【ネタ】第三勢力はお疲れのようです【完結】   作:ろんろま

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最終話です。お付き合いいただき有り難うございました。


第三勢力はお疲れのようです

 大魔宮、天魔の塔。

 それは大魔王バーンが主城とする白亜の塔だ。

 今は死の大地というカモフラージュに隠されたその中で、ミストバーンは暗黒に閉ざされた顔を天へ向けた。

 

『……大魔王様。どうやら奴は黒の核晶を使った模様です』

「報告ご苦労。こちらに影響がないということは魔界……否、天界で爆発させたのだろうな。誘爆するまでもなかったか」

 

 ブラッドが大魔王と久しぶりに通信したあの時、大魔王はミストバーンを通じて自身の魔法力を彼に紛れ込ませていたのだ。

 数千年を生きる大魔王は当然ブラッドの正体を知っている。

 彼を構成する中に黒の核晶があることも知っており、そのために呪怨王には早く魔界に戻って欲しかったのだ。

 

「まあ、奴の性質上死んでいないだろう。危険物を処理する手間が省けて何よりだ」

 

 それにしても相変わらずの危険物ぶりだな、と大魔王バーンはワインを片手に目を細めた。

 魔界における勢力の中で最も穏健派なのは呪怨王だ。だが同時に天界への想いが最も拗れているのも呪怨王だ。

 彼を構成するのは天界を憎む全ての想念のためこと天界に関係することについては沸点が非常に低いのだ。

 

 呪いと怨念の化身ゆえにそれを律するため呪怨王は努めて明るく振舞っているがふとした拍子に惨事を起こす。

 

 歩く大災害と言われるのも尤もである。

 

「思い返せば千年前は手痛い目にあったな。黒の核晶が表に出たのもその頃か」

『……恐れながら大魔王様。そのお話は……』

「ふふ、お前にとっては苦い思い出であったかミストバーン」

 

 沈黙で答える魔影の姿に微笑し、大魔王は千年前の出来事を思い出した。

 

 それはかつて呪怨王の名を持つ前のブラッドに勧誘を掛けた時のことだ。

 冥竜王との決着のため少しでも力ある存在を探し求めていた大魔王は、悪名高い歩く大災害を配下にしようと考えた。

 精鋭も精鋭の魔族六名とミストバーンを連れ交渉に出向いたその時、ブラッドはといえば親を亡くした魔族の子供を拾い集めていた。

 

 悪名高い噂とは似ても似つかぬ穏やかなその魔族の様子に大魔王は正直に言って少々落胆していた。

 けれど実力主義である彼はそれ以上にブラッドを引き入れるメリットを考えこう言った。

 

 余の元に来れば彼等の庇護を約束しよう。無論、計画を果たした後でもそれは変わらない、と。

 

 その言葉に今とは少しだけ違う姿をしたブラッドは揺れに揺れた。

 当然である。

 当時の彼は弱小魔族の保護をしていたものの彼らを養い続けられるものがない。

 更にいえば彼を構成する怨念達が大魔王バーンに敬意を払い従属を良しとする声も大きかったのだ。

 

 そんな悩みに悩む歩く大災害の姿に配下の一人がこう呟いた。

 

【……この魔界において弱者を守るとはまた奇特な奴だな。まるで天界や地上の人間のようだ】

 

 その配下は同僚に向けてこっそりと呟いたつもりだったのだろう。

 世間話のつもりで天界という言葉を出したその時、彼の影から黒い槍が飛び出し心臓と頭部を貫いていた。

 

 それを認識すると同時に残り五人の部下とミストバーンはそれぞれ敵対者の排除と主人の守護に回ったが、配下の方は同様に影から飛び出す黒い槍に殺され尽くす有様。

 怒りを買ったことは明白なその様子に大魔王は口髭を一撫でした。

 

 結果から言えばこの交渉は大魔王の長い生涯の中でも珍しい大失敗に終わった。

 配下の軽口に怒り心頭であったブラッドと交戦し互いの実力を確かめるまではよかったものの、このままでは決着がつかないと業を煮やしたブラッドはその心臓であった黒の核晶を遠慮なく爆破したのだ。

 

 既存の呪文を超える破壊力にその後に襲いかかる怨念達の群れ。ミストバーンと大魔王でなければ確実に死んでいただろう、大陸の一つが吹き飛んだ大事件。

 それが黒の核晶が伝説の超爆弾と呼ばれるようになった経緯だ。

 

 主人の手を煩わせてしまったというミストバーンにとって苦い記憶でもある。

 

『奴が不死身でなければすぐにでも始末いたしますのに……!』

「構わぬ。結局のところ奴は余にもヴェルザーにも付かなかった。そのお陰で今の勢力バランスが保たれていると考えればアレは必要なことだった」

『……流石は大魔王様です』

 

 寛大な主人の言葉にミストバーンは恭しく跪いた。

 その敬意を当然のものとして受け止めながら大魔王バーンは内心で呟いた。

 

(そう、奴は勢力バランスを崩すことを望まない。だがそれは決して天界に対し萎縮しているわけではなく、むしろその逆。

 対立などして牙を削ぎ合うことを良しとしないだけ)

 

 大魔王、冥竜王、呪怨王の神々を憎む想いは同じだ。

 だから彼らは互いの高い能力を買ってそれぞれのやり方でことを進めている。

 呪怨王ブラッドが大魔王バーンに信頼を置いているのは怨念の化身としてその憎しみの深さを直接知っているから。

 そして大魔王バーンが呪怨王ブラッドに一目置くのは己と同じか、それ以上の天界への狂おしい感情を秘めていることを理解しているから。

 

 故に彼らは互いを警戒はしても決して邪魔はしない。

 

 薄氷の上を歩くようなものではあったが、そこには確かに互いに対しての信頼があった。

 

 不意に玉座を飾る水晶の一つが淡い光を帯びる。通信呪文が届いた合図だ。

 水晶群の中でも一際大きな鏡のようなそれに文字が浮かびでたのを認めると、侍従でもあるミストバーンはその送り主を主人に奏上した。

 

『大魔王様。呪怨王からの通信が届いております』

「ほう、筆不精なやつにしては珍しい。読み上げよ」

『では失礼致します。……前略、大魔王バーンへ。俺は疲れた。暫く寝るから起こすな。それとゲートは勝手に借り、る、と……大魔王様に向かって何たる無礼かあの狂気がぁ!!』

 

 礼儀も何もない呪怨王の通信に魔影は煮え滾るような怒りを爆発させた。

 次に会った時は絶対殺す。そんな意気込みさえ伝わる怒りようだ。

 対して大魔王はそんな右腕の様子を見て小さく微笑んでさえいた。

 

「奴らしい。良い、貸しにしておけ。そうさな……黒の核晶でも要求しておこう。丁度もう一つ欲しかったところだ」

『直ちに通信を送ります!』

「それにしても寝る、と言っていたか。流石に心臓爆破のダメージは大きいらしい」

 

 千年前もそうであったことを思い出し大魔王はワインに口を付けた。

 なにはともあれ不確定要素の一つが沈黙したのは良いことだ。

 

 来たる地上爆破計画の日まで寝続けていることを願い大魔王は血のように赤いワインを飲み干した。

 

 

 

 

 宵闇の空に曇天が覆いかぶさる。

 いつしか降り始めていた雨の中、レアロードは感嘆のため息をついた。

 

「化け物ですね、貴方」

 

 主人と同族の二人が見れば珍しい素直な賞賛だった。

 茶色の瞳孔が竜の騎士バランを捉える。戦闘が始まった時とあまり変わらない騎士らしい出で立ちだ。

 怪我らしい怪我もないその姿はジオン大陸きっての戦闘狂と呼ばれた彼らをして異常なものであった。

 

 レアロードは彼の足元に転がるボルフレイムとティグルドを見やる。

 ボルフレイムは右半身が消し飛ばされており、ティグルドは表面の怪我こそ少ないが闘気によるダメージで内部器官が甚大なダメージを受けていた。

 両者とも普通ならとっくに死んでいるはずの致命傷。

 

 それでも息が残っているのは彼らがジオン大陸の魔族だからだ。

 

 かくいうレアロードも金の鬣は見る影もなく血で染まりきっており、左腕は遠く離れた場所に転がっていた。

 そんな彼を竜の騎士バランは冷静な眼差しで見据えていた。

 

「お前達は並みの魔族よりは強かった。だが私は竜の騎士だ」

「左様で。ジオン大陸の瘴気に対応する速さといい、神に創られた戦闘兵器という肩書きは伊達ではございませんね」

 

 おかげで十分楽しめました、と微笑みさえ浮かべる獅子頭の魔族。

 もはや勝負はあった。そう判断したバランは尋ねた。

 

「お前達の主人はどこに行った?」

「お話しするわけがないでしょう。私はこの中では一番の忠義者と自負しておりますので」

「そこの二人の首を刎ねても?」

 

 血に伏すボルフレイムとティグルドの姿を指差すバラン。

 そんな竜の騎士にレアロードは首を縦に振った。

 

「話になりません。寧ろ二人に関しては首を刎ねてもらった方が助かります」

「……お前たちは仲間ではないのか?」

「ええ、仲間ですよ。けれど燃え尽きることを望む馬鹿と、果てのない向上を目指す阿呆。呪怨王様とは比較対象にすらなりません」

「ひ……どいぜ兄弟……否定、しないけど……」

「否定要素、皆無……」

 

 虫の息で文句を呟く二人を無視し、レアロードは残った右腕の爪を伸ばした。

 

「そして私は忠義に狂った愚か者です。もちろん戦うのは大好きですよ? 呪怨王様のために戦い続けることこそ私の存在意義なのですから」

 

 全く引く様子を見せないレアロードの様子にバランはため息をついた。

 真魔剛竜剣を握る手に力がこもる。

 

「……良いだろう。かかってくるがいい」

「では、遠慮なく……」

『それ以上の戦闘行為は不許可だレアロード』

 

 突如虚空から響いた命令にレアロードの動きが止まる。

 バランは真魔剛竜剣を手に警戒を強めた。

 それはブラッドの声だ。

 レアロードは雨と血に濡れた前髪を鬱陶しげに払いながら何処とも知れぬ主人に深々と首を垂れた。

 

「おかえりなさいませ呪怨王様。命令とあらば昂ぶるこの戦闘欲も抑えてみせましょう」

『目的は終了した。帰還準備に入れ』

「はっ」

「何処だ……お前は何処にいる、赤い髪の魔族!」

 

 バランの怒声が周囲に響き渡る。

 

 その声に反応したのか、空に黒い穴が空く。だがそこから現れたのは赤い髪をした魔族の青年の姿ではなく、赤と黒のヘドロが入り混じったような人型の物体だった。

 だがそれは紛れもなく呪怨王ブラッドその人であった。

 赤い瘴気の部分が少しずつ魔族の姿を復元していく。その異常な様子にバランは思わず後ずさった。

 

「……なんだ? 俺の本来の姿を見て怖気付いたか、竜の騎士」

「ああお労しや呪怨王様!? そのお姿、まさか爆発させてしまったのですか!」

「心配するなレアロード、たかだか心臓の一つを使っただけだ。それよりボルフレイムとティグルドの回収を優先しろ、俺の目の前で死なせる気か?」

「直ちに!」

 

 自分も左腕を吹き飛ばされていることを忘れ急ぎ足で二人を回収するレアロード。

 その間バランは動かなかった。

 否、動けなかった。

 

 まるで全身を大蛇に締め付けられたような圧迫感が竜の騎士を襲っていたのだ。

 

(なぜ……なぜ身体が言うことを聞かない……!?)

「不思議そうだな。仮初めとはいえ今この地は俺の領域だぞ? 離れて知覚していない状況ならともかく、目の前の不届き者の動きを許すほどこの俺も寛大ではない」

 

 頭だけ元の青年の姿を復元し終えたブラッドはバランの額をゆっくりと見据えた。

 

「紋章を意識するな。視線一つ動かせばこの地の人間全部呪い殺すぞ」

「……!」

 

 その言葉に脳裏にソアラの姿が浮かび上がるバラン。

 彼女が死ぬーーそんな悪夢のような光景は想像することすらバランにとっては猛毒であった。

 少しだけ輝きを帯びていた竜の紋章はその光を収め、竜の騎士は完全に動きを止めた。

 

 その様子を確認し呪怨王は三人の魔族に向き直る。

 

「行くぞ、お前たち。城に帰るまで死ぬ気で持たせろよ。俺にはもうその傷を手当てしてやる魔法力はないんだ」

「かしこまりました。……そういえば、竜の騎士はいかがいたしましょうか?」

 

 呪怨王によって動きを封じられた竜の騎士に牙を向けるレアロード。今なら容易く殺せるだろう。

 そう言いたげに血気に逸る配下の姿にようやく魔族の青年の姿に戻ったブラッドは小さく息をついた。

 

「もう放置でいい……母に感謝しとけよ竜の騎士」

「……?」

 

 聖母竜の記憶を読み取ったせいか、はたまたあの時の労いの手の温もりのせいなのか。

 あれほど激情を抱いていたはずの竜の騎士に対して、ブラッドはもう何もする気が起きなかった。

 

 その直後取り繕った体の内側から何かが崩れ落ちる音が聞こえ始める。

 心臓である黒の核晶を失ったことと黒の核晶の爆発を至近距離で受けたダメージが今の体の崩壊という形で現れ始めたのだ。

 

 しかしそれは表情に出さずにブラッドは小さくため息をついた。

 

 魔族の姿を保てなくなるのは色々と面倒なのだ。

 疲れ切った表情を浮かべ、ブラッドは竜の騎士に背を向けた。

 

「兎にも角にも俺は疲れた。帰って寝る」

「お望みのままに……と言いたいところですが親衛隊長殿が寝させてくださいますかねえ? 魔界についた瞬間極大閃熱呪文(ベギラゴン)が飛んで来ても驚きませんよ」

「……」

 

 あの弟ならやりかねない。

 そこはかとなく感じる嫌な予感を抱えながらもブラッドは瞬間移動呪文を使った。

 

 四人の魔族の姿が消え去り六芒星結界も消滅する。それと同時に感じていた圧力全てが消え去り、バランは真魔剛竜剣を杖代わりに膝をついた。

 その身体からは大量の冷や汗が流れていた。

 

「恐ろしい敵だった……気まぐれでこちらを見逃したのは不幸中の幸いか。あれがジオン大陸の脅威……!」

 

 竜の紋章が輝きバランに語りかける。ここで追撃をかけるのは危険すぎると。

 だが同時に粛清者としての竜の騎士の本能が邪悪を見過ごすことを良しとしない。

 バランは彼らの扱う瘴気の脅威と追撃するリスクを天秤に掛ける。

 

(悔しいが……今の私ではあの魔族には勝てない、か)

 

 かつて冥竜王ヴェルザーを討伐した時のように天界の援護がなければあの魔族の討伐は厳しいと竜の紋章は判断した。

 歴代の見解にバランも同意し構えたままであった真魔剛竜剣を鞘に収める。

 

 バランは荒れていた息を整え今頃悪夢から目覚めているだろう人間たちのいるアルキード王国へ目をやった。

 今は守れたものがある。それでいいのだ。

 竜の騎士は思考を切り替えるとすっかり荒れ果ててしまった泉周辺に小さく頭をさげ、愛する人の元へ戻るべく歩み始めた。

 

 

 

 

 乾きが疼く。

 瞬間移動呪文で死の大陸へ移動しながらブラッドは眩暈にも似た飢えを感じていた。

 心臓である黒の核晶を爆発させたせいで姿を保つのが辛くなっているのだ。

 

 気を抜けば崩れてしまいそうな身体に不快感を感じながらも呪怨王は片手間に通信呪文を飛ばした。

 

 現在の自分では帰還ゲートを開くこともできないため、どうしても大魔王の世話になる必要があったのだ。

 

「……まーた何か言われるんだろうなあ」

「ご安心ください、何があろうと私がお守りします」

「腕とその馬鹿どもが治ってからほざけよ」

 

 唯一自由な右肩に狼頭と虎頭の魔族を乗せていたレアロードはその言葉にバツが悪そうな表情を浮かべた。

 竜の騎士に手酷くやられた彼らは揃って満身創痍だ。

 レアロードはまだマシであるが、ボルフレイムとティグルドが回復するまでの時間は相当長いだろう。

 その分襲撃を気にしなくて良いのは気が楽であったが、やはり自分の民が傷ついているというのはブラッドにとって面白いことではなかった。

 

(……今回は見逃したが次はないぞあの戦闘兵器。万一大魔王の計画が失敗した時は天界共々消し去る)

 

 内心魔界のマグマのように煮えたぎった怒りを抱えながら、大魔王の魔法力の気配を頼りにブラッドたちは荒廃した大地、死の大陸へとたどり着く。

 

 飛翔呪文を終え死の大地の荒廃した地面に足をつける。

 その瞬間ブラッドの片足がドロリと形を崩したのを見てレアロードは顔色を変えた。

 

「王様!!」

「騒ぐな。まだ大丈夫だ」

「あっれあれー? ブラッドサマったらまあた癇癪起こしちゃったのカナー?」

 

 不毛の大地に似つかわしくない軽快な声音が響いた。

 レアロードはボルフレイムとティグルドを投げ捨てると、右腕の爪を伸ばし辺りを警戒する。

 投げ捨てられた二人を受け止めつつブラッドはレアロードを止めた。

 

「よう久しぶりだな、死神(キル)。癇癪を起こしたとは失礼なやつだ、否定しないけど」

「ウフフ……変なところで正直者の貴方も相変わらずですねえ。ここにいるってことはお帰りでしょう?」

 

 岩山の陰から現れたのは道化姿の死神であった。

 傍らに一つ目ピエロの相棒を連れたキルバーンは微笑みの仮面そのままに楽しげな様子であった。

 その肩に乗り上げた一つ目ピエロのピロロは一つしかない目を瞬かせ言った。

 

「冥竜王様の件もやってくれたんでしょう? 流石に大恩ある育ての親には弱いねブラッドサマ!」

「うるさいのはこの口か。この口だな道化?」

「いひゃいいひゃいとーけーるー!」

 

 素手でピロロの小さな口を縦に横に伸ばすブラッド。

 その様子を羨ましそうに見つめるレアロードを横目に、鬱憤を晴らし終わったブラッドは改めてキルバーンを見据えた。

 

「大魔王には既に伝えたがヴェルザーにも言っとけ。寝るから絶対起こすなって」

「ええー? 冥竜王様は今貴方の領地じゃないですか、直接なり部下に伝言なりさせれば……って、そう言えば、地雷原にいるのでしたっけ」

「地雷原言うな。お前は連絡出来るだろう」

 

 竜の騎士との戦いで冥竜王の目ぼしい配下は殆ど全滅しているため彼に連絡を取れる存在は今となっては極少数だ。

 現在は大魔王の下にいるキルバーンだが元はと言えば冥竜王の配下である彼はその数少ない存在の一人だった。冥竜王の現在地を知っているのが良い証拠である。

 

「……む」

 

 左腕が形を崩したのを感じブラッドは意識を引き締めた。いよいよダメージと疲労感が限界を突破しそうなのである。

 それを見たピロロは慌てて顔色を変えた。

 

「わわわ、タイヘンタイヘン! 食べられちゃう!」

「誰が食うかお前みたいな腹壊しそうなモン。いいから早くゲートまで連れてけ腹黒道化」

「……わーお酷い言われよう。でもバーン様からも言われてるし、ちゃんと案内しますよっと」

 

 そう言って瞬間移動呪文を使うキルバーン。

 一瞬の空間の歪みの後、ブラッドたちは懐かしい暗黒とマグマの大地に立っていた。

 

「バーン様の大五宮廷のゲートですよ。じゃあ確かに送りましたからね」

「バイバーイ!」

 

 そう言って死神と小さな道化は姿を消した。恐らく大魔宮に戻ったのだろう。

 主人への無礼な態度にレアロードの額に青筋が浮かび上がっていたがブラッドは気にするな、とだけ声をかけた。

 あの道化は人をおちょくるのが何より大好きなのだ。

 

 それよりもジオン大陸へ戻ることが優先だ。そう考えブラッドは瞬間移動呪文を使いジオン大陸中央、首都ユオンにある居城へ移動する。

 

 大陸を守る結界も術者であるブラッドなら関係なく通過できるため一行はあっさりと懐かしのジオン大陸へと戻ることになった。

 自身の私室に飛んだブラッドは小さく息をついた。今の瞬間移動呪文で身体に残る魔法力を使い切ったためだ。

 

 兎にも角にも助けが必要だ。重傷の三魔族を癒すために必要な手配をすべく満身創痍の身体を動かそうとした瞬間、それはやって来た。

 

 飛び込んで来たそれは黒い物体だ。

 物体は私室のドアを蹴破り、その勢いそのままにブラッドの鳩尾に一発叩き込むと、この世全ての怨嗟が詰まったような低い声が部屋に響いた。

 

「くーそーあーにーきーぃいい…………!」

(あっやっべ俺死んだ)

 

 満身創痍の身体を襲った痛恨の一撃に、不死身のはずの呪怨王ブラッドは死を覚悟した。

 なぜなら物体ことジオン親衛隊長クリスタが憤怒の表情……否、最早悪鬼羅刹のような形相でそこにいたのだからそれは当然だ。

 

 一応兄であるはずのブラッドに遠慮容赦なく追撃を叩き込むクリスタ。その様子はまさに修羅であった。

 

 弟は切れていた。

 二人掛かりで処理していたはずの日々の修羅場を突如として丸投げされ兄は逃亡。しかも不在は知らせるなという無茶ぶりに加え頭の痛い戦闘狂の相手もさせられた上に逃亡した兄は放蕩の旅。怒るのも当然であった。

 

 どこからどう考えてもブラッドの自業自得である。

 

 一応レアロードが止めに入ろうと奮闘しているが片手を失う重傷を負っていた彼は呆気なく闘気で吹き飛ばされていた。

 ブラッドは消し炭になりかけた獅子の魔族を見やったがその身体はピクピクと痙攣を残すのみだった。一応生きているあたりクリスタも手加減はしたらしい。

 余波でボルフレイムとティグルドも巻き込まれていたが辛うじて息はあるようだった。

 

「……はっ!? 俺は一体何を……ってどうしたんです王よ!? 心臓が一つない上に馬鹿どもまで満身創痍の瀕死ではありませんか! 一体誰が……」

「お約束をありがとうなクリスタ……あと取り繕ってるけど素が出てるぞお前……」

「あっ」

 

 瀕死寸前の兄に声のことを指摘されクリスタは黒いローブの下で焦ったような声をあげた。

 その声はどこまでもブラッドのものと非常に似通っていた。それがクリスタが普段声を隠す理由でもある。普通に紛らわしいし、彼らの関係を知らない魔族に尋ねられるのも面倒なのだ。

 重傷の自分と三馬鹿の様子に加え失態に慌てふためく親衛隊長の様子に微笑を零し、ブラッドはようやく帰って来たことを実感した。

 

「ただいま、クリスタ。丸投げにして悪かったな」

『……よくも帰りやがったなクソ兄貴。もっと早く帰ってこいっつーのバーカ!』

「……クリスタうっさいよー? 城中に響き渡る勢いでマジうるさいよー? 夜中にちょー迷惑」

「あ、ブラッド帰ってるおかえりー。死にかけの三馬鹿は回収しとくよー」

 

 蹴破られたドアから親衛隊員の二人がひょっこり顔をだす。その顔を見てブラッドは驚きに目を見開いた。その二人は親衛隊員の中でも滅多に顔を出さない深部に勤める者達だったからだ。

 今まさに走馬灯を眺めているだろう三魔族を回収するとその二人はそのまま姿を消した。

 その喧騒を嗅ぎつけてか俄かに廊下が騒ぎ始めたのを感じブラッドは冷や汗を流した。

 

「ちょっと待て。今この辺りに何人固まってる……?」

『……お忘れですか王。親衛隊全員に招集をかけたと言いましたよね』

「待て。待って本当にちょっと待てということは説教コース確定じゃないか!? 俺今心臓一個ないんだけど休みなし!?」

『当たり前だろう大馬鹿放蕩王!! 寝るなら反省してから寝ろ!! どうせ死なないだろう!』

「そうだけど酷い!?」

 

 身体はすでに休息を訴えていたがそうは問屋が卸さない。そう言いたげな親衛隊長の様子に呪怨王は諦めのため息をついた。

 魔界の第三勢力は皆疲れている。それは王の不在中ジオン大陸を支えきった親衛隊員たちの様子を見れば一目瞭然だった。

 

 続々と集まる親衛隊員たちに囲まれそれぞれから言葉を受け取る。

 最後に親衛隊長の長い説教が始まったその時、ブラッドはふと未来のことを考えた。

 それは自分の再生が終わってからのことだ。

 

(今回のダメージからの再生は大体十年前後だろうから……もしかしたらまだ、間に合うかもしれないな)

 

 ブラッドはいつか見た太陽と海を思い出す。

 大魔王は慎重派だ。十年という魔族にとっては短い時間で起きることができればまだ地上はあるかもしれない。

 もしかしたらいつか海で見た美しい夜明けを、次は皆で見ることができるかもしれないという期待が淡く浮かび上がり、ブラッドは口元に小さな笑みを浮かべた。

 

「なあクリスタ」

『何です、説教はまだ続けますよ』

「次に俺が起きたら、いつか皆で太陽を見に行こう。できるなら海から昇るものをさ。きっと綺麗だぞ」

『……全く。説教中に反省なしとはいい度胸です。じゃあ早く起きてくださいよ?』

 

 どこまでも呆れたような声音の弟の言葉に頷くブラッド。

 限界近くまで溜め込んでいた瘴気も天界にぶつけて来た今、彼自身が急いで処理すべき事柄はほとんどなく安心して眠れそうだった。

 だんだんと遠くなる弟の説教の声を子守唄がわりに、ブラッドはゆっくりと意識を闇に沈めていった。

 

 

 

 

 かくして冥竜王の騒動を発端に始まった第三勢力の旅行譚は終わりを告げた。

 瘴気の中で微睡む呪怨王は近い未来のことに思いを馳せ、再生の眠りについた。

 

 だが彼は知らない。未来に生まれる進化する魔神のことを。

 彼は後悔するだろう。あの時竜の騎士を見逃したことを。

 けれど未来は変わらない。

 小さな勇者が大魔王を下し地上に平和を取り戻す先まで目覚めることのない呪怨王は、今はただ安らかな眠りに身を任せるのだった。

 

 ……to be continued?


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