騎馬戦を終えると、龍園と須藤がまた揉めていた。
(確か平田の騎馬が騎手の転倒によって脱落していた。
もしそれをやったのが龍園なら、今起こってるのにも納得がいく。
もう止める気にはならないし、それは俺の役目だから無視するか)
面倒事に首を突っ込む気がないおれは、あの騒ぎを無視してテントに戻る。
テント内にあるパイプ椅子に適当に座ると、そこがたまたま伊吹の隣で話しかけられてしまった。
おれはすぐさま俺と切り替わる。
「本当に化け物じみてるわね・・・・・・」
「そ、そうか?頑張れば誰でも出来ると思うが」
「2方向から来る手を防いで、そこからハチマキを奪うなんて普通は無理。黒瀬って案外馬鹿?」
伊吹の言葉に否定したら、一蹴りされた上に馬鹿と言われてしまった。
(俺は見てただけだけど、今思ったら誰でも出来る技じゃないな...。
相手の行動と意思を読み取り、見えない部分は人特有の気配で読み取る。
俺とおれでも集中しなければ出来ないことが、普通の人に出来るわけがないよな...)
「クク、伊吹にそこまで言われるほど馬鹿だったとはな」
そんなことを思っていたら、揉め事から戻ってきた龍園が会話に入ってくる。
「あんた、一度死んでみる?」
「そりゃあはこえーな」
伊吹は須藤と遊び終わった龍園に遠回しに馬鹿と言われ、青筋を浮かべていた。
龍園に馬鹿にされたのが、余程嫌だったんだろう。
だが龍園は反対にそれを楽しんでいるように見えた。
なかなか面白い関係のようだ。
「はー・・・・・・そういえばさっき、また揉めてたみたいだけど何かやったの?」
「騎馬戦で少し接触したら、あいつらが転倒したぐらいだ」
「こっちからは全く接触したように見えなかったけど?」
「そんなことぐらい造作もねえよ」
周りから見えないように接触して転倒させるのは、クラス自体を支配している龍園だからこそ出来る芸当の1つだ。
他のクラスは真似することすら出来ない。
「逆にバレれば即アウトになるかもしれないことを、周りから見えるようにするのは馬鹿のやることだからな。見えなくて当然だ」
「そ、それぐらい分かってる・・・・・・」
「クク、さっきまでの勢いが無くなったじゃねえか。もしかして分からなかったのか?」
「う、うるさい!分かってたに決まってんでしょ!」
いじられる伊吹は顔を赤くして声を荒げていた。
隠そうとして必死なんだろう。
(少し伊吹をいじってみたが、強弱がはっきりしていて面白い。
龍園がよく伊吹に絡んでいる意味が分かった気がする)
「伊吹さん、あんなに声を上げてどうかしましたか?」
「どうせ、龍園さんの作戦に不満を持ったとかじゃね?」
先ほどの声を聞いてひよりと石崎、アルベルトがこっちに来た。
クラスメイトの数人がこちらを見ていることから、伊吹の声が大きくてこちらに来たようだ。
伊吹は人から注目を浴びるのが嫌なのか、それとも周りに人が集まってきたのが嫌なのか分からないが、怒りながらどこかへ行ってしまった。
「何だよあいつ、感じ悪いな」
「駄目ですよ石崎くん。伊吹さんの悪口を言っては」
「もし伊吹に聞かれてたら、脛に蹴りがとんでくるだろうな」
「そ、それは冗談でも言わないでくださいよ・・・・・・」
石崎は伊吹の蹴りを食らったことがあるようで、身震いを起こしていた。
俺も食らったことがあるので石崎の気持ちは嫌でも分かる。
「クク。安心しろ、石崎。後で伊吹に言っておいてやる」
「本当にやめてください!あの蹴りは痛いんで!」
半ば涙目になっている石崎を見てほくそ笑む龍園。
(これは伊吹にまで伝わるパターンだな。それも噓を付け加えられて)
ちなみに石崎がこの後伊吹に蹴られたのは言うまでもない。
-----------------------------
種目は午前中最後の競技、200メートル走へと移る。
今回は走るだけなので、おれに代わることなくスタートラインに立つ。
事前に聞かされていた相手は須藤のはずだが、ここへ来て姿が全く見えない。
その代わり、俺の横には先ほどまで一度も見なかったやつがいた。
「久しぶりだねえ、ブラックボーイ」
「船の上以来だな、高円寺」
そう、俺の隣にいるのは今までの種目に参加していなかった高円寺だ。
「どういう風の吹き回しか知らないが、今回も勝たせてもらう」
「それなら私も本気で走らせてもらおうじゃないか」
そう言って構える高円寺。
俺もそれを見て構える。
(今回は陸での純粋な速さ勝負。
前回みたいに最後まで待たず、最初から本気で走るか)
(「いいねえ、いいねえ。久しぶりにやっちまおうぜ!」)
スタートの合図が鳴り、一斉に俺たちはスタートする。
先行を切ったのは俺で、すぐ後ろに高円寺がいることが分かる。
俺はスタートから出来るだけ姿勢を前のめりにしている。
これは速く走れる方法ではない。
むしろ、スピードが落ちているかもしれない。
だが俺はこの態勢を崩す気はない。
(あの施設でずっと使ってきた走り方。
90度とは言わないが、姿勢を前のめりにして走る。
一般的には姿勢を上げた方が速く走れるかもしれないが、俺にはこっちの方が速く走れる)
順位が変わることなく100mを超えた時、後ろから聞こえてくる足音が変わった。
先ほどまでとは違い、確実に地面が抉られているような音。
脚に入れている力が変わったのだろう。
じりじりと詰められる距離。
だいたい残り30mのところで高円寺が並んできた。
(このままだと負けてしまう。
あまり力を入れたくなかったがやるしかないな)
俺も先ほどよりも脚に力を入れて走る。
この後のことを考えるとあまりやりたくなかったが、出し惜しみをする相手ではない。
俺と高円寺はこの後、どちらも前を譲ることなくゴールをした。
「ふーっ・・・・・・」
ゴールをして少し乱れた呼吸を整えていると、高円寺が近づいてきた。
「久しぶりに張り合えて楽しかったよ。今回も君の勝ちのようだが、次は負けないから覚えておくといい。それじゃあシーユー」
竜巻のような男はそう言って去って行った。
(高円寺は今回俺が勝ったと言っているが、本来勝っていたのは高円寺のはずだ。
あいつがゴール手前で少しでも体を前に倒していれば、確実に俺は負けていた。
やはり侮れない相手で変わりないようだな)
(「久しぶりに熱い戦いだったじゃねえか。おれもリレーであの先輩に勝たねえと」)
(運が悪ければ負けるかもよ)
(「おれの運がどれだけなのか見せてやるわ!」)
あまりいい予感はしないが、おれには頑張ってもらわないといけない。
これで体育祭午前の部が終わり、昼休憩に入った。