リリカルBASARA StrikerS -The Cross Party Reboot Edition-   作:charley

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お見合い騒動をきっかけに、ついに自分の中にある政宗への好意を自覚したなのは。

二人きりになったところへ、思い切って政宗への告白を強行してみせる。

突然の事に動揺しながらも、政宗が出した答えは…突然、2人の目の前でラコニアの街の負のランドマークだったR7支部隊隊舎が爆発するという想定外の事態によって遮られる事となってしまう。

一体、R7支部隊で何が起きたのか……!?


※今回のイメージCVクイズ。
リブート版初登場のキャラ 白粉バカ議長ことエミーナの新しいイメージCVは誰でしょうか?
ヒントは次のタイトルコールより…


エミーナ「リリカルBASARA StrikerS 第五十二章 プリンセスをナメるんじゃねェよ バーカ!!」


なのは「…貴方はプリンセスというよりはピエロですけど……」


第五十二章 ~戦慄! “妖将”が奏でし魔笛の鎮魂歌(レクイエム)

時は、数十分程前に遡る…

 

なのは達が泊まる『ピジョン屋』のある小高い山から、ラコニアの街を挟んだ先にちょうど向かい合うような形で聳え立つ一際高い山 レシオ山の頂に『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』R7支部隊隊舎があった―――

 

有力な戦力の少ない地上本部にとっては、数少ない精鋭師団である上に、『7』の数字に肖って、創設者の御曹司 セブン・コアタイルから隊ぐるみで寵愛を受けているだけあって、隊舎は他の地上本部の部隊と比べても豪華且つ最新鋭の設備が整っており、敷地の四方を重々しい壁に囲まれ、所々に監視塔までも備えたそれは、一見すれば一部隊の隊舎というよりは小規模の要塞の様にも見える。

 

メインスポンサー兼上官…っという名の飼い主であるセブン並びにコアタイル家の影響と意志をそのまま受け継ぐ形で、病的な『魔法至上主義』に因われたこの部隊は、魔法でラコニアの街の治安を“守る”というよりは“抑えつける”事で、魔導師や特権階級などの一部の人間だけを優先とした“偽り”の平和を作っていた。

 

そのため、まるで街を監視するかのように聳え立つこのR7支部隊の隊舎は同部隊の隊員や一部のコアタイル派の魔導師を除いて、ラコニアの市民からは決して愛される事のないランドマークと見做されていた。

 

そんな、R7支部隊の隊舎の一室…特殊部隊のオフィスというよりは会社の重役のオフィスや高級ホテルのサロンの様な豪華な内装を施された部隊長室に部隊長 オサム・リマックと副隊長 エンネア・フェートンの姿があった。

 

二人共、奥州伊達軍との交戦で負った怪我の治療痕である包帯や絆創膏が顔や手足、頭のいたるところに見受けられて痛々しい様である。

 

本来であればこの隊舎で一番偉い筈のこの2人が、今は部屋の壁に投影されたホログラムモニターに向かって膝をつき、冷や汗を浮かべながら萎縮していた。

 

そのモニターに映るのは、彼らが『主』として崇める男 セブン・コアタイルである―――

コアタイル家専用のシャトルジェット機『グランデオス』の機内からの中継であるようで、ソファーのような上質なシートに、まるで玉座に君する王族のように深々と腰掛け、片手には琥珀色のウイスキーの注がれたグラスが握られている。

 

昼間までは清楚に梳かれていた筈の長いブロンドの髪は、政宗にバッサリと切り落とされた影響で、今やまるで落ち武者の様なザンバラ頭になってしまっていた。

何も知らない者が見たら思わず吹き出してしまう様な滑稽な姿であるが、オサムもエンネアも勿論、笑わなかった。

 

万が一にもそんな不敬極まる事をここでしでかそうものなら、即座に自分のクビが飛ばされる事になるとわかっていたからだ。

 

《顔を上げろ。この役立たず共…》

 

明らかに怒りが滲み出た様なセブンの声に、オサムとエンネアの身体がビクリと震えた。

 

《俺が…どうしてこんなにも腹を立てているのか…今更言わずとも、わかっているよな?》

 

「……そ、それは……」

 

《なんだ…? 言ってみろよ? エンネア》

 

モニター越しで鋭い視線を投げかけながら、セブンは高圧的に尋ねた。

 

「…ご…護衛の任を与えられた身でありながら、セブン様の御身の安全を守れなかった私達の失態―――」

 

《違う!》

 

「「ッ!?」」

 

セブンの怒声が部屋に響く。

その剣幕に、普段は冷静沈着なエンネアの顔にも明らかな恐怖の色が浮かんでいた。

 

《誤魔化すなエンネア! 今日のお前らR7支部隊がしでかした事は“失態”だなんて綺麗言で片付けられるようなもんじゃない! “醜態”…否、“終態”と称しても過言でないぞ! 高町なのはとの縁談をブチ壊しにされただけにいざしらず、俺の側近ともあろうお前らが、あんな非魔力保持者(下級国民)のサンピン共に散々翻弄され、惨敗し、挙げ句に俺は……自慢の髪や勲章までも台無しにされたんだぞ!!》

 

セブンはモニターの向こうで、持っていたウイスキーの注がれたグラスを力強く握りしめて、その屈辱を顕にした。

 

《特にオサム! お前には本当に失望したよ! まさかお前がこれほどまでに無能な奴だったとはな!》

 

「お…お待ち下さい! 坊っちゃ…いや、セブン殿下! 確かに此度の我が隊の不甲斐ない戦果は、私の至らぬところがきっかけで招いた事態! 己の力不足、判断ミス、そして慢心が原因で、殿下に拭えぬ心の傷を負わせてしまった事は…このオサム・リマック…一生の不覚!…猛省の致すところであります! さすれば…今一度、この猛省を糧に、汚名を返上できる機会を与えていただきたく―――!」

 

《黙れ!》

 

セブンの怒声がオサムの弁解を遮る。

 

《そうして、与えてやったチャンスを潰して2度までも非魔力保持者…それも最も忌むべき“異端者”共に出し抜かれたのはどこのどいつだ!?》

 

「ッ!?」

 

烈火の如き怒りを顕にして叫ぶセブンに、オサムの体がビクッと震えた。

 

《お前らもわかっていた筈だろう!? 今日の見合いにお前達R7支部隊の主力を同伴させたのは、地上(ミッド)最強の戦力である“星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)”でさえもどうとでも操れるという俺やコアタイル家の力を高町なのはや機動六課の連中に、知らしてやろうが為だったのに…! 仮にあの女が俺に色よい返事を返したくなくとも…俺やコアタイル家に逆らうと、今後はミッドチルダで大手を振って歩く事さえもままならなくなるという事を思い知らしてやろうという…そういう魂胆だったのに!!》

 

「「…………」」

 

《それなのに……あの生意気なサンピン共の邪魔立てと、お前らのヘマのせいで、全てが水の泡になってしまった!! いや…! そればかりか、今日の一件が噂で広がり、所轄の部隊ばかりか、民間人からも嘲笑や糾弾の材料にでもされたらどうする!? 特にあのレジアスの耳に入れば、絶対にこれをダシにして日頃の意趣返しを仕掛けてくるに違いないぞ!》

 

捲し立てるようにセブンは怒鳴った。

 

実は、セブンとしても此度の見合いですんなりと了承を得られるものとは考えていなかった…

 

見合い相手である“高町なのは”という女性は、賄賂や裏工作といった類を最も嫌い、金や権力をチラつかせても決して靡くことはないバリバリの硬派であり、その有り余る才能を全て世のため、人のために使う…まさに時空管理局の“表”の正義を体現したような清純潔白な性格である反面、仲間思いな一面の強い人物である事を知っていたセブンは、縁談を成立させる為に、遠回しに彼女の今の所属部隊である『機動六課』を天秤にかける事で断りづらい状況に少しずつ追い込む事を企んでいた。

 

そのために、実質的に神輿の上に担いでいるだけの無能な高官を仲人として選び、自分が実質的に私兵として置いているR7支部隊の拠点であるラコニアを見合いの会場に選び、警備を名目に、R7支部隊で会場の周りを固める事で自分の持つ権力を示し、無言の圧力をかけることで、自ずと承諾の方向に運ぼうとする…

 

その意図を含めて入念に下準備をしてきた今日の見合いも、あの“伊達政宗”なる男に邪魔され、完膚なきまでにぶち壊されてしまった。

 

しかも、あの男はあろう事か、非魔力保持者という己の身の程を弁えずに、ミッドチルダでは地上本部防衛長官をも凌ぐ権力を有している大魔導師を父に持った自分に対して、堂々と楯突き、挙げ句に自分の自慢だった長髪までも無惨にも切り落としたのだ。

 

あまりに無礼千万、屈辱極まる狼藉にセブンは腹の虫が収まらずにいた……

 

《さっきパパにも見合いの結果を報告したら、一度“ポラリス(パレス)”で詳しく話を聞きたいそうだ。俺はまだプリンスロイヤルへの帰還の途上だが、向こうに着いたらすぐにパパに合流して、事と次第を一から報告するつもりだ! 勿論、R7支部隊(お前達)の醜態と“しかるべき”処遇についても、全てパパに言上するからな!!》

 

怒りのせいなのか、それとも既にあれだけ大々的に宣言してしまったが故の開き直りか、セブンは、それまで初対面の人間や公の場ではおろか、オサムやエンネアのような気の置けない部下達を前にしても大っぴらに使用する事を避けてきたザインへの個性的な呼び方『パパ』を最早隠し立てする事なく堂々と言ってのけていた。

 

「お…お待ち下さい! セブン殿下!!」

 

オサムがモニターに映るセブンに追いすがるように嘆願した。

 

「な…何卒…何卒!…我々にもう一度…!! もう一度だけ、ご猶予を頂けないでしょうか?!! 必ずや、今夜中に今日の汚名を全て払拭するだけの成果を上げ、埋め合わせさせて頂きたく存じます!!」

 

《…くどい!》

 

またもセブンが怒鳴った。

 

《さっきも言ったと思うが…既に一度、慈悲で与えてやった猶予を見事に無駄にしたくせにどの口が言っているんだ? お前如きが何度チャンスを貰ったところで、無意味な事であると何故悟らない? お前は無能な上にバカなのか?》

 

「そ、そんな…ッ!?」

 

まさに取り付く暇もない様子のセブンに対し、今度はエンネアが声を張り上げた。

 

「で……でしたら、このエンネアからもお願い致します!! 私達に…R7支部隊にもう一度チャンスを! そうすれば、今度こそ私達はセブン様のその屈辱を晴らしてご覧に入れます!」

 

《…それで俺がチャンスを与えたところで、どうなる? お前達はどのようにして俺が受けたこの図り知れない屈辱を晴らしてくれる?》

 

セブンの射抜くような視線は、モニターを介して見ても、底しれぬ憎悪と怒りを感じさせ、オサムとエンネアに恐怖を与えた。

 

《たかだが3人の非魔力保持者(下級国民)さえ抑える事のできなかった能無しのお前達に…今更一体何ができる?》

 

「の、残っているR7支部隊を総動員し…“ダテ・マサムネ”以下、セブン様に歯向かった機動六課委託隊員3人を今度こそ捕らえ、改めてセブン様の下に差し出してみせます。幸いにも機動六課一行は、まだこのラコニアの街に逗留中との情報を掴んでいます。 今夜中に探し出して、捕らえて参ります」

 

《……既に一度返り討ちに遭っているお前達になど、全く期待は持てないがな…》

 

セブンは鼻で笑いながらそう言うと、ウイスキーの入ったグラスをシートに設置されたミニテーブルに置く。

その拍子に、グラスの中でロックアイスがカランと音を立てたのが、モニター越しにいるオサムやエンネアの耳にも届いた。

 

《だが知っての通り…俺は“心の広い”人間だ。 お前達の今日までのその俺に対する“忠義”に免じて、特別に“最後の慈悲”を恵んでやろう…送迎機もない上に、この時間だ…恐らく連中は、今夜は街のどこかのホテルにでも宿泊している筈だろう…徹底的に宿改(やどあらた)めをして見つけだせ! 市内中の一流ホテルから庶民向けの二流、三流ホテル、下級国民が使うような民宿(犬小屋)モーテル(兎小屋)もだぞ! しらみつぶしにかけてでも奴らを探すんだ!》

 

「は、はいっ!」

 

《いいか…オサム、エンネア…! これは本当に、俺からの“最後の慈悲”だからな? 明日、パパと一緒にもう一度ラコニア(そっち)へ赴く。それまでにあの忌々しいサンピン共がR7支部隊隊舎の勾留施設に入っていなかったら…お前達の部隊長、副隊長の地位と士官階級は剥奪! それどころかお前ら2人が奴らの代わりに海上隔離施設に入る事になると思え…!!》

 

「「ッ!? …しょ、承知しました…!」」

 

跪いたまま、オサムもエンネアもまるで処刑宣告を受けたかのように顔を強張らせながら、深々と一礼した。

 

《フン! まっ、せいぜい足掻く事だな。役立たず共め…》

 

セブンは最後に厭味を言い残して通信を切り、目の前のホログラムモニターが消えた。

 

 

 

「くそぉっ!!?」

 

オサムは苛立ちをぶつけるように床に拳を叩きつけた。

上質な大理石でてきた床に大きなヒビが走る。

 

通信を切る直前に見せたセブンの顔はまさしく、自分達に対する失望、そして軽蔑の眼差し…それは紛れもなく、長年一途に忠誠を向け、その手足となって尽くしてきた主からの信用が既に皆無に近い状態にある事を示す証であった……

 

代々コアタイル家に従属する「リマック家」の嫡男であったオサムは、幼少期よりコアタイル家とその宗家の家人達を君主の如く、崇め、忠節を尽くす事を教えられてきた。

その教えを受けながら、コアタイル派に従属する魔導師の息女達が集うエリート校『第七陸士訓練校』に入校し、その実力とコアタイル家への忠誠を糧に成果を上げ、主席で卒業した後、やがてコアタイル家の当主 ザインに認められ、彼の後ろ盾に創設された『星杖十字団』へ入隊を果たすことが出来た。

そして、ザインの息子であるセブンがその第七陸士訓練校に主任教官として赴任すると、同校の栄誉あるOBという好から、彼がこよなく愛する『7』に肖ったR7支部の隊長に昇進。

以来、隊のこの上ない後見人として何かと恩恵を与えて下さるセブン、そしてコアタイル家への御恩に報いる事を誓い、己を捧げ、その御身の護衛から、セブンが裏で営む“ビジネス”の手伝いに至るまで…方々でセブンの手となり、足となって、尽くす事で、その期待と信頼を築き上げる事ができた。

 

しかし…その築き上げてきた信頼関係が、たった数人の非魔力保持者如きに台無しにされそうになっている。

 

奴らはセブンに楯突き、自分達に楯突き、そしてコアタイル派に楯突いた…

 

それだけでも許し難いというのに、あろうことか奴らは魔法とは異なる奇怪な術を用いて、自分達を蹂躙し、セブンの誇りをズタズタにした。

 

ありえない…そんな事は…

 

このミッドチルダにおいて最も崇高な戦術…“魔法”―――

その魔法に特化し、魔法を極めた我々“星杖十字団”―――

中でも総本家 コアタイルの御家より特別な寵愛を受けた我々『R7支部隊』が、魔法でない別の戦術を駆る者に手も足も出なかっただなんて…あってはならないのだ。そんな事が……

 

 

「……部隊長…冷静になってください」

 

エンネアが冷や汗を浮かべながらも、そう宥めた。

 

「これが冷静になどいられるか!? 今や俺だけでなく、我がR7支部の威信は地の底に落ちたも同然だ!」

 

オサムは拳を震わせて、その屈辱に打ち震える。

 

「その上…明日坊っちゃんと閣下がお越しになられるまでにあの無礼な眼帯の男達を捕らえなければ、我々の地位や階級までも取り上げられてしまう…即ち、我々はクビだぞ! 破滅だぞ!? コアタイル家に見限られた人間がどんな顛末を迎えるかはお前だってわかっているだろう?!」

 

そう取り乱すオサムの目には明らかに怯えの色が浮かんでいた。

一方エンネアは浮かぶ冷や汗をどうにか拭い切ると、再び冷静な面持ちを取り戻すことができた。

 

「だからこそ…そうならないためにも、嘆いている暇があるなら今すぐ部隊を上げて出動し、ラコニア市内中のホテルを改めるべきではないのですか?」

 

エンネアはそう宥めながら、部屋の外や建物の外が騒々しくなっている事を確認した。

ミッドチルダの魔導師は複雑な詠唱と唱えながら、基本的な動作行動を同時にこなす必要がある為、同時に2つの思考を働かせる事はお手の物である。

エンネアは取り乱すオサムを窘めつつ、一方では既に念話で隊舎にいるR7支部隊の実働隊員に招集をかけていた。

 

エンネアの諌言を聞いて、取り乱していたオサムも冷静さを取り戻した。

 

「う、うむ……しかし、見つけ出せたとしても、どうやって逮捕する? 奴らは非魔力保持者とはいえ、異形の力を駆使する“異端者”…並の連中よりは遥かに厄介な相手だという事はお前とてわかっているはずだろう?」

 

「えぇ。正面から無策に挑んでも、昼間の二の舞になるだけでしょう…ですから、宿改(やどあらた)めは極力外部の者にバレないよう隠密に行うべきかと思います」

 

「どうするのだ?」

 

「まずはラコニア市内の宿泊施設の組合に連絡し、組合に入っている全てのホテルの宿泊客の名簿を収集するのです。勿論、組合に登録していない民宿、民泊施設などにかんしては覆面調査員を現地に送り、秘密裏に名簿を調達しましょう。勿論、偽名を使っている場合も想定し、念の為に防犯カメラのデータも手に入れるべきかと…」

 

「うむ…」

 

「そして、該当者の宿泊場所が判明したら、隊総出でそこを包囲し、隠密に行動して、やつらの不意を突いて制圧……それが確実な戦術かと思います」

 

「なるほど! 強襲作戦ならば、如何に奴らが手練であろうが太刀打ちも出来まい! よし! その策でいく! 直ぐに司令室(H.Q)に、市内全ホテルの宿泊客の名簿と防犯カメラのデータを集めるのと、調査員の手配をする様に指示を出せ!!」

 

光明を見出し、絶望しかけていたオサムの顔に再び覇気が戻り始める。

 

「既に指示を出しました。 1時間もあれば市内の全ての宿泊客の所在地を調べ上げられるかと…」

 

「でかした! では、実働部隊にいつでも出撃できるように待機しておくように伝えておけ!」

 

オサムはそう言うと、部屋の窓際に置かれた自らの専用デスクに溜息を漏らしながら腰掛けた。

一先ず、自らの首を守る為の具体的な手段こそ見出す事が出来たものの、これをしくじってしまえば破滅は免れない。自らの立場が進退窮まる状況にある事には変わらないのだ。

 

「しかし…万が一にも奴らが我々の強襲さえも凌ぐ程の実力を見せてきたらどうすればいい……?」

 

オサムはデスクの上に両腕の肘を置き、手を口元の前で組みながら考え込むようなポーズをとりながら、呟いた。

 

これを認める事は、非常に腹立たしく、そして屈辱極まる事であるが…今日、自分達に楯突いてきたあの3人の非魔力保持者は魔力こそ無いが、魔導師である自分達とも十二分に渡り合えるほどに強い。

確かに、強襲作戦であれば先手を打って、相手が抵抗する間もなく制圧できる可能性は十分にある。

 

しかし万が一…万が一にも、彼らが、自分達が制圧する前に抵抗してきたらどうする?

 

正面からぶつかって勝てる自信はあるのか?

 

否…エンネアの言うとおり、考えなしに真正面からぶつかっても、昼間の二の舞になるのがオチであろう。

 

しかもR7支部隊の中でも有力な隊員達は、今日の『Cassiopeia Plaza』へ動員して、そして、多くが医務室送りにされてしまった。

今すぐに動かせる戦力は確かに精鋭ではあるものの、R7支部隊の中で言えば、二軍、三軍といえる凡人勢達である。

 

もしこの状態で、“万が一”の事態が起きてしまったら…R7支部隊は確実に負ける。

そうなると、セブンから恵んでいただいた慈悲の汚名返上のチャンスをまたも潰す事になる。ましてや最初の失態と同じ轍を踏む形で失敗したなんて事にでもなったら最後…自分達は二度と忠誠を誓う主人の御顔を拝むことさえも許されない事となるだろう…

 

そんな事は、断じて避けなければならない!

 

その為には…どんな手であろうとも、“確実”に奴らを抑えられるだけの力を用意すべきなのかもしれない…そう…“確実”に……

 

その単語が頭に過ぎった時、オサムは自ずとある答えを導き出した。

 

 

「……そうだ…!? “アルハンブラ”だ…! あれを引っ張り出して、もしもの時に備えて、控えさせておこう!?」

 

「……ッ!!?」

 

 

オサムがふと口にしたワードを聞いたエンネアの表情が一変する。

その顔には、驚きと動揺の色が浮かんでいた。

 

「“アルハンブラ”って……まさか!?…この隊舎の地下に幽閉している“古代竜”…!?」

 

エンネアの質問に、オサムは暗く、歪な笑みを投げかけながら話した。

 

「そうだ…お前は3年前にR7支部隊に配属されたから、直接その姿を見たことはないだろうが…話だけは聞いた事があろう?」

 

「は、はい……」

 

エンネアが重々しく頷いた。

 

「“アルハンブラ”…かつてコアタイル家が、本局から横流しで入手した第一級ロストロギア“クライスラの遺産”のひとつ“エルドラドの古文碑”に記されていた(いにしえ)の召喚術によって召喚された古代魔炎竜…」

 

ゴクリと固唾を飲みながら、エンネアはさらに続ける。

 

「ですが…古文碑の解析が十分でない状態で半ば強引に儀式を強行してしまったせいで、召喚されたそれは、召喚士ですら制御する事ができず、大勢の魔導師が犠牲になる程の力を見せ、最終的にはザイン閣下のお手を借りてようやく沈静化させ、仮制御にまで持っていけた程の恐ろしい魔法生物と聞いています」

 

「……回答案としては“40点”ってところだな。エンネア。まず訂正するが…古文碑の解析が十分でなかった事は事実だが、それは解析を担当した委託研究員が召喚の儀に必要な工程の説明が書かれた文面を見落としていたからだ。 決して、コアタイル派(我々)の失態ではない」

 

オサムは話の後半部を特に強調した様に話しながら補足と修正を加える。

 

「それともう一つ……“クライスラの遺産”は決して“横流し”で得たものではない…あれは、ミッドチルダ式魔法のルーツにもなったとされる、失われし古代魔法文明『クライスラ帝国』と共に喪失した、より神に近し万能の魔法の、実在性とその方式を解き、我らコアタイルの魔法をより高度で偉大なものへと昇華させる為にザイン閣下が先頭に立って、自らその謎を解かれようと本局に掛け合って、お譲り頂いたものだ」

 

「………些か不躾でした…お許しください」

 

エンネアは一礼しながら謝罪するが、やはり、直に話した事でこの隊舎の地下に厳重に幽閉されているとされている古代竜の危険性に唯ならぬ不安と恐怖心を覚えた。

 

古代魔炎竜“アルハンブラ”―――

それはこのR7支部隊に配属されたものであれば、誰もが一度は聞いた名前……

しかし、その姿を直接目の当たりにしたものは殆どいなかった。

 

また、その存在はコアタイル派の手の内にある部署を除いた管理局の膨大なデータベースにも殆ど記載されていない。

即ち、それだけ非常に危険な存在でもあるのだ。

 

そんな、本来ならばもっと専門的な機関が丁重に扱うべき代物を、特殊精鋭とは申せ、地上本部傘下の一部隊に過ぎないR7支部隊が管理する事に至った経緯は、5年前…

本局より、ミッドの考古学研究機関…っという名目のコアタイル家のある分家の所有する博物館へ、3点のロストロギア“アヴァロンの果実”、“エルドラドの古文碑”、シャングリラの聖杖”を秘密裏に運搬する事を依頼された星杖十字団R7支部隊は、無事にその任務を遂行させ、主君であるコアタイル家からその信頼を買われ、3点のロストロギアのひとつ“エルドラドの古文碑”の一端に刻まれていた古文から発見したという古代の魔竜の召喚・行使術の再現プロジェクトへの参加を許される事となった。

 

それは現代の竜召喚士が召喚・行使する竜よりも遥かに強かったとされる古代の魔竜を復活させ、使い魔として行使するというコアタイル家が総力を上げて行う壮大な計画だった。

 

そして、儀式に必要な工程が刻まれた古代文字による説明文に従い、コアタイル派以外には秘密裏の内に準備が行われ、第89番無人世界『チヴチ』にて、実際に竜の召喚儀式が強行された。

 

しかし、召喚された魔竜の力はプロジェクトに参加した者達の予想を遥かに上回る強大なものであった。

その場には竜召喚士が5人もいたというのに、その誰も制御下に置くことが出来なかったばかりか、全員が力を併せて尚も、竜は服従を激しく拒み、禍々しい炎の力を操って、その召喚士達を含む儀式に参加していた大勢のコアタイル派の魔導師達を焼き殺し、食い殺し、暴虐の限りを尽くした。

そこで、プロジェクトの責任者であった。現コアタイル家当主 ザイン・コアタイル統合事務次官が自ら立ちはだかり、激戦の末にどうにか弱体化させる事に成功。その隙に警護要員であったR7支部隊が万が一に備えて開発されていた特殊な制御装置を装着させる事で、どうにか制御下に置く事に成功できたのだった。

 

最終的に45人の犠牲者を出しながら、かろうじて目的を果たしたコアタイル家だったが、当然この事件は表向きには『無人世界調査中に起きた地殻変動による災害』として処理され、一般には勿論の事、時空管理局の公式記録にさえも残っていない。

ザインが秘密裏に情報工作を命じ、事実を隠蔽したからだ。

 

そして、これだけの被害を及ぼした恐るべき古代竜だが、ザインはこれの処分ではなく、厳重な幽閉の下、管理する事を命じた。

 

外法といえども、その強大な力を一応は制御下に置けた事で、もしも『御家を脅かす程の敵が現れた時に対する切り札』として使えるのではないかと考え…

 

そして、その幽閉先に選ばれたのが、現在R7支部隊が隊舎としているこの城塞だった。

 

元々、ラコニアの古い城跡を改装、増築したこの建物は強固な壁と、付近の最高峰 レシオ山の中枢部まで続くまるで迷宮の様に広大な地下施設を備えており、魔竜を幽閉するにはうってつけであった。

 

そして、この城の最深部に幽閉された魔竜の監視を引き換えに、ザインを除く唯一の運用権を与えられたR7支部隊は、表向きは市内周辺の遺跡の警護を名目に、この城塞を拠点とするようになったのだった。

 

現在、魔竜の解放・運用権は部隊長であるオサムのみが有している。

つまり、オサムの一存があれば、今すぐにでも地下深くに眠るこの恐るべき古代の竜を引き出す事が可能であるのだ。

 

「……しかしながら、部隊長…アルハンブラの実態はコアタイル家関係者を除き、殆ど公にはされていません。一応管理局には我が隊に属する竜召喚士が操る“普通の竜”として登録こそされていますが、万が一にもその強大な力をひと目に触れるような事になれば……」

 

エンネアはそう懸念を口にするが、オサムはフンと吐き捨てる。

 

「だから、“万が一”の場合に備え、現場付近へコンテナに固定して運び、控えさせるだけだ。私だって、出来るものならあれは解放したくはない…それだけ奴の力は強大なのだ…」

 

オサムは苦虫を噛んだ様な表情を浮かべ、肉付きのよい身体をブルッと震わせた。

 

オサムは部隊長に就任してから一度だけ、アルハンブラを任務で仮開放し、運用した事があった。

 

それは4年前…ラコニア近くの魔法遺跡を違法魔導師の傭兵達を主力とする盗掘集団が占拠する事件が発生した際、出動したR7支部隊と違法魔導師達の間で激しい魔法戦が展開されるも戦力は拮抗し、膠着状態のまま数日が経過しようとした。

これ以上、時間をかけて、コアタイル派の面目を貶すような事は出来ないと焦ったオサムは、状況を打破する切り札としてアルハンブラを投入する事を思いついた。

 

勿論、ザインでさえも完全に制御下に置くことの出来なかったそれを運用する事の危険さは重々承知していたが、それでもこれ以上の堂々巡りはR7支部隊の沽券に関わる事であり、また、一方ではコアタイル派の精鋭40人以上を屠った程であるその魔竜の力をもう一度見てみたいという好奇心が少なからずあったのもまた事実である。

 

それが間違いだった…開放されたアルハンブラはプロテクター型の制御装置を身にまとって尚も、R7支部隊の管理下を殆ど逸脱する程ような暴れぶりを見せた。

口から紫色の禍々しい炎を吐いて人も無機物も関係なく一瞬で灰に変え、その巨大な翼で大空を自在に舞い、大気をかき乱し、激しい雨や風、雷を伴う積乱雲を発生させ、そしてその巨体で、歴史ある史跡を叩き潰し、文字通り荒野に変えてしまった……

 

結局、この時事件発生から4日経過していたが、アルハンブラの投入によって1時間と経たない内に事件は解決するも…その結果は、“実行犯36人。人質7人全員死亡。鎮圧側も陸士隊員3人、R7支部隊1人が重症を負うという悍ましい結果となった……

 

この事件もまた、アルハンブラの実態とコアタイル派の落ち度とされないようにザインの手で隠蔽されたものの、魔竜の力の恐ろしさを改めて見せつけられる事になったオサムは、その後、R7支部隊が本当の窮地に立たされない限り二度と、アルハンブラを世に放つ事はないと決心したのだった……

 

だが、今まさにその“本当の窮地”といえる状況が今まさに訪れようとしている……

 

非魔力保持者の“異端者”達によって、主君 セブンからの信用を失いかけ、翌日までに汚名を返上しなければ、何もかも失い、破滅する…

それだけはなんとしても避けなければならない。

 

その為には絶対に彼らを仕留めるだけの力を備えておく必要があるのだ。

例えそれが、恐ろしい力を有する古代竜であろうとも……

 

それは、一歩間違えると取り返しのつかない事態を招くかもしれないリスク極まる行為…

 

ましてや、何の罪もない人々を危険に晒しかねない行為である…

 

それはオサムとて、全て承知の上だった。

 

ミッドの人々の安全を守る時空管理局にあるまじき、危険な判断なのはわかっているが、そんな事を気にする猶予は自分達にはない。

 

自らの…R7支部隊の失いかけている信頼を取り戻す為ならば、手段を選ぶつもりはない。

 

それに、あくまでも強襲が上手くいかなかった時に備えての“保険”なのだ。本当に解放するのは最後の手段だ。

 

その為に地下の封印を解いて、外へ運び出すだけでも、後でザインから多少のお叱りは貰う可能性もあるが、それでも非魔力保持者にいいようにしてやられたまま、御前に立たれるよりは遥かにマシだ。

 

「…………では、担当の者に命じて、早速護送の準備にかからせます。出撃準備と合わせ、しばらくお待ち下さい」

 

「あぁ…頼んだぞ……」

 

オサムはエンネアにそう指示を飛ばすと、デスクの上に置かれていた樫の木で出来た高級なシガーケースを開けると、中から一本の葉巻を取り出し、引き出しから出してきた小刀で先端を切り落とすと、オイル式のライターで火を付け、口に咥えて蒸し始めた。

 

この葉巻もまた、一般市民はおろか所轄の局員達もめったにお目にかかれない程の高級品であり、この星杖十字団 R7支部隊隊長という立場があるからこそ嗜む事ができるのだ。

 

「おのれ……異端の技を使う非魔力保持者に、礼儀知らずな成り上がり魔導師共め…!」

 

葉巻を強く噛み締めながら、オサムは再び怒りがどんどんと膨れ上がっていく。

 

政宗ら伊達軍に対してだけではない…彼らを博し、魔導師と同じ立場に置く“機動六課”…特に優秀な魔導師でありながら、政宗のような礼儀も教養もない無法者を“恋人”などと宣い、あまつさえ見合いの席に立ち会わせるという無神経極まる行動を平然ととり、セブンに大恥をかかせた“高町なのは”もだ。

 

どいつもこいつも、このミッドチルダにおいて最も大事にするべき“敬意”や“常識”というものがまるで成っていない。

そんな痴れ者共の為に自分がこうして皮一枚で首を繋がれた状態に立たされている事が不条理に思えて仕方がなかった…

 

「坊っちゃん…そして我々を甘く見ていると、どんな目に遭うか…今度こそこの手で思い知らせてやる…!!」

 

固く握りしめた拳を震わせ、報復の炎を瞳の奥に滾らせながら、オサムは小さく宣言するのだった。

 

 

(全く…セブン様といい…この男といい……思慮が足りなさ過ぎる)

 

オサムの一人怒りを増長させる姿を見据えていたエンネアは、念話を使ってH.Qや部下達に指示を飛ばす一方で、上官に対して冷ややかに毒づいていた。

 

盲目的にセブンへの忠誠を誓うあまりに、現実を見失いがちなオサムや他のR7支部隊の隊員達とは違い、冷淡なまでに利己主義を貫くエンネアは、この部隊の隊員の中では一番、主君 セブンの性情を正しく理解している存在であった。

 

セブン・コアタイルは、ミッドチルダ最大の名門貴族魔導師 コアタイルの宗家の世継であり、その男としての美貌と、富、権力、コネこそは確かなものを持っていた。

 

だが、逆を言うと“それだけ”の男なのだ。

 

魔導師としての魔力保有指数は、決して低くはないものの、それでもお世辞にもギリギリで“非凡”という域に少しだけ…ほんのちょっとだけ足をかけた程度のものである。

 

魔導師ランクも本人は“S”と豪語しているが、実際は昇格試験の際に、父親のコネを利用したり、試験官に金を握らせるなどして、不正合格を繰り返した事で得た偽りのランクで、エンネアの見立てでは、実際の魔導師としてのレベルは、B+かA-程度であろう。

当然、特異なスキルなども持ち合わせていない。

はっきり言ってしまえば、魔導師としては“中の下”程度の実力しかないのだ。

それは、今日の機動六課との騒ぎの中で、あの“ダテ・マサムネ”なる男に追い詰められた際に、デバイスを打ち飛ばされ、まともに抵抗できずに髪を切られ、失禁して泣き叫ぶという醜態を晒した様子からも一目瞭然だった。

 

また、エンネアのように、セブン自身の魔法至上主義やプライドの高さ故の虚勢に満ち溢れた人間性や、短慮で威厳の無い振る舞いを『コアタイル家次期当主としては不適正でないか?』と冷ややかに評価する声が、コアタイル派を含めた他の貴族魔導師や時空管理局の局員からもチラホラと上がっているのが現状で、おそらくはセブン自身にも少なからずその自覚があるのであろう。

 

今日の見合いだって、セブン自身は“自分やコアタイル家の力の誇示”と豪語していたが、本当のところ、自分の魅力だけで高町なのはを口説き落とす事は難しいと端からわかっていたからこそ、自分達R7支部隊を暴力装置的存在として従えて、腕づく、力づくで首を縦に振らせようという魂胆だったのであろう…

 

家の政治的思惑があるとはいえ、見合いの席にまでそうした卑怯な裏工作を用いようとするセブンの器の小ささ…

そして、それらの企みが何一つ上手くいかなかった責任を全て自分達、R7支部隊に押し付け、あまつさえ自分とオサムに対して理不尽に解雇まで示唆してきた事に、エンネアは内心、並ならぬ不信感を抱いていた。

 

確かに、今日の敗北のきっかけとなったのはオサムの油断が招いた新手の不意打ちであったし、自分もまた、あのダテ・マサムネなる男の事を「所詮は非魔力保持者」と見くびった事から打ち倒され、その結果、セブンにあのような屈辱を負わせてしまう事となった。そこはエンネアも認めていた…

 

しかし…オサムをけしかけて人質をとらせたり、挙げ句に自ら打って出たものの無差別に広域魔法を放つというセブン自身の考えなしな行動によって、R7支部隊の残存勢力を『味方討ち』という情けない理由で壊滅させてしまった事も、また大きな敗因のひとつである。

実際、『Cassiopeia Plaza』から搬送された隊員達の内、一番重症だったのはセブンの威力制御も出来ていない『ギルティフィーバスター』を受けた隊員達だった。

 

聞けば、ザイン統合事務次官の中では、そろそろセブンを星杖十字団の何れかの部隊の部隊長に推挙しようかと考えがあるそうだが、今日のあの杜撰極まる采配や、その結果至る事となった無様な惨敗ぶりを見れば、それが“時期尚早”と例えるのも痴がましい程に論外な有様である事は、言うまでもないだろう。

エンネアは、ザインの事は偉大な魔導師として尊敬していたが、唯一、息子のセブンに対する盲目的な偏愛だけは『親バカ』と玉の瑕に思う事があった。

 

そんなセブンに対してシニカルな評価を抱くエンネアであったが、勿論、彼女とてR7支部隊の副官として、セブンからは並ならぬ寵愛を受けているし、それに一度か二度、オサムの助っ人としてセブンの“ビジネス”に手を貸した事で星杖十字団から下りる給与の3倍はあろう巨額の報酬を得た事もあった。

 

だからこそ、今この役職やセブンの側近としての立ち位置に不満があるわけではないし、できる事ならこの“おいしい”立場を失いたくはない……

 

それに、この任務さえもしくじったら今度こそ後が無くなり、破滅に至る危機的状況に立たされているのは、エンネアとて同じだ。

自らの名誉、立場、生活を守る為にも、今度こそ、あの非魔力保持者達に『星杖十字団』の実力、そしてコアタイル派に仇なす事への愚かさを思い知らせ、そしてその身柄を差し出す事で、セブンからの信頼を回復せねばならない。

 

とはいえ、隊舎に封印されている古代の魔竜を持ち出してまで、政宗達を始末しようと躍起になるオサムの判断には、正直一握の不安が拭えなかった。

 

オサムと違って、アルハンブラの力を直に目の当たりにしたわけではないのだが、その力の恐ろしさと、その一片を覗かせる暴れぶりをみせた4年前の事件の話の真相を副隊長権限で知らされていたエンネアは、然様な危険な代物を持ち出す事で、余計に自分達コアタイル派の面目を潰すような事態を招く事にならないかという懸念があった。

 

とはいえ、アルハンブラの運用権を有しているのはオサムであり、彼はこのR7部隊の部隊長だ。つまり、オサムが権限を行使するならば、隊員である自分達はそれに従わなくてはならない…この世界では上官の命令が絶対なことは当たり前。

特に目上の人間への態度に厳しいコアタイル派の中ではもはや“常識”であった…

 

思うところはあるが、とにかく部隊長の指示ならば従わざるを得ない。

オサム同様にエンネアもまた、手段を厭う余裕などなかった。

 

(ブラヴォーリーダーから作戦班へ…出撃の準備は出来たのか? グレン、アダムス。経過報告を―――)

 

エンネアは、出撃準備が整ったであろう実働部隊の中で責任者である士官の名を呼んだ。だが応える筈の声が返ってこない。

 

(?…ブラヴォーリーダーより作戦班 グレン? アダムス? なにをしている…!? 応答しろ)

 

いつもなら、エンネアが呼びかけるとすぐに返ってくる筈の声が何故か全く聞こえてこない事に首を傾げ、語気を強めながら再度呼びかけてみるも、やはり念話に応えるものはない。

そこで、今度はH.Q.(司令室)に呼びかけてみる。

 

(ブラヴォーリーダーよりH.Q.! 実働部隊は何をやっているんだ!? こちらからの呼びかけに全く反応しないぞ!………H.Q.?! 聞こえたら、応答しろ!!)

 

だが、H.Q.(司令室)からも返ってくる筈の応答が全く聞こえてこなかった。

混線かとも一瞬疑ったが、この隊舎の中は念話妨害対策の魔法も万全にかけられている。念話が途切れる事なんてありえなかった。

 

「?……どうした?」

 

葉巻をデスクの上の灰皿に押し付けて消しながら、オサムが怪訝な顔で尋ねた。

 

「申し訳有りません部隊長。 作戦班とH.Q.からの念話応答が途絶えています…恐らくは一時的なものと思われますが、状況を確認してまいりますので、しばらくお待ちを…」

 

「なんだと…!? ったくアイツらは…今は一刻も惜しいという時に一体何をやっているのだ…!?」

 

苛立たしげに嘆息を吐くオサムを見て、これ以上、無駄に腹立たせて八つ当たりでもされたらたまらないと危惧したエンネアは足早に部隊長室を出ようと、部屋の出口に向かい、ドアを開けた。

 

 

「……ッ!? なっ!? こ、これは!!?」

 

 

ところが、エンネアがドアを開けると、そこに広がっていたのはあまりにも予想外な光景であった……

 

ドアの向こうに広がるR7支部隊隊舎の廊下には累々と横たわる隊舎に仕える職員達の姿があった。

まるで、糸が切れた人形のように倒れ伏す職員の姿にエンネアは最初、有毒ガスでも散布されたのかと息を止めて辺りを確認するが、そのような気配はまるでなかった。

 

「おい! どうした!? 一体何があったんだ?! 答えろ!!」

 

エンネアは一番近くにいた隊員の襟首を掴み上げて、揺さぶりながら呼びかけるが、既に彼は事切れており、ピクリとも反応しなかった。

 

「……くそっ!?」

 

「どうしたエンネア!? 一体何事……なっ!? これは一体!?」

 

エンネアの半ば取り乱した声から只ならぬ事態が起きた事を察したオサムが、後を追って部屋から出てきて…そして廊下の惨状を目の当たりにし、驚愕する。

 

「部隊長! 危険です! 一先ず部屋へ下がってください!!」

 

エンネアはオサムに向かって呼びかけながら、両手に二振りのショートカットモデルの杖型デバイスを手にとった。

 

その時、エンネアの背後の頭上の壁にゆっくりと這う小さな影があった。

影はデバイスを構えたままこちらに向かって背中を晒すエンネアをジッと見据え、そして隙をついて飛びかかり、耳障りな羽音を立てながら、一気にその首元を狙って飛来した。

 

「ふんっ!」

 

エンネアは光を帯びた短杖の片方で宙を薙ぐようにして、飛びかかってきた何かを叩き落とした。

わずかに漏れる“それ”が見せた殺気を感じ取り、不覚をとらずに済んだのだった。

エンネアが床に落したそれを見ると、それは一匹の羽虫だった。

 

羽虫といっても、それは明らかに普通の虫ではない…

灰のようにくすんだ黒の身体に刃のように鋭い羽が二対…赤い閃光のように光る目、顔には鋭い2本の牙と尾には水道管の様に太い針を持ち合わせた今まで見たことのないような禍々しいフォルムの虫だった。

 

「こ…これは……虫か…!? まさか…皆、この得体のしれない虫に…!?」

 

「エンネア! 一先ずお前も下がれ!!」

 

部隊長室の中からオサムの声が聞こえ、エンネアは部屋へと引き返し、ドアを締めた。

勿論部屋の鍵をかけ、念の為にドアに障壁魔法(シールド)をかける。

 

一先ず安全を確保すると、既にバリアジャケットを着用し愛用の柄の長い杖型デバイスを携えたオサムが口火を切って叫んだ。

 

「い、一体何が起こっているというのだ!? 敵襲か!?」

 

「その可能性が高いです。 しかも…唯の侵入者ではなさそうです」

 

「ぐぅ…この大変な時に…! 一体どこの不届き者が……!?」

 

オサムが苛立たしげに叫んでいたその時…

 

 

おいおい。賊相手にそんなに取り乱すなんて、それでよくこの世界の“精鋭”の一端を豪語できるもんだなぁ!

 

「「ッ!!?」」

 

不意に背後から声が掛かり、オサムとエンネアは瞬時に後ろを振り向く。

 

そこには一人の少年らしき人物が立っていた。

左右で服装が異なるアンバランスな戦装束、胸元にある野球ボール程の大きさの珠を中心に、身体に巻き付いた長数珠…手に持った黒い六尺棒程の長さの横笛、そして顔をすっぽりと覆い隠すベールの付いた奇妙な形状の笠…

 

見るからに怪しい姿の少年だったが、それに輪をかけて異質なのは、少年の肩に乗った人間ではない謎の小人程の大きさの獣人だった。

首から上は烏の頭部…背中には黒い翼…爪先が鋭く発達した両手と、猛禽類の様な両足を持ち、黒がかった紫色の光のオーラに包まれたそれは、召喚獣の様に見えるが、明らかにそれとはまた違った存在であるようだ。

そして、今の挑発的な言葉は、この獣人が発したものらしかった。

 

「き…貴様ら! 何者だ!? どっから入ってきたんだ!!」

 

「魔力を全く感じない…魔導師ではないな!」

 

あぁ。勝手に土足で上がったのは悪かったな。だけど、素直に『入れてくれ』って挨拶したところで、アンタ達も俺様達を入れる気はなかったんじゃないのか?

 

「当然だ! 貴様らのような得体のしれない者を、我が“星杖十字団”の神聖な隊舎の敷居を跨がせるなど普通に考えてありえない事! それが非魔力保持者であるのならば尚の事許し難い!!」

 

オサムやエンネアは、少年が非魔力保持者であると見るや、口々に罵倒混じりの糾弾を浴びせながら、デバイスの穂先を少年に向けて構える。

 

「我々のスタッフ達をやったのはお前か? 一体、何の真似だ!? 返答によってはお前が子供といえども容赦はしないぞ?」

 

エンネアの鋭い声に対し、答えたのは小柄な獣人だった。

 

おいおい!色っぽい見た目してるのに殺気立った姉ちゃんだな。まぁ、聞けよ。俺様の(あるじ)様が、お前さん方に尋ねたい事があるんだとよ

 

「尋ねたい事だと?」

 

そうだ。アンタ達が昔、関わったとされる『エルドラドの古文碑』なる宝…そいつに関わる重要な“秘密”がこの砦には眠っているって話らしいな? 素直にその在処を教えてくれるというのなら、アンタ達の事は見逃してもいい…っとの事らしいが?

 

「そのガキが言っているのか…?」

 

オサムは一瞬目を大きく見開いて驚く様子を見せるが、直ぐに不敵な嘲りの表情に変わり、そして鼻で笑って見せた。

 

「笑わせるな! 我が隊員達をどのようにして倒したか知らぬが、所詮は非魔力保持者のガキ! 姑息なトリックでも使ったのであろう! だが、所詮は虚仮威し! 我らが駆る万能の戦術“魔法”を前にすれば、無力に等しい!」

 

オサムは唾を飛ばして叫びながら、何時でも射撃魔法を放てる様にゆっくりとデバイスの照準を少年の脳天に向けて合わせた。

設定は勿論、“殺傷設定”だ。

その様子を見て少年…の肩に乗った烏の獣人が呆れた様に頭を振る。

 

おいおい。どこまで自信家なんだぁ? テメェは? まぁ、仕方ねぇな…おい、(あるじ)よぉ。こいつらは予定通り、やっちまうしかねぇぜ?

 

「………(コクリ)」

 

獣人の言葉を聞いた少年は黙って頷くと背中に背負っていた細長い何かを手に取り、ゆっくりと身構えて見せた。

黒光りして長い短めの物干し竿のような長さのそれは、よく見ると笛なのか、所々に指止めの為の小さな穴が空いていた。

それを見たオサムとエンネアは思わず吹き出しそうになった。

 

「お前…まさかそれで私達と戦うつもりか…? フッ…フフフ…『無知も過ぎると滑稽』とはこの事だな」

 

「アハハハハハハッ! まさか、命乞いの為にその笛で演奏でもするつもりか? だったら、一曲だけ聴いてやるぞ?! 勿論、その後にはお前を八つ裂きにしてやるがな!!」

 

浴びせられる嘲笑を前に、少年は微塵も動じる事なく、スッとベールに隠れた顔の口元に長笛の筒先を宛てがい…

 

「フッ!」

 

笛を奏でるように息を吹き込むと、その反対側…オサムへと向けられていた筒先から、風を切るような音を伴いながら何かが飛び出し、刹那――――

 

パァァァン!!!

 

弾ける様な音と共に、突然オサムの右肩から先の感覚が無くなり、続いて大量の液体が吹き出すような激しい水音が聞こえた。

 

 

「へっ…!?」

 

 

何が起きたのかとオサムがふと、自分の右肩に目を配ると、そこにはあるはずのものが無くなり、代わりに真っ赤な鉄の臭いを漂わせている赤い液体…血が吹き出しているのが見えた。

そして、その無くなったものは、すぐオサムの足元に転がり落ちているのに気づいた。

 

 

そう……彼の“右腕”が………

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・ギャアアアアアアァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 

 

次の瞬間、オサムはこれまで経験した事がない様な苦痛に襲われ、凄まじい叫びを上げながら、千切れた右肩の傷口を抑えながら、その場に蹲った。

 

「お、オサム部隊長!?」

 

突然何が起こったのか理解できず、混乱した表情を浮かべたエンネアが、慌ててオサムの下に駆け寄るも、オサムは尚も傷口を抑えながら、自らの血溜まりが出来た大理石の床をのた打ち回る。

 

「貴様……一体何をした!?」

 

オサムの突然の片腕の損失の原因が、目の前にいる非魔力保持者の少年と察したエンネアは、少年を睨みつけながら、鋭い叫びを上げる。

すると、それに対して、やはり少年の代わりに烏の獣人がせせら笑いながら言った。

 

いやぁ、大した威力だろう? 我が(あるじ)様の使うこの笛はただの笛とは違ってね。とある特殊な“金属”で出来た特注の品でな。叩けば金棒、吹けば吹き矢にもなるっていう代物なんだが…この吹き矢にもまた特別な術がかかっていて、それをまさか真正面から食らっちまったもんだから、腕丸々持っていかれたんだろうよ

 

「なんだと…!?」

 

獣人の話を聞いたエンネアの表情が一変する。

 

「まさか……? 貴様らも“異端者”だというのか…?」

 

“いたんしゃ”…? まぁ、お前らにしてみれば、そういう部類なのかもしれねぇな…? しかし、生憎と、我が(あるじ)様の操る力はお前らの言う“異端”の力でもかなり特異とされるものなのだよ

 

獣人の言葉に合わせるように、少年はサッと、被っていた市女笠をあっさりと外し、その素顔をオサムとエンネアの前に晒してみせた。

 

年は16か17か…隊舎の薄暗い照明で余計に強調される様に白い顔と、冷静さを伺わせる切れ長の目とすっと通った鼻筋、並びの良い歯、紅を縫ったかのように赤々とした唇が特徴的な、一見女性と見間違えてしまうかのような端麗な顔つきの美少年であるが、その髪はまるで老人のように真っ白であり、それが彼の雰囲気を妖艶というよりもミステリアスなものに昇華させている。

 

少年は相変わらず、貝のように口を固く閉じ、何も話す様子はなかった。

 

尻尾を巻くなら今のうちだぜ? そうすれば、命までは奪ったりしねぇからよぉ?

 

少年の肩に乗った烏の獣人が明らかに挑発的な口調でそう嘯くも、これに対してエンネアの顔が屈辱で激しく歪む。

 

「……ず、図に乗るな異端者が! 所詮は得体のしれない術に頼る非魔力保持者の分際で……私達に情けをかけるつもりかぁ!?」

 

エンネアは少年に一矢報いろうと、叫びながらデバイスを握る手を瞬発的に動かした。

 

霞の刃(ヴェロス・カラザ)!!」

 

エンネアの詠唱と共に、十八番である回転する羽方の魔力弾が二発、少年に向かって飛来していく。

しかし、少年は即座に口に当てていた長笛を、混棒を構えるように持ち替えると、撃ちだされた魔力弾を前にそれを薙ぎ、2発とも呆気なく弾き打ち消した。

 

「そ…そんな……!? 魔力を持たぬ非魔力保持者にどうしたらそんな芸当が…ッ!?」

 

まるで子供騙しの小手先技をいなすように自分の魔法を防がれてしまったショックのあまりに、その手から2つの短杖型デバイスを取り落としてしまうエンネア。

すると、少年の乗っていた烏の獣人がこんな事を言い出した。

 

おい魔導師。そこで片腕ふっ飛ばされて泣き喚いている男は、さっき自分たちの事を『万能』って言ったなぁ? 本当に『万能』ならば、こういう事は出来るんだろうな?

 

「…………ッ!!?」

 

「よぉ、(あるじ)様。こいつらに見せてやろうじゃないか。“屍鬼神《しきがみ》”の力を……」

 

「…………《コクリ》」

 

獣人に唆されるように少年は長笛を横に構えながら、演奏の構えを取る。

 

 

 

《♪~~~~~ ♪~~~~~~ ♪~~~~~》

 

 

 

すると、笛からは心に語りかけてくる様な美しくも、冷たく、暗く、そしてどこか悍ましさをも感じる様な妖艶な音色が辺りに響きわたった。

 

 

 

「な…なんだ……? この不気味な音色は…? 一体何を…!?」

 

 

エンネアが、恐る恐る少年に問いかけようとしたその時だった。

 

 

「「「「「グアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」」」」」

 

「―――ッ!?」

 

 

突然、背後からまるで猛獣の咆哮の様な叫び声が聞こえてきた。

何事かと、エンネアが振り返ると同時に轟音と共に障壁魔法の張られていたドアの両脇の壁がビスケットのようにボロボロと崩れ、大量の何かが部隊長室へと押し入ってきた。

 

 

「ひぃっ!? こ、これは……!?」

 

 

エンネアが二、三歩程後ろに仰け反り、戦慄して、悲鳴のような声を上げる。

 

 

壁に空いた穴から入ってきたのは、つい今しがた廊下で倒れていたR7支部隊の職員達…の面影を持った顔ながら、身体全体が歪に肥大化し、両手両足の爪が異常に発達。顔は腐敗し、歯や舌が異常に伸びた醜悪な姿をした得体のしれない化け物達であった。

 

 

 

そいつは、狂獄卒(きょうごくそつ)といってな…さっきアンタが撃ち落とした異形の虫…屍糧蜂(かがでばち)に寄生された人間が(あるじ)様の笛の音色を聞くことで変貌する鬼人魍魎の輩だ。コイツらは我ら屍鬼神(しきがみ)の中でも特に凶暴でな…目につくものは容赦なく殺戮、破壊するとんでもねぇ化け物共だぜ

 

「な、なんだと…ッ!?」

 

獣人の説明を聞いたエンネアがハッとした表情で辺りを見渡すも、時既に遅し…

自らの四方八方完全にその化け物…“狂獄卒(きょうごくそつ)” に囲まれていた。

 

 

「う、ううわあああああああああああぁぁぁっ!? く、来るな! 近づくなあああぁぁ!!」

 

 

口々に涎を垂らし、獣のような唸り声を上げて自分を取り囲む悍ましい巨漢の怪物達を前にエンネアの戦意は完全に折れ、必死に少年に懇願して最後の命乞いをする。

 

 

 

「た、頼むっ! や、やめてくれ! こ、降参だ! 負けを認める!! だから早くこの化け物共を止めてくれッ!!」

 

おいおい。今頃になって命乞いかよぉ? 見たか? こんな欲深な女だけど、どうするよ? (あるじ)様…

 

 

烏の獣人の問いかけに対して、少年は顔色ひとつ変える事なく、ここでようやくその閉ざされた口を開き、その若く、何気ない口調で淡々と述べた。

 

 

 

「興味ないね………殺したければ、好きにしたらいいよ……」

 

 

 

少年の突き放すような言葉に唖然となるエンネア。

そんな彼女の視界に最後に見えてきたのは、少年の一言と同時に自分達に向けて牙を向けながら飛び掛ってくる狂獄卒(きょうごくそつ)達であった。

 

 

一体目の狂獄卒(きょうごくそつ)が右肩に組み付くと共にエンネアが大きな悲鳴を上げた。

その間に、身体のあちこちの部位を他の狂獄卒(きょうごくそつ)達に次々に食らいつかれていく。

ある者からは鋭利な牙で脇腹を食いちぎられ、ある者には刀のように屈強で鋭利な爪で手足を刺し貫かれてしまった。

 

R7支部隊副隊長 エンネア・フェートンはこの世のものとは思えぬ激痛に悶え、悲鳴やを上げながら床を野垂れ打ちまわる。

 

そこへ獲物を求めて次々と狂獄卒(きょうごくそつ)達が集り、その身体を貪り喰っていく。

その度にエンネアから出る断末魔の叫びは大きくなっていった。

ものの数秒のうちにその場にいた彼女の身体は完全に巨漢の怪物の群れに覆い尽くされた。

 

 

「あ、ぎゃあっ!!?…ひぎ、ひぎぃぃッ!!?…た、ただ…だじげでえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

肉が喰い破られ、咀嚼される音に混じって、エンネアの悲鳴が聞こえる。

しかし、その悲鳴も徐々に小さくなっていった…

 

少年と烏の獣人は眉一つ顰めず、エンネアが怪物に貪られる様を眺め続ける…

 

 

やれやれ……相変わらず、俺様の(あるじ)様は、本当に何もかも無関心・無感情なお人だねぇ。少しは関心示したらどうなのよ?

 

「…………………」

 

そう軽口を叩く烏の獣人だったが少年は再び口を閉ざしてしまった。

 

…まぁ、いいか。それより、これでこの砦にいる邪魔者は全員排除した……予定通り、捜し物を探す事にしようか。幸いにも、面白い“おもちゃ”がこの砦の地下にあるってご丁寧にこの間抜けな部隊長さんがベラベラと喋っていたからな

 

獣人はそう言って、出血多量により、既に虫の息となっているオサムの姿を一瞥する。

少年は、それに促されるように、身体に巻いていた長数珠の中から一つの珠を取り外し、床に置くと、再び笛を口に当てて構えた。

 

 

「…召神雅楽(しょうじんががく)……(いで)よ。屍鬼神(しきがみ) “鏡獏(きょうばく)”…」

 

 

少年が唱えながら、長笛を奏でると、それに合わせるように地面に置かれた珠に怪しい光が宿り、一人出に宙に浮かぶと、それは瞬く間に四足歩行の魔獣の姿へと形作っていく…

鼻はゾウ、目はサイ、尾はウシ、脚はトラの特徴を併せ持ち、背中には、古い時代の銅鏡のような形の金属具が埋め込まれている1m程の大きさのその魔獣…“鏡獏(きょうばく)”と呼ばれたそれは、姿を顕にするなり、瀕死のオサムの頭にゾウの様な長い鼻を宛てがった。

 

すると少年は、そんな鏡獏(きょうばく)の背中の銅鏡に手を当てると、ジッと目を閉じ、しばし瞑想した。

数秒の間を開けて、少年は目をゆっくりと開くと、掠れるような声で呟く。

 

 

「…………地下5階……最重要遺物管理室……入室には網膜認証と、正解の番号を合わせる事で解除できる特殊な鍵…番号は『19910304…』」

 

あぁ、別にいいって(あるじ)。それだけ記憶を“吸い上げ”たら十分だ。幸い、網膜も既にこの“鏡獏(きょうばく)”の記憶に模倣済みだ

 

烏の獣人は満足そうに話したその時―――

激しい爆音と振動…そして、獣の咆哮の様な叫びが隊舎内の至るところから聞こえてきた。

 

どうやら…先に蜂共を植え付けておいた他の連中も狂獄卒(きょうごくそつ)へ無事変異して、おっ始めやがったみたいだな?

 

「………………」

 

少年は何か懸念する様な眼差しで肩に乗った獣人を見据えた。

 

なぁに心配するな(あるじ)様。なにせ広さだけは無駄にある砦だ。“探しもの”は奴らに任せるとして…俺達はまずコイツの言ってた“魔竜”とやらを見に行こうじゃないか。場合によっては面白い事に使えるかもしれないぜ……

 

「………(コクリ)」

 

獣人の提案に、少年は頷き、歩き出そうとした。

…だが、数歩歩いたところでふと足を止め、振り向き、部隊長室の窓…その遥か先に見える山とその半分を切り開いて作られた様な街の遠景を見据えた。

 

…どうした?

 

「……感じる。 とても“強い力”が2つ……」

 

んあ? “強い力”?

 

少年の言葉を聞いた獣人が片眉を顰めて尋ねた。

 

こいつらの生き残りか?

 

「…………《フルフル》」

 

少年は頭を横に振り、否定する。

 

 

「ひとつは魔導師(彼ら)と同じ……でもそれよりももっと強い…飾り気のない白く大きな“希望の光”…もう一つは僕と同じ(くに)の“臭い”と“気”の力の持ち主…荒々しくも気高い“蒼い竜”だね……」

 

 

少年のその言葉を聞いた烏の獣人の目が大きく見開かれた。

 

(あるじ)様と同じ(くに)の“臭い”と“気”の持ち主の“蒼い竜”だってッ!? ちょ…そりゃまさか……!? 奥州の“独眼竜”じゃねぇのか!?

 

「………わからない」

 

少年は表情を変える事なく、冷淡な口調で返した。

 

…う~~~む…そう言えば、あの大谷(屍野郎)皎月院(花魁女)も言ってやがったな! 徳川家康や東軍方の将と、寝返った武田が味方している魔導師の連中の部隊があるって…その話が本当だとすると…(あるじ)様が感じたのは、やは独眼竜と、東軍に味方してるという魔導師か…?

 

獣人は少年の肩の上でブツブツと呟きながら、一人考え込む。

すると、珍しく少年の方から獣人に尋ねてきた。

 

「どうする…? “烏天狗”……?」

 

んあ…? そうだな…(あるじ)様が感じたというそいつらが邪魔立てしてくるようなら、オサムやエンネア(こいつら)同様に返り討ちにしてやればいいじゃねぇか? もしそいつらが本当に“独眼竜”とその仲間であるというなら、後々、相応の褒美が頂戴されるかもしれねぇぞ? 悪い話じゃないぜ?

 

頭の中で情報を整理した烏の獣人…“烏天狗”は咄嗟にでた結論を口にし、少年に最終的な決断を委ねる。

 

「………全て、“烏天狗”の判断に任せるよ」

 

結局それかよ? …あいよ

 

少年はそれだけを言うと、屍鬼神(しきがみ)鏡獏(きょうばく)”を伴い、部屋の出口に向かって歩き始めた。

その間でも隊舎の至るところで、小さな爆発と地震の様な振動は絶えず続いているが、少年は全く意にも留める様子を見せない。

そんな少年の肝の据わった…っというよりは異常なまでの無感情な振る舞いに烏天狗は若干、戦慄さえも覚えるも、同時にこの無感情さこそが自分達“屍鬼神(しきがみ)を存分に操る為の大きな原動力になるのだから…例え、今近くに迫ってきているのが日ノ本有数の猛将の一人 伊達政宗であったとしても、恐るるに足らぬだけの自信があった。

 

烏天狗は、先程少年が目をやっていた方向を振り向き、その先にいるというまだ見ぬ憎き敵に不敵な視線を投げかけた。

そして――心の中で呟く。

 

誰であろうとも……我が(あるじ)様に歯向かう愚者共には皆、相応の死に様を与えてやろうじゃないか……豊臣五刑衆 第四席 “妖将”… “宇喜多秀家”様の御名…そして我々“屍鬼神(しきがみ)”の怖ろしさを、その骨の髄までしかと刻み込んで…な…

 

烏天狗を肩に乗せながら少年……豊臣五刑衆 第四席“宇喜多秀家”は歩きゆく。

有象無象に暴れ狂う巨漢の屍鬼 狂獄卒(きょうごくそつ)達が無造作に暴れ狂い、破壊の限りを尽くし、あちこちから出回った火が真っ赤に辺りと照らし、床には屍が無数に転がる地獄のような光景の中でいて、その整った顔は微動だにも動じない……

まるで、端から感情など存在し無かったかのような無表情を貫き、均一した歩調で歩き続ける。

 

見た目は、まだあどけなさも感じさせる若者でありながら、その身体から発する覇気と貫禄は紛れもなく常勝豊臣の最高幹部に名を連ねるに相応しいものであった―――




っというわけで、数話前からその正体を仄めかしていた謎の少年の正体は…


リブート版に伴い、設定を大きく改変した“宇喜多秀家”でした!


武器を羽扇から長笛へ…操る化け物も邪蟲から屍鬼神(しきがみ)へ…性格もより冷徹・無感情に……全てをグレードアップさせた秀家を前に、果たして政宗やなのは達はどうやって立ち向かう!?

そして、オリジナル版の66部隊に相応する立ち位置で、秀家のかませとされてしまったR7支部隊のオサムとエンネアですが…少しだけネタバレになりますが、彼らの出番はまだここで終了というわけではありません。

この後に、今回のリブート版秀家の真骨頂といえる“ある事”を行う際に2人は利用される事になるのですが…これ以上は次回をお楽しみに!

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