「……ノちゃん! チノちゃん! 起きて!」
「んぅ、すぅ……」
「チノちゃん、起きてってば!」
ココアの声でチノは目を覚ます。
チノはココアと一緒に生活するようになってもう二年にもなるが、いつもチノがココアを起こす側で、ココアの方が先に起きていたというのは記憶に無い。ココアさんが私に起こされなくても起きる時間になっているということはもしかして、物凄く遅くまで爆睡してしまったのでは――? 急がないとラビットハウスの開店時間に遅れちゃう、いや違った今は卒業旅行に来ているんだった、早く起きないとせっかくの旅行がもったいないです――、そんなことを考えながら飛び起きたチノの目に入ってきたのは、脳の処理能力を超えるような予想外の光景だった。
森の中だ。森の中にいる。えっ、森の中?
私はホテル「ロイヤル・キャッツ」のベッドの中で寝たんだったのでは?
さらにチノを戸惑わせたのが、自分自身の服装だ。
ホテル備え付けのナイトガウンとキャップを付けていたはずなのが、今着ているのは白と青、わずかな金色を基調にしたデザインの、うさ耳パーカー――ではない。これはローブだ。ローブを着ている。素材は羊毛だろうか。ただし、中世ヨーロッパで着られていたもののような足元までの長さはなく、下には短めのスカートを履いていて、健康的な太ももがあらわになっていた。
そしてチノの手に握られているのは、同じく白と青と金色を基調にした意匠の長い棒状の物体。これは杖だ。杖を握っている。
チノは今度は自分のいる場所を確認してみた。地面から感じるのは柔らかな下草の感触だ。よくよく見ると、チノの座っているところを中心にして、青色に光る円形の幾何学的な模様――これは魔法陣と表現するしかないのではないか――、が描かれていた。周りを見回すと、森の中でここだけぽっかりと円状に木が生えていない小さな広場のようなスペースのど真ん中にいるようだ。真上から太陽の光がここにだけ差し込んでいるのが神々しい感じがして、何かの儀式にでも使われそうな印象を持つ。
ローブ、杖、魔法陣――とここまで来てチノは思った。これではまるで、剣と魔法のファンタジーの世界みたいです、と。ちょうど、昨日遊んでいた「ラビットクロニクル」の世界観のような――、そう考えた時、再び声がしてチノの思考は中断された。
「チノちゃん! やっと起きたね! あんまり目を覚まさないから召喚時に事故があったのかと思ってヒヤヒヤしたよ~」
ココアさんの声だ。いったいどこから? 声のする方に首を動かすと、大きな石に「しめ縄」が飾られていて、神社で見たことのある「御神体」のようなものが鎮座しているのに気付いた。
(ここまで身の回りのものは西洋ファンタジー風だったのに、突然和風のものが混ざるのは何ともシュールな感じです。しかもココアさんの声で喋る石なんて)
そんなことを考えているとさらに声がした。
「そっちじゃないよ! 上から来るよ、気をつけて!」
上? 見上げると「御神体」の3メートルほど上あたりに、確かにココアがいた。なんと、どういう原理なのか全く分からないが空中に浮遊している。それだけではなく、服ももし木組みの街で着たら間違いなく周りから「浮く」ような衣装を着ている。
「女神様……のコスプレ?」
「そこは女神様って言い切って!?」
ココアは、ギリシャ神話に出てくる女神が着ているような純白のキトン――上下が一つ繋ぎで腰のあたりを金のベルトで止めている亜麻布――を着ていた。さらに天使のような羽根を背中から生やし、黄金のティアラを頭につけていて、格好だけは西洋画の中に登場する女神そのものだった。だが、本当の女神だったらそれに見合う威厳とかカリスマとかオーラみたいなものを漂わせているのではないかと思うが(チノはもちろん本物の女神に会ったことはなかったが、たぶんそうなのだろうと思う)、この女神姿ココアには全くそういうものが無く、いつものココアと同じようなオーラなので、逆に立派な衣装に着られているような、中身が伴わないコスプレのような印象をチノは受けたのだった。ココアの体型だと胸のところの布の横からチラチラと二つの膨らみがはみ出して見えてしまい、不必要にセクシーな印象を与えることがよりコスプレっぽさを加速させていた。