卒業旅行に来たら異世界に召喚されました   作:岸雨 三月

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3章:私が私を見つめてました―⑩

「もちろん、お母さんやおじいちゃんに会いたくないかと言うと嘘になりますが……ですが、不思議ですね。最近の私は、亡くなったはずのおじいちゃんやお母さん、私のすぐそばにいるような気がしているんです」

 

祖父の魂がティッピーに乗り移ったという出来事を別にしても、の話である。

 

「こちらの世界のあなたはたぶん知らないと思いますが、元いた世界で私、不思議な人と出会ったんです。私より年は上で、やたらとお姉ちゃんぶってきたりするんですが、その割には全然頼りないようなところがあって……。でもその人のおかげで、私は色んなことを知れたり、色んな人と出会えたりしたんです。みんなでお泊り会をしたり、初めて生まれた街から出ることになるきっかけを作ってくれたり。この世界に来る直前も、友達みんなで卒業旅行に来ていたのですが、その人と出会うことがなかったらそんなことはしていなかったと思います。で、その人が私を色んなものに出会わせたり連れて行ったりしてくれるの、まるでおじいちゃんやお母さんが亡くなる前に私にしてくれていたことみたいだな、ってちょっと思ったりするんです。人は、亡くなっても永遠にいなくなってしまうのではなく、誰かの中に移動するだけなのかもしれないって。そういえば、ちょっとびっくりするような事があったんですよ。ハロウィンと言うお祭りがあるのですが、そのお祭りで、母が得意だった手品をその人が披露してくれたことがあって……」

 

そこまで喋ったところで、自分が一方的に喋っていることにハッと気付き、チノはちょっと恥ずかしくなった。

 

「と、とにかく! 私が言いたかったのは、魔法に頼らなくても、本当の魔法みたいな出来事を起こしまう人はいるということなんです。わ、分かりますか……?」

 

果たしてこれで答えになっているんでしょうか。一方的に自分の話したいことだけ話してしまったような気もしますが――、おそるおそる、もう一人の「私」の顔をうかがう。

 

「ふふっ。あなたは本当にその人のことが好きなんですね」

「しゅ、しゅき!? べ、べべべ別にそういうのでは」

「ふむ……私とあなたとが違う理由、何となくですが分かったような気がします。理解するということは、お互いの差を埋めるための第一歩です。そしてここ世界樹は、魂が生まれたままの姿にもっとも近づく場所……、この場所であれば、私と『私』の魂の融合、成功するかもしれません」

「? 成功するかもって……」

 

そう言うと、もう一人の「私」はぐいっとさらに距離を縮めて来て――

 

「!!?? ん、んんーっ!!!」

 

何と、「私」が私にキスをした。いったい何をするんですか!? と慌てる。だが、確かに唇が重なっているはずなのに、自分の唇には何の感触も感じない。相手が霊体だからだろうか? 混乱するチノの視界には、さらにびっくりするような光景が広がった。チノにキスしている「私」の姿がどんどんと薄くなって透けていく。ものの十五秒ほどで、もう一人の「私」の姿は完全に消えてなくなってしまった。もう一人の「私」の姿が消えると同時に、自分の体が熱くなり、全身に力が満ち満ちてくるのを感じるようになった。かなり魔力も上がっているような感じもある。これがもう一人の「私」の力なのだろうか。

 

(どうやら成功したみたいです。私と「私」の融合が……これであなたも、伝説の召喚魔法を使えるようになったはず。この力をうまく使って魔王を倒して、元の世界に帰り、「その人」に会いにいってあげてくださいね……)

 

今度は頭の中からもう一人の「私」の声がするのを感じた。何とも妙な気分だ。声はさらにこう続ける。

 

(ちなみに降霊術のことですが、ごめんなさい、嘘をつきました。どこにあるのか場所を教えることが出来るというのは嘘です。あれはきっと噂だけでこの世界に存在はしないものなのでしょう。少なくとも、この近くには無いことを調べました。なので、このダンジョンからは撤退して魔王退治に向かったほうが良いと思いますよ。ふぁぁ……ちょっと喋りすぎたのか疲れましたね。では私はあなたが元の世界に戻るまでの間ひと休みしますので、後のことはよろしくお願いします。ぐぅ……)

 

「ってちょっちょっ! 寝ちゃうんですか!? 何かこう魔王を倒すためにさらにアドバイス的なものとか……」

 

だが、それ以降はどれだけ頭の中の「私」に呼びかけても反応することは無かった。確かにそこに「私」がいるという感触はあるのだが。

 

遠く離れた異世界で出会ったもう一人の私との対話。時間にするとほんの数分の出来事だが、いったいこれは何だったんだろう。この経験を自分の中で出来事として整理するには、まだ時間がかかるような気がした。中でも一番の謎だったのは――

 

「で、結局なんでもう一人の『私』は、バニーガールの姿をしてたんですか!?」

 

そう、もう一人の「私」はどういう訳か、神殿で着せられた「遊び人」の衣装のようなバニーガール姿をしていたのだった。自分自身のコスプレしている姿、それもほとんど半裸のような姿をじっくり見せ付けられるのは、とにかく気恥ずかしくて仕方が無かった。もう一人の「私」がどんどん話を進めていくのでツッコミを入れる暇が無かったが、よく冷静になって会話を成立させていたと自分を褒めてあげたい。

 

まさか、もう一人の「私」は、好んでそういう格好をするようなエッチな趣味があるのでは――? そんなことまで思ってしまう。だがもう一人の「私」は、この姿が「私のことを一番本質的に表している姿」だと言っていた。バニーガールのどこが私のことを本質的に表しているというのか、本気で分からない。思わず他の問題を差し置いて真剣に考え込んでしまうチノだった。


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