【ネタ】第三勢力はお疲れのようです【完結】   作:ろんろま

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※人物紹介があとがきにあります。


本音をぶつけさせてください

 聖母竜は深いため息をつきながら天界を飛翔していた。その脳裏にはつい先ほどのことが思い浮かんでいた。

 

【……放置せよ、と仰るのですか?】

【その通りだ、聖母竜よ】

 

 自身を作った竜の神の言葉に、聖母竜は目を瞬かせた。

 

【神よ、何故……私がこうして貴方様達に謁見する無礼を怒っていらっしゃるのでしょうか?】

【それは違う、優しき竜の女性(ひと)。我々は怒っているわけではないのだ】

 

 人間を作った人間の神が疲れを顔に滲ませそう言った。

 

 かつて世界をつくったばかりの時代と変わらないはずの姿の神々は、皆一様に表情に疲れを滲ませていた。

 そんな神々の異様な様子に聖母竜は心配そうに目を揺らした。

 

【……我々はね、少し疲れてしまったのだよ。創世から変わらないこの世界の状態に】

 

 神を代表して答えたのは魔族の神であった。

 人間、魔族、竜……この三種族は神々によって作られてから、世界の覇権を得るべく血で血を洗う戦争ばかり起こしていた。

 それを疎ましく思った神々は粛清する存在が必要と考え、竜の騎士を生み出し調停役としたのだ。

 

 だがその真意は決して血で血を洗う粛清のためだけではない。

 争いを収めることで三つの種族が手を取り合い、平和的に世界を発展させていくことが望みだった。

 

 今では知る者は三柱の神々と、聖母竜を含む知恵ある竜だけの古い話だ。

 

【あまりにも変わらない世界に嘆いた涙も枯れ果てようとしている。何もする気が起きない……、否、できる気がしないと言えばいいのかな】

【更に言うなら長い歴史の中で我らの力も着実に衰えている。もはや、貴女の子に力で打ち勝つことができないほどに】

 

 その言葉は聖母竜にとって衝撃であった。

 彼女は眠ることこそ多かったが、創世より神に仕えて来たのだ。

 神の力の偉大さ、強大さは誰よりも深く知っている。勿論我が子の力も。

 

 聖母竜の衝撃を察したのか、人間の神は苦笑を浮かべた。

 

【我々には最早どうすることもできない。それにそこには貴女の子もいるのだろう? 万一などないさ】

【ですが、神よ……先の冥竜王ヴェルザーといい、魔界の勢力は着実に我が子の力に迫っています。万一がないなど……】

【それでも我々には祈ることしかできないのだ、マザードラゴン】

 

 血を吐くようなか細い声であった。

 三つの目を苦渋に歪ませた魔族の神は続けて言った。

 

【それに、魔界を閉じることにした今、我々には他に力を割く余裕はない】

【え?】

 

 今度こそ驚きで聖母竜の身体は動きを止めた。その言葉に続けて竜の神も聖母竜に告げる。

 

【既に知恵ある竜はヴェルザーを残せば貴女以外に無く、魔族もまたその数を減らしている今、かつての争いは起きないと我々は判断した】

【最後の力で竜族と魔族を消し去り、か弱い人間達に地上を任せれば今度こそ平和な世界が続くはずだ】

 

 人間の神は祈るように手を組み、どこへとも知れぬ未来へ目線を向けた。

 かつて全てを作った神々はもう限界だったのだ。

 

 争いの続く世界を見守り続けることが、ひたすらに苦しい。

 

 姿形の違う神々であったが、その想いは共通していた。

 

【我々は己の分身となる種族を作り、世界の発展を目指した。だというのにどの種族も覇権を目指し争うばかり】

【反省を促すために魔界に落としてなお魔族と竜族は争いを続ける始末。

 争いをなくすために貴女と竜の騎士を作り出したのに、それも逆効果になりつつある】

【三つの種族がこのまま在れば、いずれは世界そのものを破壊してしまうだろう。それをさせないためには、一つのみを残しあとは消しさらなければならない】

 

 疲れ果てた神の言葉に聖母竜は反論した。

 それではあまりにも魔族と竜族が不憫ではないのか。神々のように、違う種族が手を取り合い生きていく道はないのか、と。

 三種族の特徴を併せ持つ子を持つ母ゆえに、聖母竜はそれを聞かなくては気が済まなかった。

 

 白竜の切実な思いを込めた質問に、神々はそれこそ諦観の篭った視線で答えた。

 

【……我々とて本意ではない。だが、何をしようが、時を置いて待とうが、皆、争いをやめなかった】

【魔族と竜族を消し去れば、強者がいなくなれば世界は平和に保たれる。思えば力による平和こそ間違っていたのだ】

【聖母竜よ。貴女と子供達には随分長い間負担をかけた。だが、もうそれも止めよう。聞けば今の竜の騎士は歴代よりも人に近いそうではないか。これを機に、あの子にも戦とは関係のない生を与えるのも良いだろう】

 

 そう言って神々は聖母竜に帰り道を示した。

 もう話すことはないのだろう。

 そんな神々の様子を憔悴しきった表情で聖母竜は見つめ続けた。

 

 考え直して欲しい。神が作ったものを否定するのはあまりにも悲しすぎる。

 聖母竜は神々にそう訴え続けたが、神々が彼女に向けて口を開くことはもうなかった。

 

 天界のさらに高みにある三つの神々が住まう領域。神の世界とも言われるそこから聖母竜が飛び立ったのは、到着した日から数日後。つまりはつい先ほどのことであった。

 

 

 

 

(世界が平和になるのは良いことです。けれど何でしょう、この胸につかえるものは……)

 

 白い翼が空を切る中、聖母竜は胸に走る痛みに心を痛めていた。

 神の使いでもある彼女は神の決定には逆らえない。

 それでも説得を粘ったのは、どうしてもそれが正しいことなのか分からなかったからだ。

 

 本当に魔族と竜族を消してしまっていいのか。

 確かに彼らは強者であるが、その全てを一括りに考えてしまっても良いのか。

 

 本当に、強者だけを消すことで世界は平和になるのか?

 

 脳裏に浮かんだ疑念に聖母竜は首を振った。

 

(いいえ、決定してしまったことはもう仕方がないのです。仕方が、ないのです……)

 

 自分にそう言い聞かせるように聖母竜は黄金の瞳をぎゅっと閉ざした。

 もう考えたくない。

 自らを悩ます疑問に蓋をして、神の使いは頭を切り替えて我が子の元へ行くことを決意する。

 疑念から逃げるためだけではない。ただ純粋に子を思う母の気持ちがそこにあったからだ。

 その翼には自然と力がこもっていた。

 聖なる御使いとしてあの邪悪な気配と戦う我が子が心配でならない。

 

 聖母竜の能力として竜の騎士が生きていることが分かっていても、マザーは子どものことが心配で堪らなかった。

 

 だから、彼女自身については油断していたのだ。

 

 地上へ向かう門へ向かっていたそんな無防備な身体を、黒い槍が貫いた。

 

「ーーーーーーッッ!?」

 

 広い天界に聖母竜の絶叫が響き渡る。

 その声に反応し黒い槍が脈動するかのように蠢いた。

 

「……流石に精霊とは格が違うな、聖母竜マザードラゴン。瘴気の槍で身体を貫いたのに溶けないどころか絶命もしないか」

 

 聖母竜の腹部を貫通した黒い槍から赤い髪の魔族の青年が出現する。

 冥竜王ヴェルザーを解放したばかりの呪怨王ブラッドだ。

 ブラッドは感心したように槍を引き抜くと、苦痛に歪む聖母竜の顔を見て微笑んだ。

 

 隠すことのない邪悪な気配に聖母竜は目を見開いた。

 

「貴方は……泉に触れた邪悪な気配と同じ……!?」

「ふうん? 泉から見えてたのか。流石に神の使い、聖母竜マザードラゴン。そういう気配には敏感みたいだな」

 

 ブラッドは影から呼び出した瘴気を使い大きな手を形作ると、聖母竜の長い首を掴み上げた。

 聖母竜は接触部から侵食してくる瘴気の苦痛に呻き声をあげる。

 

「苦しいかい? 俺の持つ瘴気は神々と関わりが深いほど呪詛も深くなる。お前ほどの存在になれば魂を焼かれる苦痛だろうよ」

「貴方……何者……っ!」

「呪怨王ブラッド。お前達天界への恨みを晴らす者だよ」

 

 微笑んだまま答える呪怨王だが、その目は全く笑っていなかった。

 常とはまるで違う、凍てついたように冷たい赤い目が聖母竜の黄金と交差する。聖母竜の首を握る力を強められ、鱗にヒビが入ったような音が響いた。

 

「こちとら魔界に押し込められて数千年……もう数万年か、血で血を洗う闘争を繰り返させられたんだ。いい加減にお前達天界の浅慮は頭に来る。

 俺みたいな理外の存在がこれ以上生まれる前に神々に会わせろ」

「理外の存在……っ。まさか、貴方は死者の念から生まれた? だからこんな雑多な邪念が混ざり合っているのですね……!?」

「大正解も大正解。この俺は自分で言うのも変だがそう言う存在の割に大変まともな部類だ。分かったら穏便な内にさっさと神に会わせろ」

「いいえ会わせません! 神に仕える者として、邪悪なものを会わせるわけには参りません……!」

 

 当然といえば当然のことだが断る聖母竜。

 決して譲らないと全身で主張する竜の様子に、ブラッドは一つため息をついた。

 鱗の折れる音が響き渡る。

 

 それでも変わらない聖母竜の様子を見て呪怨王は悲しそうに呟いた。

 

「……俺だって好きで邪悪に生まれたわけじゃないんだけどな」

 

 もはや対話は望めない。そう判断したブラッドは飛翔呪文で飛び上がり徐ろに聖母竜の頭を掴んだ。

 首を侵す瘴気とは別に手から聖母竜の身体へ瘴気が侵食し、聖母竜の視界が明滅する。

 

 白目を繰り返す神の使いの様子を気にもとめず、ブラッドは侵食を続ける。神の居場所を知るために聖母竜の記憶を奪うつもりなのだ。

 

「教えないなら無理やり頂く。信じ難い激痛だろうが恨むなよ……!」

 

 その言葉が合図であった。

 頭を襲う筆舌に尽くし難い激痛に、聖母竜は絶叫を上げるしかなかった。

 苦痛に揺らぐ竜の姿を見て、ブラッドの赤い目が爛々と煌めいた。

 

「見渡す限り竜の騎士の生涯ばかり。以外と子煩悩なんだなお母さん?」

「……!! ……、……!」

「逃げようとしても無駄だ。此処まで侵食しちまえばヴェルザー同様、俺はお前がどこにいたって追いかけられる。絶対逃がさない。俺は執念深いんだ」

 

 ギリ、と瘴気の手に力が篭った。呪怨王ブラッドは聖母竜のを真っ向から睨みつけ、言った。

 

「舐めるなよ神の使い」

 

 底冷えするような声音であった。

 

「お前達が魔界なんぞに魔族と竜族を押し込めたせいでどれだけ彼らが苦しんだ? 太陽のない、恵みがない、安全がない世界がどれだけ精神を歪めたと思ってる?

 現状を打破しようと動いたもの達は皆竜の騎士に殺された。魔族にだって弱い奴らは沢山いるのに、神々は何もしなかった。

 

 憎まないはずがない。恨まないはずがない。呪わないはずがない。だから俺は此処に来たんだ。

 

 この無念を伝えるために!」

 

 血を吐くような表情で語られたそれは呪怨王ブラッドの紛れもない本音だった。煮詰められて沈殿した天界への怨念の化身としての本性が顔を覗かせ始めているのだ。

 

 身体を侵す瘴気を通じその殺意を直接的に受け取った聖母竜は、呪怨王の在り方に悲しみの念を抱いた。

 存在としては間違いなく邪悪で、今まさに自身を殺して神に仇なそうとしているのにおかしな話ではあるが、聖母竜には彼の姿が泣いている子どもにしか見えなかった。

 自由の効かなくなりつつある身体を動かし、赤い魔族の頭を労うように撫でる。

 

 上手く身体が動かず手を乗せるような形になってしまったが、瘴気を通じて聖母竜の意図が見えていた呪怨王は驚愕に目を見開いた。

 

「……どうしてお前が悲しむんだ? 俺はお前にとても酷いことをしている。神の居場所がわかれば、お前の主人にもこれから酷いことをするんだぞ。

 分からない。俺にはお前の行動が理解できない」

(私も、どうしてあなたにこうしてしまったのかはわかりません)

 

 最早声も出せないほど衰弱した聖母竜は内心で呟いた。

 

 神の使いとして、竜の騎士の母として、自分を犠牲にしてでも彼をここで食い止める意思は確かにあるのに、それとは別のところで心が動いたのだろうか。

 頭に乗せていた手はすでに力なく垂れ下がり、もう痛覚すらない。そんな状態にしたのは彼なのに、聖母竜は不思議と恨みを抱かなかった。

 

 不意に先の疑念が浮かび上がる。

 蓋をしたはずのそれを思い浮かべ、聖母竜は納得した。

 

(……邪悪な存在ですが、彼が魔族達を想っているのは十分わかりました。だからなのでしょうね……)

 

 段々と意識が闇に閉ざされていく中で聖母竜は我が子のことを考えた。

 願わくば、神が決断を下しても我が子が幸せであるようにと。

 

 神の使いとしてではなく母としての思考を最後に聖母竜の意識は闇に包まれた。

 

 

 

 力を失った聖母竜の身体を投げ捨てブラッドは小さく息をついた。

 どうしても彼女の最後の思考が理解できなかったのだ。

 天界に来てからというもの清浄な空気のダメージ以上に、内を暴れまわる瘴気のせいで精神力が削れている。それに加えて聖母竜の言動。

 胃のあたりがじくりと痛んだような気さえしていた。

 

(……今考えるのはやめとこう。下手に気を抜けば暴走しかねんしな)

 

 影に戻らず未だに聖母竜を狙う瘴気を押さえつけため息をつく。元が天界への恨みつらみの分、それが発散できる対象が目の前にいれば当然のことだった。

 内で暴れまわる本能とも言える欲求を理性で押さえつけ、記憶の読み取りを続ける。

 相変わらず竜の騎士の生涯ばかりが映された記憶に辟易としながらも、ブラッドは一番新しい記憶を読み取りついに見つけた。

 

「……魔界を閉じる?」

 

 それは聖母竜と神々の先のやりとりであった。

 不穏な言葉から始まるその記憶を念入りに読み取っていく。理性は見ないほうがいいと警鐘を鳴らしていたが、それでも見なければならないとブラッドは感じていた。

 そして彼は見た。

 

 神々の苦悩。竜の騎士の真の意味。世界への嘆き。

 

 その全てが鮮明に脳裏に叩き込まれ、ブラッドは目を見開いたまま頭に手を当てた。

 

「ふざけるな……」

 

 静かな怒気と共に瘴気が溢れ出る。

 彼自身の怒りの感情にその身を作る怨念が呼応しているのだ。

 

「ふざけるな、ふざけるなぁっ!!」

 

 怒りと共に本能を押さえつけていた理性が蒸発していく。

 否、ブラッドはもう押さえつける気はなかった。

 

 ひたすらに身勝手な神々への怒りが爆発し続ける。

 何が疲れたのだろう。何が仕方ないのだろう。全てを「そう」創ったのは彼らなのに、どうしてそんなことを言うのだろう。

 

 今まで我慢に我慢を重ねて来た怨念達がそう限界を訴える。

 

 ブラッドはもう止めなかった。

 

 呪怨王として内に秘めた想いを抱え、神々の住まう天上を睨みつける。

 もう我慢の限界だった。

 大魔王が、冥竜王が神々を憎み嫌う真の理由をようやく実感として理解した呪怨王は移動呪文のために魔法力を身に纏う。

 

 その彼を囲うように武装した精霊達が現れた。

 

「見つけたぞ侵入者!」

「ああ、聖母竜! なんと酷いことを……」

「邪魔だ」

 

 騒ぎ立てる精霊達に目もくれず呪怨王は瘴気をけしかけた。

 悲鳴と断末魔が背後から響き渡るがそれは彼に届かない。

 

 再び瞬間移動呪文を発動しようと魔法力が身体を包み込む。天を睨みつける赤い目のその先に、何があるのか気づいた精霊の一人が呪怨王の身体に取り付いた。

 

「神々のところに行くつもりだろうがさせないよ!」

 

 先ほどの精霊とは違い身を守る防具でもつけて来たのか、その精霊は皮膚に火傷のような傷を負うばかりで瞬時に溶かされる様子はない。

 ブラッドは鬱陶しげに髪の一部を赤い瘴気に変化させるとその精霊を引き離した。

 

 その時にわずかにできた隙があったのだろう。

 いつのまにか増えていた五人の精霊達が五芒星を組み、その呪文を発動していた。

 

『邪悪なる全てを封じる力よ、今こそ輝きとならん。神の加護を此処に! 大破邪呪文(ミナカトール)!』

 

 五人を起点とした光の柱が立ち上がる。

 地上では遥か昔に失われた大破邪呪文が、邪悪の化身である呪怨王を拘束すべく輝きを強めた。

 

 呪文の発動と同時に身を焼くような激痛がブラッドに走る。

 けれどブラッドはもうそれに反応する気は無かった。

 

 ひたすらに目の前の精霊達が邪魔であった。

 

「……どいつもこいつも人を怒らせるのが上手なやつだなあ天界の奴って」

 

 心臓の位置をノックするように叩いてブラッドはそれを取り出した。

 胸の周りが赤い瘴気に変化し崩れ落ちるかのように穴が空き、そこから取り出されたのは紫紺に脈打つ丸い珠であった。

 

 その珠からは絶え間なく黒い靄が噴出しており、それは時に無数の人影を作っては消えていく。

 どれもこれも無念、恐怖、憎悪に満ちたおぞましい表情を浮かべており、その全てが精霊達を光の無い目で見つめていた。

 

 そんな悍ましいものに精霊達が警戒しないわけもなく、一斉に呪怨王から距離を取る。

 

 そんな精霊達の様子を見てブラッドは鼻で笑った。

 

「お前達、黒の核晶って知ってるか?」

 

 放たれた言葉に精霊達は凍りついた。

 その忌まわしい名前は冥竜王が竜の騎士に使用した超爆弾。

 

 一つの大陸を消滅させてなお有り余る破壊力を宿す、禁忌の代物。

 

 神々にさえその危険性を知らしめた最悪の呪物。

 ミナカトールを張っていた精霊達でさえその顔を恐怖に歪め逃げ出す中、呪怨王ブラッドは手にした珠を握りしめた。

 

 空を見上げ、天界の中のさらに高次元に住む神々の姿を幻視し睨みつける。

 

「……住処である天界をこれで荒らせば魔界を閉ざすなんて馬鹿な真似に力を入れるなんてできないだろう。

 もちろん俺もただではすまないが、何。身体はまた再生すればいいだけの話だ。何の問題もない」

 

 今ブラッドが握りしめているそれは彼の身体を形作る核といっても良いものであった。

 その分瘴気は凝縮されており通常は破壊のみをもたらす黒の核晶の特徴に加え、爆発が起こった後は放たれた瘴気が怨念となり暴れまわるのだ。

 

 か弱い精霊達では到底処理できないそれは神々が直接動くしかない。

 

 ブラッドはそれを起動すべく魔法力を込め始める。

 そんな彼の脳裏に響く声があった。

 

『ーー理の外に在る君よ、君はなぜそうまでする?』

 

 ブラッドの中の古い魔族の記憶が呼びかける。これは魔族の神の声であると。

 次いで年老いた老人のような声が響きわたった。

 

『それは貴方の心臓そのものだろう。確かにそれを使われては我々は魔界を閉じることを後回しにするしかない』

『なぜそうまでして魔界のために動く? 怨念から生まれたものよ、お前の行動原理は理解できない』

「……ようやく声が届いたと思えばそれが第一声か、神々」

 

 爆発のために輝きを増して行く黒の核晶を握りしめ、ブラッドは天を見上げた。

 そこは雲ひとつない青い空であったがブラッドの目には確かに人間の神、魔族の神、竜の神の姿が映し出されていた。

 

 既に魔法力は込め終わり爆発まで幾ばくの猶予もない。

 そんな中でブラッドは睨みつけるように天を見つめ、神々に語りかけた。

 

「俺のことはいい。どうせ滅びることのない存在だ。心臓の一つ二つ失った程度で消えれるなら、とうの昔に消し去られていたんだからな」

『理の外に在る君よ。今の心臓を壊せば今の君は消えるはずだろう? それは恐ろしくないのか?』

「全てを創った神が問いばかりだな。俺みたいな化け物が今更死を恐れるかよ」

『……』

 

 ブラッドの言葉に折れることのない意思を感じたのか、神々は沈黙する。

 困惑しているのだろう。声こそないが繋がる念話から戸惑いの感情を感じ取り、ブラッドは小さく息をついた。

 今ならどうしても問いたかったことが問えそうだ、と思ったのだ。

 

「なあ……人間の神、竜族の神、そして魔族の神よ。お前達は魔界の惨状を見て何も思わなかったのか? 魔族と竜族にも救いを与えるべきと思わなかったのか?」

『……我々は魔族と竜族を魔界に落としたことは後悔していない。それこそが地上の、我らの創った最も美しい世界を平和に保つ方法だと思ったから』

「そうか。それがお前達の答えか。残念だ」

 

 心底失望したような呪怨王の声音を最後に。

 黒の核晶は起動を果たし、天界は黒い閃光に包まれた。




◯人間の神
 年老いた男性の姿をした神。
 人間を創造し竜の騎士に人間の心を与えた。

◯魔族の神
 三つ目を持つ魔族の姿をした神。
 魔族を創造し強大な魔力を竜の騎士に与えた。
 魔界に閉じ込めた魔族達について思うところはあっても神としての判断を下せる冷静な性格。

◯竜の神
 竜の姿をした神。
 聖母竜を含む知恵ある竜を創造した。地上や魔界に存在する知恵なき竜は彼らの子孫の成れの果て。
 竜の持つ高い戦闘力を竜の騎士に与えた。

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