初めてネルギガンテを倒した時にはこうはならなかった。
その時も棘を数多に喰らったと言うのに。その棘には生殖細胞が含まれているという研究結果が後から分かって酷く不安になったと言うのに。
何故今回に限ってそうなったのかと考えれば、ネルギガンテが特殊個体だったからと考えるのが妥当だろう。
ただ、狩人にとってそれは余りしっくり来る予想ではなかった。
体に異変を感じてから、毎日欠かさずに検査を受けていた。
足腰から指先まで肉体は日に日に強くなっている。
握力は数日で石を握るだけで砕けるようになり、今となっては指先で木の板を摘まめばそのまま引き千切れる。
脚力は間近を通り過ぎられるだけでも恐怖を覚える程に速く、また突風が過ぎたかのような風を後から引き連れる。
太刀を握れば切れ味や肉質など関係なく、その膂力で強引に竜や古龍を引き裂けるだろう。太刀の方が耐えられるかどうかと言われれば微妙だが、今ではきっと、大剣ですら太刀のように扱える。
肉体は絶好調を突き抜け続けており、それと同時に空腹感も激しい。食べる量を狩人が食べる倍にしても全く足りず、そしてそれらは余り排出されずに体に詰め込まれ続けているようでもあった。
しかし、肉体そのものが大きくなってはいなかった。
「青虫が蝶へとなる為に、はたまた冬を越す為に。そんな風に栄養を蓄えているように見える」
研究者の一人はそんな、人がネルギガンテになるという荒唐無稽な事に対して肯定するかのような結論を下していた。
進行を止めてみようと試みた事もあったが、龍封力のある武器などで殴りつける訳にもいかず、龍殺しの実を沢山口にしてみても僅かに遅れるだけだった。
そして感覚や体質も変わっているらしく、今となっては龍封力のある武器には見るだけで嫌悪感を感じ、龍殺しの実に至っては舌に乗せた瞬間吐き出したくなる程のは吐き気に襲われ、味覚を痺れさせても半ば本能的に吐き出してしまう程だった。
他にも古龍から作られた装備に対して気付けば涎が垂れて来たり、爪や髪の毛の伸びる速さが段違いになっていたりと、その体の異変のどれもがネルギガンテになる、と言う事を肯定するような事ばかりだった。
本日の検査を終えて、セリエナの外に出る。検査を終えたばかりで薄着だが、濡れてさえいなければこの外の寒さにも平然として居られる程になっていた。
口から出る息は白く、遠くまで届く。肺活量も強くなっており、今となっては多分全力で叫べば人を気絶させる事も出来る気がした。
「私という意志は残るのだろうか?」
呟いた狩人の言葉に、研究者は返した。
「……シャガルマガラと言う古龍を知っていますか?」
「狂竜ウイルスなる竜を狂わせる物質を、目の見えない幼少期――ゴア・マガラの時は視覚の代わりとし、そして目が開いた成体――シャガルマガラとなれば完全に武器として扱いこなす、生きているだけで多大な被害を及ぼす古龍の事だろう? それが何だ?」
「彼等がどのように生殖するか、知っていますか?」
「……いや」
そう答えながらも、察するような顔をした。
「伝え聞いた話ではありますが。
その狂竜ウイルスにも生殖細胞も含まれていたと言うのです。
そして研究の為に狂竜ウイルスが付着した竜の死体を管理していた所、ある時それが動き出したと。
それは、その時点で燃やされたようですが……」
「ネルギガンテと似ているな」
「ええ。しかし、もし、それと似たようにネルギガンテが繁殖するとしても、マガラ種とは大きな違いがあります」
狩人は答えた。
「素体が生きているかどうか」
「はい。そう考えると、少なくともマガラ種よりは意志が残る可能性は高いのではないかと思います」
「そう、か」
もう一度白い息を吐くと空を眺めた。曇天で、僅かに雪が降っている。
ネルギガンテと戦った時の事を思い出す。
あれから十日以上は経っているが、今でもその記憶は五感の全てを振り返る事が出来る程に鮮明だ。
そして、そのネルギガンテの死に顔は、とても満足したものだった。
自分が敗北したとしても、同じような顔をしただろうとその時は思ったが、今となっては別の事を思う。
――あのネルギガンテは、私に対してどのような想いを抱いていたのだろう?
好敵手以上の感情をもしかしたら抱いていたのかもしれない。それもアン・イシュワルダの前に戦った時から。
もしかすると、私が敗北しようとも、私は殺されなかったのかもしれない。ネルギガンテは勝敗以前に最も為したかった事を成し遂げていたのかもしれない。
結局のところ、何故今回に限って自分の体は異変を起こし始めたのかという問いに対して、実際にネルギガンテと戦った狩人がしっくり来る予想はそれだった。
打ち倒したい相手であった。しかし打ち倒すべき、打ち倒さなければいけない相手ではなかった。互いにそうだった。
それは両想いと言ってもそう大差無いものだろう。その予想は全く論理的ではないが、甘々しい殺し合いと言っても良い程に導きの地でのあの戦いは、そんな正反対な言葉を並べて似合うものでもあった。
「……まあ、嫌悪感は無い」
少なくとも、龍封力のある武器で自身を傷つけたり、無理にでも龍殺しの実を食べたりしてでもこの異変を止めようと思わない位には。
そんな独り言を聞いた研究者は寂し気な顔をした。
それに気付いた狩人は言葉を続ける。
「人で居られる内は、人として過ごすさ。後どれだけの猶予があるのかは分からないが、出来る限り、な」
*****
香ばしく肉が焼ける匂いが風に乗って流れて来た。
ティガレックスと言う種族は、少なくとも人のように毎日数回食事をしなければ空腹が襲って仕方がない、と言う程に飢餓に弱い種族ではない。そこには戦闘等と言った激しく体を動かす事をしなければ、という前提が付くが、ポポを丸一匹食べた後にはそんなに食欲が改めて湧く事もなく、温泉に浸かったりとのんびり過ごしていた。
しかし、ティガレックスと言う種族はグルメでもある。幾ら耐えられるとは言えども、羽毛の全くないその体でこの寒冷地までポポを食べる為にやって来る程には。
その肉の焼ける匂いは、導きの地でも嗅いだ事があった。
火を吐ける竜達は時折そうやって獲物を食べていた。焼いた肉は噛み応えがあっさりしてしまう事や水分が抜けて軽くなってしまうような欠点もあるが、それを補って脂が焼ける匂いは如何にも食欲をそそり、獲物を狩って来る代わりに焼いて貰った事も幾度とある程だ。
ポポを焼いたらどのような味がするのだろう? と思った事は数えきれない程あるが、導きの地にはアプノトスやケルピ、アプケロス、ケストドン、ガストドンは居るのに、どうしてかポポだけは居ない。ついでにモスも居ないがそれはどうでも良い。
そしてこの渡りの凍て地にはそう言う炎を吐ける竜は居ないし、来もしない。
別の場所のそこらの雑魚でも無理矢理引っ張って連れて来ようかとも考えた事はあったが、その考える事が得意じゃない頭でも、上手く行かない果てに連れて来る前に苛立って殺してしまいそうだとしか想像出来ず、結局実行には移していない。
肉の焼ける匂い。ここらで肉を焼くのは、ギャーギャー叫びながら毒を塗った銛を投げて来る、毛皮を被ったアイルーのような種族と、後は狩人達。
奪えそうだったら奪いたいなと思いながら匂いに釣られて歩いていくと、そこに居たのは先日も会った狩人だった。
ポポを一匹仕留めて、解体しながら焼いていた。
今まで食べた事の無い、焼かれたポポ。それを焼いているのは自分が絶対に敵わない、けれど手を出さない限り襲っては来ない狩人。
頭の中で瞬時に色んな損得勘定が駆け巡る。誰かと戦っている時と同等、いや、それ以上に。
狩人がこちらに気付く。太刀に手を掛けはしないが、警戒はしている。
ティガレックスは一度去る事にした。
そしてほんの少しの時間の後、仕留めたポポを持ってきて狩人の前に渡した。
狩人は呆れたような目をしながらも、追い返すような事はしなかった。
良く燃えるような枯れ木がより充実した場所まで移る。
狩人は、そこまで自分の仕留めたそのポポを片手で引き摺って歩いた。見るからに狩人の体重以上にあるようなそのポポをだ。
会ったのも数日前だと言うのに、近付いて見ればその肉体は更に存在感を増している事を実感させられる。まるで古龍と相対しているような存在感。
狩人の武器でもそう簡単に傷付かないような体であると自負しているが、この狩人に至ってはもう、素手で肉を抉り取られてもおかしくないと思えた。
枯れ木を集めるのを手伝い、火をくべる。狩人はティガレックスの狩って来たポポの毛皮を剥ぎ取りナイフで素早く剥ぐと、枯れ木の中で太い物を選び、削って先を尖らせた。
何をしているのかと思えば、その次に狩人は、そのポポの口からその枯れ木を強引に突き刺して尻まで貫通させた。
……背筋に寒気が走ったのは、自分が臆病者だからという理由ではないと思いたい。
それを他の枝と組み合わせて、丁度良い高さで火で炙る。
「ああ、忘れてた」
狩人はそういうと、ポポの舌だけを切り取って、別に枝に突き刺して焼く。
ポポは舌が一番美味いという事も知っている。
そんな様子を見て、導きの地で狩人が休む場所から複雑に香ばしい、涎が無限に湧き出してくるような匂いが時々流れて来るのを思い出した。
その太刀一本でネルギガンテまで倒してしまう狩人の事は、憧れると言うよりかは得体の知れないような感じではあったのだが、そんなものを食べていた事だけは心底羨ましかった。
「本当は薄く切って焼くと一番美味いんだが、お前にはそれでは物足りないだろうな」
そう言って、狩人は肉に塩を適当に振ると自分の分を焼く作業に戻った。
後は自分で勝手にしろ、という事らしい。
火竜が火球を放って豪快に焼くのとは全く別な焼き方で、そして自分で良い焼き加減になるまで待て、というのはティガレックスにはとても酷な事だった。
いつまで焼いたら一番美味しいのか? どう焼けば一番美味しいのか? そんな事は勿論知らない。
ただ少なくとも、舌の方も全身の方もでかい分焼けるのには時間が掛かりそうで、取り敢えずと、ポポを小分けにして焼いている狩人の方を見て学ぶ事にする。
自分には一口にもならない程の小分けだが、その分早く焼けるし、狩人の小さな口で食べる速さならばその程度でも待つ必要は無い。
しかし……その体のどこにそんな量の肉が入るんだ? と凄く疑問に思う。
ポポはもう、前脚の一本が平らげられていた。それだけでもこの小さな狩人の胃袋など満杯になってしまうだろうに、狩人は平然と食べ続けている。
そして腰から取り出したのは真っ赤な液体を詰めた瓶。蓋を開ければ血の臭いが届いてきた。
しかも、同時に感じられるのは超常現象を起こすような力の片鱗。古龍と相対した時のような感覚。
あれは……古龍の血だ。
それを狩人は躊躇いもなく、ごく、ごくと飲み干した。ぷはー、と一息吐くその姿はポポを食べている時よりも余程美味しそうで。
そんな目線に気付いた狩人が言った。
「流石にこんなもの、人前で飲めるもんじゃないからな。体が欲して仕方ないんだ」
それからその空き瓶を置くと、ポポの舌をひっくり返す。
「……うん、良く焼けている」
脂が滴り落ちる面を見せられて、その匂いが鼻まで貫いてきて、思わず齧りたくなるのをティガレックスは必死に抑える。
また塩を振って裏面を焼き始めた。
まだだ、まだ待たなければいけない。
ティガレックスは生まれてから今までこんなに我慢をした事など無い、と確信していた。
両面がこんがりと焼かれて全身から脂が滴るそれに齧りつけば、振られた塩の事もあって全身に衝撃が走った。
美味い、美味過ぎる! 飲み干すのも勿体ない、噛み千切ってもすぐに飲み込んでしまうだろう。まだ味わっていたいけれど、今すぐ飲み干したくもある。どうしたら良い? どうしたら良い??
そんな、自分の裸体を見せた時よりも目も大きく見開いて、涙さえも流して硬直し続けるティガレックスに狩人は大きく笑った。
自分で沢山作って自分で沢山食べているyoutuberがこの頃牛タン買って食べてたけど、4本で10万円だとか言ってたなあ
ティガレックス
-
を打ち倒したい
-
になりたい
-
と暮らしたい
-
を観察していたい
-
と繋がりたい