多分3話くらい。
その場に居るだけで、気力が充実してくるような。肉体が勝手に更なる高みへと登り詰めていくような。
地脈のような力に基本疎い人間ですらその地に立てば、多少なりともそんな感覚に襲われる。それ程に地脈の力が集約されている一帯の事を、新大陸古龍調査団が導きの地と名付けた。
全てが凍りつくような地とマグマが煮え滾る地が隣り合うような馬鹿げた環境でもあるその導きの地は、とある古龍が箱庭として作り上げた場所であった。
蜂蜜に青熊獣が吸い寄せられるように。
大空を旅する竜、古龍は、新大陸の外からでも、時折その地に導かれるようにして訪れる。
ある時、まだ巣立って間もない炎王龍がその地を訪れた。
古龍であるが故の傲慢に満ち溢れていたその炎王龍は、その地が如何様なものなのかを理解する前に、己の縄張りとする事を宣言する。
導きの地は、炎王龍など歯牙にもかけない程の強大な古龍が作り上げた箱庭である。
その箱庭を充実させる為にその古龍に拉致されてきた竜、古龍も多く存在すれば、その地を管理するように命じられた古龍も存在していた。
そんな彼等、彼女等から哀れな目で見られている事にすら気付かずに力を誇示する炎王龍が、この地においては竜にすら劣る存在である事を理解するのは。
目の前に現れた一際巨大な砕竜が、古龍である自らに全く臆せず歯向かって来た時の事だった。
今までに見た事の無い程の体躯を誇る砕竜は、振りまかれた塵粉を全く意に介せずに距離を詰める。
思わず飛び退いた炎王龍はしかし、それが分かっていたかのように飛び掛かってきた砕竜の拳をまともに食らった。
「ガッ……!?」
がらんっ。
ぼやける視界。その片隅に見えたのは、自らの体躯と同じ色をした、捻れた角。
「ガアアアアッ!!」
角を、折られた。その事実に怒り狂う炎王龍は、しかしその砕竜が哀れな目で見ていた事にすら気付かずに再び塵粉を撒き散らす。
炎王龍が角が折られた事を理解するまでの間に、砕竜は殴りつける事も出来た。至近距離で怒り狂いながら塵粉を撒き散らしている間にも。
それにすら気付かず、ひたすらに力を振るうだけの炎王龍は、今までそうやって生まれ持った能力でか弱い相手を甚振る事しかして来なかったのだろう。
大して痛くもないその爆発を受けながら、砕竜はその頭に二度目の拳を叩きつけた。今度こそ頭を揺らされた炎王龍はがくりと倒れて横たわる。
「アッ……カッ……?」
どうしてか体に力が入らない。この自分が倒れている? 二度殴られただけで?
「…………」
惨めに四肢をばたつかせるだけの炎王龍に、砕竜は結局最初から最後まで哀れみの目しか向けず、無言のままに拳を振り上げ、叩きつけた。
頭蓋が砕け、白目を剥く。
そうして事切れた炎王龍から拳をどかせば、遠くから誰かがやって来る気配を感じた。
それは、己よりも純粋で更に激しい暴力を振るう古龍。
滅尽龍、ネルギガンテだった。
*
以前ここに居たネルギガンテが死んでからそう程無い内にやって来たそのネルギガンテは、前のネルギガンテと体躯も性格も大きく違う。
確実に別の個体ではある。だが、あの赤い龍からこの地の管理をどうしてか、その前のネルギガンテの様相を色濃く残していた。
ブラキディオスはその小さく、謙虚な性格である新しいネルギガンテは、前の個体の子なのだろうと思っていた。
降り立ったネルギガンテは、その爆ぜり猛るブラキディオスに「グルゥ……」と申し訳なさそうに鳴くだけで、襲い掛かる事もなかった。
ブラキディオスが特別大きいのもあるが、そのネルギガンテはそのブラキディオスよりも小柄だ。
だが、内に秘める力は前のネルギガンテに近しい程だったし、それにどうしてだろう、ブラキディオスはこのネルギガンテに拳をぶつける事は愚か、爆発に巻き込む事すら酷く難しい気がしてならなかった。
ちょこまかと動き回りながら致命をひたすらに狙ってくる狩人のような、そんな嫌らしい雰囲気。
戦ったら己は負けるだろう。ほぼ確実に。
前のネルギガンテを屠ったあの狩人ですら、勝てるかと言われたら怪しい。
そう強く感じさせるだけの雰囲気を醸し出しているのにも関わらず、この新しいネルギガンテは腹立たしい程に腰が低かった。
頭をひしゃげさせたテオ・テスカトルに一度顔を戻す。
古龍であろうとこの程度の個を仕留めたところで、特に何の感慨も湧くことはない。
それからネルギガンテと顔を合わせた。
古龍を食らうような趣味も持ち合わせていなければ、敵わないと分かっている相手。
ただ。
「ヴルルッ……」
来るのが遅いんだよ。管理を任されてて従ってるなら、さっさと来い。
そう不満だけ漏らして、溶岩地帯へと帰る事にした。
そして、帰りながら思う。
……己が今戦いたいのは、前のネルギガンテを屠ったあの狩人だ。
更なる力も身につけた。今ならバゼルギウスさえをも一方的に爆殺出来る程の粘菌と共に在る。
前のネルギガンテとの戦いなど忘れさせてしまう程の戦いを約束する。
だから、だから、休んでいるのか知らんが、さっさとこの地に戻って来い。
*
この体になってから、旅をした。
新大陸の外にも翼を広げて、様々な地を巡った。
生き方は、戦い方は、体が教えてくれた。空腹ばかりはどうしようもなかったが、生まれ変わったばかりでも並の古龍は大した敵ではなかったし、命の危険を覚えるような事もなかった。
クシャルダオラは見た目の割に濃厚な味わいだった。
逆にテオ・テスカトルは淡白だった。ナナ・テスカトリの方が濃厚だった。
キリンの角を食らってみれば、ラージャンがそこまで好物とする理由も理解出来た。
オオナズチやバルファルクには逃げられてしまったのが悔やまれる。
体も最小個体くらいになる頃には、ひたすらに襲いかかってくる空腹も漸く落ち着いてきて、気紛れに新大陸へと戻った。
それからヴァルハザクを食らってみれば、瘴気を取り除く事が前提にはなるが、一番美味かった。病みつきになってしまえば、そのまま絶滅させてしまいそうな程に。
そのままに導きの地に来てみれば、人だった時よりも遥かにこの地が異常である事が感じられた。そして、その地脈の流れのままにその最奥まで翼を広げてみれば。
赤い、巨大な龍が居た。
竜で例えるのならばリオレウスのような、そんな王道と外見をした龍。
アン・イシュワルダと同等な程の体躯。しかし、その体躯の中には、どうやって収まっているのかと思ってしまう程のエネルギーが感じられて来た。
ゼノ・ジーヴァの成体なのか? 導きの地を作ったのはこいつなのか? あのネルギガンテの死体を持ち去ったのも?
そんな疑問も一時浮かんだが、それらよりも何よりも、勝てない、という事実だけが頭の中を占めていく。
何もしていないのに、それだけははっきりと分かった。噂に聞く黒龍と同じような、別の次元に居る龍だと。
ただ、その赤い龍はそれ以上に驚いた顔をしていて、そして聞いてきた。
ーーお前、もしかして、ネルギガンテを倒した狩人か?
声じゃない。意志が直接伝わってくるような。そんな戸惑いと共に頷けば。
ーー俺と共に居てくれ。
赤い龍は感情を隠さず、真っ直ぐとそう伝えてきた。
結局、それに逆らう事など出来やしなかった。ネルギガンテは古龍の中でも並外れた膂力を持っているが、存在そのものが並外れたこの赤い龍に勝てるとは微塵も思えなかった。
数日掛けて根掘り葉掘りと自らの事を興味津々に聞かれた後、当然のように、じゃあ、後は頼むと言われて、思わず何を? と問い返す。
ああ、とそこでまた寂しげな表情をしながら、俺の箱庭の管理、と答えられた。
俺の箱庭……導きの地か。
ーー悪い虫が寄ってくるなら潰してくれ。あの地は俺の最高傑作なんだ。
はぁ……。そうとまで言われると、結局調査団はこいつの掌の上で踊っていただけなんじゃないか? と思わざるを得ない。
そして。
ーー言っておくが……逆らおうとは思わないでくれよ?
そう言いながら、赤い龍は翼を広げると、青い光がきらきらと。
まるで満天の夜空のようなそれは、その体に詰め込まれた地脈を自由自在に操れる程のエネルギーの片鱗。
……駄目だ。どう足掻こうとも勝てる気がしない。
それに喰ったところで、そのエネルギーはこのネルギガンテという古龍を食らう肉体でも、我が身のものには出来そうになかった。
そうして導きの地に戻ってきて見れば、まず出迎えたのはラージャンであった。
手荒くも、どうしてか殺意はない歓迎をいなしていると、敵わないと分かってか逃げていった。
荒地地帯に向かえば、金火竜がやって来る。狩人だった頃に龍結晶の地で戦った個体よりも遥かに成熟した個体で、それでも自分を一瞥すると敬意を示すように頭を一度下げた。
地響きが鳴り響いてきて、目の前からディアブロスが飛び出してくる。ただ、相手がネルギガンテだと分かると急停止して平服してきた。
……穏やかだな。
他にも様々な場所を巡りながら、そう思う。
驚く程に殺し合いが起きていない。それに対して鬱憤もそう溜まっていない。
時折、敗者の残骸が残っている事もある。強く傷つき、奥地でひっそりと傷を癒やしている竜も居る。
だが、この地に定められている暗黙の理に強く逆らわない限りは、安寧が約束されていた。
古龍でさえも、ネルギガンテにとっては捕食対象であろうに、そう敵意を向けては来なかったのだから。
ラージャンやイャンガルルガでさえもそれに従って、殺意を好き放題にばら撒いていないのだから。
それは、あの赤い龍が作り出した歪な平穏であれど、不思議と心地は悪くなかった。
ただ……自らがこの地の頂点として、その暗黙の理の体現者として強制される事には、不満がない訳ではなかった。
……逆らえるはずもないのだが。
帰ってこなければ良かった。そう思わなくもなかった。
自浄作用の化身? そんな大層なものじゃなくて、ただの歪な箱庭の管理者じゃないか。あの赤い龍の言ってた通りなら、あのネルギガンテもそうだったのだろうし。
とは言え、やる事など基本はない。人の一生より遥かに長い年月を掛けて作られたと言うこの箱庭は、竜や古龍がどれだけ暴れようともまるで魔法のように、大した時間も掛けずに元の形を取り戻す。
しかも、阻もうとした竜が逆に取り込まれる程の勢いで。
そして今、この地で生きる竜、古龍達はどれも古参ばかりで、ラージャンやイャンガルルガ、バゼルギウスも含めて己の力量を弁えた大人しい者ばかりだ。
……いや、大人しいと言うと少し語弊がある。何というのか、覇気すらない竜や古龍も多かった。
力試しのように殺意なく自らに戦いを挑んでくる竜も居たりはするのだが、それはほんの少数だった。何というのか、こんな優れた環境に居るのに高みを目指す事すら諦めてしまったような竜や古龍も居るのだ。
それに気付いて、寂しがりな赤い龍を慰めに行った時に聞いてみると。
赤い龍は驚いたかのように何度か瞬きしてから、答えた。
ーー……気付いていなかったのか。それはお前のせいだ。
……え?
予想外の返答に固まる。
ーー外から来たちっぽけな狩人が、最強を張っていたネルギガンテを倒してしまった。それが何を意味するか、その体になっても分かってなかったのか?
「……」
はっとするも、そのまま答えを告げられる。
ーー竜も古龍も、俺の箱庭に居れば自ずと強くなるし、更に努力も積んでいる。しかし、それでも誰もネルギガンテには敵わなかった。それを狩人だった頃のお前は、外から来て、恩恵すら受けずにさっくり最強を倒してしまったんだからな。そんなの、俺にだって分かる。誰だって絶望する。
「…………」
ーー少なからず、今でもお前を越えようと鍛錬している奴も居る。
この谷底で引き籠もっている癖に、何故か外の様子も理解しているかのように赤い龍は続けた。
ーーだが、そいつらは誰もお前がネルギガンテになった事も知らない。新しい管理者たるお前が狩人だなんて誰も気付かない。つくづく罪作りな奴だな、お前は。
半ば嘲るように。
……私は、どうしたら。
ーーさあ? この俺が知ると思うか? 何もせずに、お前よりよっぽど強い俺が。
…………。
湧き上がってきたのは、申し訳なさだった。そんな感情を抱く事自体どこかおかしいと思いながらも、それはいつまで経っても消えてくれなかった。
一番良かった点
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狩人とティガレックスとの交流
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狩人とティガレックスの思慮
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ラージャンとの戦闘
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TF
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最後はラージャンのアンケではないのですか