NEON GENESIS EVANGELION RETROGRESSION 作:ASNE
やっと、想いを通じ合わせた二人。触れ合わせていた唇をそっと離し、照れくさそうに笑う。
「……上手くなったじゃない。アンタ、アタシ以外とキスしてないわよね?」
「へっ!?ままま、まさかァ!」
実は心当たりがあるため、分かりやすく動揺するシンジ。そんな彼を目を猫のように細めてジロリと横目で睨むアスカ。
「……何よ、誰としたの?ほーら、怒らないから言ってみなさいシンちゃん」
(お、怒ってるじゃないか!?トホホ、逃げたい……)
言葉とは裏腹に、無表情で『アタシは怒ってます』アピールをしているアスカ。シンジはビクつきながら、アスカに事実をありのままに伝えた。
「……ミサトさんに、キスされたんだ、最期に。『大人のキスよ』って」
「ミサトが……」
瞬時にシンジの脳内にフラッシュバックする、ミサトの最期の姿。閉まってゆくシャッターの後に消えてゆく、ミサトの姿。
「ミサトさん……僕が、不甲斐ないばっかりにッ……」
「シンジ……」
己の不甲斐なさを悔やみ、嗚咽をもらすシンジ。アスカも、その様子から姉代わりのミサトが本当に逝ったことを察し、涙を流す。
「アタシ、ミサトに何も言えてない。ごめんなさいって、言いたかったのにィ……!加持さんもッ、アタシたちに何も言わずに逝っちゃってッ……」
ミサトと同じく、逝ってしまった加持。彼のことも連鎖的に思い出し、崩れ落ちるアスカ。シンジもまた、別のひとたちのことを思い出し、慟哭する。
「トウジ、ケンスケ、委員長……皆、消えてしまった。僕のせいでッ……」
嘆き悲しむ二人。そんな二人に、声をかけるものがあった。
『泣かないで、二人とも。希望は、まだ残っているよ』
『あなたたちこそが、希望……』
彼らの前に、二人の少年少女が現れる。二人共神秘的とも言える美しさを持ち、男の子は銀髪、女の子は青髪。共通しているのは、赤い瞳。―渚カヲルと、綾波レイである。その姿は、まるで実態がないかのように透けている。
「カヲル君!?」
「ファースト!?」
『やあ、久しぶりシンジ君。それから、初めまして惣流・アスカ・ラングレーさん』
「アンタが、渚カヲル……。第十七の使徒タブリスにしてアダムの魂……」
『そう。でも今のボクは、ただの渚カヲルだ。全ての役割が、もう終わったからね』
「カヲル君、僕は……」
何かを言おうとするシンジを、カヲルがそっと押しとどめる。
『キミは、何も言わなくていい。あれは、ボクの選択だ。キミたちリリンに生きて欲しいと、そう願ったんだが……。SEELEのご老人たちの思惑通りになってしまった』
「「SEELE……」」
『人類補完計画を、裏から操っていた黒幕だよ。この結末を導くために、今までのあらゆる出来事を操ってきた。……僕たち、運命を仕組まれた子供たちを生贄として』
「……じゃあ何?アタシらこーんなひどい目に遭ったのも、心が欠けたのも、ぜーんぶソイツラのせいだって?……ふっざけんじゃないわよッ!」
両ひざを砂浜につけ、拳を地面に叩きつけるアスカ。その瞳に、危険な炎が灯り始める。
「……父さんは、こんな結末望んでなかったんだよね、綾波」
砂浜に視線を向け、膝をついて俯いたままのシンジがぼそりと尋ねる。今まで沈黙を保っていたレイが、シンジの問いに答える。
『……ええ。あのヒトが望んだのは、私のオリジナル、碇ユイに会うこと。それだけだったもの』
「……そっか」
なんとなく、その場の空気が重くなる。そんな空気を引き裂くように、アスカが吠える。
「……認めない。こんな結末、認めてたまるもんですかッ!」
アスカは顔を上げると、シンジに問いかける。
「アンタ、このままで終わっていいの!?得体のしれない連中のせいで、アタシらの大事なものみーんなぶっ壊された。こんな世界で、アンタは終わっていいの?」
「……いい訳ないだろ!僕が逃げてばかりだから、こんなことになったんだ。このままじゃ、終われないよ!」
シンジもまた、怒りで吠える。ヒトの運命を弄んだ、ZEELEへの怒り。逃げてばかりだった、己への怒り。シンジもアスカも、この感情を共有し、怒りに燃える。
『……二人が望むなら、やり直せるわ』
「「え?」」
レイに視線を向ける二人。レイは、静かに微笑んだ。
『今のあなたたちには、その力がある。この世界を終わらせ、やり直す力が……』
『聖書のアダムとイヴを知っているかい?最初に生まれ落ちた人間。神から作られしモノ……。今の君たちは、同じ状況にある。だから、こんなことが出来る』
レイと、説明を引き継いだカヲルが、それぞれアスカとシンジにその実体のない手を触れさせると、二人に思いがけない変化が起こる。シンジの黒髪は銀、アスカの真紅の髪は青く変わる。そしてその瞳は、赤く染まる。……まるで、カヲルとレイのように。
「これは……」
「アタシたちの、髪が……」
『キミたちにはそれぞれ、アダムとリリスの力が目覚めた。……とは言っても、あくまで力だけだ。使徒のものよりは確実に劣るし、力を消耗すれば……』
カヲルがそう言って指をパチンと鳴らすと、二人の容姿が元に戻った。
『元通りだ。……この力と僕らの力を合わせて、世界を巻き戻す。まあ、精々第三の使徒、サキエルが襲来するぐらいまでだけどね。……さあ二人共、どうするんだい?』
「決まってるでしょ?」
「やるよ、僕たちは失ったものを取り戻す。もう誰も奪わせはしない」
シンジとアスカは、決意を漲らせて立ち上がる。その決意は、固い。
『では、始めるとしようか』
『二人共、こっちへ』
レイに促され、四人は円になる。そして、それぞれ右手を上げた。
『力を重ねるんだ。四人の力を集中させる。世界を再構築するんだ、僕たち四人の力を使って』
『イメージして、戻りたい世界を』
「うん。……今度は死なせない。綾波も、カヲル君も。……二度と、君の介錯はしないからな。カヲル君」
「アンタたちも、アタシらと同じ。アンタたちも、幸せになってほしい。……今までゴメン、レイ」
『シンジ君……』
『弐号機パ……アスカ……』
四人は顔を見合わせて笑うと、手を一つに重ねた。シンジとアスカの髪色と瞳が、再び変わる。
『……行くよ。一つ言っておくけど、戻ったらしばらくは力の回復に時間がかかる。その辺は、注意してくれ』
「うん」
「わかった」
『ええ』
四人は目を閉じ、力を一点に集めると、一気に解き放った。その力は世界全体に広がってゆき、そして……。
シンジは気が付くと、受話器を公衆電話に置いていた。
「ここは……!」
シンジが辺りを見回すと、広がるのは赤い海ではなく見慣れた街の光景だ。
「……戻ってきた」
シンジは右こぶしを見つめてぎゅっと握り締めた後、後ろを振り返らずに走り出した。
NEON GENESIS EVANGELION RETROGRESSION 1.02 You can redo?
世界のリセット。この力の使われ方は、貞本版漫画版エヴァのサードインパクトの後のようなもの。それでありながら、TV版新世紀エヴァンゲリオン第一話への回帰となります。
シンジとアスカが使徒の力に目覚めたのは、私自身の解釈に拠るもの。新劇場版では、エヴァパイロット全員がリリンではない『エヴァの呪縛』を受けた存在となっていました。それと似た解釈で、TV版新世紀エヴァンゲリオンならば第十八の使徒リリンでありながら、サードインパクトのトリガーとなり、唯一帰還した二人にアダムとリリスの力が目覚めてもおかしくはないんじゃないか、と考えました。この解釈は賛否両論あると思いますが、本作ではこうなります。ごめんなさい。
そして、この後の物語では主人公格のシンジ、アスカだけでなくレイやカヲルにも幸せを掴んでもらいます。この四人が記憶と力を保持しています(現在九割以上使徒の力を消耗していますが)。