リリカルBASARA StrikerS -The Cross Party Reboot Edition- 作:charley
オリジナル版ではもっと後になって家康と会遇していたある人物達をより丁寧に顔合わせさせる為にリブート版ではここで登場させることにしました。
それから、オリジナル版では六課や管理局を取り巻く問題が魔法至上主義一辺倒な雰囲気になってましたが、オリジナル版ではより地上部隊の人材不足やそれによる本局との確執といった問題点も深堀りする為にそれらの描写にも力を入れていこうと思います。
というわけで、超久しぶりの家康&スバル主役のストーリーをお楽しみください。
はやて「っといっても前半は私らメインみたいなもんやけどなぁ…」
ヴィータ「余計な茶々入れなくていいんだよ!」
シグナム「リリカルBASARA StrikerS 第七十四章 いざ参らん…!」
ラコニアの魔竜騒動から一週間が経過し、機動六課にもようやく穏やかな日常が戻りつつあった。
あの激戦を思えば、静けささえ愛おしいと感じられるほどだ。もっとも、その日常にも、今までとはほんの少しだけ異なる光景があった。
それは―――
「ほら、政宗さん。この文字は地球でいうところの『E』って発音するんだよ」
「I see。この世界の言語ってのもなかなか奥が深いものだな」
昼食の時間。柔らかな陽光が食堂の窓から差し込み、木目調のテーブルや椅子をあたたかく照らしていた。
その窓際の一角、いつしか二人のための“指定席”のようになっていたテーブルで、なのはは政宗にミッドチルダの魔法学院などで使われる教科書を片手に語りかけていた。
政宗は隣に腰掛け、片手に箸を持ちながらも、その手は食事よりもページをめくる動きに夢中になっていた。
食堂内にいる六課の隊員たちは、そんな二人の様子にちらちらと視線を送りながらも、あえて声をかけようとはしない。
ある者は意外そうに、またある者は微笑ましげに、彼らの光景を遠巻きに見守っていた。
魔竜事件の後、なのはと政宗がなのはの故郷・地球の海鳴市へと赴いて以来、二人が並んで行動する姿はすっかりおなじみの光景になりつつあった。
だが、誰もが感じ取っていた。単なる行動の一致以上の、親密さ――それまでよりもぐっと距離を縮めた二人の姿を。
「ほら、政宗さん。あ~ん♪」
政宗が教科書の例文を、ややたどたどしい口調で音読していると、なのはがふっと微笑み、箸で白米をつまんで政宗の口元に差し出した。
頬を紅潮させた政宗が、周囲をちらと見回し、声を潜める。
「お、おい! ガキじゃあるまいし、自分の飯くらい自分で食えるっつぅの!」
「だって、私が食べさせなきゃ、政宗さんお勉強ばかりして全然ご飯進まないし…だから。ねっ?」
声には甘えるような響きがあった。なのはの瞳はどこまでも優しく、どこまでもまっすぐに政宗を見つめていた。
政宗はわずかに目を逸らし、恥ずかしさと戸惑いの入り混じった表情でぼやく。
「いや、流石に周りに大勢いるところで、そりゃマズいだろ! それに万が一にも小十郎に見られでもしたらどうすんだ!?」
「大丈夫だよ。小十郎さんは今、畑行ってるみたいだから。だから…今の内♡」
「………Ah~…」
観念した政宗が、ゆっくりと口を開け、なのはの差し出す白米を口に含む。
ほのかな炊きたての香りと、なのはの笑顔とが、胸の奥にまで温かさを運んでくるようだった。
政宗はゆっくりと噛み、少しだけ顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうな、くすぐったそうな表情を浮かべた。
このような仕草を受けるのは、初めてのことだった。
そんな二人の光景を、少し離れた席から眺めていた者たちがいた。
なのはと政宗とはまた違った意味でこちらも今や六課ではおなじみのコンビになったはやてと慶次。
二人は肩を寄せ合い、小声で面白がるようにささやいた。
「あれは間違いなく“クロ”やな?」
「あぁ。九分九厘違いねぇぜ」
はやては手で口元を隠しつつ、くすくすと笑う。
この手の色恋話にミーハーなはやてと慶次は、いち早くなのはと政宗が“マジ”の恋人同士になった事を察していたのだった。
その成り行きに、心底おもしろがっているようだった。
「いやぁ、私も最初はからかい半分であの二人に『偽装恋人作戦』を振ったったけど…まさかそれがホンマの恋に発展してまうとはなぁ…こらまたおもろい誤算やったわぁ」
はやてにしてみれば、かつてセブン・コアタイルとなのはのお見合いを潰すべく軽い気持ちで提案した「偽装恋人作戦」が、ここまで発展するとは思わなかった。
「いやぁほんと。しかも、事もあろうにあの“独眼竜”を落としちまうたぁ、なのはちゃんも清純そうでなかなかやり手だねぇ~」
二人の茶化す声を、もう一人の少女が無言で聞いていた。
フェイトは黙ったまま、まるで夢でも見ているかのような表情で、なのはの方を見つめていた。
あの笑顔――戦友として、親友として、長い時間を共にした彼女が、これまで誰にも向けたことのない笑顔だった。その瞳は、間違いなく“恋する乙女”のものであると、フェイトは感じた。胸の奥が小さく疼くような、くすぐったく、そして少しだけ切ない感覚が広がった。
「なのはが……政宗さんと…」
かすれた声で、フェイトは無意識のうちに呟いていた。
そんなフェイトの様子に、はやてがニヤリと悪戯っぽく笑みを浮かべ、すかさず冷やかしの言葉を放った。
「あれ~? フェイトちゃん。ひょっとして妬いてんのぉ~?」
はやての声音には、どこか姉が妹をからかうような優しさが滲んでいた。
「ッ!? そ、そんなことはないよ!」
フェイトは慌てて首を横に振った。頬にうっすら朱が差し、視線を泳がせる。
「なのはが恋をしたっていうのなら、私は喜んで応援したいよ。けど……」
その言葉の先を、はやてが楽しげに誘導する。
「けど?」
「…私はいいんだけど…。これ…ユーノに知られたら、色々と大変な事になるんじゃないかなと思って…」
フェイトは苦笑まじりに目を細め、どこか気まずそうに言葉を濁した。
「あっ…」
はやてが思わず小さく声を漏らす。何か重大なことを思い出したときの、少し困ったような表情だった。
一方で、ユーノのことを知らない慶次は、昼食のおかずのアジの開きを骨ごと豪快に頬張りながら、怪訝そうに眉をひそめた。
「んぁ? ユーノって誰だい?」
「あっ、そっか。慶ちゃんはホテル・アグスタでの任務の時、まだ六課におらんかったから、知らんかったわな」
はやては食べていた茶碗をそっと置くと、懐かしむように微笑み、慶次に説明を始めた。
ユーノ・スクライア――
遺跡発掘を生業とするスクライア一族の出で、若くして古代遺跡の研究と管理に身を置いていた青年。その研究の中で、自らが発掘したロストロギア「ジュエルシード」の封印に失敗し、責任を感じて独自に回収任務に当たっていたこと。重傷を負った彼を救ったのが、当時まだ無垢な少女だった高町なのはであり、そこから全てが始まったことを語った。
彼女に「レイジングハート」を託し、彼女を魔導師の道へと導いた張本人。
慶次が六課に来る直前、ホテル・アグスタでの任務の際、偶然にも再会を果たしていたのだった。
「ふぅん。つまり、なのはちゃんの先生であり、相棒的な存在ってわけか」
慶次は顎に手を当て、少し納得したように頷く。
「けどさぁ、そいつに、なのはちゃんと独眼竜が付き合ってるのがバレるのが、なんでマズいわけ?」
慶次はそう問いながら、湯気の立つ味噌汁の椀を手に取り、ごくりと啜った。
味噌の香ばしい香りが、ほんの少し和ませる。
フェイトは気まずそうに唇を噛み、視線を落とした。やがて意を決したように小さく息を吸い、ぽつりと答えた。
「それが……ユーノは今では、なのはのことを1人の女性として愛しているみたいなの」
「…ブフォッ!!?」
その瞬間、慶次は勢いよく味噌汁を噴き出し、盛大に咳き込んだ。
咽せた拍子に手元の箸を落とし、周りのスタッフたちが驚いてこちらを振り返った。
はやてはおかしくてたまらないという表情で、背中を叩いてやりながら、肩を震わせて笑った。
「もぉ~、慶ちゃんったら、そのリアクション古いで!!」
はやてが笑いながら、テーブルを軽く叩いた。慶次は咳き込みながらも、どこか楽しげに目を細め、肩を震わせていた。まるで久方ぶりに極上の珍事を聞きつけたときのような、悪戯っぽい笑みがその顔に広がる。
「ま、マジかよ!? つまりは三角関係ってやつかぁ?! こりゃ独眼竜も大変なこって!!」
大仰に腕を組み、うんうんと頷く慶次。その口元にはまだ味噌汁のしぶきがついていた。
「ホンマやな! ワイルド系彼氏と優しい草食系幼馴染……まさにドラマか乙女ゲームみたいなシチュエーションやで!! アハハハハッ!!」
はやてもまた、声をあげて笑った。
どこか他人事めいた愉快さで、肩を揺らし、箸を持つ手すら止めて。
しかし、フェイトだけは笑えなかった。頬に汗を浮かべ、両手を小さく振り、二人を慌てて宥める。
「は、はやて! 慶次さんも! 笑い事じゃないよ! ユーノはユーノで何も知らないから、その気になってるっていうのに……」
その声色には、どこか切迫した響きがあった。
親友と幼馴染の微妙な関係、そのはざまで、どちらをも傷つけたくないという心情がにじみ出ていた。
「えっ? どういうことなん?」
はやてが目を丸くし、笑顔を引っ込めて真剣な顔になる。
フェイトは一瞬言葉に詰まった。
だが、意を決したように視線を落とし、低く語り出した。
「それが……アグスタでユーノの警備についてた時のことなんだけど―――」
そして彼女の脳裏に、あのホテルの周囲にある静かな森がよみがえった―――。
*
時は過去を遡り、ホテル・アグスタでユーノと再会した後のこと。
木漏れ陽が差し込むの森の道で、フェイトとユーノはゆったりと並んで歩いていた。二人の靴音だけが地面に小さく響き、風に揺れる植え込みの葉擦れが、かすかな調べのように耳に届く。
フェイトは、ユーノの横顔をちらりと見た。
その表情はどこか落ち着かず、何かを決意しようとしているようだった。
「ねぇ、フェイト。なのはの事なんだけど…」
その声は、不自然なほど慎重で、けれどもどこか切実だった。
「ん? なのはがどうかしたの?」
フェイトは自然に問い返したが、心の中にかすかな緊張が走った。
ユーノはふっと視線を泳がせ、唇をぎゅっと結んでから、意を決したように問いかける。
「なのはってさぁ……その……今、付き合ってる人とかっていたりする……?」
不意打ちのような質問に、フェイトの足が思わず止まった。
目を丸くし、何を答えればいいのか一瞬言葉を失う。
「えっ!? い、いや……いないんじゃないかなぁ? あの通り今は六課のお仕事で忙しいし、それに……なのは自身、別に誰かを好きになるってタイプじゃないから……」
口にしながら、どこか自信が持てなかった。
「そ、そうか……。よかった……」
ユーノはほっとしたように胸を撫で下ろした。
その表情には、安堵と、淡い希望がわずかにのぞいていた。
フェイトはそんな彼の様子に、疑問と不安を覚えずにはいられなかった。思わず首をかしげ、問いかける。
「ユーノ? どうしてそんなことを聞くの?」
ユーノは視線を森の木々から差し込む木漏陽へと落とし、しばし言葉を探すように沈黙した。
森の中に吹き抜ける風が二人の間をそっと通り過ぎた。
「う、うん。実は……この後、もし二人きりになれるなら、その……なのはに告白……したいと思ってて」
その一言が落ちた瞬間、フェイトの心臓が大きく脈打つのを感じた。
驚きが顔に出るのを止められず、声がうわずる。
「えっ!? えええぇぇぇぇ!?」
その声は、森の静寂の中に響き、遠くまで届いてしまうのではないかとさえ思えた…
*
「…まぁ、はやては知っての通り、その後すぐにユーノが西軍の島左近に襲撃されたことで、告白自体は結局有耶無耶になっちゃったみたいなんだけど…」
「あ~…確かにそらマズいなぁ…」
フェイトの話を聞いたはやては頭を掻き、苦笑を浮かべた。その表情にはどこか、ユーノの不憫さを思いやる優しさと、避けられぬ波乱を予感する複雑さが混じっていた。
一方で、慶次は腕を組み、後頭部をぼりぼりと掻きながら、低く唸る。いつになく真剣な目で遠くを見つめ、何雑な人間模様を想像していた。
「う~ん…失敗したとはいえ一度告白する気だったのなら、そのユーノって兄ちゃん…なのはちゃんに対して“本気”みたいだねぇ。多分、そう遠くない内に再挑戦してくるかもよ?」
慶次の言葉は、どこか諦めと茶化しが入り混じる。それでも、その視線の奥には、武士として修羅場をくぐり抜けてきた者ならではの洞察が光っていた。
「そうだよね。もし、それでなのはと政宗さんの事を知っちゃったら…」
フェイトの声は小さく、そして不安に満ちていた。胸の奥がざわつく。ユーノの純粋な想いと、政宗との絆、その二つの間に訪れるかもしれない衝突を思い浮かべ、彼女の瞳は揺れる。
その不安に静かに答えるように、はやてが目を伏せ、重たげに呟いた。
「本人は大ショックやろうな。下手すりゃ修羅場…なんてことに…」
そう言った後、はやては一瞬、何かを想像したのか、唇の端が小さく持ち上がる。
そして、堪えきれぬように肩を震わせ始めた。
「…プッ! クックックックックッ…!!」
最初は小さな含み笑いだったが、やがてそれは抑えきれぬ笑いへと変わる。
その横で、慶次も同様に笑いを噛み殺し、顔を赤らめながら肩を震わせていた。
「ちょ、ちょっと! 二人共! だから笑い事じゃないんだってば!!」
フェイトは思わず声を荒げ、必死の表情でツッコミを入れた。頬はわずかに赤くなり、その目には友人たちの悪ノリを止めたい一心がにじむ。しかし、そんなフェイトの心配をよそに、はやても慶次もお気楽そうに肩を揺らして笑っていた。
「ごめん、ごめん。まぁ、せやかてユーノ君も無限書庫の司書長としてのお仕事で忙しいんやし、今すぐになのはちゃんにアタックしてくることもあらへんやないの?」
はやては笑いを含んだ声でそう言い、軽く手を振ってみせた。その様子は、まるで大丈夫やと安心させようとする姉のようでもあった。
「そうそう。それに女同士ならともかく、男主体の三角関係って意外とあっさり割り切りがつけられるもんだから、そうそう泥沼になることはないとは思うよ? それに…独眼竜となのはちゃんのことを知られたら、もっとマズいのがこの六課にはいるじゃない?」
慶次はにやりと笑いながら話す。その声色には妙な含みと、からかい半分の悪戯心が混じっていた。
「あっ…」
フェイトの顔から血の気が引くような感覚がした。慶次の言葉の意味が、心に重くのしかかってくる。
ユーノのような恋敵ではない。だが、もっと厄介で、しかも六課の中で最も“マズい存在”がいたのだ――。
そう、“竜の右目”こと、政宗の参謀で伊達軍副将・片倉小十郎である―――
戦国の日ノ本でも屈指の忠義の士である小十郎。その忠誠心は、まさに戦場の槍よりも鋭く、時に主君・政宗の私事にさえ深く口を挟む。その様は、小姑どころか“鋼鉄の鎖”と呼びたくなるほどであり、なのはと政宗が偽装恋人を演じることになった先のお見合い騒動の際も、その説得にどれほど骨を折ったことか…
結局、その後も小十郎の口出しは終始止むことがなく、今もなお何かと口煩い。
そんな小十郎の耳に、もし“なのはと政宗が本当に恋人同士になった”という情報が入ったら――
「まぁ、ユーノくんが知るよりも確実に、大荒れな修羅場になること間違いなしやろな…」
はやてが肩をすくめ、どこか諦めを帯びた苦笑を見せる。
慶次もその横で、まるで酒の肴を語るような調子で頷いた。
「…言えてる」
フェイトもとうとう苦笑を浮かべ、言葉を返すしかなかった。
考えるだけで胃が痛むような未来図に、軽くため息すら漏れるのだった…
その頃―――
機動六課隊舎屋上の菜園では…
スボッ!
「んおっ!?」
菜園の一角、大根の葉を力強く握り引き抜こうとした小十郎の手に、奇妙な感触が走った。
乾いた音と共に、彼の手には葉の残骸だけが残る。見れば、引き抜かれるはずだった大根は土の中に残り、葉だけが無惨にちぎれていた。
「……」
小十郎は一瞬、信じられないという表情で手元を見つめた。野菜作りに関しては、もはや達人の域に達している自負がある。そんな自分が、こんな初歩的な失敗をするなど、まず考えられない。
風が屋上を渡り、微かな土と葉の香りが漂う。だが、その風はどこか不穏で、胸の奥に冷たいものを運んできた。
「……なんだ? この胸騒ぎは……?」
手のひらに残る葉の感触が、奇妙に生々しい。戦場で幾度となく感じてきたあの直感――
それに似ていながらもどこか違う。静かだが確実に、自分の信念が揺さぶられるような、そんな気配。
「戦の前の静けさとはまた違う…殺伐とはしてないが、それでいて俺にとってとても許容しがたい何かが起きてる様な……?」
小十郎はわずかに目を細め、遠くの空を見上げた。
その視線の先には、未だ見ぬ嵐の影が、かすかに揺らめいていた。
だが、まさかその“嵐”の元凶が自分の足の下…機動六課の隊舎の食堂で昼食をとる主のもとが発生源だとは、流石の“竜の右目”も予想だにもできなかった。
*
「まぁ、小十郎さんやユーノくんの件は、成り行きに任せるとして――」
「任せちゃうの!?」
フェイトは思わず声を上ずらせて問い返した。あまりにもあっけらかんとしたはやての物言いに、突っ込まずにはいられなかったのだ。しかし、はやてのその表情に投げやりさは微塵もなく、ただ達観した微笑みだけが浮かんでいた。
その穏やかで余裕に満ちた態度に、フェイトは肩の力を抜くしかなかった。どこか呆れたような、それでいて安心するような気持ちが胸に広がる。これもまた、はやてらしい――そう思い直し、フェイトは親友の言葉に素直に耳を傾ける。
…と、次の瞬間、まるで不意を衝くように、はやての瞳が意味ありげに細められた。
「そういうフェイトちゃんはどないやぁ? ん~っ?」
「へっ!? な、なにが…!?」
唐突に矛先を向けられたフェイトは、目を丸くし、声を裏返してしまう。
自分の話になるとは夢にも思わず、不意を突かれた驚きが全身を駆け抜けた。
「いやぁ~。せやから、そっちはそっちで仲良くなってっかなぁ~思って…“ゆっきー”と」
「ッ!!? ひゃいっッ!! ゆ、ゆゆゆ…幸村ひゃんと!!?」
その名が出た瞬間、フェイトの頬はみるみる赤く染まり、瞳は泳ぎ、心臓の鼓動がひときわ大きく響くのを感じた。なのはが政宗と、はやてが慶次と、自然と組むことの多い中で、フェイトにとって最も行動を共にし、言葉を交わす機会が多かったのが―――真田幸村だった。
だが、それはあくまで仕事上の連携の結果であって――と、心の中で必死に弁解を試みる。
なのに、はやての軽やかな笑みとその問いかけは、そんな防御線を易々と突き崩してくる。まるで自分だけがなのはや政宗たちと同じ土俵に上げられたような気がして、フェイトは混乱し、顔から火が出そうな思いで目をぐるぐると回して狼狽えるのだった。
「な、ななな、なんでそこで幸村さんが出てくるわけ!?」
フェイトの声は裏返り、動揺がそのまま言葉に滲み出る。目をぱちくりとさせ、どうにか冷静を保とうとするものの、その頬はみるみるうちに朱に染まっていった。
「いやぁ、だってフェイトちゃん。普段からゆっきーと一緒におること多いやん?」
はやては意地悪な笑みを浮かべ、肩をすくめながら軽い調子で言葉を重ねる。その声音には悪意ではなく、親しみのこもったからかいが含まれていた。
「そ、それは…! 幸村さんがエリオと“義兄弟”の契をかわして以来、一緒に行動する事が多いから。その…必然的に私もそうなってるだけで…///」
フェイトは精一杯理詰めの説明を試みるが、言葉は次第に小さくなり、最後にはほとんど聞き取れないほどか細い声になった。うつむくその顔は耳まで真っ赤に染まり、前髪の陰に隠そうとする仕草が逆に動揺を際立たせる。
その様子を見て、はやてと慶次は目を細め、意地悪くもどこか微笑ましそうに口元を綻ばせる。
「その割にはフェイトちゃん、
慶次がにやりと笑い、からかうように口を挟んだ。
声色には芝居がかった軽さがあり、わざとフェイトの照れを引き出そうとしているのが見え見えだった。
「そ、そそ…そんなことは……!!///」
フェイトは必死に否定しようとするものの、言葉が詰まり、声は上ずり、かえって動揺を隠しきれない。口の端が震え、視線は泳ぎ、まるで逃げ場を探す小動物のようだった。そんな親友の姿に、はやては苦笑しつつも、どこか安心したような柔らかなまなざしを向ける。
「ほんま、なのはちゃんといい、フェイトちゃんといい…。二人共自分のことになると隠し立てが下手やなぁ。お仕事ではあんな隙がないくらい優秀やっちゅうのに……」
はやての呆れとも慈しみとも取れる声に、慶次が同意するように笑みを深める。
「まあまあ、はやて。恋は盲目……なんて言うじゃないか♪」
その口調はどこか達観した風で、沢庵の端を軽快な音を立てて噛みしめた。
ちなみに、その沢庵の大根は片倉農園(命名:はやて)の産物であり、漬けたのも小十郎と、その教えを受けたキャロの手によるものだ。
「~~~~~~!!?///」
フェイトはもう何も返す言葉が思いつかず、ただ顔を両手で覆い、赤くなった顔を隠すしかなかった。
そんな彼女の様子を面白がりながら、慶次はまるで戦況の解説をする将のように横のはやてへ語りかける。
「だけど、俺から言わせると、
「うんうん。フェイトちゃんも、なのはちゃんの時の数段アップで難関な攻略になるやろうけど、頑張ってな♪」
「だから何の話してるのぉぉぉぉぉぉ!?」
フェイトはついに声を張り上げ、顔を真っ赤にしたまま抗議の叫びを上げた。その声が食堂に響き、まるで小鳥のさえずりのように軽やかな笑い声が後に続いた。
「あっ! そういえば、はやて…。今日はスバルと家康君はどうしたの? 今朝からフォワードの皆の訓練にあの2人の姿がなかったんだけど……」
フェイトは話題を変えようと、ほんのわずかに声を上ずらせながらも、精一杯平静を装って言葉を発した。
その瞳にはまだわずかな赤みが残っていたが、どこか救いの糸を見出したかのようにほっとした色が宿る。
「あぁ、あの2人なぁ…!」
はやては首をかしげ、少しだけ間を置いてから、思い当たったようににこりと微笑んだ。
その笑みには、どこかフェイトの苦境を察したような優しさがにじんでいた。
「今日はあの2人には、ちょっとした任務で外出してもらってるんよ。……まあ、任務っちゅうても、近隣の陸士隊にここ最近のレリック関連の事件で何か捜査進展がないか定時確認を受けてきてもらうっていう、簡単なお使いみたいなもんやけどな」
はやての説明は穏やかで、その語り口には指揮官としての落ち着きと包容力があった。
すると、その話を聞いた慶次が「ふぅん」と口の端を上げ、またも愉快そうな笑みを浮かべた。
軽く肘をつき、どこか含みのある目で遠くを見やるような表情になる。
「つまり…家康は家康で、可愛い
その声音はからかうというより、むしろ茶目っ気に満ちた観察者のそれであり、彼なりの温かい視線がそこにはあった。
*
首都クラナガン 南湾岸地区C20区域―――
クラナガン中心部の喧騒には及ばないものの、この区域の中では随一の賑わいを見せるメインストリート。
人々が思い思いに行き交う中、家康とスバルはその喧噪に溶け込むように歩いていた。二人が目指す先はこの区域を管轄している陸士226部隊の隊舎。
二人の手には、箱で買ったドーナツがあり、その中身を頬張りながら足を進めている。今日の二人は茶色い管理局の制服姿。家康の、あの鮮やかな黄色の戦装束も、今日はお預けだ。
「そういえば……。ここへ来てもう数ヶ月は経ったが、こうしてゆっくりとこの世界の街を見て回るってこと、あんまりしてなかったなぁ」
家康はお気に入りのシュガーレイズドドーナツを齧りながら、視線を街の喧騒へと投げる。
人々の笑い声、商店の呼び込み、車両の音。全てがこの異世界の“日常”を鮮やかに描き出していた。
「そうですよね。家康さんが来てからは、基本毎日、任務か訓練のどっちかでしたもんね。こうして、のんびりできるようなお仕事すらありませんでしたから」
スバルもまた、チョコスプレーのかかったチョコリングドーナツをもきゅもきゅと口に運び、目を細めて答える。その表情はどこか嬉しげで、素直に師匠と二人きりでいられる時間を楽しんでいるのが伝わった。
「……それにしてもスバル。これはいくらなんでも、のんびりしすぎじゃないか? 流石にこの姿で食べ歩きしながら陸士隊に出向くのは、ちょっと……」
家康は苦笑し、ドーナツの食べカスが落ちないように手元を気にしながらもスバルの様子を窺う。
しかしスバルは、どこ吹く風とばかりに肩をすくめ、明るく答えた。
「リニアレールの駅を降りたときに『ミセス・ドーナツ』のお店見つけて目を輝かせたのは家康さんですよぉ? まあ、私もお腹すいてたから便乗させてもらいましたけど!」
いたずらっぽく舌をちょこんと出すスバル。その表情には、少女らしい茶目っ気が溢れていた。
家康は思わず口元をほころばせたものの、管理局の制服姿での食べ歩きが市民にどう映るかを考え、言葉を続けようとしたが――
「大丈夫! 226部隊に着くまでに食べ終えちゃえばいいだけですし! あっ、家康さん。もう一個もらいますね~」
スバルはチョコリングドーナツを食べ終えると、今度は家康の持つ箱からオールドファッションドーナツを取り出し、再び元気よく頬張り始めた。これで八個目だが、その食欲はまだ衰える気配がない。箱の中には、残り四個のドーナツが並んでいた。
家康はその様子に半ば呆れ、半ば感心し、心の中で苦笑を漏らすしかなかった。――尤も、彼自身も今食べているドーナツで五個目なのだが。
「アハハ……まあ、スバルらしいといえばスバルらしいんだがな……」
そう言って家康は肩をすくめ、頬に笑みを浮かべる。その姿には、弟子の奔放さを優しく受け止める師の余裕があった。もしこれがスバルの相棒のティアナであれば、「みっともないからやめなさい!」と、即座にゲンコツとお説教のダブルパンチが飛んでいただろう。
だが家康は、スバルのこうした屈託のない行動を叱ることは滅多にない。それは、家康という人間の深い優しさの表れにほかならなかった。
ドーナツを完食する頃、家康たちは目的地である陸士226部隊の隊舎にたどり着いていた。
湾岸地区の中でも古参の高層ビルであるその隊舎は、最新鋭の設備が整った機動六課の隊舎と比べると、どこかくたびれた印象を漂わせていた。コンクリート打ちっぱなしの外壁は色褪せ、ところどころにヒビが入り、補修の跡も生々しい。掲げられた隊の紋章も、風雨にさらされたせいでくすみ、見栄えがしない。
その建物は単なる武装隊の拠点というだけでなく、この地区の住民たちの行政手続きを請け負う、いわば「役所」のような役割も兼ねていた。そのため、玄関口には制服姿の隊員と私服の市民が入り混じり、慌ただしく出入りしていたが、秩序立った印象は薄く、どこか雑然として見えた。
隊舎の中へ足を踏み入れた家康とスバルは、外観以上に荒れたその内情に、言葉を失った。
機動六課の隊舎のように毎日清掃が行き届いている様子はなく、床には煙草の吸い殻や潰れた空き缶、塗装の剥げたベンチが無造作に放置されている。隅には虫の死骸が転がり、風に吹かれて破れた雑誌のページがカサリと音を立てていた。床のあちこちには食べ物のカスや飲みこぼしの跡が汚れとして染み付き、壁には「陸上部隊にもっと金を出せ」「ファッキン!コアタイル!」といった、地上部隊の資金難と、それを尻目に贅を尽くす魔法至上主義や権威主義の貴族魔導師たちへの怨嗟が剥き出しの言葉で落書きされていた。
ロビーの奥には、用途ごとに小分けされた十列以上の窓口が並んでいた。だが、そのいずれもが市民対応に追われ、明らかにキャパシティを超えていた。スタッフは慣れぬ手つきで書類をさばき、声を荒げる市民の応対に四苦八苦していた。その喧噪の中、別の場所に目をやれば、制服を着崩した隊員風の男たちが、窓口の順番を待つ若い女性に言い寄り、白昼堂々ナンパを繰り広げるという呆れた光景が広がっていた。
「「…………」」
言葉を失ったのは無理もない。家康もスバルも、目の前に広がる226部隊の現状に、しばし呆然と立ち尽くすしかなかった。
六課はもちろんのこと、各々がこれまで見知ってきた部隊や軍の拠点とは、あまりにかけ離れた有様だった。
ようやく口を開いたのは家康だった。
険しい表情を隠しきれず、スバルに小声で問いかける。
「……スバル? 管理局の陸上部隊っていうのは、どこも……こんな感じだったりするのか?」
スバルは驚いたように首を振り、慌てて否定した。
「い、いえ! 私が六課に入る前にいた386部隊は、さすがに六課ほどじゃなかったですけど、隊舎はきちんと清掃されてましたし、隊員の皆さんも人手不足なりに自分にできることを頑張ってました!」
「……そうか……。それなら、なおさら…これはひどいな……」
普段、他人を悪し様に言うことのない家康ですら、目の前の惨状に思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
重苦しい空気が二人の間に流れる。226部隊の現状は、管理局の地上部隊の抱える問題をこれ以上なく赤裸々に物語っていた。
「あのレジアスとかいう地上本部の長を務める御仁が、『魔法に頼らない武力強化』を推し進めようとしたくなる気持ちが少しだけ判る気がするな…」
家康は目の前で繰り広げられる有り様に、なんとも言いようにない複雑な面持ちになってしまった。
兎にも角にも、自分たちはここへ任務として来たのだから、余計なことに気を取られず、やるべきことはさっさと済ませなければならない。そう心を引き締めると、スバルは目の前を通りかかったスタッフに声をかけた。
「あの、すみません。機動六課の者です。八神はやて二佐からの捜査情報の交換確認の件で、そちらの担当の方にお目通り願いたいのですが…」
スバルの明るいが礼を失しない口調に、声をかけられた女性スタッフは一瞬、目を丸くし、どこか困惑したように首を傾げた。だが、スバルが掲げた管理局公式のネームタグを視界に収めた途端、その表情はみるみる変わった。まるで目の前の二人が招かれざる客であるかのように、露骨に鬱陶しげな視線を向けてきた。
(……厄介な連中が来たな、って顔だな)
家康は黙ったまま、その女性の反応を冷静に観察していた。
「これはどうも……」
女性は引きつった笑みを浮かべ、芝居がかった調子で頭を下げた。
「わざわざのご足労、誠にありがとうございます。すぐに担当の者をお呼びいたしますので、応接室の方でお待ちいただけませんか?」
「えっ? いや、私たちはあくまで交換確認に来ただけですから、そこまでお気遣いいただく必要は……」
スバルは戸惑いながらも断ろうとした。余計な手間や時間を取らせるつもりはなかったからだ。だが、相手の女性はその言葉をさえぎるように、さらに言葉を重ねた。
「いえいえ。本局の上層部直々のご選抜のエリート部隊であらせられる『機動六課』の方々が、こうしてわざわざお越しくださったのです。お茶の一杯も出さなければ、所轄部隊の名が泣いてしまいますので」
その言葉には、明らかに皮肉と嫌味が込められていた。口元だけは笑っているが、目は冷たく、まるで「余計なことをしにくるな」と言わんばかりだった。
スバルと家康は同時にわずかに眉をひそめ、無言で視線を交わした。
六課の名が、ここではそれほど厄介者扱いされているのか……その現実が、ひしひしと胸に重くのしかかる。
女性の声が大きかったのか、気がつくと周りにいた所轄部隊の局員達から、2人に向かって忌々しげな視線が集中していた。
(面倒くさいことになりそうだな…)
家康は心の中で小さく息を吐きながら、女性スタッフの案内されるがままに、他のスタッフや隊舎に来ていた市民の視線を集めつつ、スタッフ専用のエリアへと案内されるのだった…
*
その後も、スバルと家康はやるせない状況の中で、捜査情報の交換確認という任務を淡々とこなしていくこととなった。
案内された応接室――もっとも、応接室と呼ぶのもはばかられるほどの粗末な造りで、六課の部隊長室などとは広さも設備も比べるべくもない。剥げた壁紙に、くたびれたソファ。机の上に置かれた紅茶は、見るからに出がらしで、しかも砂糖もミルクも添えられていない。まるで「これで十分だろ」と言わんばかりのもてなしだった。
応対に出てきたのは、226部隊の幹部を名乗る壮年の男性。口調こそ丁寧で、言葉の表面だけは機動六課のスバル、そしてその委託隊員である家康を敬っているようだったが――
その目の奥、言葉の端々、ふとした仕草の一つ一つから、露骨なまでの嫉妬と嫌悪、そして積もり積もった鬱屈とした負の感情が溢れ出ていた。
さらに、応対相手がわずか十五歳の若き隊員スバルであることが、その感情により深い苛立ちを加えているのは明らかだった。
(いくら捜査状況の確認とはいえ、こんなガキを使いに寄こすとはな……。陸上の所轄部隊を見下してやがる……。本局の後ろ盾に守られたエリート様はどこまでもお高く止まりやがって……)
そうした声なき不満が、目の前の幹部の無表情の奥に、はっきりと見えた。
スバルも家康も、場の重苦しい空気に思わず息が詰まりそうになりながら、必死に心を鎮め、冷静を装って話を聞いていた。
「……以上が、現時点で我が部隊の捜査活動の状況だ。より繊細な確認をしたい場合は、ここにある報告書に目を通すように伝えておいてくれ」
男は抑揚のない声でそう言うと、手元にあった封筒を無造作にスバルの方へ滑らせた。
「わかりました。お時間を頂き、ありがとうございました」
スバルは封筒を手早く受け取り、深く頭を下げる。
その動作には礼節を尽くしつつも、どこか早くこの場を離れたいという無言の願いがにじんでいた。
家康も無言のまま、彼女に倣って立ち上がる。
「帰り道はわかるか? エントランスまで案内でも付けてやろうか?」
幹部は口元だけをわずかに歪め、皮肉の匂いを漂わせた。
「……結構です。私たちはツアーに来たわけじゃありませんから……」
スバルもついに我慢の限界に達したのか、声に棘を含ませて返した。
その一言に、幹部の目がさらに険しく細まった。
「『舞う鳥や、地に種蒔かずして、実を食らう』…ミッドチルダの先人はいいことを言ったもんだ」
その苛立ちを隠すこともせず、男は自分に用意された、スバルたちのものよりわずかに濃い紅茶を音を立てて啜り、吐き捨てるように言った。
「……こうして俺たち陸上部隊が地べた這いずり回って、安月給でロクな装備もない中で汚れ仕事に徹してる真上を“偉大な”
「……ッ!」
スバルは言葉を呑み、思わず踵を返しかけた。
しかしその肩を家康がそっと掴み、静かに首を横に振った。
「……行こう、スバル」
低く穏やかな声だった。だがその奥底には、場の空気をこれ以上荒らさせまいとする強い決意があった。家康はそっとドアノブを回し、静かに応接室を後にする。その後をスバルも、悔しさを噛みしめながら続いた。
ドアが閉まると同時に、幹部の顔から作り物の笑みが消え、露骨な憎悪の色が浮かんだ。
「……チッ! “本局の愛玩犬”共が……」
*
応接室はビルの19階にあり、二人はそこから無言のままエレベーターに乗り込んだ。金属の箱の中に沈むような重苦しい空気が漂っていた。
「……まぁ、そう落ち込むな、スバル」
家康の声は、さっきまでの重苦しい空気を少しでも和らげようとするように優しく響いた。
「どこの世界にもいるものだ。優秀とされる者、厚遇される者、強い後ろ盾を持つ者……そういう者に、皮肉や厭味を吐かずにはいられない輩がな…」
その穏やかな声色の奥に、先ほど226部隊幹部の放ったあの刺すような言葉への怒りが微かに宿っていた。抑え込んではいるが、その瞳に宿る光が、家康の内心を雄弁に物語っている。
スバルはそっと家康の横顔を見上げ、胸の奥で渦巻いていた悔しさや怒りが、少しずつ溶けていくような感覚を覚えた。
「それにしても……魔法至上主義の選民思想も厄介なものだが、ああいう手の者の妬みや嫉みというのも、また違った意味で厄介だな……」
家康はゆっくりと下降していくエレベーターの階数表示を見つめ、誰にともなく呟いた。
「ワシも子供の頃から、ああいう手合いは嫌というほど見てきたし、何度も面と向かって言われてきたこともある」
エレベーターの小さな箱の中。微かに機械音が響く中、スバルもその沈黙に押しつぶされまいとするかのように、声に明るさを織り交ぜて話し出した。
「私だってそうですよ。子供の頃も、陸上警備隊に入ってからも…。お父さんやお母さん、それにギン姉の背中が大きくて、それを妬んだ人たちに厭味を言われたことなんて、何度もありましたから」
「……ギン姉?」
初めて聞く名に、家康が首をかしげるように問い返した。
「あっ……そういえば、家康さんにはまだ話してなかったですね」
スバルは小さく笑みを浮かべ、少しだけ気恥ずかしそうに言葉を継いだ。
「ギンガ・ナカジマ――私のお姉ちゃんで、お父さん……ゲンヤ・ナカジマが部隊長を務めてる陸上警備隊で、一緒に魔導師として働いてるんです。あっ、でも! もちろんお父さんもギン姉も、
家康は目を細め、心から和んだ様子で微笑む。
どうやら、この話題を深堀りすれば、スバルも今しがたあった嫌なことを忘れられそうだと、そう直感した。
「へぇ……スバルの姉君か。どんな人なのか、一度会ってみたいものだな」
その言葉に、スバルの表情はみるみるうちにいつもの明るさを取り戻した。
「ギン姉はとっても優しくて、それでいてすごく強いんですよ! 私が家康さんに会う前まで使ってた『シューティングアーツ』も、ギン姉に教わったんです!」
「ほう…ってことは、そのギンガって姉君も拳で戦うのか。なるほどな……ますます会って一度手合わせしてみたいな」
家康の言葉に、スバルは嬉しそうにうなずいた。
「はいっ! 家康さんには、ぜひ一度ギン姉に会ってほしいって、ずっと思ってたんです! それに、お父さんにも! 実は……家康さんって、私のお父さんとすごく似てるんですよ。声が! まるで同じ声優さんが声を出してるんじゃないかって思うくらいに!」
その言葉を口にしたスバルは、まるでおかしなことを思い出したかのようにくすくすと笑った。
その笑顔は、ほんの数分前まで浮かんでいた怒りや悔しさの影を、すっかり消し去っていた。
家康は、思わぬ方向に話が飛んだことに少し戸惑ったような表情を見せ、苦笑を漏らした。
「そ、そうなのか? その声優がなんたらって話は、よく分からないけど……そこまで言うなら、よほど似てるんだろうな、ワシとスバルの親父殿とは」
エレベーターの階数表示は、やがて一階を示し、かすかな音とともに扉が開いた。
外の光が二人の間に差し込み、重かった空気をそっと洗い流すようだった。
エレベーターを出て、再び雑踏と混沌に満ちたエントランスホールに戻ってきた頃には、すっかりスバルの機嫌も下に戻っていた。
「さてと…何はともあれ、これで任務は完了…だな。スバル、隊舎に戻る前に何か美味しいものでも食べに行こうか? 気分直しも兼ねて」
「いいですね! 行きましょ!」
すっかり、この建物に入る前のテンションに戻ったスバルが屈託のない笑顔を浮かべながら頷いた。
弟子の機嫌が治った事でホッと胸を撫で下ろす家康。
ところが、そんな家康の安堵に水を差すかの如く…
「おやまぁ! 誰かと思えば、『機動六課』の隊員様じゃありませんか!」
「エリート様がこんな場末の陸士隊に一体何の御用でしょうかねぇ~?」
嘲りと皮肉にまみれた声が響き、家康とスバルの進路を遮るようにして現れたのは、肩に『泣きっ面の犬のキャラクター』のロゴパッチが貼られた民間製の量産型バリアジャケットを纏った二人の魔導師だった。管理局正規の制服とは微妙に異なるその装いは、彼らが局員ではないことを物語っていた。さらに、その後ろには、同じ装備をまとった女魔導師たちが四人、妙に気取った様子で控えている。どうやら六人で一組のグループらしい。
(スバル…。彼らは一体…? 見たところ、管理局の者とは少し違うみたいだが…)
家康が耳に装着したインカムを介してスバルと念話で話す。
スバルはせっかく機嫌が治りかけていた表情を再び顰めながら念話を介して、家康に説明する。
(…あの人達は所謂、“委託魔導師”というものですよ。っといっても彼らの場合は、恐らく何処かの民間警備会社の人でしょうけど…)
スバルによれば、慢性的な人材不足に陥っている地上部隊では、非公認の苦渋の選択ではあるものの、足りない戦力を補う為に民間運営の警備組織から人員を一時的に“委託局員”として借り受けして成り立っている部隊も珍しくないという。
そうした陸士隊と正式な契約した警備会社はそれなりに利益を得ることができ、特により戦力として確実となる魔導師の
だが、その一方で、中には管理局の正規局員とは比べものにもならないほどに素行に問題がある愚連隊同然の非合法な団体も多く、部隊によっては財政面の問題などで、そういった問題ある組織から派遣戦闘員を借り受けなければならない事も珍しくないのだそうだ。
目の前にいる金髪と明るい茶髪の若い魔導師達も明らかに“問題ある”組織の契約戦闘員あることが容易に想像がついた。
この時点で、家康はこれ以上ここにいる事は余計なトラブルを招くことになると予感し、さっさとこの場所を離れるべきだと判断した。
スバルも、家康の内心を察してさっさと建物から出ていこうとする。
「まぁ、待ちなよ。せっかくこうして、絶賛大活躍中の有名部隊の御方と会えたんだ。少しくらい親睦を深めさせてくれてもいいじゃないの。新聞やテレビで、活躍は拝見してるよぉ?」
金髪の男は馴れ馴れしい笑みを浮かべ、家康とスバルの進路をふさぐように立ちふさがった。
その目は笑っていながら、底に潜む敵意を隠しきれていない。
「おっと、自己紹介がまだだったね。俺は民間警備会社『ヌイセ・マーカー』社の
顎で示された茶髪の男も、同様に薄笑いを浮かべていた。
「悪いがワシらはここでのんびりしている暇はないんだ。ここを通してくれないか?」
家康はあくまでも穏便に事を解決しようと冷静に問いかける。
しかし、男…ブリストはそう安々と退こうとはしなかった。
「そう邪険にするこたぁないでしょ? まぁ、お忙しいのは確かみたいだろうけどねぇ。つい最近もどでかい魔竜を倒しちまったって聞いたし、ちょっと前なんか、ガジェットなんちゃらとかいう質量兵器相手に市街地でド派手なカーチェイスやったりしてさぁ…ホント、派手に活躍してるねぇ」
「「………………」」
家康もスバルも、相手の本心を見抜いていた。
これが親睦などではなく、ただの絡みであることを。
「……お前たち、何か言いたいことがあるんだろう? なら、そんな見え透いた笑顔で回りくどくするな。素直に物申してみろ」
家康の声は落ち着いていたが、芯の強さが滲む。
その響きに、ブリストとヒルマンの笑みは醜く歪んだ。
「『物申せ』だと? へっ、さすがエリート様は言うことが違うな! こっちが下手に出りゃ、すぐこれだ!」
ヒルマンが周囲の耳目を引くように声を張り上げる。
ブリストも、あからさまな敵意を瞳に宿して口を開いた。
「……アンタ達が気に入らねぇ」
「私たちが……?」
スバルが戸惑い、わずかに眉をひそめる。家康は鋭い視線を送り、静かに問い返す。
「お前たちは……貴族魔導師か?」
その問いに、ブリストは鼻で笑った。
「はっ、だったらこんなシケた部隊の下請けなんざ、やってるわけねぇだろ!」
そして声を潜めることなく続けた。
「俺たちゃ、管理局の訓練校は一応出たが、成績不良でどこの部隊からも正規隊員としてお呼びがかからなかった、“はみだし者”さ。でもよ、今の人材不足の地上本部じゃ、こんな俺たちでも『魔導師』って肩書きがありゃ、委託魔導師として下請けであってもなんとか雇ってもらえるんだ」
「だがな……テメェら『機動六課』が出来てから、俺たちの仕事は減る一方だ! 大きな事件はお前たちが片付けちまうせいで、俺たちの食い扶持となる
声を荒げ、鬱憤をぶつけるようなブリストとヒルマン。
周囲の視線が少しずつ集まり始める。
「そ、そんな……! 私たちのせいじゃ――」
思わず言い返しかけたスバルを、家康は静かに手で制した。
その眼差しは、既に次の一手を見据えていた。
「なるほど……お前たちの境遇については同情しよう。しかし……だからといって機動六課にその不満や怒りをぶつけようというのは、些か筋違いというものではないか?」
家康はあくまでも声を荒らげず、諭すように言葉を紡いだ。その声音には、決して侮蔑ではなく、真摯な誠意が滲んでいた。しかし、その誠意は、逆上しかけていた者たちの心に届くどころか、逆撫でる結果となる。
「なんだと……?」
ヒルマンの顔に、もはや隠そうともしない憤怒が浮かぶ。
肩がわずかに震え、拳が力で白くなる。
「機動六課は、柔軟に動けない地上部隊に代わって、凶悪な事件を解決している。むしろお前たちが無駄に命を落とす危険を減らすため、懸命に努めているんだ。それを『仕事を奪った』と一言で片付けるのは……心得違いも甚だしいと思わないか?」
家康の口調は淡々としていたが、その瞳には強い意思と信念が宿っていた。
しかし、その誠実さすらも、彼らの捻じれた矜持を刺激する。
「なっ……!? うるせぇっ! テメェ、どこの訓練校出身の魔導師か知らねぇが、偉そうに説教たれてんじゃねぇぞ! あぁ!!」
ブリストの罵声は、怒りに任せて言葉の体をなさなくなり、声量だけがやたらと響いた。周囲の人々が何事かと振り返り、場の空気がぴりついていく。ヒルマン、そして後ろに控えていた女たちも、険しい視線でスバルと家康を睨み据えていた。
家康は、その敵意の渦中にあっても、表情を崩さず、毅然としたまま相手を見返した。その態度が、逆に相手の矮小さを際立たせる。
「ワシは魔導師ではない。お前たちと同じ、機動六課に一時的に身を寄せている“委託隊員”だ」
その静かな告白は、意外だったのか、ブリストたちの表情に一瞬、驚愕が走った。
しかしそれも束の間、今度は嘲りの笑みに取って代わる。
「……ハッ、これは驚いたねぇ。天下の『機動六課』も、委託隊員を雇わなきゃ人手が足りないってことか? それも魔導師ですらねぇ、こんな青二才をな!」
ヒルマンがわざと周囲に聞こえるよう声を張り上げると、周囲の隊員や市民の視線が一斉に二人へと集まる。
場の緊張はさらに高まっていった。
ブリストは唇の端を吊り上げ、家康にじり寄ると、含み笑いで追い打ちをかける。
「……で、アンタは一体どんな手を使って六課に取り入ったんだ? せっかくだ、俺たちにも教えてくれよぉ? どうせまともな方法じゃねぇんだろ? あぁ、まともじゃないからこんな場じゃ言えねぇのか……悪ぃ、悪ぃ、配慮が足りなかったなぁ?」
そのあからさまな侮辱に、スバルの表情は瞬く間に怒りで染まった。
眉を吊り上げ、瞳を烈火の如く光らせ、今にも拳を振り上げんばかりの勢いで一歩踏み出す――その瞬間。
「……っ!」
家康の手が、迷いなくスバルの手首を掴んだ。その力は優しくも確かで、彼女の衝動を押しとどめる。
「スバル……下手に乗るな。ここでこっちから手を出せば、奴らの思う壺だ」
低く静かな声。それは怒りを鎮める氷のようでもあり、弟子を守ろうとする盾のようでもあった。
スバルは悔しげに唇を噛み、拳を震わせたまま、必死に堪えた。
家康は、わずかに目を細めながらブリストたちを見据え、その視線には凍てつくような威圧が宿っていた。
「……ワシのことは、いくらでも好きに言えばいい。だがな……ワシが世話になっている機動六課を貶めるような言葉は、聞き捨てならないな」
家康の声は静かだった。しかしその静けさの奥に、鋭い刃のような決意が秘められていた。それが一瞬にしてブリストたちの神経を逆撫でする。
「あぁ? だったらなんだよ? やろうってのか? ん?」
ブリストはギリギリと奥歯を噛み締めながら一歩前へと詰め寄り、その顔にあからさまな挑発の笑みを貼りつける。周囲の空気が凍りついた。
家康も、無駄に挑発に乗らぬまま、しかし相手の一挙手一投足に備え、重心をわずかに落とし、静かに気を張る。
(これは……やるしかないか?)
周囲で固唾を飲む人々。
スバルも、一瞬その場の緊張に拳を握りしめる。
……しかし、その瞬間。
「貴方たち。いい加減にしなさい。これ以上、無用な嫌がらせをしても、自分の矮小さをますます晒すだけですよ」
澄んだ声が場の空気を裂いた。その声の響きに、ブリストとヒルマンの顔がピクリと引き攣る。周囲の視線が一斉に声の主へと向けられた。
姿を現したのは、凛とした管理局の制服に身を包み、紫の長い髪を背に流したスバルによく似た顔つきの若い女性。
落ち着き払った表情、その瞳には毅然たる意志が宿り、その場の空気を一変させた。
「だ……誰だよ、アンタ…?」
ブリストが呻くように問いかけたその刹那。
「ギン姉!!」
スバルの声が力強く響く。家康はその名に驚き、思わず目を見開いた。
「ギン姉って……! ってことは……彼女がスバルの……」
家康が半ば呟くように言葉を漏らす中、ギンガはスバルに一瞬だけ優しい微笑を向けると、すぐに鋭い眼差しでブリストたちを射抜くように見据え、まっすぐ歩み寄った。
「陸士108部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です。貴方たちのやり取り、先ほどから拝見していました。白昼堂々、管轄外の部隊の隊員に絡むとは……仮にも管理局と正規契約を交わした委託魔導師が取るべき態度とは思えませんが?」
その声は落ち着いていたが、言葉の端々に冷たい怒りが滲んでいた。
「はぁ!? なんだよアンタ!? 別部隊のくせに、いきなりしゃしゃり出てきたかと思ったら、語択並べやがって! 引っ込んでろよ!」
ヒルマンの声は空回りする威嚇のように響いた。しかしギンガの姿勢に一分の揺らぎもない。むしろ、その毅然たる態度は周囲に漂っていた緊張をさらに張り詰めたものに変えた。
「いいえ。同じ陸士隊として、貴方たちの素行は到底見過ごせません。ましてや“委託魔導師”として契約している身であるなら、貴方たちのこの振る舞いは管理局にとっても重大な問題事案です。これ以上、騒ぎを起こそうとするつもりなら…私から正式に上に報告を上げさせていただきますが…。よろしいのですか?」
その一言に、ブリストやヒルマン達の顔色がわずかに青ざめた。
周囲の視線も次第に「どちらが悪いのか」を冷静に見極め始め、彼らへの同情の色は完全に消え失せていた。
家康はその様子を見つめ、心中で密かにギンガの立ち回りに舌を巻いた。確かな威厳、冷静な立ち居振る舞い……なるほど、これがスバルが熱く語る程に敬愛する姉――ギンガ・ナカジマか、と。
「……チッ。余計な邪魔しやがって。行くぞ、お前ら!」
ブリストはギンガの一喝に、返す言葉を見つけられないと悟ったのか、舌打ちをして忌々しげに睨みつけた。ギンガ、スバル、そして家康を交互に鋭い視線で射抜きながら、ヒルマンたちを手で促し、その場を後にする。逃げるように立ち去る背中は、先ほどまでの虚勢が完全に剥がれ落ちていた。
ギンガはその後ろ姿を見送り、深く小さなため息を吐いた。
「全く……。噂に違わず『ヌイセ・マーカー』の
そのときだった。
「ギン姉ぇぇーーーーーーーーッ!!!!」
スバルが弾かれたように声を上げ、駆け寄っていった。
ギンガは咄嗟に表情を和らげ、飛び込んでくる妹を優しくその腕に抱きとめる。
「ス~~バル~~~! 久しぶりねぇ~~! 最近、連絡がなかったから元気かどうか心配だったのよ~~~!」
「うん♪ ギン姉こそ元気そうでよかった~~!!」
さっきまでの緊張感に包まれた空間は一変し、周囲には柔らかで温かい空気が満ちた。
家康も、周りの見物人たちも、その急転直下の変化に思わず呆気にとられた。
だが、もうこれで騒ぎが収束したと理解した群衆は、自然と潮が引くようにその場を離れ、元の喧騒へと戻っていった。
家康は安堵の息を吐き、穏やかに笑みを浮かべて姉妹のもとに歩み寄った。
「スバル。彼女がお前の言っていた姉君か?」
「あっ、家康さん。はいっ! この人が私のお姉ちゃん、ギンガ・ナカジマです!」
家康の存在に気づいたスバルは、姉の胸から顔を上げ、少しはにかみながら紹介する。
一方でギンガは家康を見やり、どこか意外そうに、それでいて確信を持ったような表情で口を開いた。
「イエヤス……? スバル、もしかしてこの人って……“徳川家康”さん?」
「ふぇっ!?」
「えっ……!?」
家康とスバルは同時に声をあげた。まだ自己紹介も済ませていないのに、ギンガの口から正確な名が飛び出したことに驚きを隠せなかった。
「あ、あぁ……如何にも、ワシが徳川家康だが……。スバル、お前、事前にワシのことを話していたのか?」
「い、いえっ! 確か『新しい武術の師匠ができた』ってことだけは話した気がしますけど……家康さんの名前までは……。ギン姉、どうして家康さんの名前を……?」
困惑に戸惑いが重なり、家康とスバルは視線を交わす。ギンガに問いかけようとした。
そのときだった―――
「あっ! いたいた! もうギンギン〜! ボクを置いて一人で先に行っちゃうなんて酷いじゃないのさ〜!」
エントランスホールの入り口から、場の雰囲気に似つかわしくない軽妙な声と共に、ひとりの男が駆け寄ってくる。
黄土色のつなぎに銀の胴巻、白衣のような白い陣羽織、髪は明るい茶色の天然パーマ、防塵ゴーグルの奥に光る分厚い丸縁の眼鏡。整った顔立ちに浮かぶ屈託のない笑顔にはやや鋭い八重歯が特徴的に覗かせる。
手にはジャンクパーツを詰め込んだ紙袋。そして、胸元の胴巻きには『源氏車』の紋が燦然と光っていた。
「ここへ来る途中で、ジャンクパーツのお店見つけて、私が止めるのを聞かないで夢中で飛び込んでいったのは貴方でしょう、“小平太”さん」
ギンガはやれやれと肩をすくめた。
「ごめんって~。だって新作のカラクリ兵器の材料に使えそうなのがいっぱいあって……って、え……?」
男の言葉は途中で途切れた。
彼の視線が家康に吸い寄せられ、その口が驚愕に開く。
家康も、その姿に目を疑った。かつての、記憶の中の姿と重なる男―――
それは、家康の幼少期から共に過ごしてきた徳川軍のかけがえのない仲間…
「い、家康さん…? 一体、どうし―――」
「こ………」
スバルが問いかける前に家康が呻くように声を漏らす。そして…
「“小平太”!!?」
「“タケちゃあああぁん”!!」
驚きと喜びが交錯した二人の叫びが、広いエントランスホールに響き渡った。
その声の大きさに、一度散りかけた周囲の視線が再び集まり、何事かと人々の足が止まる。
小平太と呼ばれた男は、両手に抱えていたジャンクパーツ入りの紙袋を、ギンガに向かって放り投げた。
「って、危なっ!? 小平太さん、ちょっと! 投げるならせめて足元に落とすとかしてくださいよ!!?」
ガチャガチャと金属がぶつかる音が響き、ギンガはツッコみながら、とっさに身を翻して受け止める。
だがそんなことはお構いなしに、男は勢いよく家康に駆け寄り、勢いそのままに正面から羽交い締めに飛び込んだ。
「タケちゃあぁぁん!! 本当にタケちゃんだよね!? 幽霊とか幻じゃないよねぇ!? 夢オチとか無しだよねぇ!?」
「お、おい、小平太! 落ち着け! 抱きつけるんだからワシは生身の人間だ! 生きてる! だから、とにかく離れてくれ、誤解される!!」
「えぇぇぇ!? そんな冷たいこと言わないでよタケちゃーん! こっちはさぁ、関ヶ原でタケちゃんが謎の光に包まれてかっちんと一緒に消えちゃってから、ずーーーーっと、ずぅーーーーっと心配してたんだからぁぁぁ~~~!!」
男は感極まった様子で家康の胸ぐらを掴み、まるで壊れたからくり人形のように家康をブンブンと揺さぶった。家康は完全に面食らい、なすすべもなくジタバタするばかりだった。
初めてこの男のテンションを目の当たりにしたスバルは目を丸くして硬直する。だが、ギンガはすっかり慣れた様子で、淡々と男の肩をひょいと掴み、力強く引き剥がした。
「はいはい、小平太さん。親友と感動の再会なのはわかりますけど、一旦落ち着きましょうね?」
「ギ、ギンギン!? せっかくの感動の再会に水差さないでよぉぉぉ!!」
男はジタバタと暴れるが、ギンガはその暴れぶりに動じず、落ち着いた表情でなだめ続ける。その様子はまるでやんちゃな弟をあやす姉のようだった。
そのやりとりを見ていたスバルが、こっそり家康のそばに寄り、小声で囁く。
「家康さん……この人って、一体……?」
家康は乱れた着衣を直しながら、心底困ったように、だがどこか嬉しげな苦笑を浮かべた。
「スバル。以前、ワシが日ノ本にいた頃、ヴォルケンリッターのように主君を支える者がいたと話したのを覚えているか?」
「……あっ、はい。確か……『徳川四天王』って呼ばれてたんですよね? ……って、えぇ!? じゃあ、この人が……!」
スバルが改めて男の姿を見据え、その言葉の意味を理解して目を見開く。
家康はしっかりと頷き、久方ぶりに対面した旧友の顔を懐かしげに、そして誇らしげに見つめながら告げた。
「如何にも。この者こそ、我が徳川家を支える四人の大看板『徳川四天王』のひとり…!」
声に自然と力が籠もった。
「名は榊原“小平太”康政。ワシが子供の頃から仕えてくれていた、とても頼りになる重臣だ」
「家康さんの…重臣…!?」
ここへ来てまさかの家康の重臣の登場…。それもどういう因果か、それが自分の姉と一緒に行動していたという思わぬ事実に、スバルは只々、困惑するばかりだった。
というわけで、リブート版でもやっとスバルの姉 ギンガ初登場。
そして序章で少し登場していた徳川軍最高幹部「徳川四天王」の一角 榊原康政も本格参戦させることができました。
康政も基本的な人物設定『家康の幼馴染』『悪ノリ好きでテンションの高い発明家』な点は変わっていませんが、その他の設定で色々とオリジナル版とは異なる点があります。
その辺りの描写も次回以降、どんどん引き出していけたら良いかと思っております。
尚、今回の話は完全新作である事に加え、プライベートでの事情から次回以降、更新頻度が遅くなるかもしれません。
ですが、以前のように告知なくまた数年も放ったらかし…なんて事はもうしませんのでどうかご安心ください。