NEON GENESIS EVANGELION RETROGRESSION 作:ASNE
泣き出したシンジは、やがて泣くのに疲れてしまったのか体育座りをして顔をそっと膝に着け、頭を抱えて物言わぬ石像になった。
「……」
対照的にアスカは立ち上がる体力がようやく回復し、ゆっくりと立ち上がり、ふらついて両手を後ろについて倒れこむ。
(体力が……。そっか。アタシ何週間か寝たきりだったもんね……)
その思考が引き金となり、自身の心がバラバラになるまでの出来事がフラッシュバックする。度重なる敗北により自信を喪失していき、手柄をかっさらっていったシンジに嫉妬し、憎む自分。使徒に心を覗かれ、トラウマを呼び起こさせられる自分。母の宿るエヴァを道具扱いし、拒絶され、自ら心の壁を作り出す自分。
(無様ね、アタシ。今思えば、くだらないプライドだったわね……。大事なものに気付きもしないで、周りに当たって拒絶した。ガキかアタシは……)
サードインパクトまでの自分の愚かさに対し、自己嫌悪に陥るアスカ。その顔には、かつての自信たっぷりな明るさはない。
「だけど、気づけた。今更遅いかもしれないけど……」
サードインパクトを通じて、本当の自分に目を向けることが出来た。自信がなく、他人に認めてほしい寂しがり屋なただのアスカ。そして……。
(シンジを独占したいほどに愛してる自分、か。ホント、つくづく馬鹿ね。アタシ……)
アスカは再び立ち上がると、シンジの隣に腰を下ろした。
(何をしているんだ、僕は……)
シンジは、ぐりぐりと顔を膝に押し付けた。気が付けば、隣に横たわっていたアスカ。……僕が、会いたいと思ったヒト。僕が、救えなかったヒト。僕を、拒絶したヒト。サードインパクトの時の記憶とそれ以前の彼女とのつらい記憶を思い出し、錯乱してしまったシンジはアスカの首を反射的に絞めてしまった。また拒絶されるのではないか、という恐怖が反射的に沸き上がったことで。そして、首を絞める自分に添えられた、アスカの暖かい掌。その温もりを感じた瞬間、シンジは我に返って手を放し、泣き出してしまった。そして、泣き疲れた今はただ、自分のしでかしたことの愚かさを呪い、ぐるぐると己の中で負のループが起こってしまっていた。そんな彼の隣に、アスカが座り込む。
(アス、カ……?)
「シンジ、起きてる?寝てないわよね?」
「……」
シンジはアスカに怒られるのが怖く、返事が出来なかった。
「返事ぐらいしなさいよ。別にアンタを取って食おうなんて思っちゃいないからさ」
シンジは伏せていた顔を少し上げ、ちらりと右隣りに座った少女の顔を見やる。右目に白い眼帯を付け、右腕にも包帯が巻かれた痛々しい姿の少女。彼女の瞳は、シンジの予想に反して憎しみや怒りを宿していなかった。
「ね、シンジ。教えてよ、何が起きたのか。大体の所は分かってるけど、肝心なことは分かってないからさ」
一回は皆と一つになってL.C.Lに溶けた影響からか、何故かアスカの中には自分が知らないはずの記憶があった。おそらくは、他の人と混ざり合った影響だろう。リリスと一つになる綾波レイ。巨大な綾波レイの出現、拡大してゆくアンチA.T.フィールド。溶けてゆく人々。
シンジはアスカに促され、ぽつぽつと語りだす。戦う気力を失っていた自分を庇い、叱咤激励した後に死んだミサト。乗り込んだ初号機から見えた、量産機に無残な姿にされた弐号機。磔にされる初号機。巨大な綾波レイの姿に、第十七使徒であった渚カヲルの姿が重なる。一つに溶けあうココロ。……そして、補完を拒絶し、母と綾波に別れを告げて、自分は還ってきた。
アスカは、黙って聞いていた。
シンジが話し終えた後、アスカは一つため息を吐いてシンジに告げた。
「……一つ言っとくけどね。アタシはアンタを責める気はないから」
「どうしてさ!だって、僕は君を見殺しにして、それに、それに……」
「アタシをおかずにして、エッチなことしてたって?」
「な、なんでそれを!?」
(アスカ、あの時意識なかったんじゃないのか!?)
「夢遊病みたいな感じではあったけど、意識はあったわよ」
「……」
まさかアスカに気付かれていたとは思わず、また負のループに入りかけるシンジ。その鬱屈さを、アスカの言葉が溶かしてゆく。
「責める気はないって言ったでしょ。確かに気持ち悪いとは思ったけど……アタシが一方的にアンタを責める資格はないから。アタシはアンタに勝手に嫉妬して、憎んで、ストレスの捌け口にしてた。お互い様よ、アタシらは。お互いに歪んだ感情をぶつけ合って、さ。……だから、もういいの。アタシは、アンタを赦すって決めたから。このままずるずる引きずってたってなーんもいいことないし」
「……でも……」
俯くシンジ。次の瞬間、彼のネガティブさを吹き飛ばすようにアスカは言った。
「でももだってもない!ったく、いつまで経ってもアンタはバカシンジなんだから……ま、そんなトコもイイんだけど♪」
「……へ?」
アスカに似つかわしくないセリフに、シンジの目が点になる。アスカは、笑っていた。清々しいぐらい、爽やかに。
「なーんかもう、アタシ、吹っ切れちゃった。だって、もうエヴァもないし、アタシをパイロットって言う道具として扱う馬鹿もいない。アタシを縛るものは何にもない。だから、全部言っちゃうことにしたの」
「は、はあ……」
何だかついていけてないシンジ。そんな彼の正面に仁王立ちしたアスカは、シンジをビシッと指さした。
「いい?今からアタシが言うことを、耳かっぽじってよく聞きなさい。―アタシは、シンジが好き!」
「はいィ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げるシンジ。そんな彼にお構いなく、アスカは己の想いを告げる。
「アタシは、加持さんが好きだと思い込んでた。ずうっとね。けど、ミサトと加持さんがより戻して、アンタと距離が縮まって。で、今までのことを思い返せば、アタシは加持さんに憧れてただけなんだと思う。それに、理想の父親を見てたのかもしれない。ホントにアタシが好きなのは、シンジ。冴えなくても、オドオドしてても。優しい、アンタが好き。イイとこも悪いとこも、ぜーんぶひっくるめて好きよ。独占したいって、思うほどにね」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕は……」
「どぅあから!どーしてアンタはそう卑屈なのよ、もう!」
「い、いひゃい。いひゃいよ、アスカ……」
シンジに顔を近づけ、もちもちな両頬をぐいぐい引っ張るアスカ。
「アンタ、は!もっと、自分に自信を持ちなさい、よ!」
「あいたあ!?」
アスカは勢いよく頬を放し、シンジは少し赤くなった頬をさする。手は放したものの、至近距離でじーっとシンジをアスカは見つめた。
「で、アンタはどうなのよ。まっさか、アタシに告らせといて何もないってことはないわよね……?」
「うっ……」
シンジは、アスカに出会ってからの幸せな記憶を思い出す。太平洋上の甲板での最悪の出会い。プラグスーツのペアルック。ユニゾンの訓練での急接近。プールでの思い出。一緒に戦い、絆を深める日々。……そして、甘く、ちょっぴり苦いファーストキス。それらの思い出の中のアスカは、いつも太陽のように輝いていた。そして、いつしか彼女の傍に居ることに心地よさを感じていた。
(これって、僕はアスカのことが、好き、なのか……?)
「……多分、僕もアスカのことが、好き、なんだと思う。僕はまだ、『愛』が何なのか分からない。でも、キミが赦してくれるのなら、キミの傍で見つけてみたい。まだ他の人と居るのは怖いけど……それでも、アスカと一緒に居たい」
「……バカシンジ。だから、さっきから赦すっつってんじゃない。バカ……」
キスできそうな距離にあった二人の顔が更に近づき、ついに一つに重なる。一度目のキスは冷たかった。でも……今回のキスは暖かかった。
シンジとアスカの関係。これは、見る人にとって解釈が異なると思います。
わたしにとって二人の関係は、棘が抜けきらないヤマアラシが寄り添おうとして寄り切れない、そんな関係。サードインパクトを経て棘が抜けた二人が、ついに結ばれる。そんな形の関係を、わたしは描きたいと思い筆を取った次第です。
勿論受け入れられない方も居ると思いますから、その方たちは無理せずブラウザバックしていただけると幸いです。
では、また次回で。