ココアはチノと同じ高さまでふわふわしながら下りてくると、わざとらしい口調でこう言った。
「えー、こほん! チノちゃん……いや、伝説の大魔法使いの血を引くソーサラー・チノ、私、女神ココアはあなたをこの世界に召喚しました。あなたはこの世界を危機に陥れている魔王を倒し、世界に平和をもたらさなければなりません」
「はぁ……」
チノは自分のほっぺを思いっきりぎゅーっとつねってみた。痛い。
朝起きたら見知らぬ土地に居て、魔法使い風な衣装を着せられて、空中に浮くココアさんというあり得ないものを見せられているというこの状況。夢か、もしくは「ラビットクロニクルVR」のヘッドセットを寝ている間にこっそり付けさせられたのかと思った。自分が今着させられている服は、よく見ると昨日遊んだ「ラビットクロニクル」で着ていた装備そのものなので、最初はVR世界なのだと推測した。だが、自分が今座っているこの場所からは間違いなく森の中特有の野草の匂いがする。VRは匂いの情報までは再現しないので、ここはVR世界の中ではないのだろう。そうすると、残る可能性は夢だ。今頬をつねると痛かった気がするが、きっと痛さを感じるタイプの夢なのだ。たぶん。
「いやいや、ここは夢の中じゃないよ!? この空間には無数の世界線があるという説で、その那由多のごとく大量の世界は、それぞれが酵母菌ほどの小さい違いを持ちながら、可能性と結果、光と時の格子展開の中で無限に広がり、その中にはまた世界がいーっぱいあって、粒子が量子トンネルをくぐり抜けるかのように世界線の間の壁を通り抜けることが可能な瞬間があり、……って、理論的な部分の詳しい解説はまた後でにするけどとにかく! チノ、あなたは間違いなく、元の世界とは違う異世界に召喚されたのです! でも大丈夫! 魔王を倒せば元の世界に元の状態で帰れるから!」
世界線、量子、酵母菌――? ココアの口からこの世界の世界観にそぐわないような単語が次々とまくし立てられたのでチノは驚く。異世界、なんて簡単に信じられる話ではなかったが、夢にしてはリアル過ぎ、VRでもないこの世界のことを説明できる言葉をチノは持ち合わせていないのは確かだった。いったん、ココアさんの言うことが正しいという前提で話を進めるしかないかもしれません――、そう考えながら答えた。
「仮に異世界というのが本当だとしても、魔王を倒せと言われてもいったいどうしたら……、私は何も戦ったりすることはできませんが。どうせ呼ぶのだったら、リゼさんのように元の世界でも体を動かし慣れてる人の方が良かったのでは」
「だってリゼちゃんは既にこっちの側で……、っていや何でもない! チノちゃ……チノを召喚したのは、ほらあれだよ! 素質? ポテンシャル? 的なやつがあるから! 絶対、魔王を倒せるって! 召喚モノでおなじみのチートスキルも付与しておいたし、属性の方もちょいちょいっとアレをアレしておいたから! それに、魔王を倒せるようになるのに必要なスキルの育て方、旅の進め方は、このココアお姉ちゃ……女神ココアが、ばっちりサポートします! いわばゲームでいうところのチュートリアルみたいなものだね! 女神様に、まっかせなさーい!」
ココアはそう言うと、腕を曲げて力こぶを作るようないつものポーズを取った。しかし女神オーラが全く出ていないので、安心して頼りに出来るとはとても言えなかった。でも――
(やれやれ、ここが夢の世界なのか、本当に異世界なのか分かりませんが、ココアさんはどんな世界でもやっぱりココアさんです)
そう思うと、見知らぬ世界に一人で来てしまった不安が不思議と紛れるような気分になるチノだった。