ティガレックスとネルギガンテになる狩人の話   作:ムラムリ

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その後 2

 猛り爆ぜるブラキディオス。

 通常のブラキディオスよりも特異な環境で成長した結果、より大柄に、そしてその粘菌もより爆発力を増した上で多く身に纏うようになった特殊個体の事をそう呼ぶ。

 自らがネルギガンテとなってこの導きの地に戻ってきた時には居たその個体は、珍しく未だ闘志を失っていない竜の一匹だった。

 多分、自分が人間だった頃からここに居たブラキディオスが更なる成長を遂げたのだろう、とは思うが、確証はない。

 だが、その存在感はひと目見ただけでも、古龍をも凌いでいる事を如実に感じさせた。

 バゼルギウス、紅蓮滾るという冠詞を付けられた特殊個体の威力をも凌ぐであろう、更に範囲もある破壊力を持つ粘菌。

 ラージャン程の俊敏さこそ無いものの、それでもその巨躯にしては十二分に軽快な動きから、ラージャンと同等以上の致命的な破壊力を持つ拳。

 それらを併せ持つその特殊個体のブラキディオスには、銀火竜や金火竜、テオ・テスカトルやナナ・テスカトリすらも手も足も出ないだろう。

 この導きの地の中でも、きっと勝てるのはそれを上回る暴力を持つ自分か、相性的に有利であるイヴェルカーナくらいだろう。

 そう感じていた。

 

*

 

 ブラキディオスが不満を露わにしながら、住処にしている溶岩地帯へと戻っていく。

 勿論、新たな管理者となった自分がやるべき事、しかもこんな雑魚の露払いをした事へのつまらなさもあるのだろう。

 ただ、あの赤い龍から話を聞いてからはその不満に、もう一つの意味があるようにしか思えなくなった。

 前のネルギガンテを打ち倒した、人間だった頃の自分を待ちわびている。いつまでも、いつまでも。

 ……私は、どうすれば。

 別にただ放置していても良いだろう、とは余り思えなかった。

 あのブラキディオスの不満はきっと、自分がネルギガンテになったと確認するまで尽きる事はない。来なければ、きっとセリエナへと向かうだろうし、そしてそれに真っ向から立ち向かえる狩人はきっと居ない。更に純粋な破壊力は古龍をも凌ぐ以上、イヴェルカーナの時のような防衛線を敷いたとしても、それは見るも無残な結果になるのは容易く想像出来る。

『私が、あの狩人だった、と伝えてはくれないか?』

 と、試しに赤い龍に頼んでみれば。

『そんなのつまらないだろう』

 と返されてしまったし。

 溜息を吐きながら、元狩人のネルギガンテは頭が潰れたテオ・テスカトルに口を付けた。

 ……つまらない味だ。

 まだどうとでもなる素材の味。まあ、ブラキディオスが態々溶岩地帯から殺しに来たって事は、それだけ傲慢だったという事だろうし、それならここを訪れなくとも近い内に狩人に狩られていただろうけれど。

 それでも、久々の古龍の捕食ではある。腹が膨れるまで食して、血も飲んでいく。

 不味いとまでは言わないが、単調。旨味も大して感じない。すぐに飽きる。きっと誰かが見ていたら、そんな顔して飯を食うなよとか思われるだろう事間違いなし。

 はぁ。

 せめて、茶を飲みたい。

 ネルギガンテになる直前でも、美味いと感じられた、あの落ち着く味。

「…………」

 ごくり。

 肉を飲み干し、口周りの血を舐め取る。

 ベースキャンプを荒らしても、土産でも置いておけば良いだろう。このテオ・テスカトルの角とか。大した個体ではないから、大したものにもならないだろうけど。

 ただ、この導きの地のベースキャンプは駄目だ。上手く竜種が入り込めない場所に作られているし、入ろうとしたらその壁を壊さないと入れない。

 そうすると……そう言えばあのティガレックスにも会ってないし、渡りの凍て地にまだ居るのだろうか。

 一度欲求が湧き上がってしまえば、つまらないものを食した事もあってどんどんと肥大化していって。

 夜には、赤い龍に伺っていた。

 ーー数日、渡りの凍て地に行っても良いか?

 ーー俺のこの指の数以上の日数は空けてくれるなよ。

 ーー……両前脚?

 ーーん、そうだな。

 要するに、八日間。

 ーーもし、それ以上空けたらそうだな……私の雫を海沿いの、あの人間が集まってる場所に落としてやろう。

 無邪気な悪意。……いや、そうじゃない。人の事を、人が蟻を踏み潰す程度にしか思っていない。

 ーー……はい。

 実際そのレベルなのだろうけど。

 その地を去ってから。

 どうやったらあの赤い龍を打ち倒せるか考えてしまうのと同時に、これまでどれだけの蟻を踏み潰してきたのだろうとも、ぼんやりと考えていた。

 

*

 

 渡りの凍て地。

 ティガレックスとベリオロスが対峙していた。

 体躯の似た二体。だが、ベリオロスの方は通常個体とはどうにも毛色が違った。

 更なる極寒にも耐えられるようにか、要所要所には防寒に優れるような毛が厚く生えており、またその牙は琥珀色ではなく、氷に包まれたかのような灰色を見せている。

「ウルル……」

「ギアアッ!」

 円を描くように動きながら、間合いを図る二体。

 先に仕掛けたのはティガレックス。前脚を持ち上げたと思えば、それを地面へと叩きつける。砕かれた地盤、巨大な土塊がベリオロスへと放たれた。

 最低限の所作でそれを避けたベリオロスに、ティガレックスは突進した。

 ふぅぅぅっ。

 ベリオロスは目の前の地面に零下の吐息を吐いた。

 びきっ、びききっ!

 イヴェルカーナの使う吐息とは似たようで別物のそれは、触れたら最期、地面と足を纏めて凍らせてしまうものだ。

 だが、ティガレックスは止まらない。真正面から変わらず向かって来る!

 跳んで躱して来る? いや、まさか、もしかして強引に引き剥がしてくる? このティガレックスなら可能か? 可能だろう。

 膂力では敵わない。その突進を受け止める事は出来ない。尾で叩きつけようが、噛みつこうが、捕らえられたらこちらの方が先に終わりが来る。

 敏捷性もティガレックスを翻弄する程には持ち併せていない。そして、隣には砕けた土塊が。逃げる場所は限定された。予測される。

 せめてと後ろへと飛び退いた。それを見たティガレックスは、更に加速して吐息の撒かれた地面の直前で跳んだ。

 ダンッ!!

「!!??」

 今まで見て来たどのティガレックスよりも力強く、疾い跳躍だった。反応出来ない。その巨大な口が迫ってくる、が。

 がつ、と頭を掴まれて、押し倒されるだけだった。

「ギルルッ!」

 今日も変わらず勝ちだな、と示すようにティガレックスはぐりぐりと頭を押さえつける。

「ウ、グ……」

 久々に帰って来たら、この地を我が物のように跋扈していたティガレックス。

 最初は縄張りを奪い返す、殺す気で挑んだものの、簡単にあしらわれて、挙げ句の果てに牙も折られず放置され。

 どれだけの策を弄そうとも退屈凌ぎのように、力量差を見せつけられる毎日。

 老齢による衰えも多少はあるだろう。全てを膂力でぶち壊してくるティガレックス相手に、速さと力を併せ持つ、良く言えばバランス型、悪く言えば中途半端なベリオロスは相性は悪いのもある。

 だがそれよりも、このティガレックスの力量は単純にこのベリオロスを大幅に上回っていた。

 受け流す事も出来ない速度の突進。飛ばされてくる土塊は大きく、速い。咆哮は遠くにいても体をビリビリと震わせ、耳を塞ぎたくなる。そんな暴力を持っているのに、相手の事を全て見透かしてやろうと言う程に観察している。

 ぶふぅ、と最後に大きく鼻息を吐きかられれば、ようやく頭からその翼腕を離されて、軽い足取りでどこかへと去っていった。

 余裕綽々に背中を見せながら。

 ……こんな老齢になってから、今まで最大の屈辱がこの身に訪れている。

 ベリオロスは、未だ自分が狂ってない事ですら奇跡のように思っていた。

 

*

 

 弱いものいじめも正直なところ飽きてきた。

 かと言って、あれから結構な時間が経つのに、これから先どうしようか、という事も未だ決められていない。

 刻まれた劣等感は未だ消えていない。ラージャンは結局倒せなかったし、そもそもあのネルギガンテとなった狩人が居なければ、今、自分は生きていない。

 そんな感情を抱いたままに番を為すのも余り気分の良い事ではないだろうし、かと言って正直なところ、再び導きの地に戻って切磋琢磨する気にも未だなれなかった。

 より強くなれば、ラージャンを倒せる位にはなれるかもしれない。ただ、それ以上にはなれない気がしていた。

 炎を吐いたり、雷を飛ばしたり、冷気を纏ったり。爆発物を飛ばしたり、そういう嫌らしい事をこの体は一つとして出来ない。

 強いて岩をぶち飛ばしたり、一際強い咆哮が出来るくらい。

 純粋な力こそかなり優れているものの、それは唯一無二と言えるようなものでもない。

 ただ、結局のところは、色々言い訳をしたところで。

 身近でありながらも隔絶した強さを誇る、本当に何をしようが勝てそうに思えない狩人に対して、未だにどうしたら勝てるのか、この頭じゃ考えても考えても何も見えてこないのが一番の原因だった。

 そしてその狩人はネルギガンテになってしまった。挑む権利すらなくなってしまった。

 どこからどこまで、今の自分は中途半端だ。

 導きの地に戻って、また愚直に皆と強くなろうとしていれば、いつか何か見えてきたりするのだろうか。

 ……、まあ。

 ここのポポやガウシカを食べるのにも飽きてきたら、導きの地に戻ってみようかな。

 そうとだけぼんやりと思って、今日も腹ごしらえをしようとした時。

 ふと、空を見上げれば、黒い点が見えた。

 目を細めてみれば、その正体は四足と翼を併せ持つ古龍である。

 ネルギガンテだった。それも前のネルギガンテに比べるとかなり小さい個体。

 ……あの狩人か?

 それは幾度か地上を確かめるように旋回すると、人間の基地にやや近いところへと降りていく。

 多分、狩人だ。

 ……会いに行こうかな?

 ただ、もし狩人でなかったら、それは自殺行為に等しい。

 それなら……あの場所で待とう。会いに来るなら、真っ先にあそこに来るだろうし。

 間欠泉が時折吹く、温泉が広く湧き出る場所。自分がラージャンと戦い、負けた場所。そして、狩人がネルギガンテになった場所。未だ、狩人が投げた刃の切っ先が壁に突き刺さっている場所。

 

*

 

 セリエナの皆が来るまで、どれだけの時間があるだろう。

 正直なところ、色々な場所を巡った後でも皆とは会いたくない。

 何をどうしようとも、自分は少なからず調査対象として扱われるだろうから。

 それがネルギガンテの生態の解明に繋がるとしても、自分がそのように色々と調べられる事には、想像するだけでも生理的な嫌悪を感じた。

 自分が異物として扱われる事への嫌悪なのか、本能的なものなのか。大して考えていないが、とにかく今重要な事は、ここに人が来るまでの間に茶を作って飲む事だ。

 詫びの品としてテオ・テスカトルの角を投げておいて、まずはテントを引き裂いてしまう。

 アイテムボックスとは別の小箱には、共用のアイテムが入っている。緊急用の縫い針やら消毒薬、信号弾やらから、茶葉や火種まで。

 震える爪先でパチンと留め金を開く。暴虐の限りを尽くす古龍としては全く必要のない細かい動きも、あれから少しは練習していた。

 いや、それより先に火を起こさなくては。

 竈の中を覗けば火種が残っている。それをかき出して、鍋の下に移した。

 前脚でそのまま掴んでも熱さなど微塵も感じないこの強靭さ。

 薪置き場の布も引っ剥がして……引き裂いてしまったが、とにかく。良く乾いている薪を握り潰して細かい繊維、燃えやすくしてから火種の上に乗せていく。息を極力優しく吐いた。

 ふーっ、ふーっ。

 ……こんな巨体で何してんだろうな、私。

 下手にでも書き置きでもして、茶葉と鍋でもくれって言えば良かったんじゃないか?

 …………まあ、始めてしまったのだから、さっさとやろう。

 ぱち、ぱちち、と火が薪に燃え移る。そこらの雪をかき集めて鍋に放り込む。

 小箱の中から茶葉の布袋を慎重に取り出す。これだけは破ってはいけないし、湿らせてもまずい。

 ぷるぷると震える爪先で取り出して、傍に置いた。

 さて。後は、待つだけ。

 カーン、カーン……。

 セリエナの方から微かに響く鐘の音。

 あー、これは……。私が早速ばれたか。もうちょっと気を付けて来るべきだったな。

 えっと、ここに来るまでにどれだけの猶予があったっけ?

 非番の狩人も多少は居るだろうし、準備は整っている状態で飛竜に乗ってしまえば……数分も掛からないな。

 雪が溶けるまでに後どれだけの時間が掛かる? それ以上の時間は少なくとも必要だろう。

 …………鍋と茶葉の袋だけ、持って帰るか。

 最悪、鍋さえあれば、茶っぽいものは今の自分でも作れるだろうし。

 溜息を吐く。すぐにでも飲みたかったのに。

 鍋の雪を捨てる。その中に茶葉の袋を入れて、吊り下げ台ごと引き抜いて持ち去る事にする。

 最後に、ティガレックスの様子だけ見に行こうか。上空から見えたし、来ないのならばきっと、自分が狩人でなくなったあの場所に居ると思えた。

 翼を広げて空を飛べば。丁度セリエナの方から狩人が数人飛竜に吊り下がっているのが見えた。

「ーー! ーーーー!!」

 何かを叫んでいる。待ってくれ、とかそんな言葉だろうけれど。

 どれだけの言葉を投げかけられようとも、やはり誰にも会いたくはなかった。

 

 間欠泉の吹く場所に降り立てば、ティガレックスが温泉に浸かりながらポポをゆっくりと食べていた。

 咥えている鍋が、自分が狩人である事を証明したのだろう。ティガレックスはそう警戒をする事もなかった。

「ギルルッ」

 久しぶり、というように喉を鳴らすティガレックスは、ラージャンに砕かれた爪や牙がすっかり元通りになっていた。

 自分の与えた秘薬のせいか、それとも竜元来の回復力か。きっと両方だろう。

「ヴルルッ」

 自分も返せば、ティガレックスの方も自分が大きくなった事を確認するように、じろじろと眺めてきた。

 ……それにしても。

 このティガレックスも諦めた側なんだな。

 あれから結構な時間が経つというのに、覇気というものは全くと言っていい程感じられなかった。

 そうさせたのは自分だし、ネルギガンテなんて古龍になった自分が何をしたところでどうこう出来やしないだろうけれど。

 折角ラージャンと同等程度にまで強くなれたのだから、このまま努力を続ければ荒鉤爪にまで辿り着けると思うのに。

 ……まあ、少なくとも。私が何か出来るとしたら、今も研鑽を積んでいるような竜にだけだ。諦めた竜に出来る事など私には何もない。

 顔を導きの地の方に向けて、自分はそっちに居ると示してから帰る前、ふと目についたものに歩いていく。

 壁から飛び出している、妙に鋭い岩のようなもの。

 これは……。

 私の太刀の刀身じゃないか。すっかり硫黄に塗れて使い物にならなくなっているが。

「…………」

 しげしげとそれを眺めた後。丁寧に硫黄を払い始めたネルギガンテは、ティガレックスから見れば何か画策しているように見えた。




ネルギガンテ:
元青い星。最小個体くらいまでには成長した。
狩人の経験も踏まえて嫌らしい立ち回りをしてくるし、実力も折り紙付き。
調査団とは会いたくない。

ムフェト・ジーヴァ:
導きの地の製作者。ネルギガンテとも次元の違う強さを持つ。
意外と寂しがり。

猛り爆ぜるブラキディオス:
めっちゃ強い。導きの地でも大概の古龍よりも上に居る。
イヴェルカーナとネルギガンテ以外には多分負けない。
ずっと狩人の事を待ちわびている。

氷刃佩くベリオロス:
老齢。
久々に帰って来たら、ティガレックスが闊歩していて、縄張りを取り戻そうと仕掛けたら舐めプされた挙げ句おもちゃにされてる。
ブレスからの牙叩きつけは狩人特攻持ってるけど、強い膂力を持つ竜には大して効かない。
あのブレスからの牙叩きつけ、両肩から内臓貫通して腹から牙の先端が飛び出している、っていう感じで食らったら即死で良い気がするし、別の狩人との戦いでそういうシーン入れたいなーとか思ってたけど、別に本筋に絡まないので消えた。

ティガレックス:
あれから傷は完全に癒えたけれど、今も尚自分を見失い中。
ムフェト・ジーヴァ以外の竜、古龍の中では唯一ネルギガンテが元狩人だと知っている。

ティガレックス、ベリオロス、ナルガクルガはジャンケンの関係だと思ってます。

多分、次で最後。

一番良かった点

  • 狩人とティガレックスとの交流
  • 狩人とティガレックスの思慮
  • ラージャンとの戦闘
  • TF
  • 最後はラージャンのアンケではないのですか
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