【ネタ】第三勢力はお疲れのようです【完結】   作:ろんろま

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※後書きに登場人物の紹介追加。飛ばしてもらっても全く問題ありません。


出会うは妙な師弟です

 それは気の遠くなるほど昔のことだ。

 どれほど昔かと言えば地上と魔界が分かたれた後、魔界が一先ずの安定を得た頃のことだった。

 

 魔界は魔王バーンと冥竜ヴェルザー、雷竜ボリクスによって統治され始め、魔族たちは神々を憎みながらも新たな生活に順応し始めた。

 しかしその一方で魔族たちはある問題に出くわした。

 それは、太陽のない闇の世界に落とされた弊害であったのだろう。

 

 人間よりも少しだけ強い力を持つだけだった彼らは世代を経るごとにその姿は怪物に近づき始め、やがて獣人なるものが現れた。

 更には元々人間と同じ赤色であった血液も青に変わり、人型を残す者でさえ肌の色が青く染まったのだ。

 

 当初の魔族を知るものは年々減っていき、魔界には只管に呪いと怨念が渦巻いていた。

 そんな神々への憎しみは年を経るごとに積み重なり、それは負の闘気である暗黒闘気から怪物(モンスター)が生まれる程となってしまっていた。

 

 そんな殺伐とした大地を、一人渡り歩く魔族の少年がいた。

 

【……どうして神様は魔族を見捨てたのだろう?】

 

 未だ人間に近い姿を残す少年はそう言って目の前の瓦礫の山を不思議そうに見つめた。そこはかつて、魔の神との交信場所であった「祈りの塔」が建てられていた場所だ。

 

 神と通じる場所であったことから魔族たちの怨念の溜まり場となっており、他の場所以上の瘴気と暗黒闘気が渦巻いていた。

 とてもでないが普通の魔族は住めないその中で、その少年は何事もないように空を仰いだ。

 

 かつては晴れ晴れしい青が広がっていた空は今や暗雲と雷鳴しかなく、気持ちが沈むようだ。そんなことを思いつつ少年は大きな瞳で無感動にそれを眺めた。

 どれほどの時間が過ぎたのだろう。

 少年は空を見上げるのをやめると、祈りの塔の跡地へと近づいた。

 

【神様、聞こえますか。俺は何もしていません。何で魔族だからって魔界に押し込めたんですか?】

 

 通じるわけがないのに、少年はかつてこの場所がそうしていたように神々へと語りかけた。

 しかしどんなに声をかけても届かない。その現実に、少年はぎゅっと唇を噛み締めた。

 

【魔族にだって弱いやつはいるのに……人間ばっかりずるいよもう……】

 

 精いっぱいの怨嗟の声。しかし、その声に応える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 それは過去の夢であった。

 

「……また、懐かしい夢を見たな」

 

 洞窟特有のひやりとした空気に身を震わせ、呪怨王は目を開いた。懐かしい夢、彼の根源とも呼べる日の出来事が起きたあの日のことを何故思い出したのか。

 きっと初めて魔界を飛び出した感傷だろう。そう結論付け、真っ赤な髪を風に遊ばせ起き上がる。

 

「さあ行くか」

 

 洞窟を一歩出ればそこは地上であった。知識では知っていたが実際に目にするのは初になる。

 さてどんなものか、と王は冷めた呟きを残し……目の前に広がる光景に、ただただ目を奪われた。

 

 ――それは魔族の血よりもなお透き通った青空だった。

 ――それはマグマの一切流れない、生命溢れる緑の植物だった。

 ――それは何よりも明るく尊い、世界を照らす太陽だった。

 

 生まれて初めて見る恵まれた大地に、呪怨王は思わず声をなくした。

 

 あまりに魔界とは違いすぎるのだ。

 

 魔界が神々に嫌われた大地なら地上はまさに神々に愛された大地だ、とは誰の言葉だったか。

 暫し呆然としていた王ははっと思い出す。

 地上に見とれている場合ではない。早く冥竜王を天界から取り戻さないといけない。

 

 それにいつまでも魔界の入り口で立ち止まっていたら、親衛隊長や大魔王バーンに嗅ぎつけられるかもしれない。早くここから出なければ。

 

 そんな思いを胸に、心なしか足早に洞窟を発った。

 

 

 

「おいおいそこの兄さんよ」

 

 しばらく歩くと街道に出た。旅人が歩きやすいようよく整えられた道に感心しながら歩いていると、声をかけられる。

 目深にフードを被ったまま王が振り向くと、そこには数人の男がいた。

 身なりは粗悪で動きに品がない。チンピラか、と呪怨王は判断する。

 

「俺に何か用だろうか?」

「用だろうか? ああ、とても大切な用があるんだよ」

「そうそう。そのローブの紋様を見るに、お兄さん貴族だろう?

お供も連れずにこんなとこ通ってちゃ危ないぜ」

 

 にやにやと下卑た笑みを浮かべる男達に何かを察したのか、王は深く嘆息した。

 

(……どこにでもいるんだな、こういったチンピラは)

 

 折角地上の風景を楽しんでいたのを邪魔され、王の眉間に皺が寄る。

 ローブの下でそっと拳を握り、風景を邪魔しない始末を考える。

 

 呪怨王の殺気に男達はまだ気づかない。

 その無防備な体に向けて拳を振り下ろそうとした瞬間だった。

 

「ええ、まさにその通りですね!」

 

 場にそぐわない明るい声が響いた。

 一同の視線が一箇所に集まる。

 

 そこにいたのは奇妙な2人組だった。

 一人はにこにこと人好きのする笑顔を浮かべる青年だ。カールを巻いた青い髪が特徴的で、よく見れば端正な顔立ちをしている。

 もう一人は明らかに不機嫌な表情を浮かべた少年だ。こちらも端正な顔立ちをしているが、先の青年と比べるとあまり似ていない。

 髪色も銀と違うことから、兄弟ではないようだ。

 

「先生、また面倒ごとを……」

「ノンノン、これは人助けですよヒュンケル。

道端で困っている人がいたらほっとけないじゃないですか」

(……ヒュンケル?)

 

 それはかつて魔界で名を馳せた剣豪の名だった。

 どうして人間が名乗っているのか気になった王は、殺気を抑え何やら話し始める二人をよく観察して見た。

 

 するとどうだろうか。

 脆弱な人間にしては二人ともよく鍛えられており、一見自然体に見えて隙がない。

 流石に少年の方は発展途上と言った筋肉のつき方、身のこなしだが、それでも今後が楽しみな戦士の卵だった。

 

 その視線に気づいたのだろう。王と青年の視線が交差した。

 

「どうしましたか?」

「いや、別に」

「いやいやじぃっと見られてしまっては気になるではありませんか! 遠慮せずにどうぞ!」

「いや特に用とかないんだがマジで」

「……ふむ。それは残念です。気が向いたらぜひ、いつでも質問どうぞ」

「お前ら、俺たちを忘れてないか」

 

 絡んできた男たちの首領格が呆然と呟いた。

 あ、と素で呪怨王は呟いた。正直にいうと既に忘れていたのだった。

 

 しかし青年の方はしっかり覚えていたようだ。首領格の男に向き直ると人好きのする笑顔をそのままに声をかけた。

 

「忘れるだなんてとんでもない! ただちょーっと、この方との話が混んでいただけですよ!」

「忘れてるんじゃねえか!」

 

 首領格の男の鋭いツッコミが冴えわたる。

 それでも飄々と笑う青年の様子を見て連れの少年は頭痛を抑えるかのように米神を抑えていた。

 まるで漫才のように動く男たちに感心していると、不意に肩を掴まれた。

 鬱陶しげに振り向くと下卑た男の表情がそこにあった。強行手段に出るつもりなのは明らかだ。

 

 流石の呪怨王も鬱陶しくなり、火炎呪文(メラ)でも唱えようかとした瞬間。

 青年が動いた。

 

「おや。無理強いは良くありませんよ?」

「ああ? 指図するんじゃ……」

 

 男の仲間が青年を突き飛ばそうと腕を伸ばす。

 しかしその腕は敢え無く青年に掴み取られる。ぎょっとした男の鼻先に、青年は残った右腕を突き出した。

 

「ひっ……!?」

「はい、どうぞ!」

 

 するとどうだろうか。

 どこからともなく赤い花束が飛び出し、男の鼻腔をくすぐった。

 辺りに甘ったるい香りが立ち込める。

 

 まるで手品のような突然の出来事に、呪怨王を含め男たちは一様に目を丸くする。

 例外はただ一人頭を押さえていた少年だけだ。

 

「……。ふ、ふざけやがって!」

 

 数瞬の間を置いて、花束を渡された男が青年に殴りかかった。

 その拳を軽々と避けると、青年は不思議そうに首を傾げた。

 

「おや〜、気に入りませんでしたか? 興奮を鎮静する効果がある香りのする花なんですよ、これ」

「先生、いつの間にそんなのとったんですか……」

「というかオイ、来てるぞ」

「あ、大丈夫ですよ。三、二、一、ハイ!」

 

 青年がそう言って手を叩いた瞬間。男たちは勢いを失って一斉に倒れた。

 鼾が聞こえることから眠っているようだった。

 

 突然の出来事に目を白黒させている呪怨王に、青年はふふっと笑いかけた。

 

「この花は嗅ぎ慣れてない人間を気持ちのいい眠りに誘ってしまうのです。

 でも、いい香りでしょう?」

「……そうだな」

 

 ほんのりと香る魔界にない甘い香りは、不機嫌だった呪怨王の心をふしぎと落ち着かせた。

 眉間を解し、一つ深呼吸すると王は「で、何者だお前ら」と尋ねた。

 

「私はアバン・デ・ジニュアール三世といいます。こちらは弟子のヒュンケル」

「……ふんっ」

「アバンにヒュンケル、ねえ……あー俺はじゅ。ではなくブラッド。

 見ての通り、忍びの旅をしている」

「ブラッド、ですね。こんなところで立ち話もなんですし、あちらで座って話しません?」

「そうだな。俺もお前達に興味が湧いた」

 

 終始にこやかなアバンと対照的に、ヒュンケルは不機嫌そうであった。

 しかし不思議と険悪な雰囲気はない。アバンが穏やかな瞳でヒュンケルを見ているからだろう。

 アバンの名に若干の聞き覚えがあったような気がしたが、ブラッドは深く気にせず二人の後について行った。

 

 

 

 

「……うまい!!」

 

 正午。

 太陽がちょうど頂点に昇ったその頃、街道を少し外れた木の下で、ブラッドはアバン達と共に昼食をとっていた。

 アバン曰く次の街までまだ遠いらしく、折角ということでアバンがご馳走してくれたのだ。

 

 アバンは料理上手であった。仮にも一勢力の頂点であるブラッドの舌を満足させるほどの料理を出してきたのだ。

 如何に地上とはいえ、よもや屋外で城に居た頃と遜色ない食事を取れるとは思っていなかったブラッドにとって、これはいい誤算だった。

 

「お前、ウチの料理長にならないか? 弟も喜びそうだ」

「それは光栄ですが、私達はまだまだ修行の途中でして。世のため人のため、もっと腕を磨きたいのです」

「そうか、それは残念だ」

 

 ひょいひょいとサンドウィッチを平らげて行くブラッド。

 それに触発されたのか、ヒュンケルも食べるスピードを上げて行った。

 それに気づいたアバンは苦笑を浮かべコップに水を用意する。

 

「むっ! ……ぐほっ」

「ほらほらヒュンケル落ち着いて。水でもどーぞ」

 

 先ほど水を入れたコップをヒュンケルに渡してアバンはその背を撫でた。

 ただの弟子と師匠にしては距離が近く、兄弟にしては似ていない二人だ。

 不思議に思い、ブラッドは尋ねた。

 

「お前たちはどういう関係なんだ? ただの師弟ではないだろう」

 

 その言葉に二人の動きがぴたりと止まる。次の瞬間、ヒュンケルはばっと立ち上がると水筒を持って飛び出していった。

 あまりの早業に尋ねたブラッドは呆けた表情を浮かべる。

 

「あー、なんだ。聞いちゃいけないことだったか」

「……そう、ですね。あの子の繊細な部分に関わるので、私からは何も言えません」

「そうか。配慮が足りなかった、悪いな」

「いえいえ、お気にせず。初対面の貴方に、ましてや魔族にそんなことを言われるとは思わなかった私の思慮不足です」

 

 アバンの言葉にブラッドはそっと目を細めた。

 冷めてしまったスープを飲み切ると、静かに凪いだ眼差しをアバンに向ける。

 

「ごちそうさん。なんだ最初からばれていたんだな」

「お粗末様です。これでも他の人よりは魔族について詳しいので。まあ貴方は『奴』と違って特に害はなさそうですが!」

「奴って誰だ。つかそりゃとんだ節穴の目だぞ、アバン」

「おやおや、フードを被ったぐらいで耳を誤魔化せると思っていた方には言われたくありませんねー」

「……む」

 

 ブラッドはフードの奥で感心したように目を細めた。

 

 人間で魔族について知る者は中々いない。それは魔族のほとんどが魔界にいることもそうだが、人間嫌いが多い魔族と人間が出会えばたちまちの内に殺されてしまうからだ。

 そんな中で一目で自分を魔族と看破したアバンはただ者ではない。

 

 そう考えアバンを見つめるブラッドであったが、三角頭巾を被りスープを温めるその姿を見てがくりと肩を落とした。

 

「ん~、温めはこんなもんですかね」

「……はあ。変な人間だな、お前。毒気が抜けるわ。……抜けたついでだ、あのちびっこ連れ戻してくるよ」

「へっ? いえいえ、そこまでしていただくわけには……」

「地雷を踏んでしまった詫びだ。何もしない」

 

 そう言ってブラッドはまっすぐアバンを見つめた。

 その視線を受け取りアバンは暫し沈黙し……やがて納得したように頷いた。

 

「では、お願いしますね。ヒュンケルはすぐ近くの川にいると思いますので」

 

 

 

 

 探し人はすぐに見つかった。

 そこは五分もかからない距離を歩いた先にあった川岸だ。砂利だらけのそこにヒュンケルは膝を抱えて蹲っていた。

 何かを堪えるように震えるその姿にブラッドはため息をつく。

 

「よおちびっこ。さっきは悪かったな」

「っ!?」

 

 完全に気を緩めていたところに声をかけられ、小さな肩が竦み上がる。

 隙を見せてしまったことを恥ずかしく思いながらも、ヒュンケルは気丈にも立ち上がってブラッドを睨みつけた。

 

「お前に謝られる覚えなんてない!」

「うわクソガキの気配……どうどう、落ち着け」

「ガキ扱いするな、この不審者!」

 

 流れ着いていた手ごろな木の枝を取り、ヒュンケルはブラッドに飛びかかった。

 まるで剣を扱うかのように両手で振り回すその様は危なっかしく、さしものブラッドも冷や汗半分でそれを避ける。

 

「オイ暴れるな。怪我をするのはそっちだぞ」

「うるさい……何が謝罪だ、魔族の言うことなんて信用できるか!」

「げ、お前にも魔族だとばれていたのか。

 ……別に信用してもらわなくとも構わん。お前の師が心配していたから早く戻ってやれ。俺が伝えに来たのはそれだけだ」

「……師、だと?」

 

 師。

 その一言を聞いた瞬間、ヒュンケルから表情が消えた。

 

 今までの暴れようから一転、能面のように感情を消したヒュンケルに気付き、ブラッドは怪訝そうに眉根を寄せた。

 

「おい、どうした?」

「……ふざけるなああああああっ!!!」

 

 一瞬の間を置き、殺気が爆発した。

 

 木の枝を震えるほどに握りしめ、先ほどまでとは違う踏み込みをもってヒュンケルはブラッドに襲い掛かった。

 瞳孔を開ききったその鬼気迫る様子に、ブラッドは思わず目を丸くした。

 

 しかしすぐに頭を切り替えて襲撃者を睥睨する。

 首を切ろうと横薙ぎに払われた木の枝を手刀で弾くと、小さな身体が一瞬硬直する。その隙を逃さず首筋に一刀。ヒュンケルは咄嗟に身体を捻ろうとしたが間に合わず、まともに手刀を食らい気絶してしまった。

 

 河原に倒れる小さな身体を見つめ、ブラッドは罰が悪そうに頬を掻いた。

 

「解せぬ」

 

 一応誠意をもって謝罪をしに来たのにどうしてこうなった。そう思った瞬間、なにやらどろりとした液体が手を濡らすことに気付く。

 ぶつり、とブラッドの頬が裂けていた。

 

 浅い傷のようだが、切れ味のいいナイフを使ったかのように美しい傷口であった。己を傷つけた凶器の正体をブラッドはすぐに看破する。

 

「闘気、だと? こんな餓鬼が……」

 

 闘気とは、一流の戦士が扱うことのできる生命エネルギーだ。

 確かにヒュンケルの一撃はブラッドに届かなかった。

 しかし僅かに。

 本当に僅かに込められた闘気が刃となって、ブラッドの頬を切り裂いたのだ。

 

「……っと、いかんいかん。瘴気が漏れてしまう。血はかかってないよな?」

 

 一瞬呆然とするもブラッドはハッとして回復呪文(ホイミ)で傷を治した。

 そのままヒュンケルに自身の血が着いていないことを確認すると、安堵の表情を浮かべる。

 

「……正直地上舐めてたわ。認めよう、ヒュンケル。お前は魔界の剣豪を名乗るに相応しい逸材だ」

 

 将来が楽しみだ、と呟き、はたと気づく。迎えに行ったはずの弟子が魔族に気絶させられて帰ってくる。

 これをアバンがどう思うか明白だ。

 

 ……アバンにどう謝ろうか。

 

 真剣に悩むブラッドだった。

 

 

 

 

「どうしてこうなったんですか?」

「……お前の話題を出したら襲われた。本当にお前たちはどういう関係なんだ」

「本当に旅の師弟なんですけどね〜。ま、二人とも怪我がないようで何よりです」

 

 結局のところ、ブラッドはすべてを正直に話した。

 予想は付いていたのだろう。アバンはあっさり納得するとヒュンケルを寝袋の上に優しく横たえた。

 

 それを胡乱気に見ていたブラッドに気付いたのだろう。アバンは良い笑顔でウィンクを飛ばした。

 男なのに妙に決まっている。

 

 そんなアバンの様子に呆れながらブラッドは言った。

 

「本当に変な人間だな。人間は皆お前のような変人ばかりなのか?」

「あ、酷いですねえ。私はちょーっと人より茶目っ気が多いくらいで普通の人間ですよ、変り者の魔族さん」

「お前にだけは言われたくない台詞だな」

「でも事実でしょう? 地上を侵略する気のない魔族さん」

 

 アバンの言葉にブラッドは呻いた。正しくその通りだったからだ。

 

 今のブラッドに地上を害する気など一切ない。

 元々、自分の呪術から領民を守るためだけに地上へ来たのだ。地上に対して何の思い入れもない。

 天界を呪いヴェルザーを解放する、という物騒な目的はあるものの、美しい大地に対して何かする気はなかった。

 

「……お前やりにくいな、本当に。人間でなければ部下に欲しかったよ」

「それよりはさっきの料理長の方が魅力的ですね〜。で、貴方はこれからどうするんです?」

「そうだな」

 

 影武者をしている弟には悪いが、少しばかり地上を回りたい、とブラッドは思った。

 いずれ大魔王に壊されるこの美しい世界を、もっと見て回りたかったのだ。

 冥竜王の封印はそのついでにやればいい。怒られるだろうが、面倒ごとを押し付けられたのだ。それぐらいは許されるだろう。

 

 暖かな陽射しに手をかざし、目を細めながら、ブラッドはそう思った。

 

「のんびり歩いて、見て回るさ」

「……そうですか」

 

 ブラッドの答えに嬉しそうに、アバンは微笑んだ。

 

「そうと決まれば一緒に行きましょう!」

「は?」

 

 唐突なアバンの言葉に、ブラッドは目を点にした。

 理解不能、と目で主張するもアバンはまるで気にせず鼻歌を歌っている。

 

 暫しの沈黙が下りる。

 ブラッドにとって数分か十数分か……たっぷりの間を開けて漸く思考の追いついた頭は言葉を紡いだ。

 

「いや、何でだ!?」

「おやおや〜、分かりませんか? 貴方が今、地上を侵略する気がなくとも気が変わるかもしれません。

 一応私は勇者と呼ばれた身。貴方を監視するついでに、世の中を見て回り、困っている人々を助ける! これぞ一石三鳥じゃありません?」

「……お前、とんだお人好しだな」

 

 つまりアバンはこう言ったのだ。

 地上を見るなら案内する、と。

 勿論言葉通りの意味も含まれているのだろうが、目に宿るのは親切心を感じさせる優しい光だけ。

 魔界ではとても考えられないお人好しだ。

 

「では仕方ないな。おとなしく監視されておこう。地上のことなんか何も分からないしな」

「しっかり監視させて貰いますよ。そのついでに、魔界のことも尋問させて貰います」

 

 お互いの言葉に苦笑しつつ、アバンは手袋を取った右手を差し出した。

 それを見てブラッドは少し困ったように手袋のまま手を伸ばした。

 

「悪いな、人間が俺に触れたら危険だし、何より立場というものがある。これで勘弁してくれ」

「おや……残念ですが、それなら仕方ありませんね」

 

 真横から見れば握手したような二人だが、その手は重なっていない。

 握手の形に歪めた手を、近くに置いているだけだ。

 

 魔族の青年の不器用な挨拶に、アバンは苦笑を浮かべた。

 

 

 

「……そういえばお前、勇者だったのか!? どーりで聞き覚えあるはずだ!」

「今更ですか!?」

 




○今回の主な登場人物
ブラッド=呪怨王

地上の勇者アバン
 本名アバン・デ・ジニュアール三世。左右に巻いたカールが特徴的な青い髪の好青年。
 非常に博識でかつ芸達者。ブラッドは彼の料理で地上に興味を持った。
 地上の勇者と呼ばれる通り、大魔王と冥竜王以外に地上を侵略していた魔族を倒した歴戦の勇者。
 その腕前はブラッドの前で披露されたことはないが、まさに武芸百般と呼ばれるあらゆる武具の達人。
 現在は魔王ハドラーを倒したことで弟子のヒュンケルを育てている。
 ヒュンケルには一方的に嫌われているが、アバンは全く気にしていない。


アバンの弟子ヒュンケル
 アバンの連れた銀髪の少年。まだまだ発展途上だが、子どもなりに鍛えられた身体をしているようだ。
 アバンには敬語を話すが、基本的に口が悪い。その口の悪さはブラッドをしてクソガキと言わしめるほど。
 常に仏頂面でかつ眉間に皺が寄ってるが、顔立ち自体は整った少年。
 その不機嫌の原因はアバンにあるようだが……。
 子どもにしては明確な殺気と類い稀な闘気を操る才能があるようだ。
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