人斬りさんの愉快な聖杯戦争   作:ラッドさん頑張りたい

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 オリ鯖とかいるしシュチュエーションや場所、召喚しているマスターが一部違います。なんなら召喚されてるサーヴァントも二騎ほど違ったりします。

 俺の推しがこんなあっさりやられるわけねぇ!
 俺の嫁がこんなビビるわけねぇぶっ殺すぞ!?
 胡散臭いんだよこのおっさんうせろ!!

 など思われます方にはおすすめしかねますが、ご了承いただけた皆様はどうかお楽しみ下さいませ。





こいつはたまげた! すっとこどっこいサムライの初陣

 夜風に乗る潮騒の音だけを残し、辺りは狂おしいまでの静寂に満ちていた。

 明滅する街灯、経年によって罅割れる道路。運び込まれる磯の香りと湿気を含んだアスファルトの匂い、そして僅かに混じる異様な血臭を、少女の研ぎ澄まされた感覚は感じ取っていた。

 

 海岸沿いに広がる街並。羅列する高層建築物と街灯。歩道と車道の境には一定の間隔で観葉植物が植えられており、煉瓦の囲いと偉容な冬木は瀟洒な街並みを演出していた。

 

 だがその洗練された街並みにはあまりにも不釣り合いに、その面妖な男は佇んでいた。

 

「……貴公か、不遜にも私をここへ誘い出したのは」

 

 あまりにも不気味な男の佇まいに気圧され間が空くが、少女は男へ声を掛ける。幼さの残るものの震わぬ凛とした声音は、この静謐の中によく響いた。

 男の見た目は長身痩躯、黒色の和装に三尺の日本刀。乱れた頭髪は後頭部に纏められ、相貌は僅かに痩け、口許には薄く笑みが浮かべられている。男は少女の問いに答えず、身動ぎ一つせずただ満天を仰いでいた。

 空を彩る黒色の天蓋。斑に浮かぶ星々と地を照らす天満月。男はなんの感慨も宿らない薄墨の様な瞳を空へ向ける。

 

「再度問おう。貴公が私を誘い出したのか?」

 

 素朴と言うにも些か以上に粗末に映るその幽鬼の様な風采。時代錯誤な姿でコンクリートを躙り、男は僅かに体を少女へ向けた。細められた双眸と湛えられた薄ら笑み。改めて見澄ますその面貌は狐のよう。

「…………」

 男はそれきりまた動きを見せる様子も、少女の問いに答える様子もない。少女は心内に僅かな苛立ちを燻らせ、男を明確な敵意を以て鋭く睨める。

 

「再三問うぞ、四度目は無いと知れ。貴様か、気配も隠さず我が身をここへ招いたのは。尋常なる果たし合いを所望と見受けたが、如何に?」

 

 王としての振る舞いを。騎士としての矜持を。規律と礼節を重んじり寛容を以て相対する。故に余裕を、乱されぬ心を。

 それが王として、騎士としての正しき在り方である。心根に刻み、そうある様に心掛け尚、眼前の男への不快感は拭えず、背筋を頻りに走る悪寒に語調が強くなる。

 

 男の様は凡そ英霊が纏う空気とは到底かけ離れていた。

 

 闇の中にあって尚暗き和装。炭化した様な乾いた頭髪。潮風にはためく裾元、虚仮にする様な薄ら笑み。何もかもが胡散臭く、不思議な迄に苛つきが募る。どうしようもなく心を惑わすのだ。

 

──生前に駆けた戦場の中にあってすら、ここまで異質な空気を感じたことはない。

 

 焼けた鉛の様、と言うにはあまりにも冷やかで張り付くような奇妙な空気に、少女は静かに固唾を飲んだ。

 問われた男は少女を爪先から順に眺め入ると、最後にその薄墨の様な目で彼女の瞳を覗き、口元の端を一層吊り上げ、静かに笑声をあげた。

「っ! 貴様、何がおかしい! 我が問いに答えないのならば、これ以上は愚弄と……」

 

 少女は憤りのままに声を荒らげ、そしてピタリと言葉を止めた。

 

 それはあまりにも自然に、いや不自然に。暗がりの中にあってもハッキリと分かる程に、無造作に男の足元に放られていた。

 少女にとってそれは見馴れぬ物ではない。幾度として目にし、数多に作り上げてきた。それこそ、戦場に出るならば当たり前とすら言える物。

 

 赤色の飛沫、一面の血溜り。

 

 

 

 鮮やかに切り落とされた四肢。

 

 

 

 

 

 

 

 切れかけのフィラメントが羽虫の様な音を奏でる街灯が明滅を繰り返し、てらてらと照らす。

 

 あまりにも無惨に。そしてどこまでも美しく。それはまるで、血色に染まる肉のオブジェ。

 

 

「…………っ!?」

 

 少女は凡ゆる言葉を捨て、凡ゆる行程を捨て、ただ心中に犇めく憎悪のみを残し、その手に『剣』を握る。

 

 瞬く間に武装は完了する。魔力によって編まれた白銀の鎧、そしてその手に握る不可視の剣。その身に纏う魔力は優に水準値を越え、最良のクラスである『セイバー』の名に恥じぬもの。

 並々ならぬ激昂と嫌悪感。少女は男へ剣先を向け、一歩後退する。

 

──何故私はあれに気付かなかった?

 

 血臭は感じていた。潮風の中にあっても拭いきれぬ血の臭いを。

 状況の把握、警戒は此度の戦場において何よりも優先される事項である。故に彼女もそれを怠ったつもりは微塵もない。

 

──何故だ。私は一度とて警戒を怠ったつもりはない。それよりもこの男を前にして一層……

 

 そこまで思考し、少女はふと止める。冷たくなった汗が背筋を伝う感触に、彼女は自身が感じていた『怖気』に気付いたのだ。

 男の纏う空気に。空を仰ぐ立ち姿に。薄墨の様な瞳に。引き裂く様に吊り上がった笑みに。

 戦場に於いて百戦錬磨である少女は、感じたことのない恐怖を男に感じていた。

「っ!」

 自覚すると共に、内に犇めく嫌悪も合わさり大きく膨らむ憤慨に少女は歯噛みする。軋みあげる奥歯の音に意識は向かず、ただ刃の様に鋭い眼光を宿し男を睨み付ける。

 

「おやぁ、どうしましたか、お嬢さん? 顔色がよろしくありませんよ」

「……」

 

 相対して始めて放たれる男の声。聞く者に不快感を与える声音は存外に落ち着き払ったものであり、その淀んだ言葉の端は対面する全てを見透かすかの様な気色の悪さを感じさせる。

「訪れた時の堂々とした振る舞いは如何されました? そんなに怯えたお顔をして。それではまるで稚児の様ではありませんか」

「……ぬかせ、外道。答えよ、貴様の足下に捨てられたそれはなんだ? よもや知らぬとほざく訳ではあるまいな?」

「これですか? あー、いえ、お気になさらず。自害されても困ります故、下顎は砕かせて頂きましたが、生きております。殺し損ねた訳では御座いません」

「ならば……それは」 

「お嬢さんを此方へお招きしていた『サーヴァント』その人、ではありませんかね?」

「……なに?」

 魔力の流れを辿り此処に駆け付けるまでに掛かった時間は約十五分。主人の命を受け動き始めるのに僅かな手間は存在したものの、それはサーヴァント同士の戦闘に決着がつくにはあまりにも短すぎる。

 

──魔力の流れに乱れは無かった。この男の虚言か? いや……

 

 それはあり得ない、と少女は直感的に悟る。

 まだ乾いていない血溜まり、辺りを漂う鼻に付く血臭、生々しい切り口。どれも先刻の出来事である事を物語っていた。それはつまり──

 

「貴様が……斬ったのか?」

「……ックク、ええ、ええ。はいはい、理解が早うござんすねぇ」

 

 男は袖口を口元にやると、先の様にくぐもる笑声をあげる。男の失笑に少女の苛立ちは募る。

「……戦闘があった様には見えない。答えろ外道、貴様は如何様な奸計を以ってしてその者を斬り伏せた? まさか不意打ちと言うわけではあるまい」

 挑発を込めた問答。それは冷静を装う為という理由もあったが、純粋な疑問でもあり、先制の機会を得る為の一手でもあった。

 少女が手繰った魔力の流れ。それは他のサーヴァントを誘った挑発行為に他ならない。己が身を晒し敢えて敵を誘い出そうとする好戦的な策略を巡らせるサーヴァントだ、恐らく白兵戦において絶対的とも言える自信があったのだと見受けられる。

 

──その様なサーヴァントがたったの一騎に遅れを取るとは思えない。

 

 眼前の男は例え様も無い不気味さはあるものの、お世辞にも強力なサーヴァントと呼べる存在には見えない。その匙の先ほどの微量な魔力しか持ち得ない男が、戦闘に秀でたサーヴァント相手に有利を取るには何らかの要因が必要だ。

 第一に考えられるのは協力者の存在。他陣営と共闘関係を結び囮を使って格上を仕留める。スキルや宝具の性質によっては意識外からの攻撃を得意とする者もいるだろう。そう想定するのであれば、この男が囮であると考えることも出来る。

 

──この不快感や先程まで地に伏すアレに気付けなかったのもスキルや宝具による阻害であると言えば説明がつく。

 

 故にこそ、少女は男に問い、意識は周囲へと張り巡らせる。魔力の乱れが存在しないからには『キャスター』クラスのサーヴァントが協力者である可能性は低い。もしキャスタークラスのサーヴァントであったとしても、魔術的干渉への耐性はクラススキルの補正によって問題はない。

 男のクラスが何であれ、恐らく対処可能。ならば第三者の攻撃にのみ警戒を向ければ済む話。最優のクラス、セイバーとしての自負から来る戦闘での自信が彼女にそう結論付けさせたのだ。 

「不意打ち? その様な物が必要ありますか。私はただ斬ったのです」

「妄言も大概にしろ、奸物め。虚妄を弄するならば最早言葉は交わさん。我が愚弄と受け、騎士として貴様を斬り伏せる」

「怖や怖や、盛んで御座いますが、いやはやこれは。クク」

「…………何がおかしい?」

 下卑た薄ら笑いに細められた瞳が、不意に背を撫でられる様な不快感を与える。戦いすら始まってなどいないと言うのに、少女は深い疲労を感じていた。

「いやですね、はい。あまりにも私の知り合いに似ていたものでして。勇猛にして果敢。清廉にして潔白。清く強く正しくあろうと志すもののふの目にございます。ただ、薄いのですよ」

 男は足元の肉を爪先で小突き、続ける。

「薄い、血の匂いが薄うございます。数ではありませんよ、濃さです。貴女はなにを思い斬り伏せてきたのです?」

「…………私は、王としての責務を果たす為……」

「剣の道、人の情、道徳観」

「……!?」

 それは煌々と燃ゆる、と言葉にするにはあまりにも黒く汚く、汚泥の様な輝き。見開かれた男の瞳に少女は一歩後退る。

「まさに空疎。これだけ尊大に振る舞いますのに、中身はどうしたって空っぽでございますねぇ」

「貴様……何を」

「怖くて怖くて仕方がないのに、英霊ってのは難儀なものです。誇りだ忠義だ宣うばかりに、背を向けて逃げ出すことも叶いません。ねぇ? オディナ何某殿?」

 男はうつ伏せで転がるオディナと呼ぶその肉を蹴り飛ばし、仰向けに転がす。相貌は苦痛に歪み、か細い呼吸は正に虫の息と呼ぶに相応しい。元は端正に整っていたであろう相貌は見る影もなく、砕かれた顎と折られた鼻からは夥しい量の流血が見られた。

「此方が適当な偽名を名乗りましたら真名までスラスラ答えてくださいました。本当、英霊ってのは馬鹿ばかりでさ」

 彼女は足蹴にされるオディナと呼ばれたそれを見て、言葉にし難い激情に駆られた。反射で片手を口元に当てがい、自身が吐き気を催していることに気付く。

 

──幾千の戦場を渡り、幾多の亡骸を目にし、それでも尚、今し方感じた不快感に勝るものがあっただろうか。

 

「貴女も、この方も。全くもって話になりません。殺し合いに道理を持ち込む間抜けばかり。武勇と美談でお腹が膨れると思ってるお花畑でいっぱいで。さぞ華々しき色にてその生涯を終えたことでしょう。私の様な下賤の輩には到底想像だに出来ぬ様な、彼岸に咲く徒花が如し極彩色」

 

 ゆらりと。男は揺れる。幽鬼の様な佇まい、枯れ木の様な風采。時代錯誤の草履がアスファルトを躙り、薄墨色の瞳が此方を捕らう。

 

「清く強く正しくあろうと志すもののふの目に御座います。人道と道徳をこそ重んじる騎士の在り方、というものですか? ああ、いやはやなんですかね、彼も貴女も、こうも清らかな有り様を示されては……」

 

 

 ゆらりと揺れる。青い炎を彷彿とさせる冷やかな眼光を持って、鋭く冷たい刃の様に。薄月の様に陰り掴めぬ全貌に、瞳と笑みだけが暗闇に浮かぶ三日月の様に。

 

 たったの一歩。前にでて。

 

 

「斬ってしまいたく、なるではありませんか」

 

 

「っ!」

 それはただの言葉。もしくは剣気と呼ぶ物だろうか。彼女は額の汗を拭うことすら出来ず、ただ一歩後退する。

 その挙動は無意識の内に行われたものだ。『一歩近づいた男から一歩でも遠くへ離れたかった』。本能に近い根源的な恐怖心が、彼女に後退以外の選択肢を選ばせなかったのだ。

 

「この二槍こそは我が騎士としての誇りだと言いますから、まず両腕から飛ばしました。膝をつく事に意地を張るので右足首を落としました。それでも痛みに耐え立ち尽くす物ですから今度は左足を付け根から。非対称にこそ美観を持つ日本人と違って西洋の方は対象を好むと聞き、可愛そうに思いましたので最後は右足を付け根から飛ばして綺麗に揃えて差し上げました」

 

 

 言葉の羅列が。単語の並びが。ただの音に過ぎないそれがここまでの不快感を宿すなどと、過去の英雄である筈の彼女は知らなかった。生涯にどれ程の外道と対峙し、それを斬り伏せてきた。そんなものの全てが児戯にも感じられる程に、男は黒く汚く澱んでいた。

「最後に自害されぬ様そのご尊顔を踏み砕き、おしまいでさ。過去の英傑何するものぞ、言葉ばかりの芥が座につく時世の者です。さぞ大層な戦さ場だったのでしょうねぇ」

「キ……サマ……」

 掠れた笑声は耳につく。恐怖は視界が狭まる程の怒りへと塗り変わり、剣を握る両手は柄を砕かんとばかりに力が込められる。

「キサマ……」

 呼吸は乱れ、噛み締めた奥歯は軋み上げる。臓腑は煮え滾り、思考は一色に統一されていく。

 明確な殺意が。戦士の矜持を踏み躙り、人としての尊厳すら冒涜する眼前の男への殺意が。彼女の思考を満たしていく。

 

 

「貴様ァァァァァァァァァァァ!」

 

 

 少女は怒声を上げ男へと駆ける。その様は音を置き去りにする弾丸の如く。

 そこに戦略と呼べる程の知性は存在しなかった。伏兵を危惧する周囲への警戒も捨て去り、ただ眼前に立ち尽くすその男を無残に斬り捨てて、一刻も早く消してしまいたいと言う一つの激情。王としての振る舞いなど二の次であると、そう思えてしまえる程に彼女の思考は怒りと恐怖に染まりきっていた。

 戦術も戦略もないただの突進に過ぎないが、それでもセイバークラスのサーヴァント。巻き込み放出された魔力を推進力とするそれは、並みのサーヴァントを殺してしまうには十分過ぎる破壊力を持っている。秒とかからず彼女の間合いに男を捉えるだろう。

 間合い手前、不可視の剣を以って男の胴を横薙ぎに断とうとするその刹那。

 

 彼女は数秒後の己の死を見た。

 

「っ!?」

 

 全身の血の気が一瞬にて引いていくのを感じ、平静を取り戻した彼女は持ち得る全力を尽くし後方へ飛ぶべく両足を止める。強烈な慣性に抗うべく力まれた両足はアスファルトを削り、弾かれる様に間合いから離れた。

 

 

「……………………チッ」

 

 

 男の乾いた舌打ちに彼女は気付かない。

 ただ膝をつき、乱れる呼吸を整える。エーテル体に過ぎないその体に、彼女は確かな動悸を感じていた。

「……直感。うーん、面倒臭いですねぇ。毛程も気にしちゃいませんでしたが、いざ対面してみますと猪口才極まり無い」

 鞘口に刃を収める鉄の音。金属を打ち付ける音は鈴の音にも似て、短く響き暗闇に溶ける。ゆっくりと視線を上げて男の手元を見るが、刀に添えられた右手は──

 

 

「…………」

 

 

──いつ、剣に触れていた?

 

 

 怒りに視界が狭まっていたとはいえ、男の一挙手一投足を見逃す筈がない。飛び退くその刹那まで、男の動きは具に注視していた。

 

 なのに、その一つの動作が見えない。

 刀に触れ、抜き、何をしたのか。そもそも刀を抜いたのか。

 だが彼女は見たのだ。己が身が引き裂け、そして地に付す姿を。それは恐らく、あと一歩、いや半歩踏み込んでいれば訪れていたであろう数秒の未来。彼女の未来視にも等しい『直感』のスキルが鳴らした、凶刃に対する警鐘に他ならなかった。

「……ほら、お嬢さんどうしました? 先の威勢はどうしましたか? 勇猛果敢な様は虚勢に御座いましたか? いやはや、情のう御座いますねぇ。地に付す民草の為に立ち上がる気概すら偽物で? はあはあ、なんともまぁ」

 飄々と語る男のそれは露骨な挑発に違いない。だがその言葉の全てが癪に障り、気味が悪く、腹立たしい。切り裂いてしまいたいと心底から思い、もはや願いと言葉にして良いものですらあった。

 だが彼女は踏み込むことが出来ない。地に立てた剣に体を預け震える両足で立ち上がり、剣先を男へ向けるも、怒りに任せて駆ける事もままならなない。

 

 濁していた気持ちは覆らない。純然たる恐怖故だ。

 

 強者へ向ける物とは違う。死への恐怖などでは断じてない。己より強い者など星の数ほど存在した。怪物にすらも刃を向け、立ち向かう事だってあった。

 だが、それでも。

 

 得体の知れない恐怖が、彼女の体を蝕むのだ。

 

「………………はぁ、申し訳ございません。知り合いに似ている、あれは無かった事にしてください。上っ面はとても似通っておりますが、中身は欠片程の類似も見られない。彼女は空っぽなりにも、魅せる物がありました」

 

 引き裂けるような笑みを沈め、男は軽蔑を込めた視線を少女へ向ける。僅かに苛立ちを見せる男は徐に地に付す男を爪先で小突くと、ゆっくりと右手を刀の柄に掛けた。

 

 そして。

 

「────ッァァ、ア、ァァ……」

 

 また、短く響く鉄の音。一間遅れて、地に捨てられた男の耳筋から双眸にかけて赤く筋が入り、鮮血がしぶく。

 もう痛みに喘ぐことすら叶わないのか、男は掠れ切った声音を漏らし、欠損した四肢をばたつかせる様に身を捩った。

「ッ!? 貴様、何を……」

「はぁ? ああ、いえいえ、この程度では死にませんとも、サーヴァントですもの。霊核が無事な限り死に絶えたりなど致しませんとも。ねぇ、オディナ様?」

 少女の問いに、男はさも当然の様に的外れな返答をする。いやそれどころか、まるで少女の驚愕こそが不思議と言わんばかりに。

 

 それが偏差だと、少女は悟った。

 

 同じ形をしていても、同じ生き物ではない。

 在り方も、考え方も。知能も生態も本能も。きっと見てきた物も、見えている物も。善悪の観点が、人間の道徳や良心が、合う筈も無いのだ。

 この男は、人の形をしたこれは。

 

 生粋の外道、化生の物なのだから。

 

「興が冷めました。此方も早々に片付けてしまいましょう」

「……」

 

 

 静かな刃が此方を見遣る。

 

「さあさあ、さあさあさあ」

 

 柄に掛けられた右手の人差し指が鍔を撫で。

 

「おいでくださいませ」

 

 鞘口に当てられた左手が鯉口を切り。

 

「おいでくださいませ」

 

 痩けた相貌に薄ら笑みを湛え。

 

「おいでくださいませ、おいでくださいませ」

 

 薄墨色の瞳で少女を捉え。

 

 

「私の撃尺に、おいでくださいませ」

 

 

 刀の化生はゆっくりと、此方に歩み寄る。

 

「っ!?」

 

 枯れ果てた草木の様な精気の無さ。ゆらゆらと揺れる不知火の様に。

 幽鬼の様な出で立ちの男は、ザリザリと草履でアスファルトを躙り、少女へ徐々に間合いを詰める。

 

 それが堪らなく恐ろしい。

 

「あ、ああ……」

 

 体が強張るのを感じる。

 がちがちと歯が鳴り、焦燥にて視界が定まらず、膝が崩れ落ちそうになる。

 

「ああ、あぁ……」

 

 まるで稚児の様だと。そう口にした男に今なら同意してしまうと。心の片隅で感じながら。

 

「ああ、ああぁぁ」

 

 彼女は宝具を解放した。

 

 風が湧く。刀剣を覆う不可視の結界は放たれ、魔力は大気を巻き込み豪風へと姿を変える。風は彼女を中心に轟々と吹き荒れ、嗎にも似た風音が一面を裂いた。辺りの建造物の窓ガラスは一斉に割れ、破片が一面に降り注いぐ。常人ならそれだけで歩みを止め身を付すそれを、彼女は全てを剣に集約させ、平行に構え引き絞る。

 風の隙間から豪奢な装飾の施された黄金色の刀身を晒し、真名の露呈の可能性すらかなぐり捨て、そして男へ剣を突き出した。

 

 

「ウワァァァァァァァアァァァァ!」

 

 

 荒れ狂う風は確かな殺意を持って男へと放たれる。

 アスファルトを抉り前進するそれは既に刃に等しく、触れる全てを引き裂く不可避の災害と化していた。それは逆巻く風の怒り、風王の鉄槌に他ならない。

 ここは広いと言っても街路に過ぎない。颶風は道を塞ぎ、逃げ場など見当たらない。瓦礫を巻き込み迫り来る少女の一撃を前に──

 

 

 

「あ、ちょ……アイタァ────!?」

 

 

 

 男は為す術もなく宙へ投げられた。

 

 瓦礫と共に宙を舞い、そして二度三度と地に叩きつけられ、ザリザリと全身を擦り付け砂埃を残し、そして元の距離から幾らか先で止まる。もともと見窄らしい風采はボロ雑巾のように成り果て、少女に背を向けて横たわり確認することは叶わないが、きっと男は白目を向けているだろう事が想像がつく。

 ピクピクと数度痙攣するとピタリと止まり、男は燐光と共に姿を消した。

 

 

 

 海風に晒されて虎落笛が鳴り響く。緊迫していた空気は急速に弛緩し、少女は全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。命のやり取りから一変した間抜けとも言える空気に、少女は言葉を発する事ができない。

 血溜まりに沈む肉だけを残し、場には静寂が落とされた。

 

 

 

 

「ハァ、ハァ………………はあ?」

 

 

 

 

 

 

 

 これは幕間。

 屍櫃の底より出ずる男の物語。

 刃鳴りすらも置き去りに。刀の化生は己が身を振るう。

 宵月の今際に尊ぶ物なし。朽ちる事こそが道理と知るがよい。

 

 

 

 

 




 お楽しみいただけましたでしょうか? と言ってもまだ始まったとすら言えない序盤も序盤、「わからん、せめて読める文章を書け」と言う感想が殆どだと思います。

 ぶっちゃけ、この吹き飛ばされたおじさんはめちゃ弱いです。一定条件下においてのみイキれるアンポンタンです。
 おじさん早々に消えたけど大丈夫? と思った皆様安心してください、大丈夫ではありませんが、生きてますよ。
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