雷神へ贈る弾丸 作:ネームレス
「──親父殿が、天童の闇を告発……?」
「日向達が言うには、な」
修行を中断した和光が菊之丞から話された内容は、とても信じがたいものだった。
政財界に多数の重鎮を排出している名家『天童』は、その地位を築く過程で後ろ暗い手段を使うこともあった。
しかしそれは別に天童が汚いというワケではなく、権力者となるには清濁を併せ呑む必要があっただけのことである── 一般人がそれを知った時どう感じるかは別として、だが。
「…………解りませんね。何故そんなことを……」
「理由は私にも分からん。だが、いくら日向達が再婚したあやつを嫌っているとは言え、このような嘘は吐かないだろう」
「……そう、ですね」
「──それで、お前はどうするのだ? 和光」
「……お戯れを。天童の意思は貴方の意思。私がどうこうしようが意味はありますまい」
「その私が、お前の意思を問うているのだ。答えろ、和光」
幾ばくか逡巡した後、和光が出した答えは──
『……別に、止めやしませんよ。父のことも、貴方達のことも』
「意外だな。天童の闇を拒み、武人としての道を歩むと決めたお前なら、止めると思っていたのだが……
……お前の頼みなら、私とて無視はせぬぞ?」
戦時において菊之丞が不在の間、彼の妻を守っていたのは和光だった。幾度となく命の危機に晒された彼女が今も生きているのは、他ならぬ和光の尽力によるものである。
兄弟からは『潔癖症』と言われ、嫌われている彼だが──肉体的にも立場的にも、間違いなく彼は『最強』であった。しかし……
「確かに私は、自らが闇に染まることはありませんでした。ですが天童の恩恵を受けている時点で、我が身は既に汚れています。
えぇ、認めましょう──綺麗事だけでは、この世を生きることなどできませぬ」
「……後悔は、しないな?」
「……そもそも今まで好き勝手に生きてきた私に、誰かの意思を曲げる権利など、ありはしませんよ」
「そうか……分かった。
今夜九時に、計画の詳細を決める。時間になったら私の部屋に来い」
そう言って菊之丞は部屋を出た。そして和光は、
「えぇ、私は何もしませんとも。
どこか含みのある表情で、何かを企んでいた──
*
「──何故お前がここに居るんだ? 和光」
時刻は九時になり、計画に関わる人物が一堂に会した。
当然のことながら、本来居るはずのない和光には鋭い視線が向けられる。
「私が呼んだのだ」
「お祖父様が……? 何故ですか」
「お前達が露骨にあやつを嫌うからだ。何をするにも、我々では警戒される。その点和光は木更に懐かれている分、いくらか心証が良い。それに我等は皆『皆伝』ではあるが、その中でも和光は頭一つ抜けているからな。協力者としては適任だと判断した」
「……承知しました。
邪魔だけはするなよ、和光」
「勿論」
────それからしばらくして、計画は煮詰まった。
「最後に各々の役割を確認しよう。私は二日後までに『狩人』を手配する」
「私は告発を遅らせる」
「私は目標を誘導する」
「私は周囲を警戒する」
「私は証拠を隠滅する」
「よしいいだろう、解散だ。お前達、上手くやれよ」
……そして部屋には、菊之丞と和光だけが残った。
「本当に、これでよかったのか?」
「今更ですね。親父殿が告発を止めるのなら我々とて止まれましょうが……言われて止めるようなら、親父殿も初めからやらないでしょう」
「そうだな……
もう夜遅い。お前も早く寝るといい」
「えぇ、そうします」
──だが言葉とは裏腹に、部屋を出た和光が向かった先は自室ではなく木更の部屋だった。
「木更、起きているか」
「お兄様……? 何ですか、こんな夜更けに……」
「親父殿への伝言を頼みたい」
「……また喧嘩したんですか?」
「あぁ、そんなところだ。中に入っていいか?」
「もう、仕方ないですね……」
そうして部屋に入り、和光は
「……お兄様、それは?」
「伝言は
──和光の意図を察し、木更の目が細まった。
「なんだ、じゃあ『メモ』を渡すだけでもよかったじゃないですか」
「フッ、その言い方だと、性格の悪い兄は何かよからぬ物が部屋にあるのだと勘繰ってしまうぞ?」
「そんな物はあーりーまーせーんー! 早く出てってください!」
「ハッハッハ、分かった分かった。出ていくとも。
────頼んだぞ、木更」
「はい、任されました。
おやすみなさい、お兄様」
──そして部屋を出た和光は今度こそ、自室へ向かった。
だが彼は扉を開くことはなく、振り向いて虚空へ言葉を投げた。
「盗み聞きなんて、趣味が悪いのではありませんか? お兄様」
「……フン、流石は『頭一つ抜けている』和光だ。お見通しだったというワケか」
すると日向──和光の兄が姿を現した。
「心配せずとも、役目は果たしますよ」
「どうだかな。お前はどうにも信用ならん。お優しいお前のことだ、あの
「一人でも役割を放棄すれば失敗する計画です。私のことはいくらでも警戒してくださって構いません。ですが……
──次俺の前で木更にその蔑称を使ってみろ、クソ親父より先にお前を殺す」
「……それだけ殺意が溢れているなら、大丈夫そうだな」
「ご安心いただけたのなら結構。私は今虫の居所が悪いので、さっさと失せていただけると嬉しいのですが」
「ハハハ、そんなに怒るな弟よ。たった
──その時、静かな風が流れた。
和光は音もなく距離を詰め、日向の首に手刀を添えていたのだ。
「槍が無ければ無力だとでも? 舐めるなよ日向」
「……悪かった、訂正しよう。木更も、蓮太郎も、私達の家族だ。
しかしこれだけは覚えておけ──情が深いのはお前の美点だが、あまり血の気が多いと、いつか取り返しがつかんことをすることになる。この程度の挑発で手を出すようでは、危なっかしくて目が離せん」
「ハッ、これから身内を殺めようと画策している身で、何を仰る」
「……それもそうだな。すまなかった」
「……もういいです。しっかり寝て、このことは忘れましょう」
「そうだな……おやすみ、和光」
────こうして夜は過ぎていく。暗闇が払われるには、まだまだ時間が必要だ。