わたくしがお嬢様に憧れるのは絶ぇえっ対にぃぃいいッ、間違っておりませんわっ!!!   作:実験場

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細かい事は考えず頭を空っぽにしてお読み下さいですの。





全ての道は『淑嬢』に通ず

ラ・シャルンティーヌ


第一話 ボーイミーツガールですわ!

「ハッ……ハッ……ッ!」

 

 少年は走る。腕を振り、足を上げ、体力の続く限り。死という絶望から少しでも距離を離す為に。

 

 

「なんでなんでなんでなんでなんっっで!!! こんなところにミノタウロスがいるんだあああ!!」

『ヴモオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

「いやああああああああああ、こっちに来ないでええええええっっ!!」

 

 LV.1の少年ではまともに戦うどころか手も足も出ない牛頭人体のモンスター。十四歳の少年──ベル・クラネル──は、突如目の前に現れたこんな低階層に現れるはずのないミノタウロスと理不尽極まりない命がけの追い駆けっこを強いられていた。

 

 ベルの憧れる物語に登場するような英雄であれば一撃の下に葬り去るか、その聡明な頭脳でこのような格上の相手からでも勝利をもぎ取るはずだ。しかし、残念ながらベルは英雄でもなければ屈強な戦士でもない。十把一絡げの駆け出しの冒険者。ゆえに情けなく無様に倒すべきモンスターに背を向けている。

 

「もおおおおお、いい加減に諦めてええええ!!」

『ヴモモモモアアア!!』

 

 こちらの恐怖感を煽るようにミノタウロスは蹄で土の壁を砕きながら追いかけてくる。後ろを振り返ると心なしかミノタウロスの口角が弧を描いているように見え──。

 

『ヴォ! ヴヴォ!! ヴモッモッモ!!!』

 

 いや、確実に嘲笑っている。沸々と怒りが湧いて立ち止まりたい衝動に駆られるが、そんなのは一時の気の迷いで、向かっていくと即死する未来が容易に想像できるので早々に零れ出る荒い息と共に投げ捨てた。現金だとか言ってはいけない。誰しも自分の命が最優先なのだ。

 

「わっ、うわわわっ!」

 

 不意に感じる足元の違和感。遂に神がベルを見放した。不運にも地面に転がる石に足を取られ転倒してしまったのだ。立ち上がり体勢を立て直す暇など無い。四つん這いのまま腕と膝でずるずると何とか前に進む。が、死への反逆はここまでだった。顔を上げた先には無機質な冷たい壁がベルを見下ろす。

 

 行き止まり。

 

 死。

 

 流れ出る涙。ガチガチと震える奥歯。恐怖から目を瞑ると瞼の裏に浮かんでくるのは14年分の記憶。

 

(ごめんなさい。神様……)

 

 最期によぎったのは返しても返しきれない大恩ある一人の少女への謝罪の言葉だった。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 死んでいない。混乱しているが自分がまだ生きているという事は分かる。

 

「ヴモ? ヴモオオオオアアアアア!!!」

 

 ダンジョンに反響するミノタウロスの叫び声。何が起こっているかの確認をするため恐る恐る閉じていた目を開ける。

 

 胸部、腕、足、首と部分部分にバラバラになっていくミノタウロスだったモノ。噴出する鮮血と崩れ落ちるモンスターの隙間から自分を救ってくれたであろう人物の姿が見えた。

 

 刹那で目を奪われた──。

 

 女神と間違うような美しい金髪の少女。胸の奥がキュウッと締め付けられる。苦しいのだけども心地良い、何とも言えない不思議な感覚。それに付随して顔も熱くなってきた。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキファミリアに所属する最強の一角とされている女剣士。

 

 呆然と少女を見つめていると視界の上から赤黒い液体が降りかかってくる。

 

 と、女神のような黄金の少女の姿も、赤黒い液体も突然視界から消えてしまった。目の前を真っ黒なものが遮っている。もっと黄金の少女を見ていたいとの欲求から目を凝らしてよく見ると、真っ黒だと思っていたものはどうやらフリルのあしらわれた上品な日傘の裏側だったようだ。

 

 ダンジョンに似つかわしくないアイテムの登場に疑問を持つ前に声が掛けられた。

 

 

「大丈夫? 御召し物が汚れたりしなかったかしら?」

 

 不意に耳朶を濡らす甘く優しい吐息の混ざった柔らかい声。

 鮮血を浴びるのを救ってくれた日傘が持ち上げられ声の主がゆっくりとこちらに振り向いてきた。

 

 まず目を引かれたのは顔の左右に垂れる淡い紫色のふわりとした巻き毛。

 それらに挟まれる無垢なベルにすら色気を感じさせる褐色の肌。

 長いまつ毛の下の安心させるように薄っすらと弧を描いた瞳は夜空。真っ黒な中に星のようにキラキラと輝いている光が漆黒に負けじと自己主張をしている。

 整った高い鼻筋に薄紅色の潤いを帯びた瑞々しいふっくらとした唇。

 顔から視線を下へと動かすと、腰から裾まで大きく膨らみを持たせた赤色のポールガウンドレスに、リボンのついた短い丈の上着を羽織り、肘上から二の腕にまで至る長い手袋を着用していて肌の露出が全くと言っていいほどない。しかし、赤色の神秘のベールに覆われようとその肉体の女性らしさは失われておらず、特に胸部は己が女であることを、衣服を下から盛り上げることによって強調している。

 

 五感から得られた数多の情報整理し、まとめた結果ベルの口から一つの単語が零れ出た。

 

「……お嬢様?」

 

 言い終わるが早いか、ベルの視界が大きく広がった夜空で埋め尽くされた。

 

「まあまあまあ! 今、何とおっしゃられて!!?」

「ふえ? ってうわあ!?」

 

 あっという間に間合いが潰され目の前には今までに見たことも無いような神秘的な顔があったので、焦り戸惑う初心なベルに構わず女は矢継ぎ早に質問を重ねる。

 

「ですから、今何と!?」

「え、いや、えっと」

「っは!? こほん。わたくしはシャーロット・グレースと申します。皆様からはシャルと愛称で呼ばれておりますわ。で先程は何とおっしゃられたのですか?」

「あ、ぼ、僕はベル・クラネルです。し、シャーロットさん」

「ふふふ、シャルで構いませんわベルさん。で先程は何と?」

「あ、あの、ではシャルさん、そっ、その顔が近……くて」

「まあ! わたくしったら。申し訳ありませんわ……あら! お顔に土が付いておりましてよ。直ぐに綺麗にいたしますから。で先ほどは何と?」

「ありが……とう……ございます……」

「いえいえ、当然のことでございますわ。少しだけ、じっとしてて下さいましね。で先程は何と?」

 

 シャーロットと名乗った女性は白い高級感溢れる肌触りの良いハンカチでベルの顔に付着した汚れを丁寧に拭き取っていく。 

 手から、ハンカチから、再び接近した髪の毛、顔から女性特有の美香がベルの鼻孔に触れ悪戯っ子のようにくすぐってくる。妙齢の女性に、しかも飛び切りの美女にこんなにも親切な対応をされ、ぼーっと心地良い感覚に身を任せる。

 なのでシャーロットの質問に素直に答えた。答えてしまった。

 

「これで綺麗になりましたわ。で先ほどわたくしを見た時に何とおっしゃられたのですか?」

「……はい、まるで物語に登場するお嬢様のようだと」

「はぅんっっ!!!!」

 

 胸に手を当てビクンッと仰け反り、口元をだらしなく緩ませ恍惚の表情を浮かべた、数秒前の姿とはとても同一人物とは思えない目の前の女。

 

「え」

 

 ベルは見間違いをしたのかと右手で目元を擦り、きちんと目が見えるか手のひらで確認すると再び顔を上げた。そこには慈愛の微笑みを浮かべたシャーロットがいた。やはり、先程の光景は見間違いだったようだ。きっとミノタウロスとの逃走劇で生じた死の恐怖とかのストレスが見せたものだろう。今日は早く帰ってゆっくりと寝たほうが良い。

 

 そんなこれからの予定を脳内で立てている時だった。

 

「おい!! 残りの一体がそっちに行ったぞ!!!」

 

 男の怒声と共にシャーロットの背後に再びミノタウロスが現れる。完全に緩み切った空気の中、ベルは勿論のこと目の前のシャーロット、アイズまでも不意をつかれ反応が遅れた。しかもシャーロットにいたっては怪物の登場に気づいてもいないのか振り返りもせず此方に微笑みを向けている。

 振り上げられる蹄。

 殺意の込められた獰猛な視線に映るのは淡い紫色の髪の毛。

 

「シャー────」 

 

 ベルの声も間に合わない。無慈悲な死神の鎌はシャーロットの後頭部へと打ち下ろされた。

 

 静まり返った空間にベルの後悔と哀しみの嗚咽が響く。

 

「そ……そんな、シ、シャーロット…………さ、んっ!」

 

 何故、自分はこんなにも無力なのだろう。

 何故、あんなにも親切にしてくれたシャーロットが死ななければならなかったのだろう。

 自分が強ければ、いや、そもそも英雄になりたいなどと夢想を掲げてダンジョンに潜らなければこんな悲劇は起きなかった筈だ。この悲劇の引き金を引いたのは身の程知らずの己だ。

 

「僕の……せいで、ごめ……んな、さい。シャー、ロットさん」

「もう、ですからわたくしの事はシャルとお呼びください。ところで先程の言葉なのですが上手く聞き取れなかったのでもう一度言っていただいたけないかしらダンジョンって嫌ですわね声が反響して上手く聞き取れないんですもの『物語に登場する』までは聞こえたのですがその後がどうも分からなくて今度は聞き逃さないようにしっかりと構えておきますからしかし誰しも失敗はあるというものもし再び聞き逃してもきっとベルさんなら嫌な顔一つせず何度もお伝えしてくれるとわたくし信じておりますわ男の子が細かい事に拘っては器が小さすぎるというものさあ女性を余り待たせるものではありませんわたくしの準備は万全ですさささ口を開いて下さいませ」

 

 ベルの心情もなんのその。少しのダメージも受けてはいない様子で一方的にシャーロットが話しかけてくる。勿論この間にもミノタウロスは『ヴモッ! ヴモッ!』と叫びながらシャーロットの後頭部を打ち付けている。

 流石のベルもこの光景は全く意味が理解できなかった。

 

「あのー、シャルさん……」

「はい! わたくしが聞き漏らさないようどうぞ大きなお声でおっしゃって下さい」

 

 これから抱擁を受け入れるように両手を広げるシャーロット。

 微動だにしない後頭部をそこはかとなく涙目で幾度も殴りつけるミノタウロス。

 遠い目をして明後日の方向を見続けているアイズ。

 この混沌とした場面を打破出来るのは自分だけだと己を鼓舞し、ベルは口を開いた。

 

「頭大丈夫ですか?」

 

 決してそういう意味で言ったのでは無い。純粋に殴られ続けている後頭部が心配だったのだ。言葉が足りなかっただけなのだ。

 

「あたま?」

 

 指摘しても一向に状況が飲み込めないシャーロットにベルは痺れを切らし後方を見る様に促す。目が合う一人と一体。妙な沈黙が周囲を支配する中、ミノタウロスとベルを交互に見ていたシャーロットが突然膝から崩れ落ちた。

 

「あぁっ!」

「シャルさんっ!!?」

 

 頭部への衝撃は時として後からダメージがやってくるのもあると聞いたことがある。今回のケースはその類いだったのだろう。

 とっさに抱え込むことが出来た腕の中から発する小さな、しかし真剣な願いにベルは耳を傾ける。

 

「ベルさん……こんなにダメージを負ってしまったら、わたくしはもう駄目ですわ」

「シャルさ、ん」

「ですから、最期に一つだけ、先程ベルさんの口から出た最初が『お』で始まり『ま』で終わる言葉を言っては頂けないでしょうか。それを聞ければわたくしは本望です。この世に未練なく逝けますわ」

「……嫌ですっ。満足して死んでしまうのなら、未練が少しでもシャルさんをこの世界に縛り付けてくれるのなら僕は言いたくありません!」

「………………その単語が聞けたのなら、もしかしたら奇跡が起きてわたくしは元気になれるかもしれませんわ」

「っ!?? 元気になれる可能性が一パーセントでもあるのなら何度だって言ってみせます!」

「何度もっっっ!!!!??」

 

 ベルは人を疑うこと知らない、田舎育ちの純粋な十四歳の男の子だ。

 

「よく聞いて下さいね」

「はぁっ……はぁっ……」

「おじ──」

『ヴモモモモモモーーーーーッ!!!』

 

 ミノタウロスの激昂の叫びがこだまする。散々虚仮にされたせいで血走った相貌には憤怒の炎を浮かばせていた。

 

「うわああああ!?」

 

 ベルの脳裏に先程までの死の恐怖が甦ってきた。だが逃げるわけには行かない。今、自分の腕の中にいるのは──。

 

「はぁーっ……はぁーっ……」

 

 頭部の痛みを顔を真っ赤にしながらも耐え、体を小刻みに震えさせ呼吸もままならない護るべき人がいるのだ。ぎゅっと抱き締め自らを盾にしてシャーロットの体を庇う。

 

「え……わたく……初め……人……護られ……はっ!? 執事……必要不可欠……ここは優し……お淑や……アピール……ゲット……ふへっ」

 

 覚悟と決意を胸に滾らせているベルにシャーロットの独り言など耳に入らない。絶対に彼女だけは護ると抱きしめている力を強くすると腕の中で反応があり胸に手を添えられ体をやんわりと離された。

 

「もう大丈夫ですわ。後はわたくしにお任せ下さい」

「え、さっきまで瀕死だったはずじゃ」

「小さな事に拘っていれば大きな人物にはなれませんよ」

 

 納得出来るような出来ないような微妙な表情のベルを残しミノタウロスの眼前へとシャーロットは立つ。一方のミノタウロスも急な展開に戸惑いを隠せず様子を伺っているようだった。

 

「本来であればここで仕留めなければならないのでしょう。でも、幾らモンスターとはいえ意志を持った生命の一つ。いたずらに命を奪ってはいけないと思いますわ」

 

 チラチラとこちらに視線を送りながらの発言にベルは『倒すべきモンスターに慈悲深いとは、なんてお淑やかで優しい女性だろう』と胸をときめかせる。

 

「ですから、これがわたくしから貴方への罰。後は、お好きなところへ行ってくださいまし」

 

 シャーロットの人差し指がぴんと立てられる。

 

「人の会話の邪魔をしてはいけません、めっ、ですわ」

 

 蕩けるような慈愛に満ちた声色。

 壊れやすい繊細なガラス細工に触れるように、ミノタウロスの額に細い褐色の人差し指が添えられた。

 

 

 

 

 

 

 瞬間、ミノタウロスの頭部が木端微塵に爆ぜた。

 呆然としているベルに降りかかってくる赤い黒い液体。全身にベットリ付着したそれは生臭い匂いを周囲に巻き散らしていた。

 凍りつく時間。

 最初に動いたのは同じく鮮血のシャワーを全身に浴びたシャーロットだった。彼女は指を顎に当てると。

 

「触れただけでこんな事になるなんて頭に中身が詰まってなかったのかしら?」

 

 などと宣い。

 

「力の加減をもう少し勉強しませんとね」

 

 こつんと自分の頭を叩き。

 ばちんと片目を瞑り。

 ぺろりと舌を出し。

 にこりと笑った。

 

 血の海の中心で全身を返り血で染め、笑みを張り付けた鬼が其処にいた。

 

 

 

 ベルは反射的に全速力でその場から逃げ出した。

 

 そのスピードはミノタウロスとの追い駆けっこよりも遥かに早かった。

 

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