NEON GENESIS EVANGELION RETROGRESSION 作:ASNE
Refrain(前編)
アスカが気が付くと、プラグスーツ姿でエントリープラグの席に座り、操縦桿を握っていた。
(弐号機の中……そっか、あの時はシンクロテストしてたんだっけ)
映し出されているモニターの中に、ドイツ支部の研究員たちと―加持リョウジの姿があった。
(加持さん……あ、いけないいけない)
日本語でそこまで考えてしまっていたアスカは、慌ててエラーが出る前にドイツ語に思考言語を切り替えた。
『パルスの乱れが見られた。セカンド、何か問題が?』
「いえ、大丈夫です。続けます」
アスカは心中では舌打ちしつつも、表面上は平静を保つ。
(ほんっと、ドイツの連中はアタシを道具としか見ていないわね。……加持さんは違うと思うけど)
アスカは首を振ると、外のことは思考から締め出し、エヴァとのシンクロに集中した。暖かいものに包まれる感覚を覚えるアスカ。
(ママを感じる……ママ、ありがとう。またよろしくね。……でも、アタシが弐号機を覚醒させられることを悟られるわけにはいかない。明確に味方なのは加持さんだけ……ドイツ支部にゼーレの息がかかっていることは明白。戦自侵攻前のハッキングにここのMAGIも参加してただろうし、あの忌まわしい量産型エヴァの何体かもここで建造されるはず。ボロは出せない、か)
アスカは上手く感覚を調整し直し、シンクロ率を以前の最高率に合わせてゆく。その姿に違和感を覚えた者は一人もいなかった。……ただ一人を除いては。
(あれは、アスカじゃない。……いや、以前までのアスカとは違う、と言った方が正しいか。あの笑み……一体何があった?)
加持だけは、アスカが無意識に少し笑みを口元に浮かべていたのに気づいていた。その笑みを見て、直観的に彼女に起きた変化に気付いたのだ。
一人思考の渦に沈む加持を残し、実験は順調に執り行われていった。
シンジは駆ける。もう、後ろは振り返らない。一刻も早く、ミサトと合流する必要があった。頭上では既にUNの飛行機が第三の使徒と交戦を開始し、銃撃や爆撃が降り注ぐ。走るシンジの前にヘリが墜落し、シンジは慌てて立ち止まる。
「うわッ!」
目の前でそのヘリが潰され、爆発が起きる。その爆発からシンジを守るように一台の車―青いルノーが滑り込んで来る。そのドアが開き、黒髪の女性が反対側の運転席から顔を出す。
「ごっめーん、お待たせ!」
(ミサトさん……!)
葛城ミサト。NERVの作戦部長であり、自分たちの姉代わりだった女性。セカンドインパクトのトラウマから使徒に復讐するためにチルドレンとエヴァを駒とし、一方で割り切れず苦しんだ優しい女性。……自分が、守ることの出来なかった大切な人だ。
「ミ……葛城さんですか!?」
「ええ、そうよ。今は時間がないの、早く乗って!」
「は、はい!」
慌ててルノーに乗り込むシンジ。彼を載せ、ルノーはネルフ本部に向けて爆走する。
(やっとだ、やっと始まる。……今度こそ、僕たちが皆を守るんだ!)
少し時間は進み、シンジはN2地雷の爆風によって吹き飛ばされて横転したルノーの中から這い出ていた。
(まったく、N2兵器では使徒には少ししかダメージが入らないってのに……。いい迷惑だよ、まったく……)
「ダイジョーブだった?」
「え、ええ、口の中がまだシャリシャリしますけど……」
「そいつは結構。じゃあ、いっくわよォ!せーのっ!」
シンジはミサトと共にルノーに背を当てて力を込める。どうやら使徒の力を発現した影響からか身体能力が少し上がっていたらしく、前史よりも早くルノーを戻すことが出来た。
「しゃあっ!どうもありがとう。意外と力あるのね」
「いや、そんなことはないですよミ……葛城さん」
こちらに向き直り、サングラスを外したミサトを前の癖で名前呼びしかけて慌てて苗字に戻すシンジ。ミサトは苦笑し、優しくシンジに告げた。
「ミサト、でいいわよ。無理して苗字で呼ばなくてもいいわ、シンジ君」
「それじゃあ……ありがとうございます、ミサトさん」
「ええ、こちらこそ。……さあて、急がなくっちゃ。とはいえ、ここまでボロボロになるとは……」
(トホホ、まだローン残ってるのに……)
ミサトはがっくりとなりながらも愛車の修理を始め、シンジはそれを手伝った。
ルノーの修理を終えたミサト達は、貨物列車に乗ってジオフロントへと向かっていた。シンジは今後の流れを頭の中でシミュレーションすることに集中するあまり、黙り込んでしまっている。
(サキエルを倒す前にトウジの妹を捜さないと……今回は怪我させちゃダメだ、絶対に。問題はその後だ。S2機関をここで取り込んでしまうか、それともゼルエルまで待つか。……ここで取り込むか。どうせ戦いの後に父さんたちに話して説得するつもりだったし。なら戦い方は……)
考えに没頭するあまり、ミサトが怪訝そうにシンジに呼び掛けているのに気づきもしない。
「……くーん。シンジ君!」
「あ、は、はい!何でしょうか、ミサトさん!」
「何でしょうかって……あなた、さっきから黙り込んだまんまよ。やっぱり、さっきのN2でどっか痛めたりした?」
「あ、すみません。ちょっと考え事してたんで……もうすぐ着くんですか、父さんのところに?」
「ええ、そうよ。はいこれ」
ミサトが手渡してきたのは、前にもジオフロントに入る前に見たパンフレット。……その中身は、民間広報誌レベルで機密のことは一切入っていないが。
「ようこそNERV江?」
「そ。NERVは、国連直属の非公開組織。こ―見えてもあたしは国家公務員ってこと」
「父の居るところですね」
「そうね。そうなるわね。あ、お父さんからID貰ってない?」
「ちょっと待ってください。……はい、どうぞ」
持っていたカバンの中から「来い」とだけかかれた手紙に付属するIDを取り、ミサトに手渡す。そしてシンジは、少々乱雑な字に簡潔に書かれた父の不器用さに苦笑した。
(本当に父さんは……僕と同じで不器用なんだな)
「ありがと。……何も聞かないのね」
「え?……父が何の用もないのに、僕を呼ぶはずありませんから」
「……そっか、苦手なのね、お父さんが。……あたしと同じね」
「ミサトさん……」
シンジは両腕を後ろで組むミサトに目線を向ける。……あの時はその言葉の意味がよくわからなかったが、今ならよく分かる。研究ばかりに打ち込んで、家族を顧みなかった父。そんな父に、最後は助けられた。……ミサトは似ていたのだ、自分と。……父に対して複雑な感情を抱いていた自分と。
そうこうしているうちに、貨物列車はジオフロントに突入し、一気に明るくなる。何度も見た光景とはいえ、その美しい景色には目を見張るものがある。
「わあ……これがジオフロントですか?」
窓に手を当て、昔を懐かしむシンジ。
「そうよ、私たちの秘密基地、NERV本部。世界再建の要、人類の砦となるところよ」
(本当は違うんだよな……黒き月。サードインパクトのグラウンドゼロ……)
少々苦いものがこみ上げてくるシンジ。いい思い出もあるが、嫌な思い出もたくさんある自分たちの活動拠点だ。
目的地に到着し、車から降りた前史と同じく方向音痴のミサトのせいでぐるぐる回っていた。……見慣れた光景だったので、あまり驚いた反応を見せることが出来ず、ミサトに少し怪しまれている気がするが。
(ちょっと驚かなさすぎたな……まあ、大丈夫かな。多分、すぐにミサトさんたちには打ち明けるから)
「おっかしーな……確かこの道のはずよね……」
もらった地図を見ながら、自動通路を進むミサトとシンジ。ミサトは表の態度とは裏腹に、心のなかでは別のことを考えていた。
(シンジ君、報告書とは大分性格が違う……。やけに落ち着いているし、オドオドして内気だとは思えない。……報告書が全てじゃない、ってとこかしら)
言った瞬間自動ドアが開き、ミサトはどこか取り繕うように言った。
「これだからスカート履きづらいのよね、ここ……。しっかし、リツコはどーこ行っちゃったのかしら……。ごめんね、まだ慣れてなくって」
シンジはパンフレットを読むポーズをしつつも、ミサトに前と同じ返事を返した。
「さっき通りましたよ、ここ」
「……でも、大丈夫。システムは利用するためにあるものね」
その後、何処かに電話したミサトの要請でアナウンスが流れる。……迷子の案内アナウンスのようだと、シンジは不覚にも思ってしまった。
『技術局一課、E計画担当の赤木リツコ博士、赤木リツコ博士。至急、作戦部第一課、葛城ミサト一尉までご連絡下さい』
(何か、迷子のアナウンスみたいだ……)
アナウンスを聞いていると、なんだか自分まで迷子になった気分を味わって気恥ずかしくなったシンジであった。
何とかエレベーターにまでたどり着いたシンジたち。階層を示す数字が8-28を示した時、エレベーターが止まってドアが開き、一人の女性が入ってきた。金髪に白衣を着た、ミサトと同年代の女性。……父ゲンドウとの愛憎入り混じった関係により、身を破滅させてしまった悲しき女性だ。
「あ、あら、リツコ」
「何やってたの、葛城一尉。人手も無ければ、時間もないのよ」
「えへ、ごめん!」
名前呼びでなく苗字と階級呼びなところに、リツコの怒ってますよアピールを感じるシンジ。懐かしきやり取りに、シンジは内心くすりと笑う。そんなシンジに、リツコが視線を向ける。パンフレットを閉じて手持無沙汰にしていたシンジは、思わず姿勢を正した。
「……例の男の子ね」
「そ。マルドゥックの報告書による、サードチルドレン」
「よろしくね」
「は、はい」
ボロを出さないよう、簡潔に答えるシンジ。リツコはミサト以上に鋭いため、自分の変化がばれるんじゃないかとひやひやするシンジであった。
『繰り返す。総員、第一種戦闘配置。対地迎撃戦、用意』
(来た……)
サキエルの活動再開を察したシンジは、緊張で顔を強張らせた。
「ですって」
「これは一大事ね」
「……で、初号機はどうなの?」
「現在B型装備のまま、冷却中」
「それ、本当に動くの?今まで一度も動いたことないんでしょう?」
「起動確率は、0.0000000001パーセント。オーナインシステムとは、よく言ったものだわ」
(そりゃそうだ、僕が乗らなきゃ動かないんだもの。母さんが僕以外受け入れるわけないし)
「それって、動かないってことォ?」
「あら、失礼ね。ゼロではなくってよ」
「数字の上ではね。……ま、どのみち動きませんでした、ではすまされないわ」
やがて、エレベーターが最下層に降りると、彼らはゴムボートに乗って目的地に向かう。……母が中で眠る初号機のケージへと。
彼らは、初号機のケージへと続くドアをくぐる。ケージは、真っ暗だ。
「あの、真っ暗ですよ?」
自分が何も言わないと先に進まないため、取り敢えず指摘するシンジ。その言葉が合図だったのか、照明が点き、目の前に紫色の巨大ロボットが現れる。……エヴァンゲリオン、初号機だ。
(ただいま、母さん)
「これは、巨大ロボット……?」
「そう。ヒトの造り出した、究極のヒト型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン、その初号機。建造は、極秘裏に行われた」
「……これも父の仕事ですか?」
「そうだ」
シンジが声のした上を見上げると、ケージを直接モニターできる部屋に、父ゲンドウが立っていた。
「久しぶりだな、シンジ」
シンジは返事をしようとしたが、突然過去の映像がフラッシュバックする。補完の折、父を噛み殺す初号機。
『すまなかったな、シンジ』
(何だ、これ……父さんの補完なのか、これが……)
シンジは思わずこみ上げてきた強烈な吐き気に耐えられず、体を九の字に折って膝を着く。
「が、あ……」
「シンジ君、大丈夫!?」
ミサトが駆け寄り、悶え苦しむシンジの背中をさする。ゲンドウはそんなシンジを見ても意にも介さず、ただ一言告げた。
「……出撃」
「出撃!?零号機は凍結中でしょう!?……!まさか、初号機を使うつもりなの!?」
シンジを介抱しながら、声を荒げるミサト。リツコは、ミサトに淡々と告げる。
「他に道はないわ」
「ちょっと、レイはまだ動かせないでしょう!?パイロットがいないわよ!」
「さっき届いたわ」
ミサトははっとし、苦しむシンジに目を向ける。
「……マジなの」
「碇シンジ君、あなたが乗るのよ」
「正気!?今シンジ君は、戦える状態じゃないのよ!?それに、レイでさえエヴァとのシンクロに七か月もかかったのよ?前提からして無理よ!」
「座っていればいいわ。それ以上は望みません」
「リツコ、アンタねえ……!」
ミサトは思わず立ち上がり、リツコの胸倉をつかみ上げる。その時だった。
「……大丈夫ですよ、ミサトさん。僕が乗りますから。ご心配をおかけして、すみません」
シンジが両ひざに手をついて、立ち上がる。その瞳には、固い決意が宿っている。ミサトとリツコは、シンジの方に目線を向けた。ゲンドウも、普通の人には分からないがサングラスの奥で目を見開いていた。
「シンジ君、大丈夫なの?」
「はい、何とか。もう大丈夫です」
「いや、それはいいんだけど……本当に、これに乗るの?」
リツコの胸倉から手を放したミサトが、初号機を指さす。シンジはミサトに頷き返した。
「はい。……確かに、乗るのは怖いです。でも、それ以上に……後悔だけはしたくない。したくないんです」
(これには嫌な思い出もたくさんある。……でも、その嫌な思い出を無くせるのも、エヴァなんだ。僕らはそのために……戻ってきたのだから)
「シンジ君……」
「リツコさん、説明と準備をお願いします」
「……え、ええ。こっちよ」
あっけにとられていたリツコが、足早にドアに向かう。シンジはその後に続こうとして……振り向いた。その視線の先に居るのは……ゲンドウ。
「……父さん、終わったら話がある。大事な話なんだ……母さんについて」
「!?……分かった」
ゲンドウは再度目を見開き、何かを感じたのか頷いた。
NEON GENESIS EVANGELION RETROGRESSION
EPISODE1 Repeat
この小説は主人公のシンジ、アスカ視点を中心に描いてゆきますが、次回からは他の主要人物の視点からも描く予定です。
シンジは過去を乗り越えようとしますが、早々乗り越えられるものではありません。それはアスカも同じです。過去のトラウマに、苦しめられることになります。それらを乗り越える過程を、この小説では描いていきます。
では、また次回で。