リリカルBASARA StrikerS -The Cross Party Reboot Edition- 作:charley
今回も例に漏れず、カオス極まる一話になっていますので、読んだ後の胸焼けにご注意ください(笑)
ヴィータ「リリカルBASARA StrikerS 第七十三章 はじまるぜ」
成実「姉御~。ここは『はじまるぜんざい、白玉入り』って言わねぇと」
ヴィータ「言うかぁぁ!!」
ミッドチルダ北部――ベルカ自治領・聖王教会本部
300年以上の歴史を誇る次元世界最大の宗教『聖王教』の総本山であったこの地は風光明媚な各地の教会の中でも一番有名且つ荘厳と評されていた由緒正しい土地であった。
ビルのような無機質な建物とは違い、教会本部の大聖堂はその建物自体が芸術といえるほどの豪華さを誇っていた…
しかし数か月前――
異世界から突如として現れた少年、大友宗麟と彼が持ち込んだ異世界のとある異教によって、その荘厳な伝統と清らかな風習は、見事なまでに根こそぎ破壊されることとなる。
宗麟が持ち込んだのは、異質かつ混沌極まる信仰体系『ザビー教』。
彼の世界で“愛”を説く謎の巨漢宣教師・ザビーを教祖とするこの宗教は、「戦乱の世を愛で治める」とのスローガンこそ掲げてはいるが、実態は――イロモノ、銭ゲバ、インチキ集団…
そのどれを取っても説明しきれない、むしろ“カルト”の枠組みすら生ぬるい、混迷と胡散臭さの権化とも言うべき邪教である。
本来ならば、そんな異世界産の妄信など歯牙にもかけないはずの聖王教会であった。だが――
よりにもよって、ある“重要人物”がこのザビー教にハマってしまったのが、すべての悲劇の始まりであった。
その名は――カリム・グラシア。
教会騎士団に所属し、類まれな賢明さと希少なスキルでそれなりの権威を持っていた彼女が、いの一番に――いや、この場合は“真っ先に洗脳された”と言った方が適切か――ザビー教に取り込まれてしまったのだ。
カリムという後ろ盾を得たことで、ザビーの“教え”はさながら庭に放たれたミントのごとく、瞬く間に教会中に蔓延。
もはや聖王教会本部は、ザビー教のミッドチルダにおける“植民地”と化していた。
教会の信仰対象であった、金髪に赤と緑のオッドアイを持つ痩躯の美女――“聖王”オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの肖像や彫像は、今やどれも撤去され、代わりに並ぶは、整えられた髭とトンスラ頭、くどい顔つきに巨岩のような丸太体型のオッサン――“愛の宣教師”ザビーの肖像や彫刻ばかり。
さらに、教会内の装飾も、ザビー教の象徴色たる金と虹色を基調とした、目に痛いほどの極彩色に染め上げられ、もはや聖域の面影はどこにもない。
ザビー教における“聖母”――つまり実質的な教祖代理の立場に就いたカリムを筆頭に、教会に集う信徒のほとんどが、もはや聖王オリヴィエではなくザビーを崇めるという、目も当てられない有様となっていた。
そればかりか、ついにはこの施設の名称すらも「聖王ザビー教会」なるふざけた呼び名へと“改称”されてしまう始末である。
そして今日もまた―――
「テーマパークぅぅ!?」
教会騎士団の一人であり、カリムの秘書兼護衛役でもあるシャッハ・ヌエラは、信じがたい新情報に思わず絶叫した。
それは、今や数少なくなった純粋な“聖王教徒”として正気を保ち続ける数人の修道女の一人から聞かされた――カリムと、彼女をザビー教へと引きずり込んだ張本人・次元漂流者 大友宗麟による“次なる狂気の計画”だった。
現在、シャッハたちが身を寄せているのは、教会本部の敷地内でもひときわ外れにある古びたプレハブ小屋。
もとは庭師たちの休憩所だったが、教会がザビー教に乗っ取られて以降は、シャッハをはじめとする“正統派”聖王教徒の秘密の集会所と化していた。
もっとも、当初は20名近くの修道士や修道女がここに集っていたものの、日を追うごとにその数は減少。ザビー教の魔手に落ち、今やシャッハ以外に自我を保つ者は、せいぜいあと2、3人しか残っていない。
「は、はい……! なんでも、教会本部の庭園をまるごと使って、観覧車やメリーゴーランド、ジェットコースターまで設置するって……」
修道女の一人が、目に見えて怯えながら告げる。
「“愛に満ちたテーマパーク”として顧客を呼び込むためだとか……! あの大友宗麟って子供と、騎士カリム様が共同で計画してるそうで……その名も『ベルカザビーランド』って……」
「冗談じゃないわよ!? 神聖な教会本部を遊園地にするなんて……!」
シャッハは額を押さえ、頭を抱える。
「よりにもよって、あの金髪チビだけじゃなく、騎士カリムまで何考えてるのよ……!」
それを聞いた別の修道女が嘆く様に天を仰ぎながら言った。
「騎士カリム様の変貌ぶり、日に日にひどくなってる気がします……! 私が耳にした話では、例の“ザビッシュ”の通販サイトまで立ち上げて、ザビー教に鞍替えした信者の農家と提携して、クラナガンや周辺都市にまで卸売を始めたって……」
「ザビッシュって…?」
シャッハにカリムのテーマパーク化計画を教えた修道女が尋ねた。
「ほら! 例の宗麟って子が、本部の温室から植物を全部引っこ抜いてまで栽培を始めた……彼らが信仰してる“ザビー”とかいう得体のしれない男の顔そっくりな模様のある気色悪いカブみたいな野菜のことよ!」
その話を聞いて、シャッハはますます頭を抱えた。
一度混沌に染まった信仰は、もはやカルトを通り越してインチキビジネスとしての道すら歩み始めていたのである。
「シスター・シャッハ! もう、どうにかならないんですか〜!? このままじゃ、教会は完全にあの“ザビー教”に乗っ取られちゃいますよ!」
「そんなこと、私にだってどうにかできるなら、とっくにやってるわよ! でも、私やロッサがどれだけ説得を試みても、騎士カリムはまるで耳を貸さないのよ……!」
カリムがザビー教に傾倒し始めて以来、シャッハは、カリムの義弟でもある時空管理局本局の査察官――ヴェロッサ・アコースと共に、幾度となく彼女の目を覚まさせようとしてきた。
しかし、すべては無駄に終わった。
それどころか、今ではザビー教のミッドチルダにおける“女神代理”として権勢を振るう気でいるカリムは、宗麟とタッグを組んでシャッハやヴェロッサにまで執拗な勧誘を仕掛けてくる有様だった。
宗麟に至っては、最近ではシャッハのことを勝手に「ニューソードマスター」とかいう称号や、「パッツン」だのと、洗礼名まで付けてきている。
ちなみにその洗礼名の由来は、彼女のトレードマークである赤紫色の整ったおかっぱ頭らしいが――シャッハにとっては、冗談では済まされない屈辱以外の何ものでもなかった。
「……とはいえ、さすがに教会本部を遊園地に改造されるなんて、もう我慢の限界よ! 今度こそ、本気でカリムを説得してくるわ!」
「えっ、シスター・シャッハ!? 待って、危ないですってば!」
修道女たちの制止も聞かず、シャッハ・ヌエラはプレハブの扉を勢いよく開け、怒気と決意を背負って飛び出していった。
中庭を抜け、聖王教会本部の荘厳な建物へと足を踏み入れたシャッハ・ヌエラは、憤怒を燃やす眼差しのまま、主であるカリム・グラシアの執務室の前に辿り着いた。
そして、深紅に塗られた重厚な扉を、ノックの礼儀も忘れて勢いよく押し開ける。
「騎士カリムッ! 今日という今日は、はっきり言わせていただきますからねッ!!」
怒声を上げながら部屋に踏み込んだシャッハの視界に飛び込んできたのは、――信じがたい光景だった。
部屋の奥。本来ならば聖王教会の象徴たる清らかな祭壇が置かれているはずのそこに、“御神体”さながらの扱いで、異様なオーラを放つ巨大な物体が鎮座していた。
それは、教祖ザビーを思わせる――いや、彼をマスコット風にデフォルメしたような不気味な巨大着ぐるみで、マネキンに掛けられる形で神々しく(?)展示されている。
そして、その異様な像に向かい、感涙すら浮かべながら見上げている二人の人物がいた。
「ふふふ……ついに完成しましたよカリーム! 我がザビー教団が誇るプリティーマスコッツ――“ジャンボザビー”くん!!!」
誇らしげに声を張り上げるのは、次元世界を越えてやってきた愛を語る異端児――大友宗麟。
かつては戦乱の日ノ本にあって九州は豊後の大大名『大友家』の当主として知られた彼は、今や聖王教会本部……改め『聖王ザビー教会』における二大最高指導者の一人である。
その隣には、かつて清廉なる聖王騎士と謳われた、女性――カリム・グラシアの姿があった。ちなみに彼女。これでも一応、時空管理局機動六課の後見人の一人でもある。
だが合掌しながらこの狂気の着ぐるみに祈りを捧げる今の彼女は、もはや別人だった。
「なんて素晴らしいの……宗麟君! この圧倒的包容感に溢れた背中、くどくも高貴なそのお顔立ち……まさしく夢の中で私に降臨なされたザビー様のお姿そのままだわ……!」
その虹色に輝く瞳は、もはや正気の光を宿していない。
着ぐるみに祈るように手を合わせるその姿には、かつての聡明さも威厳も、欠片すら残されていなかった。
「これさえあれば、より多くのミッドチルダの人間にザビー様の愛を教え伝えることができることでしょう!! このジャンボザビーくんを、ザビーランドの目玉キャラクターにすれば、各所の客入りも鰻登り!!」
「そうすれば、教団の信者も更に増えることになるわ! あぁ、流石は宗麟君! まさにザビー様から直にその教えを受け継ぎしグレートティーチャーだわ!」
「とんでもない!! 全てはカリーム! “聖母”たる貴女のザビー様への愛の強さが故!」
やたら息の合ったふたりは、まるで結婚式のような雰囲気で互いの手を取り合い、“御神体”ジャンボザビーくんの前で唐突に踊り出した。
「「ザ〜ビザビザビザビザビザビザ〜〜♪」」
「『ザ〜ビザビザビザビザビザビザ〜♪』…じゃねぇえええぇぇぇぇぇッ!!」
シャッハの魂の叫びが、執務室の天井を揺るがす勢いで響き渡った。あまりの勢いに、部屋の空気すら一瞬止まったようだった。
そこでようやくカリムと宗麟の視線が部屋の入口にいたシャッハへと向けられる。
「あら? シャッハ。いつの間にここにいたの?」
「30行前から、ずっといましたよ!! ……っていうか、なんですかそれは!?」
怒鳴りながら指差したのは、部屋の奥に鎮座する巨大なザビー型着ぐるみ――否、“神々しき御神体”ジャンボザビーくんである。
カリムは満面の笑みを浮かべ、誇らしげに胸を張った。
「フフフ……驚いたでしょう? これこそ、私の直筆デザインから生まれたザビー教団の新たなる象徴。名付けて、“ジャンボザビーくん”!!」
「ジャンボザビーくぅぅぅぅぅぅぅぅん!???」
思わずシャッハの声が裏返った。
「イエース! どうですパッツンシャッハ? ザビー様を完璧に再現したこの愛くるしいお姿は!? ミッ◯ーにもピカ◯ュウにも引けを取らぬ、まさにワールドワイドなプリティーマスコッツ!!!」
「やかましいわ!! そんな版権事情で色々と面倒なボケを平然とぶっこんでくんじゃねぇよ!! っていうかそんなもんと横一線に並べたりしたら世界中のディ◯ニーファンやポケ◯ン信者が助走つけてぶん殴りにくんぞ!! あと、さり気なく洗礼名で呼ぶのもやめろぉぉぉ!!」
得意満面で語る宗麟に、シャッハは白目を剥きながら全力のツッコミをかました。
「ちなみに、まだ構想段階なんだけど、ジャンボザビーくんのライバル役として、あなたをモデルにしたマスコットも考案中よ! 名付けて――『ジャンボなまはげシャッハちゃん』!」
そう言いながらカリムが掲げたパネルには、やはりジャンボサイズの着ぐるみ風にデフォルトされたシャッハのイラストが描かれていた。
その姿を目にした瞬間、シャッハの顔が引きつる。
そこには、顔面が鬼のように真っ赤で、おかっぱ頭からは見事なツノが二本。腰には藁を巻いて、トレードマークの双剣型デバイス「ヴィンテルシャフト」は、なぜか二振りの出刃包丁へと姿を変えられていた。
「って、なんで私がそんな得体の知れないバケモンみたいなキャラにされてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
絶叫するシャッハ。だがカリムは、どこ吹く風とばかりにさらりと答える。
「バケモンじゃないわよ、シャッハ。これは“なまはげ”…」
「どうでもいいですよッ!! そんなことは!!」
シャッハは、今まさに現実から逃げ出したくなるような表情で頭を抱えた。
「いいですか! 騎士カリム!! 貴女はですね!? 仮にも、この聖王教会において一目置かれた由緒正しき騎士なんですよ!!?」
それでも怒りのままに机を叩きながら、ついにシャッハは説教モードに突入した。
「それがなんですか!? 今の貴女はというと…騎士の仕事もそっちのけで、毎日毎日こんな訳の分からないことばっかりして…! そのたびに私に怒られて…! 恥ずかしくないんですかぁぁぁ!!?」
次々と溢れ出る怒号に、カリムはどこまでもマイペースだった。
「だってぇ〜、最近はザビー教のビジネ…コホン。布教活動が忙しくて」
「いま、「ビジネス」って言いかけましたよね!? 「ビジネス」って言おうとしたでしょ!!?」
シャッハは声を荒げ、ついに最後の一線を越えた。
「とにかく!! 貴女はただの騎士じゃないんですよ!? この教会本部をね! 背負って立つお人なんですよ!!」
「え〜、でもこんなバカにでかい教会、背負って立とうとしたら重くて潰れちゃうじゃない?」
平然と放たれたカリムの返答に、シャッハは一拍おいて――
「いやホントに背負ってどうするんですかッ!! 大喜利してんじゃないんですよぉぉぉぉぉ!!!」
その瞬間、ついに彼女の堪忍袋の緒が――完全に――音を立てて千切れた。
「なんていうバカリム!! この世界一のバカ騎士!! バカリムがぁぁぁッ!!!」
叫びとともに、執務室内は静寂に包まれた。
シャッハは涙目で床に崩れ落ち、両手を天に掲げるようにして嘆き始める。
「ああああぁぁぁっ! 嘆かわしいぃぃぃぃ!!」
十字を切りながら泣き崩れる彼女。
その脇で、当の“バカリム”本人はというと――
「世界一かぁ……」
どこか遠くを見つめるような表情で呟いた。
(あっ……ようやく目を覚ましたか?)
シャッハが内心ホッとしたのも束の間―――
「ふふっ……かっこいいわね…!」
「だああああああああぁぁぁぁぁッ!!?」
そうドヤ顔を浮かべるカリムに、全身の力が抜けたシャッハは派手にずっこけた。
「聞いた? 宗麟くん、私、“世界一”になっちゃったわ!」
「素晴らしい! “世界一”の称号はまさに“聖母”たる貴女に相応しい二つ名! これから新たに大々的に宣伝していきましょう!」
舞い上がるバカリム&
「判ってない……こいつら、何も……判ってない……」
呟くように最後のツッコミを絞り出すと、そのまま力尽きて沈黙したのだった――。
*
その夜―――
シャッハは自室にて、今はこの教会では数少なくなってしまった本来の『聖王オリヴィエ』の肖像画を前にろうそくを灯すと、その場に腕を組んでしゃがんでいた。
「聖王様…そしてこの教会のご先代の教会騎士の皆様……どうか一介の修道女に過ぎませんが、このシャッハ・ヌエラめの話を聞いて下さいませ…」
シャッハは今の教会の現状を本来のこの教会の信仰神である『聖王オリヴィエ』に報告する。
「今日も今日とて…騎士カリムのあのようなお振る舞い……秘書として、私はもう限界を感じ始めております。理性の糸が今にもはち切れんと軋む音が、日々耳元で鳴っている気すらいたします……!」
そして始まる、聖王への“懺悔という名の毒舌全開タイム”。
「かつてはその類まれなるレアスキルとそれに恥じぬ聡明さを兼ね揃え、地上本部にもその名を轟かせ、気品と聡明さを備えた名騎士と称えられた、あの騎士カリムが……あろうことかあんな意味不明なインチキ銭ゲバ邪教に担ぎ上げられて、奇行かあこぎな金儲けばっかの毎日……!」
唇をかみしめ、肖像画を見上げる。
「こんなこと、あっていいんですか!? いいわけないですよね!? オリヴィエ様ァッ!!」
拳を握りしめ、ついに言ってしまった。
「正直申し上げて…今の騎士カリムは、ただの“アホ”です! いや、はっきり言って……“バカ”です!!」
言葉は止まらない。暴走モード全開。
「それも…ただのバカじゃありません! あれはもう希少種レベルのバカ……いわば、“珍バカ”ですッ!!」
“補佐役”という立場も、今はもはや一時休止。
シャッハのカリムに対する陰口は止まらない。
「このままいけば、当教会どころか他の支部…ひいてはこの聖地ベルカの住人達にまで『ザビー教』が侵食し――バカと銭ゲバの感染が拡大しかねません!」
シャッハは勢い余って立ち上がると、オリヴィエの肖像画を祀った小さな祭壇に詰め寄り、思わず叩くようにして訴えた。
「“バカパンデミック”ですッ!! オリヴィエ様が愛したこのベルカが……金と欲に塗れたバカ共の巣窟に成り果ててしまうかもしれません!!」
脳裏に浮かぶのは、聖なるベルカがザビー教信者に支配され、ザビーコールと金ピカ装飾で彩られた狂気の国へと変貌する光景。想像しただけで身の毛がよだち、シャッハは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「そうなったら……聖王教始まって以来の大惨事です!」
涙ぐんだ目でオリヴィエの肖像を見上げ、絞るように叫ぶ。
「聖王様……! あのどうしようもない“珍バカ”に成り果てた主や、この教会にバカウイルスを撒き散らしてやまない、あの
シャッハが嘆きの声をあげていたその時、室内に小鳥の囀りのような電子音が鳴り響いた。教会の通信システムが着信を告げていた。
シャッハは慌ててホログラムコンソールを起動し、受信された通信を確認する。ホロスクリーンに映し出されたのは、昼間にも話し合った、数少ない理性を保った修道女の一人――シスター・デボラの顔だった。
《あの……シスター・シャッハ……!》
「どうしたの? シスター・デボラ」
彼女の顔は青ざめ、瞳は不安に揺れていた。それを見た瞬間、シャッハの中に不穏な予感が走る。
まさか……またカリム、いや“バカリム”と
そう思いながら、シャッハはごくりと唾を飲み込み、デボラの口を見つめる。だが、返ってきた言葉は予想の遥か斜め上を行っていた。
《そ、それが……聖王教枢機卿団の方から、騎士カリム宛に『告示状』が届いたんです……!》
「……はぁっ!? す、枢機卿団から!?」
あまりの事態に、シャッハの顔からも血の気が引いていくのを感じた。
聖王教の組織構造は、なかなかに複雑だ
信仰の頂点に立つ存在は、かつて“聖王”と呼ばれたオリヴィエ――本来であればその血統が教団の象徴であるべきだった。しかし、オリヴィエには子がおらず、後継は存在しない。
よって、現在“聖王”の座は象徴としての空位となっており、実質的な最高権力を握っているのは、その下位にあたる『枢機卿』と、補佐役の『枢機卿団』である。
当代の枢機卿はヴァルガン・クレメンス・ヴァルトシュタイン―――
シャッハ自身は直接の謁見こそ叶っていないが、聖王教の教えを厳格に守り、重厚な威厳と精神性を兼ね備えたその人物像は、まさに信徒の鑑といえる存在として有名だった。
ちなみに、ヴァルガン枢機卿と彼の率いる枢機卿団はこの聖王教会本部にはいない。
彼らは基本的に首都クラナガンにある教会本部に並ぶ聖王教会の重要な『聖王庁』と呼ばれる施設に常駐していた。
そんなヴァルガン率いる枢機卿団から、直々に届いた“告示状”…
ただの警告などで済むはずがない。これは明らかに――非常事態だ。
シャッハは震える指先でホロスクリーンを操作し、カリム宛に届いた“告示”の内容を開いた。
ホログラムに浮かび上がる文章を目で追ううちに、彼女の顔から血の気が引いていく――
数秒の沈黙…
そして次の瞬間、教会中に響き渡るほどの絶叫が炸裂した。
「こ……こ、こいつぁてぇへんだあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
あまりの衝撃に、修道女としての矜持も口調も吹き飛び、べらんめえ調で絶叫を上げるシャッハ。
混沌極まる教会本部に聖王オリヴィエが齎したのは“救い”などではなく――教会全体を揺るがす“とんでもない一大事”だった。
*
そして、翌朝―――
「騎士カリム!! 大変です!!」
かき込む様に朝食を食べ終えたシャッハは取るものも取り合わず、真っ先にカリムの執務室へ向かい、ドアを勢いよく開け放ち、駆け込んだ。
中では、カリムと宗麟が相も変わらず、ジャンボザビーくんの着ぐるみに改良を加えるための会議を続けていた。
「なんですか、パッツンシャッハ? そんなに血相変えて…イボ痔でも悪化しましたか?」
「ちげーよ!!…ってか誰がイボ痔だドアホ!!痔なんか患ってねぇよ! いいから、すっこんでろ金髪チビ!!」
不謹慎極まりない冗談を飛ばす宗麟を肘で押しのけながら、シャッハはカリムの前へ詰め寄った。
「それより大変です、騎士カリム! これを……これを見てください!!」
彼女は昨夜、枢機卿団から届いた“告示状”を印刷した紙を、震える手で差し出した。
カリムが内容を確認し──ミッドチルダ文字が読めない宗麟にもわかるように、書かれたその文面を読み上げる。
「ふむふむ…
“拝啓 聖王教会本部 カリム・グラシア様。最近、貴殿は教会本部において宗教的逸脱と体制転覆の疑いのある邪教徒を匿い、事もあろうにご自身もその思想に触発され、聖王教の教えに悖る素行、発言を繰り返されているという某信者からの告発を受けました。従って、我々聖王教会枢機卿団は直ちにその真偽を確かめるべく特別査察団の派遣を決定しました”
……来訪予定日は……まぁ、明日だわ──」
読み上げるカリムの隣で、宗麟が憤慨しながら口を挟んでくる。
「なぁんですと!? “宗教的逸脱と体制転覆の疑いのある邪教徒"とはけしからん連中ですね! そんな蛆虫みたいなヤツらがこの教会の一体どこにいるのです?!」
「そうだわ! それにそんな邪教徒に触発されただなんて不届き者はどこの誰なのかしら?」
「いや、お前らのことだよ!!!」
跳ね上がるように絶叫したシャッハの声が、執務室にこだました。
とうとう、カリムに面と向かっても臆する事なく、暴言を発する程に彼女の焦燥は緊迫したものとなっていた。
シャッハの絶叫が響いた後の数秒──室内には、奇妙な沈黙が流れていた。
だが、その静寂を破ったのは、やはりこの二人だった。
「「……オォォウ・マイ・ザビー!!」」
突然、宗麟とカリムが揃って天井を突き抜けんばかりに天を仰ぎ、舞台役者も真っ青の大絶叫を上げる。
床を地団駄で踏み鳴らし、まるでミュージカルの一幕のように回り出す始末。黄金の光が舞い、なぜかBGMまで脳内再生された。
「この素晴らしきザビー教を“邪教”呼ばわりするなんて!! なんたる冒涜! なんたる罰当たり!」
宗麟が顔を真っ赤にして吠える。怒りのあまり、手に持っていた分厚いザビー経典を振り回していた。
下手すれば誰かの頭に直撃しかねない勢いだ。
「全くだわ! しかもこの神聖なるザビー様の為の聖域を査察ですって!? そんな不敬者にはこのノストラダムスカリムがザビー様に代わってお仕置きだわ!」
カリムは指を天に突き上げ、謎のポーズを決める。エフェクトも出た(気がした)。
シャッハは冷や汗をぬぐいながら、額をピクピクと震わせる。
「いやいやいやそうじゃなくて、お仕置きされるかもしれないのは貴女の方なんですってば! 騎士カリム!!」
カリムの肩をガシッと掴み、シャッハが必死に叫ぶ。その瞳はもはや諦めと絶望のはざまに漂っている。
「つまり、聖王教会上層部は貴女を『得体のしれない邪教に毒された“異端者”』の疑いをかけてるってことですよ! ただでさえ、神聖な教会本部を勝手にこんなキンキラゴテゴテの悪趣味極まりない無法地帯に改装してしまって――」
そこまで言ったところで、宗麟が割って入る。
「無法地帯とはなんですパッツン!? 愛と夢とお金の楽園 『ザビーランド』と呼びなさい!!」
「じゃかぁしい! お前は出てくんなよ金髪チビ! ってか今、ぼそっと本音出たよな!? 小声で"金”って言っただろ!?」
振り返りざま、全力でかまされる何故か関西風のツッコミ。
「いいですか――」とシャッハは気を取り直し、カリムに顔を向けてさらに訴える。
「もし今のこの教会や貴女の有り様を査察団に見られでもしたら、貴女は聖王教会から破門…否、絶縁という名の永久追放になること間違い無しですよ騎士カリム! 確実に! 即刻! 問答無用で!!」
まるで呪詛のような迫力でまくし立てるシャッハに対し、カリムはどこ吹く風である。
「破門? 永久追放? 上等じゃないの」
言い放ったカリムは不敵な笑みを浮かべ、椅子に深々と座りなおした。その眼はまるで、悪ノリする子供が怒られる直前のあの特有の光に似ている。
「ザビー様の“愛”に理解を示そうとしない頭の固い方々風情に、このノストラダムスカリムを止められると思って? なんなら、先方が寄越してくる連中を、宗麟君から譲ってもらったこの『国崩し』で、まとめて愛の名の下にデストロイしてあげるわ!」
そのまま彼女は、ガタッと引き出しを開け、どこから取り出したのか黄金に輝くバズーカ砲を肩に担ぎ上げた。ファンシーなピンクのハートマークとミッド文字で「FOR LOVE」のロゴ入りである。完全に狂っている。
「いやだから、真っ向から迎え討ってどうするんだっつってんでしょうが!!」
もはやツッコミに敬語は存在しない。シャッハは頭を抱えながら嘆くように叫んだ。
「お願いですから、少しは真面目に考えてくださいっ、騎士カリム!! これは下手をすれば、聖王教会が二つに割れかねない、由々しき大事件なんですよ!?」
シャッハの悲鳴にも近い叫びに、バズーカを肩に担いだままのカリムは、首をコキンと傾けた。
「じゃあ~、どうすればいいのよォ~?☆」
その語尾に☆がついてるような軽やかすぎる調子と、完全に素で言ってる聖職者らしからぬ「のよォ~」の響きに、シャッハは顔面の筋肉がピクピクするのを止められなかった。
(落ち着けシャッハ…今は目先の問題を打開する事だけに集中なさい…!!)
一瞬で宗教観が揺らぎかける自分をぐっと引き戻し、シャッハは深呼吸しながら必死に言葉を紡いだ。
「……本当は今すぐ、あなたにザ――」
「い~や!」
「聞けよ最後までッッ!! せめて『ザビー教を棄教してもらうのが最善なんです』ぐらいまでは我慢しろよ!!」
ツッコミで机がバンと鳴る。
「……はぁ。……まぁ、はい。予想通り1000%無理ですよね! わかっていました! ですので…非常に……ものすごぉく! 不本意ではありますが、明日来る査察団には、私が何とか取り繕います。嘘も方便、必要悪です……なのでお願いですから、貴女は! 余計なことをせず! 黙って査察が終わるまでこの部屋で大人しくしていてください!! わかりましたね!?!?」
「そう。わかったわ…」
シャッハの提言にカリムは素直に頷きながら、バズーカをデスクにしまいながら、座り直すと…
「つまり私と宗麟君は、査察団の方々がここへ来たら、ザビー茶とザビ菓子を振る舞いながら、このジャンボザビーくんを披露して、そのラブリーオーラでお客様をノックアウトすればいいのね! リブイット☆ザビー♪」
「ちがああああああああああああああうッッッ!!! ここまで説明して、どうやったらそんな解釈に至るんだよ!!? このバカリムゥゥゥゥ!!!」
良いドヤ顔を浮かべながらサムズ・アップするカリムに、シャッハの魂の悲鳴と怒号の合わさったツッコミが、カリムの執務室を突き抜けて教会の大聖堂にこだまし、信徒たちの祈りを一瞬止めたとか止めなかったとか……。
*
そんなわけで始まった――教会騎士シャッハ・ヌエラによる孤軍奮闘の戦い―――
いや、これはもはや戦いなどという生ぬるいものではない。
騎士カリムのほぼ失われたも同然な威厳と名誉を偽装し、聖王教会の尊厳と体裁を守るための、絶望的なザビー汚染除去ミッションであった。
その夜…
彼女は一切の休息をかなぐり捨て、物理的かつ力業でザビー教の痕跡を隠蔽する作業に取り掛かった。
まずは教会本部中に監査の話と共に「明日一日、公の場で「ザビー教」とそれに関連するワードを口にした者は軒並みタイキックで空に打ち上げの刑に処す!」という御触れを発令して、教会内にいる全てのザビー教信者に余計な事を言われない様に封じ込めにかかった。
それから、正面玄関にそびえ立つ、黄金のザビー像(高さ約3.5m・両目にLED内蔵)に、聖王教会の紋章入りバナーをバッサリ被せて“修繕工事中”感を演出。
さらに礼拝堂や回廊にずらりと並ぶ、ザビーの肖像画・胸像を、ひとつ残らず物置へ撤去・封印。
その他、あらゆる悪趣味な装飾品・調度品を本来の聖王教の質素倹約をモットーとした無難なデザインのものに置き換えていくのだった…
そして夜が明ける前になってなんとか、教会の内装は清廉なる聖王教会の姿を取り戻し…ったように偽装することができたのだった。
――そして、査察当日。
シャッハ・ヌエラは、約束の刻限より一時間も早く、聖王教本部に併設されたヘリおよびVLOT(垂直離着陸式軽輸送機)専用ポートに佇んでいた。
黒の修道騎士服は完璧に整えられ、髪も一糸乱れず結い上げられ、微笑みもおそらく百回は鏡の前で練習したものだ。
だが――その完璧な外装の内側では、心の警報ベルが鳴り止む気配がなかった。
額にはうっすらと冷や汗が浮かび、口元では既に念仏が発動している。
「……細工は流々、仕上げを御覧じろ……細工は流々、仕上げをザビーじろ――あっ、間違えた…」
その目は、明らかに“悟り”を開きかけた者のそれだった…
そのときだった――
空が裂けるようなエンジン音が鳴り響き、空から一機の査察用シャトルが降下してきた。
漆黒の船体に銀の聖王教紋章が輝き、「仕事は容赦なく降ってくる」という現実を体現するかのように、機体は教会本部の真上を悠々と滑空し、ゆっくりとポートへと降下してゆく。
重低音とともにシャトルが着陸すると、エンジンが徐々に静まり、次いで機体側面のハッチが開き、銀のタラップが自動で展開された。
「――聖王教枢機卿団・特別査察チーム、ただいま到着した!」
その宣言とともに、ぞろぞろと現れたのは、シャッハの修道服よりも三段階は格上の特製織布を身にまとった、威厳に満ちた修道士たち。
全員が無駄に姿勢が良く、顔もどこか法令集に挿絵として出てきそうな“正しすぎる顔”をしている。
中でも――
先頭に立つ一人の男が、明らかに別格のオーラを放っていた。
灰が混じる黒髪をぴっちりとオールバックに撫でつけ、角縁の色眼鏡越しに光を宿した鋭い視線。
その歩みは、あたかも床に“規律”を刻むかのように一歩一歩正確で、見ているだけで胃が痛くなるタイプの人間である。
「――貴官が、応対の責任者か?」
男はシャッハに歩み寄りながら、問うた。声には無駄な抑揚が一切なく、代わりに“こちらの失点を一語一句聞き逃さないぞ”という鉄の意志が滲んでいる。
「はっ、はい。わたくし、教会本部付騎士、シャッハ・ヌエラと申します。本日はご多忙の中、わざわざのご足労まことにありがとうございます」
姿勢と発声だけは完璧――だが、声が半音上ずっていた。
「ふむ」
短く唸った男は、軽く顎を引き、わずかに眼鏡を押し上げた。
「私は、聖王教枢機卿団直轄の査察騎士、ヴレヴィス・ヴァルター。今回の査察の目的――いまさら確認するまでもあるまいな?」
名乗りと同時に浴びせられたのは、声という名の精神圧である。
ヴレヴィス・ヴァルター――その名は、教義違反の微細な齟齬すら見逃さぬ“歩く戒律書”として知られ、枢機卿団の中でも特に“融通が利かない男”として恐れられていた。
(嘘でしょ!? よりにもよって、この人が来るなんて……! 神様、これは試練ですか? それとも公開処刑の前座ですか……!?)
その冷徹な視線の圧にさらされながら、シャッハは必死に思考を巡らせ、言葉を繋ぐ。
「え、ええっと……もちろんです! そ、それでは早速、本部をご案内いたしますっ! ど、どうぞ!」
「うむ……。わかっていると思うが、本日の査察で、少しでも教義に反する不正が明らかになれば、ヴァルトシュタイン枢機卿のご命令により、即座にカリム・グラシア女史は本部の管理責任を解かれることとなる。そのことを、肝に銘じておくのだ。シスター・ヌエラ」
「しょ、承知いたしました! 騎士ヴレヴィス……!」
「よろしい。では案内を」
「は、はいっ! こちらへどうぞ!」
こうして、シャッハの教会本部と“
*
シャッハは航空機の発着ポートから教会本部の敷地へと、ヴレヴィスをはじめとする聖王庁査察団を先導していた。
その背後から聞こえてくる、査察団の揃いすぎた足音が、妙に不気味で、心の奥に冷たいものを滴らせる。
(む、無理無理……! 心臓もたないって……ああオリヴィエ様、これは貴女からの試練なのですね!?)
教会本部に入ると、シャッハはすかさず“リニューアル(深夜突貫工事)”を施したばかりの中庭へ案内した。
「こちらが教会本部の中庭でございます。その……先日より中央の聖王像を急遽、改装……いえ、あくまで定期的なメンテナンスの一環でして!」
「ふむ……」
査察団の一人が、壁に掲げられた「聖王オリヴィエの慈愛をあなたに」と書かれた横断幕をじっと見つめながらつぶやく。
だが、その中央の聖王像の体型は――明らかに、記憶していたものの二、三倍に膨れ上がっていた。
「シスター・ヌエラ……確認するが、これは本当に聖王像であるのか?」
ヴレヴィスが、冷めた目で不自然に膨張した像を見つめながら問う。
「えっ!? も、ももも、もちろんでございます! 大きさの違いは……そ、その、防護布のサイズを間違えてしまいまして! はい!」
「……なるほど」
ヴレヴィスたちは無言でその場に立ち尽くし、像を凝視している。
(お願い……これ以上、突っ込まないでぇぇぇぇっ……!)
そんな祈りも虚しく――
「おや、これはこれはお客様ですか? パッツンシャッハ~♪」
「ゥゲッ!!?」
中庭に現れたのは、虹色の騎士服に身を包み、トンスラ頭を輝かせた教会騎士ら数名。そのあまりに奇抜な出で立ちは、目にした瞬間にシャッハの血の気を奪い去った。
「おやおや、こちらは聖王庁の皆様ですね。ハヴァナイス・ザ―――」
「ビイイィィィィィィィィィィィッ!!!」
瞬間、シャッハは反射的にダッシュ。全力のハイキックで彼らを空高く蹴り飛ばした。美しい軌道を描きながら、教会騎士たちは彼方へと飛んでいく。
ヴレヴィスが眉をひそめ、低い声で問う。
「……シスター・ヌエラ。今の者たち、教会騎士団の人間ではないか? 髪型、服装、挨拶……いや、どれを取っても明らかにおかしかったのだが?」
「い、いえっ! あれはその……えっと……仮装礼装実習中の訓練生でしてっ!!」
「仮装……礼装……訓練?」
その瞬間、空気がピタリと静止した。気温が数度下がったかのような錯覚すら覚える。
シャッハは冷や汗を流しつつ、死に物狂いで言葉を絞り出す。
「そ、その……現在、教会本部では“布教の柔軟性”を重視した新たな試みを実施しておりまして! 奇抜な格好を通して一般市民に親しみを持っていただく、体験型ミッション訓練をですね……はい!」
……沈黙。
完全なる静寂が降りた。
(あああああああああなに言ってんだ私はぁぁぁぁぁっっ!!!)
羞恥と焦燥と後悔が、シャッハの内面で三重奏を奏でていた。
「……つまり、あの虹色の騎士服と奇怪な髪型は“体験型布教訓練”の一環と?」
「そ、そうです! えっと、その名も……“聖王オリヴィエ七変化”作戦でして!!」
(オリヴィエ様~~~っ!! 今すぐこの罪深きシャッハに、天罰を~~~!!)
彼女の心の中では、もはや滝行どころか火口にダイブする勢いの懺悔が始まっていた。
「ところで……先ほどの者たちが言っていた『パッツン』とは?」
別の査察官が鋭く尋ねる。
「いえ、それは……その……わ、私のミドルネームでしてっ!!」
「……ほう? すると君の正式な名前は『シャッハ・パッツン・ヌエラ』と?」
「っ……はい、そ、そのように…!」
「ふむ……言いたくはないが、ご両親にはもう少し……ミドルネームのセンスというものをだな……」
シャッハの口元が引きつり、内なる拳が震え始める。表面は笑顔を保ちつつ、その裏で彼女の両手は、今にも“聖なるチョップ”を繰り出す構えを取ろうとしていた。
(センス悪くて悪かったな!!! ていうかミドルネームじゃねぇっつーの!!! どこの親が可愛い娘に『パッツン』なんて名前つけるかボケェェェェェ!!!)
心の中で怒鳴るようなツッコミを上げつつ、シャッハは必死に己の感情を押し殺し、表情を繕った。
だが、その内心の動揺を見透かすように、ヴレヴィスの鋭い視線が突き刺さる。
「……まぁ、我が教団の理念を広く人々に知ってもらうために工夫を凝らすのは、むしろ奨励すべき姿勢ではある。だがな――」
その声音は低く、冷たい硬度を帯びていた。
「聖王庁の正式な許可も得ぬまま、左様な派手な催しを教会の本部内で行うのは看過できんな。ましてや、あの装いでは、ただの無責任な仮装騒ぎと誤解されるのが関の山だ。……シスター・ヌエラ、貴女はその意味が理解できているのだろうな?」
「で……デスヨネェ……」
シャッハは引きつった笑みを浮かべ、必死に話を合わせるものの、声は情けなく裏返り、心の中で冷や汗が滝のように流れていた。
「……教会内部の様子については、おおよそ把握できた」
ヴレヴィスは腕を組み、わずかに顎を引いて続けた。
「だが、今回我々が特に注視すべきは、騎士カリムの挙動に他ならん。私の元に入った報告では、最近の彼女は――」
その目が冷たく光る。
「『聖王オリヴィエ様への信仰を捨て、得体の知れぬ巨漢を新たな崇拝対象としている』……そう聞いているのだが、違うのか?」
「め、メッソウモナイッ……!」
シャッハは文字通り声を裏返し、胸元で両手を組んで必死に弁解する。
「騎士カリムは……今もなお、聖王様への揺るぎなき信仰を胸に刻み、日々祈りを捧げておられます! 本当です!」
だが、ヴレヴィスの視線はさらに冷たさを増し、まるで鋼の刃のようにシャッハを射抜いた。
「――彼女の信仰心の真偽を決めるのは、君ではない。我々審問官の役目だ」
声は静かでありながら、その一言一言が重く、逃れようのない枷のようだった。
「……ともあれ、まずは騎士カリムのもとへ案内せよ。君の言葉の真実、我らの目で確かめねばなるまい」
「か……畏まりました……」
シャッハは小さく身を縮め、震える声で応じると、心の中で(これ以上の試練が待っていませんように!)と必死に祈りながら、本部の中心にある聖堂へと重い足を前へと踏み出した…
*
シャッハは、教会本部の廊下を重い足取りで査察団をカリムの執務室へと案内しながら、胸の内で膨れ上がる不安を必死に押し潰そうとしていた。
(ど、どうしよう……いよいよ来ちゃったわよ。騎士カリムには「とにかく、査察の間だけでいいので、余計なことは一切喋らないで、大人しくしててください!! あと、
頭の中に無限に浮かび上がってくる最悪のシナリオに、足は震え、心臓は嫌というほど喉元で騒ぎ立てる。
背後からはヴレヴィスたち査察団の無言の圧が迫り、冷たい汗がシャッハの背筋を容赦なく伝った。
そして、ついにカリムの待つ執務室の扉の前にたどり着く。
シャッハは小さく深呼吸し、ドアをノックする。
「……失礼いたします…騎士カリム…。聖王庁からの査察団の皆さまをお連れしました…」
シャッハはそう言いながら、震える手で扉を開いた。
その瞬間、部屋の中に広がる光景が彼女の目に飛び込んだ。
そこにいたのは、あの激しく暴走し、ザビー教の奇怪な教義に染まり切ったカリムの姿ではなかった。
机の前に静かに立つ彼女は、以前と変わらぬ清楚な微笑を湛え、落ち着いた仕草で手を胸に当て、静かに一礼する。
「これは枢機卿団の騎士ヴレヴィス。それに査察団の皆様。本日はようこそお越しくださいました」
その凛とした佇まい、柔らかな物腰、澄んだ声。
まさにかつての賢明で穏やかなカリムその人だった。
「……え……?」
シャッハは思わずその場で固まり、目を瞬かせた。
これがあの、ザビー教に染まったはずのカリムなのか? と…。
混乱するシャッハを他所に、ヴレヴィスは一歩進み出て、しかし油断せず、冷静な声で問いを発した。
「騎士カリム…余計な社交辞令は無しにして、早速本題と参りたい。先刻通達したとおり、現在、我々聖王庁では貴女の信仰心について、疑義が生じている。本日、我々はその真偽を見極めに参った。率直に問おう……貴女は今もなお、聖王オリヴィエ様への変わらぬ祈りを捧げていると断言できるのか?」
カリムは、わずかに首を傾け、静かに瞳を閉じた。
「ええ……もちろんですわ」
彼女は毅然とした声で応じ、静かに部屋の奥へと歩み寄った。
「この通り、日夜“聖王様”への祈りは一片たりとも怠ったことはございません。こちらを…ご覧くださいませ」
そう言って彼女がそっと祭壇の扉を開いてみせた。
すると―――
「おおぉぉまいがぁぁぁっっ!!?」
「「「「「ッッッ!!? んなっ!!!!!?」」」」」
次の瞬間、室内の空気は凍りついた。
開かれた扉の先の祭壇に掲げられていたのは――。
聖王オリヴィエ……っと称するにはあまりにも無理矢理…否、無茶苦茶過ぎる肖像画であった。
聖王様の象徴たる金色の髪を青いリボンで纏めた髪型のカツラを無理矢理頭に載せ、目の色を不自然なほど鮮やかに赤と緑に塗り分けてオッドアイに仕立てた濃い顔のオッサン…もといザビーその人だった。
これを聖王の肖像画…などと言い通すにはあまりにも無理難題…というよりも開始前からゲームオーバーも同然の有り様であった。
「……」
一瞬で、シャッハの視界が真っ白になった。
『どうあがいても絶望』な状況に、足元の力が抜ける。
一方で、ヴレヴィスたち査察団は、一様に硬直したまま、ただただ唖然とその異様な肖像画を見つめていた。
査察記録のための帳簿とペンを取り落とす者、十字を切りかけて固まる者、思わず頭を抱える者。
ヴレヴィスは頬の筋肉がひくつくのを止められなかった。
「……騎士カリム……これは一体……なんの悪ふざけだ……?」
声は震え、かすれた。
だが、カリムの微笑はそのまま、まるで聖句を唱えるように静かに、しかし高らかに言い放つ。
「悪ふざけだなどと……とんでもございません。これこそ、私ども聖王教会が三百年にわたり深く信仰を捧げしお方……」
ゆっくりと査察団の方へ振り返り、その目に確信の光を宿して告げた。
「“ザヴィリエ・ザービブレヒト”様です!」
声は荘厳であくまで誠実、その響きはなおも神聖ですらあった。
だが、室内を満たしたのは、言葉にし難い絶望と混沌の空気だった。
「……こ……」
「こ?」
「これのどこが“聖王”陛下だああああああああ!!!!!」
ヴレヴィスの絶叫が木霊し、執務室の窓ガラスが小さく震えた。
「あら? 聞こえませんでしたか? だから、この御方こそ聖王教会が信仰する聖王ザヴィリエ様―――」
「いつから、我らの聖王陛下は、こんな胡散臭い巨漢に成り代わったんだぁぁぁぁぁぁぁ!!? それに名前も違う! “オリヴィエ・ゼーゲブレヒト”様だぁぁぁ!!!」
涼しい顔でしらを切るカリムに、ヴレヴィスの怒声が室内に炸裂した。その表情には、これまで内心で燻っていたカリムへの疑念が、ついに確信へと変わった色があり、さらに自分たちが崇める聖王への侮辱に等しい、この見え透いた偽装工作への怒りが激しさを増していた。
一方で、シャッハは顔を青ざめさせながらも、何とかこの場を収めようと、必死に弁明の言葉を頭の中で探し始めた――その時だった。
「オオォウ・マイ・ザビー!! 『胡散臭い巨漢』とは聞き捨てならないですよーーーー!!!」
突然、部屋の奥から甲高い叫び声が響き渡り――
祭壇とは反対側の壁が、凄まじい爆音とともに粉砕された。立ち上る土煙の向こうから、奇妙な機械に乗った少年――大友宗麟が、勢いよく部屋へと飛び込んでくる。
(ギャアアアアアアアアアアア!!! なんでこのタイミングで、よりによって一番ややこしい奴が来るんだよぉぉぉぉぉ!!)
シャッハは思わず頭を抱え、心の中で絶叫した。
一方、ヴレヴィスをはじめとする査察団の面々は、突如として現れた奇妙な格好の少年と、その少年が駆る見たこともない奇怪な駆動兵器の姿に、一瞬呆気に取られる。だが、すぐにその異様さに我を取り戻し、怒声を上げた。
「貴様、何者だ!? ここをどこだと思っている! 神聖なる教会本部を破壊するとは何事だ!! それに貴様のその乗り物は何だ!? まさか質量兵器ではあるまいな!?」
激昂し、教会騎士団の標準装備である槍型デバイスを起動し臨戦態勢を取るヴレヴィス。
その視線の先で、シャッハは宗麟の駆るその異様な機械に見覚えがあった。ザビーの顔を模した外装に、直接手足のようなものが生え、並行二輪で駆動する奇妙な乗り物――宗麟がこの世界に転送された際、共に持ち込まれた彼専用の駆動兵器だった。確か、以前宗麟は「駆動国崩し」と呼んでいたか…。
「僕の名は大友宗麟! ザビー様の愛の教えを授けるため、このミッドチルダに舞い降りしザビー様の使徒です!」
宗麟は、ヴレヴィスたちの敵意むき出しの視線を一身に浴びながらも、微塵の臆するところなく分厚い辞書の様な経典を片手に名乗りを上げた。
「ザビー様…? だと!? そうか…やはり、貴女は……異世界から持ち込まれた邪教に毒されていたのだな!? 騎士カリム!!」
宗麟の口から発せられた聞き覚えのない名に、ヴレヴィスはすぐさま鋭い視線をカリムへと向け、糾弾する。
もはや取り繕いが通用しないと悟ったのか、カリムは小さくため息をつくと、観念したように口を開いた。
「邪教などではありませんわ、騎士ヴレヴィス。ザビー様の教えは、古き格式に縛られた聖王教会に新たな風をもたらしてくださったのです。この宗麟くんと“ザビー教”のおかげで、私たちは新たに『愛』に目覚めたのです!!」
「ふざけおって! 何が『愛』だ! 結局のところ、そこにいる小童が持ち込んだ意味不明な教えに感化され、聖王教の教義を滅茶苦茶にしただけだろうが!!」
ヴレヴィスの怒声に、他の査察官たちも次々と声を上げる。
「やはり先程の意味不明な格好をした騎士たちも、その“ザビー教”とやらに毒された連中というわけか!? あぁ、なんと嘆かわしい! 神聖な聖王教会の門徒たる者があんな奇っ怪な扮装をするとは…!」
「騎士カリム! これだけの証を突きつけられて、もはや弁解の余地はありませんな?! この件、直ちに聖王庁に報告し、ヴァルガン枢機卿の名の下、この教会に巣食う邪教に毒された異端者共を排斥致します! 無論、貴女にもこの教会本部 管理者代行の座から退いてもらわねばなりません!」
「いや、それだけでは足りぬ! こんな得体の知れぬカルト宗教に毒された者は、即刻聖王教から破門だ!!」
口々に飛び交う糾弾、怒号―――
想定していた中でも、最悪とも言える展開が目前に広がり、シャッハはどうすることもできず、ただ狼狽えるばかりだった。
「み…皆様……! ど、どうか落ち着いて……! ま、まずは事情を説明させていただきたく―――」
この絶望的な状況で、もはや弁解など無意味であることは、シャッハ自身、痛いほど理解していた。
だが、それでも。
目の前で、幼少期から仕えてきた敬愛の主が、聖王教から破門を宣告されようとしているこの場で、黙って見過ごすわけにはいかなかった。
最早、一握の望みすら残されていないことはわかっていた。
それでも、シャッハは破れかぶれの最後の抵抗に賭けようとした―――。
その時だった。
これまで沈黙を保っていたカリムが…静かに、しかし不気味なほど艶やかな声を発した。
「邪教…? カルト…? 貴方達……ザビー様の教えを、まるでわかっていないようですね…ウフフフフ……」
それは、これまでの聡明さと清楚さに彩られた仮面を外し、本性の片鱗を覗かせたかのような、どこか底知れぬ含み笑いだった。
その異様な笑みに、ヴレヴィスたち査察官の間に一瞬、戦慄のような沈黙が走る。
思わず一歩引きかける者すらいた。
「手荒な真似はしたくなかったんだけど……仕方ないわ! 宗麟くん! こうなったら例の“あれ”作戦でいくわよ!!」
「イエス・カリーム!」
カリムの合図に、即座に宗麟が動く。
それは、まるで最初からこうなることを予期していたかのように息の合った動きであった。
「あぁ、ザビー様…! 貴方の底しれぬ『愛』を邪教扱いするこの不届き者達に今こそ貴方様の教えの手を…! それではいきますよ~。レッツ・サンクション! ザビー!!!」
宗麟の合図と共に彼の乗る『駆動国崩し』のザビーの顔を模した本体…その目の部分に該当する2つの砲門から轟音と共に何かがヴレヴィス達目掛けて撃ち放たれた。
一瞬「砲弾!?」と思うシャッハであったがよく目を凝らしてみるとそれは…
「ザビッシュ!?」
そう、宗麟とカリムが教会本部の温室で栽培中のザビー教独自の珍野菜 ザビッシュだった。
「な、なんだ!? その野菜は―――ムグォッ!!?」
あまりの予想外の一撃に、ヴレヴィスたちは一瞬反応が遅れ、気づけば飛来するザビッシュが次々と顔面を直撃!
スパーン! バチーン! パスンッ!
爽やかな香りと共に野菜の断片が口や鼻、果ては耳にまで飛び込み、査察団はあたふたとその場でのたうち回った。
「………お口の中がナイトメアアアアァァァァァァァァァッ!!!!」
虹色の泡を口から吹き出し、ヴレヴィスたちは悲鳴と共に崩れ落ちる。
倒れたその様は、まるでザビー様の“愛の洗礼”を受けた殉教者そのものであった。
「ふぅ~。まずは一丁あがり……」
宗麟がやけに満足げな表情で呟いた、その瞬間――。
「『まずは一丁』じゃねぇええよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
シャッハの怒声が場を震わせた。
目は血走り、声は裏返り、もはや理性のリミッターは完全に外れていた。
「お、おま……おま……! な、なぁんてことをしてくれとんじゃあああああ!? 聖王庁の枢機卿団を…!! こ、こんな……こんな目に……!!?」
ワナワナと震える指が死屍累々な査察団を指し、もはや言葉にならぬ動揺が全身を駆け巡る。
「も、もうダメだわ……! こうなったら、もう戦争よ……!! 宗教内戦勃発だわ!! あああああ! 聖王様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
天を仰ぎ、絶望の叫びを上げるシャッハ。その目には涙すら滲み、顔は真っ青になっていた。肩は震え、まるでこの世の終わりを目の当たりにしたかのようだ。その場で膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえている。
しかし、カリムも宗麟も、どこ吹く風。むしろ、どこか悠然と、まるでこれからがお楽しみであるかのように微笑みさえ浮かべていた。
「慌てないでシャッハ。これはほんの下準備。本題はここからよ! 宗麟君! レッツ・ミュージ~ック♪」
「お任せあれ! カリ〜ム!」
宗麟は気合いの入ったポーズを決めると、軽やかに駆動国崩しから飛び降りた。着地した足元にはヴレヴィスたちの屍――いや、ザビッシュの餌食となり気絶した査察団員たちが折り重なっている。その隙間を縫うように、宗麟はどこからともなく取り出したヘッドホンを次々と彼らの耳に装着していった。その仕草は無駄に優雅で、まるで何かの儀式のようだ。
「一体…何をする気なの……!?」とシャッハが戦々恐々とつぶやくが、宗麟はんふふ~と得意げに笑うだけで答えない。
全員の耳にヘッドホンを装着し終えた宗麟は、再び駆動国崩しに飛び乗った。そして、意味深にぴかぴか光る謎の赤いボタンを、これまた大仰な仕草で押し込んだ。
すると―――
「ザビザ~~~ビザビザ~ビザビザ~ビザビザ~~~~♪」
駆動国崩しのスピーカー、そしてヴレヴィスたちの耳元のヘッドホンから同時に流れ出すのは、もはや音楽とは呼びがたい、謎の怪音波―――
不協和音だらけのうえ、ひたすらに「ザビー」とだけ連呼されるその声。男声コーラスのはずなのに、音程はズレにズレ、リズムもめちゃくちゃ。耳の奥に直接刺さるようなノイズが、場の空気をさらに混沌とさせた。
「な…何なのこの歌…!? いや、怪音!? 頭が…頭が歪むううぅぅぅぅ!!!」
シャッハの顔面はみるみるうちに引きつり、瞳孔はガタガタと震えた。彼女は両手で必死に耳を塞ごうとするが、あまりの衝撃に手がプルプル震えてうまく動かない。まるで頭蓋の内側を泡立ったゼリーで詰められるような、そんな不快感に全身が痙攣しそうになる。
その一方で、カリムはというと――頬を紅潮させ、うっとりと目を閉じ、怪音波を全身で味わっていた。まるで美しいオーケストラの調べに心酔する貴族のような表情だ。
「騎士カリムぅぅぅ!! 一体何なんですかこれはあああぁぁぁぁぁッ!!?」
絶叫するシャッハ。その声も怪音波にかき消されそうになりながら、泣きそうな顔でカリムにすがる。
「まあ見てなさい、シャッハ。もう少しで完成よ」
カリムは穏やかな微笑を浮かべ、まるで台風の目のような静けさでそう言った。シャッハはその言葉に、もはや「完成」の意味を考える余裕すらなく、ただひたすらこの騒音地獄からの解放を祈るしかなかった。
「ん~…そろそろ頃合いですねぇ~……! それではいってみましょう! レッツ・ハッピー・セレモニー!!」
宗麟の声はどこまでも陽気で、もはやここが神聖なる教会の施設であることなど微塵も感じさせない。駆動国崩しのボタンを軽快に叩く。
直後――。
乾いた破裂音と共に、駆動国崩しの両脇から勢いよく紙吹雪が舞い上がった。赤、黄、緑、金銀入り乱れたその紙片が執務室中に舞い散る。
「……っ!?」
シャッハはその光景に呆然と立ち尽くした。紙吹雪の舞う中、気を失っていたヴレヴィスたちの身体がビクリと震え、ガクガクと痙攣しながらも、一斉にその目を見開いたのである。まるで機械仕掛けの人形のように、無機質かつ正確な動きで、彼らはゆっくりと上体を起こした。
「騎士ヴレヴィス! 度重なる不躾極まりない狼藉行為、大変申し訳ございません! 大丈夫ですか!?」
シャッハは血相を変えて駆け寄った。呼びかける声も涙声に近い。
もはや選択肢は一つしかない…全力の土下座と必死の謝罪で、情に訴えかけるのみ。
迫り来る宗教内戦の悪夢を必死に振り払おうと、ただ祈るような思いだった。
「一シスターである私一人の謝罪で許されるものとは到底思っていません!! ですが…ですが、どうかそこを格別のお慈悲をもってしてこの場で見たことは―――」
だが―――
「……良いのです。シスターヌエラ…」
「へっ…!?」
ヴレヴィスの穏やかすぎる声音が、その場の空気を氷のように静止させた。
あれほど剣呑だった鋭い眼光はどこへやら。今や色眼鏡が外れたその瞳には、深い悟りの光が宿り、どこまでも優しげに微笑んでいる。
「…この程度のことで怒ってはいけませんよ。そう……全ては“ザビー様”の空よりも広い『愛』をもって受け入れるのです!」
ヴレヴィスの言葉に含まれていたありえないワードを聞いた瞬間、シャッハの中で別の新たな絶望が巨大な重石となって頭上から落ちてくる。
「き………き、き、き…騎士ヴレヴィスぅぅぅぅぅぅ!!!!?」
喉が裂けるほどの絶叫が執務室に響き渡る。
驚愕、動揺、混乱、そして絶望の入り混じった、魂の慟哭だった。
慌てて周りを見ると、ヴレヴィスだけではない。周囲の枢機卿団の面々もまた、まるで同じ悟りを共有したかのように、揃って晴れやかな微笑を湛えている。顔は安堵と歓喜に満ち、見る者にむしろ不気味な寒気を与えるほどだ。そして……。
「……目が……っ!?」
シャッハの目に飛び込んできたのは、虹色に揺らめく査察団全員の瞳。ザビー教に染められた者たちにのみ現れる、忌まわしき共通の兆候。七色に煌めくその光は、美しさと背筋の凍るような恐怖を同時に放っていた。
「ま…まさか!! 今のザビッシュと怪音の影響で、騎士ヴレヴィスや査察団の方々までザビー教に!!? そ、そんな!! 聖王教会の中枢を担う最高幹部信者までもがとうとうこの邪教に染められてしまっただなんて!!?」
シャッハは膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。目の前の現実が、悪夢であって欲しいと心の奥底で叫びながら――。
だが、次にヴレヴィスの口から漏れ出た一言は、シャッハに目の前の悪夢めいた光景が紛れもなく現実であることを無慈悲に告げた。
「邪教? ザビー様の素晴らしい愛の教えに、貴女はなんてことを言うのですか?」
その瞬間、シャッハの思考回路は一気にショートし、彼女の理性の壁がガラガラと音を立てて崩れ去る。
「ほばあああああああぁぁぁぁ!!!? “素晴らしい”とか言っちゃってるううぅぅぅぅ!! 完全に染められたよこの人。OUTだよぉぉぉぉぉ!!」
頭を抱え、膝から崩れ落ちるシャッハ。まるで世界の終わりを告げる鐘が心の中で鳴り響いていた。そこに、まさに鬼に金棒、悪夢に追撃を加える宗麟の極楽ボイスが響く。
「やっと目が覚めましたかぁ~? そうです、ザビー様は決して忌まわしい者ではありません! 聖王オリヴィエがこの世知辛いミッドの人々に真の『愛』を教えるために、時空を越えて呼び寄せた“友達”なのです!」
宗麟が胸を張って語るその姿は、どこか光背が差しているようですらある。が、それはシャッハにとっては悪夢の光背に他ならなかった。
「嘘つけ! 何勝手な解釈しとんじゃおのれはぁぁぁぁぁ!!」
全身全霊でのツッコミ。しかし、宗麟の言葉にヴレヴィス達はうっとりと酔いしれるように頷き、目を潤ませている。まるで千年に一度の悟りを得た聖者のような表情だ。
「……何故だろう。今では貴方の言葉がよく解る…」
「そうです!ミスターブレブレ! 貴方達も僕らと共にミッドチルダに新しい『愛』の風を広げていきましょう! この大友宗麟! そして、我らが“聖母”ノストラダムスカリムとともに!!」
その宣言に、空気が「ザビー色」に染まったかのようだった。まるでどこからともなくザビー賛歌が流れ出す幻聴すら聞こえてくる。
シャッハは全力でこの世の理を食い止めようと声を振り絞った。
「行ってはなりません! 騎士ヴレヴィス!! 今ならまだ間に合います! どうか引き返してください!!」
だが、その必死の叫びも、もはや彼らには届かない。ヴレヴィス達はまるで舞台に立つ合唱団のように、両手を天に掲げ、声高らかに叫んだ。
「「「「「イエス・ソーリン! イエス・カリーム! イエス・ザビー!!」」」」」
あまりの光景にシャッハの思考は完全にフリーズ。現実感はとうに消え失せ、そこにあるのはただただ混沌だった。
そのシャッハの茫然とした視線に気づいたカリムが、ニコッと爽やかな笑顔を浮かべ、親指をグッと立てた。
「
この世の全ての希望が音を立てて崩れ落ちる音が、確かにシャッハの心に響いた。
「チクショーー!!! なにもかも手遅れだああああぁぁぁ!!!」
シャッハは天を仰ぎ、崩れ落ちるようにその場に倒れ伏すのだった。彼女の絶望の叫びは、聖王教会の屋根を突き抜け、どこまでも虚しく響き渡った……
後日―――
聖王庁へ帰還したヴレヴィス達の報告を受け、早速査察団による審問の結果が、厳か……いや、どこか不安を誘う妙な雰囲気と共に聖王教会本部に通達された。
かの通知書は、白銀に縁取られた重厚な封筒に入れられていたが、その中身は、重厚どころか紙面から溢れ出す狂気と愛(?)の香りで満ちていた。
今も変わらず“愛の聖王 ザヴィリエ様”を深く敬愛していらっしゃるからです。
そして、ザヴィリエ様は新たに愛の神の化身“ザビー”様とその教え子であらせられるグレートスチューデント・ソウリンを遣わし、聖地ベルカに新たな風を呼び込んでいるのです。
私、ヴレヴィス・ヴァルターは新たにザビー様の教えを授かった者の一人として、ノストラダムスカリムを代表とする一派を『聖王教 ザビー派』として正式独立する事を認めます。
これからもミッドチルダの愛の為にがんばってください。
……何だろう。確かに危機は去ったのだ。カリムが異端者として迫害されるという最大の窮地も、これで一応の終焉を迎えた。
だが、その代わりに聖王教会本部には新たな厄災、いや“愛の嵐”が、堂々と公式認定されてしまったのである。
言葉では言い表せない。いや、言葉にした瞬間、あまりの無力感に魂が抜けてしまいそうだ。
シャッハ・ヌエラは、呆然と通知書の文章を追い、その意味を脳内で処理しきった瞬間、ピキリとこめかみを震わせた。
次の瞬間、彼女の手が無意識に通知書を握りしめ――机に、バァン!!! と叩きつけた。
机が鳴る音が、何故か教会本部内の隅々にまで響き渡るような気がした。
そして、シャッハの魂の慟哭とも言えるツッコミが炸裂した。
「作文んん!!!?」
そんなこんなで、超…超超超強硬策ながらも、聖王教会から正式一派として認められることになった『ザビー教』でした。
いやぁ、作者の自分がいうのもあれですけど、怪しい野菜と怪しい音楽で人格矯正&コントロール…ってやってることがバイオハザード4のロス・イルミナドス教団と変わりませんね…(苦笑)
いやぁ、ザビー教サイドの話は書く分には楽しいんですが、書いた後の疲労感は他の話を書いた時よりも格段に強いんですよね…w