「んぅ、すぅ……、んんん、ふわぁぁあ~」
大あくびをしながら、チノは目覚める。いつの間にか眠ってしまっていたみたいです、とぼんやり考えながら、はっと気付く。そうだ、自分は今、魔王城にいたのでは!? モカさんとココアさんとがお話しているうちに、突然光に包まれて――戦いの行方はどうなったんでしょう!? 慌てて周りの状況を確認するが、チノがいるのはどう見ても魔王城の硬い床の上ではなく、柔らかいベッドの上。ホテル「ロイヤル・キャッツ」のベッドの上だった。
「戻ってきた……?」
魔王を倒して、異世界から無事に戻ってくることに成功したということなのだろうか。スマホで時間を確認すると、時刻は朝、日付もゲームセンターに遊びに行った日の翌日のものだ。異世界では何日も冒険していたがこちらの世界の時間の流れでは一晩の出来事でしかなかったということなのかもしれない。だが同時に、異世界で冒険していた時の記憶が、自分の中で急速にあやふやになって行くのを感じる。ちょうど、夢から覚めた途端にそれまで見ていた夢の内容を急速に忘れていくように。あの大冒険は夢の中の出来事だったのだろうか? 魔法が使える異世界なんて夢でしかあり得ない、と思う気持ちと、夢にしては変なリアリティがあったような、という気持ちが同時に湧き起こる。
そうだ、ココアさんはどうしてるんだろう、あの魔王城の会話だと、ココアさんもある朝突然に異世界に転移してきたようなことを言っていましたが――と思って隣のベッドを見るが、ベッドはもぬけの殻だった。
どこにいるのだろう。もしかしたらパンの仕込みのために早起きしてるのかもしれない、と思いキッチンに下りようとした時のことだった。「ずしん!」と重い音が階上からした。ちょうど今日はリゼが泊まっているはずの部屋の方からだ。何が起こったんだろう?
リゼの部屋に様子を見に行ったチノの目に入ってきたのは、とても微笑ましい光景だった。
ココア、千夜、シャロ、リゼの年上組四人が、同じベッドで好き勝手な寝相をしながら仲良く眠っている。おそらくリゼ以外の三人がリゼの部屋に押しかけて一緒に遊んでいるうちに、そのまま眠ってしまったのだろう。特にココアの寝相は悪く、ベッドから足がはみ出している。寝ているうちに壁を足で蹴ってしまったのがさっきの音の原因なのだろう。
ココアの足がまた壁を蹴りそうになっていたので、チノは呼びかけた。
「ココアさん、そんなに寝相が悪いとみんなの迷惑になりますよ。早く起きてください。それにもうココアさんは起きる時間です。早起きしてパン作りの修行するんじゃなかったんですか?」
「むにゃむにゃ…… お姉ちゃん遊んでくれるの? わーい……」
ココアからの寝言での返答だったが、チノははっとする。この受け答え、さっきの夢の中のモカとココアの会話にあったのと同じ台詞なのではないだろうか。
(まさかとは思いますが、ココアさんも私と同じ夢を見ているのでしょうか……)
チノは思わずまじまじとココアの寝顔を眺めてしまう。
ベッドで子供のようにすやすや眠る四人の姿は、四人の「ラビットクロニクル」のアバター、そして異世界で見た子供のような種族の姿と不思議とダブる。それに無邪気な寝顔は、まるで小さい姿のマヤ・メグ・ナツメ・エルのお昼寝する時の寝顔のようだ。
この卒業旅行が終わると、チノはココアが木組みの街に来たときと同じ学年になる。いざ自分が高校生になる時になって思うのは、二年前の自分からするとあれほど大人に見えた高校生は(ココアは元からあまりそうは見えなかったが)、思ったほど大人ではないということだ。中学生の時の自分と同じで、遊びたくなったり子供っぽいことをしたい気分になることもあるし、ささいなことで不安になったり悩んだりすることもある。
年上組にとっても、住み慣れた地を離れてこんなに長い間旅行するのは初めてで不安もあったはずだ。言葉や態度に出しこそしなかったが、見知らぬ都会で年下の子達を預かっている以上、危ない目にあわせたりする訳にはいかない、というプレッシャーもあっただろう。ちょうど異世界のチノが、ダンジョンで小さくなってしまった四人を引率する時に感じたのと同じような。
(……年上組も、たまには小さい子供に帰って遊びたくなるような気分のこともあるのかもしれません)
そう思ったチノは、あえてココアを起こさずにそのまま部屋を出ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もしもこの場に霊体化した「もう一人のチノ」のような、第三者の目線で物事を見ることができる存在がいたとしたら、こう思っただろう。
「あと五分だけですからね」とココアに言って部屋を去ったチノの姿。
その横顔に浮かぶ、優しさに満ちた微笑みは。
香風サキのそれに似ている、と。
お読みいただきましてありがとうございました。
これにて完結です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ちょっとした宣伝
私がこの本の次に書いた同人誌、ごちうさ・クロラビの世界を舞台にした「現実と並行セカイの境目ですか?」上下巻がメロンブックス通販限定にて販売中です。
pixiv小説にはサンプルもあるので、面白かったら是非手に取ってもらえると嬉しいです。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12104302
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=647182