夜、温泉に浸かりながら夜空を眺める。
地面を掘って全身が浸かれるようにまで改造したその温泉に浸かりながら、こんがりと焼かれたポポの舌の味を何度も思い出したり、今までの事を反芻したり。
そんな、ただただぼうっとするのにも飽きて来た頃だった。
冷たい場所の方がどうしてか夜空の星は良く見える。その小さく輝く星の一つ一つを眺めていると、自分をここまで攫った存在の事を思い出す。
……いつも、自分の身に何か大きな変化が起きたのは夜だった。
もう自分だけでもやっていけると思われたのだろう、朝起きたら父母はもうどこにも居なかった、成竜としての第一歩。
狩人や竜を返り討ちにしながら美味い物を求めて各地を放浪し、初めてポポを食べた時のその感動。
良い寝床を探している時に唐突に鉢合わせた、その全身を金色に輝かせる暴君に殴られまくって、不慣れな飛行で命からがら逃げだしたその屈辱。
そして自分を鍛え直しているその時に、はたまた唐突に現れたシンプルに巨大な、赤い龍。訳が分からないままにここまで攫われて来た。
――ティガレックスは生まれながらこの場所に居た訳ではなかった。素早く飛び回り、その鋭い刃翼で致命を狙って来るナルガクルガも、雷光虫と共に雷を放ち、はたまた蝕龍虫と共に龍エネルギーを放つジンオウガも、そしてあの恐ろしい暴君も含む沢山の生物がここに攫われて来た。
何がどうしてこんな場所に連れて来られなければいけなかったのか、きっとそれは攫われて来た誰もが思った事だろう。
けれどそんな不満はまた、誰もがその赤い龍がした力の誇示によって抑えつけられた。
自分の目の前で翼を広げ、大地からこの地に溢れるエネルギーを身に取り込むその姿。その翼はまるで、こんな冷たくしんとした空気の下で見上げる夜空のように輝いていた。
風情だとか美しさだとかそんな事に対して重きを置かない自分ですらも、畏怖するよりも見惚れてしまっていた。今でも鮮明に思い出せるあの姿。敬意のようなものすら覚えたその時の感情。
時が経つに連れて、攫われた理由がこの地のエネルギーをより豊かに回し、赤い龍にとってより快適な環境を作る為だと何となく分かって来ても、その時にはもう、ティガレックスはこの地に馴染んでいた。
このエネルギーに富む地は今までに放浪したどの土地よりも快適だったし、それに古龍には元々逆らえないものだと認識していたのもあった。出遭ってしまっても生きているだけ幸いだと言うものだ。
多分、それは他の攫われてきた竜種も大体同じだと思う。
ただ、とにかく戦いが大好きでギャンギャン叫びまくるイャンガルルガから、動く物を何でも喰らい尽くすイビルジョーやら、何でもかんでも縄張りに入り込む奴は殺せば良いと思ってるラージャンやら、とにかくはた迷惑な狩りをするバゼルギウスまではここに攫って来て欲しくはなかったが。
その理由はきっと、エネルギーを回すだけではなく、還元させる為なのだろうとも。
そして時間が経つに連れて、あの赤い龍は古龍を喰らう古龍であるネルギガンテに対しても上に立ち、役割を与えているのにも段々と気付いて来る。
それは導きの地、そしてこの地全体の管理。
古龍ですら手を焼く事がある、誰だって関わりたくない暴君達に対して、そいつらが流石に暴れ過ぎれば純粋な膂力でぶちのめす。
片耳と片目を失いながらも誰彼構わず戦いを挑み続けるイャンガルルガは、ネルギガンテにも戦いを仕掛けた挙句に首を捩じ切られた。
一部の地域を完全に静かにしてしまったイビルジョーは、顎を完全に粉砕されて餓死した。
導きの地全体を縄張りと認識したラージャンは、全身に棘を突き刺されてその本来の姿が見えなくなった。
緑豊かな地を禿げさせてしまう程に迷惑な狩りをしていたバゼルギウスは、そのでかい頭が、中身が飛び出す程にベコベコにされていた。
そして少し前に地震が頻発するようになって地脈が不安定になった時は、導きの地から暫く離れて原因を探りに行っていたようだった。戻って来ると同時に地震は起きなくなったから、その原因を同じように叩き潰したのだろうと思う。
そんなネルギガンテは、ティガレックスにとっては誰よりも格好良いと思える存在だった。棘を利用する事はあれど、基本的に肉体一つで全てをねじ伏せていくその姿。それでいて畏敬を抱ける振る舞い。他のどんな古龍種よりも見惚れるものだった。
しかし、そのネルギガンテは死んだ。たった一人の狩人に敗れて、そしてそれに満足しながら。
その夜、赤い龍は死んだネルギガンテの元を訪れた。前脚で何度か揺さぶり、それから地脈のエネルギーを分け与えようとして。それでも動かないネルギガンテに、少しだけ寂し気な声を発したのをティガレックスは聞いていた。
……これから、どうなるのだろう?
考える事は好きではないが、考えずには居られないその先を想像し始めた時、足音が聞こえた。
その当の狩人だった。
*****
もう、狩人はネルギガンテになりかけている人間ではなく、人間の皮を被ったネルギガンテと形容した方が正しい存在になっていた。
体重は何倍にも膨れ上がり、しかし肉体に溜め込まれ続ける。
全身は赤黒い筋肉の色で染まり、背中や腕からは流石に棘は生えていないものの、人らしからぬ、ごつごつとした感触に覆われている。下手な武器の攻撃は通さない程に硬い感触。
膂力はこの姿のままでも、もう竜に匹敵するだろう。古龍としての力を身に着けつつあるその肉体は、見た目を遥かに超えた力を秘めていた。
そしてもう既に、体の内側では溜め込まれたモノが今か今かと羽化の時を待ち遠しく待っていた。
狩人がまだ人の姿のままでいるのは、強靭な精神力とそして、人の姿に名残惜しさを感じている他ならなかった。
ティガレックスの目の前で武器も持たずに全裸を見せつけたのもそれが原因だ。
狩人は、結局のところ現状を受け入れるだけの十分な時間を持たされなかった。いや、どれだけの時間があっても完全に受け入れる事など出来なかったかもしれないが、確固として言える事は、気付いた時には残された時間は少な過ぎた。
表面上は平静を保っていても、ネルギガンテに思いを馳せて、悪くないと思いつつも。狩人として生きて来た長い歳月が、それら全ての記憶、経験、培ってきたものが受け入れる事をどこかで拒んでいた。
しかし、もう本当に、残された時間はほんの僅かだ。
幾ら必死に堪えようとも、数日後にはネルギガンテとして自分は生まれ変わっているだろう。
自分という意志が消えるかも分からない。今この時点でも自我はあるのだから、在り続けるのだと信じたいが。
ネルギガンテになった後、どうすれば良いのかと言う事など誰も教えてはくれない。研究者達は自我が残るのならば研究したいとの事を言っていたが、ネルギガンテになった姿でセリエナやアステラに入るなど、受け入れられたとしても中々に抵抗があるだろう。
人と竜、古龍との境界線と言うものは、その身で最も感じて来たものでもあるのだから。
そして今、狩人は溜め込んでいた古龍の素材の大半は食い尽くしてしまい、しかし空腹は未だ体を襲い続けている。
古龍を食べたい。もっともっと、まだまだ足りない。全く、とても。
そんな、イビルジョーのような渇望に抗えずに狩人が向かう先は、この渡りの凍て地の山の頂上、クシャルダオラの抜け殻がある場所だった。
気になったティガレックスが追ってみれば、しかし狩人は気付いても特に何もせず走って行く。
身に着けているのはインナーだけでスリンガーも装備していない。寒さを無視するかのような格好で、狩人は楔虫をスリンガーで伝って行かなければ到底行く事は出来ない高さの場所に、一跳びで辿り着いた。
それは人をもう既に、そして完全に超越している光景だった。に、ティガレックスは唖然として、ただその場に暫く立ち尽くすだけだった。
狩人は我慢出来ないように脚を速める。一歩一歩は雪を深く踏み潰して暫く残り続ける程の痕跡を残し、背丈の数倍はある壁も崖も、簡単に乗り越え、飛び越す。
そんな体は抑えきれない熱量からは若干の湯気も出ているように見え、何も知らない人が見たら、すぐさまにでも重症だと判断してベッドに連れ込もうとするだろう。
そして瞬く間に狩人はクシャルダオラの抜け殻の元まで辿り着く。
流石は古龍だ。いつからあるのか分からないその抜け殻からも、その力の残滓が感じ取れる。
腹の足しにはなりそうだ、と狩人はその鋼の皮に躊躇なく手を付け、バリィッ、と千切り取るとそのまま口に入れる。
ガリュッ、ボリュッ。実際に鋼程の固さがあるその皮を、いとも容易く噛み砕き、飲み込む。
残滓しかないその皮でさえも、ポポなんかよりもよっぽど美味いと感じる。体が求めているものを身に取り込むその喜び。しかもここでは人を気にしなくて良い。
それはただでさえ少ない人としての残り時間を狭める事にもなりそうだったが、そんな事を気に出来る程に狩人にはもう、余裕も無かった。
引き千切るのも面倒になると、狩人はクシャルダオラの抜け殻の中に入り込み、端からとにかく喰らっていく。
人が素肌で触ってしまえば、その寒さですぐさま体が貼りつき剥がれなくなってしまうだろうが、体から発せられる熱量はそんなものも無視してしまう。
ただただ、ひたすら無心に食べていく。体は未だに古龍と言う最大の栄養源を渇望し続けているのだ。それに抗うなど誰が出来ようか。
空腹が多少落ち着くと、そこでやっと狩人は一息吐く。
クシャルダオラの抜け殻の中から出て振り向けば、その頭の部分が見るも無残な状態になっていた。
研究者が見たら確実に悲鳴を上げるだろう。許してくれ、と願った。
また飲み物が欲しいと感じるが、古龍の血などは勿論持ってきておらず、仕方なく雪を頬張る。人ならば体温を下げてしまう最悪な解決法だが、握った瞬間に溶け始める程に肉体は火照っているののだ。全く問題は無い。
口に入れれば瞬く間に水となり、それを幾度か飲み干した。
近くにフキノトウが群生していた事も思い出し、千切ってそのまま食べた。けれど、もう人の時に感じたような美味しさは感じず、寂しさを覚える。
フキノトウの天ぷらなどは絶品だったが、それもきっともう、美味しく感じないのだろうか。
ただ、もし古龍の肉を揚げてカツなどにすれば……と想像したら、思わず涎が出た。
そうだ、それならばいっそ、脂も古龍のものを使えばより絶品になるぞ。
「……何を馬鹿な事考えているんだか」
寝転がって、夜空を眺めた。
竜も古龍も誰しもが見ても変わらないその幾多の星と、そして月が輝くその夜空。
しかし、人だけはそこに星座を作り、物語を作った。
けれどそんな物語の中にも、人が古龍になるなどと言った程に荒唐無稽な物はなかった。
……私はネルギガンテになる。
眠ってしまえば、そんな風に完全に気を抜いてしまえば、きっと起きた時にはネルギガンテになっているだろう。多分ミニサイズの、しかし竜にはもう一歩も譲らない肉体を備えた古龍に。
けれど後少しだけ、後少しだけ。
そんな僅かな時間では何も出来ないにせよ、それが単なる名残惜しさであっても、人で居たかった。
しかし、思い馳せるのは家族でも仲間の事でもなく、やはりネルギガンテの事だった。
……私も、ネルギガンテが想うと同等の想いを抱いていたのだろうか? もし、古龍と人が結ばれる事が出来たのならば、結ばれたのだろうか?
「……いや」
流石にそれは無いだろう。戦う事、殺し合う事が、血を流し合う事こそが何にも勝る愛情表現でもあったのだから。
ただ、そう考えると結ばれていたとも言えてしまう。
運命の出会いと言うにも相応しい程に。
けれどそんな運命の出会いを迎えて、狩人としての、そして人としてさえの生き方にピリオドを打つ事になるとは夢にも思わなかった。
「あー……」
そんな風に声を出してから、狩人は帰る事にした。
けれどその前に一口、いや、もう一回満足するまでとクシャルダオラの抜け殻を食べて。気付けば頭は完全に無くなってしまっていた。
今度こそ高所から一気に飛び降りると、背中から翼を広げてそのまま飛べるような感覚がする。
しかしやはり、それを許してしまうともう止まらない気がして、普通に着地した。
帰り際にティガレックスとまた会う。
ただ、どこか落ち着かないような雰囲気で。気付けば狩人も、ピリピリとした空気を感じた。
その翌朝。
ラージャン、それも激昂した特殊個体が確認された。
アイスボーンで唐突に沢山の竜種が新しく確認された、って言うのに説明をつけるとしたら、
アン・イシュワルダの影響というより、ムフェト・ジーヴァがより自らを取り巻く環境を豊かにしたかったが為に攫って来た、と言った方が納得が行く自分。
後、この話は元々ムフェト・ジーヴァをメインとして書く予定だったその一部分だったりする。
ツイッターの方を遡れば、そのプロットは転がってるはず。
ムフェト・ジーヴァ:
導きの地を作り上げて、沢山の竜をこの地に連れて来た。
襲ってきたネルギガンテを返り討ちにして導きの地の管理者に置く。
地脈がある時不安定になったから、ネルギガンテに原因を探りに行かせた。
ネルギガンテが異変を片付けて帰って来たかと思えば、ある狩人に恋い焦がれるようになっていて、その挙句その狩人に討伐されて死んでしまった。
後、アルバトリオンをやっとソロ討伐した。
で、多分次で最後です。TFシーンがっつり書くぞ。
さるは金色、かわいいな!!!!
ムフェト・ジーヴァ
-
を打ち倒したい
-
になりたい
-
と暮らしたい
-
を観察していたい
-
に弊社に王の雫を落として欲しい