リリカルBASARA StrikerS -The Cross Party Reboot Edition- 作:charley
そして、秀家の次なる狙いはR7支部隊隊舎に厳重に封印されているという古代の魔竜 “アルハンブラ”だった……
烏天狗「リリカルBASARA StrikerS 第五十三章 出陣だ。…って、主様よりも先に屍鬼神の俺様が先にタイトルコール担当しちまっていいのかねぇ…?」
これ見がよしに地上に聳え立っていたR7支部隊隊舎の城塞は半壊し、その大部分が業火に包まれていたが、古風な外見の地上部と違い、地下エリアはミッドチルダの未来的な技術の叡智が反映された最新鋭の設備が備わっていた為、殆ど崩壊する事もなく、また火災の影響を受けた様子も無かった為、かろうじて無事だった隊員やその他施設スタッフの何人かはそこへ避難していた。
だが、間もなくその地下エリアにも地上部から雪崩込んできたつい数分前までの仲間達の成れの果て…
そんな阿鼻叫喚の中を、この地獄の生みの親である豊臣五刑衆 第四席 “妖将” 宇喜多秀家は表情一つ変える…っというよりは変わる表情など最初から無いかのように顔の全ての部位をピクリとも動かさないまま、颯爽と歩き続ける。
床一面に散らばる壁や天井の残骸と思しき瓦礫や、スクラップ、そしてその元の姿形を想像するのも億劫になるような得体のしれない肉片…
そしてどこまで行こうとも途絶える事のない燃え上がる炎から発する鼻孔や気管支、肺に焼き付くような熱気と血肉の不快な異臭を混じえた黒煙を前に鼻や口を庇い立てする仕草さえもとらず、唯虚空を見つめるような眼差しで、特定の場所へ向かって吸い寄せられる様に機械的な歩調で歩き続けた。
「き、君!? こんなところで何をしているの?! ここは危ないから一緒に逃げ―――」
途中で、避難しようとしている途中であろう隊舎のスタッフらしき生存者の女性と鉢合った。
何も知らず、秀家を同じく不幸にもこの原因不明の災厄に巻き込まれた生き残りと思い込んでしまい、声をかけながら不用意に近づこうとしてしまった彼女は即座に、秀家を守る様に彼に近づこうとしていた自身の前にいきなり姿を現した小柄な烏頭の獣人型の屍鬼神“
「チィッ! 意外にしぶとく生き残った連中もいるじゃねぇか…
「……………《コクリ》」
烏天狗が促すと、秀家は床に倒れた首の無い女性の亡骸を眉一つ動かさずに踏みつけながら、相変わらず無言で頷く事で自分の意志を示した。
それから、秀家は目先に現れる障害に一切目もくれずに地獄の道を征く亡者の様に、騒乱の渦中にある地下通路を進み、やがて隊舎の地下エリアの最深部…地下5階にある巨大な金庫の扉の様に厚い特殊金属で出来た頑丈なドアの前に立った。
ドアの左に備えた巨大な取っ手の脇には二列のナンバーロック式の電子錠が重々しく備えられていた。
「ここだな…?」
「……《コクリ》」
烏天狗が尋ねると、秀家は頷き、身体に巻いた長数珠から一つの珠を手に取る。
翡翠色に輝くその珠は、先程部隊長室で屍鬼神“
それを胸の前に掲げた黄金で出来た球体型の大きな装飾具の中心にある、ちょうど長数珠を構成する珠と同じ大きさの
笛を奏でる毎に、秀家の瞳の色が、それまでのくすんだ灰色から胸に填めた珠と同じ翡翠色に変わっていく。
一節分を奏で終わると、秀家は笛を背中に戻し、特殊なドアに近づいた。
そして、電子ロックのメインボタンを押して、キーパッドを起動させると、慣れた手つきで、早々と暗証番号を入力していく。
その手際の良さは、まるで昔からこの施設の事を熟知しているかのように俊敏としており、それも30桁以上はあるコードを一度も間違える事なく正確に打ち込んでいった。
そして、二列目の暗証番号を入力したところで鍵が解錠された様な音が響き、電子錠の上部にあった小さな鋼鉄製のカバーが外れ、今度は網膜認証式の別の電子錠が現れた。
秀家は躊躇う事なく、指紋認証式の電子錠に近づくと、備えられた覗き穴に目を近づけて、中から照射される赤いセンサーに翡翠色の瞳を晒してみせた。
《…………認証確認……ライセンスレベル“上級職員”…“オサム・リマック三等陸佐”確認しました。扉を解錠します…》
電子錠から機械的な声でアナウンスが入ると巨大な扉は一人手に開き始めた。
それに対して、特に感動を見せる様子もなく、秀家は後ろに下がり、扉が完全に開かれるのを待った。
その様子を見ていた烏天狗が代わりに感心するかのように小さく笑った。
「屍鬼神“
「……………別に…他人の記憶なんて興味ないよ…」
饒舌な軽口を叩く烏天狗に対し、秀家は相変わらず言葉足らずな返答をそっけなく返すだけだった。
対極的な2人の態度は傍から見れば、完全に逆転した立場に見えた。
そうしている内に巨大扉が完全に開かれた。
「まぁ、それもまた
「………《コクリ》」
烏天狗を肩に乗せた秀家は、再び機械的な歩調で歩き出し、扉の奥へと入っていった。
扉の先は、今しがた隊舎中に広がる喧騒など嘘の様に、静寂に包まれた漆黒が広がっていた。
秀家は一切躊躇う事なく、漆黒の中へと足を進めていく。
サッカー場の様な広大なフロアには極力無駄な設備が設置されておらず、文字通り何もない広間となっている様子だった。
やがて、秀家達の耳に、巨大な何かが唸るような音と、金属と同等以上に固い何かが擦れ合う音、そして、それに伴う様に生温かく湿ったような風が暗闇の中から秀家達の全身に吹き付け、その歩みを阻もうとしてくる。
勿論、そんなものに翻弄される事なく、秀家は更に先へと進んでいくと、やがて、一連の不穏な音と風の出どころがはっきりと見えてきた。
広間の中央に地面や天井から伸びた分厚い金属製の鎖で何十…否、何百にも繋がれた巨大な黒い身体を持つ竜が地面に這いずる様な形で拘束されていた…
腕と一体化した巨大な翼―――
爬虫類のように光沢の輝く鱗に包まれた漆黒の身体―――
鋭く長い尻尾―――
頭と両翼の前縁、胴体、尻尾に付けられた古代の鎧のようなフォルムの金属質なプロテクターとそれにまるで血管のように走る赤いライン―――
これぞまさしく、ミッドチルダでも珍しい存在とされる魔法生物…竜である。
それも機動六課のキャロが操る子竜 フリードリヒとは違い、その禍々しさが全面的に現れた、見るからに凶暴そうな雰囲気を漂わせていた。
「これが……あの
「………《コクリ》」
烏天狗が確認すると秀家は頷き、肯定する。
「よし! それじゃあ、さっさとコイツを―――」
「………待って」
お目当てのものを見つけた、意気揚々となった烏天狗が、早速古代竜に近づこうとするが、それを珍しく秀家が制止した。
「なんだ? どうした?
「…………」
秀家は拘束された古代竜をじっと見つめる。
竜自体は厳重に拘束されているが、その周囲には特に障害物らしきものは存在しなかった。
《♪~~~~~》
秀家は、徐にもう一度長笛を取り出すと、今度は手短な曲調を奏でてみせた。
すると、秀家達の入ってきた扉の方から鈍重な足音が聞こえてくる。
「グアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
それは一体の狂獄卒であった。
狂獄卒はまるで古代竜を狙っているかのように真っ直ぐ突進し、秀家達の脇を通り過ぎると、そのまま古代竜に向かって飛びかかりながら、巨大に発達した爪を振りかぶった。
しかし……
「ガアアアァァッ!?」
突然、古代竜の前の空気が震えて、紫色の電磁波が走ると、狂獄卒は悲鳴の様な咆哮を残して燃え上がり、あっという間に灰となって地面に零れ落ちた。
「―――ッ!?…ま、マジかよ…?」
「…………特殊障壁結界…」
思わぬ罠が発動した事に驚く烏天狗に対し、秀家は無表情のままその正体を言い当ててみせた。
古代竜の周囲には、不用意に人を寄せ付けない為の結界魔法が張られていた。
「普通の障壁と違って、ただ攻撃を阻むだけのものじゃない…触れたものに特定の効果のある魔力を直接注ぎ込むんだ…僕らの様に魔力を持たなかったり、素質の低い人間であれば、今みたいな事になる……」
「……そいつもあれか?
烏天狗の質問に、秀家はコクリと頷く事で答えた。
「チィッ! あのヤロー! 見掛け倒しな腰抜けのくせに余計な小細工仕込む事だけは達者みたいだな! どうするよ?
烏天狗が苛立たしげに尋ねるが、秀家は至って、冷静に懐から金属製の特殊な吹き矢を取り出してきた。
「なんだぁ? そいつは…」
「………今回の“依頼”を受ける時に、刑部様と皎月院様から、いざって時に備えて託してくださった特殊な吹き矢…この世界で新たに豊臣と手を組んだ技術者に頼んで作らせたみたい」
「あぁ。例の“スカリエッティ”かいう胡散臭い男だな? 大丈夫なのかぁ? そんな奴が供給してきた代物なんざ使っちまって…?」
懸念する烏天狗を無視して、秀家は吹き矢を長笛に装填すると、そのまま古代竜の前に張られた結界魔法に向かって、その筒先を向けた。
「……………“
秀家は呟くように技名を唱えながら、自分の口元に向けた長笛の筒先に軽く息を吹き込んだ。
それと同時に、まるで吹き矢が一人出に飛び出したかのように筒先から弾丸もかくやの様なスピードで飛び出していった。
まるでガラスか陶器が砕けるかのような物音を立てながら、結界が粉々に砕かれた。
その様子を見た烏天狗も思わず目を丸くして驚いた。
「へぇ~。意外と使えるもんじゃねぇか。一体、どういうカラクリなんだ?」
烏天狗が尋ねると、秀家は懐から次の吹き矢を取り出しながら答える。
「……よくわからない。皎月院様のいうところでは、“アンチ・マテリアル・フィールド”という魔法を無効化させる作用のある技術が使われているとか……」
「んっ? あんち・まて……えぇい! 横文字の言葉はややこしいぜ! とにかく、これで生意気な結界はなくなったわけだ。さっさとやろうぜ
「………《コクリ》」
秀家は頷きながら、今度は吹き矢の後部に長数珠から取り出した新たな珠を取り付け、そのまま装填させると、今度は古代竜の本体…その胴体部の上部にあるマンホール程の大きさのある巨大な赤い水晶部へと筒先の狙いを定める。
そして………秀家の長笛から2発目の吹き矢が古代竜に向かって飛んでいった。
「おっ! やったぜ!」
矢が見事、狙いのポイントに刺さったのを確認した烏天狗が歓声を上げると、秀家はそのまま長笛を横に持ち替えた。
「…
秀家が詠唱と共に、笛を奏でると、古代竜の胴体のプロテクターの水晶部に刺さっていた吹き矢に付いた珠が赤色の光りに包まれ、瞬く間に今度は小さな虫の様な姿をした
15センチ程の大きさのそれは、3つの赤く光る眼球と二本一対の大小合計四本の牙と甲殻類のような外質を持った一見すればムカデの様な姿をしており、今までの屍鬼神に比べると些か地味に見えるのが否めなかった。
しかし、秀家…の肩に乗った烏天狗は召喚された新たな
そして、召喚されたムカデ型の
刹那、それまで大人しくしていた古代火炎竜 アルハンブラが、まるで致命傷を負わされたかのような苦悶の咆哮を上げ、強力な電撃を流されたかのようにその拘束された身体を激しく捩り、暴れ始めた。
その迫力に、烏天狗でさえも思わず驚いて仰け反るが、秀家はこれにも全く反応を見せる事がなかった。
「お、おい…!? 準備は出来たし、一回引き下がろうぜ…? ここで火でも吐かれたら、
「………大丈夫だよ……」
烏天狗に急かされながらも、秀家は全く動じる事なく、暴れ狂う古代竜を背にして、元来た道を相変わらずの歩調で引き返し始めた。
開かれた大きな扉の下をくぐり抜けた事で、ようやく身の安全を確認した烏天狗は安堵の息をつきながら、語り始めた。
「しかし、とりあえずやってはみたものの…この世界独自の動物…それも“竜”なんて大層な大物を、果たして
「……ダメだったら、最後のこれを使うまでだよ……」
秀家は懐から3本目のA.M.F.仕様の吹き矢を取り出しながら言った。
「なんだよ? あの
「……試作品だって言ってたから、しょうがないよ……」
秀家は何でもない様子で呟くが、烏天狗はやや不満げな様子で文句を言った。
「ったく。
「………《コクリ》」
秀家と烏天狗はお決まりともいえるやり取りを交わしながら、背後からは暴れ狂う魔竜の咆哮…前方からは暴れ狂う亡者の群れに翻弄され、泣き叫び悶える人間達の悲鳴に挟まれながら、表情一つ崩す事なく、冷徹無表情のまま歩くのであった……
*
『ピジョン屋』の庭園から、R7支部隊隊舎が爆発・炎上する光景を間の当たりにしたなのはと政宗は、急いでホテルに駆け込み、ヴィータ、小十郎、成実に事の次第を伝えると、直ぐに状況確認と救出に向かうべく動き始めた。
ラコニアの街を挟んだ先にあるレシオ山に向かうには、やはり空戦魔導師であるなのはとヴィータに空輸して貰う形が一番手っ取り早いが、流石に大の大人を3人も同時に運ぶ事は出来ない。
そこで、なのはは自分が政宗を、ヴィータが成実を抱えて運ぶ形で、空を飛んで、R7支部隊隊舎へ向かい、小十郎は六課本部や周辺の陸上部隊と連絡をとり、後から応援を率いて向かう方針で決まった。
ちなみに、なのはは自分が政宗の空輸役を担う事に対して小十郎からの抗議を受ける事を、ちょっとだけ懸念していたが、幸いな事に、小十郎も今は状況が状況なので、この方針に対して一切文句を述べる事はなかった。
伊達に『竜の右目』と呼ばれるだけあって、公私の分別はきっちり割り切る器量があり、なのはは内心ホッとした。
そして今…
バリアジャケットを纏ったなのはは、ラコニア市街地上空を飛行し、目先に聳える高い山…レシオ山に向かって急行している最中だった。
その手に抱えられる形となっている政宗は夕方に隊舎から転送されていたいつもの蒼い甲冑の戦装束に着替えている。
「空から向かうplanは正解だったみたいだぜ。なのは。 見ろよ…街中がpanicだ…」
政宗の話を聞いたなのはが、ふと真下に広がる街を見下ろすと、ラコニアの街では、同じくR7支部隊隊舎が爆発・炎上する様を目の当たりにしたラコニア市民によって、大混乱が生じていた。
どこの通りも人で溢れ返り、そして皆それぞれにレシオ山の方を指差したり、興奮気味に叫んだり、スマートフォンで撮影するなどしているのが微かに伺える。
中には、半ば街の鼻つまみ者であったR7支部隊の身に何か良からぬ災厄が降り掛かったと察した一部の市民達がまるで祝祭の様に熱狂して盛り上がり、暴動になりかけている様子もちらほらと見受けられた。
なのはと同じ様に成実を抱え、すぐ後ろを飛んでいたヴィータは、その光景を見て呆れているのか、その顔はやや顰めっ面であった。
「なんだぁ? アイツら。目の前で大変な事が起こってるってのに祭りみたいに騒いでるぜ?
そう珍しくシニカルな事を言う成実の両手には、先程ホテルでヴィータに奢って貰っていたソーダ味とバニラ味の2種類のアイスキャンディーが1本ずつ握られていた。
ちょうど食べかけていたところへ、なのは達に招集された為、そのまま持って出てきたのだ。
「いや、お前が言うなよ! これから事件現場に赴くって時によく呑気に食ってられるな?!」
「ふぇっ? だってこれ奢ってくれたの、ヴィータの姉御じゃん? 1個って言ってたのに、結局気前良く2個奢ってくれてさぁ」
「いや…それはお前が何時までも1個に絞りきれねぇのがまどろっこしくて見てられなかったから…!…って、余計な事言ってねーで、さっさとアイス食っちまえ! バカッ!」
「ふぇーい」
成実に見せた細やかな優しさを暴露されて、恥ずかしくなったのか、ヴィータは頬を赤らめながらそっぽを向きつつ、照れ隠しに怒鳴りつける。
それに対し、アイスキャンディーを咥えながら呑気に返す成実のやりとりを聞いて、思わず吹き出しそうになるなのはと政宗だった。
……案外、
僅かの間ながら、張り詰めた気を紛らわせてくれるきっかけを与えてくれた2人に感謝しながら、なのはは再び、炎上するレシオ山の頂を見据え、再び目つきを鋭くするのだった―――
*
烏天狗と秀家は再び部隊長室へと戻ってきたが、そこはさっき、彼らが初めて訪れた時とは全く異なる雰囲気へと変貌していた。
荘厳且つ豪勢な雰囲気の大理石の床は穴ぼこだらけ…木目調の豪華な造りの壁は亀裂が走り、クリスタルの様に磨き上げられていた窓ガラスは、今やその全てが粉々に砕かれ、山の頂上特有の強い風が全て室内に吹き付け、悲惨な光景を余計に際立たせていた。
そして、そんな半壊状態になった部隊長室の床に等身大以上に広がった血だまりのなかで片手を抑えながら、自らの血に塗れた悲惨な姿のオサムと、無数の狂獄卒達に貪られ、全身に切り傷や噛み傷が残り、自慢の男装の麗人ともいえる端麗だった顔も見る影もない程にズタズタにされたエンネアが、それぞれ大の字になって倒れ込んでいた。
2人共、微かに息はしている様子だったが、それも、もうあと数分と保つかわからず、今更どんな回復魔法を施しても手遅れな状態なのは一目瞭然であった。
そんな二人の痛々しい様を前にしても、秀家も烏天狗も全く表情を変える事なく、まるで道端の石ころが転がっているかのように完全に無視を貫いていた。
烏天狗はオサムのデスクにあった書類から一枚を適当に手にとって見た。
「………“エルドラドの古文碑”に関する記述はねぇ…どうやら、ここに手がかりはなさそうだな…」
烏天狗がそう言うと、傍に佇み長笛を吹いていた秀家もその手を止めて、ゆっくりと再び灰色に戻った目を見開いた。
「……
「チィッ! となると、やはりあの竜が今回の“依頼”で唯一無二の“成果”となるわけか……こうなったら、敵の応援が来る前に、とっとと事を終えて、引き上げようぜ?」
「……………もう来たみたいだ…」
秀家がガラスの無くなった窓から外を見据えながら、呟くように言った。
「ッ!? なんだって!?」
烏天狗が慌てて窓枠に駆け寄り、秀家の見据える方向へと視線を向ける。
すると、遥か上空からこちらに向かってくる数人の人らしき姿が確認できた。
姿形ははっきりとは見えないが、それぞれ一人ずつ誰かを抱えている様子が伺えた。
「…そういやぁ、この世界の魔導師の中には空を飛べる奴もいると
「……………しばらく…見守ろう……」
何故か数秒の間を置いた後にそれだけを言って、その場に胡座をかくと、静かな曲調で笛を奏で始めた。
そんな意味深な秀家の様子に一握の嫌な予感を覚えながらも、一先ず主人の意志を尊重する事にする烏天狗だった……
*
「こ…これは…酷い……」
「……まるで、Infernoだな……」
ようやくなのは達がR7支部隊隊舎の中庭に着地した時。
あまりにも予想以上の“惨劇”がそこには広がっていた…
否、“惨劇”という言葉では生温い…そこは政宗が呟いた言葉のとおり、文字通りの“地獄”へと成り果てていた…
巨大な城砦の形を成していた筈の隊舎は砂で出来た山が崩れる様な形で半壊し、その所々では火災も生じていた。
これだけだと、自然が引き起こした大災害の現場に見えなくもないが、この現場のあちこちに場所に横たわる異様な“死体”がこの光景に異様な気配を漂わせていた。
無残に斬り裂かれ、上半身と下半身のどちらかしか存在しないものから、首や手足を何か鋭利なもので切り裂かれた遺体もある…それが1つだけではない…無数に転がっているのだ。
周りに残された遺留品などから、かろうじてこれら死体がR7支部隊隊員やその他、ここで勤務する非魔力保持者のスタッフの物である事を察知させた。
そんな悲惨な光景を目の当たりにしたなのはは、口を押さえて言葉を失う。
「こりゃひでぇ…これは大量殺人なんてレベルじゃねぇぞ…!!」
「あぁ…まさしくGenocideだな…誰がやったのか知らねぇが、舐めたマネしやがるぜ…!」
ヴィータや、政宗も、驚愕…そしてこの災厄を引き起こした元凶に対する義憤を露わにし、眼を見開きながら呆然と呟いていた。
能天気な成実でさえも、予想していたもの以上に凄惨な現場に、先程までの楽天的な態度は鳴りを潜めて、思わず目を背けてしまった。
「う、うう……」
すると崩落した隊舎の出入り口から微かな呻き声と共に、一人の若い男が這々の体で外へ出てきた。
「生き残りか?!」
誰よりも早く気づいた政宗を先頭に、4人は急いでそこへ駆け寄る。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
倒れ伏し、呻き声を上げるその男性をなのはが抱き起こした。
服はボロボロに切り刻まれていたが、服装を見ると、男はR7支部隊の隊員らしかった。
さらにその顔には政宗も見覚えがあった。
今日の昼間『Cassiopeia Plaza』で政宗達と小競り合いを起した隊員の中にいた、オサムとエンネアが敗れた後に、セブンから理不尽な理由で吹き飛ばされていた准陸尉の男性隊員だった。
准陸尉はなのはの声に反応してゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
「あ……貴方は……高町…空尉…? ……どうして……ここへ……!?」
「今はそれどころではありません! それより、一体ここで何が起こったのですか?」
なのはの問いかけに対し、准陸尉が、思い出したかのように怯えだす。
「……ひ…昼間の騒動で……負った怪我の治療の為に……医務室にいたら……その……い……いきなり……化け物が入ってきたんです…」
准陸尉のか細い声から、なのは達は何があったのかを聞いた。
准陸尉の話によれば、彼をはじめとする『Cassiopeia Plaza』での戦いで負傷した隊員達は全員、医療用の病棟で休んでいたのだが、突然、隊舎の部隊長室や備品庫や出撃待機室などがある本棟で爆発が起き、それに合わせて獣の咆哮のような叫びが聞こえてきたらしい。
何事かと准陸尉をはじめとするその場にいた病棟にいた全員が動揺していると、そこへ身体全体が歪に肥大化し、両手両足の爪が異常に発達した異形の怪物が多数雪崩込んできたのだ。
さらによく見るとその顔は腐敗し、歯や舌が異常に伸びた醜悪なものと変わっていたが、皆、自分達の同僚であるR7支部隊の隊員達であったという。
この事態に驚愕しながらも、准陸尉をはじめとする怪我の軽い者達は万が一に備えて病床の脇に置いていたデバイスを武装して怪物を止めようとしたが、怪物達の力は強く、如何にエリート部隊の隊員といえどもとても怪我を抱えた身では防ぎきれず、防戦一方となる中で隊員の一人の障壁が壊され、怪物達が一気に彼に群がったと思えば、なんとその身体は1分でバラバラに解体されてしまったらしい。
その光景によってパニックを引き起こした彼らの防御体制は一気に崩壊し、怪物瞬く間に隊舎全体に広がり、そこにいる人間を次々と血祭りに上げてしまった…
「あれは明らかに唯の魔法生物や魔法による洗脳操作なんかの類じゃない…まさに不死身の怪物だ…! 負傷していた私達は言わずもがな、出撃可能だった他の仲間達や…オサム部隊長、エンネア副隊長達とも連絡がつながらない……まさかとは思うが…皆、もう奴らに……」
語り終えた准陸尉は静かに泣き始めた。
「あの図体ばかりでかいBearみたいなおっさんや、Crossdressing womanもか…!?」
政宗は、昼間自分達が刃(と杖)を交えた相手が最悪の末路を辿った可能性があると聞かされ、その光景を想像し、表情を歪ませる。
「とにかく…まずは他に生存者がいないか確認すべきだぜ?」
「うん、そうだね。 一先ず、この人を安全な場所に―――」
この場の責任者であるなのはがそう指示を出そうとしたその時―――
城塞から上がる炎によって茜色に照らされていた彼女の身体が、背後から差し込んだ大きな影の下に呑まれる。
気がつくと同じ様な形の影が、政宗達や准陸尉は勿論の事、周りの至るところに現れてふわふわと動いた。
炎の熱気で、辺りはサウナの中にいるように熱い筈なのに、なのはは体中に冷気を浴びたような感覚を覚えるが、それは紛れもなく“悪寒”によるものだと察した。
そして、その悪寒の原因となった幽魔の怨念の如し視線を感じる。
なのは達はゆっくりと、上を見上げた…見たくない筈なのに、衝動が抗えなかった。
「ぐぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅ…!!」
なのはの背後……亀裂まみれになった城塞の上には、見たこともない怪物が複数体唸り声を上げて立っていた。
姿形こそ人間に限りなく近い…しかし、そのは歪な形に肥大化し、両手両足の爪は猛獣の様な形状に発達している。
その顔は半分崩れかけた様に明らかに腐敗していたが、それでもそいつは息をして、荒い呼吸を繰り返し、だらしなく開いた口からは蛙の様に伸びた舌がだらりと垂れ下がり、眼球が白く白濁した目は片方が腐敗のあまり、眼孔から垂れ下がってしまい、かろうじて本来の位置にあったもう片方の目はまばたき一つせずになのは達を見つめていた。
「!?…ヒィィィ!! や、奴らだぁぁ!」
ヴィータに支えられて立とうとしていた准陸尉が突然怯え、取り乱した声を上げる。
すると、その声に反応する様に怪物達が一斉に獣の様な咆哮を上げて、その発達した手を振りかぶりながら、城壁からジャンプする。
まるでゴムまりの様にしなやかに天上高く筈んだ怪物達はなのは達目掛けて猛禽類の如き速さで落下してこようとしていた…
*
突然、中庭の方から聞こえてきた今まで以上に激しい喧騒の音は、部隊長室にいた秀家や烏天狗の耳にも届いていた。
最初はまだ辛うじて残っていた生き残りが不幸にも狂獄卒達の餌食になったものと思っていた烏天狗だったが、やがて今度の喧騒は今まで聞こえてきたものと違い、魔力弾を我武者羅に撃つような音や、苦悶の悲鳴のようなものは殆ど聞こえない。代わりに剣と剣がぶつかり合う様な音や、怒号のようなものを含めているものに気づいた。
「チィッ! どうやらさっき見えた応援の魔導師共だな! …しかし、やけにしぶといな…? 狂獄卒の群れ相手にここまで食いつくとはなかなかやるじゃねぇか」
烏天狗が皮肉交じりに称賛するのを他所に、秀家は何を思ったのか、突然、オサムのデスクにあったホログラムコンピュータを起動しして、慣れた様な手つきで、コンソールを操作し始めた。
この世界独自の文明の利器の使い方も全て、先程、屍鬼神“
そして、秀家はとある映像を投影してみせた。
それは、今現在の中庭の様子だった。
《Shit! 一体なんだっていうんだ!? このMassiveなLiving Dead共は》
《青葉山*1にも猿は沢山いたけど、この山の猿は随分と物騒な見た目してるじゃねぇの》
《バカッ! こんな気色の悪い見た目の猿がいてたまるかッ!? 》
《皆! 落ち着いて! 正体はさておいて、明らかに友好的ではないから迎撃を! 必要なら殺傷設定を許可します!》
モニターの中では群れで襲いかかる狂獄卒達を相手にそれぞれデバイスや刀で奮闘する男女2人ずつの姿が映っていた。さらにそれから少し離れた場所ではピンク色の球型の結界魔法が張られ、その中に生き残りと思しき一人の男の姿が見えた。
その中で蒼い鎧甲冑を纏った男を見た途端、烏天狗が表情を一変させる。
「こ、コイツは…!? 奥州の独眼竜…! “伊達政宗”!? こ、コイツらやっぱり来ていやがったのか!? この地に…!?」
先程、秀家からその存在が近くにいる事を示唆されていた烏天狗は、実際に件の人物が現れた事に流石に狼狽する事となった。
一方、映像を出した秀家はまるで最初からわかっていたかのように、全く動じる様子を見せなかった。
「……それに、一緒にいる魔導師共も…
烏天狗が見据える先には、オサムやエンネアが使っていたものとは異なる形状の杖から放つ薄桃色の魔力弾で狂獄卒達を的確に狙撃していく白い服を纏った女性と、鉄鎚を振りかぶって、狂獄卒達を蹴鞠の様に弾き飛ばして回るお下げ髪の紅い服を纏った少女の姿が映っていた。
「………それで…どうするの…?」
秀家が無表情のまま尋ねた。
それに対して、烏天狗は「うーん」と唸り声を上げる。
「くそぉ…! ここでまさか
烏天狗は床に斃れるオサムとエンネアをそれぞれ見据えながら言った。
「…………わかった」
その意図を理解したのか、秀家は長数珠から新たに黒と白、それぞれ2つの珠を取り出すと、今度は新たに、右手の袖の服から赤い紙で出来た2枚の呪符、左手の甲冑にある手甲部から二本の短刀をそれぞれ射出させて、それらをあざやかに宙で受け取った。そしてそれぞれ呪符を倒れていたオサムとエンネアそれぞれの身体に短刀突き立て、それを釘代わりに呪符を縫い付けた。
既に虫の息で致命傷を負っていた2人は最早この程度では何の反応も見せなかった。
そして、黒い珠をオサムに、白い珠をエンネアに、それぞれ縫い付けた呪符の上に置いた。
そして、準備ができた事を確認すると、秀家は彼らから少し離れた場所に立ち、長笛を構える。
「…
秀家が吹く笛の音色に合わせて、妖艶な光の篭もった珠はまるで吸い込まれるように赤い呪符、そしてそれを突き立てていた短刀と一つになり、全てそれぞれの身体に取り込まれていく。
「「―――ッ!?」」
すると、今の今まで瀕死の状態だった筈のオサムとエンネアの目がそれぞれ大きく見開かれ…
「「がっ…ガガッ、ぐあああああああああああぁ!!? ぎっ、ひぎいぃぃいいい!! か、身体が!? 身体があああああぁぁぁぁぁぁっ!!?」」
突然、この世の全ての苦悶を一挙に受けたかのような壮絶な苦悶の叫びを上げて、床の上で悶え始める。
文字通り、何か異質なものが身体に入り込んで、それを必死に拒絶するかのようにありったけの悲鳴を零しながら、瀕死の身体を物ともせず、ジタバタと床の上で激しくのた打ち回った。
そんな壮絶な光景を前にしても、秀家も烏天狗も全く動じる事はない。
「ぐぎぎぎぃぃぃ!! ぎぁっ、や…やめろおぉぉ!! 俺の頭に……入ってくるなぁぁあああああ!!? い、いっその事…一思いに殺してぐれえ゛え゛ええええぇぇぇぇっ!!!」
「ああああああっ!! い、いやだぁぁぁぁッ!!? 誰か助け…ッ!! お、おか…おかあさぁ゛ぁ゛ああぁぁぁん!!!」
オサム、そしてエンネアの悲痛の叫びと共に、2人の体に纏うように現れた黒がかった紫のオーラがバチバチッ!っと音を立てて弾ける。
直後、2人の口から人間とは思えない様なおどろおどろしい咆哮が飛ぶと、オーラが弾け、彼らの体が瞬く間に変化し始めた。
バチッ!バチバチッ!という音と共に全身に紫電が走り、二人の身体は風船の様に巨大に膨れ上がり、瞬く間に5m程の巨体に肥大化していった。勿論、肥大化に合わせてその身を包み込んでいた特注仕様のバリアジャケットは内側から引き裂かれる形で破れ去られ、代わりに全身を刺々しい装飾の付いた甲冑の様な形状の防具が形成され、2人の新たな衣装へと変わった。
それに伴い、オサムの強面顔はまるで闘牛の様な太くたくましい二本の角が生えた牛頭に、エンネアの整った顔は軍馬の様に整いながらも猛々しい面持ちの馬頭に変貌していった。
そしてあらわになった上半身には禍々しい刺青が刻まれ、両手先は鋭い爪が目立つ悪魔の手と化し、足は3本の指とやはり鋭い爪の伸びた異形の形となっていた。
変異した2人の姿はまさに、『怪物』と呼ぶにふさわしい姿をしていた。
2人…否、二体の怪物はゆっくりと立ち上がると、オサムだった牛頭の怪物は赤…エンネアだった馬頭の怪物は青…それぞれに異色に輝く瞳で周りを見渡して自分達がどこに入るかを確認すると、大きく息を吐いた。
「グアッハッハッハッハァァ!! これはこれは、我らが
オサムの声を更に低く仰々しい声質に変換した様な声が牛頭の怪物がそう軽口を叩いて傍にいる馬頭の怪物に声をかけるが、直後に馬頭の怪物から拳で頭を殴られてしまう。
「
僅かにエンネアの声を断片的に覗かせながらも、同じく地の底から響くようなテノール調の中性的な女声で馬頭の怪物が窘めた。
「フン…! いいじゃねぇか。これが我なりの挨拶だ。それにしても…こうして現生してみると、関ヶ原で受けた屈辱がまるでついさっきのように感じるぜ! それもこれも、あの小早川のチビ豚が寝返りなんぞ姑息な真似をしやがったせいで……くそぉっ! なんだか無性に腹立たしくなってきやがったぜぇぇ!!」
出現早々怒り狂いはじめた“
「やめんか! 現生早々闇雲に暴れようとする奴があるか!」
即座に烏天狗の一喝が飛んでくる。
「…ったく。だから、お前ら…特にお前を呼び出すのは躊躇ってたんだよ! いいか! 怒る気持ちは判る! だが、関ヶ原で小早川からの裏切りで酷い目に遭わされたのはお前だけではない!
「……チィッ! 口やかましい鳥ジジイめ!!」
烏天狗の一喝に牛頭は憎まれ口を叩きながらも、とりあえず高ぶりかけた心は静まる事ができた。
すると、横にいたもう一体の屍鬼神“
「…申し訳有りません。折角のお呼び出し早々に、我が片割れがお見苦しい様を見せてしまいました。秀家様…我らへの御用の趣は?」
慇懃な口調で尋ねる馬頭の姿を見て、烏天狗は二者一対の屍鬼神なのにどうしてこいつらはこうも落差が激しいのかと、内心嘆きたくなった…
その巨体をフルに生かした怪力と、業火を操る
しかし、今のやり取りから見ても察せられる通り、牛頭は力こそ圧倒的だが少々頭が足りず単純な性格なのが欠点である。
その点、馬頭はこうして礼儀をわきまえるだけの良識や冷静さを併せ持っているため、正直烏天狗個人の意志としてはこの2体の評価の差は雲泥程にあった。
勿論、そんな事は口が裂けても当人達には告げられない。
下手に牛頭の機嫌を損ねて暴れられても困るし、それに再度述べるがこの2体は揃ってこそ初めてその真価を発揮する。その為、敢えて両者の歩調を乱す様な事は極力避けたかった。
「そうだ。お前達には…ここに映っている連中を片付けて欲しい。方法は構わん。お前達の“好きなように”叩き潰せ!」
ようやく本題に入った烏天狗は牛頭と馬頭にホログラムモニターに映った政宗、なのは、ヴィータ、成実の4人の姿を指し示して教えた。
「なんだぁ? 相手はたった4人かぁ? ケッ! しけた仕事だぜ! どうせならもっと何千何万の人間を叩き潰してやれたら最高だってのによぉ!」
そう吐き捨てるように露骨に不満を顕にする牛頭を、馬頭が横からたしなめた。
「牛頭。 頭数の問題ではない…わざわざ我らが呼び出されたということは、彼らが決して侮れない手練という事…そうですね? 老師」
馬頭の言葉に烏天狗は満足そうにうなずいた。
「そういう事だ。しかしまぁ…強いて言えば、お前達にはこの野武士の小僧とお下げの小娘を相手にとってもらいたいね」
すると、話を聞いていた秀家が尋ねた。
「………どうして?」
「独眼竜は、東軍総大将 徳川家康からの信頼も厚い、東の主力を担う実力者…ここで首級を上げれば、西軍における
烏天狗は、今では秀家同様五刑衆の一席を担う豊臣の有力与力の一人 小西行長の気障で毒蛇の様に厭味ったらしい微笑を浮かべた笑顔を思い浮かべながら吐き捨てる様に言った。
かつて五刑衆に成り上がる以前、行長は豊臣直参の家臣として、重臣の一人であった宇喜多家に一時近習として仕えていた経験があった。
その恩義があったにも関わらず、共に五刑衆に選ばれ、立場が逆転した現在では自分の立場を鼻にかけて、かつての主の後継者である筈の秀家に対して事ある毎に体の良い汚れ仕事を押し付けてくる事を烏天狗は快く思っていなかったのだった。
その為、秀家に少しでも豊臣軍閥における地位向上の好機があれば、それを掴もうとしないわけにはいかなかった。
烏天狗にとって、悩みの種なのが当の秀家本人が因縁ある行長への対抗意識や反骨心がまるでない事だった。
それもまた、行長から余計に下に見られる原因であると烏天狗自身が何度か忠告したこともあったが、秀家はそれでも全く興味を抱く様子はなかった。
こうなったら、実質的な彼の代弁者兼参謀役である自分が秀家の地位向上の為に尽力するしかないと踏んだ烏天狗は何度もこうして事ある毎に秀家の地位向上と、憎き行長を出し抜く為の策謀を練るのだった。
「あの白服の女魔導師の力量はわからねぇが、さっきから独眼竜と背中合わせで戦っているところを見る限り、お前達の素体にした魔導師とは違って、確かなものを持っているようだ。事と次第によっては独眼竜に並ぶ一級品の獲物になりうるかもしれねぇ」
「んで、我らは残るチビ2匹を残飯処理ってわけか…やっぱりしけた仕事だぜ。それに…」
牛頭は話しながら、片腕を欠損した不完全な身体を一瞥して、不満げな声を漏らした。
「久方ぶりの出番だってのに、なんだよ? この中途半端な身体は? 一体、どんなに傷だらけの素体を依り代にしやがったんだ? …全く、こんなんじゃ張り合いも出りゃしねぇ」
「文句が多いぞ牛頭。それに秀家様の手にかかったら、その程度の腕の不足くらい簡単にどうにか出来る事は知っているだろう?」
そう言って窘める馬頭の言葉に合わせるように、秀家は牛頭に近づくともう一度右腕の服の裾から今度は青い紙を用いた呪符を取り出し、牛頭の欠損した腕に貼り付けた。
そして、長笛を構えると、これまでとは異なる穏やかな音色を奏でてみせた。
すると、音に合わせるように青色の呪符を貼り付けた場所が白い光を帯び始め、瞬く間に欠けていた腕の形を作っていき、馬頭の言う通り、あっという間に牛頭の失われていた腕を完成させてしまった。
「ふぅ~。これで完全な身体になったわけか…ありがとうよ。
「鬱憤晴らすのはいいが、熱くなりすぎて、秀家様の獲物まで手を出すような事がないようにな…」
話しながら、牛頭と馬頭は連れたって壁に生じた大きな穴を使って、部隊長室から出ていった。
2体の巨大な屍鬼神の足音が遠ざかっていくのを耳にしながら烏天狗が嘆息をついた。
「全く。『猫の手ならぬ牛や馬の手を借りる』とは言ったものの…果たしてあの木偶の坊共が役に立つものかねぇ…?」
「………僕は、烏天狗の判断を信じるよ……」
秀家はそれさえも、然程気にしていないのか無表情のまま淡々とそう返すのだった。
「それで……僕達はどうすればいい?」
秀家が尋ねると、烏天狗はニィッとその嘴の端を釣り上げた。
「そうだな。それじゃあ、俺様達も挨拶に行くとするか。独眼竜に……」
「………わかった…」
秀家はそう頷くと、烏天狗を肩に乗せたまま、自分達も部隊長室を出ていくのだった…
*
「DEATH FANG!!」
六爪を鞘から抜いた政宗は、中庭を駆け抜けながら襲いかかってくる巨漢の亡者達に片手に3本ずつ掴んだ刀による爪の様な斬撃で斬り捨てていく。
そんな政宗の攻撃を辛うじてくぐり抜けた何体かは彼の背中に回り込むと、太く鋭利な爪を振りかぶり、その脳天へ目掛けて振り下ろさんとした。
「アクセルシューター!」
それを数十メートル離れた場所からなのはが、出現させたピンク色の魔力弾で狙撃していく。
それぞれ、脳天と爪を撃ち仕留める事で、仮に致命傷にならずとも、戦線復帰はすぐにはできないであろう。
「Thanks! なのは!」
政宗が斬撃の手を止めないまま礼を述べると、それに対してなのはウィンクしながら左手の親指を立てると、穂先の尖った“バスターモード”になったレイジングハートを構え直して次の標的に向かって魔力弾を投影する。そして桃色の光弾を放つと、小さな爆発と共に5体もの亡者が倒れ伏した。
だが、それを見た別の亡者達が怒りともとれる咆哮を上げながら、一斉になのはに向かって襲いかかろうとしてきた。
「…ッ!?」
「任せろ!」
身構えるなのはだったが、その前に迫りくる亡者達に向かってヴィータが飛びかかっていった。
「シュワルデフリーデン!」
ヴィータがグラーフアイゼンで撃ち放った5つの鉄球は赤い魔力弾となって、亡者達を一撃で粉々にしてみせた。
そのまま、近くにいた亡者に向かって、その小柄な身体をフルに活かした宙返りを披露しながら、それぞれ腐臭漂う巨体目掛けてグラーフアイゼンを振り下ろしていき、容赦なくその脳天を粉砕して、亡者達を動かぬ屍へと還す。
それから少し離れた場所では同じ様に亡者達の間を跳ね回る様にしながら移動しつつ、三本の個性的な刀を振るう成実の姿があった。
「“みかづきとばし”!!」
成実は裸足の指先で無柄刀を掴み、虚空に向かって回し蹴りを繰り出す形で、正面から迫っていた亡者に向かって投擲すると、柄の無い刀は見事にその眉間に突き刺さる。
異形の屍が糸が切れた人形の様にその場へ倒れ込む間に、成実は両手に白鞘直刀と木刀を手にし、迫ってくる亡者に果敢に踊り込んでいく。
その巨体が繰り出す爪を木刀で受け止め、直後にその首を白鞘で跳ね飛ばす。
成実の操る“
思わぬ奇襲ではあったが、どうにか軍配はこちらに上がった。
亡者の怪物達は全員斃されて戦闘不能になり、中庭にはもう動く屍は残っていない。
再三それを確認したなのは達は、一先ず安堵の息を吐いた。
「皆ッ! 大丈夫!?」
怪物の群れが全滅したのを確認すると、なのはが全員の無事を確認する。
多少息継ぎは荒いものの、政宗もヴィータも成実も傷一つ負っていなかった。
「あぁっ…どうにかな。急な不意打ちで焦ったけど、戦ってみたら案外呆気無かったな」
「ヘッ! なんなら、まだ奥州の里山のカモシカ共の方が、手応えがあったってもんだよ!」
ヴィータや成実もそれぞれグラーフアイゼンや無柄刀に付いた返り血を払いながら話した。
「まぁな…にしても、このLiving Dead共…この世界特有の魔法生物かなにかか?」
政宗が、首を失って元の物言わぬ屍に戻った怪物の傍に近づいてその異形な身体を覗き込みながら話す。
「とんでもない。 流石にミッドチルダの魔法もゾンビなんて作れないよ」
なのはがそう答えるの対し、ヴィータは嫌悪と義憤の感情を顔に浮かべながら、斃れる死体達を一瞥する。
「何にしても…この虐殺を引き起こしたふざけた野郎は、唯の違法魔導師なんかじゃねぇって事だな……」
「!? そうだ! 生存者の方を…!」
ヴィータの言葉を聞いたなのはは、戦闘の間、中庭の隅の方に匿っていたR7支部隊准陸尉の存在を思い出した。
勿論、彼の周りには結界魔法を張っていた為、一定の安全は確保されていた筈であるが、それでもこんな危険な場所にいつまでも置いておくわけにはいかない。
「すみません! もう出てきて大丈夫ですよ!」
なのはが中庭の隅に現れていた半球体のピンク色の結界魔法を解除すると、中から半分パニック状態になった准陸尉が転がり出てきた。
「ひっ、ひいいぃぃ!! こんなところにいたら、俺も殺されちまう! 頼む! 早く俺をここから逃してくれ!!」
准陸尉は半ば狂乱した様子で、なのはに詰め寄り、彼女の胸倉を掴んで揺さぶりながら、必死に叫び乞う。
「お、落ち着いて下さい! ちゃんと貴方の安全は確保しますから、その前に、もう一度内部の状況だけ、詳しく教えて下さい! 他に生存者がいたら助けに行かないといけませんので!」
「他の奴らなんかどうでもいいよ! どうせ皆、バケモノの餌食になっているに違いないさ! とにかく今は何より大事なのは俺の命だ! いいから早くここから逃―――」
その准陸尉の独善的な命乞いの叫びは最後まで続かなかった。
その前に、彼の胸に、風を切る音と共に何か小石程の大きさの固形物が刺し貫いたからだ。
「ふぇっ……う、うそ………!?」
血が吹き出し、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる准陸尉の瞳から光が失われ、そのまま後ろに仰向けで倒れながら、絶命する。
「そ…そんな……ッ!?」
目の前で人が殺される様を目撃し、唖然となるなのは。
一緒にその様子を目の当たりにした政宗達も、突然の事態に驚き、言葉を失ってしまった。
「……畜生ッ! 今度は何だってんだよ!?」
いち早く、その呆然状態を脱したヴィータが、准陸尉を無慈悲な死に追いやった原因を探して辺りを見渡す。
「姉御! そこに何かあるぜ!」
すると、成実が絶命した准陸尉の亡骸の近くの地面に光る小さなものに気づいた。
ヴィータが近づき、手にとって見てみるとそれは、先端の尖ったダーツの様な形状のものだった。
「こいつは…!? 吹き矢かッ!?」
ヴィータの言葉を聞いた政宗は少しずつ火の手が広がりつつある城塞を見上げる。
城塞の中からは重々しく、そして禍々しさをも感じる血の香りの混じった空気が漂ってきた…明らかに、建物の中には魔導師ばかりか人ではない何かが蔓延っている証拠である。
「チィッ! どうやら賊には、今のLiving Dead共よりも賢い野郎がいるようだな!」
「なのは! どうするよ!?」
政宗が舌打ちをしながら呟く傍らで、ヴィータがなのはに指示を仰ぐが、彼女からの返事はない。
「なのは?」
ヴィータがなのはの顔を伺うと、その顔は未だ愕然とした顔で虚空を見つめるようにハイライトの消えかかった眼差しで、今しがた狙撃され命を落した准陸尉を見つめていた。
「………そ、そんな……ひ、人が…眼の前で……!」
まさかの目の前で起きた惨劇に、なのははショックのあまり自我を失いそうになってきた。
これまで、幾度となく魔法に関連して凄惨な事件の現場を目撃してきたなのはであり、当然中には自分達の奮闘の甲斐もなく無情にも人の命が奪われる様な事になった事例も決して一度や二度ではなかった。
しかし…流石に、自分の目の前で今しがたまで話していた人物が突然命を奪われる様を見たのは、意外にもこれが初めてであった。
その心に感じたのは恐怖や嫌悪よりも、大きな無力感だった……
「なのは…!? おい! 大丈夫かよ!? しっかりしろよ!」
そんななのはの異変に気づいたヴィータが呼びかけるが、なのはは反応しなかった。
そこへ突然なのはの頬が乾いた音を立てる。
政宗がなのはの前に立ち、その頬を平手打ちしたのだ。
「ま、政宗さん……ッ!?」
「pull yourself together…! Shockingな気持ちはわかるが、ここは戦場だ……目の前で掴み損なった命を想い、悔やむ為の場所はここにはねぇ! 今は、お前に出来る事だけに集中しろ!」
「…………ッ!?」
政宗の喝を受けて、なのはの消えかかった瞳のハイライトが再び灯り、我に返る。
「…ご…ごめんなさい……政宗さん…私ったらつい…」
そう謝りながら叩かれた頬を擦っていたなのはだったが、やがて気を引き締め直す様に頭を振ると、改めて政宗達の方を向くと、自失仕掛けていたロスタイムを埋め合わせる様に手短にこれからの行動方針を説明していく。
「…それじゃあ改めて…じきに小十郎さんが呼んだ応援部隊も来ると思うけど、私達はそれまで生存者とこの事件を引き起こした容疑者の捜索に当たろう。少しでも活動範囲を広げる為に、二手に分かれよう。私と政宗さんは私と一緒に屋上から上層階を…ヴィータちゃんと成実君はそこの入り口から低層階を捜索して!」
「了解! 任せとけ!」
「合点承知のはらこ飯!」
「中にはまだ得体のしれないCreature共がウヨウヨしている可能性が十分あるからな! 2人共決して気を抜くんじゃねぇぞ!」
それぞれ全く衰えていない士気を見せながら応えるヴィータと成実に、同じく強気な声質で忠告する政宗…
皆、それぞれいつも通りの反応だった。
自分より多くの修羅場を経験し、乗り越えてきているだけあってか、3人共、心に余裕がある様で、それが、今のなのはにとってはすごく頼もしく感じられる。
「それじゃあ、行動開始!」
「OK!」
「おぉっ!」
「あいさー!」
こうして、なのはは政宗を抱えて、城塞の一番高い塔の上へ…
ヴィータと成実は、さっき准陸尉が逃げてきたルートを逆に辿る形で1階から城塞の中へと入って行くのだった―――
今回秀家が新たに召喚した屍鬼神“牛頭”と“馬頭”。
彼らの詳しい能力については次回明らかにする予定ですが、一般兵的存在な狂獄卒に対して、彼らの立ち位置は陣大将レベルの中ボスと例えたら良いでしょうか…?
ちなみに、秀家の屍鬼神を召喚する際に出てくる『召喚』と『現生』の違いですが、『召喚』は普通に実態を持たない姿で姿を表す事で、烏天狗もこの状態で現れています
それに対して『現生』は今回の話で、牛頭と馬頭がオサムとエンネアを依代にして召喚された様に、人間の身体に屍鬼神を取り憑かせる事で実体を持って、この世に現れる事を意味しています。
牛頭、馬頭のような強大な力を持った屍鬼神は人間を依代にしなければ現生できませんが、繰駆足のような単体の力は強くない屍鬼神は依代無しで現生できる種類もいます。
そして、屍鬼神に依代にされた人間はというと『憑依されたと同時にその人物の魂は喰われ、消滅する』…つまり、人間としてのオサムとエンネアは今回で死…否、消滅したというわけです。合掌…