(……ノちゃん! チノちゃん! 起きて!)
「んぅ、すぅ……」
(チノちゃん、起きてってば!)
「!? わぁぁ!!! いつからいたんですかココアさん!!??」
「ここあさん!? ここあさんてだれー!?」
チノははっと目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。ココアに起こされたような気がしたが、それは夢の中の出来事だったらしい。目の前で自分を起こそうとしているのはココアではなく、小さい姿のメグ・エルの二人だ。
「な、なんでもないです……。そ、それよりどうしたんですか? 私を起こしてくれたみたいですが」
と言いながらハッと気付く。周囲を見回すといるのはメグ・エルの二人だけで、一緒にいるはずのマヤ・ナツメの姿がどこにも見当たらないのだった。チノは一気に青ざめた。
「マヤちゃんが、マヤちゃんが……」
「ナツメちゃんがたいへんなの!!!」
メグ・エルの二人が結界の外を指差す。まさか結界が破られて二人がモンスターに連れ去られてしまった!? 慌ててチノは二人の指差す方に駆け寄るが、結界の外に出ようとした瞬間、ぶよぶよとした空気の壁に阻まれた。結界は破られていなかったようだ。だとしたらなぜ二人は結界の外に? この結界は外のモンスターから中の人を守るだけではなく、中にいる人も外に簡単に出られなくする、ベビーベッドのような効果を発揮するはずなのだが――
「ふたりはティッピーをおいかけていっちゃったの!」
世界樹の中では、ティッピーストリームに合流しようとするティッピーがふわふわとその辺を漂っていることがある。二人はそれを追いかけて外に出て行ってしまったようだ。この結界は外からの守りは磐石だが、中からはティッピーのような高魔力体がぶつかると一時的にすり抜けてしまうことがある。それに一緒についていったマヤとナツメも外に出てしまったのだろう。チノは急いで結界を解除し外に出てみるが、そこで目に入ってきたのは――
「マヤさん!? ナツメさん!? 何でそんなところに!?」
マヤとナツメの二人が、地面になっている枝が空中に張り出しているところの端にぶら下がり、今にも落っこちそうになっていた。はるか下に見える下層まではかなりの距離があり、落ちたら怪我では済まないだろう。ティッピーを追いかけているうちに端で足を踏み外してしまったのだろうか。
「マヤさん、ナツメさん、これにつかまって……」
慌てて二人がつかまれるような長いものを探すが、手元にあるのは杖くらいだったのでそれを差し出す。だがぎりぎりのところで届かず、二人の手は空を切ってしまう。届かせようと思ったらもう一歩前に出なければ。細い枝の上で不安定な体勢ではあるが、四つんばいになり一歩進む。だがその瞬間、ギシ、という嫌な音がチノの下からして――
「うわああああああああ!!!???」
「あっ!!!!!!!!」
枝がたわんだ拍子に、マヤとナツメの手が枝から離れてしまう。二人の体が落下し始め――
(そ、そうだ、浮遊魔法!! なんでそれに気付かなかったのでしょう!)
だが魔法の発動は一瞬間に合わず、マヤとナツメの姿はチノの目の前から消えてしまった後だった。
――何ということだろう。二人を助けられなかった。さっきまで目の前にいたのに。私のせいだ。私がパニックになって自分が浮遊魔法を使えることを忘れたりしなければ。居眠りしたりしなければ。罠の存在に気付けていれば。いや、そもそもこんなクエストを受注しなければ。そんな思考が脳内を駆け巡る。ショックで呆然としながらも下を見ると――
「おーい、ちのー! なんでぼーっとしてるの? おりてこいよー」
「あっ! こっちにぬけみちみたいのがあるよ!」
「!!??」
何と、マヤとナツメは無事だった。下層に着地し、ケロッとした顔で、チノに下りて来い、などと言っている。下層まではどう見てもちょっとしたマンションの高さくらいはある。この高さから落ちたら無傷では済まないはずだがどうして? 二人に怪我なかったことにホッとしつつも頭にはてなマークが浮かぶ。
さらにびっくりすることが起こったのは、チノがロープを使ってゆっくりと下層に下りようとした時だった。チノはメグとエルもロープを使って下ろそうとしたのだが、メグとエルは、何の道具も使わず切り立った崖を器用に駆け下りてチノより先に下層に下りてしまったのだ。
「なっ……」
「みた? これがわたしたちの『しゅぞくとくせい』なんだよー」
チノも下に下りたところで、四人が色々と説明してくれた。そのたどたどしい話をまとめるとこういうことになる。彼女らは、種族の特性として体が人間の子供以上に軽い上に運動神経が抜群なので、人間は素手で上れないような高いところに駆け上ったり駆け下りたりできるし、高いところから落ちても落下速度を減衰しながら空中でバランスを取ってうまく着地することもできるのだそうだ。ちょうど、猫が木の上に驚くほどの速度で駆け上ったり、木から落ちても無事に着地できたりするようなものだろうか。そういえば彼女らも猫耳のようなものを生やしてはいるが。
「なるほど……、みなさんにそんな能力があるとは知りませんでした。ところで、ここはどこなのでしょう? もしかしてここが私達が探していた抜け道なのでは……」
マヤとナツメが落ちたことから偶然に下りてくることになった下層だが、あたりを通り抜けるティッピーの数が明らかに多い。貴重な魔術の存在する「魔力溜まり」への抜け道の一番の探し方は、そこへ向かう大量のティッピーの流れをまず見つけることだった。そしてこの層のティッピーは、近くにある木の洞の中に流れ込んでいる。もしかしたら洞を通り抜けた先に求めるものがあるのでは? チノは興奮を抑えきれず、ふらふらと洞の方に向かってみたが、その時――
「あぶない!! ちの!!」
「うわあああ!!??」
ドオオン! 大きな岩が突然さっきまでチノのいたところに落ちてきた。マヤの警告のおかげでギリギリのところで回避できたが。何で突然岩が? 近くに落ちてきそうな岩なんてなかったはず。そう思いながら目線を上げると、宝石のような二つの巨大な目と目が合う。宝石のような目? いや、この目は本当に、宝石でできた目だ。宝石でできた目、岩で出来た顔、さらに大きな岩で出来た巨大な体。岩の巨人が、チノを見下ろしている。
「ゴーレムだあああああああ!!!」
チノを襲ったのは落石ではなくゴーレムの腕だった。魔力溜まりのある層には、それを守るために古代の魔術師によって配置された守護者――いわゆるフロアボスがいることがあるらしい。このゴーレムがそうなのだろう。チノはただの岩としか認識していなかったのだが、チノが近づいたことで反応し起動してしまったようだ。
「にげろおおおおおおお!!!」
マヤの一言を皮切りに、五人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。子供四人はちゃんと逃げ切れるのでしょうか!?と心配になるチノだったが、俊敏さと高い身体能力が特性の種族なだけあって、チノよりもむしろ早足で先行していた。ドオン! ゴーレムの腕が追撃をかけてくる。チノも慌てて四人の後を追い、全力で走って逃げ始めた。