ぴちょん。
ぴちょん。
ぴちょん。
「ん……んぅ……」
世界樹の葉から滴り落ちる雫が額にあたり、その冷たさでチノは目を覚ます。
「ここは……どこなんでしょう?」
チノはあたりを見回す。そしてその美しい光景に息を飲んだ。
「ティッピー……ストリーム……」
ドーナツ状になっている世界樹の構造の中で「ドーナツの穴」の淵の部分にまで来てしまったらしい。「ドーナツの穴」を貫くのがティッピーストリーム、地面から空に向かうティッピーの太い流れであり、世界中の消滅したモンスターや死んだ人間の魂(と考えられているもの)が還った姿であるティッピーが再生するための大循環である。何万、何億のティッピーが集まり太い流れとなっているため、巨大な光の柱のように見える。元の世界での自分のおじいちゃんと外見が同じものが大量に集まっていると考えるとシュールだが、鬱蒼とした森のような暗さを持つ世界樹の中心を荘厳な光の柱が貫くさまは、「シュール」の一言では片付けられない異様な美しさを醸し出している。それに接する者は大河や瀑布のような大自然の驚異に対する畏怖と同等かそれ以上の感情を抱いてしまうほどに。
――もしも、ここを流れる光の粒のように見えるもの一つ一つが死んだ人間の魂なのだとすれば。この世界でも亡くなっているという、私のおじいちゃんやお母さんの魂も、ここを流れているのでしょうか? そんなことをチノは考えた。
「目が覚めましたか」
「わわっ!」
急に話しかけられてチノは驚く。だが、話しかけてきたのが誰か確かめようとした瞬間、さらに驚き心臓が止まるかと思った。
チノに話しかけたのは、チノだった。信じられないが、チノに話しかけてきた少女の顔は、鏡でよく見る自分の顔と全く同じだ。
「なっ……なんですか、あなた、なんでいったい……」
「いきなりこの姿で現れたので驚かせてしまいましたか? 今の私は霊体としての存在なので、本来は特定の肉体としての姿を持つことはないのですが、この姿が『私が誰なのか』を一番本質的に表しており、あなたにとっても直感的に理解しやすいだろうという配慮の結果、この姿を選びました。ですので、怒らないでくださいね」
「お、怒るというか……」
とにかくびっくりしている。この世界に自分が二人いるなんてことがあり得るのだろうか。それとも、このファンタジーな世界ではよくある出来事なのだろうか。あるいは、全くの他人の空似なのか。確かめるためチノは質問する。
「あ、あなたは誰なんですか……?」
「おっと、名前を名乗らず失礼しました。私はチノです。喫茶店『ラビットハウス』のマスターの孫です。ただし、あなたのいた『元の世界』ではなく、この世界での、という意味ですが」
意味が分からない。目を白黒させていると、「チノ」が説明を加える。
「あなたはこの世界に召喚された当時、こんなことを考えていたのではありませんか? ……この世界では私が召喚される以前に別の『私』が存在していたことになる。もう一人の『私』は、いったいどこに消えてしまったのだろうか? と。その消えてしまった『私』、あなたの魂がこの世界に召喚される前にその体を使っていた魂が私です。あなたが来たことで自分の体から追い出されてしまったので、今は霊体ライフを満喫していますが」
霊体ライフを満喫って、そんな軽いノリで良いのだろうか。自分の体を追い出されるって、とんでもない出来事のように思えるが――
「あ、あの、あなたを追い出してしまったみたいで、本当にすみません。それだったら私お邪魔のようなので、もう元の世界に帰って、この体はお返ししたほうが……?」
「それが出来るのであればお互いとっくにそうしているでしょう。女神ココアと言いましたか、彼女の言った台詞『魔王を倒すまで元の世界に帰れない』というのは、紛れもなくそのとおりなのです。はあ。とんでもないことをしてくれたものです」
その時、ティッピーストリームの流れが一瞬弱くなり、あたりの光量が減った。すると世界樹の木陰の暗がりの中でもう一人のチノの体は淡い光を放っていることが分かった。これが霊体の特徴なのかもしれない。今まで周辺が明るかったのと、もう一人のチノという存在のあまりのビジュアル的インパクトに負けて気付かなかったが。
ところで、今の言い方だとこの世界のチノはココアを知らないのだろうか。だとするとチノを召喚した女神ココアとはいったい何者なのか。そこを聞こうかと思ったが「この世界のチノ」がさらに話を続けるので遮られてしまった。