ティガレックスとネルギガンテになる狩人の話   作:ムラムリ

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4.

 セリエナに戻ってからも一睡もする事はなく、熱い茶を飲みながら手記に自らの軌跡を記していた。

 この新大陸に来るまで、そして来てから命のやり取りをしてきた多種多様な竜、古龍達に対しての記憶。感謝される事もあれば、後味の悪い結末が待っていた事もあった。運が悪ければ死んでいた事も幾度とある。

 自分がネルギガンテになる、という事を自覚してから徒然に書いてきたその軌跡は、読み直してしまえばとても拙い。編纂者ではないのだから当たり前でもあるが、それでも狩人は導きの地でネルギガンテと戦った所までを書き切った。

 自分が狩人であった証左を、身に着けていたもの以外でも何か残しておきたかったのだ。

 ……こんな拙い文章でも、もしかしたら誰かが編纂して多くの人に読まれるかもな。

 この新大陸で最も成果を上げたと言っても良い狩人として多少の慢心も自覚しながらも、その締めにと夜が明けて来る頃、一つの問いに対して考え始めた。

 狩人として何が一番大切かと問われれば、それは何だろう?

 諦めない事? 相手を理解する事? 準備を怠らない事? どれもそうでないと言うには難しい。

 ただ、それらを総括してみれば、段々と自分なりの答えが定まって来る。

 ――どんな時でも自分を見失わない事。

 そこまで結論付けてから、一番それを体現しているのはこの新大陸では大団長だと気付いた。

 自分だけの革新的な心得などであれば最高だったのだが、どんな物事でも根底にあるのは普遍的な事柄なのだろう。

「……まあ、不満は無い」

 そう言って手記を閉じる。

 ひとまずは、出来上がった。書き直したい事や書き加えたい事は読み直せば数え切れない程に出て来るだろうが、そんな時間はもう無い。

 今まで狩って来た古龍の素材を粗方食い、飲み尽くし、それに加えてクシャルダオラの抜け殻を食した。それによってもう羽化に必要なエネルギーは事足りたようで、空腹感は消え失せ、体も静けさを取り戻していた。

 しかし、それも一時的なものだ。

 今となってはもう外からでも、その全身の内側ではもう既にネルギガンテとしての肉体が羽化の時を待ち望んでいる事が分かる。

 肌色の下からネルギガンテとしての体色がはっきりと見えている。元凶となった棘を身に受けた部分からはもう既に、ネルギガンテとしての肉体が表に強く出ていた。

 また、背中からはその巨大な翼が突き破る準備を終えている事が分かる。頭の、その一対の巨大な角が生えるであろう部分は硬く膨れつつあった。

 そして、その肉体は今や同量の金属よりも重い。椅子は体重が倍程になった頃に砕けてしまい、ベッドも同じく砕けてしまった。その後に床に敷いてある布団は、もう元には戻らない程に潰れている。

 物を書くのには今、板をただ積み重ねただけのものに座っているが、気付けば自分の尻の型が出来ていた。

 けれど、そんな肉体が丸ごと塗り替えられる程の変容をされようとも、不快感や痛み等は全く無かった。強いて言えば、空腹感や主に味覚の嗜好が変わっただけ。

 ……私達は、ネルギガンテを自然に対する自浄作用の化身という仮説を打ち立てた。

 少なくともネルギガンテ自身がそれを自覚して行動しているとは思えないが、もしそれが正しいのならば、自浄作用と言う明確な役割を持ってネルギガンテという古龍の種が存在するのならば。

 それを存在させたのは誰だ?

 そう。もし、自浄作用そのものをネルギガンテとして作り上げた存在が居るのならば、と考える。

 ネルギガンテが自身より強い存在に対して繁殖行動を行おうとする――自浄作用を覆す程の力を取り込もうとするのも頷けるし、それを受けた者が強い痛み等を伴わずに直前まで元の姿を保つ――別れ等を惜しむ暇を与えられるのも、全く異なる存在に生まれ変わる為の覚悟をする期間、慈悲によるものなのでは、と考えられたりする。

 ただ、それらの思考は全て仮説の上に更に仮説を積み重ねた妄想でしかない。

 ネルギガンテがそのような生態である事も何もかもが、単純に偶発的なものでしかない可能性も十分にある。

 自分の命すら鑑みずに戦いを挑み続けるイャンガルルガ、常に空腹を抱いて全てを喰らい尽くすイビルジョーなど、ネルギガンテよりおかしい生態をしている生物だって既に幾つか発見されているのだし、それらがどうしてそのように生きるようになったかなど、きっとその当竜達も含めてまだ誰も知らないのだ。

 幸いにも、未だ変わらず美味しさを感じられる、冷めた茶をぐいっと飲み干す。

 もう少し飲みたいな、ともう完全に冷え切ってしまったケトルを火にかけ直しに立ち上がったその時。

 緊急の報せを伝える鐘が鳴った。

 

 すぐさま詳細を聞きに行った狩人は、激昂したラージャンの確認を聞いた。

 それだけならば、狩人は急がなかっただろう。しかし同時に伝えられた、ティガレックスと交戦しているとの旨。

 正直に、ティガレックスが死んだら酷く後味が悪い。

 ティガレックスにしては少なくとも人と共生出来る程に弁えた珍しい竜であったし、そしてこれから古龍となり今までとは全く違う世界で過ごすのに対して、その世界に属する唯一見知った存在を古龍になる前に喪いたくはなかった。

 防具を身に着ける事も、太刀を握るのも、これが最後になる時は何を思うのだろうと常々考えていたのだが、そんな感傷に浸る暇などは無かった。

 慣れ親しんだ動作をいつものようにこなし、背中に太刀を担ぐ。

 いにしえの秘薬を噛み砕きながら、ポーチの中身を簡単に整える。鬼人薬を手に取り、今の自分にも意味があるか逡巡した後に一応飲み干した。それから必要なものは……秘薬だけだ。後、それを調合する為の素材。今となってはホットドリンクすら必要ない。

 それらだけを詰め込むと、弾き飛ばされるかのような速さで狩人はセリエナから飛び出していった。

 

*****

 

 苦い、とても苦い記憶。例えるならば、龍殺しの実で口の中を一杯にして、一気に噛み砕いた位に。

 もの静かな場所にやってきたと思えば、唐突に目の前に現れて即座に殴り掛かって来たその生き物。自分より小柄な癖に命知らずな奴だと思ったのはほんの一瞬。

 自分以上に軽やかに跳ねまわり、その小柄な体躯から自分と同等以上な力で殴られまくった。

 加えて雷のようなブレスすら吐いてきて、それは酷く自分に効いた。

 そんな風に好き放題やられて弱ってしまったところに、仕留めにか顔面を殴りに来て、そこに苦し紛れに咆哮をすれば流石に怯み、その隙に辛うじて逃げだした。

 どれだけ遠くに逃げても追って来られるような気がして、とにかく、とにかく遠くまで逃げた。疲れ果てて、気絶するかのように寝て起きた時、自分が生きている事が半ば信じられなかった。その日に獲物を狩って食べた時は安堵で涙すら出て来た。

 あれ以上に死を感じた時は、未だ無い。

 

 深夜になってから、不自然な程の静けさを感じて思い出したその記憶。

 あの時に自分がティガレックスと言う種族の強さにかまけず強くならなければいけない、と決意したからこそ、今の自分はより強くなった。この場所に来た事もあるが、それ以上に自分は強くなろうと頑張って来たと思う。

 けれど、あのラージャンと相見えて勝てるかどうかと言われると、正直余り良い想像は浮かばない。

 結局、自分は種族の強みをより伸ばせただけで、そこを超える事は未だ出来ていないからだ。

 あのラージャンの素早い動きに付いて行けるか? ブレスに耐えて反撃に転じられるか? 自分には分からない。分からないまま、結局この地に来てからも戦った事はまだ無い。イャンガルルガやバゼルギウスと戦った事はあるが、イビルジョーやラージャンとまでは戦おうと思えなかった。

 それは臆病な訳ではなく、命知らずでは無いとはだけだ、と思う。それにもし、ここにラージャンが居たとして、命を最優先に考えるのならば、今のこの実力でも相見える前に逃げるのが一番の得策だろう。

 ただ、しかし。その記憶はずっとトラウマとして自分の心にこびりついている。いつかそれを克服したいと思っているのも事実だった。

 そして……ラージャンはネルギガンテよりは確実に弱い。ましてやあの狩人よりはよっぽど弱い。

 それに、自分はラージャンの動きに付いて行けないのはそのままの事実だろうが、それでも自分は強くなっている。

 ラージャンの攻撃にもより多く耐えられるだろうし、耐えていれば光明も見えて来るかもしれない。

 実際、狩人はそうやって数多の竜種に打ち勝ってきたのだから。

 呼吸を、整える。

 体の感覚がひっきりなしに警鐘を鳴らし始めていた。ラージャンかイビルジョーか、そのレベルの、時に古龍にも仇名す誰かが居る事は間違い無かった。

 それでも逃げない事に決めたティガレックスは、体の調子を確認する。ここ暫く休み、好物のポポばっかり食べていたのもあって、絶好調なのには間違いない。体を軽く回せば、関節からごきごきと派手な音が鳴る。それで戦闘準備は完了だ。

 そして、最後にどこで戦うべきかを決めた。

 自分はラージャンと比べて優れている点が少ない事も分かっている。次に戦うならば、どういう場所で戦うのが一番得策か。

 狭い場所か広い場所か。広い場所に決まっている。狭い場所は巨体な自分の強さを生かしきれない。小柄なラージャンはそんな場所でも跳ね回って殴り掛かって来るだろう。

 何かある場所か、無い場所か。何かある場所の方が良い。種族差がある以上、自分が自由に動けるだけじゃ足りない。

 広い場所。そして、何かある場所。

 ティガレックスは今居る、間欠泉が時折噴き出すこの場所を戦場に選んだ。

 

 やはりやって来たその超攻撃的生物、ラージャンは、しかし始めから体を黄金に輝かせていた。尻尾は千切れ、また全身は傷塗れだ。

 その様子から、そのラージャンが傷ついたイャンガルルガと同等の猛者だと察知する。

 一瞬、尻込みする。けれど、今更引く訳にもいかなかった。自分にトラウマを植え付けた相手。自分を鼓舞しようと咆哮したのと、ラージャンが咆哮したのは同時だった。

「ギアアアアアッ!!」

「ゴアアアアアッ!!」

 体がびりびりと震える。自分とラージャンの咆哮でこの地全体が揺れている。

 自分の咆哮でもラージャンが怯む事は勿論無い。

 そしてラージャンはいきなり高く跳躍し、口から光弾を幾多に吐いて来る。後ろに跳んで躱し、ラージャンが着地、そこへ自分から仕掛けようと跳んだ瞬間、腹に強い衝撃。

「ガァッ?!」

 地面に着弾した光弾が自分の両脇からも時間差で噴き出していた。

 しかし、耐えられる、暫くは。自分のやってきた事は無駄じゃない! ラージャンが追撃に殴り掛かって来る。自分の目の前に、この顎に全く怖気もせずに!

 その剛腕で殴り掛かって来るのに対し、上体を跳ね上げて空振りさせる。しかし連撃、跳躍してきて顎を殴られる。

 昔のままだったらこの一撃で自分は気絶していたかもしれない、今は違う! 前脚を着き、そのまま体を思いきり回す、風切り音を鳴らしながら尻尾が着地したラージャンにぶち当たる!

 ラージャンはバウンドして壁にまで叩き付けられた。ティガレックスはその一合だけで呼吸を荒くし、しかしラージャンは何事も無かったかのように跳ね起きる。

 もしや、効いてないのか? かなり全力に近い攻撃なのに?

「ゴアアアアアアアアアッ!!!!」

 そう思った瞬間、先程よりも強い、自分の咆哮にも匹敵する程の咆哮と共にその腕が赤くなった。

 いや、効いている。けれど、これは、これは何をして来る!?

 口を開けて前脚を支えにする姿勢に移って、やばい! ブレス!

 避け切れずに前脚が焼かれる、熱い! 痛い! 焼かれる!

 けれどラージャンは今この時だけは動けない!

 ティガレックスは前脚を焼かれながらも走る。激しい痛みに顔をしかめながら、それでもチャンスを逃さまいと。

 そして顔面を掴んだ。

 ギヂィ、とその鍛え上げられた翼腕がラージャンの頭蓋を締め付ける!

「ゴググッ?!」

 暴れられる前にまた壁に叩きつけ、加えてその赤くなった腕に噛みつき、ガヂィッ!

 硬い!?

 闘気硬化を知らなかったティガレックス、腕を抜き、その横顔を殴りつけてラージャンは脱出した。

「ギアッ!」

 反撃にと尻尾を叩き付けるが二度目の動き、それは掴まれた。

 ミシィッ、メリィッ、凄まじい力で尻尾を抱えられ、悲鳴を上げながらティガレックスは暴れる。しかし、抱え込んだラージャンは跳躍、着地、その勢いでティガレックスを背負い投げた!

「ギアアアアッ??!!」

 ふわり、と体が浮き、そして思いきり後ろに引っ張られる。

 何が起きたのか一瞬理解が追いつかない、背中から叩き付けられて息が吐き出される、その目の前、空中には拳を掲げながら落ちて来るラージャン、避けるのは間に合わない、前脚で防ぐしかない!

 雷を纏ったその腕が前脚にぶち当たる、爪が折れた、全身に痺れと衝撃が走る、でもそれだけだ、今度はこっちが掴んだ!

 転がり、ラージャンを押し倒す、暴れられるのを必死に抑えながら息を整えた、全力の咆哮、その耳壊してやる!

 が、その前に顎に光弾がぶち当たる、拘束は解け、時間差でその光弾が弾けた。怯むティガレックス、そこへラージャンが何度も顔面を殴りつける。

 鼻が折れ血が吹き出る、牙も何本も折れる。それでも耐えていた。目を見開き、より力の籠った一撃を寸前で躱した!

 そして体勢の崩れたラージャンの角を両腕で掴んだ、腕は硬い、けれど頭は、首はどうだ!?

 その大きな顎にラージャンの頭がすっぽりと入った。

 牙が首を貫く寸前、ラージャンの腕が間に合う、ギヂィ、ミシィッ! 抵抗が激しい、この顎の力に耐え得る程の腕力、拮抗している、無理な姿勢でラージャンもその腕に力が入らない。

「ゴ、グ、グ……」

 必死に堪えるラージャン、それに対してティガレックスは上体をラージャン毎持ち上げて、そして地面に叩き付けた!

 ラージャンの下半身がバウンドする、けれど食い千切れない、挟み込まれた腕は弱らない!

 ドヂャァッ!! ドガァッ!!

 二度、三度、激しい音が鳴り響く、ラージャンの毛皮が引き裂かれ、血が滲み出す、それでもラージャンは怯まない!

 ゴポ、ゴポ、そのラージャンの下から音が鳴る。丁度そこは間欠泉の噴き出す位置だった。後少しでこいつは焼かれる!

 しかしラージャンは反撃に、口の中でブレスを放った。

「ギィッ、アガァッ!?」

 ボギィッ。

 内側から喉が焼かれる初めての痛み、思わずティガレックスは口を放してしまい、けれどその衝撃でラージャンの両方の角が折れた。

 ティガレックスの手中に収まったその二つの角。

「ゴッ、グウウウッ」

 思わず怯み、よろけて後ろの壁に寄りかかるラージャン。

 ティガレックスは角を投げ捨て、追撃に走る。しかしラージャンはそこからブレスを横薙ぎに払った!

「ギャアアッ!」

 前脚から顔まで全身を焼かれ、転ぶ。

 そして丁度、間欠泉が噴き出した。

「アアアアアッ??!!」

 その真上に居たティガレックスはその熱湯に更に焼かれ、大きく怯む。

 予期しない攻撃、加えて自分のミス、跳び掛かって来るラージャン。体が動かない。

 脳裏に濃く浮かぶ敗北。

 そこに跳躍した狩人が、ラージャンを切り飛ばした。

 

 唐突な乱入者にラージャンは更に怒り狂い、しかし狩人はそれに全く怯まない。

 安直な横殴りを寸前で回避されると、闘気硬化している自慢の腕がさっくりと切り裂かれた。

「ゴアアッ!!??」

 訳が分からないように叫ぶラージャンに、狩人が追撃を仕掛ける。一旦距離を取って跳躍し、光弾を幾多に放つ。地面に着弾しても光を失わないそれを狩人はすり抜けて距離を詰め、突きで片目を潰した。

「アアア゛ア゛ア゛ッ??!!」

 するとラージャンは溜まらず逃げて行った。

「……ふぅ、間に合った」

 起き上がったティガレックスに、狩人は太刀を納刀し近付く。

 落ちていたのはラージャンの角。

 ある程度は迫る戦いをしていたようだ。もしかしたら勝てていたかもしれない位には。

「グゥ、ウゥ……」

 ティガレックスは心底悔しそうにしながらも、狩人に対して八つ当たりなどする事もなく。

「これでも食っとけ」

 そう言って、狩人は調合分も含めて秘薬を全て、ティガレックスの口の中に放り込んだ。思わず飲み込んだティガレックスは、段々と起きて来た体の異変に気付く。気持ち悪い。体が痛い。

 何を飲ませたんだと怒りそうになるが、焼け焦げた前脚を見ろと指差されて見れば、急激に音を立てながら治り始めていた。

 折れた爪までもが、みしみしと音を立てながら再び生えつつある。

「流石に牙までは治らんかもしれないがな」

 こんなものまで飲んで、狩人と言う生物は自分達と戦っているのか……。

 そう思った直後、ラージャンが戻って来ていた。抑え切れなかったらしき怒りに身を任せ、猛スピードで狩人に迫る。

 ティガレックスが吼える。狩人が振り向いた時には殴り飛ばされていた。

「ぐうっ!」

「……?」

 ラージャンがその殴った感触の果てしない違和感に思わず体を止めた。重過ぎる。まるで、ウラガンキンを殴った時のような重量感。闘気硬化しているはずの腕が容易く切り裂かれた事も含めて、あの狩人は何かおかしい。

 そして、起き上がろうとした狩人は、しかしその前に思いきり血を吐いた。

「がっ、げぶっ」

 どぼどぼと、体中の血が全て出てしまうかのような血の吐き方。血の池がすぐに出来上がる程の量。

 ラージャンはそれを見て、好機と殴り掛かった。

 ティガレックスはそれを見て、とうとう始まったのだと感じ、そしてそのラージャンの殴りを片腕で止めた狩人を見て、同時に狩人としての終わりを悟った。

「ゴッ、ゴアアッ??」

 その細腕一本で止められた事に理解が追いつかない。そのまま腕が握り潰されようとしてる事など訳が分からない!

 血を吐きながらも、狩人は立ち上がった。それとは反対にラージャンは悲鳴を上げながら跪く。

 狩人は兜を脱ぎ、血まみれのその顔を晒す。髪の毛が次々と抜け落ちるその顔は黒く染まりつつあった。

「くそ……」

 そう呟く、悔し気な、寂し気な顔。

 人としての要素が今にも完全に、抜け落ちようとしているその変容。

 狩人は最後の抜刀をした時、ラージャンはどうにか狩人の拘束から抜け出した。得体の知れないものを眼前にしたその顔は怯えに染まり、その超攻撃的生物は今までした事の無い、逃走という選択肢を初めて頭に入れ始めていた。

 しかし狩人はその太刀を、今まで愛用して来た、相対した何者をも切り裂いて来た、狩人が狩人として戦う為の最大の武器を持ち直すと、唐突に投げた。

 ラージャンに向かって投げられたそれ。ラージャンは避ける事は愚か、その飛んでくる軌跡を見る事すら適わなかった。気付けばそれはラージャンの二の腕に突き刺さり、そしてそのままラージャンごと飛ばして壁へと磔にしている。

「ゴアアッ!!?? アアッ????」

 ラージャンは暴れる。何が起こったかも把握出来ておらず、そして根本まで突き刺さったその太刀は簡単には抜けない。

「うっ、ぐっ、ごっ」

 それを見届けた狩人はまた血を吐き、体勢を崩した。

 狩人の脚元から胸までを覆うその防具。それは、今まで溜め込まれてきたエネルギーによって膨張する肉体に段々と耐えられなくなっていく。

 そしてある瞬間に限界を迎え、一気に弾け飛ぶ。幾多の攻撃から身を守って来たその防具は、狩人自身が狩人で無くなる事によってその役目を終えた。それらの一つがティガレックスの頬を掠り、つー、と血を垂らしたがそれでもティガレックスは目を離せなかった。

 その全身が露になる。インナーも破れて正真正銘全裸になったその狩人の全身はもう既に、人としての姿ではなかった。

 ぼろり、ぼろぼろとその表皮すらもが破れ、剥がれ落ちていく。むくむくと内側から膨れ上がる、羽化を待っていたその新しい肉体。狩人は未だ血を、そしてそれ以上の内臓のようなものすらも吐き続けていた。

 それらからは古龍としての力の片鱗は感じられない。血も、表皮も、内臓も、それらは全て人としての残骸だった。

 胴体が膨れ上がると同時に四肢と頭も同時に変わっていく。

「があっ、ガあアッ、ぐアあアアッ」

 人の呻き声が古龍としての呻き声に変わりつつある。コミュニケーションが出来る程に複雑で多様な声を発せられる喉が、より強い咆哮を発する事に最も重きを置いた頑丈な喉へと入れ替わっていく。

 膨れ上がった腕は人としての残骸を踏み潰しながら長く鋭い爪を生やし、黒い表皮を露にする。

 歯は抜け落ち、その代わりに古龍すら貫く牙が生える。髪の毛どころか表皮全てが零れ落ちたその側頭部からはとても太い角が生えて来る。

 その、ネルギガンテの角。一本が確固として生えているのではなく、まるで数多の角が捩じれ纏まるように出来ている外見のそれが、正にその通りのように象られていく。外側から生える角が時折ぼろぼろと崩れながらも、最終的には一本に纏まり、形を完成させる。

 ある程度の肉体が出来上がると、背中からは翼が、また尻からは尾が生え始めた。

 幾重にも圧縮され、折り畳まれ、人の身に収まっていたその翼。羽化の時を待ち望んでいたそれは今こそ古龍としての威厳を知らしめながら生え広がる。数多に棘を生やし、何者をも塗りつぶしてしまうような黒に染まった、正真正銘ネルギガンテの翼。

 同様に人の身に収まっていたその尻尾。ティガレックスと比べてもやや細いその尻尾はしかし、ティガレックスよりも密に筋肉が詰まっている。叩き付けるにせよ、薙ぎ払うにせよ、より鋭い痛みを与えられるそれは翼が生え広がると同時に完成した。

 そして全身が出来上がると、頭から、背中から、また四肢や、翼、尻尾のそれら全てから棘が一斉に生え始める。

 ネルギガンテの最たる特徴である破壊と再生、それを如実に示す棘はぐぐ、ぐぐぐっ、と目に見える速度で生え揃い、それらの棘は生え揃う最初であれど長く鋭い。

 そうして生まれ変わったその肉体は、やはり小柄だ。ラージャンと同等程度の、最小個体よりもきっと更に一回りも二回りも小さい程に。

 しかし。

「ガアアアアアアッ!!!!」

 生まれ変わった身で初めて放つ咆哮は、確かに古龍としての威厳を、脅威を備えていた。ネルギガンテとしての強さを知らしめるには十分な程に。

「ゴアアッ!? ゴアアアアッッ!!??」

 そして、ラージャンは未だに磔にされたまま動けなかった。目の前で人が古龍になると言った事が起きたのも、そしてその古龍が静観するティガレックスには何もせずに、磔にされて動けない自分に向かって来るのも、どこからどこまでも訳が分からなかった。悪い夢を見たとしてもここまでの事は起きないだろう。

 そしてそのネルギガンテは、自分の目の前までやって来ると後ろ脚で立ち上がった。

 上体を大きく逸らし、その右腕は空高く掲げられている。

「グ、ゴ、アアア゛ッ、アアア゛ア゛ッ゛!!??」

 抜けない、折れない! 根本までしっかりと二の腕に突き刺さった、人の身程の長さを持つ太刀は、ラージャンの姿勢を変える事すら拒んでいた。

 ぐっ、ぐぐっ、と目の前の古龍はより力を溜める。苦し紛れにブレスを放つが、直撃し続けても全く動じず、次第に顔が絶望に染まる。

 そして、叩き付けられた。

 ドグヂャア゛ッッ!!

 滅尽掌。ただの前脚による叩き付けであるが、そう名付けられるだけの破壊力を持つ技。

 それはただの一撃で、ラージャンの頭から原型を失わせた。

 

*****

 

 一息吐く。

 ネルギガンテになっても自らとしての意志ははっきりある事に安堵しながら、自分の全身をゆっくりと見直した。

 血に染まった肉球。血を舐め取ってから触れてみると、ちょっとやそっとの事では傷つかない頑丈さと柔らかさを兼ね備えている。

 棘は自分で折ってみれば、別に痛みなどはなく、またすぐに生えて来る。翼を広げてみれば自らの全長以上にある程には大きく、空を飛べるようになった事には早く試したい気持ちで一杯になる。

 そんな様子に、ティガレックスは恐る恐ると言ったように歩いてきた。

 ぎゅるる……。

 同時に、腹が鳴った。

 酷く腹が減っている事に気付いた。あくまで変態する為に必要なエネルギーが充実していただけで、変態した後には再びエネルギーは必要らしい。

 それに対してティガレックスは怯えたように後退るが、それよりも美味そうな物は目の前に転がっている。

 屠ったばかりの古龍級生物である。血を舐めた時から、その強さ通りの古龍に匹敵する良い味だと感じていた。

 そこらに転がっていた角をばきばきと食べながら、ティガレックスにも片腕を引き千切って投げ渡した。

 ティガレックスも少し躊躇ってから、食べ始める。

 角を二つとも食べ終え、多少は空腹が落ち着く。そして滅尽掌の一撃で折れた、自分の太刀を拾う。

 ……これだけは、セリエナに返そう。

 これからどこで生きていくのか、どこで寝て何を食べて生きていくのか、そんな事は何もかも決まっていないが、取り敢えずは。

 ティガレックスの方を振り向けば、折れた牙で必死に硬い肉を少しずつ千切っていた。

 お前にとってはポポの方が美味いか?

 そう思いながら、もう片方の腕を食う。

 ティガレックスがどうにかそのラージャンの片腕を喰らい尽くす頃には、ネルギガンテとなった狩人は他の全てを食べ終えていた。

 

 そしてネルギガンテとなった狩人は空を飛ぶ。

 初めての飛行でも、難なく出来る。出来るという自信があったし、実際その通りでもあった。ネルギガンテという種はそう言う風に出来ているのだろう。

 そんな出来て当たり前のような感覚でありながらも、やはり空を飛ぶのはとても心躍る事で。人の身であればホットドリンクを飲もうが耐えられない程の冷たい風もこの身にとってはそよ風に等しく、長く過ごした渡りの凍て地を気球以上に遥か高くから全貌を眺めるのは、言葉に表せない程の感動を覚えた。

 まあ、言葉はもう発する事も出来ないのだが。

 それからセリエナの真上まで来ると、咥えて持って来ていた、折れた太刀を落とした。

 真上を眺める、セリエナのアイルー、人間達。

 人とはやはり、もう関わりたくないと思う。それは自分が竜や古龍を数多に狩って来た、その境界線を実感していたからだろうか。

 それとも、ネルギガンテになったからだろうか。いや、それかもう一つ。

 自分は元から竜になりたかったのかもしれない。その割にはネルギガンテになった事に対して喜びなどは別に無いのだが、そう絶望もしていない。他に否定する材料も無かった。

 どれも正しくないのかもしれないし、どれも正しいかもしれない。

 ただ、考えるのは程々にして、ネルギガンテは思った。

 ……また、腹が減った。

 この体は、より成長する為にとにかく栄養を求めていた。イビルジョー程の、何も考えられなくなる程の飢餓感ではないが、とにかく何かを食べたい。

 しかし、残念ながらティガレックスとは食べ物の嗜好は合わない。ポポなんかではこの空腹感は全く満たされない。

 試しに食ってはみたものの、味気の無い携帯食料のような感覚だった。しかも余り栄養にもなっていないであろう事を考えると、携帯食料より質が悪い。

 古龍を、食いたい。クシャルダオラの抜け殻などというものではなく、新鮮な古龍を。

 嗜好が合わなくても、ティガレックスと同じくグルメであるのには変わりないようだった。

 ……いつか、ティガレックスもネルギガンテへと変態させようとする日が来るだろうか?

 愛情や恋情と言ったものでネルギガンテは欲情しないだろうが、どこかで聞く荒鍵爪とか言う特殊個体と呼べる程に強くなったのならば、きっと私は欲情する事だろう。

 そうあって欲しいと願うのに、人間だった頃の理性とネルギガンテとしての本能が混ざり合っている事を感じる。

 人だった頃の自我は残り、しかし本能はネルギガンテのものに移り変わる。

 それに対して恐怖が無いと言えば嘘になるが、そう心配もしていなかった。

 ネルギガンテになった事。恋い焦がれる程に倒したかった相手になる事に困惑や郷愁などはあっても、嫌悪感などは抱くはずもなかったからだ。

 ……さて。

 テオ・テスカトルやナナ・テスカトリは率直な旨味を見せてくれるだろう。クシャルダオラやキリン、イヴェルカーナはきっと淡泊ながらも味わい深い。ヴァルハザクは発酵食品のようなクセのある、しかし病みつきになるような味に違いない。

 まず、何から喰らおうか。

 暫しの逡巡の後。ネルギガンテは行先を定めると、悠々と飛び去って行った。




読んで下さってありがとうございました。
後で書き終わった所感の活動報告投げると思います。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=244496&uid=159026

感想、評価などあれば喜びます。

一番良かった点

  • 狩人とティガレックスとの交流
  • 狩人とティガレックスの思慮
  • ラージャンとの戦闘
  • TF
  • 最後はラージャンのアンケではないのですか
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