「がおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ヴェアアアアアアアアアアア!!??」
「グルァァアアアアアアアアア!!!!」
上空から加速度をつけて振り下ろされたメグの戦斧が、翼竜の頭上に直撃する。メグの雄叫びと、翼竜の悲鳴が交錯する(何か変な叫び声も混ざっていた気がする)。クリティカルヒットだ! メグが着地してから2、3秒、誰も微動だにしない沈黙の時間が流れた。そして、静寂を破ったのは翼竜の方だった。翼竜はよろめいた後に地面にドオン!と倒れた。やがてその体は光に包まれていき――、無数の毛玉のようなものに分裂し、四方八方へと飛散していった。
「何度見てもこの光景は慣れないですね……、モンスターを倒すとティッピーになって散っていくなんて」
この、元の世界のティッピーにそっくりな生物は、この世界でもティッピーと呼ばれ、魔法生物、妖精の一種と考えられているらしい。姿かたちこそ元の世界のティッピーそっくりだが、ふわふわと空中を浮遊できる点は元の世界のティッピーとは異なる。チノもちゃんと理解していないが、この世界のモンスターは、ティッピーが集合して一定の生物の形を取り、一つの意思を持つかのように動き始めた存在なのだという。小さな魚たちが集まって大きな魚の振りをする、という幼少期に読んだ絵本のことをチノは思い出した。モンスターを倒すと、彼らは元のティッピーの姿に戻り、蜘蛛の子を散らすようにどこかへ逃げていってしまうのだった。これが光の粒とかになって消えるのだったら「幻想的」と思ったかもしれないが、多数の自分のおじいちゃんになって消えていくというのは何ともシュールな光景だ。
「この毛玉も倒せば絶対経験値になると思うんだけどな~、でもめちゃすばしっこいから、誰も捕まえたり倒したり出来た人がいないんだよな」
いつの間にチノの横に来ていたマヤがそう解説する。ついさっきまで泣いていたのに、すぐにケロッと立ち直っていることにチノは苦笑しつつも安堵した。
そうだ、メグさんは? 空中に大ジャンプし翼竜を斬りつけるという大立ち回りを演じた親友のことを案じてチノは駆け寄るが、幸いメグにも大したケガなどは無かったらしい。
そうすると、翼竜に斬りかかったときにもう一つ断末魔(?)のようなものが聞こえたと思ったのは何だったのだろう。確か「ヴェアアアアア」という風に聞こえたが――。
そこまで考えてはっと気付き、チノはあたりを見回す。無我夢中でドラゴンから逃げてきたので気付かなかったが、ここは間違いなく、チノが最初に目覚めた森の中の広場だ。ということは、メグに踏み台にさせ、ドラゴンの尾で木っ端微塵にされてしまった「しめ縄」つきのあの石は、ココアが降臨してきたときにその場にあった御神体(?)だったのでは――?
そのことに気付いたチノは冷や汗をかいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ココアさーん! コーコーアーさーん! 二人の仲間を連れてきましたよー!? どこかにいるんですよね!? 出てきてくださーい!」
チノはマヤとメグの唖然とした表情にも構わず、一人で広場中に向かって呼びかけ続けていたが、答える者はいなかった。
「チノちゃんのかかった幻覚魔法、だいぶかなり重症みたいだね。街に戻ったらヒーラーに見てもらったほうが良いんじゃないかな……」
「だから、幻覚じゃないです!」
「まーまー、仮にチノがここで何らかの霊的存在に出会ったのが事実だとしてだよ。そいつ、おそらくあの御神体みたいな石を依り代にしてたんだろうから、石が木っ端微塵にされた時点で消滅しちゃったんじゃね? 」
「そ、それは……」
これだけ呼びかけてもココアが出てこない、という時点で、マヤの指摘が的を射ていることは認めざるを得なかった。チノはがっくりと肩を落とす。
「正確に言うと精霊や悪霊の類はエネルギー体だから、依り代を失っても死ぬわけじゃなく、大気中の魔力の流れの中に霧散するだけなんだけどね。どこかでそのうちひょっこり会うこともあると思うから、落ち込むなよチノ」
マヤは慰めつつも、その後にこう付け足すのを忘れなかった。
「石が砕かれたときの『ヴェアアアアア!!!!』って悲鳴は私も聞いたよ。どうすればこんな声が出るんだろう?と思うような、この世のものとは思えない恐ろしげな悲鳴だったよな。こんな凄い断末魔を発するなんて、その霊はきっと現世に並々ならぬ恨みがある、物凄い悪霊だったんだろうなー」
「えーっ、怖いなあ。私あの石を踏んじゃったし、間接的に石を壊すのに手を貸したことになるけど、それで悪霊から呪われたりしたらやだなぁ……。あとでお祓いを受けなきゃ」
すっかり悪霊扱いされるココアのことをフォローする気持ちの余裕はチノにはなかった。何しろ、この世界でのチュートリアル役を、文字通り踏み台にして木っ端微塵に破壊してしまったのだ。マヤとメグから色々教えてもらったとは言え、この先どうやって生き延びていけばいいのだろう。まして魔王を倒して元の世界に戻ることなど出来るのだろうか……? チノの異世界生活は前途多難なものになりそうだった。
1章はここまでです。
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