魔力溜まりへと続く巨大な木の洞の前。古の時代から不正に魔力を得ようとする盗人を阻むために働き続けてきたゴーレムは、今は静かに眠っていた。その眠りを邪魔しようとする者が一人、姿を現す。
「こっちだよー! のーろまー!」
バキュン! マヤは遠くからの射撃で、ゴーレムを挑発する。ゴゴゴゴゴ、と音がして、ただの岩の塊に見えるゴーレムは、狙い通り起動し始めた。そして眠りを覚ましたのが何者なのかを認識すると、立ち上がってマヤの方を追いかけ始める。だが、チノの強化魔法で脚力を増しているマヤは追いつかれることはない。つかず離れず、ゴーレムの腕の一撃を食らわない程度の距離を維持しながら、ゴーレムを一方向へ誘導する。
「「こんどはこっちだよ!」」
ゴーレムが壁際まで来たところで、なんと壁の中から矢が射掛けられた。この壁は土の壁ではなく、世界樹の太い枝が複雑に絡まりあって壁のようになっているものである。ナツメ・エルの二人はその小さくなった体を生かして枝の隙間に入り込み、外に向かってわずかに通じている隙間を使って矢を射掛けたのである。
予測しない場所からの攻撃に最初は戸惑っている様子のゴーレムだったが、やがて攻撃が「壁」の中からのものだと気付くと、「壁」の中にいる攻撃者を捕まえるべく、枝の隙間にその巨大な手を突っ込もうとするが――
(よし!! 作戦通りです!!)
世界樹の枝は何らかの魔術的な加護を得ているのか、植物らしい弾力としなりを持つ一方で容易には破壊できない強度を兼ね備えている素材である。その太い枝が複雑に絡まりあっているところに無理に腕を突っ込もうとしたものだから、ゴーレムは腕を奥に進めることも引き抜くことも出来なくなり、腕の自由を封じられてしまった。ゴーレムの太い腕に対して世界樹の枝の壁は、中からの矢は通すが外の攻撃からは守る、天然のアロースリットのような役割を果たすのではないか――、そう読んだ上でのチノの作戦だが、見事読みが当たったようだ。万一読みが外れてゴーレムの腕の一撃を食らってしまっても何とか耐えられるよう、防御力の高いナツメ・エルをこの役目に配置したのだが、最悪の事態にならなかったことに安堵する。
「今です!! メグさん!!」
攻撃手段である腕を封じられた岩の巨人は狩られるだけの獲物でしかない。ゴーレムの高さよりもさらに高所の枝まで駆け上がり待機していたメグが、ゴーレムの頭に向けて落下しながら襲い掛かる。マヤ・ナツメの落下事件で分かったとおり、彼女らの種族はこの程度の高さであれば怪我をすることはない。メグが狙うのは、ゴーレムの頭に貼り付けられた羊皮紙に刻まれた魔術刻印ただ一つだ。銃弾も矢もあまり効いている様子のないゴーレムだが、伝承によれば、この魔術刻印を破壊することでただの死んだ土くれへと還るはずだ。
「がおおおおおおおおおおおお!!!」
メグの炎の斧が、ゴーレムの頭を貫いた。メグが着地してから数秒の間、沈黙の時間が流れた。そして、ちょうどメグが翼竜を倒した時と同じように、よろめいた後にゴーレムの体は崩壊し――、その体を構成していた土くれは、無数のティッピーへと姿を変え飛散していった。
「やりました!」
「「いぇーい!!!」」
マヤとメグがハイタッチしているのが見える。ナツメとエルも枝の隙間から這い出してきて、笑顔で祝福している。だがその時、チノは異変を感じた――
「!!?? 突風!?」
ものすごい風がダンジョン内に吹いてきて、チノを押し流そうとする。いや正確には、先ほどまでゴーレムが守っていた木の洞がチノを吸い込もうとしているのだ。ゴーレムを倒したことにより発生した大量の行き場の無いティッピーも空気の流れと一緒に洞に吸い込まれていく。まるで洞の奥に潜む存在が意思を持ってチノもティッピーも吸い込もうかとしているかのように。
(こ、これが「世界中のティッピーの大動脈」ティッピーストリームに流れ込もうとするティッピーの流れ……!? いや、それにしては強すぎます……!!)
必死で踏ん張るチノだったが、あまりに激しすぎる風についに立っていられなくなる。空中に浮いたチノの体はあっという間に吸い寄せられ、洞の奥の無明の闇が視界いっぱいに広がる。
「チノー!」
「チノちゃん!!」
意識を失う前に最後に聞いたのは、チノに必死に呼びかけようとするマヤ達の声だった。