計な探りを入れた上に、景勝も下手に抵抗してくれたおかげで事は思うようにいかず…挙げ句にあの評定で貴方様からはっきりと宣言されてしまえば、もう私が後継の座を得られる望みは潰えてしまった…」
「…だから、うえすぎを“
謙信は落ち着いた口調を崩さないまま景虎を睨みつけた。
だが、謙信の言葉を聞き、景虎は更に嘲るように言い放った。
「越後の未来は…この景虎めにお任せ下さい。貴方は安心して、先に賽の河原に出向き、生涯の宿敵を待っているといい。ご安心を。
「ッ!? おのれ、ふざけた事を――――!!」
景虎の不遜な物言いに腹を立て、踏み出そうとしたかすがを片手で制しながら、謙信は眉一つ動かさずに毅然と言い返した。
「おまえごとき、
謙信の口調は相変わらず冷静そのものだが、その物言いの端々からは奮然とした義憤の感情が感じられた。
「…ましてや、おまえに
謙信の予言めいた言葉に景虎は目を丸くしたが、すぐにフッと気障な笑みを浮かべた。
「おやおや、天下の“上杉謙信”ともあろう御人がこの期に及んで負け惜しみですか? “軍神”の偉名も堕ちたものですね」
「貴様! その減らず口を閉じろ!! 上杉景虎ぁぁ!!!」
とうとう我慢できなくなったかすががくないを構えながら、景虎に向かって飛びかかった。
「丁度いい…まずは貴方から死んでもらうとしますか。“軍神の剣”……以前から景勝共々、貴方の事も忌まわしく思っていましたからね。…お前達、女とて容赦はするな。斬って捨てろ」
景虎が冷酷な号令と共に手をかざして、合図を出すと、後ろに控えていた配下の兵士達が「おう」と応じ、一斉に刀や槍を構えて襲いかかった。
その数は、およそ30人程。
いくらかすがが腕の立つ忍といえども、相手は胴巻と具足で完全武装した陣大将クラスの兵卒が30人。しかも、全員槍や太刀で武装しているのに対し、かすがの得物は指の間に挟むようにして掴んだ8本の苦無…一見すればかすがが圧倒的に不利に見える状況であったが…
「うぎゃ!?」
「ぐえっ!?」
真っ先にかすがの胸を突こうと長槍を繰り出していた兵が2人。突然、短い呻き声を残して、その場に崩れ倒れた。
見ると、骸と化した2人の眉間には苦難が突き刺さっていた。
かすがは倒れた2人の間を飛び越えながら、両手をサッと振りかぶる。
すると今度は、扇の陣形をとって彼女に襲いかかろうとしていた兵が6人。短い悲鳴を残しながら絶命した。
すると、かすがは倒れた兵の1人の背に手をかけ、そのまま片手だけで体重を支えながら立ってみせると、両足を大きく広げてみせ、そのまま全身を捻る形で回し蹴りを放つ。
その大胆な動作に思わず見惚れそうになった10人以上の兵達を巻き起こった旋風で吹き飛ばした。
思わぬ奮闘ぶりに戸惑う兵達に向かって、かすがはその細身な身体で踊り込んでいく。
兵達が繰り出す槍を苦無で一刀両断し、苦無に繋いだ目にも捉えぬ程に細い
見た目は華蓮な女性でも、かすがののくノ一としての殺人技の技量はまさに本物である。
いくら謙信の側近といえども所詮は一介のくノ一…恐れるに足らぬと軽視していた景虎派の兵達に、その実力の高さを驚く暇も与えずに次々に屠っていった。
そんな中、景虎だけはかすがの実力を軽視する事なく、冷徹な面持ちを崩さずに腰に下げていた名刀『越冬水鳥』に手をかけた。これは以前、養子の契を交わした折りに謙信から愛刀のひとつを贈呈されたものであった。
「…ッ!? かすが!!」
「ッ!!?」
背後から戦いを見守っていた謙信が珍しく動揺を隠しきれない声質で叫んだ。
敬愛する主の叫びの意味を介したかすがは反射的に八本の苦無を構えた手を頭の後ろに回すようにして守りの構えをとる。
刹那、かすがの構えた苦無は、疾風の如き速さで接近してきた景虎の迅速の如き一太刀を受け止めていた。
「フッ……流石は謙信様から側近に認められるだけの事はある…だが…」
景虎が太刀を振り下ろしたまま、口の端を歪に釣り上げつつ、片手をサッと上げて合図を出した。
すると背後に控えていた景虎派の手勢達は手にしていた槍を放棄し、代わりに背中に背負っていた火縄銃を取り出して、銃口をかすが目掛けて構えた。
「…いくら忍であろうとも、これだけの飛び道具を前にすれば、そんな事も関係なくなるでしょうがね…」
景虎は既に首をとったかの如く余裕でほくそ笑んでいた。
一方、かすがは表情一つ変えずにいた。
「…コイツらは…上杉軍の兵士ではないな…」
かすがは景虎を睨みながら、呟くように言った。
「やはり貴様1人でこれだけ大胆に謙信様に歯向かう事などできないとは見ていたが…一体、どこの馬の骨ともしれぬ奴らの手を借りたのだ?」
「…これから死ぬ者にそんな事を話したところで無駄な事ですが…強いて言えば、さる“御方”から、私が上杉家の当主になった暁に『手を結ぶ』事を条件として、この下剋上の為の戦力を貸していただいた…っとだけ言っておきましょうか?」
「……散々、大口を叩きながら結局は他力の助力ありきか?」
「…策を弄する上で“人脈”はとても重要な事なのですよ?」
景虎は冷酷な笑みを浮かべながら、平然と返した。
そしてかすがの苦無を受け止めたまま、ゆっくりと彼女の背中を鉄砲隊に見せるように向きを換えた。
「……おのれ! かげとら!!」
とうとう謙信が腰に下げていた長刀に手をかけ、居合の構えをとると、即座に反応した鉄砲隊が謙信に向かって、銃口を向ける。
次の瞬間、謙信の姿が忽然と消えた。
「きっ…消えた!?」
「どこだっ!?」
「どこに行きやがった!」
何が起こったか分からず、鉄砲隊は銃を構えたまま立ち尽くす。
ヒュンッ!
すると彼らのすぐ目の前に謙信が現れる、先程と違うのは、右手には抜き身の長刀が握られていた事であった。
「……」
謙信は沈黙したままスッと長刀を納刀する。
「なっ…なんだ…?」
「……おいきなさい…」
キンッ!
謙信の氷のように冷たい一言と共に長刀の鍔と鞘が打ち合う音が響く。
それに合わせるように鉄砲隊は全員血しぶきを上げながら、その場に崩れ落ちた。
一瞬で絶命した彼らには、自分達が斬られた事さえも気づく暇も与えなかった。
「……つぎはおまえです。かげとら……」
謙信はそう言いながら、もう一度長刀に手をかけようとした。
これで、景虎の運命は決まった。
かすがの胸中に一握の希望の光が灯ろうとしたその時…誰かが謙信の背後に立っているのが見えた。
一瞬、今の謙信の一閃を免れた運の良い鉄砲隊の兵士がいたのかと思ったが、そこにいたのは今しがたまでその場にいた覚えのない男だった。
古びた編笠を目深に被り、薄紫を基調にした戦装束を着ている。雪国である越後の国で活動するにしては薄着といえるその格好から、恐らくはこの男も景虎派の上杉兵ではない事が伺いしれる。
他の兵士達と違い、穂先が三日月型の刃になった長槍を手に持ち、謙信の首に刃を引っ掛けるようにして突きつけていた。
「ケッケケケッ。大事な“美しき剣”に筒先が向けられりゃあ、軍神は動く…テメェの読み通りだったなぁ。景虎さんよぉ」
謙信の後ろで男の顔を覆い隠した編笠越しに陰気な声で嘲笑する声が聞こえてきた。
謙信は動じる事なく背後にいる男を一瞥した…
「そなたは……!? なぜ、そなたが
謙信がなにかを察したように呟くがそれを口に出す前に男は三日月型の穂先の刃を謙信の首元にさらに近づけて制止した。
「謙信様!!」
かすがは悲痛な声を上げながら、辺りを見渡した。
何か使えるものはないか? 見ると傍らには謙信に一太刀で斬り伏せられた鉄砲兵達が持っていた火縄銃が落ちている。
しかも…まだ火縄の種火も消えていない。
「――――ッ!?」
一瞬の隙を突き、かすがは景虎の鳩尾に強烈な肘鉄を打ち込んだ。
景虎の身体が僅かに前のめりに身体を折った隙に、地の上を側転し、地に落ちていた火縄銃を拾い上げると、それを謙信の首に突きつけていた三日月槍の穂先を狙って撃ち抜いた。
銃声、そして風を切る音と共に共に謙信の首元にかかっていた槍の柄を一発の弾丸が貫通し、柄をへし折った。
「なっ!? にぃっ!?―――ごぶぅっ!?」
男が驚きの声を上げた隙をついて謙信は鞘に収まったままの長刀の柄の石突で男の顎を突き上げる。
それを確認したかすがは安堵の笑顔を浮かべ、謙信もかすがの顔を見て優しい笑みを浮かべた。
次の瞬間―――
再び、この場に一発の銃声が響いた。
「えっ?」
かすがは不意に自分の脇腹の辺りに冷たくなるのを感じた。
不意に片手でその箇所を触れると、ぬるぬるした赤い液体でべっとりと濡れていた。
「…こ……れ…は………?」
口を開くと、腹の底からこみ上げてきた
「あ……あぁっ………!?」
かすがは謙信の方に目を向けると、驚いて目を見開きながらこちらを見ていた。
まるで、この世の終わりを目の当たりにしたかのような、信じられないと言わんばかりに動揺の色が浮かんでいた。
かすがでさえも過去に1度か2度しか見た事のないような表情だった。
「くくく…貴方の事だから、謙信様を助ける為に手段を選ばないと思いましたよ。だから、敢えて鉄砲隊を私達の目と鼻の先に控えさせていたのです…」
背後から聞こえてきた景虎の勝ち誇ったような声に、謙信、そしてかすがが振り返る。
特に謙信の眼光は鋭く、常人相手であれば、その眼力だけで的を凍てつかせて殺す事さえできそうな勢いだった。
だが、そんな謙信の睨みを前にも、やはり景虎は動じていなかった。
そして彼の片手には愛用の太刀ともうひとつ、銃口から硝煙の上がった一挺の短筒*2が握られていた。上下二連元込め式。
日ノ本に出回っている一般的な火縄銃よりも装填時間が短く、何より二発だけであるが連続で射撃できるこの時代の技術力からすればからに先端的といえる技術を用いた代物である。
当然、こんな相当な品は日ノ本でもまだ数える程しか出回っていない。確かな在り処は紀州・
そんな代物を景虎が手にしていた事にかすがは驚きを隠せなかった。
「おちるとこまで、おちたようですね…かげとら……おのれのよくのために、
「フッ…“義”や“情”を尊んでばかりではこの国では名を上げるどころか、生きる事さえできないのですよ。謙信様…勝つ事こそが全て……それがこの戦国の世の
そう景虎は前に開き直るように言い放った。
「だ…黙れ…この卑劣な痴れ者風情が……」
かすがが、血の流れ出る脇腹を抱えつつ、片手で苦無を4本構えながら景虎を睨みつけた。
だが、これ以上の戦闘は不可能である事は一目瞭然だった。
「さて…では今度こそ年貢の納め時です。謙信様……」
拳銃を構えたまま、ゆっくりと近付いて来る景虎に、謙信はかすがの体を抱えながら片手で長刀を構える。
「貴方も意外に往生際の悪いですな。 しかし、それほどまでにそのくのいちと殉ずる事がお望みならば…この景虎。貴方の望み通りにさせてあげましょうか」
歪な笑みを浮かべつつ、景虎は短筒の銃口を謙信の脳天を目掛けて構える。
「謙信様…!? 私に構わず、どうかお逃げを……」
「ておいのそなたひとりをみすて、わたくしだけにげるつもりはありません…かすが…
謙信は毅然とした物腰で言ってのけながら、景虎の突きつけてくる銃口を怯まずに見据えた。
謙信の不動な精神を前に、景虎は不愉快げな眼差しを返しながら首を横に振った。
「最後まで追い詰め甲斐のない御方だ……まったく、素直に私に家督を譲ってさえいれば……貴方だけでなく、そのくのいちもこんな無様な死に様を晒さなかったものを…」
残念そうに息を吐き、景虎は短筒の引き金に指をかける。
「ではこれで本当にお別れです…今までお世話になりました。謙信様…否、上杉謙信……」
かすがは、この万事休すな時に謙信を守る事のできない自分の不甲斐なさと、景虎の思うがままにされる悔しさに唇を噛みしめた。
「死ね!」
景虎が短筒の引き金を引こうとした。その時だった―――
「景虎ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
突然その場に怒声が響き、それと共にどこからか飛んできた灯籠が景虎目掛けて飛来してきた。
驚く暇もなく景虎は後ろへ飛び退くが、その拍子に手にしていた短筒を取り落してしまった。
そして、彼が今しがた立っていた場所に灯籠が激突し、粉々に粉砕された。
景虎…そしてかすが、謙信の視線が灯籠の飛んできた方向へと向けられる。
「かげかつ……ッ!!」
そこには大斧刀を足元に突き立て、投擲の構えをとった景勝の姿があった。
「やはり来ましたか…貴方の事だから、私が動けば義憤に駆られて、手勢も纏めずにやってくるとは見ていましたが…館を取り囲んでいた兵達をここまで早くけちらしてしまうとはね。やはり、その猪突猛進な肝っ玉だけは認めて上げるべきでしょうか…」
そう皮肉を込めながら言い放つ景虎に対し、景勝は歩を進めながら、謙信…そしてかすがの怪我を見据えると、第一声を放つ。
「景虎…テメェ…おじきを嵌めるだけにいざ知らず、かすがにまで手をかけたのか?……このゲス野郎が!!!」
景勝が地面を蹴ると、大斧刀を振りかぶり、渾身の兜割りを景虎の脳天に仕掛ける。
しかし、景虎は落ち着いた様子で太刀を繰り出し、景勝の振り下ろした大斧刀を受け止めてしまった。豪剣の使い手である景勝に対し、景虎は謙信には及ばずとも周囲から『神業』と評されるだけの抜刀術の使い手である。腕力と体力の強さでは景勝が上回っていたが、剣技の高さに関しては景虎の方が勝っていた。
「上杉の“義”に背いてまでも、テメェは越後を自分の物にしてぇのかよ? そんなやり方、
鍔迫り合う中、景勝は景虎を糾弾するように言い放った。
「『勝てば官軍』…それが戦の本分ですよ。戦における矜持や作法などは勝者が定める権利にある…長き戦史の間でそう繰り返してきたように…そして…私が新たな上杉の戦の矜持を定める事となるのです!」
「生憎、上杉にテメェの教えなど生かす場所なんざねぇ!! そもそもテメェにはもう上杉に腰を据える資格もねぇんだよ!!」
その叫びと共に景勝は大斧刀をもう一度振り下ろした。
景虎はバックステップでそれを避けると、即座に太刀を抜刀し、目にも留まらぬ速さの上段斬りの居合を放ってきた。
景勝は振り下ろしていた大斧刀を縦向きに起こすようにして守りの構えをとり、これを防御する。
甲高い金属音がその場に打ち鳴らされた。
「景か…否、若様ッ!
その時、 突然飛来した苦無が景虎の身体の周りを回るように走り、同時に景虎の両足に細い糸のようなものが巻き付いて彼の動きを止めた。
「何っ!?」
景虎が初めて驚愕し振り向くと、そこには謙信に抱えられたまま、ワイヤーの付いた苦無を放ち、それをしっかりと握りしめたかすがの姿があった。
一瞬の出来事に、景勝や謙信ですら呆気にとられてしまっている。
「私も…まだ…終わっていない……謙信様に仇なす…不埒者を誅伐するまでは……!」
口から少量の血を吐きながら話すかすがを謙信は抱えたまま制止する。
「おやめなさいかすが! これいじょう、むりをしてはあなたのからだが……」
「謙信様と……謙信様の愛したこの国を守る為なら…かすがは…この命…惜しむつもりはありません……」
「おのれ…どこまでも忌々しい、くのいち風情がぁぁ!」
かすがの行動は景虎の逆鱗に触れたのか、景虎は懐から新たな短筒を取り出し、それをかすがの腹に目掛けて構えると躊躇なく引き金を引いた。
2発目の弾丸がかすがの腹部を貫通する。
「かすが!!」
力無く崩れるかすがの体を謙信が抱き抱える、かすがは口から血を流したまま、ぐったりとしていた。
「フハハハハ! これで今度こそ死んだようだ―――グギャッ!!?」
景虎の笑いは最後まで聞こえなかった。
その前に景勝の全身全霊の籠もった大斧刀の一撃が景虎の胸部にフルスイングで打ち込まれたからだった。
「
景勝の技名の叫びと共に文字通り打ち放たれた景虎の身体が木の葉のように宙を舞い、背後にあった屋敷の壁に叩きつけられ、そのまま壁を粉々に粉砕しながら屋敷に突っ込んで、そのまま屋敷を一棟、轟音と共に倒壊させてしまった。
砂埃を上げながら、崩れ落ちる屋敷を睨みながら、景勝は吐き捨てるように言い放った。
「テメェがな…景虎……」
景勝はすぐさま、謙信にひしと抱きとめられているかすがの許に駆け寄った。
「かすが! おい、かすが! しっかりしろよ!」
「きをたしかにおもちなさい! わたくしの“うつくしきつるぎ”!」
声をかける景勝、そして謙信の目を、虚ろ気な目で懸命に見つめながら、
「謙信様…若様…私はどうやら…ここまでのようです……」
少しずつ息を荒くしながら、血の流れ出る鳩尾を押さえ、かすがは声を絞り出す。
「貴方様の治める天下を見届ける事ができない事だけは、心残りです……ですが、決してこの身が滅びようとも…私の魂は謙信様と共に……若様…どうか、謙信様と上杉の御家を……」
「何弱気な事言ってんだよ…いつもオレに言ってたじゃねぇか…『愛する謙信様より先に死ぬなど絶対にありえない』って……」
「…………お前って奴は……こんな時に…謙信様の前でそんな事言うやつが……ある……か……」
かすがは、最後の力を振り絞るように景勝と2人きりの時にしか見せてこなかった悪態をつきながら笑ってみせると、そのまま愛する謙信の手の中でぐったりとなった。
「おっ…おい! かすが!? 嘘だろ!? 返事しろよ! またいつもみたいに、口喧嘩ふっかけてこいよ!? なぁっ! かすが!?」
顔面蒼白になり、目に涙を浮かべながら半狂乱で呼びかける景勝に対し、謙信は落ち着いた物腰を必死で保ちながら、かすがの手の脈をとる。
「わずかですが、
「ッ!? だったら早く春日山城へ連れて行って、御殿医*3に診せようぜ!!」
景勝がそう言って、立ち上がったその時―――
御館の城館を囲む堀の向こうから、無数の鬨や怒号と共に爆発音が聞こえた。
「んなっ!? 今度は何だよ!?」
戸惑う景勝の耳に、背後から力の抜けた含み笑いが聞こえてきた。
「フフフ…どうやら…私の手勢が動いたようですね………」
景勝が振り返ると、倒壊した屋敷の残骸から這々の体で出てきた景虎が地を這いずりながら、こちらに近づいてきていた。
頭や口からは血を流しながらも、その顔には何故か敵の首を取ったかのような嘲りの笑みが浮かんでいた。
「景虎…テメェ、まだくたばってなかったのか……」
景勝が怒りを含んだ目で睨みながら吐き捨てるように呟く。
「まもなくここに…私の手勢達が一斉に押し寄せる……どのみち、貴方達は2人共ここから逃れられる事はできませんよ…謙信様……景勝……」
傍らで、謙信は意識を手放したかすがの身体をそっと地面に下ろすと、静かに景虎に歩み寄った。
「……たとえ、わたくしがここでうたれようとも………おまえごときに、このうえすぎのおいえをわたさせはしません…かげとら……」
長刀を腰から抜き、景虎の首に当てながら、冷たく言い放つ謙信だったが、景虎は……
「フッ……フフフフ……」
その表情に浮かんでいたのは、何故か謙信を嘲るような笑みだった。
「えぇ…わかっていますよ…ここで死ぬのは無念ですが………それでも私は……元よりただで果てるつもりは、ありませんでした……今宵、終わるのは私だけではない……貴方様も…景勝も……そして上杉軍も……」
「……どういう意味だ!?」
景勝も大斧刀を突きつけながら、景虎を尋問する。
景虎は座り込むと、手品の種を明かすような口ぶりで話し始めた。
「さる“御方”の協力を得て編成した我が手勢…それはこの御館の地にいる軍だけではありません……越後の国全体に我が同士達を多数分散して潜ませていたのです…私が行動を起こすのを合図に一斉に行動を起こさせる為に……」
「まさか…!? おまえは、はじめからわが
「…それがさる“御方”が力を貸していただける条件でしたからね…古い考えに囚われる上杉軍を一度潰し、私を大将に一から作り直す……古来からの古い考えに囚われる名門武家が新たな世にぶつかりし時…どうなるかは既に“武田”の現状を見ればお判りでしょうに……」
「…だから、おじきが今まで築いたものを全部ぶっ潰そうってのかよ? この下衆野郎が……ッ!?」
景勝が怒りに任せて大斧刀を振り上げたが、その前に景虎は懐から三挺目となる短筒を取り出して、景勝を制止した。
「フ……フフフフフッ…クハ…クハハハハハハッ」
景虎の理性を残していた含み笑いが徐々に狂気的なものへと豹変していく。
「………残念だったなぁ…景勝………せっかく、上杉の家督を継いだってのに……テメェが受け継いだ“栄光”は……まもなく“汚名”に変わる事となろうよ……上杉の御家を潰した“暗君”としてな…!」
「なに…?」
景虎の口から、慇懃無礼な言葉遣いが消え、内に潜めていた狂気を発散するかのように景勝と謙信に向かって銃口を向けながら、呪うかのように吐き捨てていく。
「……全ては動き始めているんだよ……俺が付けたこの“火種”が越後の国を戦乱の渦中に叩き落とす……国は荒れ、武田のように他国に足元を掬われ、落ちぶれ果てた末に、新たな時代の端に追いやられて消え果てる…」
景虎はまるで預言者のような確信に満ちた饒舌で語り続ける。
「そうして皆が言うのさ……『やはり、上杉景勝は“軍神”の跡取りの器でなかった。そんな腑抜けに家督を譲った軍神も、最後の最後にヘマをやらかした』と……」
「…………」
「………これから面白い事になる。最高の芝居が始まるんだよ! 景勝! そして上杉にとって“破滅”という名の最高の芝居がな!」
とうとう、我慢の限界がきた謙信が景虎の首に目掛けて神速の居合を放とうとしたが、その前に景虎は景勝達に向けていた短銃を自分の眉間に突き当てた。
「……テメェらの苦しみ足掻く姿……地獄の特等席から、じっくり見届けさせてもらうからな……景勝……謙信様……ッ!!?」
「お、おい待てよ――――ッ!?」
景勝が制止する間もなく、景虎は躊躇う事なく短筒の引き金を引き、自らその頭部をふっ飛ばして、命を絶った。
「……くそったれが!!」
景勝は悔しさの捌け口を探すように、近くにあった灯籠に向かって大斧刀をフルスイングし、粉々に粉砕した。
一方謙信は、糸の切れた人形のように、力無く倒れ込んだ景虎の骸を只々見下ろしていた。
「………どこまでもおろかで…そして、あわれなおとこです…」
その氷のように冷静な声からは、謙信がどんな感情を抱いていたのか、景勝には伺う事ができなかった。
「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
そこへ、先程よりもこちらに近づいてきた鬨や怒号、そして足音が2人の耳に入る。
景虎の言ったとおり、屋敷に突入してきた景虎軍の軍勢がこちらに迫ってきた様子だった。
「畜生! 逆賊共が! こうなったら、全員纏めてオレが叩き潰して――――」
景勝が大斧刀を肩に担いで戦闘態勢をとろうとした時、謙信が突然、その手を掴み、止めた。
「お、おじき!?」
景勝が戸惑うのを他所に、謙信は横になっているかすがを見据えると、すっと長刀を鞘から抜刀した。
鋒から白い冷気が走り、水色に光り輝いた長刀を構えると…
「
鮮やかな横薙ぎの一刀目でかすがの身体を巨大な氷塊に覆い隠し、さらに二刀目で氷塊を細かく裁断した。
するとかすがの身体は見事な花細工の装飾の施された氷の棺のようなものにコーティングされた。
「お…おじき…これって……?」
「わが、“うつくしきつるぎ”…そなたをここではてさせるわけにはいきません……このこおりのなかにおけば、いのちばかりはつなぎとめられるでしょう……」
氷でコーティングされたかすがを愛しく、されど悲しそうな微笑を浮かべ愛でてから、謙信は景勝の方を向き、改めて毅然とした表情に戻った。
「かげかつ…そなたはかすがと
「ッ!? お…おじきはどうすんだよ?」
「わたくしは……ここでそなたたちが、ぶじににげおおせるまで、かげとらがたのへいを、
自ら殿を務める事を断言した謙信に、景勝の顔に動揺の色が浮かんだ。
「さあ、はやくおいきなさい。まもなく、ここにたいぐんがおしよせるでしょう」
「ば、バカな事言うなよおじき! おじき1人置いて逃げるなんてできるわけねぇだろうが! 戦うならオレも一緒に――――」
「なりません!」
謙信の一喝がその場に響く。
「いまの“うえすぎ”のたいしょうは、そなたです。かげかつ……そなたをうしなえば、それこそ
「おじき……」
謙信はゆっくりと敵の迫りくる方向へ歩を進めながら、景勝の方を振り返り、再び悲しげな微笑を浮かべた。
「……あんずることはありません…わたくしはかならず、いつかまいもどります。わたくしのこのてで“うつくしきつるぎ”をめざめさせるために…それまでのことは…たのみましたよ。かげかつ…」
そう言って謙信は長刀を抜刀し、一閃すると、景勝達と謙信の間に巨大な氷の壁が形成された。
景勝が無理矢理でも後を追ってこれないようにするための敵が万が一ここに押し寄せても、景勝達を追撃できないようにする為であろう。
「おじき!…おい、待てよ! おじき!!」
「おじきぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」と叫ぶ景勝の制止の声に答える事無く、謙信は迫りくる敵に目掛けて、俊足で駆け出して行った…
それが、景勝が見た謙信の最後の姿となった……
謙信が決死の想いで殿を務めたおかげで、景勝はどうにか生き残っていた直江兼続以下、数人の兵士と共に氷の箱の中で仮死状態のまま冬眠したかすがを連れて、御館の城館から脱出し、春日山城へと帰還した。
城に戻った景勝は各地に放っていた軒猿から、越後各地で景虎派の兵が蜂起し、越後は混乱状態に陥っている事を聞かされた。
景虎が言い残した言葉は決して、ハッタリなどではなかったのだ。
景勝はどうにかこの戦乱を鎮めようと奔走する中、一先ずは編成した討伐軍を率いて、御館へと引き返し、未だ城館を占拠していた景虎軍を撃滅する事に成功した。
投降した景虎軍の兵士の証言から、城館を制圧しようとした景虎軍の前に謙信が1人立ちはだかり、文字通り“軍神”の二つ名に相応しい奮戦ぶりを見せた事まではわかったものの、肝心の謙信の死体はどこからも見つからず、さらに言えば、謙信の最期をはっきり見た者さえもいなかった。
貴重な証言を述べたその兵士も途中で謙信の放った居合で片手を斬り落とされ、その痛みのあまり失神していた間に、戦いは終わっており、辺りは景虎軍の死体だらけで謙信の姿は何処にもなかったというのだった。
その為、上杉軍の大半は謙信がまだ生きているという望みを抱く者も少なくなかったものの、謙信の生死がわからないという事実に変わりにはない。
“軍神”という大きな柵がなくなった今の上杉を倒すのは容易であると見くびった景虎軍の士気は予想以上に高く、御館から始まった戦乱は瞬く間に
景虎が死に際に放った嘲りの予言の通りに…
勿論、景勝も必死に混乱する上杉軍を指揮して戦った。
しかし、やはり“軍神”の高名を持つ義親・謙信には及ばず、上杉軍は各地で苦戦を強いられ、更にこの混乱に乗じ、今まで謙信を畏れていた周辺の地方領主までもが上杉領への進軍を開始。
上杉は未だ嘗て無い窮地に追い詰められようとした。
そんなある日…上杉家の重臣の1人が血相を変えながら、衝撃的な報告を持ち込んできた。
「景勝様!! 城の表に使者が参っておりまする!」
「使者? こんな時に一体どこからだよ!?」
重臣がその使者から受け取ったという書状を煩わしく受け取った景勝だったが、そこに記されていた家紋を見た途端、顔がみるみる険しくなる。
「コイツは…『五七の桐』…ッ!?まさか…ッ!!?」
それは今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで日ノ本の天下を掌握しつつあった『豊臣軍』の筆頭参謀 竹中半兵衛からの書状であった。
その内容は要約するとこう書かれていた……
*
越後上杉家で起きた御家騒動をきっかけとした内戦は『御館の乱』という名で豊臣を始め、日ノ本の諸国にまで既にこの名は広がっている。
豊臣としても、上杉は先代当主 謙信公の代からしのぎを削り合ってきた仲であり、その好としてここに忠告をしたい。
今は、行動を起こしているのは越後周辺の弱小領主だけだが、他の強大な大名諸国も上杉を攻撃する手立てを考えているとも言えなくはない。
実際、豊臣が把握した情報では徳川が、同じく弱体化しつつある武田と共に上杉を一気に取り込もうと模索しているという話も聞き及んでいる。
しかし、上杉家は謙信公をはじめ多くの著名な先代達によって古より成り立ってきた日ノ本有数の名家…このまま滅亡の道を落ちるのは、豊臣としても憐憫を抱く想いである。
そこで、上杉の御家を救う為に我々から一つ提案がある。
上杉景勝君――――
*
豊臣の竹中半兵衛が提示してきた“提案”…それは上杉が豊臣と同盟を結び、景勝に豊臣の幹部となってもらう事を条件に、同時に乱鎮圧、そして上杉領内の立て直しの助力を与えるという事だった。
そして、文面の最後には「同盟が締結できた暁にはすぐにでも反乱軍を鎮圧できる為に越後国境近くに援軍を待機させている。尤も、巧妙に逸る一団であるから、返答によっては勝手に行動を起こして反乱軍に加勢…なんて事もあるから注意してくれ」とまで書かれていた。
当然ながら、この半兵衛からの書状に上杉軍の重臣達は憤怒した。
「おのれ、豊臣! おのれ、竹中半兵衛!! ふざけおって! これの何が“同盟”だ!!」
「綺麗事で取り繕ってはいるが、つまりは
「若! こんな馬鹿げた話、すぐにでも断りの返事を出しましょう!!」
義憤に駆られた重臣達は口々に叫ぶ。だが、景勝はすぐに決断を出せなかった。
確かに重臣達の言う通り、これが“同盟”という名を騙った“降伏”勧告である事は重々理解している。
しかし、もしもこの話を蹴ったところで、自分にこの戦乱を鎮めるだけの力があるのか…?
否、あればそもそもここまで上杉家は追い詰められた状況に陥ってはいない筈である。
謙信という大きな看板、そしてかすがという大きな縁の下の大黒柱がいなくなり、自らが後を継いだ今の上杉にこの混乱を乗り越える力は残っていなければ、それをまとめるだけの器が自分にはない事は景勝自身も理解していた。
そして、書状の最後の文面から、もし自分が同盟を断る返答をすれば、確実に豊臣は越後へと進軍し、上杉軍の撲滅にかかる事も察していた。
最後まで豊臣に下る事を断固として拒み続けた結果、一族郎党ごと徹底的に撃滅されてしまった北条家のように、このまま自分の代で上杉の御家を潰す覚悟で勝ち目のない戦に挑み続けるか…?
それとも、己の武士としての信念を捨て、恥を忍んで、豊臣傘下の大名に屈する形で上杉の御家を残すか…?
究極の選択を迫られた景勝は、結局この場で答えを出す事はできず、一先ず使者に一日の猶予を求める事でその日は解散となった。
その夜―――
景勝は、1人、春日山城の本丸にある毘沙門堂へと足を踏み入れていた。
この毘沙門堂は毘沙門天を敬する謙信が、出陣前に数日もの間、そこに籠もって戦勝を祈願した上杉家当主とそれが認めた者のみ足を踏み入れることが許される聖域であった。
景勝が堂の中に足を踏み入れると、毘沙門天の銅像と、その前に安置されたかすがの眠る氷の籠が安置されていた。
瀕死の重傷を負い、謙信の苦肉の策によって冷凍睡眠にかけられた後、景勝の判断で謙信の聖域であるこの毘沙門堂がかすがの安置場所となった。
氷の籠の中に眠るかすがは、果たして本当にまだ生きているのか、それさえもうかがい知る事はできない。
もし生きていたとしても、この氷の籠を破り、再び彼女を目覚めさせる事が出来るのは謙信以外にいない。
その謙信も今、どこにいるかわからない。生きているのか、死んでいるのか……それさえも……。
―――若様…どうか、謙信様と上杉の御家を……―――
―――わたくしはかならず、いつかまいもどります。わたくしのこのてで“うつくしきつるぎ”をめざめさせるために…それまでのことは…たのみましたよ。かげかつ…―――
「………かすが……おじき……」
景勝は、氷の中に眠るかすがと、謙信の庇護した毘沙門天の像を、しばし見つめていたがやがてある決意を胸に秘め、立ち上がった。
翌日、景勝は豊臣からの使者に対し、半兵衛からの提案を受け入れる表明を決意。
当然、家臣からの猛反発を受けるが、半ば強引にこれを黙らせたという。
こうして、豊臣と同盟を結んだ上杉軍がその援助を受け、越後国内にいた景虎軍を完全に撲滅したのはそれから半年後の事だった………
*
「これが……越後の国を巻き込んだ上杉の御家騒動『御館の乱』の真実だよ」
全てを語り終えた景勝は、半ば自嘲の念が込められたような乾いた笑い声を上げた。
ちなみにここまでの語りの間に、戦いの手は少しも止めるばかりか、気を緩める事さえもなかった。
「それじゃあ、かすがは生きているのか?!」
佐助がジャンプと共に大手裏剣を投げつけながら、安堵した表情で景勝に問いかけた。
「…おじきの残した言葉を信じるなら、そうだろうがな。そのおじきが行方不明だからものの確かめようがねぇ…だが、かすがは別に骨になっちゃいねぇし、今も春日山の毘沙門堂の中で眠ってやがる。
おそらくは、この話にいつの間にか尾鰭がついて、甲斐の国や他の国には「死んだ」って事になって出回っちまったってところだろうよ?」
景勝がそう断言しながら、大斧刀で大手裏剣を弾き返した。
佐助は返ってきた大手裏剣をキャッチすると、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
すると、一緒に話を聞いていたティアナがようやく佐助に尋ねる事ができた。
「ねぇ? さっきから話に出てきてた“かすが”って人…一体、アンタとどういう関係なのよ?」
「へっ!? あ…い、いや。それはちょっとあれだ………なんて言えばいいか…? って今はその話は後!」
返答に困った佐助は無理矢理話題をそらすようにして、景勝に尋ねた。
「それで…肝心の“
景勝は大斧刀を振り下ろし、斬撃波を撃ちながら頭を振った。
「未だに足取りはおろか、遺品のひとつも見つかってねぇ…ホントに何処行っちまったんだか……」
「上杉軍に左様な事が起こっていたとは…御館様が倒れて以来、謙信殿も家督を譲って戦場から姿を消したとまで聞かされていたが…それに、義を重んずる崇高な景勝殿が豊臣の外様大名に下るなど、よほどの理由があっての事と思っていたが…」
幸村は二槍を十字受けで構えて斬撃を防ぐと、労るように声をかけたが、景勝はそれを歯痒そうに一蹴した。
「崇高なんてもんじゃねぇよ。理由はどうあれ、オレはおじきや上杉の為に戦ってきた家臣の願いだった“天下”を手にする機会を自ら不意にしちまったんだ。暗君と蔑まれても文句は言えねぇ“不義”な事をしちまったんだ」
景勝は話しながら、もう一度斬撃波を飛ばすべく、大斧刀を振り上げた。
ドンッ!
突如、景勝の大斧刀に一発の魔力弾が命中した。
景勝が魔力弾の飛んできた方を見ると、ティアナがクロスミラージュの一挺の銃口を構えて立っていた。
「そんな“不義”を犯してまでも下った豊臣に今も幹部でいるのは何故なのよ? その豊臣秀吉って男は家康さんに斃されてもういない筈でしょう?」
「あぁ。確かにオレが豊臣に下ったのは不本意だったさ。けどな、そのおかげで上杉の家や越後の領民が戦乱から救われたのもまた事実なんだよ。武士ってものはな受けた“義”はきっちり返さねぇといけねぇんだよ!!」
言い捨てると、景勝は大斧刀を肩に担ぎ、ティアナを睨みつける。
「だからこそ、オレはオマエみたいに功名に逸るバカを見てると、ムシャクシャしちまうんだよ…おじきやかすがを嵌めやがった景虎の野郎の欲と名誉に溺れた様を見ているみたいでな…」
そう皮肉を投げかける景勝だったが、ティアナはその言葉を聞いても激昂する事はなかった。
「そうね…昼間の私はたしかに、アンタの言う“景虎”って奴の二の舞になっていたかもしれないわね…周囲へのコンプレックスに勝手に苦しんで、1人で無茶に走って、次第に手段を選ばなくなって、挙げ句にあの大谷って男にまんまといいように利用される事になったわ…」
「…………」
強い信念を秘めたような強い視線で自分を見つめてくるティアナに、景勝は思わず踏み出そうとしていた足を踏み留めて、彼女の話を聞き入っていた。
激しく身体を動かしていたにも関わらず、景勝の息は少しも乱れていない。
「…けど…私もバカなりにやっと目が覚めたわ…どこかの誰かさんに派手に叩かれて、説教されて…ね」
ティアナが佐助を一瞥しながら言った。
「どんなバカだって、誰かに背中を叩かれて目が覚めばまだマシ…その“景虎”って奴も、腹じゃなくて背中にそのバカでかい剣を叩き込んでやってたら、目が覚めていたんじゃないの?」
軽口を叩くような口ぶりで啖呵を切ってみせたティアナに、景勝だけでなく幸村や佐助でさえも呆気にとられていた。
だがまもなくして、景勝はニヤリと笑った。
「ヘッ…アッハッハッハッハッ!! 何があったのか知らねぇけど、オマエ、随分吹っ切れたみたいじゃねぇか? いいねぇ、同じ“バカ”でも、そういう“バカ”ならオレは嫌いじゃねぇ!」
いきなり大声で笑い始めた景勝に幸村が唖然とする。
一方、佐助はティアナと景勝のやり取りの意図に気づくと安堵の笑みを浮かべた。
「ティアナ。お前もやっとわかったみたいだな」
「えぇ。どっかのバカに派手にビンタされたり、説教されたらそりゃ目覚めるでしょ?」
「うわひっど! そんな事する奴いたの!? 誰それ!?」
佐助はいつもの調子で恍ける。
それを見て、いつもなら「アンタよそれは」とツッコむはずだったが、今回は黙って笑みを返すに留めた。
「さてと…湿っぽい昔語りはここまでだ。こっからはド派手なケンカと洒落込もうぜ? “バカ”同士…な?」
景勝は自らの気を引き締め直すように大斧刀を頭上で振り回し、それから地面に派手に突き立てながら、またニヤリと笑うのだった。
自分でも書いていて思いましたが、史実から大分逸脱した『御館の乱』になっちゃいましたね。
まぁ『戦国BASARA』って時点で史実的な観点なんてあってないようなものなのですが
(苦笑)
一応、(いないとは思うけど)この作品で歴史の豆知識を習得しようと考えている物好きな探求家の方の為に史実上の『御館の乱』を箇条書きで記します。
『御館の乱』
1578年上杉謙信が織田遠征に出陣する直前に居城である春日山城にて49歳で急逝。
その後継者の座を争い、謙信の養子だった上杉景勝(上田長尾氏の出身)と上杉景虎(相模小田原城主北条氏康の子)が争った御家騒動を発端とする上杉氏の内戦。
(wikipediaより)
っというように、史実では謙信はこの戦乱に一切絡んでいませんので、くれぐれも学生の方は社会科や日本史の授業や講義で『御館の乱』について学ぶ機会があってもくれぐれもこの作品を参照にしようと(だから、いるわけないだろうけど)はしないようにw
というわけで、今回はちょっと脱線してしまいましたが、次回からまた本編の話に戻ります。