マヤの涙を見た瞬間、チノの脳内に記憶がフラッシュバックした。
つい最近にも、マヤの涙を見た出来事があった。
あれは、三人の高校合格通知が届けられた日のこと。
三人ともまずは、勉強の面倒を見たり応援してくれたりした高校生組に合格を報告したのだが、その後、三人だけで集まってお互いの結果を報告し合うことになったのだった。
スマホで先に結果だけ聞くのが怖く、お互いの合否を知らないままに三人は集まった。
すぐにでも二人の結果が知りたく、いち早く口を開きかけたチノだが、その時のマヤは――
泣いていた。
美しい涙だった。
記憶にある限り、マヤが本気で泣いているのを見るのはこの時が初めてだったと思う。
チノは一瞬、マヤが不合格だったのかと思ってしまった程だ。
後からこっそり聞いた話だが、高校生組に合格を報告した際も泣いていたらしい。
誰よりも自分の目標に真剣だったマヤ。周囲の期待と応援に答えようと一生懸命だったマヤ。元気で無邪気なように見えて、人一倍プレッシャーに対しては繊細だったマヤ。
チノが見たのは、チマメ隊の中でも一番小さな体で一番大きなものを抱えていたマヤの、張り詰めた緊張が解けた瞬間だった。
今目の前で翼竜に追い詰められ泣いているマヤは、チノのよく知るマヤでは無いけれど。でも、抱えているものの大きさは、同じなのではないか。
巨大なニンジンの重みは、チノには分からない。けれど、マヤにとって冒険者学校の卒業資格の重みは、元の世界での高校合格と同じくらいに重いのかもしれない――
「……くっ! 防御魔法!」
マヤに向かって容赦なく襲い掛かる火炎を、間一髪のところで防護の魔法陣を張って食い止める。
マヤの涙を見て、チノの気持ちは変わっていた。マヤにニンジンを手放させる訳にはいかない。それをさせずに、このピンチを切り抜ける方法。チノの頭脳はフル回転でその方法を弾き出そうとしていた。
(この状況を切り抜けるなんて、翼竜から逃げ切るか、翼竜を倒すかくらいしかないです。でも、飛ぶことが出来る翼竜をスピードで振り切ろうとするのはどう考えても不可能です。そうすると、この翼竜を倒すしかない……? いやいや、逃げ回るだけでもやっとの相手を倒すだなんて、それこそ無理……)
ここまで考えてチノははっと気付いた。ドラゴンと邂逅するという出来事のあまりのインパクトの強さに今まで気付かなかったが、この翼竜、「ラビットクロニクル」の最終ステージで戦ったボスの翼竜と、行動パターンが全く一緒なのではないか。鉤爪攻撃、しっぽ攻撃、火炎攻撃――どれもゲーム世界で確かに見たことがあるモーションだ。
(仮定ですが……、この翼竜、「ラビットクロニクル」のボスと全く同じ行動を取り、同じ属性を持つよう設定されているとしたら……? そうだとすれば、「弱点」もゲーム内のボスキャラと同じなのでは……?)
逃げ回り続けているマヤとメグの体力は限界を迎えつつあるように見え、同じく自分の体力も限界を迎えつつあるのを感じる。森の中を逃げてくるうちにだんだん森の浅いところまで来ているのも分かる。今は木々が邪魔してくれるおかげで翼竜は全速スピードを出せずにいるが、これ以上逃げ続けて森が開けて平野になるところにまで出てしまうと、ドラゴンはより危険な存在になる。最悪、人里までドラゴンを誘導してしまうことにもなりかねない。決着をつけるべき時が近づきつつあった。敵の「弱点」がゲームのそれと絶対同じと断言できる自信は無かったが、その可能性に賭けるしかない。
チノは、一瞬だけ翼竜の目をくらませて出来た隙を使って作戦をメグに手短に伝える。
「メグさん、敵の弱点は頭部です。私が補助魔法をかけるので踏み台を使ってジャンプして、頭上から一刀両断にしてください」
「えっ? 何で弱点が分か……」
「とにかく! 信じてください」
「でも踏み台になるものがないよ!?」
「それも私が用意できます! 次に敵がしっぽ攻撃をしかけてきた時がチャンスです、メグさんなら必ず出来るはず……!」
メグは不思議そうにしながらも、最後はチノの気迫に押され作戦をOKした。
次の瞬間、翼竜がチノの方を向き攻撃の予備動作に入る。チノは魔法の詠唱を行う。
「浮遊魔法です!!! おおおおおおおおおおお!!!」
ゲーム中のドラゴン戦では、ナツメ・エル姉妹のアバターである黒騎士がメグの踏み台になってくれた。しかし今は二人はいない――そこでチノは、あらかじめ目をつけておいたちょうど良いサイズ感の小岩を浮遊魔法で動かし、踏み台代わりにさせることにした。「しめ縄」が飾られた大きな石だ。まるで何かの御神体のような見た目で、踏み台にするなど平時なら罰当たり極まりないのだが、今はそれに構っていられる状況ではない。それにしてもこのオブジェクト、どこかで見たことあるような気もするが――。
「メグさん、今です!!!」
「う、うん!!!」
メグが、翼竜の前に置かれた石を階段にするように足をかける。巨大なしっぽでチノをなぎ払おうとしていた翼竜だが、メグの意図に気付いたのか、直前で狙いを石の方に変えた。鋼鉄並みに硬いしっぽが勢いよくぶつかり、石を粉々に粉砕する――だが、それよりコンマ1秒早く、メグは石を踏み切って飛翔していた。