「はぁ」
俺は今日何度目か分からない、ため息をつく。
今日は朝から災難ばかりで、部屋の床に置いていたペン型のボイスレコーダー(先輩から壊れていらないものを貰って、使えるようにしたやつ)を踏んでしまったり、
昼休みに食堂へ行ったら水を持ってた人とぶつかってズボンが濡れたり、
授業中にウトウトしていたらシャープペンシルの芯が手の甲に刺さったりしている。
そんなことがあって今は放課後だが、勉強会で使うテスト対策プリントを全て寮に置いてきてしまったのだ。
それでやることがなく机に突っ伏していたら、いつの間にか勉強会が終わっていてぼっち状態である。
このままいても意味がないので、帰る準備をして教室を出る。
現在は18時近くで廊下には誰もいない。
だが、誰かが階段を上がっている音が聞こえた。
俺は、気配を殺して音のする方へと向かう。
すると、綾小路が屋上へと通じる階段の中ほどで立ち止まっていた。
誰かをストーキングしているのか分からないが、見てはいけない気がしたので、そのまま気配を殺しながら階段を降りる。
2階と3階の中ほどにきて上から声が聞こえてきた。
「あ────ウザい」
誰の声かは分からない。だが、声質的に女子だと思う。
何か情報が聞こえてくるかもしれないので、その場で立ち止まり、声を拾うことに集中する。
「マジでウザい、ムカつく。死ねばいい・・・・・・。自分が可愛いと思ってお高く止まりやがって。どうせアバズレに決まってんのよ。あんたみたいな性格の女が、勉強なんて教えられるわけないっつーの。
あー最悪。ほんっと、最悪最悪最悪。堀北ウザい堀北ウザい、ほんっとウザいっ」
(確か堀北ってうちのクラスだよな?
他のクラスは知らんけど。もしクラスメイトなら、勉強会を3バカのために開くとか何とか。メンバーは、堀北と綾小路と3バカのはず。
声質的に女子だから堀北しか残らないが、自分をウザいと言うとは思えない。そうなると、他の女子という線が濃くなる。
もし勉強会に呼ばれていておかしくないのは、綾小路が昨日話しかけていた櫛田だけ。櫛田なら、勉強会に参加していてもおかしくない。そうなると上にいるのは、櫛田で綾小路はそれを追っていたってことか?)
そう考えていると、ここにいると危ないと気がしたので、今いる場所から跳躍して2階に降りる。
着地する際に音が鳴らないよう、つま先からしっかりと着地する。
すると上から、ガンッ!っと音が鳴った。何かを蹴った音だろう。
このままいて巻き込まれても嫌なので、急いで寮に戻り、部屋に置いてあるクッション(先輩から汚くなったのを貰って綺麗にしたもの)に座って、先ほどのことを整理する。
(人気者の櫛田があんなんだったとは...。
喋ったことは1度もないが、あんな感じではなかったはず。
そうなると、櫛田ではない可能性が出てくるが、裏の顔の可能性もあるし、あの3バカの勉強会に参加する女子なんて、おそらく櫛田しかいないだろう。
となるとあそこにいたのは、勉強会で喧嘩みたいなのがあったからだろう。それには、堀北が関係しているはずだ。
あ、一応言っておくが、櫛田と1度も喋ったことがない理由は、入学から少しした時に本城から「出来るだけ関わらない方がいい」って言われたからだ。
そう思うと、本城は相手の本性を見抜くことに長けているってことになるのか?
その辺は追々考えるとして、綾小路は今頃、櫛田の餌食になって大変だろうな。
そんな他人の心配より、朝に潰したペン型ボイスレコーダーの代わりを買いに行くか)
外へ出掛けるために着替えてから、ケヤキモールへと向かう。
途中で綾小路と櫛田が見えた気がしたが無視しよう。
モール内にある家電量販店に入り、使いやすそうなペン型ボイスレコーダーを5つと監視カメラを3つ買っておく。
(ボイスレコーダーはあったら得しそうだし、監視カメラは直感的にいる気がするから。これが杞憂で終わるならそれでいいんだけどね)
外に出たついでに、夕食も外で済ませてから部屋に戻る。
部屋に着いたときに携帯を開けると、グループチャットのメッセージがかなり来ていたが、既読スルーしておく。
(まだ時間があるな。寝るには早いから、久しぶりに運動でもするか)
運動をするためにメガネからコンタクトに変え、もう1度外に出る。
エレベーターは誰かが使っていたので階段で1階まで降りると、ロビーの自販機に隠れる綾小路を見つけてしまった。
どうやら、今回も誰かを追っているようだ。
綾小路はターゲットが動いたのか、自販機から寮の裏手の角に移動して身を隠す。
俺は放課後の櫛田の件を思い出し、その情報をすこしでも聞けるかと思い、綾小路に出来るだけ小さい声で話しかける。
「何をしてるんだ?」
「!・・・・・・何だ黒瀬か。びっくりしたぞ」
(びっくりしてるやつの表情じゃない気がするが)
「それで何をしてるんだ?」
「見た方が早い」
そう言わたので、身を隠しながら綾小路と一緒に同じ方向を見る。
見た先には堀北と生徒会長?がいた。何やら話しているようだ。
「無理だと言っただろう。本当に聞き分けのない妹だ」
(堀北はあの人の妹なのか?)
堀北兄は堀北の手首を掴んで、強く壁に押し付ける。
「どんなにお前が避けたところで、俺の妹であることに変わりない。お前のことが周囲に知られれば、恥をかくことになるのはこの俺だ。今すぐこの学校を去れ」
「で、出来ません・・・・・・っ。私は、絶対にAクラスに上がって見せます・・・・・・!」
「愚かだな、本当に。昔のように痛い目を見ておくか?」
(Aクラスに上がりたいのか、堀北は。それなら勉強会を開いたのも頷ける)
「兄さん────私は────」
「お前には上を目指す力も資格もない。それを知れ」
堀北兄がそう言うと、堀北の身体がぐっと前に引かれて、宙に浮く。
すると、綾小路が飛び出して堀北兄の右腕を掴んだ。
俺も隠れる意味がないと思ったので、ゆっくりと出てきて会長たちがいる方に向かう。
「────何だ?お前たちは」
「あ、綾小路くん!?と黒瀬くん!?」
(なんかおまけ感すごいけど、名前を覚えてもらっていたことを喜ぼう。うん)
「あんた、今堀北を投げ飛ばそうとしただろ。ここはコンクリだぞ、わかってんのか。兄弟だからってやって良いことと悪いことがある」
(俺氏、コンクリに投げ飛ばされたことなんて何度もあるぞ。
それに愛の形は色々とあるから、他人がとやかく言わない方がいいと思うが)
「盗み聞きとは感心しないな」
「いいからその手を離せ」
「それはこちらのセリフだ」
この場に少しの間、沈黙が流れる。
「やめて、綾小路くん・・・・・・」
そんな声を聞いた綾小路は、ゆっくりと堀北兄の腕を離した。
その瞬間、すごい速さの裏拳が綾小路の顔に目がけて放たれる。
俺は流石に危ないと判断したので、堀北兄の裏拳を左の手のひらで止める。
本当ならそのままで良かったのだが、俺は反射的に会長の拳を握り少し引いたと同時に、右手で裏拳を堀北兄の顔に目がけて放ってしまった。
だがその一撃は、堀北兄の顔に触れる前に、綾小路の手によって止められたので良かったが。
(綾小路すげーな)
「今のは流石にやばいだろ」
簡単に俺の裏拳を受け止めた綾小路にそんなことを言われる。
(確かに反撃するのはやばかったな。ここはしっかり謝っておこう)
「すみません、堀北のお兄さん。ついつい反撃してしまって」
「別に構わない。だが、その前に手を離せ」
そう言われたので堀北兄の手を離す。
それと同時に、綾小路も俺の手を離してくれた。
「お前が黒瀬だな?」
「え、あっ、はい」
突然、自分の名前を言われて少しびっくりしてしまう。
「お前のことは生徒会でも話題になっている。何でも運動部の2、3年を全員負かしたとかでな」
目立ちたくなかったが、強そうな人に名前を覚えられたので少し嬉しい。
(というか、生徒会の人で合ってたんだ。会長かは分からないけど)
「堀北のお兄さんに知ってもらえる何て嬉しいですね」
「フッ。鈴音、お前に友達が居たとはな。正直驚いた」
「彼らは・・・・・・。友達なんかじゃありません。ただのクラスメイトです」
俺は堀北と全く関係を築いていないから驚きはしなかったが、綾小路に関しては友達ぐらいの距離感にしか見えなかったので少し驚いてしまう。
「相変わらず、孤高と孤独を履き違えているようだな。それからお前。綾小路、と呼ばれていたな。お前たち2人が居れば、少しは面白くなるかもしれないな」
そのまま綾小路と俺の横を通り過ぎ、こう言い残す。
「上のクラスに上がりたかったら、死にもの狂いで足掻け。それしか方法は無い」
堀北兄が去り、この場に静寂が訪れる。
そんな中、綾小路が黙って寮に戻ろうとしたら、堀北に呼び止められる。
「最初から、聞いてたの・・・・・・?それとも偶然?」
「いや、なんつーか、半分偶然だ。自販機でジュース買ってたら外に行くお前が見えてさ。ちょっと気になって追いかけた。ただ、立ち入るつもりはなかった、これは本当だ」
「俺は綾小路を見つけて話しかけたら、巻き込まれた」
それを聞いた堀北が口を閉ざしてしまい、この空気を何とかするために綾小路が生徒会長の話題を堀北に振る。
「お前の兄さん、あれ相当強いだろ。殺気とか半端なかったし」
「空手・・・・・・5段、合気道4段だから」
「それで黒瀬はどうなんだ。お前も殺気が凄かったぞ」
耳を傾けるだけでこの場を凌げるかと思っていたが、綾小路がこちらにも話題を振ってきた。
「俺はそんなのは、少ししかやったことがない。やってたのは・・・・・・そうだな・・・・・・家事ぐらいだ。それより、綾小路の方こそよく反応出来たな。もしかしして、何か習ってたのか?」
「ピアノと書道なら」
「テストの点数を揃えたり、ピアノや書道やってるって言ったり。綾小路くんのことよく分からない。けれどあなたの方が分からない。普通、家事をしてる人があんなに動けるわけがないわ」
堀北が有り得ないと呟きながら聞いてくる。
(へぇー、綾小路ってテストの点数揃えてたのかー)
綾小路に対しての疑問がまた深まってしまったが、普通の高校1年生ではないのは分かったから良い方だろう。
「俺は、全国でも稀に見る主夫だからな」
ここは適当に誤魔化しておくが、実際に俺の家事のスピードはそこら辺の主婦よりは早いと思っている。
(それより早く体を動かさないと、明日寝坊しそうだな)
「俺はこの辺で失礼するが、これだけは言っておく。もしあの3人の勉強を諦めたら、後々どうなるか分からないぞ」
そう言って、俺はこの場を去る。
(後ろから声が聞こえた気がするが、今日は難聴気味だから聞こえないな)
あの場を去ってから30キロ近く走り、災難続きの1日を終えた。