「ゲームセンター楽しかったなー! やっぱ都会は違うわー、一度ココアと一緒に行った木組みの街のゲーセンはすごーく古い機種しかなかったけど、こっちだと最新機種なんでも揃ってるし」
「VRというのは初体験でしたが、本当にゲームの世界に入り込んだような気分になりますね。凄いです」
「双子のナツメちゃん、エルちゃんにもまた会えたし、楽しい一日だったね」
チノ達が都会への卒業旅行中のとある日のこと。ゲームセンターを存分に楽しんだチマメ隊の3人は、ホテルに戻ってきても未だ興奮冷めやらぬ様子で昼間の出来事について話していた。専用のヘッドセットを付けて仮想空間を冒険するタイプのVRRPG「ラビットクロニクルVR」が三人の特にお気に入りだったようで、旅行先で出会った双子の姉妹――ナツメとエルが乱入してきて協力プレイすることになったことも含めて、三人にとってはワクワクする経験になったようだ。
チノ達の泊まるホテル「ロイヤル・キャッツ」はナツメには「ゴーストホテル」などと言われてしまったオンボロだが良いところもあった。他の宿泊客がおらず貸切状態なので、こうやって共用のカフェテリアスペースで夜まで騒いでいても怒られる心配や人目を気にしたりする必要が全然ないのだ。なので、ちょうど今日のように気分が高揚して部屋に戻っている気になれないときなどは、一階に下りてきてみんなでお喋りするのが日常になっていた。今の時刻は夜の22時過ぎ。他のホテルだったら、いくら建物の中とはいえ10代の女の子達だけで盛り上がっているのは少しはばかられただろう。
ただ、チマメ隊の輪よりちょっと離れたところに一人ぽつんと座っている人物――ココアは、(彼女にしては珍しいことに)テンションが高いという訳ではなさそうだった。
「うぅ、VRゲーム私もやりたかったな……、結局アバター作っただけで終わっちゃった……」
ココアはそうぽつりとつぶやいた。
ゲームセンターでは、ココア、リゼ、シャロ、千夜の年上組もアバターを作ってゲームをプレイし始めたのだが、千夜が3D酔いで離脱したのを皮切りに年上組はすぐにログアウトしてしまい、結局まともにゲームの中身はプレイしていないのだった。
「いや、千夜にはシャロとリゼがついてくれてたんだから、普通にあのアバターで一緒にクエスト来れば良かったじゃん……」
「『この格好、年下みたいで恥ずかしくなってきた』とか言って自分からログアウトしたのはココアさんです」
「ま、まあ、まだ旅行も日にちあるし、今度またみんなでゲームセンター行ったときにプレイしようよ。あの『ラビットクロニクルVR』てゲーム、調べたらまだ続きがあるんだってー。一度クリアすると、最終ステージの先に隠し要素が出現して、伝説のまおう?が復活するクエストが遊べるとか……。だから、私たちもまだ続きを遊びたいし」
総ツッコミを入れるチノとマヤに対し、メグは慰めを口にしたが、実際のところまたみんなでゲームセンターに行く機会があるかどうか怪しいのは四人とも薄々分かっていた。高層ビルから眺める宝石箱のような夜景や、回るだけで一日かかるような大遊園地。都会ではまだまだ見たいもの、やりたいことがたくさんあるのだ。長いと思っていた旅行だが、いざ始まると一日一日が楽しすぎてあっという間に過ぎていき、今では残された時間が惜しいと思うようになっていた。果たしてゲームに興じるだけの時間はまだ残されているのだろうか。
場の空気がやや沈んでしまったのを見かねて、マヤが話題を変える。
「そういえばリゼ達はどこに行ってるんだ? まさかもう寝ちゃったの?」
「確か『今日は流星群が見える日だから』て言って、ホテルの望遠鏡を借りて屋上に出て星を見てるんじゃなかったかなー」
「意外と何でもあるなこのホテル……。でも星を見るんだったらどう考えても木組みの街の方が向いてるよなー。だって都会の夜は明るすぎるもの」
「だねー。一番向いてるのはたぶんココアちゃんの実家だね」
「いつかココアの故郷にも行って思いっきり天体観測したいなー。キャンプもまた出来そうだし」
マヤとメグがそんな他愛無い話をしている横で、チノが「ふわぁ……」とあくびをした。流石にちょっと長旅の疲れが出てきているのかもしれない。それを見たメグがこう切り出した。
「明日も早いし、そろそろ部屋に戻ろうか」
四人が上階に向かって移動する途中、窓から外の景色を見てみたが、この時間でもナツメ・エル姉妹の泊まる隣の豪華なホテルや他の建物の窓からいくつも明かりが漏れており、やはり星はあまり見えそうになかった。
「ココアちゃん、流れ星見えないかもしれないけど一応お願いしておいたら? みんなで魔王が倒せますように、って」
「魔王討伐を星に祈るとか、ここはファンタジー世界かよ」
マヤが思わず苦笑する。
チノ達がホテル「ロイヤル・キャッツ」で取った部屋は二人部屋が四つだ。七人連れのチノ一行はどうしても一人余る計算になるので、毎日くじ引きで部屋割りを変えることにしていた。今日の部屋割りは、チノとココア、千夜とシャロ、マヤとメグが同室でリゼが一人部屋だったので、チノは廊下でマヤとメグとは別れることになった。お互いにおやすみ、と挨拶を交し合う。
ゲームのことをまだ引きずっているのか口数少ないココアと一緒に部屋に入る。この部屋のドアは建て付けが悪くコツを掴まないとうまく開かないのだが、流石に一週間近くも泊まっているのでチノは慣れた手つきでドアを開けた。
部屋に入ると安心したのか急激にチノは眠気に襲われた。自分で思うよりも長旅の疲れが体に溜まっていたのかもしれない。お風呂に入って、歯磨きもして、着替えもしていたのですぐに寝れるのが幸いです――、そんなことを考えながらチノはベッドに潜り込んだ。それにしても、頭の芯から麻痺するようなこの眠気は異常だ。うっかり深夜までボトルシップ作りに熱中してしまった日の翌朝でも、ここまでの眠たさは感じたことがない。これはまるで、誰かが強制的にチノの意識を飛ばそうとしているかのような――? 何か奇妙なことが自分の体に起こっているのを感じながらも、チノは辛うじてココアに一言「むにゃ……おやすみなさい」とだけ言うと、ほとんど間を置かずに眠りに落ちていった。